ソード・アイドル・オレガイル   作:干支

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俺の隣に座るのは

 

 

 

 

八幡「リカ。スイッチ行くぞっ」

 

リカ「う、うん。分かった!」

 

俺の掛け声に応えるように、リカが武器を構える。

 

俺がスリーマンセル形式の案を飲んだのは、単に経験値効率を上げることだけが理由ではなく、彼女たちにこれから先、必ず必要になるであろう《スイッチ》と呼ばれる戦術を教えるという目的もあった。

 

《スイッチ》とは、戦闘中にわざとブレイク・ポイントを作り出し、仲間と交代するという連携技で、これによりソードスキル発動後の硬直をフォローしたり、敵のAIを翻弄したりすることが可能になるのだ。

 

とはいえ、慣れない内はタイミングを掴むのが難しく、早過ぎれば味方の邪魔をしてしまうし、遅過ぎれば敵が硬直から回復してしまい反撃を喰らう危険もある。

 

だから俺は戦闘慣れしていないであろうリカたちを危険な目に遭わせないために、あえて今まで《スイッチ》を教えていなかったのだ。

 

だが、今の彼女たちはそれなりにレベルも上がり、実力もついてきた。そろそろ次のステップに進んでもいい頃だろう。

 

いや、この世界でこれから生き抜いていくためには、進まなければならない。

 

八幡「せぁっ!」

 

曲刀を下段から勢い良く斬り上げ、パウダーフラワーが持つ二本のツタの片方を叩き斬る。

 

「ギィィイイィッ」

 

部位破壊されたことでモンスターは僅かに仰け反り、行動遅延(ディレイ)に陥った。

 

八幡「リカ、今だ!」

 

リカ「う、うんっ!」

 

俺の指示でリカが慌ててソードスキルを発動するが、やはり初めての《スイッチ》ではタイミングがうまく掴めなかったらしく、少し遅れてしまい、その隙にモンスターが反撃の体勢を取った。

 

それでもこのままいけばリカの攻撃の方が先に当たるので、怯まずソードスキルを続行すれば良かったのだが、

 

リカ「あ……っ」

 

頭で分かっていても、どうやら敵のモーションを見て反射的に防御体勢を取ろうとしてしまったようで、ソードスキルがキャンセルされ、リカが硬直状態に襲われる。

 

これが初心者によくあるミスで、ソードスキルは途中で止めた場合も硬直時間を課せられるのだ。

 

なので、できる限りソードスキルは最後まで発動し切ってしまう方がいいのである。

 

とはいえ、これは言うのは簡単だが、実行するとなると難しい。俺も敵の反撃に臆せずソードスキルを発動できるようになるまでに長い時間を要した。

 

いくら実力がついてきたとはいえ、こればかりは一朝一夕で何とかなるものではなく、ゆっくり体に覚えさせていく必要がある。経験が浅いリカにいきなりそれを求めるのは酷な話だろう。

 

俺は体を即座に反転させると、リカとパウダーフラワーの間に体を滑り込ませ、リカに襲いかかるツタを曲刀で迎え撃った。

 

《スイッチ》が失敗する可能性を考慮していたからこそ、いつでも助けに入れるよう俺はソードスキルを使わずにモンスターをディレイさせたのである。

 

そして、ツタを弾かれ無防備になったパウダーフラワーに、俺は曲刀の単発技《リーバー》を命中させ、残りHPを全損させた。

 

リカ「あの、ハチマンくん……助けてくれてありがとう。それと、ごめんなさい。迷惑かけちゃって……」

 

リカがしょんぼりと眉を下げる。

 

八幡「おいおい、バカ言ってんな。初めてなんだから失敗して当然だろ。むしろ俺がいる間に存分に失敗して、少しずつコツを掴んでいけばいい。そのために俺がいるんだ。フォローなら幾らでもしてやる。だからいちいち気にすんな」

 

リカ「ハチマンくん……」

 

リカはそう呟いて俺の顔を見ると、微かに頬を赤く染めて、「えへへ」と小さく微笑んだ。

 

八幡「リカ?」

 

リカ「ううん、なんでもないよっ☆ さ、練習続けよっ!」

 

言いながらリカが再び槍を構える。

 

