ゼロの使い魔で割りとハードモード   作:しうか

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 皆様ごきげんよう。お待たせしました。えっと、うん。それではどうぞー^^;


45 涙の理由

 偶然を装ってマチルダ嬢とティファニア嬢のお迎えに行ったのだが、それ自体は思っていたよりすんなりと終わった。

 

 最初、付近の森に潜伏している可能性のある盗賊や傭兵、斥候、そして採集などで村を離れている可能性のある子供の捜索を火竜隊に頼み、プリシラをティファニア嬢のところに先行させた。

 

 ティファニア嬢がなんらかの理由で魔法を撃ってくる場合に備えてプリシラには常にティファニア嬢の側で待機してもらい、杖を抜いてスペルを唱えるようであれば杖の強奪をしてもらうという保険をかけさせて貰ったが、特にそのような場面はなかった。

 

 しかし、俺のつがいはとても頼りになる。常にティファニア嬢の肩にいたというのにティファニア嬢は気付かなかったようだ。プリシラが彼女達の会話を拾ってくれたり、毛づくろいをしたりするたびにその愛らしさに―――(中略)……。思考が逸れた気がする。

 

 ふむ。惚れ薬を飲んでプリシラを最初に見たらどうなるのだろうか。あの愛らしいクチバシにキスした瞬間に気絶するようになるのだろうか……。大変興味深い。いや、さらに思考が逸れた気がする。

 

 そう、いつものアグレッサーの密談陣形(勝手に命名)の中で交渉を行ったのだが、交渉の壁になりそうだと思っていた事が、全て俺の杞憂だったのだ。ミス・マチルダは特に俺に対して遺恨を持っていなかったし、ティファニア嬢も特にイレギュラーはなく恥ずかしがり屋のただのハーフエルフだった。

 

 問題は途中で彼女の“全ての人間が初対面のエルフに対し否定的な感情を抱く”という常識を覆すため、サイトをけしかけた時に起こった。俺の予定ではルイズ嬢に調教、いや、教育を受けているサイトであれば、貴族である俺の言葉に従ってティファニア嬢の帽子を取りに行き、

 

 サイト 「クロア、この後どうすんだ?」

 俺   「ふむ。とりあえず自己紹介からお友達になってはどうだろうか」

 サイト 「おう! 俺、平賀才人! よろしくな!」(キラッ

 テファ 「エルフ怖くない人間なんて初めて! びっくり!」

 

 というシナリオに沿った事が起こるはずだったのだが、サイトは全く動かなかった。ぶっちゃけそれだけのためにサイトを連れてきたというのに動いてくれないのは計算外だった。しかし、貴族の俺に従えないというのであれば、友人というものを演出してサイトを動かすしかない。そして、その時天啓のように思いつき、特に疑問も抱かずあっさりと移した行動に問題があった。

 

 ティファニア嬢という餌にサイトを食いつかせるのは容易だ。もはや原作主人公と同じであると判断しているわけだからして、ティファニア嬢の生命の神秘とも言えるバストサイズと同年代の友達に飢えているという事をサイトに教えれば良いだけだ。まぁつまり、そのあたりをサイトにヒソヒソと伝えたのだが、サイトは行動に移す前に結構大きい声でオウム返しに口に出してしまっていた。

 

 そんなサイトが面白かったので悪乗りした事は認めよう。しかし、この、“俺の好きな胸の大きさに関する審問会”のような拷問が待っているとは考えもしなかった。そう、今現在、胸教の異端者というあらぬ疑いをかけられ、宗教裁判と言えるようなものが俺の部屋で行われているのだ……。事が始まったのはほんの少し前なのだが、なぜこんな事体になったのだろうか。いつもなら余裕で流されているような案件であるはずだ。

 

 

 

