ソード・アイドル・オレガイル   作:干支

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茅場。貴様……花つきの出現率を下げたな?

 

 

 

《はじまりの街》を出た俺たちは、《ホルンカ》という村を目指していた。

 

その目的は二つ。

 

一つは単純にレベルを上げるためだ。

 

効率的なレベルアップを図るなら、《はじまりの街》周辺のような比較的安全なフィールドではなく、その先の少し危険なエリアを目指す必要がある。

 

もちろん、初心者であればそれは自殺行為だ。しかし俺とキリトはベータテストプレイヤーなので、低層フロアに限ってなら地形からモンスターまで熟知している。

 

多少の危険に踏み込んでも、それほど問題ではない。

 

 

そして二つ目が、その村で受けられるクエストの報酬《アニールブレード》の獲得である。

 

アニールブレードは強化すれば三層の迷宮区まで使える片手剣で、片手剣使いには必須の武器だ。

 

曲刀使いの俺には不必要だが、キリトとマユは片手剣使いなので、何としても入手しておく必要がある。

 

目安としてはホルンカの村を拠点に、今日中にアニールブレードを入手しつつレベルを最低でも5〜6まで上げたいところだ。

 

現在の時刻は午後六時十五分。幸い、ホルンカ周辺は夜になっても強力なモンスターが湧いたりしない。日付が変わるまでひたすら狩りを続ければ、村が他のプレイヤーが埋まる頃には次の拠点へ移動できるだけのステータスと装備を得られるだろう。

 

八幡「マユ、これから森に入る。極力モンスターと戦闘にならないように気をつけるが、万が一敵と遭遇したら俺とキリトの後ろに避難してくれ」

 

マユ「どうしてですかぁ?」

 

八幡「森の中には今までと違って特殊攻撃をしてくる毒蜂とかが出てくる。村で解毒ポーションを買うまでは、マユはまだ戦闘に参加しない方がいい」

 

マユ「なるほど、そういうことでしたか。分かりましたぁ」

 

八幡「んじゃ、進むぞ」

 

慎重に森の中を歩いていく。

 

幸運にもモンスターとは一度もエンカウントすることなく、目的地の《ホルンカの村》に辿り着いた。

 

当たり前だが、俺たちが一番乗りのようだ。

 

まずは、狭い広場に面した武器屋に向かう。チュートリアル開始前に一人でモンスターを延々と狩っていたので、コルも素材アイテムもかなり貯まっていた。

 

アイテム欄にある素材アイテムをまとめて売却し、更に増えたコルを使って、そこそこ防御力の高いハーフコートを三着購入すると、それをキリトとマユに贈る。

 

キリト「え、ハチマン、いいのか?」

 

八幡「どうせお前ら、全然コル貯まってないだろ? 俺は最初にかなり稼いでたからこれくらい構わん」

 

マユ「ハチマンさん、ありがとうございます」

 

キリト「恩に着るよ、ハチマン」

 

三人お揃いのハーフコートを装備する。傍から見たらどんだけ仲良しなのかと思われそうだな。

 

次に俺は今使っているものと同じ曲刀を購入。いわゆる保険というやつだ。森の中で武器が壊れて素手になってしまえば、ベータテストプレイヤーとか関係なく死ぬからな。

 

その後キリトも保険で《スモールソード》を買い、マユは保険の武器は買わずに腐蝕耐性のある盾を購入。

 

最後に隣の道具屋で、三人で残りのコルを出し合って回復ポーションと解毒ポーションを買えるだけ買うと、俺たちは村の奥にある一軒の民家に向かった。

 

ノックをして中に入ると、いかにも《村のおかみさん》といった感じのNPCがこちらに振り返る。

 

そして少し会話を交わすと、NPCの頭上に金色のクエスチョンマークが点灯した。クエスト発生の証だ。

 

キリト「何かお困りですか?」

 

