ソード・アイドル・オレガイル   作:干支

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言い忘れていましたが、これは11月の話ですが、奉仕部の関係は文化祭の直後で、まだ亀裂が入っていない状態だと思ってください。


楓さんマジ女神

《森の秘薬》というクエストを終えた俺たちは、早々にホルンカの村へ戻ってきていた。

 

時刻は午後の十一時。あと一時間もすれば日付が変わる。このゲームが始まって最初の一日が終わるのだ。

 

現時点での俺のレベルは9で、キリトが7、マユとユウキは6になっている。初日の成果としては十分過ぎるほどだ。ノルマはレベル5だったワケだしな。

 

コルの方もネペントを五百匹以上狩ったおかげで、かなりの額が貯まっていた。ここからさらにネペントの素材とアニールブレード三本の売却分が加算されるため、印刷代・手数料・報酬などの諸々を含めたアルゴへの依頼料にもまず困らないだろう。

 

 

八幡「さてと、アニールブレードも受け取ったし……この後はどうする? 晩飯買って、今日はもう宿に戻って休むってことでいいか?」

 

キリト「おう、賛成だぜハチマン!」

 

マユ「マユも賛成です」

 

ユウキ「ボクも賛成だよ!」

 

俺の提案に、全員が即座に頷く。

 

八幡「よし。なら、それで決定な」

 

満場一致でその後の予定を決めた俺たちは、宿に向かう途中でパンを幾つか購入し、それから自分たちの部屋の前へと戻ってきた。

 

ユウキが新しくパーティーに加わったので「一部屋増やすべきか?」とも考えたが、思ったより多くのプレイヤーが既にこの村に来てしまっているため、あまり俺たちだけで残りの部屋を占領してしまうのも悪いと思い、結局俺とキリトが相部屋で泊まることになった。

 

とはいえ、部屋にはベッドが一つしかないので、キリトとはベッドを賭けて決闘(じゃんけん)をする必要がありそうだ。

 

別に床で寝ようがソファで寝ようが筋肉痛になったりはしないが、そこは気分の問題で、やはりどうせならベッドで体を休めたいと思うのが普通の思考だろう。

 

と、そんなことを考えていると、ピコン! という音が同時に三つ、廊下に鳴り響いた。

 

これはメッセージの受信音である。

 

マユ「あら、リンちゃんからメッセージみたいです」

 

キリト「俺にも来たぞ」

 

八幡「俺もだ。どうやら一斉送信したらしいな」

 

三人でメッセージを確認する。

 

【皆で色々話し合って、私たちもクリアを目指すことに決めたよ。それでさ、少しでも早くレベルを上げて私たちも攻略に参加したいんだけど……よかったら効率の良い狩場とか教えてもらえないかな?】

 

へえ、なるほどな。リンたちもこのゲームの攻略を目指すことにしたのか……。

 

今日見た感じでは、リンもチエリもマユと同じくらいセンスがあった。

 

彼女たちが攻略に参加してくれるというのなら、それは非常にありがたい話ではある……のだが、

 

キリト「効率の良い狩場、か……ハチマンはどう考えてる?」

 

八幡「まあ、リンたちだけで行かせるのは反対だな。ビギナーだけで行けば、下手すりゃ死人が出る」

 

キリト「だよな……」

 

一層にある序盤の美味い狩場というのは大きく分けて二つあるが、両方ともそれぞれクセが強く、そこに出てくるモンスターはどれも特殊攻撃を多用してくるのだ。

 

俺やキリトのように慣れていれば大した問題ではないが、どうしても最初のうちは頭で分かっていても焦って対応をしくじってしまうことが多い。特殊攻撃への対応を誤れば、それは一直線で死の危険に繋がる。ゆえに特殊攻撃をしてくるモンスターに慣れていないビギナーだけで行くのはおすすめできないのだ。

 

八幡「つーわけで、しばらく俺があいつらに同伴するわ」

 

しかし、それは俺かキリトのどちらかが付き添ってさえいれば、さして問題ではないということでもある。

 

幸いそこに出るモンスターは特殊攻撃がメインということで、攻撃力、防御力、体力の全てが低めに設定されているので、特殊攻撃への対応をしっかりできる人間がいれば、危険も少ないうえ、経験値効率もかなり良い。

 

