「…………」
一時間目も終わり、俺は今ボーっとしている。なぜかって?現在我が一年一組には他学年他クラスから大勢の女子が来ているうえに、クラスの女子も含めてその場の視線が突き刺さるように向いているからだ。動物園のパンダになったようだ。
「なあ、井口」
「ん?」
呼ばれて顔を上げた俺の前には隣の席の織斑が立っていた。
「お互い珍獣みたいで大変だよな」
そうにこやかに言う織斑。笑った顔が爽やかでイケメンでしかも優しそう。あれだな。ラノベやギャルゲーの主人公みたいなやつだ。さしずめ俺はそんな主人公の愉快な友達ポジションだな。決していやな奴ではないのになぜかモテない的なあれだ。ちなみに俺がモテないのはフツメンだからだ。
「おう。珍獣同士仲良くしようぜ。俺のことは颯太でいいから」
「そうか。よろしくな颯太。俺のことも一夏でいいからな」
お互いに差し出した手を握り、握手をする。
「ちょっといいか?」
と、そこに声をかけてきたポニーテールの女子。確か篠ノ之だか東雲だかって人だ。
「すまないが一夏を借りてもいいだろうか?」
「ど、どうぞ」
俺が返事をすると、二人は廊下の方に出て行ってしまった。
一人取り残された俺。……よし!ラノベ読もう。
それから俺はずっとラノベを読んで時間を過ごし、二時間目の始業のチャイムを迎えた。
ちなみに一夏たちは始業のチャイムに間に合わず、なぜか一夏だけが叩かれた。
○
「――であるからして、ISの基本的な運用は現時点で国家の認証が必要であり、枠内を逸脱したIS運用をした場合は、刑法によって罰せられ――」
すらすらと教科書を読んでいく山田先生。内容がどっさり詰まった教科書五冊が俺の目の前に積まれている。付け焼刃ではあるが、事前に電話帳サイズの参考書で勉強したおかげである程度分かる。何か所かわからないところもあるが、そこは後で先生に聞こう。
「井口君。何かわからないところはありますか?」
ノートにシャーペンを走らせている俺に山田先生が訊く。男の俺を心配してくれたのだろう。いい先生だ。
「じゃあ、質問いいですか?ここのところなんですが……」
「ああ、ここは少しややこしいんですよ。えっとですね――」
そしてすらすらと解説しだす山田先生。しかもわかりやすい。すごい。この人オドオドしてるから頼りないと思っていたけど、いい先生だった。
「っと、こんな感じですけど、どうですか?わかりましたか?」
「はい」
「他に何かわからないところありますか?」
「えーっと…。いえ。今のところはないです。ありがとうございました」
「そうですか。何かわからないところがあったら行ってくださいね。なにせ私は先生ですから」
そう言って胸を張る山田先生。それによって揺れる大きく実った二つのメロ――ごっほごっほ!うっうん!…なんでもありませんよ。
山田先生にお礼を言いつつ席に座る俺。そんな俺のことをじっと見ている一夏。その顔はまるで『お前天才か!?』と言ってるようだった。なんでやねん。
「織斑君はどうですか?」
「えっ!?」
山田先生に呼ばれ教科書に目を落とす一夏。そして何かの覚悟を決めた顔をする。
「じゃあ、先生!」
「はい織斑君!」
「ほとんど全部わかりません!」
おい!素直に言ってんじゃねえよ!見ろよ、山田先生涙目じゃないか!
「え、えっと……織斑くん以外で、今の段階でわからないっていう人はどれくらいいますか?」
シ~ン。誰も手を上げない。いやいや、一夏。そんな『マジで!?』みたいな顔されても。
「……織斑、入学前の参考書は読んだか?」
教室の端にいた織斑先生が問いかける。
「古い電話帳と間違えて捨てました」
パァンッ!
「必読と書いてあっただろうが馬鹿者」
織斑先生が呆れた表情を浮かべる。
「あとで再発行してやるから一週間以内に覚えろ。いいな」
「い、いや、一週間であの分厚さはちょっと……」
「やれと言っている」
「……はい。やります」
ギロリと睨む織斑先生。それは実の弟を見る目じゃないですよ織斑先生。
「ISはその機動性、攻撃力、制圧力と過去の兵器を遥かに凌ぐ。そういった『兵器』を深く知らずに扱えば必ず事故が起こる。そうしないための基礎知識と訓練だ。理解が出来なくても答えろ。そして守れ。規則とはそういうものだ」
まったくもって正論。だが正論だからと言って納得できるわけじゃない。
「おい、織斑、井口。貴様等、『自分は望んでここにいるわけではない』と思っているな?」
ギクッ。なんでわかった!?さては…織斑千冬、貴様見ているな(俺の心を)?