これは幾つかある、NPCクエストの受諾フレーズの一つだ。おかみさんの頭上で《?》マークが点滅し、彼女が口を開いて話を始める。

 

 

クエストの内容は、重病にかかった娘を治療するには、とある捕食植物の胚珠から取れる薬を飲ませるしかないが、その植物がとても危険なうえに花を咲かせている個体が滅多に出現しないので、自分にはとても手に入れられないから代わりに俺たちに取ってきてほしいとのことだった。

 

迷わずクエストを受ける。

 

なぜならこのクエストの報酬こそが、俺たちの目的である《アニールブレード》だからだ。

 

俺たちは三人分のクエストを受けると、民家を後にした。

 

え、なんで俺までクエストを受けてるかって? 決まってんだろ、売って金にするためだよ。

 

八幡「さてと、二人とも準備はいいか?」

 

キリト「おう」

 

マユ「はい」

 

八幡「なら行くぞ」

 

俺たちは村の門を潜ると、不気味な夜の森へと足を踏み込んだ。

 

 

 

 

 

戦闘に入る前にスキルについて話しておこう。

 

レベル6になるまで、プレイヤーに与えられている《スキルスロット》はわずか二つだ。

 

しかも一つ目は基本的に自分が装備している武器のスキルで埋まるので、実際選べるスキルは今の時点では一つだけということになる。

 

俺とキリトはそのもう一つの空きスロットに《索敵》を入れた。今はこうしてパーティを組んでいるが、俺たちの本業はソロプレイヤーだ。恐らくこれから先はソロで行動することの方が多いだろう。

 

ソロプレイヤーには、幾つか必須のスキルというものか存在し、中でも重要なのが《索敵》と《隠蔽》だ。

 

両方とも単独での生存率を上げてくれるが、この森に出てくる捕食植物に対しては《隠蔽》の効果がやや薄い。なので俺とキリトは《隠蔽》を後回しにして、最初に《索敵》を選んだのだ。

 

この森を出る頃にはレベルは6を超えているだろうから、《隠蔽》はその時とれば問題ない。

 

ちなみにマユは《疾走》のスキルをとった。

 

マユは俺たちと違ってソロプレイではなく、後にリンたちとパーティーを組むことになるだろう。なので、ソロプレイヤー用のスキルではなく、他の実用的なスキルをとるように俺たちが勧めたのである。

 

いやまあソロプレイヤーにはソロプレイヤーなりの楽しみがあるからね。別に後悔なんてしてないよ。八幡嘘つかない。

 

と、そんなことを考えていると、俺の視界に小さくカラー・カーソルが表示された。

 

索敵スキルによって反応距離が増加しているので、本体はまだ視認できない。

 

カーソルの色はピュアレッド。これは同レベルの適正な敵の場合の色だ。

 

この赤色の濃淡で敵の相対的な強さを大まかに計ることができ、血よりも濃いダーククリムゾンは圧倒的レベル差を、対して白に近いペールピンクは雑魚モンスターを表している。

 

少し進むと、ようやく視界にモンスターが出現した。

 

モンスターの名前は《リトルネペント》。ウツボカズラを思わせる胴体をしており、その下部で移動用の根が無数にうごめいている。左右には鋭い葉を備えたツルがうねり、頭にあたる部分では捕食用の《口》が粘液を垂らしながらパクパクと開閉していた。

 

八幡「…………予想はしてたが、ハズレか」

 

マユ「はずれ?」

 

八幡「ああ。まれに、あの口の上に大きな花を咲かせているやつが出て来るんだよ。その花つきのネペントからドロップする《リトルネペントの胚珠》が、ホルンカの村で受けたクエストのキーアイテムなんだが……そいつの出現率が恐ろしく低い」

 

マユ「そうなんですか……どのくらい低いんです?」

 

八幡「多分、1パーセント以下……だろうな」

 

マユ「気の遠くなるような数字ですねぇ」

 

