今回の三連休は台風直撃などいろいろが重なりかなり大変な騒ぎでしたが読者の皆さんはご無事でしょうか?
私は台風のおかげでほとんど家から出られませんでしたねぇ。
おっと、台風が来てようとなかろうと私ってば休日はほとんど出掛けないんだった(笑)
そんな訳で最新話です。
『ダメ……ねぇ~…わたし、そうたくんのいったとおり……そ…それほど、完璧じゃ…なかったみたい……ゴホッゴホッ』
『わたしのっ……かわりに、学園のこと……たのむ…わよ……?』
『だいじょうぶ……そぅたくん、は……そうたくんなら、できる……だって……私のじまん、の弟子…なんだから……』
『だいじょう、ぶ……ちょっとねむるだけ、だから……ちょっとねたら……すぐ…もどってくるから……』
『あぁ……あったかい……私の好きな…そう、たくんの……て………』
「っ!」
目が覚めた時、一番に目に入ったのは見慣れた寮の天井だった。
とりあえず体を起こしてみるが身体中ぐっしょりと冷たい汗で濡れていた。
「……………」
汗で張り付く前髪をかき上げる。
直前まで何か夢を見ていた気がする。でもその内容はまるで頭にモヤがかかったように不鮮明で思い出せない。
ただ漠然と嫌な夢だったって言うイメージが残っている。
――いや、もう一つ夢の残滓があった。
「……うるせぇ」
耳の奥でずっと残ってる叫び声、まるで喉を潰さんばかりに哭いている獣の咆哮のような、悲しみ、恐怖、憤り、憎悪、その他マイナスの感情をない交ぜにしたような声。
それがずっと耳の中に残っている。
「うぅ……気持ちワリィ……今何時だよ……?」
耳を掌で叩きながら頭を掻き、ベッドの脇の目覚まし時計に視線を向ける。
時計のデジタル表示には普段起きるのとそう変わらない、ちょっと早いくらいの時間が表示されている。
「……………」
俺は数秒ほどベッドの上で思案し
「とりあえずシャワー浴びよ……」
ため息をつきながらベッドから降りる。
なんだか頭がズキズキと痛む。耳の中で聞こえ続ける叫び声のせいで余計に頭痛に響く気がする。
口の中がモッタリとしたネバつく様な気持ち悪い感じがする。喉の奥が胃液で酸っぱい。
よたよたと身体を引き摺るように進み、汗で張り付くパジャマを脱ぎ捨てて備え付けのシャワー室に入る。
頭から暖かいお湯を浴びて汗を流し、三回四回といつもより多めに歯磨き粉を付けて歯を磨くとやっと歯磨き粉のミントの風味で口の中の気持ちの悪さが納まる。
頭から足の先、口の中までさっぱりしたら、やっと体の気怠さが軽くなった。ただ――
「はぁ……しんどっ……」
体のしんどさより精神的なモノだろう。
「何だったんだろうあの夢……内容ほとんど覚えて無いけど……」
髪を乱暴にこすって乾かしながらふとため息をつきながら呟く。
「……ダメだ、食欲も出ねぇ……」
冷蔵庫を開けて体調が悪いとき用に常備している10秒飯のチューブを一本取り出して手早く済ませる。
「……………」
そのまま口に空のチューブを加えたままベッドに腰掛ける。ペコベコとチューブを膨らませたり萎めたりしながら天井を見上げる。
本来なら日課のトレーニングをしている時間だが、何故か漠然とした言いようもない気怠い感覚が胸を満たしている。
「こんな状態でやっても集中できそうにねぇな……」
ため息をつき、とりあえずで着ていたジャージから学園の制服に着替える。
そのまま今日の授業に必要な教科書類が揃っているのを確認しカバンを持って部屋を出る。
寮を出たところで10月の朝の肌寒い風に顔を一瞬顰めるが、そのまま歩き始める。
時刻はやっと7時になったくらいなせいか校舎へと向かう道はひっそりとしていて人の気配はない。
いつもよりゆったりとした歩調で散歩がてら歩きながら俺はふと気付く。
「あ、こんな早くに校舎って開いてんのかな……?」
