IS~平凡な俺の非日常~   作:大同爽

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ifⅡ-8話 Count your sins

「フフッ、まさかこうして君とまた試合することになるなんて思ってもみなかったわ」

 

「つれないこと言うなよ。俺は今日までこの瞬間に焦がれてたぜ」

 

 目の前で黒龍の鎧を纏う伊藤の言葉に笑みを浮かべて答える。

 

「あら、私の顔なんてもう二度と見たくないって思ってるかと思ってたけど?」

 

「……そうだな、できるなら二度と会いたくは無かったかもしれねぇ。でも――」

 

 俺はそこで言葉を区切り、腰の鞘から《火人》を抜き構える。

 

「ここで逃げたら、俺はもう何に対しても立ち向かえなくなる。逃げ続けたくないんだよ」

 

「ふ~ん、なんかハヤ太君の好きな漫画の主人公の台詞みたいだね」

 

 俺の言葉にニヤリと笑いながら腰を落として両手を広げる様に伊藤も構える。

 

「もう立ち上がれないくらいバキバキに折り砕いてあげるよ」

 

 伊藤の言葉に俺もさらに集中を深め真っ直ぐに見据える。

 互いに相手を見据え、相手の一挙手一投足全て見逃さない気概でジッと見つめ続ける。

 その視界の片隅に浮かぶ試合開始までのカウントダウンが刻々と刻まれ――

 

「「ッ!!」」

 

 0になった瞬間俺たちは同時に動いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺たちがこうして再戦している経緯を語るには三日前に遡る。

 簪に励まされ、篠ノ之博士の突然の訪問から一週間が過ぎた。その間に篠ノ之博士がもたらした新装備を使った特訓を経て、俺は再び伊藤へ対面し、再試合を申し込んだ。申し込んだのだが――

 

「え?普通に嫌だけど?」

 

 再試合の申し込みに教室まで訪ねた俺に伊藤は席に着いたままケロリとこともなげに答える。

 

「だって、こっちにメリット無いもん。あんたの持ってた生徒会副会長って地位ももう貰ったし、これ以上ハヤ太君から欲しいものないから。今の君には戦うための魅力的な条件がない」

 

 そう言って笑う伊藤の言葉は、もちろん想定内だった。

 だからこそ、俺は切り札を出し惜しみなく切る。脇に持っていたカバンから一つの書類を取り出し、伊藤の机に叩きつけた。

 

「何これ?」

 

「お前が戦うに足りる理由。こちらが賭けられる条件だ」

 

 言いながらニヤリと笑みを浮かべる。

 

「お前のいる会社『ユグドラシル』についてちょっと調べたよ。そしたら面白い話がわかった」

 

 俺の話を聞きながら伊藤は俺が叩きつけた書類を手に取る。

 

「少し前に俺に女性権利団体の人間が接触してきたことがあった。『指南コーポレーション』との合同企画の橋渡しの打診だった。まあ事前に会社から話は聞いてて断る様に言われてたから、詳しい話は聞かなかったけど、向こうが提示していた提携する会社は『ユグドラシル』だったんだってな?」

 

 俺の言葉を聞きながら書類に目を通していた伊藤の目が見開かれる。

 

「コレ…!?」

 

「こいつは以前にお前らが前に提示していた提携の企画をさらに改定した合同企画への企画書だ」

 

「……あなた、正気?」

 

 書類を読み終えた伊藤は俺をじっと見据えて言う。

 そばでハラハラした様子で見ていた簪も気になった様子でやって来て書類を覗き込み

 

「何これッ!?こんなの合同企画でも提携でもない!これじゃあ損をするのは『指南』ばっかりで『ユグドラシル』に搾取される!?」

 

「社長には話は通してある。この企画書は社長と総務部長が用意したものだ。つまりこれは正式に会社から提示されたものだ」

 

「そんな……こんな企画通したら実質『指南』は『ユグドラシル』の子会社になるようなものじゃ――」

 

「ああ。だから、この企画はまだ正式に確定した企画じゃない」

 

「なるほどね」

 

 俺の言葉に伊藤は笑みを浮かべる。

 

「これが私が君と戦うに足りる魅力的な条件ってわけね?」

 

「ああ、その通りだ」

 

 伊藤の問いに俺は頷く。

 

「この企画を実現したかったら俺と戦え。俺が負けたらこの企画は現実になる」

 

「へぇ~」

 

 俺の言葉に伊藤は再び書類に視線を巡らせながら

 

「で?こっちへの要求は?」

 

 俺に視線をちらりと向けて訊く。

 

「ハヤ太君から奪った副会長の地位?それとも今度は『ユグドラシル』がそっちの子会社になるような一方的な企画でも用意してるのかな?」

 

「俺がお前に求めるものは変わらない」

 

