デュエルというシステムそのものは、MMORPGに於いてはさして珍しいものではない。
PKは不可能でも、合意のデュエルなら出来るというタイトルは数多く存在する。
SAOは、圏外であればPK可だが、PKを仕掛けたプレイヤーには犯罪者属性が与えられ、カラーカーソルがオレンジ色に変化すると同時に圏内に立ち入れなくなるというペナルティが課せられる。
いっぽうデュエルは圏内圏外を問わず実行可能で、しかも双方に犯罪者フラグは立たない。
ゆえにベータテスト時代は、腕試しやイベント、あるいは揉め事の解決方法として、盛んに行われていた。
現に俺もキリトとはよく腕試しをしていたので、デュエルに関してはそこそこ詳しい。
デュエルにはHPがゼロになるまで戦う《完全決着モード》の他に、どちらかのゲージが半減した時点で終了となる《半減決着モード》、更にはクリーンヒットが一発入った時点で終わる《初撃決着モード》が設定されている。
ベータ時代は、あっさり決着しすぎる初撃決着モードはもちろん、消化不良感の残る半減決着モードでのデュエルはほとんど行われず、完全決着モード一択だったらしい。
だが現状のアインクラッドでは、デュエルとはいえHPがゼロになれば本当に人が死んでしまうため、完全決着モードは選べない。
つまり実質選べるのは半減決着モードか初撃決着モードのどちらかということになる。
そこで今回俺が選択したのは、手っ取り早く勝負を決めることが出来る《初撃決着モード》だ。この決定権は基本的にデュエルを申し込まれた側に与えられるようになっている。
俺がボタンをタップしたことで、六十秒のカウントダウンが開始される。
ベータ期間中は、デュエルで一分もの待ち時間は長すぎる、という声が多く聞かれた。しかし運営側は、テスト終了までこの時間を短縮することはなかった。
その理由は、少し考えれば容易に想像がつく。
人間のプレイヤーはモンスター以上に、繰り出そうと意図する剣技の癖が事前によく現れる。突進系か、受身系か、上段から始まるか下段からか、それらの情報は対人戦闘において勝敗を分ける大きな要因であり、これを相手に与えてしまうことは致命的だ。
相手の構えや位置取りから情報を読み取り、自分の戦術を立てるという《心理戦》の要素。
そういった実力以外の面もデュエルに織り込むことが運営側の考えだったのだろう。
とはいえ、ベータ時代に運営側のその意図に気づいた人間は少なく、大半の人間は一切そんなことをしなかった。
待ち時間の長さにうんざりしつつ、時としてギャラリーと雑談すらしながら漫然とカウントダウンをやり過ごし、開始と同時に双方が覚えている中で最強のソードスキルを繰り出す……それがベータ時代のデュエルの主流だ。
しかし、SAOが本格的に開始された昨日のあの瞬間を境に、この世界ではあらゆるセオリーが変化した。
六十秒。それは相手を見て、戦術を立てるために与えられた時間であり、何も考えずに開始と同時に最強のソードスキルを放つなどというお遊びの時代は終わったのだ。
それに気づかず、今も尚ベータ時代と同じようにパーティーメンバーとの雑談に時間を費やしている目の前の相手は、戦うということの本当の意味を知らない甘ちゃん。デュエル以前の問題だ。
残り二十秒になり、ようやく男は片手剣を構える。
あの構えは、突進系ソードスキルの《ソニックリープ》か。
こうも分かりやすく手の内を見せてくるとは……。
思わず溜め息が漏れかけたが、もしかしたらこれまでの一連の挙動は、こちらを完全に油断させるための相手の作戦という可能性もある。
そう疑ってかかり、念には念を入れるつもりでこちらも揺さぶりのためにフェイントの構えをとった……のだが。
八幡「(……おいおい)」
男は剣を構えてはいるものの、未だにパーティーメンバーの方を見ており、こちらに見向きもしない。
どうやら奴の頭の中では本当にこのゲームに対する認識が、ベータテスト時代から何も変わっていないらしい。
