あのパヴァリア光明結社の起こした事件から二週間が経った日曜日。
「あ、あの、先輩……本当に行くんですか…?」
「うん?そりゃ行くよ。二週間も経ってるとはいえあの時ハヤテさんにも助けてもらってたわけだし。ちゃんとお礼言わないとね」
「でも……」
前を歩く海斗に心配そうに言う調だったが、それに対して海斗は笑顔で返す。
「それに、ついでにクリス先輩の働いてるところも見てみたいし」
「それは……」
「確かにそうデスけど……」
海斗の言葉に調と同じく心配そうな表情を浮かべる響と切歌は、しかし、海斗の言う通りクリスの働いている様子に興味があるのも事実で、好奇心と心配がないまぜになった表情をしていた。
「で、でも、こういうのはちゃんとアポとか取ってからの方がいいんじゃない?」
「大丈夫。シャルロット姉さんにL〇NE送っといたから……既読ついてないけど」
「え?それアポ取れて無いんじゃ――」
「お!ここだ」
問いにボソッと答えた海斗に未来は詳しく訊こうとするが、それを無視して海斗は目の前のビルを見ながら言う。
「(ねぇホントに行くの?)」
「(海斗とハヤテさん会わせるのはやっぱりよくないんじゃ……)」
「(で、でも、先輩どこで聞いて来たか知らないけど、この間の件にハヤテさんがかかわってたって聞いて、どうしても会ってお礼が言いたいって……)」
「(純粋な善意をダメなんて言えないデ~ス!)」
と、ビルを見上げる海斗を尻目にこそこそと話す四人。そんな四人の会話を海斗は知ってか知らずか
「さぁ行くぞ~」
「あっ!ちょっ!」
「置いて行かないでほしいデ~ス!」
スタスタと先を歩き始め、慌てて四人がそのあとを追いかける。
そして――
「こんにちは~、お邪魔しま~す」
四人が止める間もなくドアを開けて事務所に入った海斗。そんな海斗を出迎えたのは
「おや、いらっしゃいであります」
「…飛び込みの依頼人かな…?」
右目が隠れたボブカットの少女と、長いマフラーで口元を隠した小柄な少女だった。
「あぁ~すみません、依頼人じゃなくて、ここの社長さんに用があって来たんですけど……」
「…社長の知り合い?」
「生憎うちの社長はいま所用で席を外しているであります」
「そうですか……じゃあ副社長のシャルロットさんかインターンで来てる雪音クリスは…」
「…あぁ、キネクリの知り合いだったんだ…」
「「「「「キネクリ!?」」」」」
マフラーの少女――ムラサキの言葉に五人が驚きの声を上げる。
「キネクリって……」
「まさか……」
「クリスちゃんのこと!?」
「そうだけど……」
驚き疑問を口にする切歌、調、響にムラサキは首を傾げる。
「そう言えば、会社にクリスがもう一人いるから、区別つく様にあだ名で呼ばれてるって……」
「それがキネクリだったんだね」
「どうりで何て呼ばれてるか言いたがらないわけデス」
「クリス先輩を『キネクリ』って呼ぶなんて……」
「ぐ、偶然ってすごいね~……」
四人がちらりと海斗に盗み見るように視線を向けるが海斗は気付いていないようだった。
「あ、なるほど。キネクリの学友さんでありますか」
そんな四人の様子に気付きつつも特に気にした様子なく右目が隠れたボブカットの少女――メグミがポンと手を打つ。
「…キネクリもシャルロットさんも今は社長と同じく用事で出てるよ…」
「そうですか……クリス先輩の働いてるところも見れるとちょっと期待してたんですけど……」
「なるほど、てことはお前らIS学園の学生か」
と、部屋の奥から新たな人物が現れる。それは長い黒髪をポニーテールにし、胸元を大きく開けた服を着た長身の少女だった。
「あ、チャソマキ」
「チャソマキ言うな」
ムラサキの言葉に黒髪の少女――マキがジト目で返す。
「って!あなたはまたそうやってそんなに胸元の開いた服を!もっと慎みを持ってTPOをわきまえた服装を――」
「お前はいちいちうるせぇな。しゃあねぇだろ、首元締まる服は苦手だって言ってんだろ!」
「だからって限度があるでしょう、限度が!そんなのちょっと動けば即ポロリするでしょう!」
「ポロリ……」
二人の口論に圧倒されつつも話題となっているその大きな物についつい視線を向けた海斗は
「いだぁっ!?」
両足に走った痛みに叫び声を上げる。
「何すんのさ、切歌!調!」
「鼻の下伸びてたデ~ス!」
「破廉恥……」
