ゼロの使い魔で割りとハードモード   作:しうか

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珍しく筆がモリモリ進んだ! ふはははは! 私はやれば出来る子なのだよ!
それではどうぞー!


38 タバサ嬢との会談

 クラウスから衝撃の告白を受けた日から、タバサ嬢の推薦図書を参考にしながら資料を作る日々が始まった。意外と魔法応用関連の知識やマジックアイテムに関する知識が要求されるのだが、新規に開発提案するよりはかなり簡単で、それでいて新しい知識を本で得る事もでき、ざっと見ただけではたいした事なかったのだが、意外とおもしろい。

 

 ただ、これが二年生の範囲だとすると三年生の範囲が少し気になる。これ以上高度なのであればちゃんと授業を受けるべきかもしれない。―――ふむ。なるほど。これを俺にやらせることで授業の大切さというものを教える意図も含まれているのか。さすがクラウスである。

 

 そして、タバサ嬢との面会日の前日までに質問書の最後のモノを残すだけになったのだが、ソレは俺が研究した惚れ薬関連の内容であり、以前クラウスが回収したものなのだが、カスティグリアで伏せておきたい部分を除き、原稿として体裁が整えられたものを渡されたのでソレを俺の筆跡で写すだけという微妙な作業だった。

 

 アルビオン侵攻作戦までに終わらせるという話だったのだが、なんだかんだであっさり終わりそうだ。ちなみに侵攻作戦の開始時期は概ね三ヵ月後らしい。先日、学院にいるメイジの卵の徴兵に王宮から使いが来たのだが、ほとんどの男子生徒と先生が志願して学院を出て行った。

 

 学院に残った生徒は女子生徒や男子生徒の中でも上級貴族の長男、次男といった跡継ぎ候補などで、上級貴族の四男であるギーシュや下級貴族の長男であるマルコが出立日に挨拶に来てくれた。とりあえずくれぐれも死なないように言っておいた。いや、俺も戦場に出る予定なのだが、彼らは俺と違って最前線に立つ可能性がある。むしろ、カスティグリア諸侯軍に入れてしまった方が安全だったかもしれない。

 

 ふむ。ギーシュは無理だとしてもマルコをこちらの軍に引き入れることは出来ないだろうか。彼は何と言っても長男だし、むしろなぜ志願したのか謎なくらいだが、後々ルーシア姉さんの嫁ぎ先になる可能性もある。ここいらでグランドプレに恩を売っておいてもよいのではないだろうか。メモに残しておいて後でクラウスに相談してみよう。

 

 そして、シエスタに用意してもらったお昼ご飯を食べ、食後の紅茶を楽しんでいるとタバサ嬢を連れたクラウスが訪ねてきた。シエスタが二人を迎え入れ、それぞれに紅茶を出すと、クラウスの頼みでシエスタは部屋の外で待つことになり、部屋に隠蔽措置が取られた。彼女にとっては意外に厳重な措置だったようで少し焦りが見えたが、クラウスは笑顔で流した。

 

 六人掛けのテーブルの俺の正面にタバサ嬢、そしてタバサ嬢の隣にクラウスが座った。タバサ嬢の杖は彼女の了解を得て少し離れた壁に立てかけられた。

 

 「お久しぶりだね。タバサ嬢。君に選んでもらった本はとても役に立ったし、クラウスもお世話になっているようだ。ありがとう。」

 

 そう、笑顔で告げると、タバサ嬢も少し緊張しているようだが、「そう、構わない」と淡々と答えた。とりあえず、最初にタバサ嬢が見繕ってクラウスが借りてきてくれた本と、書きあがった質問書の回答の束をクラウスに渡すと、クラウスは苦笑いして「早くないかな?」と言って受け取った。

 

 「早くないとも」と笑顔で返したが、クラウスが呆れたような顔をしたので、まぁ気にしないようにしよう。そして、話題を反らすためにもそんなやり取りを見ていたタバサ嬢に気軽に用件を促すと、タバサ嬢は少しうつむいたあと、真剣な顔をこちらに向けた。

 

 「あなたには天才的な発想力があると聞いている。心を狂わせる毒を解毒する方法を知りたい。」

 