まあそん時はそん時考えよう、と思うことにしてとりあえずゆっくり向かうことにして、いつもより少し遠回りな道を選ぶ――が、かなりゆっくり目に遠回りをしていたつもりだが、ニ十分ほどの散歩で校舎についてしまった。
「さて、開いてなかったらどうすっかなぁ~」
と、考えつつ玄関の扉に手をかけ
「って開いてるし……」
すんなりと開いた扉に驚きつつ、この時間に学校に来て働き始めてるであろう先生方に労いの念を送りつつ靴を履き替え教室に向かう。
いつもなら喧騒にあふれる廊下も静まり返り、まるで異世界にでも来たようだ。
教室に入ると当然ながら誰もいない。
電気もついていないが朝の陽光で十分に明るい。
カバンから教科書を出して机に収め、席に着く。が――
「暇だ」
見事に手持無沙汰だ。
時間つぶしに本でも読もうかと思ったがうっかりこの間読み終えた小説を入れたままにして入れ替えてなかった。
同じ本を読むのもつまらん。せめてもう少し機関が空いてからならまだしも、ついに二日前の土曜に読み終えたばかりだ。
さてどうするか……と、思案し
「あ、そうだ。今日の放課後にしようと思ってた生徒会の仕事するか」
思い付いたら即実行。席を立って生徒会室に向かう。
歩いてやって来た生徒会室の前で
「あ、やべっ……鍵……」
ドアに手を伸ばしかけたところで自分の失態に気付く。
「はぁ……扉と一緒でここも空いてるわけないしなぁ……」
と、踵を返そうとしたところで
「む?」
目の前でドアが開き織斑先生が現れる。
「お、織斑先生!?」
「井口……こんなところでこんな時間に何をしてる?」
「い、いや……生徒会の仕事しようと思って……先生こそこんな時間に生徒会室で何してるんですか?」
「更識に用があっただけだ。まあちょっとした報告だ。その用も終わった」
言いながら織斑先生は俺の脇を通って生徒会室を出る。
「……………」
「……なんですか?俺の顔に何かついてますか?」
ジッと見つめる織斑先生の視線に俺は思わずきょどる。
「………いや、なぁに、人は見かけによらんな、と思ってな」
「はい?」
「気にするな、こっちの話だ」
織斑先生の言葉の意味が分からず首を傾げるが、そんな俺をフッと笑いながら先生は歩き始める。
「仕事をするのはいいが、ほどほどで切り上げろ。間違っても授業に遅れないようにな」
「う、うっす……」
後ろ手に手を振りながら去って行く織斑先生に返事をし、俺は向き直る。
俺は少し考え、一歩踏み出し生徒会室に入る。
「あら?」
そんな俺に部屋にいた先客が顔を上げる。
何か考え込むように机にもたれかかって立ちながらカップを手に紅茶を飲んでいたらしい人物――師匠がやって来たのが俺だとわかるとニッコリと微笑む。
「颯太君、おはよう。早いわね。何か用事かしら?」
「…………」
「………颯太君?」
ニコニコと俺に言う師匠だったが、俺は何故か言葉を失っていた。そんな俺の様子がおかしいと感じたらしい師匠が首を傾げるが、俺は構わず師匠に向かって歩み寄る。
「どうしたの?何かあった?」
師匠が訝し気な様子で首を傾げながらカップを机のソーサーに置く。
そんな師匠には答えずそのまま目の前まで歩み寄り――俺は師匠を抱き寄せていた。
「っ!ちょ、ちょっと颯太君!?」
耳元で師匠の困惑した声が聞こえるが俺は構わずギュッと抱きしめる。師匠がどうしていいかわからず両手をワタワタとしているのがなんとなく気配でわかる。
「そ、颯太君!?別にお姉さんそういう熱烈な愛情表現は嫌いじゃないけど急にされるとびっくりするって言うか心の準備が――」
慌てふためいた師匠の言葉が途中で途切れる。
「颯太君……アナタ――泣いてるの?」
師匠の問いには答えず、俺はさらに強く抱き寄せる。強く抱き、ただそこにちゃんと師匠がいることを確かめたかった。
「………しょうがないなぁ」
言いながら師匠の両手が俺の背中に回され、その右手が優しく俺の頭を撫でる。