 しかし、ティファニア嬢の記憶をルイズ嬢のリコードで共有し、ティファニア嬢はハーフエルフだがモード大公の娘であり虚無の系統であるということをその場にいた人間で共有できた事は思ってもいない幸運だった。精々、ルイズ嬢が共有する程度だと考えていたからだ。

 

 そして、それらを共有し、ティファニア嬢から語られたその後の事件を聞いたモンモランシーとシエスタ、そしてルイズ嬢が涙を少し流してティファニア嬢を慰めていたのはとてもすばらしい光景だった。しかも、ハーフエルフでも虚無の系統が現れるというブリミル教の矛盾点にサイト以外の全員が気付いたのがとても大きい。

 

 ティファニア嬢の身柄に関してはアンリエッタ女王陛下に保護をしていただけるよう女官殿に依頼したので、数日中、もしくは戦後ティファニア嬢は女王陛下の保護を受けるだろう。そして、そのブリミル教の矛盾点も女官殿からアンリエッタ女王陛下に伝えられることになるかもしれない。

 

 そう、いくらカスティグリアが気付いても、ティファニア嬢という存在があってもそれだけでは届かないと感じていた。トリステイン王国で古い歴史をもつヴァリエール家の、虚無の系統を持つルイズ嬢が、女官として女王陛下に進言して、きっとようやく届くようなものなのだ。それほどにこの件は手の出しづらいものだった。

 

 そして、女官殿が女王陛下にお伺いを立てて命令を頂くか、戦争が終わり、女王陛下がこちらにいらっしゃるまで、予定通り孤児達も含めてティファニア嬢とマチルダ嬢をレジュリュビで預かる事になった。

 

 本当はティファニア嬢に関してはルイズ嬢と出来るだけ一緒にいた方が良いのだろう。しかし、彼女の乗艦はタケオであり、あそこにはゼロ戦がある。そして、ゼロ戦を動かせるのがサイトだけであり、サイトは戦争が終わるまでタケオに乗艦するべきだ。そこで、ルイズ嬢だけをタケオから離すのも気が引ける。それに、ティファニア嬢だけを孤児やマチルダ嬢から引き離し、タケオに移すという選択肢は取りづらい。マチルダ嬢とは今後の事で色々と交渉を行いたいのだ。さらに、孤児達にタケオ独自の避難訓練をさせるのも気が引ける。

 

 ルイズ嬢にマチルダ嬢や避難訓練以外の事を伝えると、彼女も納得してくれた。その代わり、戦闘の兆候が見られない時はレジュリュビにいるティファニアとマチルダ嬢へ会いに来るらしい。別段断る必要もなかったので問題はない。

 

 ウェストウッド村を離れる前にそれらの事を話し合い。ティファニア嬢を始め、ウェストウッド村の住人は火竜隊が運んだ。火竜隊は風竜隊より搭乗人数や積載に余裕があるのはラグドリアン湖の際に体験済みだ。

 

 アグレッサーによってレジュリュビに降ろされた俺はブリッジからモンモランシーとシエスタに運ばれて自室へと戻った。防御ライン形成の進捗状況など艦長から聞こうと思ったのだが、俺の顔色が悪いとの事でモンモランシーが強行してしまい。しかも艦長殿にも問題なく進んでいるのでお休みくださいと言われ、抵抗するしないの判断すら必要なかった。きっとあの時からすでに兆候があったのだろう。

 

 火竜隊がティファニア嬢、マチルダ嬢、そして孤児達をレジュリュビの竜発着場所に下ろし、彼女達は艦長殿の指示でそこで待機していた士官が案内する事になっていたそうだ。まず全員を孤児達がこれから数日から数ヶ月過ごす事になる船員室へ案内し、そこにいた下士官や非番の船員に紹介した。遠く故郷に子供を置いてきた船員や、元々子供好きな船員が何人もいたそうで、かなりあっさりと打ち解けたらしい。

 

