ゼロの使い魔で割りとハードモード   作:しうか

49 / 52
 次回予告どおりモットおじさん編です! ええ、色々ありましたがやはりモットおじさんがメインだと執筆速度が三倍くらいになる気がします。ALLデリート回数も一回で済みました^^

 それではどうぞー!


48 モットおじさんのお仕事

 連合軍が侵攻作戦を開始してから数日経った。狩りのご相伴を預かるべく今回の侵攻作戦にも参加したいところではあったが、クラウス殿であっても王宮の勅使という肩書きが逆に障害となったのだろう、私に侵攻作戦での席を用意する事は出来なかった。結局、侯爵となられたカスティグリア殿やクラウス殿とも相談の上、王宮で火急の事体に備えるのが私の役割となった。

 

 私の出番は戦争終結後、恐らく再びすばらしい戦果を上げるであろう諸侯軍を率いるアノ獣の交渉補佐がメインになりそうだ。その後の領土の割譲をメインとした戦後交渉に関してはアンリエッタ女王陛下やそれを補佐するマザリーニ殿が出るであろう。もし、カスティグリア侯爵が陛下に出席を求められるようであれば彼の補佐として同行を申し出るのが関の山かもしれない。

 

 王宮の貴族はアルビオン大陸に対する総力戦を悲観する者もいる。ヴァリエール公爵を中心とした彼の関連貴族だ。確かに過去アルビオン大陸への遠征は全ての国家が失敗しており、まさに空に浮かぶ要塞だった。ただ、今の私にとっては内乱で王家が滅び、かつてのアルビオンと比べるべくも無いただの獲物だ。

 

 しかし、そう考えるとガリアかロマリアかクルデンホルフかは判らないが、内乱を起こし、事実上攻略に成功させた人間にはすばらしい戦略眼と才能があるのだろう。すでに歴史の影に隠れてしまっているが、事実上初のアルビオン攻略の成功者はその者と言えるのではないだろうか。

 

 まぁ、彼らの不安も分からなくはない。目下、戦時中ではあるが、アルビオン大陸へと渡った連合軍は間違いなく総力を挙げて組まれた物だ。トリステインにもゲルマニアにも余力はほとんどないと言ってよい。一度大負けすれば今度はこちら側が食い破られる側になるのだ。それにもかかわらず、その防御を無視した侵攻作戦は、ガリアが中立を表明しているため楽観し、組まれた。

 

 しかし、カスティグリアだけはアレほどの軍でも総力を出しているとは言えない。単純に割れるものではないだろうが、私の想定では恐らく四分の一から半分程度ではないだろうかと見積もっている。

 

 クラウス殿はカスティグリアの重点防御や諸侯軍との連絡を取るためカスティグリアに戻っており、モンモランシの空軍基地への視察回数もかなり増えたようだ。以前、彼がトリスタニアに立ち寄った際、過労で死んでいてもおかしくないと思えるような忙しさと蓄積した疲労が反転したのだろう、もはや好戦的と表現せざるを得ない雰囲気が少し漏れていた。

 

 「風竜隊がいなかったら忙しさで手が回らなかったかもしれません」と笑顔で言い切ったクラウス殿の迫力は前線にいる歴戦の騎士を彷彿とさせた。

 

 私も出来れば手伝いたいのだが、いかんせん私はトリステイン王国の王宮勅使である。カスティグリアとは懇意にさせていただいているがカスティグリアの貴族と言うわけではない。王宮内でカスティグリアの要請を通すための補助や助言、そしてカスティグリアにとって都合の悪い噂をもみ消すのが精々だった。

 

 

 しかし、以前、侵攻作戦の準備中にクラウス殿が珍しく私に助力を求めた。学院に赴き、彼の部屋で詳しく聞いてみるとクロア殿がカスティグリア諸侯軍の最高指令官に再び就いたとの事だ。それに関してはむしろ女王陛下やカスティグリアの軍関係者の多数の要望を受け入れ、クラウス殿がクロア殿に押し付ける形になった程度の小さな問題だったらしいのだが、その直後に大きな問題が発生したようだ。

 

 そして、ソレに関しての助力を求められるのだと直感した私は、「ふむ。私も彼が指揮を取る事に賛成だとも」と笑顔で促すと、彼は苦笑とも安心とも取れる笑顔を浮かべて一枚の羊皮紙を差し出し、追加で、クラウス殿の部屋の中でだけという条件で諸侯軍の提督に昇進したデトワール子爵の作成した仮決定の作戦書も見せてもらった。

 

 作戦書によると戦争は最短五日で終わる。そして、クロア殿の体調を考慮した遅延設定が二十日も取られており、それ以上の遅延が出なければ遂行可能であると想定されていた。つまり、クロア殿の要望の品を用意する事が出来れば、不安要素はクロア殿の体調しか存在せず、最短五日で連合軍に大した被害も出さずに戦争が終わるのだ……。

 

 なんというか、「ここまで駒を揃えると不安を伴っていた総力戦も戦争の歴史も馬鹿らしくなるのだな……」という感想しか出なかった。

 

 過去、戦争において「降臨祭までに戦は終わる」と言って終わった戦はない。この最短の作戦期間から考えると、この膨大な予備日が全て追加されても降臨祭の前に戦争が終わる。この予備日内で事が運び、降臨祭までに戦が終わるよう私も努力するべきだろう。

 

 「ふむ。なんと言って良いのか……。いつもながら驚かされますな。必要な権限と書類は二三日中に揃えましょう。」

 

 「モット卿。いつもお騒がせして申し訳ない。これからもお頼りする事が多々あると思います。よろしくお願いします。」

 

 「なに、戦争が短期間のうちに終わるのであれば私も努力をいとわないとも。」

 

 最後は笑顔を交わし、私は王宮に戻りその日のうちにマザリーニ殿と、ちょうど彼の執務室にいらっしゃったアンリエッタ女王陛下に説明を行い、許可をもぎ取って次の日の朝にはクラウス殿へ渡す事に成功した。

 

 

 