「……何かあったの?」
「わかりません……わからないんです……」
師匠の問いに俺は泣きながら首をふる。
「わからないけど……なんでかこうしてたいんです……」
「フフ、何それ?」
「すみません……」
「いいわよ。こんなに弱ってる颯太君も珍しいし、役得ってことで」
謝る俺に師匠は冗談めかして言いながら優しく撫でる手はそのままに。
「落ち着くまでこうしててあげるから」
「ありがとうございます……」
優しい師匠の言葉に頷く。
接している面、抱き寄せている腕から師匠の体温が伝わってくる。触れている柔らかな胸のさらに奥からトクントクンと師匠の鼓動が伝わってくる。その音が、微かな振動がどうしようもなく愛おしくて、もっともっと感じていたくて、俺はさらに師匠を抱き寄せる。ムニュッと俺の胸に押し当てられる師匠の胸の感触がさらにダイレクトに伝わってくるが、それに対するドキドキよりも、今は師匠がこうしてここに元気にいてくれることを感じていたかった。
――数分ほどそうしていた俺だったが
ぐぅぅぅぅぅぅ……
低く響いたその音が唐突に現実に思考を引き戻す。
「プッ」
と、師匠が噴き出す。
「何?お腹空いてるの?だから泣いてたの?」
「違いますよ!ただなんか安心したら……」
ぐぅぅぅぅぅぅ……
師匠の冗談めかした言葉に慌てて否定する俺だったが、再び俺のお腹が声高に主張する。
「フフ、ちょっと待ってて」
と、笑いながら師匠が体を離し生徒会室内に備えられているミニキッチンへ向かっていく。
「…………」
俺は素直に従って定位置の椅子に座る。そして――
「ぐおぉぉぉぉぉぉぉぉ……!」
頭を抱えた。
いや、ホント何しちゃってんの?バカなの?死ぬの?むしろ死ねよ!頓死しろよ!惨たらしく絶命しろよ!誰か俺を殴ってくれ!というか今すぐ10分前に戻って過去の俺を殴り飛ばしてぇ!
俺は身悶える。頭の中につい先ほどまでの出来事がぐるぐる回る。
師匠暖かかったなぁとか、どことは言わないけど柔らかかったなぁとか、いい匂いしたなぁとか、考えないようにしてるのに浮かんでくる。
「壁に頭ぶつけたら記憶消えねぇかな……!」
ハッと閃いた俺は急いで携帯で『記憶 消し方』と検索――しようとしたところで
「おまたせ~」
師匠がニコニコと戻ってくる。
「はい、ど~ぞ」
と、師匠が持っていたお皿を俺の前に置く。そこには
「……肉まん?」
ホカホカと湯気の上がる肉まんが三つ並んでいた。
「私の非常食。仕事が長引いて虚ちゃんがいないとき、小腹が空いたときに食べる用のね。冷凍だけど美味しいのよ~」
と、言いながら師匠が俺の隣に座る。
「ささ、どうぞどうぞ」
「じゃ、じゃあいただきます……」
師匠に促されて俺は三つのうちの一つを手に取り、フゥフゥと息を吹きかけてから口を付け
「ってあまっ!?」
「あはは~!騙されたぁ~!」
予想外に甘かったことに叫ぶ俺に楽し気に師匠が笑う。
「あんまんじゃないですかこれ!」
「そうよ?私一言も『肉まんよ』なんて言ってないわよ?」
「何この地味なイタズラ……」
悪びれた様子の無い師匠に俺は少しため息をつき、再び肉まん改めあんまんに口を付ける。
「あ、でもびっくりしたけど味はちゃんと美味しい」
「そう。よかった」
俺の言葉に微笑みながら師匠は一緒に持ってきてくれたらしい紅茶を俺の分を注いでくれる。
「さぁって私もたぁべよ!」
と、お皿のあんまんの一つに師匠が手を伸ばし頬張る。
「うん、美味しい」
実に美味しそうに微笑む師匠の顔に俺は思わずじっと見つめてしまう。
「………何よ、『え?師匠も食べるの?』とか思ってるの?」
「い、いやそんなこと思ってないですけど……」
「だって用意してたら私も食べたくなったんだもん。と言うかこれもともとは私のだし」
「いや、別にダメなんて言ってないですし……」