それに加えて今の俺のレベルであれば、誰かが命を落とす危険は限りなく低いといえるだろう。

 

キリト「えっ、いいのかよハチマン?」

 

キリトが驚いた様子でこちらを見る。

 

八幡「ああ。今日だけで予想以上にレベルが上がっちまったからな、少しくらいなら大丈夫だ。それに、リンたちが攻略に加わってくれるなら、それは今後間違いなくプラスに働くはずだ。特訓に付き合うのは悪い話じゃない。……ただ、そうなるとガイドブックの件をお前に全部任せちまうことになるが……いいか?」

 

仕事を全て押し付けるような形になってしまうため、俺は少々気が引けたのだが、

 

キリト「それくらいなら全然任せてもらって構わないぜ」

 

キリトは嫌な顔一つせず、笑顔でそう返してくれた。こいつ、いい奴過ぎるだろ……。

 

八幡「サンキュ。なら、頼むわ」

 

キリトに礼を言うと、俺はリンに【ビギナーだけで行くのは危険だから、俺も同伴する。明日の午前八時に、はじまりの街の北西ゲートまで来てくれ】とメッセージを飛ばした。これでよしっと。

 

メッセージを送り終え、メニュー画面を閉じる。

 

すると、それとほぼ同じタイミングでマユが声をかけてきた。

 

マユ「あの、ハチマンさん。リンちゃんたちの付き添い、マユもついて行ってもいいですかぁ?」

 

八幡「え……?」

 

思わず驚きの声が漏れる。しかし、よくよく考えれば、マユは今日、はじまりの街で落ち合うはずだった友達を置いて俺たちについてきた。その友達に会いたいというのは、当然といえば当然かもしれない。

 

しかし、確かにその気持ちはよく理解できるのだが、ここで俺に引き続いてマユまで前線を離れるのは、あまり得策ではないだろう。なにより、マユには今は自分のレベル上げに専念してもらいたい。

 

八幡「……これは俺の我が儘なんだが、マユにはこのまま前線で攻略を続けてほしいと思ってる」

 

俺の返事をある程度予想していたのか、マユの表情に驚きは見られない。

 

八幡「現時点で一番レベルが高いのは間違いなく俺たちだ。他のプレイヤーは大体1〜3、高くても4だろう。5になってる奴はまずいないと考えていい。そんなトッププレイヤーである俺たち四人の中から二人も最前線から外れるべきじゃない。だから、マユには俺が抜けた分まで攻略を進めておいて欲しいんだ。自分勝手なのは分かってるんだが……」

 

俺が頬を掻いていると、マユは俺の手をそっと握って、

 

マユ「……そうですか、分かりましたぁ。ハチマンさんがそう言うのでしたら、それに従います」

 

八幡「……すまん。助かる」

 

マユ「はい。ですが……その代わり、戻ってきたら何かマユにご褒美をくださいねぇ?」

 

八幡「え、ご褒美って……何すりゃいいんだ?」

 

尋ねると、マユは人差し指を自分の唇にそっと当てて、

 

マユ「ふふ、それはまだ秘密です。ハチマンさんが帰ってきてからのお楽しみということで」

 

ニッコリと笑みを浮かべた。

 

八幡「ま、まあ……分かった」

 

マユ「約束ですよぉ?」

 

八幡「ん、了解」

 

俺が頷くと、マユは納得したようにもう一度微笑んだ。

 

今になって思えば、こうも簡単に引き下がったところを見ると、これは俺にご褒美とやらの約束を取り付けるためのマユの策略だったのではないか……? とか考えてしまう俺がいる。いや、考え過ぎか? ……うん、考え過ぎだろう、きっと。多分。おそらく。

 

 

キリト「さてと、話もまとまったみたいだし、そろそろ寝るか」

 

八幡「そうだな。俺も明日は早いし」

 

キリト「マユ、ユウキ、おやすみ」

 

マユ「あ、はい。おやすみなさい」

 

ユウキ「うん! 皆おやすみ!」

 

互いに挨拶を交わし、各々が自分の部屋の扉を開けて中へ入っていく。

 

 

こうしてSAOが始まって最初の一日目が終わりを迎えたのだった。

 

 

 

 

 

 

翌日。

 

俺は午前六時半に目を覚ました。

 

ゆっくりと体を起こしてソファから降りると、ベッドで気持ち良さそうに寝ているキリトが目に入った。

 

え、俺がなんでソファに寝てたかって? 決まってんだろ。あれだよ、俺は大人だから歳下のキリトにベッドを譲ってやったんだよ。決してジャンケンに負けて仕方なくとか、そんなのではない。本当だよ?