 しかし、今は戦時だというのに、外交部門で暇なのは私だけではなかろうか。侵攻作戦が始まる前の方がやる事があった気がする。他のメンバーは作戦前も今も皆忙しそうにしている。ガリアやクルデンホルフへの勅使などは同盟の確認や、戦時中相手の動きを探るため張り付いたり、国庫が心もとなくなった場合に備え、金の借り入れを早めに準備していたりと仕事が多い。

 

 また、トリステイン国内への勅使はアンリエッタ女王陛下が王位にお就きになられた際に行われた貴族派の内通者狩り関連の後始末で国内外を未だに走り回っている。

 

 そんな中、私は基本的にトリスタニアの王宮にある自室で紅茶と希少本を嗜みつつ、カスティグリアから相談事が持ち込まれるのを待つだけだ。私は唯一とも言っていいカスティグリアのパイプ役なので、カスティグリア関連の問題が起こらない限り出番がない。

 

 外交部門の皆には悪いがなんとも平和な戦争である。と、言っても軽い仕事がたまに持ち込まれるので魔法学院へのメッセンジャーをしていた頃のように完全に平和と言うわけではないのだが……。

 

 

 

 先日などはカスティグリアの定める領空へトリステイン国旗を掲げたフリゲート艦が侵入し、停船勧告の後、交戦の意図が見えたため撃沈したという報告がカスティグリアからもたらされ、少々肝を冷やした。しかし、アルビオン共和国からの偽装艦である可能性が高いが、士官を捕らえる事が出来なかったため、確認を要請するという物だった。

 

 実際、トリステインに残っている軍艦を全て調べた結果、戦列艦は全てアルビオン方面向けられており、フリゲート艦も、念のため追加で調べたコルベット艦も全て問題なく運用されており、損失はないというのが空軍の開示した内容だった。

 

 しかし、空軍はその所属不明のフリゲート艦に興味を示し、カスティグリアへ引き渡しの要請を行いたいと私に相談してきたのだが、私は断られる事を確信していたため、「一応聞いてみましょう」と言うにとどまった。

 

 調査の結果こちらに損失が無かった事とそのアルビオン製と思わしきフネの引渡しの件に関してカスティグリアへフクロウを送ったのだが、帰って来た言葉はやはり「すでに廃棄済み」との事だった。

 

 まぁ、私としてはどちらの考えも手に取るようにわかるので苦笑しか生まれなかった。空軍としてはアルビオンのフリゲート艦がどのような物か興味があり、今後の戦術研究やフネの改良に役立てたかったのだろうし、カスティグリアとしては“士官を捕らえる事が出来なかったほど”破壊した艦だったので資源に戻したといった所だろう。

 

 

 

 そんな事を考えていたせいだろうか。私に仕事が舞い込んだようで文官が私を呼びに来た。カスティグリア関連の仕事は(おおむ)ね二種類ある。その強大な武力が国内に向く可能性があるか、無いかだ。無いようであれば簡単な仕事に分類されるが、恐らく今回は困難な部類だろうという予感がする……。

 

 未だに財務卿の下で働いているあの実直なカスティグリア侯爵や、絵に描いたような真面目な好青年であるクラウス殿、そして、あの金よりも親しい人間を大切にするクロア殿との間に問題が起こるときは、大抵相手が傲慢に、もしくは尊大に彼らから何かを奪おうとした時か、契約や約束を違えようとした時か、実際に対象者が敵と認定された時に限られると思われる。

 

 一番難しいのは私自身がカスティグリアに同情的な事案において、カスティグリアを説得するという矛盾を孕むものだ。以前、タルブ村からカスティグリアの空軍を撤退させる時などは、マザリーニと小一時間唾を飛ばしあう結果となり、渋々承諾せざるを得なかった。

 

 まぁその代償は当時その地を収めていた伯爵の首とマザリーニに対する不興というもので済んだ上、カスティグリアにとっても私にとってもよい結果となったので問題はない。

 

 しかし、カスティグリアへの勅使を担当している限り逃れられない事は承知しているが、あのような件でカスティグリアと対する陣営に付かねばならないような状況は、出来ればもうご免被(めんこうむ)りたいものである。

 

 そんな事を考えつつ私を呼びに来た文官に案内されてドアの前に立つ。ドアの両側でドアを守る二人の魔法衛士隊。ドアに描かれた百合の紋。そこはどう見ても女王陛下の執務室にしか見えない。てっきりマザリーニの執務室へ行くのだと思っていたがどうやら雲行きが怪しいようだ。

 

 近衛兵が私の名前を告げるとドアが開き、マザリーニ殿に招き入れられた。勅使が王の執務室に入る機会はあまりない。外交上の問題でも他の人間の耳に入れてはならないような事案があった時に自らの名を賭けて上奏する時くらいなものだろう。女王陛下とは彼女がまだ姫だった頃に何度か仕事上のことで話した事はあるが、まさか私がこの部屋に招かれるとは思ってもみなかった。

 

 マザリーニ殿は私を女王陛下の机の対面まで誘導すると、椅子に座った陛下の横に立った。机の上にはかなりの量の本や書類が積まれており、成り立ての年若い女王が仕事に追われるという事が少々不幸に思えた。しかし、そのような考えはきっと失礼に値するだろう。

 

 このお方はマザリーニが長年庇護し、見目麗しいお飾りとして玉座に座っただけのお方ではない。

 

 タルブ防衛戦の際、レジュリュビのブリッジで彼女を玉座に据えるという話がマザリーニから出た時、私にはただの歳若い王家に生まれただけの、か弱い美しい姫にしか見えなかった。

 実際「聖女」として女王に推したマザリーニ殿本人もそのように捉えていただろう。そうでなければそもそもゲルマニアに嫁がせるという選択は最初からしなかったはずだ。

 

 しかし、このお方はアノ獣が自らの命を賭けてまで真偽を確かめた本物の女王だ。あのカスティグリアの獣が、シュヴァリエ受勲の際に始祖と王家に誓う事を頑なに拒否した獣が、アノ二つの赤い目で自らが仕える主君と定め、進んで(ひざまず)き忠誠を誓ったお方だ。

 