 そして、ティファニア嬢とマチルダ嬢は孤児達とそこで別れ、士官が引き続き彼女達に用意された部屋へと案内した。しかし、そこでマチルダ嬢が俺の部屋を士官に尋ね、俺の部屋へとやってきた。

 

 最初は短期的なこれからの予定やマチルダ嬢の役割についてなどを話し合っていたはずなのだが、なぜか途中から胸の大きさに関する話になってしまった。きっと女性にとっては戦争やブリミル教の矛盾やロマリアの事なんかよりも胸の大きさの方が大事なのだろう。いや、女性だけとは言い切れまい。すでに原作とはかけ離れているギーシュやマルコは怪しいかもしれないが、サイトにとっては重大事項に当たるだろう。

 

 ちなみに俺は小さい胸も中くらいの胸も大きめの胸もこよなく愛する自信がある。しかし、大きさよりも大事な事があるのだ。そう、その胸が誰のものかという事が何よりも重要なのではないだろうか。実際、よく介助されている関係上、カスティグリアの屋敷にいるメイドさんから始まり、ルーシア姉さん、そしてシエスタ嬢の胸を衣類越しに感じる事が何回かあったが、そんな事を気にしていたらきっと俺はすでにこの世にいないだろう。

 

 あの竜の羽衣の研究所でシエスタに押し付けられたときは、その、なんというか……、うむ。肉体も精神も実際に昇天し、ブリミル殿に会う直前だったに違いない。実際意識が戻るまで結構な日数を必要とした気がする。

 

 しかし、モンモランシーともなると胸どころか他の部分でも、ヒーリングが必要になるほどだ。ぶっちゃけ彼女を包む衣類が触れるだけでもかなりの精神力を要求される。胸どころか胸の場所にある服の生地に触れただけでブリミル殿に会うのではないだろうか。ふむ。やはりモンモランシーは最強の系統……。

 

 ちなみに、現在行われている審問会は、被告、俺。審問官、マチルダ嬢。証言者、モンモランシーおよびシエスタ。という状況なのだが、どうやら俺には発言権がないらしい。マチルダ嬢が俺の未来の妻と側室候補殿に質問を投げかけては二人がそれに応えるというスタンスで行われており、なぜか俺が自己弁護しようと本当の事(・・・・)を告げようとするたびに「アンタは黙ってな」とマチルダ嬢にカットされてしまう。

 

 そして、時々散発される「実はむっつりスケベ」や「胸マニア」、「女好き」「耳フェチ」などの単語が俺の心を深く抉っていく……。実際そうかもしれないと思い当たる節がなくは無いところが余計につらい……。

 

 ふむ。考え方を変えたらどうだろうか。そもそもゼロの使い魔という世界に魅力的なキャラクターが多すぎるのが原因なのではないだろうか。そう、ここは我が友ギーシュの世界観に頼ってみても良いのではないだろうか。

 

 実際にハルケギニアで会った女性は誰もが魅力的だった。端役であるはずのケティ嬢ですらそうだ。きっと目移りして誰も選べないというのが正しいハルケギニア貴族男子の生き方なのではないだろうか。我が友ギーシュやマルコはそれを快く肯定してくれることだろう。しかしそう考えると、モットおじさんは正しい道を歩んでいたということか……。さすがは黒き覇道の先駆者である。

 

 しかし、俺はすでに一人の女性を選んだ。いや、“なぜか選んでいただけた”というのが正確な表現だろう。そう、彼女は俺にとって恋焦がれても手の届いてはいけない存在だった。しかし、もし本当に彼女に手が届かず、原作通り彼女とギーシュが結ばれる方向に動いていたらどうだっただろうか。

 

 きっとあの作品には登場していないような女性が政略結婚でカスティグリアに来るというのが恐らく望みうる最も恵まれた環境だったはずだ。ぶっちゃけ初めて使ったライトの魔法で死ぬと思っていたくらいだ。そのまま学院にも通わず、原作キャラに会うこともなく、プリシラを召喚することもなく、屋敷で黙々と資料を生産し、人生とペンとインクと羊皮紙を消耗させ続け、そのまま生涯を閉じただろう。