 

とりあえず昨日の残りであるパンをのんびりと食べていると、キリトが目を覚ました。

 

キリト「ん、おはようハチマン」

 

八幡「おう、おはよう。昨日はぐっすり眠れたか?」

 

キリト「はは、おかげさまでな。ところで、ハチマンは何時にここを出るんだ?」

 

八幡「そうだな……」

 

俺の敏捷力なら、ホルンカの村から《はじまりの街》までは二十分もあれば着くだろう。モンスターと遭遇しても今のレベルなら瞬殺できるので、誤差の範囲だ。

 

八幡「まあ、余裕を持って七時二十分くらいだろうな」

 

キリト「あと三十分くらいか。そういえばさ、どれくらいの期間リンたちに付き合うつもりなんだ?」

 

八幡「んー……分からん。とりあえず最低でも前線に出てこれるくらいになるまでは付き合うつもりだ」

 

キリト「そっか。あ、そうだ。ちゃんと出発する前にマユとユウキにも一言言ってからいけよ」

 

八幡「え、あー……分かってる」

 

キリト「俺が言わなかったら絶対忘れてただろ。またマユに怒られるところだったな」

 

八幡「あっぶね、まじ助かったわ」

 

そんな会話をしながら朝食を摂り終えると、ちょうどいい時間になった。

 

八幡「それじゃ、ガイドブックの件とマユたちへのレクチャー頼んだぞ」

 

キリト「ああ。ハチマンもリンたちの同伴頑張れよ」

 

八幡「おう」

 

そう短く返事をすると、俺はキリトにコルとアニールブレードを渡して部屋を後にした。

 

ユウキ「おはよう、ハチマン!」

 

マユ「ハチマンさん、おはようございます」

 

部屋を出ると、部屋の前にマユとユウキが立っていた。

 

八幡「え、なんでお前ら……」

 

マユ「ハチマンさんのことですから、もしかしたら挨拶も忘れて何も言わずにここを出て行ってしまいそうでしたので」

 

ユウキ「だからボクたちの方から挨拶に来たんだよ!」

 

皆さん、会って間もないのに俺のことをよくご存知のようで……。

 

八幡「い、いや、ちゃんと挨拶しようと思ってたよ? うん、本当に」

 

ユウキ「嘘だね」

 

マユ「嘘ですねぇ」

 

八幡「嘘でしたごめんなさい」

 

怖いよこの二人。

 

ユウキ「ま、ハチマンのことだから大丈夫だとは思うけど、気をつけてね」

 

八幡「ああ」

 

マユ「なるべく早く戻ってきて下さいねぇ?」

 

八幡「まあ、善処する」

 

マユ「あ、あと、最低でも一日三回はメッセージを送って下さいねぇ? 忘れたら……ふふ」

 

八幡「わ、忘れないよう肝に銘じとく」

 

忘れたらどうなるんだよ……。

 

八幡「おっと、そろそろ時間だから行くわ」

 

ユウキ「うん、いってらっしゃい!」

 

マユ「気をつけて下さいねぇ」

 

マユとユウキが俺に向けて手を振ってくれる。

 

八幡「んじゃ、またな」

 

俺は二人に軽く手を振り返しながら背を向けると、宿を出て《はじまりの街》を目指して駆け出した。

 

 

 

 

ホルンカの村を出発してから約二十分後。

 

道中、一度だけ毒蜂の群れに遭遇したものの、圧倒的レベル差に物を言わせて一分で全ての敵をポリゴンに変え、ほぼ予定通りの時刻に俺は《はじまりの街》の北西ゲート前に到着した。

 

ちなみにその毒蜂からレアドロップの短剣を入手できたのだが、残念ながら曲刀使いの俺には使い道がない。というわけで、確かチエリが短剣を使っていたはずなので、彼女にプレゼントするとしよう。強化すれば多分三層の初めくらいまでは使えると思うし。

 

そんなことを考えながら門をくぐると、ゲート近くの民家の壁に凭れかかっているリンを発見した。

 

