「んっ…んぁ~!」
俺はグッと伸びをし、肺の中の空気と一緒に妙な声を出す。寝心地はよかったとはいえ初めて乗った飛行機のしかもファーストクラスだ。知らぬ間に緊張で変なところに力が入っていたらしく強張った首や肩を軽くもむ。
学園の宿題をある程度目途をつけていたとはいえ二週間ほどの時間をかけてやるはずだった量をたった二日で終わらせる羽目になるとは思わなかった。
明日から始まるアメリカでの軍事訓練に参加すべく寝る間も惜しんで終わらせた結果、おかげさまで無事に俺はアメリカの地を踏んでいるわけである。
ちなみに俺の行き帰りの旅費は日本政府が出してくれているらしい。
日本とアメリカ両国の間で今回の訓練についていろいろと面倒な取り決めがあったらしい。一夏ほどのネームバリューは無いものの腐っても世界で二人目の男性操縦者な俺だ。色々と必要な取り決めがあったらしい。まあそんなのは知ったこっちゃない。俺はこの貰った機会を最大限に生かすだけである。
「さて、待ち合わせは空港の出入り口だったか」
流れ出て来たボストンバックを受け取り、俺は歩き出す。
映画やドラマの中でしか見たことないような空港の中を歩き税関職員のぎろっとした視線にどぎまぎしながら俺は指定された場所に辿り着く。
まだ昼前ということで昇りかけの太陽を見てもう一度大きく伸びをすると周りに視線を向ける。
バスやタクシー、その他自家用車などが行き交う空港前で目的の人物を探してキョロキョロと見回す。
「ソ・ウ・タ・くん♡」
と、背後から呼びかける声に振り返ると
「ハァイ!お久しぶり。元気にしてた?」
ニコリと微笑むブロンドの女性、ナターシャさんがそこにいた。
「どうも、お久しぶりです。この度は声をかけていただきありがとうございます」
「そういう堅苦しいことは言いっこなしよ。これは私からのちょっとした恩返しなんだから」
「返してもらう恩なんてないですよ」
「あなたにとってはそうかもだけど、私にはあるのよ。あなたには私も、そして〝あの子〟――お世話になったわ」
「……結局俺は何もできていませんよ……」
寂しげな眼をするナターシャさんに俺は気付く、〝あの子〟の意味を。
俺は知っている、ナターシャさんの言う〝あの子〟がどうなったのかを。
「いいのよ。あれで十分だったのよ。あれ以上のことはきっと誰にもできなかった。――さて!立話はこの辺にしてそろそろ行きましょ!」
フッとスイッチを切り替えるように表情を変え、ニッコリと笑みを浮かべたナターシャさんは歩き出す。
「ところでソウタ君はお腹すいてるかしら?」
「そうですね。飛行機の中で機内食を食べて以来なんでそこそこに」
「そう。じゃあお昼一緒に食べましょ。いいお店知ってるわよ。本場アメリカのおいしいステーキご馳走してあげるわ」
そこから俺とナターシャさんは道すがらの車内で他愛もない話を続けた。その間〝あの子〟の話題は出ることはなかった。
〇
「うっぷ……食いすぎた……」
ナターシャさんに連れて行ってもらった店で出されたステーキは予想の斜め上を行くぶ厚さだった。
おすすめがあるの~、と言うナターシャさんの勧めるままによくメニューも見ずに注文したところ、鉄板の上でジュウジュウと音を立てるぶ厚い肉の塊が運ばれてきたときは残すことも考えたが、悪意のない目で、男の子なんだから遠慮はいらないわよ、と言われては残せるわけもなく。結果、俺は胃袋の限界を超え、体感腹十二分目まで食べることとなった。
「う、産まれる……」
うっぷ、と口を押えながら俺は一人長い廊下を歩く。
昼食の後、適当にドライブをした後、これから一週間お世話になる軍の寮に来ていた。
この軍事訓練にナターシャさんも参加するが、女性寮男性寮に分かれているので来た時点でナターシャさんとわかれることとなった。
寮の部屋はすべて二人部屋で訓練期間中は基本同室の人とのバディとなるらしい。俺の同室も現役のアメリカの軍人だと聞いている。一週間の共同生活の相手だ。いったいどんな人が来るのか楽しみで仕方がない。
やはり軍人というだけあってオルフェンズの昭弘とかグリザイアシリーズのダニーみたいなのだろうか。
「おっと、ここか」
聞いていた番号の部屋まで来た俺はドアをノックする。が、返事がない。もう一度ノックするが応答がないので渡されていた鍵を取り出し、中に入ってみる。
中は左の側面には二段ベッドが、右側には机が二つ並んでいる。IS学園の寮の部屋の半分ほどの広さに飾りっ気のない質素な部屋だった。まあ軍事施設の寮なんてイメージ通りだ。これで超豪華だったらドン引きだ。
手前側の机の上には同室の人のものと思われる荷物が置かれているが、その主がいない。どうやら席を外しているようだ。
俺は空いている机の上にボストンバッグを置き、椅子に腰かけ一息つく。
「あー……苦しい。こりゃ夕飯の量考えないと」
いつもより少しポッコリと出たお腹を擦りながら呟いているとドアの方からガチャガチャと音が聞こえてくる。どうやら同室の人が帰ってきたようだ。
「……あら?」
ドアを開けて現れたのは身長高めの細身の男だった。
五分刈りにされた頭に面長な顔、ケツ顎にやけに赤くテカっている唇が特徴的な人物だった。第一印象で言わせてもらえば、すごく嫌な予感がする。
「あら~、鍵が開いてたからてっきり鍵をかけ忘れちゃったかと思ったわ」
「えっと…初めまして。日本から来ました井口颯太です。一週間同室としてよろしくお願いします」
「あらあら、礼儀正しいわね~。そういう子は好みよ。アタシはニコラ。ニコって呼んでちょうだい。よろしくね、ソウタくん」
そう言って自身の唇をぺろりと舐めるニコさんに俺が得も言われぬ不安感を抱いたのは言うまでもない。