ゼロの使い魔で割りとハードモード   作:しうか

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 みなさま、ごきげんよう。書いてたら長くなりすぎたので前後編に分けさせていただきました。
 文字数や内容との兼ね合いでちょっとモヤっとする区切りになっております。ご了承ください。
 


22 交渉というもの 前編

 意識が浮上するといつものように、まず柔らかいベッドと清潔なシーツの感触と、ほんのり甘みのある柑橘類のような香りが体を包みこむ。これだけでこの苦痛を伴う身体でもこのハルケギニアで生きて行く価値を感じてしまうのは俺がチョロいからだろうか。

 

 前回オスマンと緊張を強いられる会話をしたが、その影響は少なかったようで、身体の調子は悪くない。そっと目を開けると日中でも寝ているときは少し薄暗い室内の光をさえぎるために掛けられる天蓋の分厚いカーテンは半開きになっている。夜間と俺の起きている時間は基本的に全開にされているのでまだ日中のようだ。

 

 もぞもぞと身を起こし、ベッドの背もたれに身体を預けると、サイドテーブルに置いてある杖を手に持ちカーテンを全て開く。あまり遠くの見えないこの赤い目でぼんやりした部屋を見ると、どうやら誰もいないようだ。シエスタもどこかで仕事をしているのだろう。

 

 簡易テーブルを出し、思いつきメモを置く。ああ、その前に覚えているうちにオスマンとの話やその時に考えたことをメモしておこう。新しい羊皮紙をサイドテーブルから一枚取り出し、簡単にサラサラと書き始める。虚無やアンリエッタ姫、内政にかかわりそうな単語やそれを匂わすような単語は他の人にわからないよう、この世界の文字ではなくギリシャ文字のアルファベット一文字にしている。

 

 ちなみにアルファベットの由来はギリシャ文字のα(アルファ)β(ベータ)らしい。この世界の文字はアルファベットの支流を流れてきたものに感じるときがある。ぶっちゃけ日本語の甲乙丙や「おすまん」「かすてぃ」とかで書いた方がいいかもしれないのだが、日本出身者であるシエスタの祖父である佐々木氏がこの世界にいたことや、地球出身のサイトがいる現状ではギリシャ文字がギリギリだと判断した。これならこの世界の文字を少しもじった程度で済むはずだ。

 

 『πはχに関してΣが気になる、Σだけがχを知ることは了解、χはまだ⊿進行中。Σの動向を気にする必要あり、αにθをどうするか、χの情報が必要か判断する必要あり、別途χの展開に関して~』

 

 といった感じだ。

 今回は、π(パイ)=オスマン、χ(キー)=虚無、Σ(シグマ)=カスティグリア、(デルタ)=原作通り、α(アルファ)=クラウス、θ(シータ)=アンリエッタ と当てた。資料を書く時に頻出するカスティグリアやモンモランシ、トリステイン、トリスタニア、四種類系統やメイジなどの当て字は文字数短縮のため今回のものとは違いこちらの文字の当て字を使っていたりする。

 

 この程度の当て字なら文脈を見ればわかるが、この事を知らない人間が見たら解読に少々時間がかかるだろう。これ以上難解にすることも可能だが、それをすると今度は俺が読めなくなる可能性が高い。まぁぶっちゃけ今回は当て字を全て○や空白とかにしてもわかりそうな気がする。ぶっちゃけ隠す意味合いで使ったのは初めてかもしれない。

 

 ちなみにモンモランシーへの想いを綴ったあの羊皮紙は当て字や隠語は使われていない。ガチで誰が読んでもわかる。むしろアレに使うべきだったはずなのだが、黒歴史に黒歴史の上乗せになりそうでクラウスに研究された事を考えると、それはそれで解読されたらさらに辛かったかもしれない。

 