驚いたな。もう来てたのか。

 

リン「あ、ハチマン。おはよ」

 

リンも俺に気づいたようで、こちらへ向けて声をかけてきた。

 

リン「早いね」

 

八幡「俺よりも先に来てたお前がそれを言うか。何時から待ってたんだ?」

 

リン「んっと……七時半くらいかな」

 

八幡「早すぎるだろ。俺が時間通りに来てたら、三十分も待つことになってたじゃねえか」

 

俺は呆れたように言ったのだが、

 

リン「まあ、そうだね。でも、わざわざこっちまで来てくれてるハチマンを待たせるわけにはいかないでしょ?」

 

さも当たり前と言った様子で、リンは静かに笑みを浮かべてそう答えた。

 

その笑顔に、俺は不覚にも見惚れてしまった。

 

それを悟られないように、慌てて顔を逸らす。

 

リン「ハチマン、どうしたの?」

 

八幡「い、いや、なんでもない」

 

リン「……ふーん、そ。じゃあ、早速だけど皆のとこ行こ。紹介するから」

 

八幡「あ、そういやさ、今日のメンバーってお前も含めて全員で何人くらいいるんだ?」

 

リン「えっと……1、2、3……」

 

リンが右手の親指から順に折り曲げて数を数えていく。

 

しかし、それはやがて左手の指にまで突入する。

 

え、待って待って。五人超えちゃうの? 多くない?

 

俺が内心焦っていると、ようやくリンの指が止まる。その数なんと。

 

リン「うん、八人だね」

 

八幡「リン悪い。アレがちょっとアレな感じでアレだから、アレするために俺はアレに帰るわ」

 

アレってどれだよ。自分で言ってて分からなくなったわ。

 

リン「いや、ちょ、ハチマンっ!? 帰っちゃダメだから!」

 

逃げようとした俺の腕を、リンが慌てて掴む。ちなみにこれ俺がリンにやったら《監獄エリア》に待った無しでレッツゴーだろうな。ハラスメント、ダメ、ゼッタイ!

 

 

結局俺の抵抗も虚しく、リンの友達が待っているという大部屋の前まで強制連行された。ヤバい、もう帰りたい。

 

リン「みんな、連れてきたよ」

 

言いながら、リンが大部屋の扉を開ける。

 

その瞬間。

 

中にいた七人のプレイヤーの視線が、一斉に俺に突き刺さったのを感じた。

 

八幡「……っ……!」

 

ひ、ひええ……息苦しい……早速窮地に立たされた気がするでござるよ……。

 

俺が強張った表情で目を泳がせていると、リンが肘で脇腹をつついてきた。

 

リン「ほらハチマン、自己紹介して」

 

お前は鬼かっ! と叫びたくなったが、ずっと黙っていても始まらないのも確かだ。ここは覚悟決めるしかねえな。いくぜ、俺っ。

 

 

八幡「は、はちゃまっ……ゴホン、は、ハチマンです……よろしくお願いします……」

 

もうだめだ。穴があったら入りたいっていうか、自分で穴掘って入りたくなってきたわ。なんで自分の名前で噛んじまうかなー。つーかリン、お前何笑うの必死に堪えてんだよ。肩震えてんぞ、コラ。

 

リン「じゃ、じゃあ……クス、次は皆からハチマンに自己紹介してあげて」

 

「はい、分かりました!」

 

リンがそう言うと、一番近くに座っていた茶髪の女の子が笑顔で立ち上がった。ちなみにリン、今笑ったの聞こえたからな?

 

ウヅキ「私はしまむ……じゃなくてっ、ウヅキっていいます! ハチマンさん、よろしくお願いしますね♪」

 

ウヅキと名乗った少女は明るい笑みを浮かべると、礼儀正しく頭を下げた。人当たりの良い、誰からも好かれそうなタイプの女の子だな。

 

八幡「あ、ああ。こちらこそよろしく」

 

次に、ウヅキの隣にいた金髪で顔の右半分を隠している女の子が口を開いた。

 

コウメ「……え、えっと……わ、私は、こ、コウメって、いいます……。その、よ、よろしく、お願いします……」

 

