「うう………」
隣の席で一夏が項垂れている。でも俺はそれを気にする余裕はない。なぜなら……
「あー………」
頭を抱えて肘ついて自分の席に座る俺。気分的に言えば「へたこいたー」といった感じだろうか。
「ああ、織斑君、井口君。まだ教室にいたんですね。よかったです」
「はい?」
山田先生が現れたが、正直俺にはそれも気にする余裕はない。
「ど、どうしたんですか井口君」
「はっはっはー。なんでもありませんよ山田先生。強いて言うなら俺の青春が終わっただけですよ」
「は、はあ……」
俺の言葉に山田先生が首を傾げている。
「何でもないです。で?どうしたんですか山田先生」
「あっ。えっとですね、二人の寮の部屋が決まりました」
へー。ちょっとの間は政府の用意したホテルから通うって話だったはずだけど。
「俺らの部屋、決まってないんじゃなかったですか?前に聞いた話だと、一週間は自宅から通学してもらうって話でしたけど」
「そうなんですけど、事情が事情なので一時的な処置として部屋割りを無理矢理変更したらしいです。ただ、とにかく寮に入れることを最優先にしたみたいで、お二人は別々の部屋になってしまったんです」
「え?てことはルームメイトは女子ですか?大丈夫なんですか?」
「一ヶ月もすれば部屋割りの調整もできると思うので」
俺はいいけど、その子はいいのかな。同室が俺みたいなオタク野郎で。
「部屋はわかりましたけど、荷物は一回家に帰らないと準備できないですし、今日はもう帰っていいですか?」
「俺もホテル戻らないと」
「あ、いえ、荷物なら――」
「私が手配しておいてやった。ありがたく思え」
そう言いながら織斑先生が教室にやってきた。今頭の中でダースベイダーのテーマが流れた。しかも超似合う。
「「ど、どうもありがとうございます……」」
「まあ、井口はホテルにあったものを全部移動させただけだし、織斑の方も生活必需品だけだがな。着替えと、携帯電話の充電器があればいいだろう」
うっわ、大雑把ー。
「じゃあ、時間を見て部屋に行ってくださいね。夕食は六時から七時、寮の一年生用食堂で取ってください。ちなみに各部屋にシャワーがありますけど、大浴場もあります。学年毎に使える時間が違いますけど……えっと、その、お二人は今のところ使えません」
「え、なんでですか?」
「パンチッ!」
「あてっ」
一夏の後頭部を軽く殴る。
「何するんだよ」
「いや、だって、同年代の女子と一緒に風呂に入りたいとか、思ってても口に出すなよ」
「あー……」
俺の言葉に一夏が後頭部を撫でながら気付いたようだ。
「えっ、織斑君、女の子とお風呂に入りたいんですか!?だっ、ダメですよ!」
「い、いや、入りたくないです」
一夏が全力で首を振ってる。
「ええっ?女の子に興味がないんですか!?そ、それはそれで問題のような……」
山田先生の言葉に教室に集まっていた女子たちが沸き立つ。
「織斑くん、男にしか興味ないのかしら……?」
「織斑×井口……いや、井口×織斑?どっちにしろアリね!」
「中学時代の織斑くんの交友関係を洗って!すぐにね!明後日までに裏付けとって!」
女子たちの言葉に俺は寒気を感じてお尻を隠しながら一夏から距離を取る。
「お、おい!なんで距離置くんだよ!」
「いやー、人の趣味嗜好は人それぞれだからとやかく言うつもりはないし、基本BでLな趣味を持っていても否定はしないが……俺はノーマルだし……」
「俺もノーマルだよ!!」
一夏の否定が教室に響いたのだった。
○
「1033室……あっ、ここか」
寮にやって来た俺は先生から渡された鍵を取り出す。
「さて、俺の同室は……っと、その前に…」
コンコン。
「……どうぞ。開いてるから」
俺が部屋をノックすると返事が返ってくる。ドアノブに手をかけて部屋に入る。
「失礼しまーす……」
部屋に入ると、まずその豪華さに目を見張る。
俺が政府から貸し与えられていたホテルよりも豪華だ。二つ並んだ大きなベッド。見ているだけでふわふわなのが分かる。こんなベッドうちにもほしいね。窓側のベッドには先客の荷物が乗っていた。
「…………」
