ゼロの使い魔で割りとハードモード   作:しうか

43 / 52
ようやく戦争らしくなってきました! ええ、長いことお待たせしました><
それではどうぞー!


42 カスティグリア諸侯軍の力

 まだ薄暗い常夜灯のようにマジックアイテムが照らす中。シエスタに揺り起こされて目を開くとほんの目の前にシエスタの顔があった。体調を確認すると昨日ほどは悪くない。吐き気がまだ違和感のように残っており、ほんの少し頭がクラクラして四肢も少し重いが悪くはない。何とかなることを祈ろう。

 

 「おはよう。シエスタ」そう言って目の前にある頬をそっと撫でるとシエスタはにっこり笑って「おはようございます」と元気に挨拶してくれた。シエスタに着替えや身支度を手伝ってもらい、彼女の肩を借りて部屋を出ると俺が起きる前にシエスタから聞いていたのだろう、モンモランシーが待っていた。

 

 前回のタルブ防衛戦のときと同じ真っ赤な薔薇のようなドレスを身に纏ったモンモランシーと朝の挨拶を交わすと彼女にレビテーションを掛けてもらい、腕を組んでブリッジに運ばれた。そして、マジックアイテムで明るく照らされたブリッジに入るとブリッジクルーが作業の合間に笑顔でこちらに軽く敬礼をくれた。

 

 「おはよう、艦長殿。良い朝ですな」

 「そうですな、このような朝ならば良く敵も見えましょう」

 

 艦長殿と朝の挨拶を交わすと、前回と同じように艦長席の隣に据えられたテーブルに着き、テーブルの脇に置かれたティーカートのポットでシエスタが紅茶を淹れる。

 

 まだ夜は明けていないので朝ではないのだが、ブリッジの外は仄かに白んでいる。プリシラに偵察を頼んで進路上にフネや竜がいるか聞いたところ、かなり離れたところにフネが四十隻おり、艦隊として隊列を整えている最中だということがわかった。アグレッサーには残念な事かもしれないが今のところ竜はいないらしい。

 

 しかし、タルブ村での戦闘の推移がアルビオンには伝わらなかったのだろうか。伝わっていたら艦隊を護衛するために竜がわんさかいたはずだ。もしくは駐屯地から出撃し、直接戦場で合流するのだろうか。まぁ今のところいないということでよいだろう。

 

 テーブルの隣に鎮座する艦長席の主殿にプリシラからの偵察結果を伝えると、「さすがですな」と笑みを浮かべ、艦隊に第一種戦闘配置、第一種攻撃陣形という命令を下した。カスティグリア艦隊の第一種戦闘配置には他の艦隊と違うところが一つだけある。

 

 そう、動力を全て蒸気機関に任せ、帆を全て畳むのだ。偽装のため帆を張っていた方が良いのかもしれないが、蒸気機関で進むとどうしても帆が抵抗になるのでしょうがない。前回のタルブ防衛戦のように時間に余裕のあるときは、被害を更に少なくするため、帆を取り外し、ヤードやテークルも降ろしていたが時間がかかるためよほど余裕がある場合に限られるそうだ。今回はそこまでする時間的余裕はないという判断らしい。

 

 ちなみに、この世界のフネの大体のスピードは快速船で13km/hくらいであり、戦列艦などはもうちょっと遅いらしい。しかし、こちら側のフネは全て最高速度40km/h以上、蒸気機関のみによる巡航速度が大体35km/hと規格化されているそうだ。そして、帆走を含めたエコ移動速度は風向きによって変わるが20km/hくらいだそうだ。

 

 確か原作でコルベール先生の作ったフネの速度が50km/hくらいではなかっただろうか。積荷で速度は変わるだろうが、こちらは防御装甲を備えている上に大砲や兵を満載しての速度だ。カスティグリアの開発した蒸気機関による推進装置の性能はなかなか良いように思える。

 

 そして、第一種攻撃陣形はタルブ防衛戦でも見せた三列縦隊であり、カスティグリア艦隊の基本陣形である。艦長殿は、俺伝手でプリシラが示した高度と方位にいるであろう横に広く広がった陣形を整えつつ敵がいる方向を指示し、そちらへ向う命令を矢継ぎ早に下した。

 

 ただ、まだ戦闘まで時間があるとのことなので艦長殿から以前と同様に再び演説を頼まれてしまった。

 

 ふむ。よく考えたら……、いや、よく考えなくても最高指令官なのだから演説の可能性は高かった。ぶっちゃけ完全に忘れていた。あることは想定できたはずなのだから俺は作戦の心配をするよりも原稿を用意するべきだったのかもしれない……。しかも二回目。前回何を言ったか全く覚えてない上に、たった一回でネタがすでに尽きている感が否めない。