八幡「ん、そうだな。じゃあ、もう一回スイッチいくぞ」

 

リカ「うん☆」

 

 

その後も数時間の間、何度かを休憩を挟みつつ、メンバーをローテーションさせながら俺たちは延々とスイッチの特訓を続けた。

 

そして、

 

八幡「さて、今日は初日だし……ここまでにしとくか」

 

リン「うん。そうだね」

 

ミカ「アタシも賛成ーっ★」

 

午後六時を回ったところで、初日のレベリングは終わりを迎えた。

 

後半はレベル上げよりも主にスイッチの練習ばかりしていたが、全員ノルマだったレベル6に届いたので、成果としては十分だろう。

 

チエリ「はうぅ……今日は本当に疲れました……」

 

ランコ「うむ。我ももう魔力が底をつく寸前よ。(私ももうヘトヘトです〜。)」

 

リカ「でも楽しかったかも☆」

 

コウメ「り、リカちゃんは……げ、元気だね……」

 

この世界では肉体的な疲労はないが、ソードスキルの発動には集中力が要求されるので、使用すればするほど精神的な疲労が蓄積されていく。

 

今彼女たちを襲っている疲労感は、精神的な面からきている物なのだろう。

 

ウヅキ「私、お腹空いちゃいました〜」

 

カエデ「ふふ、私もです。街に戻ったら何か食べに行きましょう」

 

ウヅキ「はいっ」

 

八幡「それじゃ、街に戻るか」

 

転移結晶などという高価な物は一層にはまだ存在しないので、来た時と同じように三十分というそこそこ長い時間をかけて街に戻る。

 

リン「あ、そうだハチマン。《はじまりの街》に美味しいレストランとかってある?」

 

街の門に着くと、リンが思い出したように尋ねてきた。

 

八幡「ん、あるにはあるぞ。めちゃめちゃ少ないが」

 

リン「え、本当にっ?」

 

期待を込めた目で俺を見てくるリン。

 

見れば、リン以外のメンバーも期待の眼差しを俺に向けているのに気がついた。

 

この食いつき、もしや昨日よほど不味い料理でも掴まされたのだろうか……?

 

一層に限らず、上の層であっても店によって料理のクオリティは差が激しく、美味しいところは美味しいし、不味いところはとことん不味い。なので、リンたちが昨日地雷を踏んだ可能性は十分考えられる。

 

八幡「少し遠いが、それでもいいなら教えるぞ」

 

ウヅキ「本当ですかっ? ありがとうございます!」

 

リカ「じゃあハチマンくん、道案内よろしくねっ☆」

 

八幡「ん、了解」

 

俺は短く返すと、彼女たちの案内をすべく歩き始めた。

 

ミカ「へえ、結構端の方まで歩くんだね」

 

八幡「ああ。本当に街の隅っこにあるからな。そのせいで美味しいのにあまり人に知られていないんだ。多分、元ベータテスターでも知らない奴の方が多い。ま、所謂隠れ……」

 

リカ「なんだか隠れた名店みたいでいいね☆」

 

……リカに先に言われてしまったが、気を取り直していこう。

 

カエデ「ハチマンくん。そのレストランにお酒はありますか?」

 

八幡「お酒は……種類は少ないですけど、あったはずです」

 

カエデ「そうですか」

 

目に見えて嬉しそうに微笑むカエデさん。そういえばカエデさん、お酒が大好きだってプロフィールとかにも書いてたっけな。

 

そんなやりとりをしながら数分ほど歩いた辺りで、お目当てのレストランに到着した。

 

カエデ「ここですか?」

 

八幡「はい」

 

着いたのは《はじまりの街》東端にある、人通りの少ない道路に面した小さなレストランだった。

 

カエデ「なんだか、オシャレなお店ですね」

 

コウメ「……昨日、行ったお店とは……ぜ、全然、違いますね……」

 

リン「どんな料理があるんだろ」

 

チエリ「えへへ、楽しみです」

 

各々が感想を述べていく。

 

さてと、案内も済ませたし、俺はそろそろ退散するか。

 

八幡「んじゃ、俺はここで」

 

そう言い残してその場を立ち去ろうとしたのだが、

 

「「「えっ!?」」」

 

全員が揃って驚きの声を上げた。

 

ん?