 ふむ。もしかして俺は中二病を患ってしまったのだろうか。見れば見るほど今回は当て字が必要ない気がしてきた。手遅れになる前に塗りつぶすべきだろうか。これ以上の黒歴史を生産するのは後の禍根になりそうで怖い。

 

 しかし、俺が近日中にクラウスを呼べば虚無の事を伝えたとオスマンに捉えられる可能性が高い。いや、別に知らせても問題ないのだがクラウスやカスティグリアのためにも出来るだけ偽装はしたい。そのため、ある程度時間を空けるかクラウスが訪ねてくるのを待つつもりだったのだが、このメモを消化して抹消するならばクラウスを早急に呼ぶ必要が出てくる。ううむ……。

 

 ふむ。何を難しく考えていたのだろうか。こんなくだらないことで無駄なリスクを背負うのは避けるべきだ。そう考えればおのずと導き出される答えは一つだろう。

 

 

 ―――クラウスを呼ぼう。早急にクラウスを呼ぼう!

 

 しかし今が何日で何時なのかさっぱりわからない。シエスタの帰りを待つべきだろうか。いや、ここはプリシラにクラウスを呼ぶことが可能か聞いてみよう。

 

 『プリシラ、ちょっといいかい?』

 『構わないわ。ご主人様』

 『クラウスを俺の部屋に呼ぶことは可能だろうか。』

 『そうね。できるかわからないけど面白そうだから挑戦してみるわ。』

 『そうか、ぜひ頼むよ。プリシラ。』

 

 彼女は挑戦してみてくれるらしい。体内時計で十分も経たないうちにクラウスがドアにアンロックを掛けて突入してきた。

 

 「兄さん! 何かあったの!?」

 

 う、うむ。ちょっと急がせすぎたようだ。クラウスは焦った様子でドアも閉めずにベッドの脇まで早足で迫ってきた。プリシラにお礼を言って彼女には日ごろの生活に戻ってもらった。

 

 「いや、それほど早急な用件ではないのだが、少しクラウスに聞きたいことがあってな。起きてみたらシエスタがいなかったのでプリシラに頼んで呼んでもらったのだよ。」 

 

 とりあえずクラウスにドアを閉めてきてもらったのだが少し納得がいかないらしい。プリシラが少々強引で腕に爪が食い込んで結構痛そうなあざが出来たみたいだ……。すいません。あとでルーシア姉さんにヒーリングしていただいてください。一応謝ったあとクラウスに聞く準備ができたので本題に入る。

 

 「今日が以前就寝してからどのくらい経っているかわからんのだが、先日オールドオスマンがこの部屋にやってきた。最初はフーケ関連の話ということだったのだが、とある用件について尋ねられたのだよ。」

 

 一度用件に関してぼかしたのでクラウスが食いついた。クラウスは一度テーブルに行き椅子を一脚持ってきて枕元に座った。

 

 「まぁその話に関連するのだがね、クラウス。クラウスも含め、カスティグリアはトリスタニアの王配に食い込むような計画や話はあるかね?」

 

 そこまで聞いたところでクラウスはピクッと眉を動かしたあと、真面目な次期当主の顔になった。

 

 「まったくそのような話がなく、クラウスの次の世代あたりまでそのような計画が全くないというのであればこの話は終わる。特に不安もなくなり、問題もないだろう。」

 

 「そうだね。一度兄さんにアンリエッタ姫の事を聞いたことで察したのかな? 全く無いとは言えないけど、積極的に計画しているとも言えない。僕はまだ婚約者もいなければ恋人もいないからね。その話になった時に少し出てきた程度かな?」

 

 ふむ。そのまま聞けばカスティグリアの考えるクラウスのお相手候補に一度挙がった程度と見ることもできるが、単にはぐらかしている可能性も否めない。はぐらかしていた場合、王配を狙うならアンリエッタ姫はすでに候補から外れており、エレオノール嬢あたりを狙っていてもおかしくない。

 