 

 想定外の穴に足をとられた事に動揺しつつ、笑顔の艦長殿から演説用のマジックアイテムを丁寧に時間をかけて受け取ると、俺は一度目を瞑り、俺の中にいらっしゃるであろう黒歴史の神がご降臨されることを祈った。

 

 そう、ここは黒歴史の神に任せるのがベストだと俺の勘が告げている。この場は自ら黒歴史を呼び込みノリだけで乗り切るしかない。数秒祈り、心を落ち着けるとそっと目を開く。

 ―――さて、往こうか。

 

 「今作戦のカスティグリア諸侯軍最高指令官クロア・ド・カスティグリアだ。カスティグリア諸侯軍、これから生死を共にする戦友諸君。早朝から戦闘準備中、手を休めず聞いて欲しい。

 タルブ村での防衛戦で共に戦った戦友諸君、そして、今作戦から生死を共にする戦友諸君、ごきげんよう。喜びたまえ、艦長殿がおっしゃるには本日は良い戦争日和になるとのことだ。現在我らの艦隊は連合軍のどの艦隊よりも先んじてアルビオン侵攻のため、アルビオン大陸南端に位置する軍港ロサイスを目指している。迎撃に出てくるであろう敵戦列艦は約四十とのことだ。」

 

 恐らく全力で止めに来るであろう戦列艦が四十隻ということは前回のタルブ防衛戦から考えると竜騎士が三倍の六十騎ほど随伴する可能性が高いと考えられるが、今のところ竜の姿は見えない。それはこちらの竜の数から考えると1.5倍の数であり、戦列艦の数も十倍近い差がある。

 

 前世の知識にあるランチェスターの法則を考えると係数がありえないような数字にならない限り無謀でしかないだろう。しかし、タルブ村防衛戦で見せた竜部隊の戦果から考えと、こちらの竜部隊が敵竜騎士に邪魔されるような事が無い限り、彼らにとって敵戦列艦は脅威にならず、むしろおいしい戦果でしかないだろう。

 

 そして、竜同士の戦いでもアグレッサーが全体の錬度を恐ろしいほど上げているし、研究所が開発した鞍や竜用の装備などを考えるとかなり係数が上がり、いい勝負になるだろう。少々の犠牲や怪我は覚悟しかねればならないかもしれないが、相手はハルケギニア最強と言われた竜騎士だ。最大数である百騎以上だとかなりきついが六十騎であれば何とかして欲しいところではある。それに、ここで勝てるようなら今後の戦いもかなり楽になるのではないだろうか。

 

 カスティグリアは領地全体、領民全員がそれぞれ出来る事をし、生活も準備も訓練も三年の月日をかけて最善を尽くしたはずだ。もしかしたらカスティグリアの宝である竜部隊が傷つくかもしれないという恐怖にも似た不安はあるが、ここまで来たらもはや彼らを信じるしかあるまいて。

 

 「トリステイン貴族の中にはこの侵攻作戦に対し反対する者がいたそうだ。その者たちが発する意見は概ね、侵攻作戦は無謀であり、大陸を封鎖しアルビオンを日干しにするのが最良であるというものだ。そして、平和を愛する諸君らの中にもそのように考える者がいるかもしれない。事実、カスティグリアは防衛に一番重きを置いている。そのような考えを持つこともあるだろう。それは構わない。

 しかし、だ。戦友諸君、考えてもみてくれたまえ。我らの愛するカスティグリアを、今ではカスティグリアの一部となったタルブを再び焼かれぬよう守りきるにはもはやそれでは足りないのだ。

 相手は卑劣にも不可侵条約を結んだばかりにも関わらず、恥知らずにも一方的に破り、言いがかりをつけた上で何の罪も無いタルブを焼いたような輩だ。そんな姑息な奴らは息の根を完全に止めない限り何度でも(・・・・)タルブを焼きに来るだろう! そして、そのような愚行をただただ甘んじて受ける事は我々カスティグリアにとっては激しい屈辱でしかない!」

 

 アンドバリの指輪に関する情報は一般の兵には曖昧にしか知らされていない。そして、その事を公に口に出す事ができないのため少々説得力が低いかもしれない。そう、本当の理由は間違いなくアンドバリの指輪があちらにあり、死人が偽りの命を得る限りこの戦争は終わらないと思われるからだ。しかし、タルブを焼かれるのもかなり痛いことが前回の防衛戦で身に沁みた。

 

 そう、タルブ村でしか生産されていないヨシェナヴェの最後の味付けを決定付けるミソやショーユがかなり減産してしまうらしいのだ。モンモランシからタルブ村へ食料の支援を行い、タルブ村に残った原料となる大豆をミソとショーユに全て投入して貰い、余剰分を他領に輸出してはどうかとクラウスに進言したのだが、すでにタルブ村への食料支援は行っているし、売れるかわからないため、輸出を考えるのであれば余裕のある時に試してみるという理由で増産はしないと笑顔でお断りされた。