 

 そして、その想像上可能性の高かった未来を変えた最初の分岐点として考えるのであれば、やはりモンモランシーと初めて会った時だろう。あの時はまさか婚約者になるとは思ってもいなかったし、まぶしくてよく見えなかった。しかし、きっとあの時を境に俺の手の届かないはずの人々が周囲に集まる事になったのではないだろうか。モンモランシーだけでなく、今ではシエスタやプリシラを始め、数えたらキリがないほどにカスティグリアの人間で無いにも関わらず大切な人がたくさんいる。

 

 ふむ。そう考えると、今のこの状況ですら幸福に思えてくる。なんせ、俺の好きな胸の大きさに関して三人の女性が討論しているのだ。これがハーレム系オリキャラの醍醐味というやつだろう。ククク、ついにこの恋愛初心者、恋愛戦力外、初心(うぶ)、などなど卑下され続けていたこの俺が、恋愛の帝王とも言えるだろうハーレム系主人公の座に就いたのだ!

 

 ふはははは、本来主人公であるはずのサイト、君には悪いが、このハーレム系主人公の座は『灰被り』クロア・シュヴァリエ・ド・カスティグリアが確かにいただいた! あはははは! あーっはっはっは!

 

 と、心の中で凱歌を歌っていると、どうやらいつの間にか審問会は終わっていたようで、いきなりミス・マチルダに総括を求められた。ぶっちゃけ内容はほとんど聞いていなかったので全く解らない。しかし、ここで「聞いてませんでした」というのも少しハードルが高い。

 

 ふむ……。こんな時はやはり伝説に頼ろう。

 

 「ふむ。やはりモンモランシーは俺の奇跡の宝石。」

 

 そう真面目に総括を終えると、マチルダ嬢は「聞いてなかったんかい……」とため息をついた。確かに聞いていなかったが伝説が破れるとは思ってもみなかった。しかし、モンモランシーやシエスタは割りとどうでもよかったらしく、「やっぱり考え事をしてたのね」と笑顔を浮かべただけだった。そして、追求もなく二人にベッドへ運ばれ、シエスタに着替えを手伝ってもらい、モンモランシーによって夢の世界へと旅立たされた。

 

 うむ。本当に顔色が悪かったのだろうか。気をつけよう。いや、気をつけようがないな……。

 

 

 

 

 

 

 

 意識の覚醒はわき腹と肺の痛みによって引き起こされた。わき腹は鉄パイプを差し込まれたかのように痛み、肺は呼吸するたびに締め付けられ、必要な量の空気の取り込みを拒絶しているような感覚がする。そして、それに伴って四肢は付け根から先の情報を脳に送る事を拒否しているようにダルい。しかし、幸い頭痛や発熱はあまり感じられない。

 

 今は戦争中であり、俺はお飾りとは言え指揮官だ。戦闘になるようであればブリッジに上がるべきだろう。だがこの状態で常にブリッジで待機するのはさすがにきつい。いや、むしろ体調の悪い指揮官がブリッジにいるのは士気に悪影響を及ぼすだろうか。

 

 いや、むしろ俺に選択権が回ってくるかどうかすら怪しい。経験則からこの状態がもしモンモランシーやシエスタにバレたらどんな状況でも問答無用でベッドに寝かされ、スリープクラウドによって夢の世界を再び満喫することになるに違いない。彼女たちに心配をかけたくはないのでいつもならばそれで問題はない。むしろ、俺としてもそっちの方が楽なので、彼女達に心配や手間をかけてしまう分、本当に申し訳ないとも思う。

 

 しかし、先の艦隊戦や地上への砲撃ならば寝ていても問題はなかったのだが、次の戦い、つまり恐らくアルビオン三万の歩兵をメインとした部隊との戦いなのだが、その戦いとその後予定されているロンディニウムへの威力偵察はカスティグリアの人間が関わるべきだと考えている。