 この前相談に乗ったときのことを考えると恐らく現在一番難易度が低く見積もられているのがヴァリエール公爵の長女エレオノールだからだ。しかし、必要なのが“王配”だとすると一番怪しいのがエレオノール嬢になる。もし、原作に沿って進行した場合は半年だか一年以内にアンリエッタ女王が誕生するだろうし、それより早くルイズ嬢が虚無の系統である事が発覚すれば、ルイズ女王が誕生する。

 

 仮にルイズ嬢が虚無の系統であると発覚したあとはアンリエッタ姫が先に女王となっても王配の子に王位が回ってくるかどうかは予測が付かない。アンリエッタ姫以外の、例えばヴァリエール公爵が王位についていた場合は完全に次代はルイズ女王になるだろう。むしろ退位を迫られ即ルイズ嬢に王位が渡されたとしてもおかしくない。つまり、王配として狙うならルイズ嬢かアンリエッタ姫しか恐らく選択肢はない。

 

 さらに問題なのはルイズ女王が誕生した場合、王配が使い魔のサイトになる可能性が比較的高くなるということだ。その時の情勢次第だろうが、かなりトリステインも割れるだろう。安全性と確実性を求めるならサイトを暗殺するかさっさとサイトにどこかの娘を宛がい、早急に結婚させるくらいしか思い浮かばない。

 

 「ふむ。曖昧な状況のようだな。まぁいい。もし仮にだ、クラウスがトリステイン女王の王配の地位を狙うのであれば、アンリエッタ姫とルイズ嬢のどちらかだと思っていい。他の候補は全て排除してもらって構わない。どちらも不安定だし問題は今後も付きまとうがね。」

 

 「エレオノール嬢なら簡単に入り込めると思ったんだけどそれはない?」

 

 「うむ。例えばだが、クラウスがすぐに彼女と結婚し、ヴァリエール公爵が王位に即位し、すぐにエレオノール嬢に王位が渡されない限りないのではなかろうか。」

 

 一足飛びにエレオノール嬢が王位に就くのは恐らく無理があるだろう。ヴァリエールの娘が王位に就くには虚無の系統という理由かヴァリエール公爵という間を挟む必要がある。

 

 「それはまた……。つまり近いうちに王位が埋まると考えているわけだね?」

 

 「そうなるな。もし先を聞きたいのであれば、いくつか約束してもらう必要がある。文章に残すことはせず、家族として、貴族として、クラウスとして宣誓してほしい。まぁ、聞きたくないのであれば恐らく一年以内に気付く可能性もあるし、今までの会話が本当で本心だというのであれば、恐らくまだ気付いていないのだろう?」

 

 まぁ今さら隠してもしょうがない気がしてきた。いや、原作通り進めるなら隠しておきたいのだが、オスマンに目を付けられており、カスティグリアが知らないというのは逆に不自然かもしれない。しかも、ルイズ嬢が活発に活動を始めれば捕捉されるだろう。

 

 「ふむ。先に約束の内容だけ聞いても構わないかな?」

 

 「いいだろう。一つ、これから話す人物に関することで政治的にまたはそれに関連するような接触する場合は、クラウスか父上の事前事後の報告や相談が欲しい。一つ、これから話す内容はクラウス、父上の二名だけに出来る限り留めてほしい。他のルートから耳に入ることはあるだろうが、クラウスや父上から漏れることは防ぎたい。誓約期間はアルビオンとの戦争が終わるか3年経過とする。以上だ。」

 

 約束の内容を言うと、クラウスは少し眉を寄せた。大体あまり深く考えずに話したので、これまでの会話にポロッと零れたヒントが散りばめられている。ルイズ嬢の王位に関することだというのはクラウスなら間違いなく推察できているだろう。しかし、ここまで誓約を提示しておいて、クラウスに「ああ、ルイズ嬢のことだよね? 虚無ってこと?」とか言われたら大泣きして引き篭もるしかない。女子寮から「毎日男の泣き声が聞こえる」という怪談が生まれ、原因や由来が不明になるくらいまで引き篭もろう。うむ。