 

 ふむ。クラウスはヨシェナヴェが苦手なのだろうか。いや、食の帝王マルコも絶賛していた。苦手ということはありえないだろう。

 すると……? ああ、なるほど、そういうことか……。きっとクラウスは絶賛片思い中であるタバサ嬢の味覚に合わせるため日々ハシバミ草を食べており、おいしいものを制限しているのだろう。ううむ、クラウスのタバサ嬢への愛も深いのだな……。しかし、だ。だとしても、だ……。

 ―――ううむ……、もはやこの怒りと絶望はアルビオンにぶつけるしかあるまいて!

 

 「カスティグリア戦友諸君。相手は条約破りだけでなくブリミル教の認めた虚無の家系であるアルビオン王家を討った異端者どもだ。彼らに関してロマリアは彼らを肯定も否定もしていない。もし仮に、ロマリアが無言を貫き、虚無の使い手である皇帝がタルブ村を、そしてカスティグリアを含むトリステインを焼くというのであるならば我々の進むべき道はそれほど残されてはいない。彼らの軍門に下るか、ロマリアの教えるブリミル教と袂を分かち真のブリミル教を彼らに示すくらいなものではないだろうか。」

 

 原作通りであるならば遥か後ろにいる連合艦隊にロマリアからの義勇軍がいるかもしれないが、気にしないでおこう。むしろ今までロマリアは全く手を出さず、他にもいるかもしれないがわずかに義勇軍として来たのは、ロマリアの虚無である教皇ヴィットーリオの使い魔であり一時的(・・・)に僧籍を抜いたジュリオ・チェザーレくらいだ。さらに、彼が行ったことといえば偵察や伝令などの軍務もあるだろうが、トリステインの虚無と使い魔の偵察などなど、友軍に対するスパイ行為としか思えない事も多々行っている。ぶっちゃけ敵よりたちが悪い気がする。

 

 むしろ、わざわざ一時的に僧籍を抜いた義勇軍というのがせこい気がする。ロマリアが堂々とこちらに協力するというのであれば枢機卿や大司教が教皇の代行としてやってきてもおかしくないのではないだろうか。そして、開戦前に身から出た錆であるクロムウェル司教とそれに付き従う者達を異端者と断定するというのが協力というものではないだろうか。

 

 ふむ。ロマリアが一般的な義勇軍で収めたあたり、そして僧籍を持たないジュリオをよこしたあたり、教皇はまだどちらに軍配が上がるか計りかねており、連合軍に敗色が漂うようであればジュリオにトリステインの虚無を救出させて恩を売り、自分の駒にするつもりだったのだろうか……。

 

 なるほど、それなら全て納得が行く。確かにロマリア教皇としては連合軍が敗退し、連合軍が致命的な打撃を受ける前にレコンキスタとの間を取り持つ事によって両方の軍事力を手懐け、さらにジュリオに救出させたルイズ嬢を手懐け確保するというのが一番良いシナリオだろう。実際に動かすのは数人でいい上に、ロマリアとしては静観し続ける事に問題はないと考えているのだろう。

 

 確かにロマリアにとっては、リスクもほとんどなく気楽に打てる上にいくつもの効果を見込める良い手だろう。だが、その認識は間違っている。原作とは違い、トリステインにはカスティグリアという他国では予想だにしないであろう戦力を持った領地があり、しかしカスティグリアはロマリアにダングルテールという過去の遺恨を抱えており、さらに今のトリステインは俺が忠誠を誓う強い女王陛下が治めていらっしゃる。

 

 女王陛下とは違い、教皇殿は得られるかもしれないリターンの大きさにリスクを見誤り、その高くなったリスクを容認してしまったようだ。ククク、そのリスクは後々兆倍にして必ず支払っていただかなくてはなるまいて……。とりあえず後でこのロマリアの思惑を女王陛下にお伝えしよう。

 

 お友達(・・・)であるルイズ嬢を掠め取られそうになったのだ。きっと怒り心頭になるに違いない。いや、証拠があるわけではないのだ。マザリーニ枢機卿に完全否定される可能性もあるし彼に警戒心をあたえるかもしれない。しかし、女王陛下がロマリアに対し、少しだけでも警戒心をお持ちになっていただけるだけでもいい。お伝えする価値はあるはずだ。

 

 ああ、忘れる前にメモがしたい。戦後、レジュリュビを降りるまで覚えていられるかどうかだけがとても心配だ。

 