 私にはまだわからないが、見た目ではわからない何か、クロア殿が直感し、信じ、自らを預けるに足る何か、クロア殿が王に求めていた何かがこの女王陛下にはあるのだろう……。

 

 勅使としての勘をフルに働かせても全くわからないが、アノ天然の獣をシュヴァリエという紐といった頼りないものではなく、祖国への誓いだけで従えたという大きな功績が、私にとって跪き(こうべ)を垂れて敬服し、自らが望んで仕えるべき王に値する。

 

 「ジュール・ド・モット、お召しにより参上つかまつりました。」

 

 私は跪き、頭を垂れると口上を口にした。

 

 「モット伯、よく来てくださいました。頭を上げてください。」

 

 陛下はそうお声を掛けてくださったが、歳が倍ほども違うとはいえ仕える者に敬語を使うのはいかがなものだろうか。まだ姫だった頃の癖が抜けていないだけかもしれないが、少々気になったので立ち上がったあとマザリーニに問い掛けの視線を送ると、マザリーニは少し眉間に皺を寄せて軽く目を伏せた。

 

 私ごときであればそのようなクセが出ても「親しみのある女王陛下」で済むので構わない。しかし、外交や他の貴族に対するときに出るようでは問題だろうと、視線を再び送ると、マザリーニは「わかっておる」と言いたげな視線を返してきた。まぁそれなら問題なかろうて。

 

 マザリーニとの数瞬のやり取りを終えると、陛下が私を呼び出した件をさっそく切り出してきた。恐らくアンリエッタ女王陛下は見た目と違い、おべっかや噂話、世間話の類が鬱陶しいと思われるお方のようだ。

 

 「早速ですがこちらの書類に目を通したあと、あなたの意見を聞かせてください。」

 

 そう陛下が少々固い声を発すると、マザリーニが「二つとも本日の早朝届いたものだ」と苦い表情を浮かべ二つの羊皮紙の束を私に渡した。どうやら一つは連合軍司令部からのもので、一つはカスティグリアからのものだ。

 

 ―――嫌な予感しかしないっ! よりにもよってこの逃げる事の適わない場所で、無駄に勅使としての勘が大きな危険を訴えかけてきている……。

 

 しかも、早朝に届き、目の前にいる多忙を極めているはずの二人が優先的に目を通し、午前中の間に私が呼ばれるという異常事態だ。こんな事なら数日の間屋敷に篭っていれば良かったと思わざるを得ない。

 

 嫌な顔が表に出ていない事を祈りつつアンリエッタ女王陛下にチラッと視線を向けると、彼女は厳しい顔をして深く頷いた。覚悟を決める時が来たようだ……。恐らくどちらから読んでもそう結果は変わらないだろう。ただ、どうせ連合軍司令部が問題を起こしたのだろうとアタリをつけてそちらから読み始める事にした。

 

 署名は総司令官のド・ポワチエ大将と参謀総長のウィンプフェンとなっている。確か、ド・ポワチエ将軍は「そこそこの実力はあるものの名将と言うには程遠い人物」という評価だったが、将軍の中では比較的マシという理由で総司令官を任されたという経緯(いきさつ)があったはずだ。ウィンプフェンに関してはド・ポワチエ大将と長い付き合いがある程度しか知らない。そして、内容を要約しながら読み進めると、

 

 『ウィンの月の第一週オセルの曜日(十二月七日、当日を含めて出撃から四日目)の朝、連合軍は軍港ロサイスへ到達し制圧を完了する。しかし、桟橋に限りがあるため、兵と補給物資、そして高官が使うための天幕や家具などの揚陸を優先させるも、カスティグリア諸侯軍は拿捕した敵艦を四隻連れていたため、その分の桟橋を融通した。

 

 しかし、融通したにも関わらず、諸侯軍の最高指令官ではなく提督が、「最高司令官は病気のため動けない」という理由で直接追加の桟橋の融通を要求してきたため、突っぱねるも、今度は女官殿(ミス・虚無と書いたと思しき削られた形跡あり)が直接意見してきた。優先順位から受ける必要性が認められなかったため断る。

 

 カスティグリア諸侯軍は最高指令官が病気で動けず、女官殿が諸侯軍の指揮を取っていると見受けられる。そのような事体であるならば連合軍に指揮が委譲されるべきである。その旨を通達し、命令を下すも返答はない。トリスタニアからも圧力をかけて欲しい。』

 

 と、いったところだろう……。一体何を考えているのだろうか……。確かに武官と文官の意見や思考が全く合わない事はよくあることだろう。しかし、ここまで全く合わないのは珍しいのではないだろうか。

 

 カスティグリアの事を知らないのは隠蔽されている都合上仕方のないことだろう。しかし、カスティグリア諸侯軍は私が手配した女王陛下のお墨付きにより独立性と総司令官クラスの権限が持たされている。

 

 それに、クラウス殿があの『戦争なのに作戦段階から病気を理由とした予備日を二十日も設定されるほど病弱なクロア殿』を前線に出す際に、指揮権の委譲に関する取り決めをしていないはずがない。むしろ、クロア殿が二十日間寝込んでも大丈夫なようにあの手この手で徹底的に準備をしたはずだ。

 

 ああ、なるほど。もしかしたらド・ポワチエ将軍とウィンプフェン殿はクロア殿の病弱さと、何日も意識不明になりながらも、意外な事に起きると彼にしては元気な事が多いことを知らないのだろう。ぶっちゃけ私もその辺りがとても疑問だが、かつて王宮一と言われた水メイジですら解明不可能なのだ。私が考えたところで謎は解けないだろう。

 

 ふむ。まぁ恐らく日数的にそろそろクロア殿も復帰するのではないだろうか。デトワール提督の対応もソレを見越したものであることがよくわかる。その辺りの誤解を解き、ド・ポワチエ将軍から謝罪の言葉を引き出すだけで大した問題にはならないだろう。

 

 彼も恐らくこの戦争における戦功での元帥昇格がちらついている故の焦りが出たのだろうし、その辺りの内定を餌にカスティグリアと協力体制を強固なものにして貰うのがベストな解決方法ではないだろうか。

 