 

 「ふむ。ルイズ嬢の秘密と言ったところかな? マザリーニ枢機卿から入ってくる彼女に関する情報ではそこまで王位に近いとは思えない。つまり彼は関知していないということだよね? ということは学院でわかったことかな?」

 

 とクラウスが笑顔でこちらに問いかけてきた。

 

 

 ―――早速怪談コースに突入するべきかもしれん。そそくさとサイドテーブルに置いてある杖を確保してベッドに潜り込み、クラウスと逆側を向いてヒザを抱え込み、布団を頭から被った。

 

 「ちょっ、兄さん!? 何!? ど、どうしたの!?」

 

 と、いう焦った声が聞こえるが無視だ。泣くためにはチャージが必要なのだよ。まさか起きてすぐ黒歴史を生み出したあと、それを消去するために再び黒歴史を生み出すとは……。ぐすん。

 

 こんな時はシエスタに紅茶を入れてもらって心を癒して欲しいものだ。そういえばシエスタの帰りが遅い気がする。そして遅い気がしたらなぜか今すぐ彼女の入れた紅茶が飲みたくなった。プリシラに見てきてもらおう。

 

 『プリシラ、すまないがシエスタがどこにいるかわかるかい?』

 

 『ちょっと探してみるわね。――――――いたわ。真ん中の塔の一番上の部屋のソファに座っているわ。』

 

 え? ど、どういうことですかね。真ん中の塔の一番上ということは学院長室ですかね? オスマンの呼び出し? ふむ。クラウスが何か知ってるかもしれんが、先日のオスマン来訪に関することであればクラウスは知らないだろう。

 

 ククク、オスマン。シエスタを交渉の道具にするだけでなく連れ込むとはいい度胸だ。ちょうど交渉でストレスが溜まったり予期せぬ黒歴史を溜め込んでイライラしていたところだ。

 

 シエスタの入れた紅茶を今すぐ飲みたいという大儀もある! 今こそ開放しようではないか!

 

 布団をバッとめくり!(虚弱)

 ベッドから身を起こし部屋に降り立つ!(背もたれに捕まりながらゆっくりと)

 唖然としているクラウスの前でマントを羽織り!(見当たらずクラウスに取ってもらった)

 必要になるかもしれないのでシエスタ関連の書類を持ちクラウスに指示を出すッ!(自力不可)

 

 「クラウス、話は中断だ。行くところができた。レビテーションで送りたまえ。」

 

 そうクラウスに要請するとクラウスはこの展開について来れなかったのだろう。特に理由も尋ねずにレビテーションを掛けてくれ、少し引きながら行き先を聞いた。

 

 「え、えっと、兄さん? 一体どこへ行くんだい?」

 

 「中央塔最上階だよ。クラウス。シエスタの帰りが遅いと思ってプリシラに探してもらったら彼女がそこにいるようなのだよ。ここは救出に行かねばなるまいて。貴族として!」

 

 そう、目に力を入れつつクラウスを説得した。送ってもらわねばならないため、ここでクラウスに断られると地面から数十センチ浮いた状態でひたすらプカプカすることになってしまう。

 

 「ああ、ええと、兄さん。そういえば突然のことで忘れていたんだけど、僕もオールドオスマンに呼び出されていたんだよ。きっと彼女も関係している話じゃないかな? 兄さんを連れて行くのは吝かではないけど、れ、冷静にだね?」

 

 ふむ。クラウスも呼ばれていたのか。ならば緊急ではなさそうだ。

 

 「そうか。では冷静に行くとしよう。さぁ我が自慢の弟よ。我が人生初の中央塔最上階へ向おうではないか。」

 