もし仮にこれも含めてやつの演技だったのだとすれば、俺は心の底から相手を賞賛するだろう。
残り五秒。
俺は腰を低くし、刀を中段に置いた。
さすがに男も俺の方へ目を向けたが、自分の構えを変える素振りをまるで見せない。自分が負けるなど微塵も考えていないようだ。
そして迎えた、0秒。
俺と相手の中央に、【DUEL‼︎】の文字が紫色に輝いた。
と、同時に。
「がっ!!??」
男の体が後方に思い切り吹き飛んでいった。
そして俺の目の前に浮かび上がる《WINNER》の表示。
このデュエルを観戦していた全てのプレイヤーたちは、何が起きたのか分からないといった様子で目を見開き、ポカンと口を開けていた。
それほどまでに呆気なく、早すぎる決着だった。
吹き飛んだ男は、草原の上を数メートルほど無様に転がり、ようやくその動きを止めた。
今のは曲刀の単発突進技《ラピッドスティンガー》。《リーバー》などのソードスキルは基本的に威力は「筋力」に、攻撃速度は「敏捷力」に依存するのだが、《ラピッドスティンガー》は攻撃速度だけでなく、威力までもが「敏捷力」依存という変わった特性を持つ技なのだ。
この特性は敏捷振りの俺のステータスとは非常に相性が良く、ベータテスト時代もよくお世話になったお気に入りの技である。
八幡「勝負ありだ。大人しく引き下がってもらうぞ」
俺は相手の男を見下ろし、吐き捨てるように言った。
すると男はふらふら立ち上がり、こちらを忌々しげに睨めつけ歯噛みしながらも、
「……ちっ。お前ら、行くぞ」
他のメンバーにそう告げ、俺たちに背を向けて歩いていった。
仲間の男たちも何か文句がありそうな表情を浮かべていたが、実力の差を悟ったのか、黙って男の後に続いた。
ふう、これでとりあえず一件落着だな。
軽く息を吐いて、曲刀を腰に差そうとしていると、
カエデ「ハチマンくん、お疲れ様でした」
後方からカエデさんが労いの言葉を掛けてくれた。
八幡「あ、ありがとうございます」
やっべー、この一言が聞けただけでもデュエルを受けた甲斐があったってもんだぜ……って、それじゃ目的変わってんじゃねえか。
ランコ「クク、さすが我が眷属。見事な働きであった! 闇に飲まれるがいい! (さすがハチマンさん。本当に凄かったです! お疲れ様でした!)」
チエリ「一時はどうなるかと思いましたが……ハチマンさんが無事で良かったです……!」
コウメ「え、えっと……お、お疲れ様、でした……」
リカ「ハチマンくん、すっごく格好良かったよ!」
ウヅキ「ハチマンさん、本当にお強いんですね! 私、びっくりしちゃいました!」
カエデさんに続いて、他のメンバーも笑顔を浮かべながら次々と口を開く。
そんな中。
リン「あ、あの……ハチマン……」
ミカ「その、ゴメンね。アタシたちのせいで迷惑かけちゃって……」
リンとミカは、俺がデュエルを挑まれたことの原因が自分にあると考えているらしく、バツの悪そうな表情をしていた。
八幡「いや、お前らが何も言わなくても多分、怒りの矛先は俺に向いてたと思うぞ。だから気にすんな」
リン「それでも……」
八幡「それにな。なんつーか……俺はああいうことを言われるのに慣れてるから、別段腹が立ったりはしなかったが……それでも、その、お前らが俺のために怒ってくれたのは……まあ、うん、なんだ」
「……嬉しかったよ。サンキュな」と、小さくポツリと付け加える。
リン・ミカ「「えっ、ハチマン、今のって……!?」」
八幡「あーもう、この話は終わりだっ。あいつらのせいで無駄な時間過ごしちまったからな。さっさと狩り再開するぞ」
リン「ま、待ってハチマン! もう一回、今のもう一回言って!」
ミカ「お願いハチマン!」
八幡「うるせぇ、絶対言わねえ」
リン「うぅ、ケチ!」
八幡「なんとでも言え」
何はともあれ、こうしてナンパから始まったデュエル騒動は終わりを迎え、ようやく俺たちはスリーマンセル形式の狩りを開始した。