 「しかし、諸君らの中にはロマリアの教えるブリミル教を信じる者、新たなブリミル教を信じる者、精霊を崇める者、そして全く別の神や教えを信仰している者もいるだろう。それは構わない。しかし、その信仰の違いがこの戦いに対する意義を、諸君らの一体感を分けてしまうかもしれないと考えると俺は悲しい……。そう、それはとてもとても悲しいことだ……。

 だが、諸君……。今この場を借りて告白しよう……。今の俺はブリミル教徒ではなく、新教徒でもなく、精霊信仰者でもない……。俺はカスティグリアを愛し、常に最強を目指し続けるカスティグリアの精鋭である戦友諸君らを信奉し、妄信し、狂信している。そう、言わばカスティグリア教徒であると宣言しよう!

 今この時は、信じる教義を別にする諸君らであっても諸君の隣にいる友人が、諸君と同じフネに乗る戦友が、このカスティグリア諸侯軍に所属し生死を共にする精鋭諸君全てが、互いに愛すべき家族であり、互いの半身であるのだ! そして、フネがカスティグリアを離れている限り、諸君らがフネにいる限り、そのフネが我らの故郷であり、我らの心の拠り所であり、我らの聖地であるのだ。

 これから我らが向かう戦場に、残念ながらブリミル殿の居場所はない。我らが経典であり、我らが死の使者であり、我らが救いの神であり、我らが戦場を作り出し、我らが平和を作り出し、我らがこれからの未来を決定付けるのだ!」

 

 あ、そういえばルイズ嬢やサイト、そして連合艦隊から出向している伝令役の竜騎士も聞いているのか……。いやまぁ、サイトならノッてくれるかもしれないが彼らや艦隊の中にもいるであろう敬虔なブリミル教徒に対してはかなり危ない発言だったかもしれない。

 

 だが、宗教上の理由で兵達の意思や戦意が割れるのはいただけない。この時だけは彼らにブリミル教徒や新教徒であることを忘れてもらい、カスティグリアとして一つにまとまって欲しい。まぁ異端だというのであればむしろ異教徒……プリシラ教とかを名乗ろう……。異教徒ならば異端審問や宗教裁判を避けられるはずだ。いや、異教徒の方がまずいのだろうか……。その辺りはクラウスに確認してからにしよう。

 

 大体、実際戦う相手は虚無の使い手を名乗るブリミル教の司教だ。ロマリアが異端認定しない限り、ブリミル教への反逆のようなものではないだろうか。その辺りが政治的、そして論理的に解決されていない今、異端も何もないのではなかろうか。

 

 プリシラに相手の艦隊の見張りに行ってもらっているため、カスティグリアの兵たちの表情が全くわからず、受け入れられるか不安だがここまで来たからには突き進もう。

 

 「さぁカスティグリアの精鋭諸君。自らの信仰する神すら欺き利用する屑共に本当の信仰というものを教えて差し上げよう。平和と歴史の大切さを知らぬ愚者達にカスティグリアというものを教えて差し上げよう。トリステイン王国にはカスティグリアが存在することを教えて差し上げよう。

 連合軍総司令官のド・ポワチエ大将閣下は我々カスティグリアの意を汲んで気前良く我らに露払いという名の『屑共を教育する機会』をくださった。

 連合軍総司令官殿の言によればアルビオンの用意した戦列艦は四十。竜騎士は百、兵力は五万とのことだ。全てが一度に出てくるわけではないが数字だけ聞けば強敵に思えるだろう。そして、確かに連合軍にとっては強敵だろう。

 だが、もはやひとつの家族となり、ひとつのカスティグリアとなった精鋭諸君らにとって、今日この日から始まる戦闘、その中でもアルビオン侵攻作戦の初戦などはタルブ防衛戦という前菜に続くパンとスープのようなものだ。あちらの不手際でパンだけが先に出てくるようだが……。まぁ間違いなくスープも用意されており、我々だけが味わう事ができることを期待するとしようではないか。さて、カスティグリア精鋭戦友諸君、まぁまずはしっかりとパンを味わいたまえよ?