 そう言うとクラウスは一つため息を吐いて手を引いてくれた。部屋着のままだがシエスタがいないと着替えが成し遂げられない可能性がある。少々不本意だが彼女のためだ、しかたあるまいて。そういえば今日は何日の何時くらいかわからないので移動中クラウスに聞いてみたところ、三日ほど寝ていたようだ。今は午前の授業が始まって一時間くらいらしい。

 

 中央塔は思ったよりも高かった……。恐らく一人で登ったら中腹で滑落死か衰弱死するだろう。クラウスは息一つ乱していないが、レビテーションで浮きつつただ引っ張られるだけで結構疲れた。

 

 むしろ何のために塔に登っていたのだろう。「そこに塔があったから」という理由ではなかったはずだ。そう、紅茶だ。シエスタの紅茶が俺を呼んでいたのだったな。ぜぇぜぇ……。

 

 学院長室の前で俺に掛けられたレビテーションを切ってもらってから、クラウスがノックをし、「クラウス・ド・カスティグリアです」というと中からオールドオスマンの入室許可を出す声が聞こえた。まぁ名乗っていないが荷物みたいなものだし紅茶を飲むためにシエスタ回収に来たのだから問題あるまいて。さっさとシエスタを回収して帰ろう。

 

 中に入ると長いソファにオールドオスマンとシエスタが座り、対面に見たことの無い貴族が一人座っていた。平民のシエスタが座っていることに少し違和感がある。この見たことのない貴族がシエスタの紅茶にでも惹かれて引き抜こうとでもしているのだろうか。

 

 俺も一緒に入室したところでシエスタがこちらに気付き、なぜか驚いた顔をした。いや、俺がここまで到達できると思わなかったのだろう。ふふふ、なんせ最高峰と呼ばれていたような気がするトリステイン魔法学院でも最高峰である中央塔の最上階だからな! いや、自力と言いがたいのが残念だが……。

 

 「クロア様! お体は大丈夫ですか!?」

 

 と、いきなりシエスタがこちらに来て顔色を窺ったりおでこに手を当てたりした。

 

 「うむ。起きてから色々あってな。シエスタがいない時間が長くて不信に思い、プリシラに探してもらったのだ。さぁ部屋に戻ろう。紅茶を入れてくれ。」

 

 理由を告げたあと、少し微笑みシエスタの肩に手を置くと、シエスタは少し悲しそうな顔をして目を伏せた。ふむ。オスマンだけでなく見知らぬ貴族がシエスタを引きとめているのだろうか。シエスタの方が身長が高いのでシエスタとオスマンの間に移動し、オスマンに問いかける。

 

 「シエスタを連れて行って構いませんか? お話があるなら俺の部屋で窺いますが?」

 

 オスマンはチラッと見知らぬ貴族を見た後、飄々(ひょうひょう)とした感じで俺に対応した。

 

 「ふむ。ミスタ・クロア、伏せていると聞いたのでミスタ・クラウスを呼んだのじゃがのぅ。お主が来てくれたなら話も早いじゃろぅ。少し話があるのでここに座りなされ。」

 

 と言って長いソファのオスマンの隣を示された。クラウスは俺の後ろに、シエスタは俺の横に立つように言ってシエスタの肩を借りてオスマンの隣に座る。

 

 「こちらの方はのぅ、ジュール・ド・モット伯爵じゃ。今回は学院へ勅使として参られたのじゃが、君が借り受けているシエスタ嬢をいたくお気に召したようでのぅ。それで譲れと言われたのじゃが、それには君の許可かカスティグリアの許可が必要になるからのぅ。それでクラウス君に交渉してもらおうと呼んだのじゃ。

 モット卿、こちらがシエスタ嬢を学院から借り受けている学院二年生のクロア・ド・カスティグリアじゃ。できるだけ穏便にのぅ?」

 

 ふむ。まぁお断りしてお帰りいただいて部屋に戻り紅茶を入れてもらうだけだ。穏便にも何も1分もあれば終わる話だろう。

 