 

 現状、アルビオン大陸の空はほとんど連合軍が抑えていると考えていいだろう。彼らはもはや戦列艦を中心とした艦を失っており、残る航空兵力は恐らく竜や幻獣が数十といったところであり、自由落下爆弾を持たない限り連合軍を相手にしたとしても制空権を取り返す事は無理だろう。我々カスティグリア相手として考えるのであればこちらの動向を偵察するのが関の山だ。

 

 制空権をこちらが握っており、自由落下爆弾だけでなく、機銃、そして大砲が満載されている艦が空にいる限り、一方的な戦いにしかならないのはわかっている。それこそ誰が指揮官であっても勝つだけならば問題ない。しかし、俺の望む勝利を目指すのであれば自らが指揮すべきなのだ。

 

  この戦いとロンディニウムへの威力偵察だけは起きていなければなるまいて……。

 

 うむ。やはりここは気合で健常者のフリをしつつ、「ちょっと昨日張り切りすぎてダルい」とか言って敵の情報を艦長殿から伝令を寄越してもらうことにしよう。お飾りの最高司令官だからして、戦闘前にブリッジに上がれば問題はあるまいて。

 

 ただ唯一の不安は健常者のフリをしたところでモンモランシーやシエスタを騙せる自信がない事だ。俺は何度か挑戦したが、結局イベントを逃している。今回も恐らく一目でバレるという強い予感が確信のように訴えている。

 

 もぞもぞとベッドの中で移動し、ベッドの背もたれに身体を預けるとシエスタが天蓋のカーテンを開いて入ってきた。そして、俺の顔を見ると「おはようございます」と心配そうな顔をした後、俺が挨拶を返す前に「モンモランシー様を呼んでまいりますね」と言って出て行った。

 

 「おはよう、シエスタ」と笑顔で出迎える心の準備までしていたのだが、そんな隙は全く無かった。一目でわかるほど酷い状態なのだろうか。ベッドから出る事は許されない気がしてきた。打開策を考えておくべきかもしれない。

 

 一番現実的なのは艦長殿に俺の考えを全て語り、彼に任せることだ。今のところ彼は、クラウスから戦略的な目的はある程度聞いており、それに沿って作戦を立てているはずであり、ロンディニウムへの威力偵察という名の強襲も水の精霊と顔合わせさせる事ができれば問題ないと思っている。

 

 後は細かい思想的な事や政治的な問題、または連合軍との折衝に関する事を包み隠さず話し合っておけば彼に任せきりでも問題ないはずだ。しかし、クラウスが伏せたであろう情報を俺が暴露するのはあまり良くない気がする。現実的ではあるが、これは俺が最高指令官という飾りを彼に引き渡す必要性が出てきた時の最終手段とすべきだろう。

 

 次に思いついたのは演説の原稿を今から作成し、モンモランシーか艦長殿に読んで貰うというものだ。もはや考えれられる戦いは二つだけであり、それぞれに原稿を用意しておけばよいという意外と簡単そうな案であるがいくつか問題がある。

 

 一つ目は何より筆記用具の確保である。そう、クラウスに禁止されている事を必要だからという理由で許可されるものなのだろうか。カスティグリアでの権力順位は恐らく父上、クラウス、そしてルーシア姉さんやモンモランシー、が間に入り、シエスタと同じ位置にいられるか疑問が残るがその辺りに俺がいるはずだ。

 

 シエスタの気持ち一つで俺の行動が妨げられる可能性が前々からちらほらと散見している。もしかしたらすでにシエスタより下になっている可能性も否めない。ぶっちゃけその辺りは問題ない。

 