八幡「とはいえ、普通のネペントでも倒し続けていれば花つきの出現率は上がるし、経験値も入るから戦闘が丸っきり無駄というワケではない。だがここで一つ注意しないといけないことがある」

 

「注意ですかぁ?」とマユが頬に手を当てて首を傾げる。なにその仕草可愛すぎんだろ……ってそうじゃねえな。

 

八幡「その注意ってのは、花つきと同じくらいの確率で丸い実をつけているネペントが出てくんだが、そいつは言わば《罠》でな……実を攻撃しちまうと巨大な音とともに破裂して、嫌な匂いのする煙を撒き散らすんだ」

 

マユ「もしかして、その煙が仲間を呼び寄せるんですかぁ?」

 

お、察しがいいな。

 

八幡「正解だ。だから実つきだけには注意してくれ」

 

マユ「はい」

 

八幡「それじゃ、最初の数匹は俺とキリトだけで相手するから、マユはそれを見て敵の攻撃パターンとか、戦い方を覚えてくれ。時間は幾らかけてくれても構わない。自分が大丈夫そうだと感じたら戦闘に参加してくれればいい」

 

マユ「分かりました。ありがとうございます」

 

八幡「よし、いくぞキリト」

 

キリト「ああ。ファーストアタックは任せたぜ」

 

俺とキリトは武器を構えると、リトルネペントに突っ込んだ。

 

このMobの攻撃パターンはツタによる切り払いと突き、そして口からの腐蝕液噴射である。

 

最初のフィールドにいた青イノシシと比べれば遥かに多彩だが、それでもコボルドといった亜人Mobのようにソードスキルを使わないだけまだ可愛いものだ。

 

伸びてきたツタを最小限の動きで躱し、《リーバー》を側面から喰らわせる。

 

惜しくも弱点に届かなかったが、敵のHPバーを二割ほど削った。

 

ネペントは怒ったのか、ウツボをぷくっと膨らませる。腐蝕液発射の予備動作だ。射程は五メートルと長く、バックステップでは避けられない。

 

浴びればHPと武器防具の耐久度が大きく減るうえに、粘着力によってしばらく動きが阻害される。喰らったら危険だ。だが範囲は正面三十度と狭いので、落ち着いて対処すれば問題ない。

 

ぎりぎりまでタイミングを見極め、大きく右に跳躍。

 

その直後。

 

ぷしゅっ! と液体が発射され、先程まで俺がいた場所から白い蒸気が上がる。

 

ネペントは腐蝕液を避けた俺を追撃しようとしたが、

 

キリト「らぁ!」

 

それよりも先にキリトの放った単発水平斬撃技《ホリゾンタル》が、ウツボ部分と太い茎の接合部……弱点に直撃する。

 

悲鳴とともに仰け反ったネペントの捕食器を、黄色いライトエフェクトがくるくると取り巻く。運がいい。スタン状態だ。敵の体力は残りおよそ六割弱、これで決める。

 

キリトに目配せして、同時にソードスキルを弱点に撃ち込む。

 

すると半分以上残っていたネペントの体力ゲージは右側からみるみる減少していき、ゼロになった瞬間、バシャン! という音を立ててその体を爆散させた。

 

視界に、イノシシの二倍近い経験値の加算表示が浮かび上がる。戦闘に要した時間は約三十秒。なかなか効率的だな。

 

周囲を見回すと、索敵範囲ぎりぎりに、リトルネペントのカーソルが複数浮かび上がる。プレイヤーのそれはまだキリトとマユ以外見えない。

 

他の奴らがここに追いついてくるまでに、可能な限り経験値稼いどかねえとな。

 

八幡「この調子でどんどん狩っていくぞ」

 

そう言うと、俺たちは再び走り始めた。

 

 

 

 

 

続く一時間で、二百三十匹以上のリトルネペントを屠った。

 

ただでさえ俺とキリトで異常なペースでネペントを狩っていたのに、十匹目を越えたあたりからマユも参加し、そこからさらにペースが上がったため、この一時間でとんでもない数を狩ってしまっていた。