 ふぅ、どうやら先ほどの恐怖は気のせいだったようだ。まぁ私の直感が外れたとしても杞憂ならばその方がありがたいので問題はなかろうて……。

 

 

 

 問題点と解決の道筋も見え、少々安堵しつつカスティグリアからの羊皮紙の束に移る事にした。署名は独立(・・)諸侯軍提督のデトワール殿と女王陛下女官のミス・ヴァリエール、カスティグリアにいるはずのクラウス殿、そしてなぜか王宮に勤務しているカスティグリア侯爵殿のものまである。

 

 ……ふむ。嫌な予感のする並びだ。しかもカスティグリア侯爵殿のサインが少々歪んでいる気がする……。さらに、先ほどマザリーニ殿は二つとも(・・・・)本日の早朝届いたと言っていた。

 

 本日は虚無の曜日を挟んで問題の起きた日の翌々日になる。両方とも即日文書にしたため、風竜か快速船を送り出したのだろうが、カスティグリアの方はクラウス殿を通った分、長い距離を経ている。そして、それにも関わらず同日に到着していることからその本気度が窺えてしまう。

 

 読みたくないが読まなくては進まない……。杞憂で終わる事を祈りながら羊皮紙をめくると、まず飛び込んできたのは経過報告という名の戦果報告だった。

 

 カスティグリア諸侯軍は連合軍の露払いをすべくかなり先行したようだ。作戦開始の翌日の早朝、アルビオン共和国所属の戦列艦約四十隻と竜騎士約六十騎の迎撃を受けるも、戦列艦四隻を拿捕し、ほかは残らず殲滅したらしい。

 

 ―――色々おかしい気はするが、あのカスティグリアだ。可能なのだろう……。取り合えず読み進めよう……。

 

 拿捕艦を小型艦で牽引し、それらを護衛するため戦列艦二隻を後続の連合軍に合流させるべく速度を落とさせ、本隊は軍港ロサイスへと到達、敵が防御陣地を構成しつつあったので通過の際、砲撃を実行、完全とは言えないもののある程度の効果を認める。

 

 ふむ。効果内容が追加で書いてあるが、報告が正確すぎではなかろうか。観測しつつ砲撃を行ったのだろうが、「通過する時にあったから撃ってみた」と無垢な笑顔を浮かべたクロア殿の顔が浮かんだのは気のせいだろうか……。

 

 そして、諸侯軍は作戦通りアルビオン共和国軍のロサイスへの進軍を阻むため同日から翌日にかけてロサイスの北約五十リーグの地点に防衛ラインを構築したらしい。ただ、クラウス殿の部屋で見た作戦書では丘に目隠しのための土を盛り、その後ろに隠れつつ相手を待つという防衛ラインとは名ばかりの攻撃的なものだったはずだ。

 

 その翌日、アルビオン共和国所属の約三万の軍を風竜が察知するも防衛ラインから約三十リーグ離れた場所で諸侯軍の存在が露呈した可能性が認められたため、打って出たらしい。どのような戦闘推移になったかは書かれていないが、明記されている戦果が恐ろしい。

 

 士官と思わしき人物四名捕縛、竜三匹捕獲、推定敵戦死者約三万。そして、カスティグリアが被った損害は十数名の軽傷者だけのようだ。

 

 慣れつつあったはずなのだが、やはりカスティグリアは色々とおかしい。約三万の兵を士官四名だけ捕らえて他は逃さず殺したとしか読み取れない。実際そうだったとしたらその方法が謎すぎる。かつて最強を誇り、輝かしい経歴を持つ「烈風」のカリン殿が何十人いれば可能なのだろうか……。

 

 しかし、そこで問題が生じたようで、かなりの量の弾薬や武装を消耗したらしく、早急に補給する必要性が出てきた。そこで先の連合軍側からの書類に繋がるのだろう。デトワール殿、そしてデトワール殿から女官殿に要請し、行われた補給のための桟橋の提供要請が断られるという伝令文が双方合わせて十数件原文として記載されており、結構過激な言葉が踊っている。

 

 なんというか、伝令を送る時もメモを残していたのだろうが、ソレを淡々とこの羊皮紙に書き写すデトワール提督を思い浮かべると少し切なくなった……。

 

 場違いな想像に逃げているわけにはいかないのだが、その後に書かれた連合軍からの命令書(・・・)による問題点が私を現実に戻す事をためらわせている。そして、そのためらいで消費される時間が長くなればなるほど、問題が大きくなっていくのだろう……。

 

 しかし、正直なところ私としては問題が大きくなろうとこのまま現実逃避していたい気分である。

 

 実際、ド・ポワチエ将軍は知らなかっただけなのだ。しかし、知らなかったとはいえ、どう考えても、寝ているドラゴンの逆鱗を助走をつけて思いっきり蹴飛ばし、凶悪なドラゴンを激しい怒りとともに起こし、それだけでは飽き足らず罵詈雑言(ばりぞうごん)を浴びせた上に、か細い糸で縛りつけ飼い慣らそうとしたド・ポワチエ将軍が悪いとしか思えない。

 

 目の前にいる鳥の骨が考えた解決方法は明らかだろう。そして、私がここに呼び出された理由も明確であり誤解のしようがない。

 

 ―――つまり、「行け」と……。行って怒り狂った凶悪なドラゴンを宥めて来いと……。

 

 シエスタ嬢の件で体験したあの恐怖を再び味わう事が決定してしまったのだ。しかも今回は戦時中であり、これから行かねばならないのであろうロサイスのすぐ近くには竜部隊だけでなく艦隊も臨戦態勢で常駐しているのだ。あのような戦果を上げた艦隊が本気を出せば連合軍すら壊滅的被害を受けかねない。

 

 たった二人の欲のために連合軍が敗走ともなれば何をしにアルビオン大陸まで軍を送ったのかわからない。しかも、そのような結果になれば、ただ負けるだけでなく戦力を整えるためにかけられた重税により内乱が起こりかねない。

 

 そして、交渉が失敗したときの代価はトリステインとゲルマニアが総力を結集した連合軍だけでは無い。そう、カスティグリア侯爵殿とクラウス殿のサインも入っているのだ。

 