たどたどしく言葉を紡いでいくコウメ。うん、まあ、なんかあれだな。ビクビクしながら喋るその姿はどこか小動物っぽくて、庇護欲をそそるものがあるな。若干暗い雰囲気が漂ってるのが気になるが……。

 

 

「じゃあ次はアタシたちだね」

 

俺がコウメに「よろしく」と短く返すと、彼女に続くようにして、横に座っていた二人の女性が自己紹介を始めた。

 

彼女たちの自己紹介によると、桃色の髪を片方に束ねている女子がミカ、金髪を左右両方で結んでいる方がリカという名前で、二人は姉妹らしい。

 

とりあえず二人を見て真っ先に浮かんできた言葉は「ギャル」。その一言だった。

 

しかしながらこの二人。

 

姿形は完全にギャルなのだが、俺の見てきた「気が強い・押しが強い・怖い系のギャル」とは少しベクトルが違うのかもしれない。

 

なんというか、雰囲気が柔らかいと言えばいいのだろうか……?

 

本来、ギャルと対面しようものなら俺は腰が引けてしまっているはずなのだが、この二人とは話していても別段何も感じないのだ。全くもって不思議である。

 

ミカ「よろしくね、ハチマン★」

 

リカ「ハチマンくん、仲良くしようね☆」

 

八幡「え、あ、おう。よろしく頼む」

 

軽く頭を下げ、そのまま流れるようにミカリカ姉妹の隣に視線を移すと、次はチエリと目が合った。

 

チエリ「……!」

 

するとチエリは少しだけ恥ずかしそうにしながらも、

 

チエリ「は、ハチマンさん。おはようございますっ!」

 

僅かに頬を赤く染めて、満面の笑みを俺に向けてくれた。

 

お、おう……あまりに眩しくて一瞬本気で天使なのかと思っちまったぜ。

 

八幡「お、おはよう、チエリ」

 

チエリ「は、はいっ! えへへ……」

 

なぜか嬉しそうにニコニコと笑うチエリ。あっぶね。可愛すぎるだろ。中学の頃の俺なら、一秒で惚れて二秒目で告白して、ラストの三秒目で振られていたまである。って、いや、さすがにそれは早すぎるだろ。しかも振られちゃうのかよ。

 

とりあえずチエリの笑顔で心が洗浄されたのを確認し、彼女の隣に座る女の子に目を向ける。

 

…………はい?

 

その少女を見た瞬間、あまりのインパクトの強さに思わず固まってしまった。

 

赤いリボンで結ばれた、銀鼠色の巻かれたツインテール。

 

悪魔や吸血鬼のそれを思わせる紅い瞳と、それを一層際立たせる陶器のように白い肌。

 

そして、その身を包む黒いゴスロリ調のドレス……って、よくそんな服この層にあったなっ?

 

なんだこいつ……個性が強すぎる……。

 

しかし、これでまだ終わりではなかった。

 

ランコ「ククク、我が名はランコ。漆黒の夜を統べる魔王なり。ハチマンよ、これより我が眷属となりて私に付き従い、力の限りを尽くすがいい! (私の名前はランコっていいます! ハチマンさん、これからよろしくお願いしますね!)」

 

 

八幡「……」

 

さて皆さん。ここにきて大問題が発生しました。

それは……

 

 

俺、こいつの言ってるセリフの意味が分かっちまってる……!

 

頭を抱えたくなる衝動を必死に抑え込む。

 

やばい、やばいよ。何がやばいって、やばいもんはやばい。

 

ランコ、こいつは間違いなく中二病を発症している。俺も過去にこの病にかかったことがあるので、分かる。分かってしまうのだ。こいつの考えてることが。

 

なんたって俺は中学の時、自分のことを「名もなき神」だと本気で思ってた。それに比べれば、ランコの言ってる魔王なんて可愛いものだ。俺はさらに上を行ってたからな。

 

しかしまあ、ランコを見ていると確かに古傷が痛むのだが、同時に懐かしい感じがして、なんだか不思議な気分になってくる。なんだろうな、この気持ち。

 

もしかして、これが恋っ?