「あぁでも私颯太君と違ってちゃんと朝ごはん食べて来たんだけどなぁ~。それなのにこんなの食べたら太っちゃうなぁ~」
とか何とか言いつつ師匠はあんまんを頬張っている。そのままの勢いで二つ目にも手を伸ばしそうだ。
「フフ、心配しなくても最後のそれは颯太君の分だからね?」
「いや、そんな心配してないですけど」
師匠の言葉に俺は苦笑いを浮かべながら食事を再開する。
「……その、すいません、急に……」
「いいわよ」
あんまんに口を付けながら先ほどの行動に羞恥で顔が赤くなっているのが自分でもわかるので、そのまま顔を背けながら言う。そんな俺に師匠は優しく微笑みながら言う。
「大丈夫?もう落ち着いた?」
「ええ、まあ……お陰さまで」
「まだ足りなかったら延長してもいいのよ?なんならおっぱい揉む?」
「いやいいですから!てかなんでおぱっ!?」
「あら?男の子は女性のおっぱい揉むと安心するんじゃないの?そういう統計があるんでしょ?」
「どこ情報ですか!?」
「愛読してる女性誌」
「今スグ発禁にすべきですねそんな雑誌は」
師匠の言葉に俺はため息をつきながらため息をつき、そっぽを向きながらあんまんを頬張る。
「そう言えばこのあんまん冷凍なのに大きいし柔らかいし、おっぱいみたいよね?」
「ブゥゥゥ!?」
師匠の言葉に俺は思わずあんまんを吹きだす。
「な、ななな!?何言ってんすか!?」
「え?だからこのあんまんってあったかいし柔らかいしまるでおっぱ――」
「考えたこともないですよそんなこと!!」
首を傾げる師匠に俺は叫びながら気を紛らわせるために手に残っているあんまんを頬張り、二個目に手を伸ばす。が――
「…………」
あんまんを掴んだ手に感じるムニュッとした感触に俺は一瞬思考が止まり、その感触を確かめるように何度かムニュムニュと揉んでみる。
「ちなみに私のはこれよりも大きいわよ?」
「し、知りませんよ!」
耳元に口を寄せて言われた師匠の言葉に俺はツッコみながら慌ててあんまんに口を付ける。
まあ確かにさっき俺の胸に当たっていた感触はこれよりも大きくて肉厚で柔らかくて暖かでしたが……。
「颯太君?」
「……はい」
「エッチ♡」
「………はい」
師匠の悪戯っぽい笑みに俺は小さくなりながらもそもそとあんまんを頬張るのだった。
しかし、羞恥と一緒に俺はふと気付いた。朝起きてからずっと頭で響いていた慟哭の叫び声と頭痛、それに何より胸の奥にくすぶっていたどんよりとした気怠い感覚が、いつの間にか消えていることに。
それが単純にあんまんでお腹が満たされたおかげなのか、はたまた本当に師匠のおっぱいセラピーのおかげなのかはわからないが、とにかくスッキリした思考で俺はあんまんを完食し、当初の予定の生徒会の仕事にとりかかった。
師匠は優しい視線で見守るように俺を見ていたが、詳しくは詮索してくることはなかった。
そのまま八時を過ぎた頃、外も登校してきたらしい他の生徒たちの声で騒がしくなってきたので、キリのいいところで仕事を切り上げ、俺と師匠は生徒会室を後にした。
なんと言うかとんでもない弱みを握られてしまった気がする。ただまあ予想に反して師匠があまりからかってこなかったことは少し不思議ではあるが、とにかく今は一刻も早く先ほどのことは忘れてしまおう。
そんなことを考えつつため息をつき、俺は自身の教室のドアを開ける。と――
「「あ……」」
教室に入ってすぐにそいつと目が合ってしまった。
完全に忘れていた。
「お、おはよう……」
「お、おう……」
恐る恐ると言った様子で挨拶をするその人物――シャルロットに俺もぎこちなく返す。
どうしよう、昨日の師匠の言葉を思い出してなお正面からその事実を受け止めなおすと、余計にシャルロットを直視できない。
なんだこれサザンの名曲か?『TUNAMI』か?見つめ合うと素直におしゃべりできないってか?やかましいわ!!