 「クロア・ド・カスティグリアです。お初にお目にかかります、モット卿。オールドオスマンから今窺った話では俺が借り受けているシエスタの譲渡を望んでいるそうですね。申し訳ありませんがお断りします。それでは失礼。」

 

 そう言ってさっさと席を立とうとすると、モット伯から怒りを抑えたような声が届いた。

 

 「待ちたまえ、成金貴族。おっと失礼。カスティグリア殿、何もタダで彼女を差し出せと言っているのではない。だがね、彼女も成き、いやカスティグリアのような田舎貴族より王宮の勅使であるモット家で働く方が良いであろう? 悪い事は言わぬ。手を引きたまえ。」

 

 ふむ。カスティグリアは成金貴族や田舎貴族というのがトリスタニアの評価か。まぁ間違いではないな。ただ、増えた金を趣味や娯楽に浪費しているか戦争に備えて軍備を整えているかの差は大きいと思うのだがね? その辺り、学院のメイドを引っ張るような御仁にはわからないのかもしれない。

 

 勅使というのはメッセンジャーなのだが、基本的に所属している場所、彼で言えばトリステイン王宮の最高権力者と同じだけの権限が与えられている。今回の場合、マリアンヌ元王妃かマザリーニ宰相かは不明だが、その大きな権力を使って平民のメイド狩りとは何と言うか……権力の無駄遣いも甚だしいのではなかろうか。

 

 「いやはや、勅使殿。わざわざ王宮の最高権力を使ってまで学院に勤める平民のメイドの引き抜きですか? モット家に彼女の引き取る命じたのはどなたです? マザリーニ枢機卿ですか? マリアンヌ元王妃様ですか? まさかアンリエッタ姫殿下ですか? まずはその辺りはっきりと伺わせていただきましょうか。」

 

 さっさと話を終わらせて紅茶を飲むはずだったのだが、挑発までして引きとめられたからには相手は今のところ引く気はないし長引くかもしれない。ソファに座りなおし、モット伯をよく観察することにした。髪は茶色、目の色はよくわからない。特徴的なのは髪型と眉とヒゲで先っぽがくるっとカールしている。年齢は恐らくだが父上と同じくらいか? こちらの世界の年齢予測はかなり難しい。

 

 「オールドオスマン。学院の門弟にまず口の利き方を教えるべきですな。栄えあるトリステイン魔法学院も落ちたものだ。」

 

 モット伯は話題を逸らし、キザったらしく笑いながらオスマンに話しかけた。そういえばシエスタの意向を聞いていない。あちらはあちらで話しているようだし、今のうちにコソッと聞いておこう。横に立つシエスタの服に肘をそっと当てて注意を引き、指でちょいっと顔を寄せるよう指示を出すと、シエスタはやはり悲しそうな顔を近くに寄せた。

 

 「もしかしてモット卿に引き取られたかったりする? 俺は渡したくないのだがね?」

 

 と、コソコソ言うと、シエスタは悲しそうな顔のまま器用に一瞬ほころばせて、

 

 「いえ、出来ることならクロア様に一生お仕えしたいです。ですが……」

 

 ですが、カスティグリアに迷惑がかかるというのかな? まぁ聞くまでもあるまいて。ちょんとシエスタの鼻先を触ってシエスタの話をさえぎって、笑顔で少し軽く手を振り元に戻るよう指示を出す。読み取ったようで、ちょっと惚けたあと、かすかに笑みを浮かべて元に戻った。

 

 あ、もしかして俺の方が寿命が短そうだからやっぱモット家の方がとかいう続きだったらどうしよう。まぁその時は他の雇い主をクラウスに探してもらおう。マザリーニ枢機卿と懇意にしているなら、アンリエッタ姫の側仕えとかにねじ込んでもらえそうだし。ソッチの方がマシだろう。

 