 

だがその甲斐もあって、俺たちは《リトルネペントの胚珠》を無事三つ手に入れることができた。これでクエストは完遂である。

 

それにしても、マユの戦闘センスには驚かされるばかりだ。ベータテスト経験者の俺たちに難なく付いてこれている。本当に初心者なのかと疑いたくなるレベルだ。

 

キリト「はぁ……やっとクエストクリアか……」

 

キリトが隣で溜め息を吐く。

 

マユ「ほんと、ようやく終わりましたねぇ」

 

マユの声にも、さすがに疲労の色が滲んでいる。

 

八幡「こういうクエストは《リアルラック依存》だからな……まあ、何はともあれ無事終わったし、村に戻るか」

 

キリト「了解」

 

ちなみにレベルもそこそこ上がって俺は6、キリトとマユは4になっている。

 

村に戻った俺たちは真っ先に民家へ向かい、アニールブレードを三本入手した。とりあえずのノルマはこれで達成できたな。あとは……

 

八幡「予定よりだいぶ早いが、今日はもう宿で休むとするか。この村にはまだ他のプレイヤーもあまり来てないみたいだし、一人一部屋で泊まっても問題ないだろう」

 

キリト「分かった。じゃあ宿の手続きは俺がするよ」

 

八幡「頼んだ」

 

マユ「キリトさん、ありがとうございます」

 

そして待つこと数分。

 

キリト「二階にある三つの部屋だってさ」

 

手続きを終えたキリトが俺たちのところへ戻ってくる。

 

キリトに軽く礼を言うと、俺たちは二階へ向かい、

 

八幡「それじゃキリト、マユ、また明日な」

 

キリト「ああ」

 

マユ「おやすみなさい」

 

各々の部屋へと足を踏み入れた。

 

ドアを閉めると同時にメニューを開き、『10分後に宿の外に来てくれ』という簡素な一文のみのメッセージを飛ばす。相手はキリトだ。

 

すると、すぐに『分かった』と返事が来た。メッセージで理由を聞いてこないあたりが実にあいつらしいな。

 

俺はそれを確認するとメニューを閉じて、10分後、宿を後にした。

 

宿を出てからほとんど間を置かずして、キリトも扉を開けて外に出てくる。

 

キリト「どうしたんだ、ハチマン?」

 

八幡「これからもう一、二本ほどアニールブレードを取りに行こうと思ってるんだが、付き合ってもらって大丈夫か?」

 

キリト「アニールブレードを?」

 

「どうして?」と言いたそうに首を横に傾けるキリト。

 

八幡「俺たちの安全のためだ」

 

キリト「安全?」

 

八幡「見てみろ」

 

そっと村の広場を指さす。そこには数名のプレイヤーの姿があった。

 

八幡「恐らく奴らも元βテスターだろう。この調子で、β経験者だけががんがん先に進んでしまうとどうなるか、お前なら分かるよな?」

 

キリト「……いずれ、取り残された大多数の非経験者たちとの間に深刻な溝が生まれるだろうな」

 

八幡「その通りだ。間違いなく反感を買う。別にそれが俺たちだけに向けられるならいい。だがこのままだと、俺らと一緒に行動してるって理由でβ経験者じゃないマユにまで被害が及ぶ可能性がある」

 

キリト「じゃあ、どうするんだ?」

 

八幡「それを解決するためのアニールブレードだ。情報屋のアルゴ、覚えてるだろ?」

 

キリト「ああ」

 

八幡「現時点ではアニールブレードはかなり高値で売れる。その金でアルゴに頼んでビギナーのためのガイドブックを作ってもらって、道具屋とかで無料配布してもらうんだよ。情報と製作費用の提供者は俺とキリトって明記してもらってな。つっても俺らが知ってる情報なんかはアルゴはとっくに知ってると思うが……まあ、製作費用と見合った報酬さえ払えばアルゴはやってくれるはずだ」

 