「あ、あのね、颯太」
しかぁし!ここで逃げたらこれまでの一週間と何ら変わらない。ここは一歩踏み出し行動すべきだ。だから
「颯太あのね!僕、話したいことが――」
「すんませんしたぁぁぁぁ!!」
シャルロットが何かを言うより早く俺は床に頭を叩きつける勢いで土下座した。
「うぇぇ!?そ、颯太!?」
「ここ最近変な態度取ってホントごめん!!」
驚くシャルロット。周りではクラスメイト達がざわついているのがわかる。「え?何修羅場?修羅場なの?」「浮気がバレちゃったのよきっと」「まあ井口君、前からデュノアさんと生徒会長と会長の妹さんで三股してるって噂だったし」「えぇ~?あたし円満なハーレムだって聞いてるけど?」などなどコソコソと話しているようだが、諸君、全部聞こえてるからね?
「そ、颯太、とりあえず顔を上げて!今周りからすごい好奇の目で見られてるからね!?」
「くっ……やはり土下座ではダメか……かくなる上はシャルロットの故郷のフランス式に乗っ取って断頭台で――」
「断頭台だと死んじゃうから!と、とにかくこっち来て!」
顔を上げつつ床を拳で叩く俺にシャルロットは慌てて俺の腕を掴んで半ば引きずるようにどこかへと連行する。
着いて行った先は俺たちの教室のある校舎の棟の一番端、その階段の踊り場だった。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
息も絶え絶えなシャルロットは深呼吸して落ち着きを取り戻したらしく、冷静になった表情で俺を見つめ
「え、えっと、とりあえずさっきの謝罪はこれまでの颯太の態度についてってことだよね?」
「ああ」
シャルロットの問いに俺は頷く。
「シャルロットは何も悪くないんだ。俺が一人で勝手に気まずくなってただけで」
「じゃあ、僕が何かしたとかじゃ……」
「違う。全部俺が悪いんだ」
「そっか……」
「本当にごめん」
呟くシャルロットに俺は再び頭を下げる。いま俺にはシャルロットがどんな表情を浮かべているのかは見えない。
呆れているのかもしれない。泣いているかもしれない。でも、シャルロットがどんなアクションを起こそうと、例え殴られようと、俺はそれを受け止めなければいけない。それが、シャルロットを悲しませた俺の責任だろう。
「……よかった」
「え……?」
シャルロットの呟きに俺は思わず顔を上げる。
シャルロットは怒るでもなく、呆れるでもなく、ましてや泣いてもいなかった。
笑っていた。
心底安心したように。
まるで、俺への恨み言なんて一つもなかったかのように、晴れ晴れとした様子で。
安心しきった様子で笑っていた。
「僕は……僕はてっきり……颯太に何かしちゃったんじゃないかと、颯太を怒らせるようなことをしちゃったのかと思って……」
「…………」
安心したせいか、シャルロットの目に涙があふれ、涙の雫が一つ、頬を伝って落ちていく。
「ごめん。本当にごめん」
俺は改めて頭を下げる。
俺は改めて自分のバカさ加減を知った。
俺が勝手に気まずくなって避け続けていたのに、シャルロットは自分のせいだと自分を攻め続けていたのだろう。
自分の行動を振り返り、ありもしない非を探し続け、見つからないことにさらに自己嫌悪し続けていたのだろう。
「じゃあ、これからは……」
「これまで通り…にできるかわからないけど、とりあえず一応自分の中で決着と言うか落としどころは見つけたから」
「そっか……」
俺の言葉に頷き目に浮かんでいた涙を拭うと、ニッコリ笑ったシャルロットは右手を差し出す。