 俺は伊藤を見据えたまま言う。

 

「俺が勝った時は、杏の墓標であいつに詫びろ」

 

 俺の言葉に伊藤は会社と相談するから返事は待ってくれと言った。

 その放課後、伊藤から正式に再試合を受けると連絡がきた。

 こうして俺たちは今日、再び拳を交える運びとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁぁぁぁぁ!!」

 

「セイッ!!」

 

 颯太の《火人》と伊藤の籠手が切り結ぶ。

 鍔迫り合いの最中俺の背後から四基の《インパクト・ブースター》が飛来。機銃の代わりにくの字型のブーメランのようなものを連射する。

 飛来したそれは颯太と伊藤のISに張り付く。

 

「シッ!」

 

 伊藤が颯太に蹴りを放つのを颯太はバックステップで回避する。

 

「なるほどね。これが君の私を倒すための奇策ってわけか」

 

 伊藤は言いながら自身の身体に張り付くブーメランのような物体に視線を向ける。

 

「これ自体に攻撃力は無い。でも一枚一枚が張り付いた個所から機体へ干渉して動きを封じるわけだ。しかもこれ、機体を熱する機能もあるみたいだね。これで私の『ニヴルヘイム』を封じる算段だったんでしょうけど――甘いわね」

 

 言いながら伊藤は両手を上へ構え

 

 パァァンッ!

 

 柏手を打つように両掌を打ち合わせる。

 その瞬間両手が煌めき彼女の身体に冷気が降り注ぐ。その冷気によって伊藤の身体に張り付く『電磁吸着ブーメラン』が凍り付きポロポロと剥がれ落ちる。

 

「私の機体は君のと違ってエネルギーを蓄積するのであって、冷気そのものを溜めているわけじゃない。だからこんなもので『ニヴルヘイム』を封じることは出来ないってわけ」

 

「…………」

 

 伊藤の言葉に颯太は応えない。しかし、そんな颯太に勝ち誇った笑みで伊藤が続ける。

 

「着眼点はよかったかもね。動き自体は少しだけど封じられちゃうし。でも、準備する時間が少なかったんじゃない?このブーメラン、君にも張り付いている。君の機体がこんなもの受けたら――」

 

「ッ!」

 

 伊藤の言葉の直後颯太の機体からガクリと力が抜け颯太は片膝をつく。

 見れば視界の隅に浮かぶ数値は100を超え666に向けてカウントを始めていた。まだ試合が始まって2分ほどしか経過していない。この時間で100を超えたのは通常の機体運用よりも圧倒的に早い。

 

「君の機体は一定以上の熱エネルギーに耐えられない。だからこそ君はそのビット装備でこまめに熱エネルギーを排出する必要がある。そうしなきゃ機体の性能が格段に落ちるから――ねッ!!」

 

 言いながら伊藤は颯太に爪を振り下ろす。寸でのところで《火打羽》で受け止める。

 

「そんな鈍間な動きで私と戦えるの?」

 

「くっ!」

 

 伊藤の問いに答えず颯太は《インパクト・ブースター》からまた『電磁吸着ブーメラン』を射出した。

 

「懲りないなぁ!」

 

 言いながら伊藤は笑みを浮かべながら颯太を《火打羽》ごと俺を蹴り飛ばす。

 

「このブーメランは私には効かないの。むしろ君の機体にも張り付いて余計に君の首を絞めることになるんじゃない?」

 

「…………」

 

 伊藤の言葉に颯太は黙ったまま聞き続ける。

 

「フフ、万策尽きて言葉もないかな?試合前のあの威勢はどこ行ったの?」

 

 伊藤は勝ち誇った笑みで颯太に問いかける。そんな伊藤に

 

「いや、よくもまぁそんなにペラペラと試合中に勝ち誇っておしゃべりできるなぁって思って」

 

「……はぁ?」

 

 颯太の言葉に伊藤は眉を顰める。

 

「だって君の新しい奥の手は私には届かなかったじゃない?」

 

「奥の手?あぁこれのこと?」

 

 伊藤の問いに颯太は自分の左腕に張り付く『電磁吸着ブーメラン』を指さしながら訊く。

 

「そうだよ!それは私には通用しない!ほら!!」

 

 言いながら伊藤は再び頭上で手を打って冷気の雨で『電磁吸着ブーメラン』を剥がす。

 

「こんなものいくら使ったって――」

 

「いったいいつから、この『電磁吸着ブーメラン』がお前への対策だと、錯覚していた?」

 

「何……?」

 

 困惑する伊藤の目の前で颯太は四基の《インパクト・ブースター》を自分を囲うように展開。そこから一斉に『電磁吸着ブーメラン』を射出した、彼自身に向けて。

 