キリトが「なるほど」と感心したように頷く。

 

八幡「そうすりゃ、もし何かいちゃもんをつけられても『俺とキリト』はビギナーを見捨ててはいないという体裁を繕える。『何か行動を起こした』という事実さえあれば、あとはどうとでも言い逃れはできるしな。金で安全を買えるなら安いもんだ」

 

キリト「はは、なんかズル賢いなぁ……」

 

八幡「知略に富んでると言ってくれ」

 

キリト「まあ、そういうことなら喜んで手伝うよ。時間もまだ八時過ぎだし、寝るには早いと思ってたからさ。それじゃ、行こうぜ」

 

八幡「ああ」

 

再び民家に足を運んでクエストを受け、森の中を進んでいき、俺たちがさっきまでいたリトルネペントの大量POP地帯へとやってくる。

 

早速目の前に現れたネペント数匹を、キリトとの連携で十秒ほどで片付けた。と同時に、俺とキリトの全身を金色のライトエフェクトが包む。レベルアップだ。これで俺のレベルは7、キリトは5に上がったわけである。

 

お互いに無言でグッと親指を立て合う。それだけで十分だ。

 

レベルは1上がる度にHPの上限が増え、攻撃、防御、敏捷のすべての値が1ずつ上昇し、そこから更に自分で好きなステータスに振ることができるポイントが3与えられる。

 

メインメニュー・ウインドウを開き、ステータスタブに移動すると、貴重なステータスアップポイントを筋力に1、敏捷力に2に振った。相変わらずの敏捷寄りの振りである。

 

俺がメニュー画面を消すのと同時にキリトも操作を終えたらしく、ウインドウを閉じた。

 

と、その直後。

 

パアァァァン!!

 

という凄まじい破裂音が、遠くから聞こえてきた。

 

おい……今の音って、まさか……!

 

カーソルを見ると、大量の敵が遠くの方で一点に集まっていくのが確認できた。

 

キリト「ハチマン、今のって……!」

 

八幡「間違いない、誰かが《実つき》を攻撃したんだっ」

 

思わず歯噛みする。さっきまでのマユを含めた三人での狩りでも、複数同時に相手したのはせいぜい七匹かそこらだった。

 

だが今、前方には三十を軽く超える数の敵がいる。ここまで大量の敵との同時戦闘は完全に未知の領域だ。

 

レベル的にはキリトとなら、もしかしたら何とかなるかもしれないが……下手をすれば俺たちまで命を落とす可能性がある。

 

冷静に判断するなら、ここは見捨ててしまうのが賢い選択だろうが……、

 

 

キリト「……行こう、ハチマン。見捨てるワケにはいかない……」

 

連れがこの調子だ。俺が断っても、キリトは一人でも行くだろう。

 

八幡「はぁ……お前に死なれちゃ目覚めが悪いからな。今回だけは付き合ってやる。その代わり絶対生きて帰るぞ」

 

キリト「ハチマン、ありがとう」

 

八幡「さっさと行くぞ!」

 

キリト「おう!」

 

振りに振った敏捷力に物を言わせて、森の中を一直線に駆ける。このゲームが始まってからここまでスピードを出したのは初めてかもしれん。

 

あっという間にリトルネペントの群れを視界に捉え、そいつらに囲まれているプレイヤーを発見する。

 

八幡「せぁっ!」

 

キリトを少し後ろに置き去りにし、今まさにプレイヤーに向けてツタを振り下ろそうとしていたネペントの弱点に、クリティカルでソードスキルを叩き込む。

 

俺の攻撃は一撃でネペントのHPバーは吹き飛ばし、その体をポリゴンに変えた。

 

慌ててプレイヤーの方へ振り返る。

 

座り込んでいたプレイヤーは、紫がかった長い髪を携えた少女だった。少し涙目になってはいるが、どうにかまだ生きているらしい。

 

そこに遅れてキリトがネペントを斬り倒しながらやって来る。

 