「握手。これでここ一週間のことはとりあえず終わり」
「……ああ」
俺は右手に握りっぱなしだった携帯を左手に持ち替え、シャルロットの右手を握る。
「改めて、ごめん」
「うん。許すよ」
言いながら俺たちはギュッと強く握り、笑い合う。
「じゃあ、この話はここまで、ね?」
「……ああ。ごめん」
「らしくないなぁ。いつもの颯太なら『〝ごめん〟より〝ありがとう〟って言ってほしいな』とか言いそうなのに」
「……だな。ありがとう、シャルロット」
「うん」
俺の言葉にシャルロットがニッコリと微笑む。
「じゃあ教室もどろっか?」
「ああ」
シャルロットの提案に俺は頷き、俺たちは並んで歩き出す。
「……そう言えばさ」
「ん?」
「これは訊かない方がいいのかもしれないけど……颯太は何に悩んでたの?」
「……それは」
俺は言い淀みながら頬を掻き
「今は言えない」
「〝今は〟ってことは、そのうち教えてくれる?」
「約束はできないけどその時が来れば……」
「そっか……わかった。じゃあそれまでは訊かない」
「助かるよ」
なんて言いながら歩いているうちに俺たちは教室に戻ってくる。
ドアを開けて入ると、ざわついていた教室が静まり返る。
あちこちから「あ、戻ってきた」「じゃあ示談で決着ついたのね」「結局修羅場の原因何だったんだろう?」「どうせ井口君の浮気でしょ?サイテー」「もしかして子ども出来たのに知らんぷりしようとしたんじゃない?」「え?デュノアさん妊娠?」「男のケジメ果たすってことで決着つたのかしら?」「養育費払うけど認知しないとかかもよ?」などなどあらぬ方向で話が進んでいるようだ。勘弁してくれ……。
「おう颯太にシャルロット、おはよう」
と、そんな俺に後ろから声がかかる。見るとそこには今登校してきたらしい一夏の姿があった。
「おう、一夏。おはよう」
「おはよう、一夏」
「ああ。ところでなんで教室こんなざわついてんだ?」
「あぁ……まあいろいろあって……」
「??? とりあえず突っ立ってないで入ろうぜ」
一夏に促されて俺たちは教室に入る。いったん自分の席にカバンを置いた一夏は俺たちの元に戻ってくる。と、それにつられてすでに登校していたらしい箒、セシリア、ラウラに他クラスの鈴と簪もやって来る。
「朝から何の騒ぎかと思ったら、あんた何してんのよ?」
と、鈴が呆れた顔で俺に言う。どうやら先ほどの一幕を見ていたらしい。
「いや……けじめと言うかなんと言うか……ちゃんと謝っておこうと思って……」
「謝る?何を?」
俺の言葉に一夏が首を傾げる。
「いや、ここ一週間のこと。俺態度悪かったし……」
「あぁ!じゃあ仲直りしたんだな!」
「まあ……うん、そんな感じ」
一夏の言葉に頷く。
「いやぁ……よかったよかった。やっぱ喧嘩しててもいいことねぇな」
嬉しそうに笑いながらうんうん頷く一夏。そんな一夏を尻目に一夏とシャルロットを除く五人がコソコソと俺に歩みより
「で?結局理由は?」
「やはり『ワールド・パージ』のことですの?」
「っ!なんでそのこと……」
「知ってるわよ。あたしたちと生徒会長だけはね」
「一夏から聞いた」
「彼が…颯太に言っちゃったんだよね?シャルロットの…その…夢の内容……」
「あぁ……」
驚く俺に五人が言い、俺はやっと師匠が知っていた理由を理解する。
「えっと……まあそういうことです。みんなにもご迷惑おかけしまして……」
「うん、まあ理由聞いたら納得、かな」
謝る俺に鈴が頷く。
「お前の混乱もわかるが、シャルロット、かなりへこんでいたぞ」