「え~……今のは不可抗力って言うか、なんていうか、男は誰しもそれに抗えないというか……ん?」
ジト目でなおも足の甲をグリグリと踏みつけてくる切歌と調の言葉にため息まじりに言いかけ、そこでふと背中の違和感に気付き
「………何してんの響?」
「え?あ……」
背中をポコポコと叩く響に訊く。叩くとは言っても軽く当てている程度で痛みはないのだが、それをしていた本人が一番自分の行動に驚いていた。
「えっと……なんかそうしたくなったというか……」
「なんじゃそりゃ?」
「あはは……わかんない……」
苦笑いを浮かべる響に海斗は首を傾げる。
「それで…」
と、そんな海斗たちにムラサキが声を掛ける。
「…君らは何をしに来たんだい?」
「あぁ、そうでしたそうでした」
ムラサキの問いに海斗は思い出したように頷く。
「実は先日、二週間前に攫われたときに、僕の救出に社長やこの会社の皆さんが尽力していただいたって聞いたので、ちゃんとお礼がしたいなって思って」
「あぁ、なるほど…そうか……君はあの時の……てことは君は……」
「ん?あぁ、名乗ってませんでしたね。僕は井口海斗って言います」
「井口……」
「海斗……」
「てめぇが……」
と、名乗った海斗に三人が興味深そうに視線を向ける。
「…そっちの四人には前に会ったときに名乗ったよね。私の名前は狗駒邑沙季、通りすがりのニンジャだよ~…」
「ニンジャ……」
「ニンニン…」
半信半疑の海斗の視線にムラサキは人差し指を立てた手を合わせて無表情のまま言う。
「なんかいろいろツッコみたいけどツッコんじゃダメだと察したのであえて触れません」
「…さすがだね。その察しの良さは〝あの人〟の弟たるや、だね…」
「あ、すみません、今なんて言いました?マフラーで籠ってた上に声自体小さくてよく聞こえなくて」
「…あぁ、気にしなくていいよ。こっちの話だからね~…」
「はぁ、そうですか……」
ムラサキの言葉に首を傾げながらふと思い出したように
「そう言えば、その長いマフラー、それに〝ニンジャ〟って……」
「あ!クリス先輩の教育係の人!」
「あぁ、聞いてたんだね。そうだよ~。それ私のことだね~…」
海斗たちの言葉にムラサキが頷く。
「次は私たちですね!」
と、そんな面々を尻目にメグミが挙手する。
「私の名前は九真城恵であります!で、こっちが」
「井ノ原真紀だ」
元気に自己紹介するメグミと対照的に不愛想に言うマキ。
「改めてよろしくお願いします。それと、この間はありがとうございました」
「…私たちは大した働きはして無いけどね~…」
「私も結局他の方と一緒に人質にされていたでありますし」
「主にあのちゃらんぽらんが働いてたな」
「「「「「ちゃらんぽらん?」」」」」
「あぁ…たぶん社長のことだよ…」
マキの言葉に五人が首を傾げ、それにムラサキが答える。
「自分の上司をそんな言い方していいんですか?」
「いいんだよ。事実だし」
苦笑いで訊く未来にマキは答える。
「まあ普段の方がもっと言い方悪いしね…」
「普段なんて言ってるんですか?」
「ん~…変態とかダメ人間とかゲスの極みとか?」
呆れ顔で訊く海斗にムラサキが答える。
「……あの、変なこと訊くんですが」
「じゃあ訊くな」
「ちょっと!」
ムラサキの言葉に少し考えた海斗が口を開くがマキがそれにそっけなく返し、メグミに窘められる。
そのままメグミは海斗に続きを促す。
「えっと、あの社長って……どんな人ですか?」
「どんな人って……」
海斗の言葉にムラサキと恵が首を傾げる。
「変態でダメ人間でゲスの極みで女の敵」
「即答しましたね」
マキの言葉に海斗が苦笑いを浮かべる。
「事実だからな。セクハラしてくるし、何かと人のことからかってくるし。しかもそのことを悪びれないって言うか堂々とし過ぎてるって言うか」
ため息をつきながらマキが答える。
「…あれは社長なりのコミュニケーションだと思うよ。上下関係苦手なチャソマキが気兼ねせずに済むようにね…」
「だとしてももうちょっとやり方ってもんがあるだろ……」
「…不器用なんだよ、きっと…」
呆れながら言うマキにムラサキが頷きながら言う。
「うちの会社のメンバーは良くも悪くも曲者ぞろいだからね…ああいう風にわざと威張らずフランクにやってるんだと思うよ…」
「確かにそれはあるかもしれないであります」
ムラサキの言葉にメグミが頷く。