「ッ!そうか!わかったぞ、君の狙いが!」

 

 颯太の行動に息を飲んだ伊藤は口元に笑みを浮かべて叫ぶ。

 

「君の狙いは最初から、そのブーメランを自分のISに張り付けて機体に熱エネルギーが溜まるのを加速させることが狙いだったんだ!最後の最後の君の最大にして最凶の切り札を使うために!!」

 

 言いながら、しかし、彼女は少しも焦った様子なく続ける。

 

「でもね、こっちもその技の情報はちゃ~んと手に入れてるの!君はその技を使えばその後戦うことができなくなる。機体に残るエネルギーと言うエネルギーすべてを使い切る大技だ!一発キリの最後の切り札!それは逆に言えばそれを回避しさえすれば私の勝ちなんだ!!」

 

「…………」

 

 伊藤の言葉を聞きながら颯太はカウントを見る。そこではめまぐるしい速さで数値が上昇し続けている。

 

「さぁ撃っておいでよ!私の機体の機動力をもってすれば君の奥の手を避けることは簡単なんだよ!!」

 

 伊藤の言葉の瞬間、カウントがついに666を迎える。

 直後颯太の纏うISから《火打羽》《火神鳴》《火遊》《インパクト・ブースター》が強制的に解除され、機体に溜まったエネルギーがオーラのように吹き出し彼の身体を黄金色に染める。

 

「さぁフィナーレだ!それを撃った瞬間君の負けは確定する!!」

 

「はぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 伊藤の言葉に答えず颯太は唯一残った《火人》を右手に握ったまま頭上に掲げて振り被り

 

「おりゃぁぁぁぁぁッ!!!!」

 

「ッ!?」

 

 伊藤に向けて投擲した。

 颯太の突然の行動に虚を突かれた伊藤は咄嗟に右に飛び退く。一瞬前まで伊藤がいた地面に《火人》が突き刺さる。

 すぐさま身構え颯太の方向へ視線を向けた伊藤は

 

「なッ!?」

 

 そこに颯太の姿が消えていることに驚く。

 

「なんでッ!?この一瞬でどこにッ!?」

 

「こっちだよ!!」

 

「がッ!?」

 

 伊藤が周囲に視線を巡らせようとした直後、颯太の声とともに背中に衝撃を受けて吹き飛ばされる。

 

「な、なんで……?」

 

 一瞬前に目の前にいたはずの颯太がほんの二、三秒で自分の背後に回っていたことに困惑を隠せない伊藤は身を起こしながら颯太に視線を向ける。

 颯太が今だその身を黄金色に輝かせたまま立っていた。

 

「いったいなんだその力!?そんなものデータにはなかった!!」

 

「これは、俺が見出したこの『火焔』の新しい能力の可能性だ。俺がお前と言う過去へ立ち向かうための力だ」

 

「新しい可能性!?過去に立ち向かうための力!?ハンッ!正義の味方にでもなったつもり!?」

 

 俺の言葉に伊藤は体を起こして俺を指さす。

 

「忘れたわけじゃないでしょう!?赤木杏が死んだのは私だけの責任じゃない!君はあの時傍観し続けた!何もしなかった!彼女に手を差し伸べなかった!直接手を下さないまでもそれを黙って見て見ぬフリし続けた君が!そんな君が今更正義の味方面して私を裁こうって言うの!?ふざけないでよ!!」

 

「…………」

 

 颯太は伊藤の言葉を聞いて少し黙り、しかし、ゆっくりと頷く。

 

「お前の言う通りだよ、伊藤。俺は杏を助けようとしなかった。杏がいじめられているのをただ黙って見ていただけの傍観者だ。お前の共犯者だって言われても仕方ない。だから、この力は正義のための力じゃない。俺たちが今日まで目を背け続けていた過去に向き合う為の、俺たち二人の罪から目を背けない為の力だ」

 

「私たちの罪……?」

 

 伊藤は颯太の言葉に声を震わせながら問う。

 

「一つ、俺は自分の見る夢を掲げ続けることができなかった」

 

 言いながら颯太は一歩踏み出す。

 

「二つ、大事な幼馴染が苦しんでいるとき、俺は自分可愛さに手を差し伸べることができなかった」

 

 さらに一歩踏み出す。

 

「三つ、そのせいで大事な友達を一人、永遠に失った」

 

 さらに一歩踏み出す颯太。

 

「何を言ってる?」

 

 伊藤は顔を顰めながら颯太を睨みつける。

 

「俺は自分の罪を数えたぞ、伊藤……いや、加奈ちゃん」

 

 そんな伊藤の視線を受けたまま颯太は見つめ返し、ゆっくりと右手を上げて伊藤を指さす。

 

「さぁ、お前の罪を数えろ」

 


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