「うん、だよね……」
「私たちもフォローするのに苦労しましてよ」
「そ、それはサンキューな」
「もっと感謝しろ」
「とりあえず元凶はあそこで何も知らずに喜んでるバカだけど、この埋め合わせはしてもらうからね」
「もちろんシャルロットさんにもですわよ?」
「うっ……はい、それはもう十分に、はい……」
五人の視線を受けて俺は俺は深々と頷く。
「そ、それでその……」
と、そんな中簪がおずおずと口を開く。
「そ、颯太はこれからどうするの……?」
「どうって?」
「しゃ、シャルロットと付き合ったり……するの?」
「それは……」
簪の言葉に俺は少し考え
「いや、とりあえず当面は前と一緒だ。シャルロットの気持ちは知っちゃったけど、それはちゃんとシャルロットの口から聞いたわけじゃないし、これで俺が結論をすぐに出すのはなんか違うかなって……だからシャルロットには俺がなんで変な態度取ってたかの理由は言ってない」
「そ、そう……」
俺の答えに簪が頷く。その表情はどこか安堵した様子だった。
「いつか、俺の中で答えが出るか、シャルロットが自分の口で伝えてくれるまで、俺も知らないふりをする……」
「そう……」
「あんたも面倒な性格してるわね。あんたから告白すれば成功するってわかってるのに」
俺の言葉に鈴が呆れた表情を浮かべる。
「彼女は欲しい。でもこのやり方はなんかずるい気がするしなんか嫌」
「なんか嫌って……」
「別にシャルロットのことが嫌いなわけじゃない。むしろ大事な仲間だ。でも――」
俺は言いながらシャルロットに視線を向ける。シャルロットは何か一夏と話しているようで――たぶん一夏が「よかったなぁ」なんて話してるんだろう――そこでふとシャルロットが俺の方に視線を向ける。目が合うとシャルロットはニッコリと微笑む。
俺は微笑み返しながら
「俺のシャルロットへの気持ちがLIKEなのかLOVEなのかわからない以上、それで付き合うのはシャルロットに対して失礼だ。だから今はまだ結論は出さない」
「そう……」
「ま、お前らしくていいんじゃないか?」
「そうですわね」
納得したように頷く鈴とラウラ、セシリアの言葉に俺も頷く。
「ま、そんなわけでとりあえずはみんなもこれまで通りってことで」
「…………うん、わかった……」
俺の言葉に簪は少し考えこむそぶりを見せ、しかし、最後にはしっかりと頷いた。
他の面々も簪をちらりと見て頷く。
「あ、そう言えばさ――」
と、一夏がふと気付いたように俺の方に視線を向ける。
「結局お前らは何で喧嘩してたんだ?」
「………………」
一夏の質問に俺は一瞬顔が引き攣る。
恐らくいまここのメンバーのうち六人が『おめぇのせいだよ、おめぇの』と思ったことだろう。
「……まあ。いろいろだよ、いろいろ。強いて言うなら俺の方が悪かった。シャルロットは何も悪くない。俺が勝手に悩んでただけ」
「そっか……」
俺の言葉に一夏はいまいちピンと来ていないらしい顔で頷き
「まあ何にしてもよかったよ。やっぱ仲間同士でぎくしゃくするのはいい気しないしな。空気も悪くなるし。何が原因だったか知らねぇけど次は誰かに相談しろよ?俺も力になるしさ!」
と、ニコッと笑いながら言う。俺たちはその笑顔を見ながら
「おい、一夏。とりあえずお前も謝っておけ」
「いやなんでだよ!?」
「なんでもいいから」
「ちゃんとシャルロットさんに謝ってください。あと一応颯太さんにも」
「だからなんでだよ!?」
「理由は言えない。だがお前は謝らねばならんと思うぞ、嫁よ」
「理由もわからないのに謝れねぇよ!」