横に設置された机に座って空中投影ディスプレイを睨んでパチパチとキーボードを叩いている眼鏡の少女がいた。
空中投影ディスプレイって確かそれなりに値がするよな。俺も欲しいけど残念ながらそんな金はない。俺が使っているのはそれほど値の張らないノートパソコン。まあスペック的にもゲームや動画見る程度ならそれで充分なんだけど。
「あのー……」
俺の言葉にキーボードを叩く手を止め、少女がこちらを見る。
髪はセミロング。癖毛のハネが内側に向いている。制服姿のままで、リボンの色から俺と同学年だと思われる。どこか暗い印象の少女だった。
「…………」
「えッと……井口颯太です」
「………更識簪…」
「よ、よろしく……」
「……………」
なぜかじっと見つめられている。な、なんだろう。俺の顔に何かついているんだろうか。
「な、何か?」
「…………」
返事がない。まるで――とかはいいや。えっと、どうしよう。
「あ、荷解きしよう」
更識からの視線から逃れるように廊下側のベッドの近くに積まれた段ボールに体を向ける。
「………ねえ…」
「ん?」
積まれた一番上の段ボールを開けたところで後ろから声をかけられる。顔を向けると、体ごとこちらを向いた更識がいた。
「な、何か?」
はっ!もしかしてあれか?お前みたいなキモオタとは同室になりたくないってか?まあ更識は真面目そうだし、そういうオタク文化嫌いなのかも。
「………教室でオタク文化馬鹿にされて怒鳴ったって本当?」
「うん、まあね」
「……………」
うっ。無言の視線が痛い。目を逸らせない。というか、俺は自分の趣味が恥ずかしいとは思っていないので逸らすつもりはないけど。
と、更識が立ち上がる。何をするのかと思ったら窓側のベッドに置かれたカバンに歩み寄る。中身をごそごそと探っている。
どうやらお目当てのものを見つけたらしい。何かを持って俺の方にやってくる。
「こ、これ……」
「ん?っ!こ、これは!!」
更識が持っていたのはアニメのブルーレイボックス。表紙には大きさの異なる四体のロボット。そのアニメの題名は――
「『天元突破グレンラガン』!」
なぜこれがここに!?はっ!まさか…!!
「……無茶で無謀と笑われようと意地が支えの喧嘩道」
「っ!」
目の前の更識がおよそ見た目のキャラとは一致しないセリフを言う。しかし俺はそのセリフに覚えがあった。ここで俺が言うべき言葉は――
「壁があったら殴って壊す…道が無ければ、この手で作る!」
俺の言葉を聞いて更識がうれしそうに口元に笑みを浮かべる。
「「心のマグマが炎と燃える!超絶合体!グレンラガン!!」」
「俺を!」
「俺たちを!」
「「誰だと思っていやがる!」」
二人ともきりっとした顔で言う。
「「………………」」
数秒の間無言で見つめ合い、がしっと力強い握手をする俺たち。
「あらためてよろしく、更識」
「……簪でいい」
「そうか。よろしくな、簪。俺のことも颯太でいい」
「うん……よろしく…」
どうやら俺の青春はまだまだ捨てたものでもないらしい。素晴らしい友人ができた。
「よし!親睦を深めるためにこれからこれ見ようぜ!」
「…うん!」
力強く頷く簪。
「あっ!でもブルーレイ対応の機器がない!」
「大丈夫」
俺の言葉に簪が設置されたテレビの下の棚を開ける。
「な!これは!!」
そこにはブルーレイ、DVD、VHSの機器が設置されていた。これもしかして全部屋に置いてあるのか?流石政府の学校。国立万歳!税金万歳!
その後、俺たちは夜通しグレンラガン観賞会を行った。二人でこのシーンのここがすごい、ここが感動的だ、と盛り上がった。それからそれぞれが好きなアニメや漫画の話題でも盛り上がった。結果、俺たちが寝たのは日付が変わってから、時計が2時を示した頃だった。
新しい環境になった時、僕が一番心配だったのは同じ趣味の友人ができるかどうか。
まあ結果的にはできたんですが。
そんなわけで颯太君にもオタ友誕生です。
ヒロインになるかは…未定です。
実はこのキャラをヒロインにしようってキャラはいるのですが、そこまで行くのが長くなりそうなのでここからは巻きで行くかも……。