八幡「遅い」

 

キリト「ハチマンが早すぎるんだよっ! でも、なんとか間に合ったみたいだな」

 

八幡「まだまだ安心はできねえけどな。おいアンタ、立てるか?」

 

「う、うん」

 

八幡「なら、アンタは敵の攻撃をひたすら避け続けておいてくれ。その間に俺とこいつで敵を片付ける」

 

少女はコクリと頷いた。

 

とはいえ、こんだけ敵が多けりゃ慣れてなかったら避けるだけでも一苦労だろうな。早いとこ処理しねえと、このプレイヤーが危険だ。

 

八幡「やるぞキリト!」

 

キリト「おう!」

 

地を蹴り、敵を斬りつけて屠っていく。

 

モンスターのモーションから攻撃の種類と軌道を予測し、最小限の動きで回避して、カウンターを叩き込む。

 

もっとだ。もっと集中しろ。

 

動作の無駄を切り捨て、速度と精度を上げろ。

 

的確に弱点だけを狙ってソードスキルを発動させる。

 

すると、目の前のネペントがウツボを膨らませるのが見えた。腐蝕液のモーションだ。しかし、遅い。

 

左に跳躍し、難なくそれを避ける。

 

だが、ここで俺はミスをした。

 

「きゃあっ!?」

 

八幡「っ!」

 

後方から悲鳴が聞こえ、振り向いて確認すると、女性プレイヤーが俺の避けた腐蝕液により、ダメージと行動阻害を喰らっていたのだ。

 

しまった、自分のことばっかで後ろにまで気が回ってなかった……!

 

動けなくなった女性プレイヤーにネペントが襲いかかる。

 

助けに行こうにも、他のネペントが邪魔でうまくいかない。キリトも俺と同じ状況だった。

 

間に合わねえ……っ。

 

次の瞬間。

 

バシャアァッ! というサウンドエフェクトが耳に届いてきた。

 

死んだ。HPがゼロになり、ポリゴン片になってしまったのだ。

 

 

しかし。

 

よく見ると、ポリゴンになったのは女性プレイヤーではなく、彼女に遅いかかろうとしていたネペントの方だった。

 

空気を漂う青いエフェクト光の中、ネペントを屠るために剣を振り切った技後動作のままこちらへ笑顔を向けていたのは……

 

マユ「間一髪ですねぇ。ハチマンさん、キリトさん、助太刀に来ましたよぉ」

 

宿屋で休んでいるはずのマユだった。

 

 

 

 

 

八幡「ま、マユ……?」

 

どうしてここに? なんでここが分かった? など色々尋ねたかったが、今はそれどころではない。

 

まだ戦闘の途中なのだ。今は目の前のネペントに集中しなければならない。

 

八幡「マユ、来て早速で悪いがそのプレイヤーの護衛を頼むっ」

 

マユ「ふふ、はぁい」

 

これで目の前の敵に再度集中できる。

 

八幡「キリト、ラストスパートだ。一気に決めるぞ」

 

キリト「分かった!」

 

そこからは怒濤のソードスキルのラッシュをネペントたちに叩きつけ、残る七匹を二十秒で仕留め、戦闘は終わった。

 

周りにもう敵がいないことを確認して、俺とキリトは地面に座り込む。マジで疲れたわ……。

 

キリト「ほんと、マユが来てくれたおかげで助かったよ。ありがとう」

 

マユ「いえいえ」

 

キリト「ところで、マユはどうしてここへ?」

 

マユ「それはですねぇ……」

 

ゆっくりとマユが話し始める。

 

なんでも、部屋に入ってしばらく経ったあたりで、お腹が空いてしまったらしい。確かに、よくよく思い出すと晩飯をすっかり忘れてしまっていた。

 

それで俺とキリトに声をかけようと部屋をノックしたが、二人とも反応がなく、不思議に思ってフレンド欄を確認すると俺たちが森にいることが分かり、ここまで来たということだった。

 

マユ「ところでハチマンさん、マユ、少し怒ってるんですよぉ?」

 

え、なぜに俺だけ? キリトも同罪じゃないですか?