箒、鈴、セシリア、ラウラの言葉に一夏が叫ぶ。
「おい、颯太。これいくらなんでも理不尽じゃないか!?お前もそう思うよな!?」
「うん。とりあえず一夏。お前一回『ごめんなさい』って言おうか」
「ブルータスお前もか!?」
俺の言葉に一夏が愕然とする。
「よし二択にしてやろう。1、謝る。2、俺とロシアンルーレットをする。さあどっちがいい?」
「なんだよその二択!?片方死ぬ確率があるじゃねぇか!?」
「ラウラ、リボルバー貸してくれ」
「聞けよ!」
「すまん。リボルバーはいま持ち合わせがない。トカレフでもいいか?」
「なんでトカレフ持ってんだよ!?」
「しょうがない。トカレフで我慢するか。さ、一夏。先行は譲ってやる。覚悟決めて引き金引け」
「トカレフだと一発目に出るから死ぬじゃねぇか!!」
一夏がそうツッコんだ直後予鈴が鳴り響く。
「チッ……時間切れか」
「え?今舌打ちした?ねぇ、舌打ちしたよね?」
「じゃあ一夏。続きはまた次の休み時間な」
「え、続けるのかこの話!?」
「さぁ~て私も教室もどんないと。また来るわねぇ~」
「ばいばい……」
「え?何事もなかったように帰っていくのかよ?」
「さ、俺たちも席着こうか」
「そうだな」
「そうですわね」
「う、うん」
「早くしないときょうk――織斑先生に怒られてしまうな」
と、困惑したままの一夏をよそに俺たちはゾロゾロと自分の席に戻り始める。一夏同様に状況がよくわかってないシャルロットもとりあえず同じように動き始める。
一夏も一人首を傾げながら、しかし、織斑先生の出席簿アタックを喰らうのは恐ろしいらしくそそくさと席に着いた。
つい先ほどまでの喧騒もやみ、授業開始に向け続々と教室の席は埋まっていく。
そんな中俺はふと向けた視線の先でいつまで埋まらない席を見つける。
「あれ……あそこって確か……」
首を傾げる中、俺の思考は扉の開く音で中断される。
見ると開いたドアから颯爽と織斑先生が現れ、その後から山田先生が入ってくる。
「諸君、おはよう」
織斑先生のあいさつに対しみな声を揃えてしっかりと挨拶を返す。
「うむ、それでは一時間目の授業を始める。山田先生」
「はい」
織斑先生の言葉に山田先生が返事をし、教卓に立つ。みな机の上に出した教科書とノート、筆記用具を準備し始める。と――
「あ、授業の前に一つお知らせです。相川清香さんが本日より家庭の事情でIS学園を休学することになりました。復帰がいつになるかは未定とのことです」
山田先生が少し困った顔で言う。その言葉に教室内がざわつく。
「センセ~!家庭の事情ってどういうことですか~?」
「なんで休学に?」
「すみません、プライベートなお話ですので私たちからお話しすることは出来ないんです」
クラスメイト達の質問に山田先生が申し訳なさそうに答える。
「諸君、突然のことに動揺もあると思うが、今は気持ちを切り替えて授業に臨んでほしい。――山田先生」
「はい。それでは皆さん、テキストを開いてください」
織斑先生の言葉に一応はみな押し黙り頭の中を授業へと切り替えたようだ。が、数名がちらちらと相川さんの席に視線を向けている。かくいう俺もその一人だ。
「……………」
空席となったその席を少し見つめ、少しの違和感を感じつつも俺も授業に集中すべく、黒板へと視線を向けたのだった。
颯太君が見た夢は、この彼にとってはもはや関係のない可能性の残りカス。
もはやこの世界の今を生きている颯太君にはそれこそただの夢でしかない、そんな取るに足ら無いモノでしょう。