 ふむ。飲まされた母親に関しての情報を伏せるということはこちらに迷惑をかけないという心遣いだろうか。情報が欲しいと言っても提示したところで彼女が一人で達成するのは難しいようにも思える。

 

 「ふむ。ずいぶんと曖昧な質問だね? こちらを気遣っているのかそれとも隠したいのかは知らないけど、どちらにしても無駄なことなのだけどね? とりあえず、その質問だとエルフに解毒薬を作ってもらうくらいしか答えようがないね。」

 

 肩をすくめてそう告げると、タバサ嬢は迷いを顔に浮かべて少しうつむいた。その様子を紅茶を一口飲んで眺め、カップを置いたところで彼女が決意を顔に浮かべて口を開いた。

 

 「わたしの母が、心を狂わせる毒を飲まされた。助けて欲しい。」

 

 「ふむ。助けて欲しい……か。三つほど解決策は思いつくが、そのうち二つは確実に助けられるという確約ができない。しかも、俺個人としては残念ながら今のところ君の母上を助けるメリットが無い上にリスクが大きすぎると考えている。

 が、しかしだ。俺の自慢のかわいい弟は勇者のように捕らわれの姫である君を助けたいと考えているようだ。条件次第では勇者殿を通じて手を貸すことも吝かではないよ。」

 

 タバサ嬢は一瞬俺を睨んだあと、「えっ?」という少し意表を突かれたような表情を浮かべてクラウスを見た。クラウスはいきなり俺に名前を出され、タバサ嬢の関心を得たことで動揺したのか、少し頬を染めてうつむきつつこちらとタバサ嬢をチラチラと見ている。

 

 「兄さん。その、僕はそういう、その、何と言うかだね……。」

 

 タバサ嬢がそんなクラウスをしばらく見つめたあと、こちらに向き直って言った。

 

 「わかった。何でもする。」

 「タ、タバサ嬢!?」

 「そうか。とりあえず落ち着けクラウス。」

 

 クラウスが落ち着くのを紅茶を飲みながら待つと、クラウスもこちらが待っているのがわかったらしく、顔を少し赤くしたまま、なんとか真面目な顔の構築に成功した。

 

 「まず、俺からの条件は三つだ。一つ目はこの件に関してはクラウスおよびカスティグリアへ要請し受諾されること。タバサ嬢と君の母上を完全に助けるとなると俺ではなくクラウスやカスティグリアの協力が絶対に必要になる。それに関してクラウスやカスティグリアから指示があると思うがその指示に従ってもらう。君の母上の回復に関してはその上でクラウスからの要請を受けて行うことにする。」

 

 タバサ嬢が真面目な顔をして頷いたのを確認して次の条件を提示する。

 

 「二つ目は今後一切俺やクラウス、モンモランシー、シエスタを含め、カスティグリアの人間と敵対することを禁ずる。ガリアの王様に情報を流すのもナシだ。ただ、ダミーの情報や当たり障りの無い情報を流す必要は出てくるだろう。全ての条件を受けるのであればその辺りは後でクラウスと相談してくれ。」

 

 タバサ嬢は一瞬目を細めたが、問題ないと判断したのだろう、「わかった」と言って再び頷いた。そして、次のものに関してはかなりの反発が予想されるが今後の事を考えると個人的には受けてもらいたい。

 

 「三つ目はガリア王ジョゼフ一世および彼の親族に対しての遺恨を完全に消してもらう。この件に関する詳しい理由は伏せさせていただく。そして、ジョゼフ一世および彼の親族に対して全く遺恨がないことを本名で文書に残し、俺に預けてもらう。

 この三つ条件が全て飲まれない限り、クラウスやカスティグリアからの要請でも受ける気は無い。」

 

 最終的に断言すると、タバサ嬢は普段は押し殺しているであろうジョゼフ一世に対する恨みを一気に燃え上がらせたかのように攻撃的な表情を浮かべた。しかし、彼女の冷静な部分がそれを何とか押し止めようともがくように少し震えながらうつむいた。そして、そんなタバサ嬢を心配そうに見つめていたクラウスがこちらに向いて尋ねてきた。

 

