内容の覚えていない悪夢によって黒歴史に新たなページを刻み、シャルロットと無事仲直りした翌日のこと。
「――と、なることから、ここですべきことは――」
キ~ン♪コ~ン♪カ~ン♪コ~ン♪
「おっと、時間か。では、今日はここまでとしよう」
織斑先生がチャイムの音を聞き、開いていた教科書を閉じる。
「起立!礼!」
『ありがとうございました!』
一夏の号令で揃って織斑先生へと頭を下げる。
それに「うむ」と頷いた織斑先生は教室を後にする。
織斑先生が居なくなると教室の中は休み時間特有の喧騒が溢れる。しかも今は普通の休み時間ではなく――
「颯太ぁ~、飯行こうぜ~」
授業に使ったノートや教科書、筆記具を片付けていた俺の元に一夏がやって来る。
そう、先ほどの授業が四時間目だったので現在は昼休み、お昼ご飯の時間だ。
見ると一夏の他にも箒、セシリア、ラウラ、そしてシャルロットがいる。恐らくこの後鈴と簪も合流することだろう。
「おう、学食行く?それとも購買でパンでも買うか?」
「そうだな……じゃあ――」
「失礼するわね」
俺の言葉に考える一夏だったが、教室の後ろのドアから誰かがやって来る。見るとそれは――
「ハァイ、颯太君!みんな!」
「楯無さん?」
教室に現れたのはシャルロットの言葉通り師匠であった。
「午前の授業お疲れ様~」
「お疲れ様、はいいですけど」
「どうかしたんですか?」
セシリアの言葉に引き継いで箒が訊く。
「うん、ちょっと颯太君に用事でね~」
「俺?」
二人の問いに答えた師匠。
「ええ、ちょっと生徒会の用事でね。ちょっと手伝ってほしいことがあるのよ」
「うぇ~……?」
「ちょっと何よ『うぇ~』って」
隠さず嫌な顔をした俺に憤慨したように師匠が訊く。
「だって……それ、どうせまた師匠が仕事を溜め込んでた仕事手伝えってことでしょ?」
「~~♪~~~♪」
「口笛吹いてもダメっすよ」
古典的なとぼけ方をする師匠に俺はジト目を向けため息をつく。
「……しゃあない。悪いみんな、ちょっくら行って来るわ」
「手伝いましょうか?」
「気持ちは嬉しいけど今回の仕事は生徒会の役員じゃないと見せられない書類とかあってね……」
「だってさ。気にせずみんなと食べてきなよ」
シャルロットの申し出に答えた師匠。俺は言いながらシャルロットに勧める。
「なら俺も行った方がいいですか?」
「「「…………」」」
今度は一夏が申し出る。と、一夏の後ろで三人がピクリと反応する。
「あぁ~……そ、れ、は……」
それを見て師匠が考えるそぶりを見せ
「いいよ。俺だけで行って来る」
「でも、俺も一応生徒会の役員だし」
「いいって。もともと師匠が仕事溜め込んだせいだし。お前がそれを手伝う必要はないよ」
「でもそれはお前もだろ?」
「まあ俺この人の弟子で副会長な訳だし、師匠で会長の尻拭いは俺の仕事だ。あとみんながみんな手伝ったら師匠が懲りない。ある程度は師匠の手でやってもらわないと」
「ならお前もタダでやる必要は無いんじゃないか?」
「何言ってんだ?」
ラウラの言葉に俺は首を傾げる。
「一体いつ俺が、タダで手伝うなんて言った?」
「へ?」
俺の言葉に今の今までタダで手伝うと思っていたらしい師匠が呆けた顔をする。
「ねぇ、師匠?俺……CSMのファイズギアが欲しいなぁ~……あ、もちろんフルセットで」
「んなっ!?」
俺の言葉に師匠が驚きの声を上げる。
「CSM?ファイズギア?」
俺の言葉に一夏が首を傾げる。
「僕も詳しくは知らないけど、確かCSMって仮面ライダーの変身アイテムを大人用にグレードアップしたやつだよね?大人用なだけあって普通の子ども用のより値は張るみたいだけど」
「へぇ~、いくらくらいするものなんだ?」
「えっと……あ、あったあった。これくらい」
一夏の問いに俺は携帯で検索したものを見せる。
『高っ!?』
俺の携帯の画面をのぞき込んだ面々は声をそろえて言ったのだった。
○
「さ、昼休みもそれほど長い訳じゃないし、できる限りまでやっちゃいましょう」