 

ランコ「は、ハチマンさん。一緒にご飯食べないんですかっ?」

 

八幡「え、ああ」

 

チエリ「ど、どうしてですか?」

 

八幡「どうしてって、飯を食うなら女子水入らずの方がいいだろ? 男の俺が一人混じってたらなんか場違いっつーか……」

 

ウヅキ「そ、そんなことないですよ!」

 

リカ「そうだよハチマンくん! そんなのアタシたち気にしないからさ、一緒に食べようよ!」

 

コウメ「り、リカちゃんの、言う通り……です」

 

八幡「いや、そうは言ってもだな……」

 

リン「ハチマン、往生際が悪いよ? 皆もこう言ってるんだからさ」

 

ミカ「そうそう。観念しちゃいなよ★」

 

八幡「う……」

 

周りを囲まれ、どうしようかと思考を巡らせていると、

 

カエデ「ハチマンくん……私とご飯を食べるの、そんなに嫌ですか?」

 

止めの一撃が飛んできた。

 

くっ、カエデさんの涙目+上目遣いは破壊力が桁違い過ぎるだろ。

 

八幡「い、いえ、そんなことは……」

 

俺は思わずそれを否定してしまった。

 

カエデ「ふふ。なら、いいですよね?」

 

するとカエデさんは一転してにっこりと、有無を言わせないような笑みを浮かべた。

 

八幡「……はい」

 

これは無理だ。俺は諦めて白旗を上げた。

 

ウヅキ「では、早速お店に入りましょー!」

 

言いながらウヅキがレストランの扉を開けて店内に入り、それに続くようにリンたちも中に足を踏み入れていく。

 

店内はお世辞にも広いとは言えず、五人用のテーブルが五つと、十人用のテーブルが一つ置いているだけだが、綺麗な風景画が壁に掛けられていたり、鮮やかな色合いの花が飾られていたりと、華やかな雰囲気を醸し出している。

 

ミカ「いい雰囲気のお店だね」

 

ランコ「ククク、魔王たる私に相応しい宴の場よ。(私こういうお店大好きですっ)」

 

リン「ありがとね、ハチマン」

 

どうやらリンたちも気に入ってくれたらしい。

 

「いらっしゃいませ」

 

俺たち全員が中に入るとNPCが話しかけて来て、俺たちは十人用のテーブルに案内された。

 

テーブルは円形なので、どこに座ってもそんなに大差はないだろう。

 

そう考え、俺は適当に手前の席に座った。

 

カエデ「ハチマンくん。隣いいですか?」

 

すると間髪入れずにカエデさんが俺の右隣の椅子を引きながら、そんなことを言い出した。

 

てっきり俺の隣なんて全く需要がないと思っていただけに、かなり驚いた。

 

八幡「あ、はい。ど、どうぞ」

 

カエデ「ありがとうございます」

 

カエデさんは優しく微笑みながら、そっと腰を下ろした。

 

と、その直後。

 

後方からぴりぴりした空気が漂ってきた。

 

な、なんだ……?

 

気になって恐る恐る後ろを振り返ると、リン、チエリ、ランコ、ミカ、リカの五人が円になって睨み合っているのが目に入った。

 

え、どういう状況?

 

しばらくその光景を眺めていると……

 

「「「最初はグー! ジャンケン……」」」

 

という掛け声が聞こえてきた。

 

なんだ、ジャンケンかよ……驚いて損したじゃねえか。けど、あれは一体何のためのジャンケンなん……あー、分かっちまったわ俺。

 

きっとアレは俺の隣を避けるためのジャンケンだな。小学生の時もよくあったし。

 

先程は俺に気を遣って晩飯に誘ってくれたが、やはり女子としては男の隣より、仲の良い友達同士で座りたいものなのだろう。当然だ。むしろ俺はこうして誘ってもらえただけでも感謝しなければならないレベル。

 

というか、カエデさんが隣にいてくれているだけで実はもう満足だったりする。

 

「「「ぽんっ!!」」」

 

…………。

 

つかの間の沈黙。

 

しかし、次の瞬間。

 

リン「や、やったっ!!」

 

リンの嬉々とした声が店内に響いた。

 

どうやら勝負は一回で決まったらしく、勝利を掴んだのはリンのようだ。

 

負けた他のメンバーたちは、あからさまに落ち込んでいるのが見て取れる。

 

分かっていても、そこまで落ち込まれると流石に辛いものがあるな……と若干陰鬱な気分に陥りかけていると、リンはニコニコしながらこちらまでやって来て、空いている俺の左隣の席に座った。

 

……って、え?