 ただ、モンモランシーに戦争の指揮官という後々残るかもしれない重荷を背負わせたくはない。いや、彼女に言えばきっと優しい彼女の事だ。一緒に背負うと言い出しそうだが、彼女は次期モンモランシ伯になる人間だ。どうせなら戦争で得られる汚い部分は俺が、そしてキレイな部分だけを彼女に与えたいと思うのはエゴだろうか……。

 

 ふむ。艦長殿に読んでもらうべきだろう。まぁ羊皮紙と筆記用具が手に入ればだが……。

 

 そんな事を考えているとノックと共にシエスタがモンモランシーとなぜかマチルダ嬢を連れてきた。モンモランシーはこの戦争中、制服のように着ている赤いドレスではなく、以前見たことのある生成りのワンピースに身を包んでいる。そして、トリステイン貴族のツンとした表情ではなく、可憐さを残しながらも少し心配そうな顔が彼女の優しさを覗かせている。うむ。やはりモンモランシーは奇跡の宝石……。

 

 マチルダ嬢は昨日と同じ格好をしているのだが、そういえば着替えが少ないのかもしれない。むしろ、戦艦に積まれている水は飲料用として限られているはずだ。補給無しでも数ヶ月航行できると前に聞いたと思うのだが、洗濯や身体を拭く水は確保できているのだろうか。ふむ。覚えていたら艦長殿との話のネタにしよう。

 

 「おはよう、モンモランシー、シエスタ。そして、マチルダ嬢。」

 

 そう、彼女達に挨拶すると、声帯を震わせる力が足りなかったのか擦れた酷い声が出た上に咳き込みそうになった。

 

 け、健常者のフリをする予定がいきなり失敗終了してしまった。まさかこんなところに罠があるとは思ってもみなかった。モンモランシーがそんな俺を見て心配そうな表情からスッと眉を寄せ、少しきつめの表情を顔に浮かばせて枕元にある椅子に座った。

 

 「おはよう、あなた。具合悪そうね……。」

 

 そう言いながらヒーリングを俺に掛けると、シエスタに顔を向けた。

 

 「シエスタ。クロアは上がれないと艦長さんに伝えてちょうだい。」

 

 モンモランシーがシエスタにそう伝えると、シエスタは予想していたように「かしこまりました」と言って出て行った。あっという間の出来事で介入の余地は全く無かった。そして、そんな状況を見ていたマチルダ嬢はなぜか少し釈然としないような顔をしていたのを意外に思った。

 

 まぁ健常者のフリといってもシエスタがすぐにモンモランシーを呼びに行き、モンモランシーも即断するほど見た目から酷いのだろう。それに、この声では演説もできまい。艦長殿の機転に期待するしかあるまいて。

 

 モンモランシーの診察を受けてしばらく経つと、艦長殿が自らシエスタに案内されてこの部屋へやってきた。そして艦長殿は軽く俺と目礼を返したあと、モンモランシーから俺の容態を聞き、枕元にある椅子へ座った。

 

 「ひどく悪いようですな。ですが、現状想定通りに進んでおります。ごゆっくりお休みください。」

 

 「艦長殿。ご足労いただき申し訳ない。しかし、次の戦闘こそブリッジに上がりたかったのだがこの有様(ありさま)ではさすがにお飾りと言えどひどく足を引っ張りそうですからな……。」

 

 少し咳き込みながら艦長殿にこぼすと、彼は慈しむような柔らかい笑顔を浮かべた。そういえば彼に子供はいるのだろうか。そう、まるで父親が子供の心配をするような表情に見えたのだ。

 

 「確かに想定通りであれば次の戦いこそがカスティグリアの平和にとって重要なのでしょう。詳しくは聞かされておりませんが、最高指令官殿が伏せた場合に備えてクラウス殿から開封条件付きの命令書を預かっております。ご安心ください。」

 

 え……。ど、どういう事ですかね? つまり、は……、えっと、本当にお飾りでも問題ないと……? なんというか、クラウスよ……。そこまでするのであればクラウスの人形かなんかをブリッジにでも置いておくだけでよかったのではないかね。実はクラウスは暇人なのだろうか……。