生徒会室にやって来た俺は定位置に座りながら言う。しかし、そんな俺とは対照的にドアの前に立つ師匠は恐る恐ると言った様子で
「あ、あの~……颯太君?」
「なんすか?さっさとやってしましましょうよ」
「うん。そうなんだけどね?ただね?仕事にとりかかる前に……その、ね?」
「何ですか?はっきりしないっすね?師匠らしくもない。ズバッと言ってくださいよ」
「うん……じゃあ訊くんだけど……さっきのCSMファイズギアって本気?」
師匠の問いに俺はポカンとしてすぐにため息をつき
「あのねぇ……そんなの方便に決まってるじゃないですか」
「えっ!?そうなの!?」
俺の言葉に師匠が驚きの声を上げる。
「ああでも言わなきゃ一夏もついてくることになるでしょ?そしたらあの三人に悪いじゃないですか」
「あぁ……」
「まあ師匠がどれほど仕事溜めてるかによっては来てほしいってのは本音ですけどね」
納得したように頷く師匠に俺は肩を竦めながら言う。
「で?どのくらい仕事溜まってるんですか?」
「あぁ~……そのことなんだけどね……」
俺の問いに師匠は何やら言い淀む。
「……なんで言い淀むんですか?まさかそんな大量に!?」
「いや~……その、ね?ここまで来たら正直に言うんだけどね?」
言いながら師匠は自分の机の方に行き、引き出しから紙の束を取り出す。が――
「……え?そんだけ?」
俺の予想に反してその量は少なかった。というか
「これならすぐ終わるじゃないですか。しかも期限もまだまだあるし……どういうことですか?」
紙の束を手に取って内容を見た俺は意味が分からず困惑するばかりだ。
「その……さっきのファイズギアが方便だったように、仕事を手伝ってほしいって言うのも方便でね?」
「へ?」
俺は思わず呆ける。
「ほ、方便って何の……?」
「颯太君と二人っきりになるための」
「…………」
師匠の言葉に俺は言葉を失う。
「な、なんで俺と二人っきりに?」
「はぁ~……まぁだしらばっくれてるし」
俺の問いに師匠はため息をつく。
「しらばっくれる?いったい何を――」
「何って、決まってるじゃない。私の気持ちよ」
「っ!」
さらに訊く俺に師匠はオブラートに包まず言う。俺は思わず息を飲む。
「あのね?颯太君が広く浅く無駄に博識なのは知ってるの」
「ひ、広く浅いのはあってますけど無駄は余計です」
師匠の言葉に俺は返すが、そのツッコミには自分でもわかるくらい力が入っていない。動揺が隠せてない。
「だからね、颯太君が諱について知ってることも、それを教えるってことの意味について考えが及ぶのわかってて教えたの」
「はぁ!?なんで!?」
思わず俺は師匠の言葉に訊き返す。
「シャルロットちゃんに負けてられないなぁって思ったの」
そんな俺に師匠は肩を竦めながら答える。
「颯太君はシャルロットちゃんの気持ちを知って明らかに動揺してた。気持ちを知った以上意識せざるを得ない。颯太君も私のアドバイスで前向きにとらえるようになったみたいだし、だったら私も積極的に行こうかと思ってね。それなのに――」
と、師匠は俺の顔をジトッと睨む
「颯太君ったら思った以上にヘタレで、気付いてないふりするんだもん」
「それは……」
「まあそんなすぐに考え方が変わるとは思ってないわ。いきなりそんな肯定的にとらえるなんて無理な話よね」
うんうんと頷きながら師匠が言う。
「だから、眼を反らせないくらい理解させて、私に釘付けにしてやろうと思ったのよ。そのためにもこれまでよりも積極的に攻めようと思ってね」
「な、なんでそれを教えてくれるんですか?」
「そんなの簡単よ」
俺の言葉にニッと悪戯っぽく笑った師匠は
「これは告白じゃないわ、宣戦布告なの」
「宣戦布告?」
「ええ」
俺の問いに頷き一歩踏み込んでくる。その距離は後ほんの少し踏み出せば触れてしまうほどの距離で――
「あなたを絶対モノにするって言う、ね?」
「っ!」