 

八幡「お前、何してんの?」

 

リン「え?」

 

尋ねるが、リンは「なにが?」とでも言いたそうな表情を浮かべる。

 

八幡「いや、お前ジャンケンに勝ったんだろ?」

 

リン「うん」

 

八幡「なのになんで俺の隣に座ってんだ?」

 

俺の隣を避けて女子同士で座るためのジャンケンじゃなかったの?

 

リン「えと、ハチマンこそ何言ってるの? ジャンケンに勝ったから私ここに座れてるんだけど」

 

八幡「……ん?」

 

ちょっと待て。今のリンのセリフをそのままの意味で解釈すると、つまりさっきのジャンケンは……俺の予想とは正反対で、逆に俺の隣を賭けて行われてたってことか……? って、それはないだろ。思い上がりも甚だしい。きっと何か理由があるはずだ。

 

……とはいえ、何も思い浮かばねえな……いや、思考を放棄するな俺。考えることを止めてはいけない。ぼっちの真価は、思想と哲学にまで至るほどの圧倒的な思考力だ。簡単に諦めてはエリートぼっちの名が廃る。

 

現在の状況を落ち着いて整理し、リンたちの思考を読み取るんだ。

 

というわけで、たっぷりと塾考した結果。

 

うん。やっぱ分からん。

 

割と簡単に思考を放棄した。

 

八幡「えっと、どうして俺の隣に?」

 

リン「ハチマンと色々お話したかったから、かな?」

 

いや、疑問系で返されましても……。

 

リン「ハチマンと話すの、結構楽しいし」

 

八幡「俺と話すのが楽しいなんて、随分変わった奴だな」

 

リン「そうでもないよ。他の皆も同じこと考えてると思うし」

 

八幡「皆って?」

 

リン「さぁ、誰のことだろうね」

 

リンは小悪魔のような笑みを漏らす。

 

うーん、女子ってよく分かんねぇ生き物だよな……。

 

俺が首を傾げている間に、他のメンバーたちも各々席に腰を下ろしていき、料理の注文を始める。

 

ミカ「あ、そうだハチマン」

 

八幡「どうした?」

 

ミカ「今日レベルが6になった時にスキルスロットっていうのが一つ増えたんだけど、どんなスキルを選んだらいいの?」

 

リン「あ、それ私も気になってた」

 

八幡「そういや、すっかり忘れてたな……。序盤で習得出来る戦闘向けのスキルで優秀なのは《疾走》や《軽業》、《武器防御》がある。後は《投剣》とかだな」

 

疾走はその名の通り、アバターの行動速度を上げるもので、軽業はアクロバットな動きを可能にする。武器防御は武器の耐久値を上昇させることで壊れにくくするスキルで、投剣はSAO唯一の遠距離攻撃手段だ。

 

八幡「生産系のスキルもあって、《料理》やら《裁縫》やら色んなものがある。だけど、取るにしても序盤は戦闘向けスキルを優先した方がいいだろうな。理由は言わずもがなだと思うが」

 

リカ「なるほどー」

 

チエリ「ほ、本当にいっぱいありますね……迷っちゃいます」

 

八幡「ま、スキル選びで迷うのも楽しみの一つだしな」

 

その後、全員がスキルを選び終えたタイミングで料理が運ばれてきた。

 

ちなみにとったスキルの詳細は、

 

リン 《細剣》《武器防御》《疾走》

 

チエリ 《短剣》《軽業》《投剣》

 

カエデさん 《曲刀》《軽業》《疾走》

 

ランコ 《槍》《武器防御》《疾走》

 

ミカ 《両手剣》《限界重量拡張》《疾走》

 

リカ 《槍》《武器防御》《軽業》

 

ウヅキ 《両手剣》《限界重量拡張》《武器防御》

 

コウメ 《片手棍》《疾走》《投剣》

 

といった具合だ。

 