 「兄さん。最後のはタバサ嬢にとって酷じゃないかな? 復讐は何も生まないって言う人間もいるかもしれないけど、僕としては彼女が進むためにも必要な事でもあると思うんだ。少しだけでも理由を聞かせてもらえないかな?」

 

 「ううむ……。復讐したい気持ちはよくわかるのだがね。実際モンモランシーやクラウスを始め、近しい人間が手に掛けられたら俺も復讐に取り憑かれるだろう。タバサ嬢に恨まれても仕方がないと思えるほど非常に酷なことを言っている自覚はあるのだよ。

 しかし、今後の事を考えると、このタバサ嬢の行動がカスティグリアやタバサ嬢にとって色々と利用価値のあるかなり強力な手になると思うのだよ。ただ、これが本当に強力な手になるか無駄に終わるかは、実際どうなるか分からない。しかし、少なくとも個人的に是非とも打ってみたい手なのだよ。無駄に終わるようであれば破棄しよう。それで了承してくれないだろうか。」

 

 俺は基本的に打てる布石は打てるときにできるだけ打つ主義だ。無駄になることや、打っておいたことをすっぱりと忘れることもあるが、打っておけば後々思い出すだろうし、無駄になったのであればそれはそれでしょうがない。

 

 手番のある単なるゲームでなく、これはハルケギニアという盤で待ったなしで行われるものであり、こちらがカスティグリアとしてまとまっている今であれば……、資源も人間も余裕のあるカスティグリアが後ろにいる今であれば、俺一人では打ちきれない布石も俺が思いついたときに他の人間が打ってくれたり、彼らが自主的に打ってくれる。そして、この布石の多さがカスティグリア、ひいてはトリステイン王国の安定に繋がると考えている。

 

 そして、この布石はガリア王ジョゼフ一世に対するものであり、ロマリアに対するものでもある。原作のジョゼフ一世は恐らくこのハルケギニアでも今のところ変わるところが無さそうだ。

 いや、現在アルビオンで遊んでいるのはほぼ間違いなくジョゼフだという確信はあるのだがロマリアという線も捨て切れないのは確かだ。まぁアルビオンに行けばはっきりするだろうからジョゼフと仮定しておこう。

 

 しかしながら、ガリア王ジョゼフ一世の抱えている闇は深い。彼は長男としてガリア王の元に生を受け、その後、次男である弟シャルルが生まれる。長男であるジョゼフと次男であるシャルルは歳も近く、互いに比べられながら次の王の座を争うことになる。ジョゼフの年齢が恐らく現在45歳前後だろう。そしてタバサ嬢の父でもある弟のシャルルを暗殺したのは確か五年前くらいだったはずだ。

 

 つまり王の座に就いたのは40歳前後だと予測できる。ガリアという大国で別段政変があったわけではなく、先王がベッドの上で老衰で死んだとすればそれほど遅いとは思えないが、ある意味これがジョゼフ王の悲劇の一因だと考える。

 

 まず、ジョゼフは虚無の系統だ。つまり、ガリアにある『始祖の香炉』と先王が指にはめていたであろう『土のルビー』に彼が触れる機会がなければ目覚めることができないという枷が嵌められ、ルイズ嬢のように失敗魔法と呼ばれ続けていた可能性がある。そして、目覚めたのは先王が死んだあと、40歳を過ぎたあとだろう。そのことに関してシャルルが知っていたかは謎だが、知る前に暗殺された可能性が濃厚だと思う。

 

 対して弟シャルルは魔法の天才であり、わずか12歳でスクウェアに到達した。学院に所属する人間でもスクウェアは教師であるミスタ・ギトーくらいしか思い当たらない。いや、オールドオスマンや、ミセス・マリーあたりもスクウェアだとは思うが……。ちなみに俺は依然ラインを自称している。トライアングルやスクウェアの火の系統魔法を見たことがないのもあるが、大言壮語は良くないだろう。まぁ使えれば良いのだよ。使えれば。

 

 そして、このハルケギニアでは魔法の才能というものがかなり重要な要素を占める。方や虚無に目覚めていないとはいえ全く魔法の使えない無能、方やわずか12歳でスクウェアの天才だった。

 

 彼らの切磋琢磨は全てにおいて恐らく幼少の頃から40代まで続いたのだろう。チェスの腕前はほぼ互角であり、シャルル亡き後はジョゼフは他によい指し手を見つけることができず、一人で指すほど二人の腕前は突出していた。