 最低限モット伯だけはなんか俺がイヤだ。大体シエスタを逃すと他に介助してくれるメイドさんが見つからない可能性が高いし、彼女の入れる紅茶はすでに癒しになっていることが今日わかったところだ。

 

 「で、渡す気になったかね?」

 

 「いえ、オールドオスマンと教育方針についてのお話をしていたようなので、生徒の身である俺は耳に入れないよう控えていたのですが、終わりましたか? ところで、先ほどのこちらの話は理解していただけたでしょうか? まさかトリスタニアに勤めている方が会話をすることが出来ないという事はないでしょう?」

 

 あー。今本当に紅茶に口をつけたい。カフェイン中毒にでもなってしまったのだろうか。しかし眠れないということはない。イヤむしろ寝すぎているくらいだ。

 

 こちらの挑発を篭めた問い返しにモット伯は余裕を浮かべていた顔を引っ込め、顔に怒りを少し浮かべた。こちらは以前修理に出した貴族仮面が順調なようで意識しなければほとんど無表情のはずだ。いや、もしかしたら紅茶断ちの苛立ちが出ているかもしれない。

 

 「学院の門弟風情が少々無礼ではないかね? オールドオスマン、君の管理責任になりかねんぞ? 何とかしたまえ。」

 

 「ふむ。今回のこの話は正式に契約しておる内容を破棄するようミスタ・カスティグリアにモット卿が要請するわけですからのぅ。交渉が決裂しようがしまいが学院は関係ないことじゃて。モット卿。」

 

 オールドオスマンは飄々と戦線離脱を宣言した。オスマンに脅しは効かなかったようだ。まぁセクハラという普通の犯罪でも王宮に通報されるのも構わんと言うくらいだからな。

 アレ? この世界でセクハラとかあるのだろうか。

 

 「交渉するつもりがないのであれば下がらせていただきますが? モット卿。」

 

 「王宮の勅使である私に向ってなんという侮辱。もはや許せぬ。このことは正式にカスティグリアに抗議させてもらう!」

 

 ほぅ。カスティグリアに累を及ぼすつもりかね。それはさすがに聞き捨てならない。しかし、シエスタを譲りたくはない。次期当主殿がいるのだからモット卿が抗議するより先に父上に話が行くだろう。その後の展開はさすがにトリスタニアでのカスティグリアがどの程度の位置にいるかわからないので予測が付かない。

 

 首をぐりっと曲げて後ろに立っているクラウスを見上げると少し青い顔をしている。まぁ次期当主というだけで当主ではないからな。彼の一存では決められなくてもしょうがない。

 隣に座っているオスマンを見ると、口を出すか迷っているようだ。眉間に深く皺を寄せ目を瞑り、少しプルプルしているが先ほど戦線離脱を宣言してしまったからな。

 逆隣に立っているシエスタを見ると今にも泣きそうな顔でうつむいている。

 

 ―――さてどうしたものか。

 

 

 

 

 




 ええ、これよりクラウスが覚醒してクラウス無双が始まります(ぇ

書いてたら二万字越えた! びっくりしてついぶった切った!
この回の前半部分でもっと稼げれば良かったんですけどね。

 モット伯は原作には登場しておりませんがアニメ版で登場しているようです。記憶では別に悪人というわけでもなく比較的温厚な人だった気がします。どうしよう;; 

 遥か昔に見たアニメで出てきたカナー? 程度で一応wikiで確認し、ググってモット伯の画像探した程度です(爆

 今回はぶった切ったので次回早めに上げようかと思っていたりいなかったり!
 一応すでに9割がた出来てますがオチがどこかへ逃亡しております。少々指名手配しておりますので捕獲をお待ちください。

次回おたのしみにー!



 あ、そういえば活動報告の「活動報告に関して」でちょっとネタバレしました。ネタバレ気にならない方はそちらの方もちょっとご意見いただけたらなと(チラッチラッ

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