 ―――さぁおめしあがれ?」

 

 演説を終えて艦長殿にマジックアイテムを渡すと、艦長殿は

 「良い演説でした。私もカスティグリア教の信者に加えていただけますかな?」

と笑顔を浮かべて受け取った。

 

 ふむ。さすがに艦長ともなるような方は社交能力が高く、ジョークが上手いらしい。俺の黒歴史を覚悟した演説をシャレとして受け止めていただけたようだ。「ふふっ、艦長殿。カスティグリアの者であれば恐らく入信は自由でしょう」と笑顔で返しておいた。

 

 そして、ブリッジクルーから各艦からの報告が矢継ぎ早に艦長殿へ読み上げられたのだが、「敵艦見ゆ、カスティグリア万歳」とか「風竜隊、火竜隊出撃準備完了、カスティグリア万歳」のようになぜか“カスティグリア万歳”が追加で付けられている。

 

 ふむ。演説が受け入れられ、宗教の垣根を越えて皆の士気が上がってくれたということだろう。そして、戦友達はやはり精鋭であるが故、シャレを理解してくれているのだろう。

 

 しかし、演説が終わってちょっとでも冷静になるとすごく恥ずかしい。そして、隣に座るモンモランシーを見るとちょっとうっとりとした顔で俺を見ていた事に気付いて余計に恥ずかしくなった。いや、モンモランシーの中での俺の株が上がったのであれば喜ばしいのだが……。

 

 ―――いや、まさかとは思うがもしこれがシャレでなく、本当にカスティグリア教とか出来る……わけないよね……? もしまかり間違ってそんなものが出来てしまったら俺は生涯引き篭もるか死ぬしかないかもしれない。ふむ。その時は迷わず全てを忘れてモンモランシ領で隠居させていただこう。あそこならばカスティグリア教も及ばないだろうて……。

 

 

 

 と、とりあえず艦隊が敵を捕捉できたようなのでプリシラに竜がいるか最終確認をして貰って戻ってもらうことにした。

 

 敵にとってこちらの行動は早すぎたのだろうか。それに、夜間の警戒線もあったはずなのだが、なぜか察知されていなかったのだろうか。ようやく竜が三十匹ほど敵の艦隊と合流すべく動き出したような感じらしい。その事とプリシラを戻すことを艦長殿に伝えると、艦長殿は深い笑みを浮かべた。

 

 あっという間に戻ったプリシラが俺の肩にとまったので、彼女の労をねぎらいながらプリシラの頭や首の辺りを指で撫で、それと同時に彼女と視界共有する。俺の思考を読み取っているのだろう、最初はくすぐったそうにしていたのだが、プリシラは俺の見たい方向に視界を向けてくれる。

 

 矢継ぎ早に報告される声が飛び交うブリッジの中央テーブルにはタルブ防衛戦の時にも使われた現在いる地域を示す地図と見方艦や敵艦、竜などが模型で示されている。現在敵艦隊は前方15リーグほどの場所で同じく三列縦隊を取っているようだ。しかし、未だに竜を艦隊が確認していないため、竜の模型は使われていない。

 

 同じくそれを見ていた艦長殿が決断し、初手を変更するための命令を出した。

 

 「風竜隊、プランB発動。火竜隊も出せ」

 「了解。こちらレジュリュビ、風竜隊プランB発動。火竜隊出撃」

 

 風竜隊のプランBは敵竜騎士が確認できない場合、自由落下爆弾を二発持って行き、すれ違いざまに落としてそのまま通過、その後の状況次第で変化もあるのだが、通常は周囲の索敵及び空対空戦闘に備えるというものだ。敵の竜や幻獣などの脅威が無ければ報告し、再度爆撃するために戻ることになっている。

 

 四分にも満たない時間が経ったころ、一撃目の風竜隊から報告があり、中央テーブルから敵の戦列艦が十四隻どけられた。四十二騎の風竜隊が一小隊につき一隻沈めたようで、全て爆沈報告だった。そこから更に2分後、今度は火竜隊から報告が入り、九隻爆沈、残りを足止め中だそうだ。九隻の敵戦列艦がどけられ、九隻の敵戦列艦の被害を示すようにメイジがマストを外したり甲板を赤く染めたりしている。

 

 ちなみに、こちらの艦隊が戦場にたどり着くまで大体更に15分ほどかかるそうで、着いた頃には終わっている気がしてきた。そして、演説のパンに関しての下りに関してちょっと罪悪感がわいてきた。艦隊の人は食べられないかもしれない。ノリに任せすぎたのだろうか……。

 

 敵はすでに艦隊の半分以上を喪失しており、さらに四分の一以上が火竜隊によってかなりの被害を受けている。敵艦隊は回頭して撤退するつもりのようで、隊列がバラバラになっており、火竜に張り付かれたいくつかの戦列艦から白旗が揚がり始めた。風竜隊は上空偵察を続けつつ、アグレッサーだけが火竜隊の支援に回っているようだ。

 

 そして、少し先行した戦列艦の艦隊がようやく大砲の届く距離に近づき、戦列艦の横腹から砲門が一斉に顔を覗かせると艦首側から連続して錬度の高さを誇るように秩序だった連続砲撃を行った。初弾での被弾はそれほど多くなかったようだが、各艦の一斉砲撃により敵は撤退することも諦めたようで、残存している全てのフネに白旗が立った。艦隊戦と呼べないような初戦が終わり、小型艦は拿捕作業に入るため隊列を離れて行った。他の艦は戦列艦を二隻ほど残し、竜を収容しつつロサイスを目指す。