ミカ「じゃあ、食べよっか」

 

八幡「だな」

 

「「「いただきます」」」

 

全員で手を合わせた後、各自頼んだ料理を口に運んでいく。

 

と、その時。

 

ピコン、とメッセージの受信音が鳴った。

 

差出人はキリト。内容は、ガイドブックが完成したとのことだった。すでに無料配布も始めているらしい。

 

ガイドブックの配布が始まったというのは朗報だが、いくら何でも早すぎねえか? まだもう少し時間がかかると予想してたんだが……。

 

疑問に思いメッセージで尋ねてみると、キリトからすぐに返信が来た。

 

それを読んで、俺は納得がいった。

 

どうやらアルゴは俺たちよりも先にガイドブックを作ることを計画していたようで、すでに情報をある程度まとめていてくれてたらしい。

 

確かにそれならば一から始めるより、遥かに早い時間でガイドブックを完成させることも可能だろう。

 

それに加え、アルゴは俺たちの要望通り、情報の一部とコルの提供者として俺とキリトの名前を明記してくれるとのこと。しかも驚いたことに無料で。

 

あのアルゴがタダで俺たちの要求を飲んでくれるなんて、何か裏がありそうで非常に怖いが、何はともあれ、これでガイドブックの件は解決したと考えて良さそうだ。

 

後はリンたちが最前線に出て来られるまでレベリングに付き合って、マユたちと合流出来れば、とりあえず溜まっている仕事は一通り片付くな。

 

今後の計画を大まかに立てつつ、メニュー画面を閉じる。

 

カエデ「ハチマンくん」

 

すると、それとほぼ同時にカエデさんが横から声をかけてきた。

 

八幡「あ、はい。何ですか?」

 

俺が振り向くと、カエデさんは箸で料理を掴み、

 

カエデ「はい、あーん」

 

そう言いながら、俺の口元にそれを近づけてきた。

 

えっ?

 

八幡「ちょ、カエデさんっ? 何してるんですかっ?」

 

思わず声が裏返ってしまう。

 

しかしカエデさんはキョトンと首を傾げるだけで、

 

カエデ「はい、あーん」

 

笑顔で同じセリフを繰り返す。

 

な、なんだこの状況は?

 

もしかしてカエデさん、もう酔ってるんじゃ……? いや、でもそれはおかしい。アインクラッドに存在する酒類を何リットル飲もうと、原理的にアルコール分は一切摂取されないので、酔うことはないはず……。

 

まさか、この世界で酒を飲むとアルコールとは別の何かが作用して酔ってしまうのか? それとも、酒を飲んでいるという事実が無意識のうちに自分に暗示のようなものをかけ、その場のノリでテンションをハイにしてしまっているのだろうか?

 

なにぶん俺は現実世界でもこの世界でも酒を飲んだことがないので、詳しいことは何も分からないが……。

 

というか、そんなことよりも周りから向けられている視線が痛い。

 

リンたちの鋭い眼光がまるで槍のように俺の全身に突き立っていて、圏内なのにHPバーがゴリゴリと削られている感覚に陥る。え、てか、何で皆してそんな目で見てくるの? 怖い、怖いよ。そりゃカエデさんからの「あーん」なんて羨ましい限りだとは思うが、幾ら何でも妬みすぎだろ。

 

カエデ「ハチマンくん。早く口を開けてください」

 

尚も俺に「あーん」を迫るカエデさん。めちゃめちゃ恥ずかしいが、この状況から一刻も早く抜け出すためには仕方がない。やるしかねえ。

 

八幡「あ、あーん……」

 

俺が口を開くと、カエデさんは満足そうに微笑み、料理を俺の口の中にそっと入れた。

 

カエデ「美味しいですか?」

 

八幡「は、はい」

 

正直この状況じゃ味なんて分からない。

 

カエデ「ふふ、そうですか。よかったです」

 

八幡「い、いえ……ぐえっ?」

 

急に後ろから襟元を引っ張られ、変な声が口から漏れる。

 

何事かと後方に振り返ると、リンが料理を突き刺したフォークを片手に、

 

リン「は、ハチマン、口開けて。ほら……あ、あーん」

 

頬を赤く染めながら、そう言ってきた。

 