 

 チェスの腕前から見られるように、宮廷内での権謀術数も同レベルだったと察することができる。ほぼ同格の才能と肉体と美貌を持ち、一人の娘を持ち、違いがあるとすれば、魔法の才能の有無と性格や思考だろうか。

 

 ジョゼフには弟のシャルルがとてもまぶしく見えたに違いない。魔法の才能、自分と同じ先を見通す目、清廉潔白で明るい性格、自分にはない社交性、そしてライバルであるはずの自分をも包みこめるだけの包容力。この世に二人といない完璧な人間に見え、そんな人間と比べられ続けるのは屈辱だったかもしれない。ジョゼフにも才能があったが故の不幸だろう。

 

 実際はシャルルもジョセフの才能を認めており、ジョゼフに勝つためだけに見えないところで努力を続けてきた。普段は笑顔で余裕を見せるシャルルは宮廷貴族らしい貴族だっただろう。そして、そんなシャルルを見抜くことができず、逆に深い思考と才能を持ちながらも愚者を演じるジョゼフはその才能を隠しきることができず、先王とシャルルにのみに見破られていた。

 

 先王が崩御する直前にジョゼフを次の王に指名したときにジョゼフに対し、シャルルは称賛とこれからも助力していくことを笑顔で告げたのだが、それがジョゼフの憎悪を爆発させるきっかけとなってしまった。

 

 原作でもあったとおり、ジョゼフはシャルルに悔しがって欲しかったのだ。人間らしく感情をぶつけて欲しかったのだろう。実際はジョゼフに隠れて先王に王になれなかった悔しさと疑問を激しくぶつけていたのだが、ジョゼフはそれを知ることができなかった。

 

 ジョゼフは完璧な弟であるシャルルを誇りに思い、愛していたのだろう。そして、そんな弟が口先だけでなくしっかりと自分を認めたという証が欲しかったのかもしれない。

 

 そして、まぁタバサ嬢の父であり彼の弟でもあるシャルルを暗殺し、そのシャルルの娘であるタバサ嬢に薬を盛り、シャルル派だった貴族の粛清に乗り出すのだが、これに関してはぶっちゃけ当然の帰結だと思う。

 

 恐らく王位に固執した弟シャルルが宮廷内で悪さしたのだろうと原作を読んだ時にそんな感想を持ったことを覚えている。ジョセフがその後、簒奪者として呼ばれていることから考えるに、シャルルが「実は自分が王になるはずだった」と影で噂を広めたり、ジョセフを追い落とす工作を宮廷内で続けていたとしてもおかしくない。シャルルが本当にジョゼフ王に協力するのであれば、その噂の芽もシャルル自身が完全に消す努力をしたはずだ。

 

 そして、そんなシャルルにジョゼフは気付いてしまったのだろう。弟に思いつく事は彼でも思いつくくらい二人の才能や思考は拮抗している上、そういった陰謀関連に対してはジョゼフの方が上手だと思う。

 

 つまり、そう考えると、タバサ嬢が生かされているのは本当にジョゼフの温情だけなのかもしれない。タバサ嬢が飲むはずだった薬をタバサ嬢の助命を願って母が飲んだわけだが、それをジョゼフが聞き入れただけだ。

 

 そして、シャルルを中心とした反乱の芽をガリア王国のため、王として潰し終えた彼に残ったものはなんだろうか。広大な領地、恐らくハルケギニアで一番強い権力、莫大な財産、自分のコンプレックスを思い起こさせる娘と姪、そして『始祖の香炉』と『土のルビー』を手にしたことで目覚めた虚無。さらに虚無の使い魔として召喚した強力な手駒であるクイーン。

 

 それらのどれもが恐らく彼の望んだものではなかったのではないだろうか。そして、王として行ったことが、皮肉にも彼が望むものを永遠に失わせた。もしジョゼフがシャルルを完全に見抜けていれば、もしシャルルの妻が夫を正確に把握し、その事をジョゼフに正直に伝える事ができれば、もし先王が旅立つもっと前にジョゼフを指名し、理由を告げ、シャルルが本性を現していればこのような悲劇は起こらなかっただろう。