師匠が二ッと微笑んで言う言葉に俺の心臓がドキリと脈打つ。
「と言うわけで早速こうして二人きりになれるように誘ってみたんだけど……」
俺の動揺をよそに一歩引くように離れた師匠はため息をつく。
「まさか二人っきりになるために4~5万もするおもちゃを買わされそうになるとは思わなかったわ」
「っ!そ、それは……だっててっきり本当に仕事が溜まってると思ったから、一夏を手伝わせないようにと思って……」
「別にいいわよ。結局は方便だったし、結果的にそれのおかげで二人っきりだしね」
フフ、と笑いながら師匠はいい気を取り直したように俺の顔を見る。
「さて、と言うわけで早速本題に入ろうかしら」
「え?今までの話がそうだったんじゃないんですか!?」
「当り前じゃない。言ったでしょう、宣戦布告だって」
言いながら師匠は生徒会室内に備えられたミニキッチンの方へ行き
「ジャ~ン」
何か大きな包みを持って来る。
「な、なんですかそれ?」
「ふふ、颯太君を落とそう大作戦ステップその1よ」
言いながら師匠は俺の目の前にその包みを置き、包んでいる風呂敷の結び目を解く。
中から出て来たのは――
「お重?」
「そ、一緒にお昼を食べようと思ってね」
言いながら師匠は包みの中から現れた大きな三段のお重をパカッと開ける。
その中身は一番上はキレイな三角形のおにぎりが並び、二段目には色とりどりの豪華なおかず、三段目にはデザートと思われるフルーツがそれぞれに入っていた。
「うわぁ……」
思わず感嘆の声が漏れる。どれもこれも美味しそうだ。
「ステップその1、まずは胃袋を掴もう大作戦。どう?美味しそうでしょ?」
「こんなにたくさん……大変だったんじゃないですか?」
「まあほとんど下準備は昨日のうちにしてたけど、少し早起きしちゃったわね」
「そんな……なんか申し訳ないっすよ」
「いいのよ。だって――」
言いながら俺の隣の椅子に腰かけた師匠は
「颯太君のためなら苦じゃないわよ」
そう言って微笑んだ表情はものすごく魅力的だった。
「さ、食べて食べて」
「は、はい」
師匠に促され、俺は差し出された箸を受け取る。
「じゃ、じゃあ、いただきます」
「フフ、どーぞ」
笑顔の師匠の顔を見ながら俺は改めてお弁当の無いように目を向ける。
唐揚げや鶏肉の照り焼きなど、がっつりとした男受けしそうなメニューや、卵焼きやウィンナーと言ったお弁当定番のメニューに加え、ちゃんとバランスを考えられているようできんぴらごぼうやほうれん草のおひたしと言った野菜を使ったものもある。
迷った末、俺は最初に鶏肉の照り焼きを一切れ取り、口に運ぶ。
「っ!?うまっ!!」
口に広がる醤油ベースの照り焼きのタレがプリプリの鶏肉によく絡みめちゃくちゃ美味かった。
「フフ、よかった」
嬉しそうに笑いながら師匠も箸を手に取り食べ始める。
正直この照り焼きの味、俺の好みにドストライクだった。少し濃い目の味なのがいい。ご飯が欲しくなる。おにぎりを手に取りかぶりついてみれば濃い味のおかずとよく合う。
「あ、ちなみにおにぎりの具は梅と昆布と鮭ね」
このあたりが~、とおにぎりの列を指さしながら言う師匠。ちなみに俺が最初に手に取ったのは鮭だった。
その後唐揚げを食べてみれば恐らくあらかじめ下味をつけていたのであろうそれは絶妙の味付けで、冷めているはずなのにジューシーだった。
卵焼きはだし巻きではなくお弁当定番な感じの卵焼きで、少し砂糖が入っているようで甘い風味だった。
ウィンナーもカニやタコなどに飾り切りされていて手が込んでいる。
きんぴらごぼうも絶妙な甘辛い味で、ほうれん草のおひたしも少量でかけてある醤油が絶妙で、どちらも絶品だった。
「すげぇ……どれもこれもうめぇ……」
「そう?よかった」
「前から師匠が料理上手いのは知ってましたけど、ここまでとは……」
「違うでしょ?」
「へ?」
と、俺の言葉に師匠が頬を膨らませる。俺は意味が分からず首を傾げる。俺の今の言葉に何か変なところがあっただろうか?