 ド・ポワチエ将軍とウィンプフェンははたして領地を持っていただろうか……。屋敷くらいならあるだろう。まぁ両方とも更地になるだろうが、トリスタニアや王宮内に居を構えていない事を祈ろう。そして、すでにカスティグリア侯爵が準備を始めていない事を切に祈ろう。

 

 ああ、そう言えばそろそろクロア殿も起きてコレを読んでいるかもしれないのか……。先ほどはそれが解決の助けになると考えたが、事態は真逆に振り切れるだろう。もし私が間に入るのに遅れたらあの時のように一撃で何もかも灰にされる可能性が高くなってしまうのか……。

 

 もうこの際、ド・ポワチエとウィンプフェンの首だけで許していただけないだろうか。まぁそんなの(・・・・)がアノ獣のご所望でない可能性が高いので実行したとしてもそんな事は意味なく終わるのだろう。

 

 しかしまた、アノ獣に差し出す対価を探るという命を削る行為を行わなければならないのか……。シエスタ嬢のときはあちらの相談を聞くことが出来たので問題なかったが、今回は最初からこちらが最大限譲歩して行った方が平和的に解決するだろう。

 

 「ド・ポワチエに元帥の内定を与え」などと考えていた数分前が懐かしい……。

 

 つい現実の辛さに両手に羊皮紙の束を持ったまま目を瞑って天を仰いでしまったが、許されてしかるべきだろう。それすら許されぬというのであれば私はブリミル教を信じられなくなってしまうかもしれない。

 

 「あー、モット伯……。そこに書かれているカスティグリアの戦果だが、(まこと)だと思うか?」

 

 マザリーニ殿から現実へのご招待があったが私はその現実から逃避するのに忙しい。しばし待っていただきたいのだが、逃避しつつ現実へと言葉を発するとしよう。

 

 「ええ、一度タルブ防衛戦の際、カスティグリア諸侯軍旗艦レジュリュビで戦を拝見する栄誉を得ましたが、今では提督となっているデトワール子爵は真面目で才能溢れる艦長でした。出来うる限り正確な数字を求め、それでもなお、完全に正確かどうか不安が残るので『約』が付き、その数字になっているのでしょう。恐らくアルビオン共和国に戦列艦は残っておりますまい。」

 

 「い、いや、そのだな。艦隊戦はまぁわからないでもない。うむ。彼らは一度タルブで実績を残しておるからな。しかし、気になるのは約三万の方なのだが……。」

 

 天を仰いで現実逃避している私にマザリーニの表情を窺うことはできない。しかし重ねて言うが私は現実逃避するのに忙しい……。というか、その戦果を生み出した諸侯軍を宥める事になるであろう私の気持ちを察していただけないだろうか……。

 

 いや、むしろその戦果を直視させるという嫌がらせだろう。なんたる仕打ちだろうか。心の汗が外に出てしまいそうだ……。

 

 「ああ、恐らく死体を数えるのが面倒だったのでしょう。恐らく最初に観測した際、概ね三万と判断し、その四名以外逃す事無く全て殺し、さらにその四名から何名の兵がいたか聞き取り、そのような数字が出たと考えられます。

 正確な数をお知りになりたいのでしたらド・ポワチエを進軍させ、死体を数えさせてはいかがでしょうか。諸侯軍では難しいでしょうからまだ死体は放置されているでしょう。ええ、人間の形を保っていれば正確に数えられるでしょうし、ついでに処理させればよろしいのではないでしょうか。」

 

 ふむ。言い得て妙かもしれない。懲罰的な意味を篭めて、連合軍司令部の人間だけで実際何名の死体があるか確認させるというはとても良い罰になるのではないだろうか。意外とアノ獣も楽しそうに肯定してくれそうである。しかし、その間連合軍が止まるのか……。いや、あの作戦書通りなら連合軍が数日止まってしまっても問題ないのではなかろうか。一考の価値はあるだろう。

 

 「むぅぅ……。カスティグリア……、これほどなのか……。」

 

 取り合えずマザリーニの嫌がらせを嫌味で返したが、先ほど女王陛下は「目を通したあと意見を述べよ」とおっしゃった。あまり長い時間現実逃避してこれ以上お待たせするのはさすがに不敬にあたるだろう。もうこの際マザリーニに心の中で鬱憤をぶつけつつ辛い現実に戻ろう。

 ―――この鳥の骨がっっっ!

 

 「意見、と申されましたが、どうやら私が行ってカスティグリアを宥めるしかないようですな。しかし、彼が何を望むかわかりませんがかなりの譲歩を覚悟しておくべきでしょう。」

 

 「しょうがないから行ってやる。ただし手土産を出来る限り持たせろ」と暗にマザリーニに告げると、マザリーニはまぶたを閉じ眉間にさらに深い皺を作って再び唸った。恐らくどれだけの手土産を用意すれば良いのか私に対する提案すら即断できないのだろう。

 

 「あの……、モット伯。それほどの事なのですか?」

 

 マザリーニの表情を見た陛下がおずおずと切り出した。先ほどはマザリーニの教育不足に不満を覚えたが、今やこの素直で純真無垢な女王陛下が癒しに感じる。鳥の骨とのやり取りでささくれ立っていた私の心が癒されて落ち着きを取り戻すのを実感した。

 

 うむ。女王陛下はこのままで良いのかもしれない。何も急ぐことはないだろう。陛下はまだお若いのだ。政治は未だ未定の宰相や実質教育係となったマザリーニがその都度助言を行い徐々に覚えていただければ良いのだ。王宮にも癒しは必要だろうて……。

 

 「ルイズが怒ってるのはよくわかりますが、カスティグリアは淡々としているように思えます。彼女は私の直属の女官ですし、クロア殿は私を女王に据える際、疑いようのない忠誠を私自身に誓ってくださいました。それに独立諸侯軍を認めたのも私です。その私の女官と独立諸侯軍に対する連合軍司令部の言いようには私も怒りを覚えましたが、当のカスティグリアは冷静に淡々と必要な要求をしているだけのように思えるのです。」