 

 しかし、失ったモノが大きすぎて彼は恐らく未だ手にしている大事なモノに気付いていないだろう。特に姪であるタバサ嬢や自分の娘であるイザベラ嬢に対して愛情や憎悪といった執着を持っていない。ある意味タバサ嬢に関しては、すでに無力な単なる駒であり、単なるシャルルの残した者であり、気が向いたときに遊べるよう娘に貸しているおもちゃのようなものだろう。

 

 喪失感のみに支配された王がこの世界を盤にして楽しんでいるという歪んだ思考と、それをどこかで見ているだろうシャルルに見せたいということに執着している今が、ほぼ完璧に近い王の唯一の隙かもしれない。

 

 そんなハルケギニアの誇る最高で最強の王様に、この俺が単独で挑み彼から勝利を拾うためにはこの隙を突くくらいしか思いつかない。原作では虚無の魔法である『記録』を見せることでジョゼフの誤解と後悔を引き出したが、俺が挑むのであれば虚無は使えない。使った時点で俺の負けが決まるようなものだ。

 

 そして、そんなジョゼフの駒であるタバサ嬢はクラウスが惚れているとはいえ、まだクラウスや俺を駒や道具としか思っていない可能性が高い。今までの接点が少ない上に、基本的にタバサ嬢は彼女の母親の心を取り戻すこと、そしてガリア王を討つことしか考えていないだろう。彼女の能力は魔法と戦闘に突出している節がある。純粋で知的でとても頼りになるのは間違いないのだが、自らが所属するガリア王国に関しては無関心に近い上に、権謀術数や政治に必要な知識や思考が現状足りていないと言わざるを得ない。

 

 最終的な彼女の望みが見えないところが少々引っかかるのかもしれない。ふむ。そうか。俺が望むことに比べて、彼女が刹那的過ぎるのが問題なのだろう。まぁ、彼女の母上が回復したら彼女もガリア王国の姫に戻るかもしれん。その時に再び見極めることにしよう。

 

 ただ、タバサ嬢には悪いがこのチャンスは生かさせてもらう。喪失感が自分の全てを占め、それ以上の悲劇や感情を望んでいる王様に本当の喪失感というものを教えて差し上げるべきだろう。そして、シャルルを越えるクラウス(打ち手)がカスティグリアにいる事を悟らせて差し上げるべきだろう。

 そう……、メインディッシュは楽しまねばなるまいて。

 

 そんな事を考えていると、タバサ嬢が少し悲しそうな、縋るような表情を顔に浮かべて確認のため言葉を発した。

 

 「さっきあなたは三つのうち二つはは確約が出来ないと言った。条件を飲めばおかあさまが必ず戻ると確約できる?」

 

 「確約は可能だ。確約できないと言った二つの方法でも実際は可能だと考えている。しかし、その二つの方法で無理だった場合に取る最後の手段は確実だと断言できる。

 ただ、まぁ、カスティグリアの全面的な協力が必要になるのであまり使いたくない手ではあるが、可能だと判断している。」

 

 まぁぶっちゃけ水の精霊に任せればあっという間に解除は可能だと判断しているわけだが、彼女はこちら側に、というかこの部屋に水の精霊がいることを知らないだろうから曖昧に表現している。

 

 しかしまぁこれで決まりだろう。そう思っていたらクラウスが不安そうな顔で確認してきた。

 

 「兄さん、最後の手段って何? 一応聞いておきたいんだけど……。」

 

 「ふむ。まぁ思いついても実行する者はあまりいないだろうから構わないか……。

 エルフの拉致だよ、クラウス。エルフと交渉し、無理だと判断したら何人か拉致して心を完全に操り解除薬を作らせる。元々は彼らが作ったんだし、解除薬も彼らに作らせればよい。

 単純で確実だろう? はっはっは!」

 

 ぶっちゃけ誰でも思いつくだろうこの方法はかなりの戦力とエルフを物として考えるだけの残虐性とマジックアイテムなどが必要になるだろう。そして、タバサ嬢一人ではまず無理だと言っていいし、サイトやルイズ嬢、そして彼女の親友であるキュルケ嬢やツェルプストーの協力があっても無理だろう。思いついたとしても一瞬で消えていく案に違いない。