「か・た・な」
「はい?」
「二人っきりの時はそう呼んでくれるって約束でしょ?」
「っ!」
師匠の言葉に俺は食べていたおにぎりがのどに詰まりかける。
慌てて飲み下し
「え、えっと……」
師匠の顔とお弁当、とあちこちに視線をさまよわせる俺。そんな俺を楽しそうに眺めている師匠の視線を感じながら俺は意を決して
「か……刀奈…さん」
「ん~?何かしら?」
俺の言葉に師匠は微笑みながら訊き返す。
「その……めちゃくちゃ美味しいです」
「ん。ありがと♡」
視線を反らして言う俺に師匠――刀奈さんは嬉しそうに笑った。
「あ、それとね?このお弁当が美味しいのは私の腕だけが理由じゃないわよ?」
「へ?」
刀奈さんの言葉に俺は首を傾げる。
「これはね?どれも颯太君の好みに沿うように意識して作ったのよ」
「は?」
「例えば、この鶏肉の照り焼き、これは味付けの濃いお肉料理をご飯と一緒に食べるのが好きな颯太君用にちょっと濃い目にしてる」
鶏肉の照り焼きを指さしながら師匠が言う。
「こっちの唐揚げも同様。颯太君お肉はウシ・ブタ・トリだと鶏肉が好きみたいだからメインは鶏肉中心にして、卵焼きはだし巻きより砂糖を少し入れて甘くした卵焼きが好きみたいだったし、ウィンナーはこうやって少し遊び心がある方が颯太君喜ぶかなって思ったの」
唐揚げ、卵焼き、ウィンナーと順々に指さしながら言う。
「おにぎりも濃い味のおかずと合う様にお塩使わずに握ってるし、中の具も定番だけど、颯太君の好みになるようにしてるわ。梅干しははちみつ風味のちょっと甘いやつだし、昆布も前に颯太君の実家に行ったときに見た銘柄にしてみたわ。鮭もただ鮭じゃなくて解した身にマヨネーズを少し加えて和えて鮭マヨにしてる」
言われて気付く、おにぎりの昆布が食べなれた味だったことに。
「ほうれん草のおひたしにかけるお醤油はちょっとでいいみたいだったし、きんぴらごぼうも少し甘めが好きみたいだったし……そう考えたら颯太君って甘めの味付け好きよね」
「な、なんでそこまで俺の好み把握してんですか?」
「まあ普段颯太君が食べてるものの傾向とかでね」
驚く俺に刀奈さんは何でもないことの様に答える。
呆ける俺に悪戯っぽく微笑む刀奈さん。
「そんなに手間かけて……」
「まあ手間は手間よね」
俺の言葉に刀奈さんは肩を竦める。
「でもね、そういう手間の一つひとつが楽しいのよね」
「楽しい?」
俺の言葉に刀奈さんが頷く。
「これを食べた時の颯太君の顔を想像したりね。驚くかなぁ?喜んでくれるかなぁ?ってね」
「……………」
楽しげに笑う刀奈さんに俺は言葉を失う。
「ちなみにこのお弁当、私の中ではまだ8割の出来よ?」
「へ?」
思わぬ刀奈さんの言葉に俺は呆ける。
「今日の颯太君の反応とかからもっともっと颯太君好みになるから楽しみにしてて」
「……………」
刀奈さんの言葉に俺は唖然とする。
「どう?」
そんな俺に刀奈さんはニヤリと笑う。
「どうって……」
「私、結構尽くすタイプでしょ?」
ドヤァと自信に満ちた笑みを浮かべる刀奈さんに
「それ、自分で言います?」
俺はため息をつき
「………ぎゃふん」
ぽつりと呟いた。
「フフ、まずは私の得点ね」
そんな俺の呟きに嬉しそうに言う刀奈さん。
「この調子でどんどん行くから、覚悟しててね♡」
「……………」
刀奈さんの自信に満ちた言葉に俺は何と答えていいかわからず、黙ってお弁当に箸を伸ばした。
口に入れた鶏肉の照り焼きはやはり絶品で、これで八割の出来とは思えないほどだった。