 

 確かにカスティグリアは淡々と補給の要求をしているだけにみえる。そして、クロア殿は基本的に興味のあるものや自分や自分を保護する人間に火の粉が降りかからない限りかなり寛容であり、和解が成立するようであれば本当に欲しいものや必要なものしか要求しない。

 

 しかし、コレが書かれたのはクロア殿が寝ている間であり、クロア殿が起きてコレを見れば、長い時間をかけて綿密に組まれたアルビオン攻略作戦などアルビオン大陸から投げ捨てて、こちらの問題の解決(・・・・・)に動くと断言できる。

 

 そして、カスティグリア侯爵やクラウス殿のサインがある時点で、すでにクロア殿を縛る縄は解き放たれており、彼らは杖を抜きつつ、寝ている猟犬が獲物を察知して動くのを待っているような状態だ。

 

 「確かにそうとも取れるでしょう。しかし、それが書かれたのはクロア殿が伏せっている時であり、クロア殿がこれを見たらこの程度では済まないかと存じます。陛下……、恐れながら申し上げます。」

 

 一応鳥の骨に「クロア殿のことを教えて良いか?」と視線を送ると、鳥の骨は渋々と軽く頷いた。

 

 「構いません。私は耳ざわりの良いものだけでなく、女王として全ての事を耳に入れる必要があると思っております。どうぞ、忌憚(きたん)ない意見をくださいませ。」

 

 陛下は良い女王になられようと努力しておられるのだろう。恐らくまだただの何も知らない姫であった頃ならば、宮廷のスズメの心地よい声だけを拾っていたに違いない。しかし、遥か先をを見据え、誰からも一定の評価を得る採決を行い続けるには良い事も悪い事も全て(つまび)らかにする必要がある。そして、私心を捨てての採決が求められる事もあるだろう。

 

 恐らく彼女もマザリーニの教育を受け、その事には薄々気付いているだろう。しかし、心が削られるような事からも逃げない勇気をお持ちのようだ。なるほど、これだけではないだろうが、アノ獣はこの勇気や胆力、そして心の強さを見出したのかもしれない。

 

 話が長くなるかもしれないが、ここは私も彼女の知識の糧になれるよう懇切丁寧に時間をかけてお伝えするべきだ。決して早々に大した手土産もなくアルビオンに行きたくないわけではない。

 

 ―――そう、断じて出来るだけ嫌な事から逃げつつ陛下や鳥の骨の共感を得て、彼に渡す手土産を増やしていただこうとしているわけではないのだ。

 

 「陛下から見たクロア殿は、背が小さく、病弱で、独特な光を放つ赤い瞳を持ち、強大な力を持つ王国を守る誠実な杖……と、言ったところでしょうか。」

 

 「え、ええ。そう……、そうですわね。」

 

 言い当てる事が出来ると思っていたのだが、まだ何かあったようだ。陛下は少々考えたあと照れたような表情を浮かべつつその指にはまった風のルビーをそっと撫でた。

 

 「陛下はクロア殿から直接忠誠を捧げられておりますからな。その解釈で問題はないでしょう。私も彼から伯父と呼ばれ、弟のクラウス殿、そして二人の父であるカスティグリア侯爵とも懇意にしておりますので、カスティグリアからの危険はあまりないと思われます。」

 

 「危険……ですか?」

 

 「ええ、特にクロア殿は庇護欲をそそるような見た目と、外見通りの虚弱さから誤解される事が多く、彼の真意を捉える事が出来るのは近しい者だけでしょう。これより話すのは私の勘が導き出した答えであり、彼らから直接聞いたわけではありません。しかし、それなりの根拠があってのこと。そして、はっきり申し上げますと、彼ほど危険なメイジは他に類を見ないでしょう。」

 

 陛下は腑に落ちないといった表情を浮かべたが、マザリーニは少々興味を引かれたようだ。カスティグリアが現れるまでトリステイン国内の事であれば何でも知っていたであろうマザリーニにヤツの知らない知識を与えるというのは多少の優越感がある。

 

 「クロア殿は寛容で慎ましく欲というものを持っているのか疑問に持つことも多々ありました。しかし、彼らと接するうちに気付いたのです。彼が大切にするのは金品財宝などではなく、近しい者、真面目で誠実な者、彼を気に入り、気に入られた者、そして彼の父が持つ領と領民、カスティグリアの名誉と言ったところであり、『その者たちが平和を享受する』というのが彼の最大の望みでしょう。」

 

 「やはり誠実な方なのですね。本物の貴族とは彼のための言葉ではないでしょうか。」

 

 「ええ、とても貴族らしい貴族です。近しい者を守るため、領地と領民を、そして今では陛下やトリステイン王国も含まれているかもしれませんが、それらを守るため、領地や領民の平和が脅かされないよう、彼が研ぎ続ける爪は守るべきものが増える度に数を増やし、今や強大なものになりつつあります。」

 

 陛下は「本当にすばらしい方ですね」と輝くような笑みを浮かべているが、マザリーニは何かに気付いたように眉を寄せた。

 

 「そして、誤解されがちですが、実のところ、タルブを守った戦力も、今まさにアルビオンを食い破っている戦力も、全てはクロア殿が『大切なものを守る』ために考えたものであり、侯爵殿とクラウス殿はそれを実現したに過ぎないと私は考えております。そして恐らく、彼らの採用する戦略も、彼らの使う特殊な技術も、特殊な兵器も、特殊な運用も全ての元はクロア殿が考えた物なのです。」

 

 陛下は未だ誤解の域を出ないようで、「まぁ、とても聡明でもいらっしゃるのね」と大変お喜びだ。しかし、すでに本質に手をかけているマザリーニは思い当たる節があるのだろう。眉間の皺を深くして「むぅ……」と唸った。二人には不敬かもしれないが、この光景を面白いと感じてしまった。

 

 「しかし、生を受けた時から虚弱で病弱であった彼は魔法学院に入学するまでカスティグリアにある屋敷の自分に与えられた部屋から出る事は極めて稀だったと聞いています。そして、そのような生い立ちから、彼は聡明ではありますが常識という物にかなり疎いのです。王国や王家に仕えるという事、貴族の流儀、ブリミル教、それらの意味や存在を彼の憶測も含め多少知ってはいても、彼の考えや理解といったものと相容れないのであればそれらに同調する事はほとんどありません。