 

 「兄さん……、それは何と言うか……。ま、まぁそうならない事を祈るよ。

 すまないね、タバサ嬢。兄さんはたまにこうなんだ。その、任せてもらえればカスティグリアは全面的に協力するよ。」

 

 クラウスが苦笑いを浮かべながらタバサ嬢に俺のフォローをするとタバサ嬢は「わかった。条件を飲む」と言って目を伏せた。クラウスはその表情をしばし眺めたあと、俺の部屋にあった羊皮紙に先ほどの条件を書き出し、俺とタバサ嬢に渡し、それぞれ長ったらしい正式な名前でサインした。そしてクラウスが証人としてサインすると、丸めてカスティグリアで保存することを宣言した。

 

 俺の部屋に置いておくよりもカスティグリアで保存して貰ったほうが良いのだが、手札として使う予定もあるので、隠蔽処理つきのコピーをあとで渡してもらうよう頼んでおいた。

 

 あとはクラウスとタバサ嬢の交渉になるわけだし、クラウスに回答書もすでに渡した。紅茶を飲むと最後の一口だったようで、無くなってしまった。ふむ。そろそろ解散だろうしちょうどいい。ベッドに戻ってシエスタに紅茶を入れてもらおう。

 

 そう思って立ち上がろうとしたらクラウスが立ち上がってティーポットを手に取り、俺のカップに紅茶を入れた。ポットにまだ入っていたのだろう。

 

 「しかし、なぜクラウスが?」と、疑問を浮かべると、

 「いやいや、兄さん。まだ話は終わってないからね?」

と、クラウスに笑顔で言われてしまった。

 

 ふむ。しかし次の話題が思い浮かばない。次の侵攻作戦関連の話であればタバサ嬢がいない時に話すだろうし、タバサ嬢関連の話はあまり関係ないように思える。とりあえずクラウスに入れてもらった紅茶をお礼を言って口をつける。

 

 「では、申し訳ないのだけど、タバサ嬢。口頭で構わない。正式に依頼してもらって構わないかな?」

 

 クラウスが笑顔でタバサ嬢に告げると、タバサ嬢はいつもの無表情で「わかった」と言い。椅子から立ち上がり、クラウスの方を向いて口を開いた。

 

 「シャルロット・エレーヌ・オルレアンはクラウス・ド・カスティグリアに対し、正式に助力を願う。」

 

 そんなタバサ嬢の言葉を受け、クラウスも椅子から立ち上がると、クラウスは彼女の前に跪いた。

 

 「承りました、シャルロット姫。クラウス・ド・カスティグリアは捕らわれの姫を救うためならば力を惜しむことはありません。あなたを縛る枷から解き放ち、救い出すと誓いましょう。」

 

 クラウスが少し顔を赤くしながら頭をたれてタバサ嬢に誓うと、タバサ嬢も無表情な顔を仄かに染めているように見える。ふむ。彼女が好きな『イーヴァルディの勇者』を詳しく読んだことは無かったと思うのだが、もしかしてその辺りの琴線に触れられるよう、クラウスは研究したのだろうか。さすが恋愛のプロのレベルは半端ないのかもしれない。

 

 そして、クラウスが少し反応に戸惑っているように見えるタバサ嬢に笑顔を向けて、立ち上がると、彼女の手をそっと自分の手に乗せて椅子に座るようエスコートした。タバサ嬢はなすがままに椅子に座ると、こちらを見たが、やはり少し顔が赤い気がする。

 

 「では賢者殿。姫君と姫君の母上をガリア王の魔の手から救い出し、完全に守りきる方法に関して何か考えがあるか聞きたいのですが」

 

 お、おう。賢者殿か……。今後この件に関してはすべて『イーヴァルディの勇者』の流れで進んでいくのだろうか……。ちゃんと読んでおけば良かったかもしれない。

 ふむ。しかし賢者殿か。悪くない。悪くないとも! こういうのは大好物だとも!