 

 しかし、実際俺はクラウスの想定通り体調が悪くなりブリッジに上がれない事態になっている。むしろ予想されてしかるべき事なのだろう。

 

 ふむ……。やはりモンモランシに篭って湖でキレイな魚を探しつつシュヴァリエの年給を消費するだけの仕事に転職すべきなのではなかろうか。今となっては水の精霊とのつながりもある程度あることだし、新種やキレイな魚の心当たりを聞いて採取してきてもらう事もできるのではなかろうか。うむ。夢が広がりんぐですな。

 

 と、なると、いかにその魚を鑑賞するかという問題が出てくる。まずは水槽、これは学院でも窓ガラスがあるくらいなので平面のガラスに関しては問題ないだろう。歪みや透明度の問題もあるだろうが、その辺りは研究所のモンモランシ支店に任せるのはどうだろうか。

 

 ただ、問題は電気器具だ。前世の記憶を勘案すると、ポンプが絶対に必要になる。底面式ろ過やオーバーフロー方式であればエアーポンプ一台あれば問題ないのだが、それでもこの世界にエアーポンプはないだろう。残念なことに原理はすっぱり抜けている。前世の俺は壊れたら買いなおす主義だったようだ。

 

 まぁ恐らくふいごのようなものを駆動装置で動かし続けるのだろうが、それだけのために蒸気機関を使うのは馬鹿げているだろう。それに他に安定した出力を出すものは今のところない。

 

 ふむ。ここはファンタジー方式に頼ってみてはどうだろうか。はっ!? 水の精霊は確か自分の住む場所の水をキレイにするという特性があったはずだ。つまり、水槽にある程度の水の精霊を入れておけば全てが解決する可能性が高い。ううむ、さすがファンタジー……。

 

 ぶっちゃけ養殖とかも可能なのではないだろうか……。もしかしたらモンモランシは干拓事業ではなく、養殖事業を起こして、日持ちする保存方法を考えるのがベストだったのかもしれない。あとは淡水でおいしい魚があれば良いのだが……。

 

 ううむ。今切実に羊皮紙が欲しい。水の精霊との交渉が必要な段階でそれほど他領への機密性は考えなくても良いのではないだろうか。今後の俺の隠居生活に直結する内容なだけに是非とも書きとめておきたい内容なのだが……。

 

 そんな事を考えていると、シエスタがベッドの簡易テーブルを設置してそこに羊皮紙とペンを置いてくれた。

 

 おお、これぞまさしく以心伝心というヤツではなかろうか! さすが太陽の恵みシエスタである。まさか羊皮紙まで恵んでいただけるとは思ってもみなかったが大事なのは今ここに羊皮紙とペンがあることなのであまり気にしないようにしよう。

 

 「では最高指令官殿。次の戦いにおっしゃられたであろう演説をお願いします。」

 

 今まさに簡易テーブルにある羊皮紙とペンへ向けて行動を起こすべく感動の中、脳からシナプスが送られた瞬間、艦長殿がそのような事をおっしゃった。

 

 少々思考の海に沈んでいたようだ。この羊皮紙という無限の宇宙を感じさせる存在が今まさに降臨したことによって思考の海から掬い上げられたわけなのだが、掬い上げた本人であるシエスタにチラッと視線を送ると「考え事してたんですね? わかります」といった感じでニコッと嗤った。

 

 艦長殿はシエスタの手際のよさを褒めつつ「ささっ、私が責任を持って兵達に伝えます故」とか言いながらニコニコと優しい笑みを浮かべている。

 

 状況から察するに、艦長殿は俺が落ち込んでいると思い、俺の出番を用意してくれたのだろう。そして、レジュリュビでは禁止されている羊皮紙への書き込みもクラウスから条件付で許可されていると言ったところだろうか。