 そう……、このトリステイン、いや、ハルケギニアの常識よりも自らの常識を優先させる人間が、カスティグリアという強大な戦力を作り、全高三十メイルのゴーレムを一撃で塵に返すほど強大な魔法を使う事のできる他に類を見ないほど大変聡明で優れたメイジなのです。」

 

 種明かしのようにそこまで一気に告げると、陛下は今までの笑みを完全に消してハッとしたように彼の危険性に気付き、不安そうな表情を浮かべた。対するマザリーニは、すでに結論を読んでいたのだろう。眉間の皺をそのままに「ああ、やはりそうか……」とつぶやいただけだった。

 

 「そして、そのような人間に対し、傲慢に彼が許容できないような常識をぶつけようものなら、尊大に彼らからさも当然のように奪おうものなら、そして彼の大切なものに火の粉が降りかかると彼が判断したならば、彼は相手が誰であろうと、何であろうと、迷わず杖を抜き彼の二つ名の通り全てを灰にし、その灰を被るのでしょう。」

 

 「そ、それはトリステインの貴族が相手でもですか?」

 

 クロア殿の良い所だけを知っていた女王陛下は、少々怯えるように、アノ獣の危険性の最終確認をすべく言葉を発した。恐らくは分かっていながらも否定して欲しいのだろう。だが、そのお望みの耳心地の良い言葉を私が発する必要性は彼女自身が最初に辞退している。

 

 「ええ、彼は対象を選びません。そうする事が必要であると判断した際は国や王族はもとより、神にすらその杖を向けるでしょう。」

 

 「おぉ、おぉ……。なんという……。」

 

 陛下は顔を伏せ、お嘆きになられたが、マザリーニはむしろ私が口にした「神にも杖を向ける」という言葉を聞いて「やはりか」という納得したような、胸のつかえが取れたようなスッキリした顔をしていた。

 

 「しかし、そのような危険性はあれど、カスティグリアは強大な侵略者に対抗できるトリステインが持つ頼もしい力でもあります。そして、彼らが何よりも望むのはカスティグリアや近しい者たちが過ごすことの出来る『平和な時間』なのです。そして、その望みは我々にとって共有できるものであるはずです。」

 

 私の声を聞いて、希望を見つけたように陛下は顔を上げた。そして、その希望を肯定し、削られたであろうお心の些少の慰めになればと、私はできる限り優しい笑みを浮かべる。

 

 本質はどうであれ目指す場所が同じであれば彼らと共存する事は可能なのだ。そして、カスティグリアは理解者や友人としてだけでなく、勅使としての私とも懇意にしている事からも分かるように、トリステインの庇護も必要としているように思える。

 

 そう、信じられない事に、カスティグリアはあれだけの戦力を持ちながらも、自らを守る上位者が必要だと認識しているのだ。そして、その上位者はクロア殿によって選ばれた。アンリエッタ女王陛下が彼らを見捨てない限り、彼らは女王陛下の下その力を存分に発揮し、彼らの望む平和な時間が訪れるまでトリステインの敵を打ち払い続けるだろう。

 

 「しかし、トリステイン貴族の全てがそうとは限りません。故に、彼らの杖が国内に向かぬようマザリーニ殿や私は今まで彼らを飼い慣らす努力を行い続けておりました。

 以前マザリーニ殿が行ったカスティグリアの隠蔽、そして彼らに関わる貴族の制限は、一見カスティグリアを風石産出という甘い汁に集まる破廉恥な貴族から守るかのように見えましたが、実のところ、そのような貴族をカスティグリアの杖から守る為、ひいては王国内での内乱を起こさせないためでもあったのでしょう。」

 

 マザリーニはあの時の苦労を思い出し、そしてようやく自分の努力が理解されたと感じたかのようにわずかに微笑みを浮かべ、肯定を示すよう頷いた。そして、マザリーニが行った調整を初めて知ったであろう女王陛下は真剣な顔でマザリーニを見た。

 

 彼女にとって、これほど分かりやすく全てが揃っており、政治の表裏(ひょうり)を学べる事案は少ないのかもしれない。実際、複雑に絡み合い、物事を正確に捉え切れないのが政治というものだろう。これほど単純で明快な事例は恐らく少ないに違いない。

 

 「そして、陛下がまだ姫殿下であった頃、陛下は彼にシュヴァリエをお与えになりました。その際、私も推薦人の一人となっておりますが、実のところトリステインを騒がせた盗賊捕縛に関する武功などはただの建前(たてまえ)だったのです。彼が断固として王家と始祖に誓わなかったあのシュヴァリエ授与の本質は彼自身の杖を極力国内へ、ひいては王家へと向けさせないための彼を縛る細い紐のようなものだったのです。」

 

 しかし、こうして口に出してみると、クロア殿は実に野生の獣であり、あの手この手で苦心して手懐けようとがんばったものだと実感した。そして、肉親であり仲の良い兄弟であるクラウス殿がシュヴァリエで縛るという提案をした事が、そのクラウス殿の才覚が、私の中で如実に際立つ結果となったのは言うまでもない。

 

 もし将来彼らのどちらかを宰相にするのであれば、私は間違いなくクラウス殿を推すだろう。確かにクロア殿の知識や発想はすばらしいものだ。もはや鬼才と言える。しかし、それが原因で逆に宮廷には合わないだろうし、何より彼は病弱だ。

 

 彼の才能が救う数よりも問題の方が多く起こり、トリステインが滅びる可能性もある気がする。しかし、クラウス殿であればクロア殿を上手く扱いながら良い部分だけを引き出していけるのだ。彼が学院を卒業した暁にはトリスタニアに席を用意することは可能だろう。どのような席を彼が選ぶか興味深いが、できれば女王陛下やマザリーニの隣に座って欲しいものだ。

 