 

 「うむ。勇者よ。まずこの作戦で一番重要なのはタイミングだ。タイミングが全てとも言えるだろう。場合によってはモンモランシにある戦力も必要になる。カスティグリア始まって以来の総力戦になるかもしれん。それは構わんな?」

 

 「ええ、賢者殿。今回侵攻作戦に出す戦力はカスティグリアの中でも選りすぐりだと断言できますが、カスティグリアやモンモランシに残す戦力もそれほど悪くはありません。ガリアの総力に比べると心元無いものですが、侵攻作戦に赴く主力が戻るまでは守りきれると断言できます。」

 

 タバサ嬢もやはり大好物だったのか、表情こそ無表情に近いが、頬は赤く染まったままだし、瞳も少し輝きを増している。そして何でもない風を装いながらチラチラ見ているのが少しかわいい。

 

 「恐らくだが、アルビオンとの戦争が終わり次第、ガリア王もアルビオンに赴くだろう。かの地には無視できない物が最低一つ、そして作戦が成功した暁には更に増える可能性すらある。ガリア王が動けばガリアの艦隊もアルビオンに向わざるを得まい。タイミングとしてはその時がベストだと考える。

 しかし、その前に相手側に作戦が察知される可能性も残っている。その場合は即時作戦を開始する必要が出てくる。

 作戦は単純だ。艦隊を使い、強襲し、兵の数に物を言わせて姫の使用人を含め、オルレアンから出来うる限り全てのモノを短時間で回収しカスティグリアに移す。風石が足りないようならモンモランシで一度補給すればよい。つまり、出来る限り直前まで作戦自体を気取られぬことが肝要。」

 

 「え、えっと、兄さん? それだと確実にガリアにバレるよね? できるだけ最後まで気取られないように実行した方がいいんじゃないかな?」

 

 俺が賢者を装い厳かに堂々と提案したというのに、勇者クラウスは配役を忘れたかのように戸惑ったような動揺を浮かべた。

 ふむ。もしかしてこの『イーヴァルディの勇者(策謀編)』ごっこは終わりなのだろうか。折角テンションが上がってきたというのに、ここで終わらせるのは少々つまらない。

 

 ほら、勇者クラウスよ、タバサ嬢を見たまえ。彼女も少しいぶかしんだような顔をしているではないか。彼女に惚れているのであれば大好物は差し上げる努力をすべきだぞ? ここは兄として、恋愛のプロになるためにも勇者クラウスのフォローをすべきだろう。

 

 「安心するがよい。勇者クラウスよ。どちらにしろどうせバレる。」

 

 そう断言すると勇者クラウスはゴンッと机に頭をぶつけた。

 

 「ま、まぁコソコソと少ない戦力で敵襲に怯え、長時間不安を抱えて行うよりも、相手の度肝を抜いて堂々と大戦力で効率と安全性を追求し短時間で一気に終わらせ、出来る限り早くカスティグリアに戻る方が成功率も高い。それに、思い出の品などを全て放棄して人間だけでよいというのであれば竜部隊だけでも構わんかもしれん。

 後は簡単な両用艦隊でも作ってラグドリアン湖でテストや海戦ごっこをしていたとか、竜が水浴びしたい言っていたとでも言えばよかろう? そしてガリアが問い合わせてくるようならタバサ嬢とその母上なら知っているがミス・オルレアンやその母親など知らんと言い続けるしかあるまいて。まぁその辺りは交渉するつもりだがね? まぁ最善を尽くすのであれば全てはアルビオンとの戦争が終わってからだな。」

 

 クラウスは何とか真面目な表情を取り戻し、顔を上げ話を進めることにしたようだ。

 

 「と、取り合えず早くて三ヶ月後、伸びたとして来年かな?」

 

 「そうなるな。とりあえず侵攻作戦が開始される前までに準備を整えておく必要がある。それ以前に実行する必要があるようであれば風竜隊に頼むしかあるまいて。」

 

 大体の方針が決定したので、今度こそ俺の出番は終わるだろう。クラウスはタバサ嬢に向き合った。

 

 「姫様。それで構いませんか?」

 「構わない」

 

 タバサ嬢は同じ年代の異性から姫様と呼ばれることに慣れていないのだろうか、少し顔を赤くしたままだ。クラウスはそんなタバサ嬢を見つめ、今にもプロポーズしそうな雰囲気すら纏っているが、やりすぎてタバサ嬢に引かれないかが個人的には不安だ。