 

 しかし、火竜隊を補給に戻したころで、アグレッサーから敵竜騎士を視認したとの報告が入った。数は想定通り六十前後だそうだ。最後尾に位置する竜母艦が先行した拿捕作業中の小型艦や戦列艦、そして敵艦隊を通り過ぎてもまだ敵竜騎士隊との接敵まで距離があるそうで、むしろアグレッサーの視認距離が気になってきた。アグレッサーの目は特別なのだろうか……。もしかしたら夜でも昼間より見える魔眼や千里眼なんかが標準装備されているのかもしれない。

 

 「全艦第二種攻撃陣形」という艦長の鋭い声がブリッジに響き渡ると、ブリッジクルーが復唱しながら各艦に伝えていく。第二種攻撃陣形はこちらの戦力が圧倒的だと判断された時に使うもので、敵を極力逃がさない掃討用の陣形なのだそうだ。

 

 一番装甲の厚いレジュリュビを真ん中に、戦列艦が戦域を囲い込むようにV字に展開、後ろにいたタケオ以外の竜母艦がその後を離れてついてくる。タケオはさらに後ろを離れてついてくるようだ。素人目にも圧倒的に戦況が進んでいるように見えるほどなので艦長殿も少し余裕があるのだろう。合間を見計らってそのような陣形などを笑顔で解説してくれている。

 

 今回は竜隊と艦隊合同で当たる事になりそうなので数が多いとは言え相手の竜騎士隊を圧倒できるだろう。しかし、味方艦が全て白旗を揚げている状況であれば竜騎士隊は反転するだろうし、風竜隊は逃げる竜騎士隊に対し追撃体制で有利に戦えるかもしれない。と、そんなことを考えていたのだが、相手の竜騎士隊は気にせず突っ込んでくるように見える。

 

 ふむ。彼らには味方艦の白旗が見えていないのか? それとも救出するつもりか? それとも最強の誇りか……? それとも……、ん? ちょっと気になることが思い浮かんだ。

 

 『プリシラ。敵の竜騎士はわかるかい? 彼らに水の精霊、アンドバリの指輪の効果があるものはいるだろうか』

 『ええ、わかるわ。ご主人様。あの竜に乗ってる人間は全員そうみたいね。』

 『ありがとう、俺のつがい』

 『どういたしまして、わたしのつがい』

 

 なるほど、恐らくひと当てするか救援か攻撃かの命令が与えられているだけなのだろう。アンドバリの指輪は死者を蘇らせて命令することはできるが、命令優先で竜騎士本来の対応力が削がれたのは相手にとって少々仇になったようだ。

 

 「艦長殿。指輪に関しての知識は?」

 「存じております。相手の竜騎士が?」

 「ええ、プリシラの判断ではあの竜騎士全てがそうなのだそうです。」

 「そうでしたか。情報感謝します。」

 

 アンドバリの指輪に関してはどこまで機密になっているかわからないが、恐らく艦長、指揮官クラスは全て知っているだろう。というか知らないと危険だ。トドメを差したと思ったら蘇ってこちらがやられたらたまらない。その辺りはかなり徹底しているはずだ。しかし、一応言葉少なく艦長殿に伝えると、彼も察して言葉少なく応えた。

 

 「全軍に発令、敵竜騎士は全て狂化兵と断定!」

 「了解! 全軍、全敵竜騎士は狂化兵。繰り返す。全敵竜騎士は狂化兵。留意されたし!」

 

 そう艦長殿が幾分険しい顔で発令すると、圧倒的な戦勝の空気が広がりつつあったブリッジ内が一気に引き締まった。

 

 ふむ。アンドバリの指輪に操られた人間は狂化兵と呼称するようだ。まぁ合ってるといえば合ってる気がする。アンドバリの指輪の知識をどの程度浸透させているのかはわからないが、そのような効果のある薬やマジックアイテムなどで操られているという兵士がいるという情報は行き渡っているようだ。

 

 まぁ狂化兵だろうと高度四千メイルから落ちてただで済むとは思えないし、海に落ちても生きたまま魚の餌とかになってしまうのだろうか。いや、死んだままと言うべきか? 海とはいえ衝撃でかなりえぐい感じになりそうだが、狂化兵は意識を保てるのだろうか。ううむ、興味深い。

 

 そんな事を考えている間に竜同士の戦闘もこちらが圧倒し、順次敵の竜が落ちていく。そして、戦列艦の囲いに近づいてしまった敵の竜騎士は砲撃により竜共々バラバラになり落ちていった。しかし、大砲の射程がいくら長くなったとは言え早々当たるようには思えない。7.7mmではメイジはともかく竜には厳しいだろうから20mmが当たったのだろうか……。