「望む望まざるにもかかわらず、人は集団の中で生きなくてはならない。それすら放棄するなら、まず人であることを辞めることだな」
まあこれが俺の新しい日常だ。これから三年続くこの日常に俺は早く慣れるしかないのだろう。
○
「ちょっとよろしくて?」
「へ?」
「はい?」
二時間目も終わり、休み時間。一夏とだべっていた俺たちの元に一人の女子生徒が現れた。なんか偉そうな金髪巻き毛の女子。腰に手を当てたポーズもなんか偉そうだ。
「聞いてます?お返事は?」
「あ、ああ。聞いてるけど……」
「何か用か?」
「まあ!なんですの、そのお返事。わたくしに話し掛けられるだけでも光栄なのですから、相応の態度というものがあるのではないかしら?」
「「……………」」
あ、わかった。こいつめんどくせぇ。何こいつ。有名人なの?知らんのだが。
「悪いな。俺、君のこと知らないし」
織斑の返事に、気に入らなかったのか吊り上げた目を細めて見下したように続ける。
「わたくしを知らない?このセシリア・オルコットを?イギリス代表候補生にして、入試首席のこのわたくしを!?」
あー、めんどくせぇ。こいつあれだ。今時の女尊男卑な世間を具現化したみたいなやつだな。こんな奴が代表候補生なのか。おい、智一。俺、こんなのと逆玉とかいやだよ?
「あ、質問いいか?」
「ふん。下々の者の要求に応えるのも貴族の務めですわ。よろしくてよ」
「代表候補生って、何?」
がたたたっ。聞き耳立ててクラスメイト数名と俺がずっこけた。また額ぶつけた。痛いっす。
「まあ、あれだ。読んで字のごとく、国家代表のIS操縦者の候補生のことだ」
「なるほど」
「まったく、信じられませんわ。極東の島国にはテレビもないのかしら……」
失礼な!テレビくらいあるに決まってんだろ!でなきゃアニメも見れんわ!
「まああれだ。エリートなんだよこのセシリア殿は」
「そう!エリートなのですわ!」
うわ!元気になった。
「本来ならわたくしのような選ばれた人間とは、クラスを同じくすることだけでも奇跡……幸運ですのよ。その現実をもう少し理解していただける?」
「そうか。それはラッキーだ」
一夏の気のない返事。俺は無言。正直そろそろ本題に入ってほしい。いい加減飽きてきてオルコットの縦ロール見て、空腹を感じてきた。なんかあれだ。この人の縦ロール見てるとチョココロネ食べたくなる。ここの学食に置いてあるかな?
「ちょっと、あなたはどうなんですの!?」
バンッ。っとオルコットが机を叩いたことで俺は我に返る。あ。机に置いてたラノベが落ちた。
「あーあー、俺のラノベが」
「ちょっと聞いてますの!?」
落ちたラノベを拾ってパンパンと埃掃った俺にオルコットが怒鳴る。
「あ、ごめん。考え事してて聞いてなかった」
「わたくしの話を聞かずに何を考えていましたの!?」
「え!?」
素直に、お前の縦ロール見てたらチョココロネ食べたくなった、なんて言ったら怒られるに決まってる。
「えっと……フェルマーの最終定理について?」
「ウソおっしゃい!」
バンッ。とまた机を叩かれた。
「あーあー、俺のラノベが」
また落ちてしまったラノベを拾う俺。
「で?俺のラノベを二回も落とすほどお前が訊きたかったことって何?」
と、俺が訊いたところでチャイムが鳴る。
「っ………! またあとで来ますわ!逃げないことね!よくって!?」
いや逃げないよ。かったるいけど。
結局この休み時間は変なクラスメイトに絡まれて、小腹がすいたのを感じた休み時間だった。
てなわけでセシリア登場。
セシリアファンの方、ごめんなさい。チョココロネとか言って。