 

 そして、タバサ嬢の母上救出プランで想定している内容を聞かれたので、タバサ嬢の屋敷を簡易的に再現し、そこで運び出しの訓練を行うよう言っておいた。出来る限り時間を節約できればそれだけ安全性が増すだろう。どのような部隊をどのくらい配置するかはクラウスに任せるとして、兵の一人ひとりが完全に決められたように行動できれば数十分で終わるのではなかろうか。

 

 クラウスはその訓練を採用するらしく、タバサ嬢と話し合って詳細をつめるそうだ。概ね重要な話が終わったので、クラウスは隠蔽措置を解除してシエスタを呼び入れた。

 

 部屋に戻ったシエスタは笑顔で新しく紅茶を淹れてくれた。目の前でクラウスとタバサ嬢の淡すぎる恋を見ていた反動だろうか。そんなシエスタが癒しに感じた。

 

 そしてシエスタの淹れた紅茶を飲み終わった頃、クラウスは作戦の素案をまとめるとのことで、壁に立てかけてあったタバサ嬢の杖を彼女に返すとシエスタの見送りでタバサ嬢と部屋を出て行った。

 

 少々張り切ってしまっていたようで、ちょっと疲れが出てきた。そんな疲れを意識したと思ったら体からガクッと力が抜け椅子からすべり落ちそうになったが、何とかテーブルに置いていた手に力を入れて体を支えると、シエスタがすぐにこちらへ来て体を支えてくれた。

 

 「クロア様。お疲れのようですね。お休みしましょう。」

 

 シエスタはそういうと、俺の腕を取って自分の肩に回し、抱えるようにしてベッドまで連れて行ってくれた。そして、天蓋から下がる分厚いカーテンを閉めると、シエスタは俺がタバサ嬢に会うために着ていた制服を脱がし、部屋着兼寝間着に着替えさせ、ささっとベッドに俺を入れた。

 

 「すまないね。シエスタ。」

 「いえ、難しい話し合いだったみたいですね。具合が悪そうなのでモンモランシー様を呼んでまいります。」

 

 シエスタは俺の頬をひと撫でするとモンモランシーを呼びに行った。

 しかし、大して難しい話し合いでもなかったし、最近無理はあまりしてなかったはずだ。タバサ嬢との話に重圧を感じたわけでもない。一体原因はなんだろうか……。

 

 確かに、タバサ嬢の問題を解決するために必要な事を考える時に、アルビオンの戦争、そしてジョゼフ一世の考えを色々と脳内で処理して想定と対策を平行して考え続けた。しかし、そのようなことは大抵どんな話し合いでも行っている事だし、難解とも思えるジョゼフ一世に関する事柄も別段新しい発見があったわけでもない。

 

 ふむ。なるほど。そういえば俺は恋愛初心者でしたな。恋愛のプロにいざなわれた恋愛という戦場そのものに新兵の如く当てられてしまったのだろう。やはり俺は戦力外なのだろうか。彼らの判断が正しかったのだろうか。

 

 なんとなく今、同じく恋愛初心者であろうギーシュやマルコに会いたくなったのは仕方のないことだと思う。そんなことを考えながらモンモランシーを待っていたはずなのだが、いつの間にか眠りに落ちていた。

 

 

 

 

 

 

 




 いかがでしたでしょうか。タバサ嬢とジョゼフさんとシャルルさんに関しては独自の見解が混じってるかもしれません。ちょっと自信ないっす。

 
~書いているときに思いついたネタ~
注:いつものように本編に関してなんの関係もありません。多分。

クロア 「ふはははは! 賢者様に任せなさい!」(胸どんっ 「ごふっ」(吐血
クラウス「に、兄さあああん! 僕は勇者になれるんだろうか……」(涙
タバサ 「コレタブン賢者ジャナイ」
ジョゼフ「俺魔王? 魔王ポジション? ふはははは! 来るがよい! 勇者よ!」


カスティグリア:まだアルビオン終わってないのに次の予約が入ったのか?
モンモランシ :い、嫌な予感がする! 隣の領地に関することでとても嫌な予感がする!

-追記-
書き忘れてたあああああああああ!?
ええ、次回もおたのしみにー!

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