 

って、んなわけあるかよ。落ち着け俺。

 

 

ランコ「如何した、ハチマンよ? この世ならざる世界を彷徨う魂が如く面持ちをしているが……我の声は届いていたか? (どうしたんですか、ハチマンさん? ボーッとしていますけど……私の自己紹介、聞いてくれてました?)」

 

リン「あー、えっと、ハチマン。ランコの使う言葉はちょっと特殊っていうか難解っていうか……」

 

八幡「ああ、すまん。ちと考え事しててな。でも、ちゃんとお前の自己紹介は聞いてたぞ。よろしくな、ランコ」

 

ランコ「っ!!」

 

リン「えっ!?」

 

リンが大きく目を見開いてこちらを見る。

 

ランコ「アナタ、私が紡ぎし言の葉に隠された真なる意を解することができるというのっ? (ハチマンさん、私が言ってる言葉の意味が分かるんですかっ?)」

 

八幡「まあ、ある程度だが」

 

ランコ「私は今、血が滾る思いであるぞ……! (私、今とても嬉しいです!)」

 

八幡「そりゃよかった」

 

リン「いや、待って待って! なんで分かるのっ!?」

 

八幡「……なんとなく?」

 

ランコ「ククク、その禍々しき闇に満ちた邪悪なる瞳……どうやらアナタも私と同じ『瞳』を持ち、深淵に生きる者……悪魔に愛された住人のようね。(ハチマンさんの瞳、すごく魅力的です! ハチマンさんも私と同じで魔力を持ってるんですね!)」

 

持ってません。だからそんなキラキラした目で俺を見ないで。

 

てか、お前は魔力持ってんのかよ……。

 

八幡「あー、いや……その、悪いんだが、俺はもう中学の終わりには力を失っちまってだな……今は全く……」

 

すると、

 

ランコ「そ……そう、ですか……」

 

目に見えてランコは目を伏せ、落ち込んでしまった。

 

え、なにこれ。俺別に悪くないよね?

 

頭ではそう分かってるが、俯いているランコを見ていると、罪悪感半端ない……。

 

……ったく、しゃーねぇな。

 

八幡「ま、まあ、だけど……瞳を持つ者同士が近くにいれば、魂が共鳴して再び魔力が蘇るって話を聞いたことがあったりなかったり……」

 

ランコ「ほ、本当ですかっ!?」

 

ランコが再び目を輝かせて詰め寄ってくる。ちょ、近い、近いから。あと素出てるから気をつけて。

 

俺は迫力に負けてコクリと頷いた。

 

ランコ「え、えへへ……それなら、魔力を取り戻せるよう一緒に頑張りましょうね、ハチマンさん!」

 

パァッ、という効果音が聞こえてきそうなほどの満面の笑みを浮かべるランコ。

 

こいつの素、可愛すぎんだろ。

 

思わず中二病を再発させちゃってもいいかな、とか思っちまったよ危ねえな。

 

八幡「お、おう。ほどほどにな」

 

俺がそう答えると、ランコは満足したように微笑みながら、俺の小指に自分の小指を絡ませて、

 

ランコ「うむ。只今を以って血の盟約により、我らの契りは交わされた! 途中で誓いを破棄することは叶わぬぞ。(指切りげんまん。嘘ついたら針千本のーます。指切った! 約束破っちゃ、めっ! ですからね!)」

 

八幡「りょ、了解……」

 

なんか、おかしな事になってきたなぁ……。

 

ランコと謎の契りを交わした(というか強制的に交わさせられた)後、残る最後の一人に視線を向ける。

 

最後の一人は、ふんわりとしたホブカット風の髪型がよく似合い、大人びた雰囲気を漂わせる反面、ややあどけなさの残る顔立ちをしている、美しさと可愛さの両方を併せ持ったものすごく魅力的な女性だった。

 

って、あれ? この人、もしかして……。

 

最初は俺の勘違いか、他人の空似かと思ったが……左目の泣きぼくろに、よく見れば左右で瞳の色が違う鮮やかなオッドアイ。果たして、ここまで一致する人間がいるか……?