八幡「いやいや、お前まで何してんだよ?」

 

リン「い、いいから早く」

 

八幡「却下だ。何回もそんな恥ずかしい事してられるか」

 

しかし、俺がそう返すとリンは眉を下げて、

 

リン「カエデさんならいいのに、私じゃ、ダメなの……?」

 

上目遣いで俺を見てきた。

 

くっ、そう言われると困るんだよな……。

 

八幡「……わ、分かった。あ、あーん……」

 

リン「……んっ」

 

リンは嬉しそうに顔を綻ばせて、俺の口元に料理を運ぶ。

 

リン「どう?」

 

八幡「……美味しいです」

 

もう一度言おう。味なんて分からん。

 

だが、これで終わりではなかった。

 

ランコ「我が眷属よ! 私からの恵の儀も受けるが良い! (ハチマンさん! 私もハチマンさんに「あーん」したいです!)」

 

ミカ「ハチマン、アタシもやる!」

 

リカ「ハチマンくん! はい、あーん☆」

 

チエリ「あ、あの……えっと……あ、あーん……!」

 

八幡「お前らこれ何の罰ゲームだっ? そんなに俺を精神的に追い詰めたいのっ?」

 

 

結局、この後四人全員からの「あーん」を俺は受けることになった。

 

 

八幡「つ、疲れた……主に精神的に……」

 

ぐったりとテーブルに突っ伏す俺。

 

そんな俺の右肩をとんとんと誰かが叩いた。

 

八幡「ん?」

 

視線をそちらに移すと、そこにいたのはカエデさんだった。

 

カエデ「ハチマンくん、大丈夫ですか?」

 

八幡「いえ、正直あんまり大丈夫じゃないです……」

 

思わず恥ずか死するかと思ったぜ。

 

カエデ「……ごめんなさい、ハチマンくん。実は私、全く酔ってなかったんです」

 

八幡「……え?」

 

カエデ「最初は少しからかうつもりだったんですけど、予想以上にハチマンくんの反応が可愛かったから、ついやり過ぎてしまって……。そしたら皆も便乗しちゃって……だからごめんなさい」

 

言いながら申し訳なさそうに頭を下げるカエデさん。まあ、よくよく考えれば酒に強いカエデさんがあんな簡単に酔うはずもないか……。

 

八幡「いえ、そんな謝る必要なんてないですよ。俺も大して気にしてませんから」

 

自分でも驚くほどの手のひら返しだな。

 

カエデ「……本当ですか?」

 

八幡「ええ」

 

カエデ「……ハチマンくん、ありがとうございます」

 

カエデさんはそう言ったかと思うと俺に凭れかかり、静かに頭を俺の肩に乗せた。

 

って、ちょ、近い近いい匂い柔らかい近い!

 

そして、

 

カエデ「ハチマンくんのそういう優しいところ、私……好きですよ」

 

俺の耳元でカエデさんが囁いた。

 

その直後。

 

八幡「……えっ?」

 

頬に、何か柔らかいものが触れた感触が伝わった。

 

い、今のって……?

 

八幡「か、カエデさ……」

 

ピコン!

 

ええい、誰だこんな時にっ。いや、どうせキリトだって分かってるが。

 

うんざりしつつメッセージを開く。

 

これでくだらない内容だったら今から襲撃しに行ってや……

 

キリト【なんかさっきマユが『もしかしたら、ハチマンさんにはお仕置きが必要かもしれませんねぇ……ふふ』って呟いてたんだけど……ハチマン、マユに何かしたのか?】

 

………………。

 

あああああああああっ!?

 

しまった、マユに一日三回メッセージ送れって言われてたんだった!

 

俺は慌ててメニュー画面を開いてマユに謝罪のメッセージを送る。

 

すると、【今回はギリギリセーフという事にしておきます。ですが、次はありませんからねぇ?】とすぐに返信がきた。

 

やばい。これはガチなやつだ。明日からは絶対に忘れないよう肝に銘じておかなければ。

 

あ、あとマジでありがとうなキリト。お前のおかげで俺は一命を取り留める事が出来た。そして一瞬でもお前に怒りを覚えた俺をどうか許してくれ。

 

こうしてソードアート・オンライン二日目は幕を閉じたのだった。

 


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