 「しかし、我々に出来たのはその程度が限界であり、それ以上は無理だと考えておりました。ですが、陛下はクロア殿から直接生涯変わらぬ忠誠を捧げられております。どうぞその手綱を手放す事のないよう恐れながら進言いたします。」

 

 クロア殿からの忠誠を受けた事がどれほど驚くべき事であり、トリステインにとって重要な事であるかをアンリエッタ女王陛下は何とか消化なさろうかとするように目を閉じ、そっと風のルビーに手を添えた。

 

 「過ぎたる力は人を狂わせます。わたくしは母からそう習いました。力を預けてくれると言ったルイズだけでもわたくしには過ぎたる力だと感じておりました。」

 

 強大な力を持てば使いたくなるものだろう。過去強大な力を持った王が戦禍を振りまいた事例は数え切れないほどある。そう考えると、むしろ、カスティグリアがあれほどの力を持ちつつ、自制できている事が奇妙なのかもしれない。

 

 確かに彼らは簡単に杖を抜く。それは陛下のおっしゃる過ぎたる力というものに振り回されているとも取れなくもない。しかし、彼らは進んで戦乱を呼び込んでいるわけではないのだ。そして、戦争ともなればその狂気が必要になると自覚しつつ狂気に身を任せているのだろう。

 

 しかし、戦争が終わり、彼らの望む『平和な時間』と言うものが訪れた時、その狂気を再び沈める必要があるだろう。なるほど、クロア殿がアンリエッタ女王陛下に自らの手綱を預けたのは、女王陛下の犬に自ら進んで成り下がったのは、陛下の庇護だけでなくその狂気をどこかで止める必要があると考え、その役目を陛下に預けたのだろう。

 

 「さらに手綱を預けてくださったクロア殿の忠誠にわたくしは報いねばならないのですね。ですが、彼を知ってしまったわたくしにはその手綱がとても重く感じてしまうのです。」

 

 虚無の系統であるルイズ嬢、そしてカスティグリアの獣であるクロア殿、そして、彼を支えるカスティグリア。確かに一人の年若い女性が持つには重過ぎるのかもしれない。しかし、彼女はただの女性でなく、ただの貴族でなく、アノ獣に選ばれたトリステイン王国の女王陛下であらせられる。

 

 今はまだ重過ぎるのかもしれないが、クロア殿のあの二つの赤い瞳が、私には分からない何かを、巨大な力を任せうると確信した何かを見出したのだ。私もアノ獣の判断を信じ、女王陛下がその巨大な力に押しつぶされないよう、微力を尽くすべきだろう。

 

 「アンリエッタ女王陛下。確かに過ぎた力は人を狂わせることはあるでしょう。しかし、クロア殿はその力を持ちつつも自制し続け、そして陛下に預ける事を選びました。彼の真意は未だ推し量れませんが、恐らく陛下がその重い手綱を手にするに値すると確信したのでしょう。そして、私も陛下を己が主と見定めたあの二つの赤い瞳を信じたいと思います。

 陛下も信じてみてはいかがでしょうか。―――あの赤い瞳を……。」

 

 陛下は再び目を伏せ、風のルビーをひと撫ですると、目を開いた。そして再び開いたその目には強い意思と覚悟が宿っているように見えた。

 

 「そうですね。わたくしも信じましょう。そして、きっとわたくしが間違ってしまった時はルイズやマザリーニ、そしてクロア殿が正してくれるでしょう。」

 

 「そうですな。まだまだお教えせねばならぬ事が多々あります故、陛下も安心して学びなされ。」

 

 そして、少々良い雰囲気になった女王陛下の執務室で私が逃避し続けた無慈悲なご下命が女王陛下の口から発せられる事となった。

 

 「それでは、ジュール・ド・モット。勅命を下します。」

 

 私はその言葉に反応し即座に跪き、女王陛下の名代として即刻ロサイスへ向う事となった。確認したいことが山ほどあるのだが、この雰囲気を崩すことが憚られたため、一度女王陛下の執務室を辞し、人づてにマザリーニを即刻あの部屋から引っ張り出し、マザリーニの執務室で唾を飛ばし合いながら方針や細々とした事を決める事となった。

 

 そして、想定していたより多くの手土産を鳥の骨からもぎ取り、大抵の事であれば対処できると自らに言い聞かせながらカスティグリア侯爵の用意してくれた小型快速船でロサイスへと旅立った。

 

 

 

 

 

 




 ええっと、なんといいますか、実は前話を書く際に必要に迫られて原作を拾い読みしつつ日程表を作成しました。結構時間がかかり、すごく面倒くさかったです。ただ、その際、原作の日程に矛盾が結構あることがわかりまして、正確な日程表を作るのは難しいと判断し、矛盾の発生源を勝手に決めさせていただいた結果このような日程になりました。ご了承ください。

 補足説明とかする予定だったのですが、どの辺りを説明する予定だったのか忘れました。ええ、どこにもメモがありませんな。(しょんぼり
 取り合えずパッと思いついたことだけ説明させていただきます。

① アンリエッタ実はクロアの事好きだった? 
 ワルド捕縛やタルブの戦果、そして何よりレジュリュビでの会話で好感度↑↑↑でした。ええ、フラグ立ってました。最初から折るつもりで建てたんですけどね^^

② 侯爵はなんでモットにフネ用意してくれたの?
 モットおじさんが呼ばれる前にマザリーニ室に侯爵おいでおいでされておりました。取り合えずモット送るから早まるなよ? おkフネ用意しとくわ。みたいな感じです^^

 予定ではモットおじさん視点でロサイス到着→クロアとの交渉が終わる予定だったのですが、届きませんでした;; 最近こんなのばっかりですねorz
 ああ、どんどんジョゼフさんが遠くに……(遠い目

作者 「そんなにアルビオンに行きたくないか……、モットよ……」
クロア「モットおじさんにあいたいなー」(チラッチラッ
モット「行きたくNEEEEEEEEEEEEEE」


 次回は書き始めたばかりですがクロアくんの謀略が大爆発する予定です。ええ、不発の可能性も高いですが!! 不発したらモットおじさんのせい……(ぇ

 次回もおたのしみにー!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。