「えっと……改めまして…こちら俺の師匠の更識楯無さんと友達の更識簪、友達で同僚のシャルロット・デュノア……で、こっちが潮陽菜…です………」
「「「…………」」」
「…………」
俺は三人と一人の間で笑顔でそれぞれを指しながら言うがこの場には重苦しい沈黙が支配していた。
片や冷ややかな目で俺をじっと見つめる師匠たち三人。片やそんな三人の視線に怯え、まるで蛇に睨まれたカエルの様にプルプル震え、俺の左腕にしがみつく潮。
「えっと……まず訊きますけど…三人はなんでそんなに冷ややかな目をしていらっしゃるんでしょうか?」
「「「別に~」」」
冷ややかな目のまま三人が口をそろえて言う。
「まあ強いて言えば?」
「僕ら、潮さんが女の子ってこと?」
「聞いてなかったな~…ってね?」
その言葉の直後、一瞬三人から殺気のようなものを感じ俺は一瞬背筋を震わせ、潮は涙目で俺にさらにしがみついて来る。
「えっと……俺言ってませんでした?」
「「「うん」」」
俺の言葉に三人が頷く。
「部活の後輩としか聞いてない」
「ええ、部活の後輩ですね。女子ソフトテニス部の」
「颯太君は?」
「男子ソフトテニス部でしたね。まあ男子でも女子でも同じソフトテニス部なんで」
「そこ大きな違いだと思うんだけど?」
俺の笑いながらの言葉にシャルロットが冷ややかに言う。
「…………えっと…で、三人はなぜに怒っていらっしゃるのでしょうか?」
俺は恐る恐る訊く。
「………あのね、颯太君。私たちは別に潮ちゃんの何かに怒ってるわけじゃないの」
絶対嘘だ。
「絶対嘘だ」
「嘘じゃないわよ」
「っ!」
やべ、声に出てた。
「僕らが言ってるのは、颯太の説明不足なところだよ」
「?」
「颯太の説明不足のせいで…必要以上に動揺して…潮さんに余計な緊張をさせちゃってる……」
首を傾げる俺に簪が言う。
「まあそれだけじゃないんだけどね……」
「え?他に何か?」
「まあそれはともかく」
「え?ともかく?あの…気になるんですけど……」
「まあそれはいいんだよ」
「え?でも……」
「気にしちゃ…ダメ…」
「いや…あの……」
「「「まあまあまあ」」」
「……………」
三人の有無を言わせぬ雰囲気に俺は口をつぐむ。
いつの間にか三人の雰囲気がいつも通り――むしろ潮の緊張を解くためかいつもより柔和になった気がする。
「えっと……潮さん?」
「は、はい!」
シャルロットがにっこりと笑みを浮かべ、潮の顔を覗き込むようにする。
「そんなわけだから…ごめんね、変に緊張させたみたいで」
「い、いえ!その……なんだか…私のせいですみません……」
「いいのよ。潮ちゃんは何も悪くないわ。悪いのは説明不足の彼が悪いの」
「……ごめんなさい」
「え、えっと……はい……」
謝った俺と柔和な雰囲気に戻った三人に少し混乱しているらしい潮は素直に頷く。
「改めまして、更識楯無です」
「更識簪です」
「シャルロット・デュノアです」
「「「よろしく」」」
「う、潮陽菜です……よろしく、お願いします…」
「…………はぁ……」
やっと落ち着いたようで俺は人知れずため息をつく。
「それにしてもホント急に悪かったな、潮。それと…久しぶり。元気そうで何よりだよ」
「は、はい!その…お久しぶりです、先輩……」
潮がはにかんだような笑みとともに頷く。
「その…お別れも言えずに……急にいなくなっちゃって…寂しかった、です……」
「悪かったな。政府に半監禁状態にされてて、連絡も取りずらかったもんでな。学園入ってからも何かとごたごたしてたし」
「でも…先輩もお元気そうで……むしろ…その…雰囲気が変わったって言うか……」
「え?やっぱり?そうなの?卓也たちにも言われたんだよなぁ。そんな変わったかな、俺?」
「い、いえ!その…いい意味でと言いますか……あの…前よりも………」
「前よりも?」
「えっと……その……なんでもないです……」
「……?」
顔を少し赤らめて俯く潮に首を傾げる。
「まあでも、お前も変わったと思うぞ…その……」
そこで俺は先ほどからずっと左腕の肘のあたりに押し付けられているものに一瞬視線を向ける。そこには中学三年生とは思えないご立派なものが……。
「……大きくなったと思うぞ、うん、成長したな」
「? あの…私身長は特に伸びてませんけど……?」
「いや、身長じゃなくて……その…〝ここ〟が?一回りも二回りも大きくなったと思うぜ」
右手の拳をトントンと自分の胸にあてる俺。
「先輩……ありがとうございます!」
「お、おう…どういたしまして?」
キラキラとした目で勘違いしたまま慕ってくる後輩に若干の罪悪感を感じながら頷く。うん、嘘は言ってないな、嘘は。………言ってないよね?
「ふ~ん……」
「へ~……」
「颯太って……」
ジト目で俺を睨む師匠とシャルロット、そしてなぜか自分の胸元と潮の胸を見比べる簪。
「んんっ!ところで本題なんだが……」
ずっと左手にくっついていた潮をやんわりと引きはがし――というか放してもらえないと俺が色々やばかった――潮に視線を向ける。
「その…昨日電話でも頼んだことなんだが……」
「はい。父には話してあります。お昼頃に署の近くの喫茶店で待ち合わせってことになってます」
「そうか。ホント、悪いな。お前も今年は受験で大変だろうに」
「い、いえ!……その…先輩には…たくさん…お世話になりましたから……」
「俺はそんなたいしたことしてないよ」
「いえ、そんなこと……」
「それより、潮。お前走ってきたせいか髪の毛跳ねてるぞ」
「え?」
俺の言葉にきょとんとした顔をする潮に俺は自分の右側頭部を指さす。
「え……えっと……」
が、潮は自分の左側頭部を撫でている。
「いや、そっちじゃなくて……潮、ちょっといいか?」
「はい?」
首を傾げる潮の頭に俺は手を伸ばし
「じっとしててくれよ」
「っ!」
ポンと潮の頭に手を置き、跳ねている髪の毛を撫でるように押さえつける。
俺が頭に手を置いた瞬間体をビクンと震わせて潮が固まる。そこまでじっとしてくれなくてもいいんだが……。
「………ん~……なかなか強情だな、この髪。ぜんぜんおさまらないな。師匠たち、誰か櫛か何か持って――」
「こら!」
ポコッ
「あてっ」
潮の頭を撫でながら振り返った俺は師匠に頭を小突かれる。
「何するんすか、師匠」
「颯太、デリカシーなさすぎだよ」
「シャルロット!?」
「颯太…わかってない……」
「簪まで!?」
なぜか三人から非難の眼差しで見られる。
「俺何かしました?」
「はぁ…じゃあヒントね。――ヒントその1、潮ちゃんはここまで走ってやってきました」
「ヒントその2、人は全力疾走するとどうなるか」
「ヒントその3、颯太は男の子、潮さんは女の子」
「はい、察しました!すまん、潮!」
俺は全力で潮に頭を下げる。
「い、いえ……その……こちらこそなんだか…すみません……」
「えっと……俺ちょっと飲み物買ってくるんで……」
「はいはい。私たちの分もお願いね」
「へい!了解です!」
師匠の言葉に頷きながら俺はそそくさと自販機の方へと向かった。