 

 そして、作戦開始から二十数分で侵攻作戦の初戦が終わった。プリシラに偵察を頼み、他に敵勢力が確認できないことを艦長殿に伝えると、竜部隊を戻し、第一種攻撃陣形、第二種戦闘配置の命令を出した。

 

 小型艦は全て拿捕作業を終えており、ロサイスまで航行可能と思える敵戦列艦八隻を残し、そちらに全て捕虜を移して他は全て改めて爆沈させた。拿捕した敵戦列艦の曳航は複数隻の小型艦で行うのだが、どうしても足は落ちてしまうそうで、艦隊から離れることになる。護衛に戦列艦が2隻付くそうだ。

 

 そのため、レジュリュビを旗艦としたカスティグリアの艦隊は数を減らしたが、目立った損傷や消耗は見当たらないため、作戦通り先行してロサイス上空を偵察しつつ通過し、仮想防衛ラインを目指すことになった。

 

 ロサイス上空への移動中、レジュリュビに別のフネや竜部隊からの詳しい戦闘結果が続々と舞い込み、統合され、確度はまだ低めだが大体の戦果が纏められたようだ。そして、その確度が低いとは言え統合された戦果は再び各艦の艦長へと伝えられる。きっと艦によっては艦内放送も行い、艦全体が沸いていることだろう。

 

 そして、その戦果やこちらのこれからの行動、拿捕したフネに関する事などが伝令を通じてド・ポワチエ総司令官にも伝えられる。恐らくアルビオンに軍艦はもうほとんど存在しないはずだ。それに、こちらの戦果に煽られてロサイスの制圧や兵員の上陸を急がせるかもしれない。ついでにこちらの防衛ラインまでさっさと進軍してくれればさらにありがたい。

 

 艦長殿は戦果の書かれた羊皮紙に目を通したあと、連合軍本隊への伝令に持たせる伝文を指示し、戦闘後の処理を終えると、その戦果の書かれた羊皮紙を俺にも見せてくれた。

 

 敵戦列艦拿捕八隻、爆沈三十二隻、竜四十六匹及び竜騎士六十撃破、捕虜約五千名、竜捕獲十四匹、推定戦死者数一万九千名。そしてこちらの被害は、風竜九匹と火竜隊のメイジ一名、そして砲撃手の七名が軽傷。水の系統のメイジがすでに治療しているらしい。

 

 兵器関連の損耗に関しては風竜や火竜が使っていた装備がほとんど廃棄になる予定だそうだが、これは大抵一戦ごとに廃棄するような設計になっていたはずだ。あと、やはり敵の竜をバラバラにしたのは20mm機関砲だったようで銃身や弾薬の計上が結構多い。まぁ補給せずともあと何度か戦えるだけの備蓄はあるようなので問題あるまいて……。

 

 って……ア、アレ? 以前タルブ村防衛戦のときに見たのと違う気がする。書式が変わったのだろうか。ふむ。いや、きっと目の錯覚だろう。プリシラを呼び戻し、視界を共有して確認する。……ふむ。やはりちょっとよく解らない。何というか脳が理解する事を拒否している感が否めない。ここは艦長殿の助けを借りよう。

 

 「艦長殿。こちらの被害はこれで合っているのかね?」

 「ええ、私もここまで被害が出ないとは思いませんでした。砲撃手の軽傷は銃身交換の際に誤って軽い火傷を負ったそうです。そして、その……少々言いづらいのですが……、火竜隊のメイジは帰還後に自分の火竜に甘えられて腕を甘噛みされたとか……。」

 「そ、そうか。うむ。恐ろしいほどすばらしい戦果だな。」

 「大変光栄です。」

 

 苦笑いの艦長が説明してくれたのだが、艦長殿も驚きを隠せないようだ。“竜部隊が傷つくかもしれないという恐怖にも似た不安”とかそういう話はどうなったのだろうか。むしろ彼らの心配をした俺が悪かったのだろうか……。しかも竜部隊に所属するメイジの唯一の負傷が甘噛みって……。前世の戦争でA-10パイロット唯一の負傷者が食中毒という話を聞いたことがあったのを仄かに思い出してしまった。

 

 喜んでいいはずなのに釈然としない気持ちを抱えながら戦果の書かれた紙の内容をモンモランシーとシエスタに説明すると二人とも驚いていた。というか、恐らくこの戦果を見て驚かないのはアグレッサーや火竜隊、そしてクラウスくらいなものではないだろうか。クラウスなら素の表情でさも当然のように「うん。そんな感じだろうね」とか言いそうで怖い。