 

頭をよぎる一つの可能性。

 

ここまで瓜二つの人間が存在するよりかは、よほどあり得そうだな。

 

彼女は俺に会釈をすると、静かに微笑みながら口を開いた。

 

カエデ「初めまして。私はカエデと申します。この中では一番の年長者になりますね。ハチマンくん、よろしくお願いします」

 

《カエデ》。その名前を聞いて、俺は確信した。

 

間違いない。俺は、この人を知っている。

 

直接見たことだって、幾度とある。

 

とはいえ、ライブを観に行ったり、サインを貰いに行っただけだが……。

 

彼女は高垣楓。346プロダクションに所属するアイドルだ。

 

俺は彼女のライブにはほぼ毎回参加していたし、ライブ時に販売されたグッズだって全部揃えている。もちろん今のところ一度だけしか開かれていない貴重な最初のサイン会だってハガキを何枚も送って当選し、参加した。

 

どこにそんな金がって? めちゃめちゃバイトして貯めたんだよ。

 

本当に、ライブのチケットやグッズを買うためなら、バイトだって苦じゃなかったね。うん、マジで。

 

つまり何が言いたいかというと、俺が高垣楓の熱狂的ファンであるということである。

 

今にも我を忘れて握手をお願いしたい衝動に駆られながらも、それを理性で抑え込む。

 

つーか、そう言えば……リンたちとカエデさんってどういう繋がりなんだ?

 

昨日会ったばかりにしては打ち解け過ぎてる気もするし……じゃあ、前から知り合いだった?

 

となると、リンたちも346プロダクションに所属してるアイドル……?

 

このゲームには、アイドル活動の一環として参加した?

 

そう考えると、ここにいる全員が美少女揃いなのも頷ける。

 

だがまあ、リアルについて詮索するのはタブーだし、これ以上考えるのはやめておこう。

 

と、ここまで思考するのに使った時間は0.5秒な。

 

バーストアウト。

 

八幡「か、カエデひゃんっ、よ、よろしくお願いしましゅっ」

 

くそ、やっぱ緊張して噛んじまった……!

 

すると、カエデさんは驚いたように目を見開いてこちらを見た後、俺に向かって歩き始め、

 

八幡「(え、ちょ、なになにっ?)」

 

そして、体を硬直させている俺の目の前まで歩いてくると、耳元でそっと囁いた。

 

カエデ「さっきの自己紹介の時から、もしかしたらと思っていたんですけど……あなた、比企谷くんですよね?」

 

今度は俺が目を見開いた。

 

八幡「えっ、ど、どうして俺の名前を……っ?」

 

そう返すと、カエデさんは優しげな笑みを浮かべて、

 

カエデ「ふふ、比企谷くん。私のサイン会に来てくれた時のこと、覚えてますか?」

 

サイン会? サイン会っていうと、確か……、

 

八幡「あっ」

 

カエデ「思い出してくれましたか? あの時も比企谷くん、今と全く同じように噛み噛みで色紙を渡してくれたんですよ。その後も顔を真っ赤にしながら『いつも応援してます』って言ってくれて」

 

は、恥ずかしい……。

 

カエデ「その時の表情がすごく印象的だったから、サインを書く時にあなたの顔と名前を覚えていたんです」

 

や、やばい。嬉しすぎて涙出そう。俺の対人スキルの低さがこんなところで役に立つとは……グッジョブ、俺の残念すぎるコミュ力。

 

カエデ「それでさっき比企谷くんを見て、『あっ、もしかしたら』って思ったんですけど、確証がなくて不安で……でも、あの時と同じセリフを聞いて、ようやく比企谷くん本人だって確信したんです」

 

八幡「そ、そうだったんですか……その、なんていうか、知っててもらえて凄く嬉しいです」

 

カエデ「こちらこそ、いつも応援してくださってありがとうございます」

 

八幡「いえ、そんな……あ、そうでしたカエデさん。できればこっちではリアルの名前じゃなくて、キャラクターネームで呼んでもらってもいいですか?」

 

カエデ「あ、そういえばそうでしたね。すみません。では、改めてハチマンくん。よろしくお願いします」

 

八幡「はい。よろしくお願いします」

 

よし、これで一通り自己紹介も終わったかな。

 

と、一息吐こうとしたのだが、隣にいるリンがこちらにジト目を向けているのに気がついた。

 

八幡「……なんでしょう?」

 

リン「……別に。ただライバルは強敵だなって」

 

後半は声が小さくなっていって全然聞き取れなかったが……ライバルって、何が言いたかったんだ?

 

まあ、また今度聞けばいいか。今はレベル上げが優先だしな。

 

八幡「それじゃ、早速だが狩りに行くか」

 

 

こうして俺たちは宿を後にし、フィールドへ向かった。


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