 

 そして、シエスタが俺を思考の海から掬い上げるため、フライング気味に用意したと……。いや、モンモランシーの指示という線も捨てがたい。

 

 し、しかし、なんと言うタイミングだろうか……。確かにすばらしいフォローだろう。これ以上無いくらいに自然なフォローだ。しかし、このフォローは図らずも俺を上げて落とす結果となってしまった。

 

 つ、つらい。確かに今回の戦いを安心して彼らに任せるのであれば、俺が演説内容を書き記し、艦長殿に読んでもらうのがベストだと先に結論付けた。しかし、クラウスからの開封条件付の命令書があるのであれば演説はいらないのではないだろうか。

 

 そして、今や優先順位の下がった俺の演説なんかより重要な案件があるのだ。ぜひとも羊皮紙に記しておかねば忘れるであろう重大な案件が……。しかし、もはや進路の変更は難しいだろう。もはやも何も俺だけが逸れていた感はあるが難しいだろう……。

 

 くっ、なんと言うことだ。羊皮紙にペンを走らせる事にこれほどの苦痛や悔しさを感じる事は今まであっただろうか……。フルフルと僅かに震える指に本当に書きたいことを据え置いて演説を書くという作業を強い続け、なんとか書き終える。

 

 そっと羽ペンをペン立てに戻そうとしたところで頬に一筋濡れた感触がした。そっと頬を触ると、濡れており、隣から艦長殿の息を飲む音がした。

 

 「失礼します」と言って艦長殿が俺の前に置いてある羊皮紙に手を伸ばした。ぶっちゃけ書いた内容をほとんど覚えていないので読み返そうとしたのだが、目の前が滲んでそれは適わなかった。

 

 たかが羊皮紙、されど羊皮紙。今この場に存在していた羊皮紙への執着がこの涙を流すという行動に繋がっているのだとしたら、ジョゼフ王の前に羊皮紙を置いてみたらどうだろうか。大体元はと言えばすべてヤツのせいではないだろうか……。

 

 ふむ。よかろう。この貸しは兆倍にして返してくれよう……。

 

 そう一人決意を新たにしていると、艦長殿とマチルダ嬢はモンモランシーとシエスタに送り出され、俺は再び夢の世界へと旅立つ事になった。この際不貞寝っぽい感じがしなくもないが、おあつらえ向きかもしれない。せめて眠る前にシエスタの紅茶を頂くことができれば……。まぁいい。二重の意味で不貞寝しよう。

 

 

 

 

 

 

 

 




 ええ、時系列的にほとんど進んでません。本当に申し訳ありません。ぶっちゃけ書いてる途中でいらない話ではなかろうかと思いながら書いてました。予定では接敵するはずだったのですが、なぜかクロアくんがベッドから起きれなかったという……。

 しかもそれがアダになって筆が進まなかったという……。ええ、私はいつもノリで書いてるので、ぶっちゃけ何度も後半部分を書ました。これはテイク5くらいです。はい。廃棄処分になったものが4つほどアリマス;;

 それなら元気に起きようYO! とも思ったのですが、それはそれで不自然ではなかろうかと葛藤の末こうなりました。うん。まさか虚弱設定が私の足を引っ張るとは! 時間をワープさせたりご都合主義のための設定だったハズなのですががが;;

 あ、作中に出てくる水槽に関してなのですが、実は原作で出てきます。ええ、モンモランシさんが干拓事業の時に水の精霊を運ぶ時に使いました。カスティグリアは樽でしたが、もしかしたら水の精霊は不満だったかもしれませんね^^;

 次回は、ええっと。内容は大体決まってますが色々と練ってます。三人称視点に挑戦するか、話の途中途中で視点移動させるかでも迷ってます。ちょっと両方ともサラッと軽く書いてみてから決めようかと。ええ、無理そうなら艦長殿視点ですかね?^^;

 次回もおたのしみにー!


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