 

 しかし、今回の被害が少なかったのは小型艦による拿捕が相手の降伏後だったためだろうか。前回は防御装甲を過信して突っ込んでいった感がある上に、白兵戦での被害も出ただろう。今回は小型艦の防御装甲の見直しも図られており、敵竜騎士からの攻撃では傷らしい傷は無かったと言って良いだろうし、白兵戦用の装備も見直しがされている。しかし、このような結果が得られるのであればぶっちゃけ敵艦の拿捕や捕虜の獲得はあまり考えない方が良い気がしてきた。

 

 実際、普通の軍として収支を考えると、恐らく前回のタルブ戦のような戦いの方が儲かるのだろう。大抵フリゲートクラスから艦長は私物として金目の物を積んでいるらしい。さらに、大型艦ともなると艦長や士官は貴族である可能性が高く、彼らの所持品や彼ら自身の身代金などが期待できる。さらに、軍艦ならば必ず積んでいる大砲や火薬などの重火器に大量の風石、そしてフネ自体も高く売れる。

 

 今回は敵戦列艦を躊躇なく爆沈させたことで得られたであろうそれらの財産が爆散したと言って良い。しかし、カスティグリアとして考えたとき、犠牲を払ってまで狙うべきものだろうか。カスティグリアと他の軍では性質が異なる。いや、軍艦に勤務する者は大抵常備軍だとは思うが、原作のマルコのように志願から配属されたり、徴兵された平民も多いはずだ。

 

 しかしカスティグリア諸侯軍は完全な常備軍であり、かなりの期間金を掛けて鍛え上げられたプロの軍人達だと断言できる。カスティグリアが彼らの生活を支えつつ三年の月日を掛けて育て上げた人材なのだ。傭兵を雇ったり平民を徴兵で集める国軍やほかの諸侯軍の兵とは錬度もかかる経費も段違いだ。

 

 前回の戦いで死亡、もしくは重傷で戦列を離れた戦友は約千名にものぼる。彼らを三年養った金額は一体いくらだろうか。一人の年収が四百エキューだとすると約千名で年間四十万エキュー、三年間で百二十万エキューにもなる。実際彼らにその価値があるからこその値段なのだろう。それが一度の戦闘で失われるのはかなり痛いのではないだろうか。

 

 しかも、カスティグリアの領民の数は知らないが、早々補充が出来るとは考えにくい。初期に集まった領民は適正と郷土愛の高い希望者が多いだろうし、三年かけて培った錬度や知識はやはり三年かかるものだ。しかも、この侵攻のための諸侯軍だけでなく、カスティグリアの防衛もあれば、モンモランシやタルブへの派遣部隊も必要だ。

 

 そう、今俺が率いている艦隊はその全体の一部でしかなく、前回消耗してしまった分はどこからか引き抜いてきたはずであり、カスティグリアにとって希少であり価値の高い者たちなのだ。確かに、その損失分の補填のために戦争を利用して稼ぐというのも悪くはない。しかし、カスティグリアの方針は防御を固め、こちらの出血を最小限に抑え、相手に出血を強要するというのが最初の前提だったはずだ。うむ。やはり、カスティグリアとしては目先の金より兵を大事にするべきだろう。

 

 そんな事を考えつつブリッジの様子を見学しつつ、戦闘後の緊張感が少し緩んだところで艦長殿から第二次警戒態勢での移動命令が発令された。 

 

 

 

 

 

 




 クロアくんの思考にツッコミ所満載かもしれませんね^^;
ハルケギニアの長さの単位はサント、メイル、リーグとなっておりますが、それぞれcm、m、kmとほとんど変わらないようです。ポンドヤード法じゃなくてよかた;; 
 しかし、使い分けが難しい。というか基本的にクロアくんはmks単位法を元にしており、ハルケギニアの住人はメイル法を使っています。クロアくんはハルケギニアに合わせるときはメイル法を使うよう意識していたのですが、最近交じり気味ですね^^
 きっと彼もハルケギニアに慣れてきたのでしょう。ええ、特に深く考えず作者の気分で使い分けているわけでh(核爆

 次はいよいよメロンさんの登場かと思います。

次回もおたのしみー!

 

何となく愚痴のようなもの
内政がんばりすぎた?
アグレッサーがみなぎりすぎてイージーモードになっちまったよ;;

-追記-8/24
 ええ、感想でご指摘いただきました。作中に出てくるA-10パイロットは食中毒でお亡くなりになっていたようです。負傷ではなく死亡だったとはorz
 食中毒怖いですねー。皆さんも手洗い、うがい、腐った食べ物には気をつけましょう。私の本日の健康状態はおなかが痛いです。下してはいませんがっ!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。