 

これはあれか、俺だけ嫌われてるパターンか。くそ、キリトばっかイケメンで得しやがって。

 

マユ「ハチマンさぁん?」

 

八幡「ひゃ、はひっ」

 

マユ「どうしてマユだけ置いていったりしたんですかぁ?」

 

マユの顔が目の前まで迫ってくる。ちょ、近い近いいい匂い近い! だけど目が怖いっ! なんか、目に光が宿ってない……?

 

八幡「あ、いや、えっと……」

 

マユ「マユ、そんなに足手まといでしたか……?」

 

悲しげに瞳を潤ませるマユ。うぐぅ、これは破壊力が凄いでござる。

 

八幡「いやいやいやっ、そういうわけではなくてだな……その、マユは今日が初めての戦闘だろ? いくらセンスがあるといっても、さすがに疲れが溜まってるはずだ。だから無理をさせたくなかったんだよ」

 

マユ「……そう、だったんですかぁ……でも、やっぱりこれからはせめて一言言ってくださいねぇ。黙って置いていかれると、凄く不安で悲しいです……」

 

八幡「その、それについては悪かった。次からは気をつける」

 

マユ「はい♪」

 

どうやらマユも機嫌を直してくれたようだ。

 

「あ、あの……」

 

と、そこでずっと黙っていた女性プレイヤーが口を開いた。

 

「助けてくれて、その……ありがとうございました」

 

ぺこりと頭を下げる。

 

八幡「ん、ああ。ところで、えっと……」

 

「あ、ごめんね。ボクの名前は《ユウキ》だよ」

 

八幡「ユウキか、分かった。俺は《ハチマン》だ」

 

マユ「《マユ》です。よろしくお願いしますね」

 

キリト「俺は《キリト》。よろしくな、ユウキ」

 

ユウキ「うん! 皆、よろしくね!」

 

八幡「んで、ユウキは《森の秘薬》クエをしてたんだよな?」

 

ユウキ「うん」

 

八幡「つーことはβテスターなのか?」

 

しかしユウキは首を振った。

 

ユウキ「《はじまりの街》周辺のモンスターは皆すぐに狩り尽くされちゃって……だから仕方なく次の村に進むことにしたんだ。そしたら広場でこのクエストについて話してる人たちがいたから、それを聞いてクエストを受けたんだよ」

 

八幡「なるほどな……それで《実つき》を割っちまったと」

 

ユウキがバツが悪そうに俯く。まあ、初めてだったら引っかかるよな、アレは。かくいう俺もβ時は実を割って三十匹のネペントさんにリンチされた。

 

キリト「でもさ、助かってよかったよ」

 

ユウキ「皆のおかげだよ。本当にありがとう」

 

キリト「もう気にしなくていいって。それより、まだ胚珠手に入ってないんだよな?」

 

ユウキ「うん」

 

キリト「……なあ、ハチマン」

 

八幡「わあってるよ。ユウキ、よかったらお前も俺たちとパーティ組むか?」

 

ユウキ「え、いいのっ?」

 

八幡「ああ。βテスターじゃないなら、この森をソロでプレイするのはリスクが高すぎる。《花つき》を探しながら、基礎をレクチャーをしてやる。キリトがな」

 

キリト「丸投げかよっ?」

 

ユウキ「あはは、二人は仲いいんだね。でも、キリトだけじゃなく、ハチマンからも色々教えてもらいたいな。ダメ?」

 

ニッコリと笑顔を向けてくるユウキ。うわあ、純粋すぎて眩しいわ。

 

八幡「まあ、気が向いたらな」

 

ユウキ「楽しみにしてるね!」

 

 

こうしてユウキを加えた四人で《森の秘薬》クエを再開した。

 

結局、目標数の胚珠を確保できたのはそれから二時間も後のことだった。


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