「この会社に入って結構経ちますが、何かと気にかけてくれるでありますし、よくご飯もご馳走してくれるであります」
「ごちそうされ過ぎてんじゃねぇか?お前最近太ったろ」
「なっ!?そ、そんなこと……」
「いやいや、君、確かに最近一段と丸くなってるよ……まあそれに関しては社長だけじゃなくてクリスのせいでもあるんだけどね…」
「クリス先輩が?」
「あぁ、違う違う。うちに前からいる方のクリスだよ…」
首を傾げる海斗にムラサキが訂正する。
「うちの会社の社員は社長とシャルロットさんともう一人以外、平社員は同じ家、まあ社員寮みたいなものに住んでるんだけどね…うちに前からいる方のクリスが全員の食事を一挙に担ってる、いわば我が社のオカン的な人間なんだ…」
ムラサキが説明し始める。
「自分ではオカンってことを否定するんだけど、長く食事の担当をしているせいか、最近では『私が居る限り、絶対に誰も飢えさせません!』って豪語しててね…。彼女も彼女で、ここに来る前の職場がかなり食事情に厳しいところだったせいもあって、好きなものを好きなだけ食べられるって言う今の状況が天国過ぎて、ついつい食べすぎてしまうみたいでね…」
「うぅ……」
ムラサキの言葉にメグミはバツが悪そうに顔をしかめる。
「そんなわけで、食事のたびに目を輝かせて食べる彼女の姿に、クリスと社長の世話焼きのサガが反応するらしくて…何かと社長は彼女にあれやこれやと食べ物を与えるし、クリスもクリスでもっと食べたいって言う彼女に好きなだけ食べてくださいってどんどん与えるし…」
ため息まじりにムラサキが言う。
「この間、いい加減見かねたシャルロットさんとハルトって言うこの会社で社長とシャルロットさんの次にえらい人間がいるんだけど、その二人が社長とクリスに注意したんだけど…」
『幼いころから特殊な訓練とか投薬をした人間と違って、グミはあくまでも〝普通の子〟なんだから、あんまり食べさせちゃダメだよ…』
『今の半分にしろとは言わないけど、〝あと一口食べたい〟ってところで我慢させることは出来ないの?』
『僕だって…わかってはいるんだ…このままではいけない…このままではグミがブタになってしまうと…わかってはいるんだ…』
『でもですね!あのですね!?彼女、すごくよく食べるんです!それはもう美味しそうに!顔を真ん丸にして美味しそうに食べるんです!』
『何の言い訳にもなってないのにすごい力説だね…』
『それにね、子豚のように丸々と肥えたグミが、プヒプヒと声を上げながら一心不乱に食事をしている姿を見ていると…軽く性的な興奮を覚えない…?』
『わかります!』
『あぁ、うん…食事をする女性に性的な興奮を感じるという話はよく聞くけど』
『はっ!だからハヤテはグミちゃんよりもよく食べるマキちゃんにあんなにちょっかいかけてるんだね!』
『それとこれとは少し違う気がするような…?と言うかそういう話は二人で解決してくださいよ……』
『とにかく!お腹が空くことほど惨めでつらいことはない…僕は、僕が面倒を見ている子達にそんな思いはさせたくないんだよ…』
『衣食足りて礼節を知ると言いますが…衣食もままならない状態では心が荒んでしまい、礼儀や思いやりを持つ心の余裕も生まれません。ましてや私たちの仕事は、顔も知らない誰かのために戦う仕事です!せめて食事ぐらい満足に取らせてあげてください!うどん屋に消防車が止まってたぐらいで…!!』
『そうだそうだ!働けばお腹が空くのは道理だ!!』
『あ、うん…わかったから……』
『もう言わないから落ち着いて?』
「……と言うやりとりがあったらしくてね。今はシャルロットさんもハルトも黙認するものの、これ以上はってところで止めるようにしてるんだよ…」
「私の場合、前の職場のこともありますが、幼少期に貧乏したというのもあるかもしれませんね」
苦笑いを浮かべながらメグミが言う。
「恵なんて言う名前ですがお金には恵まれませんでした。でもこの会社はいい人たちばかりで今は人に恵まれてると感じるであります」
「…彼女自身がこの通りいい子なもんだから、二人もますます世話を焼くってわけさ…」
笑いながら言うメグミの様子にムラサキが言う。
「と、まあ…ちょっと話はそれた気がするけど、社長についてはそんな感じだよ。疑問の答えにはなったかな…?」
「はい、ありがとうございます」
ムラサキに訊かれ、海斗は頷く。と――
「お…とかなんとか話してるうちに帰って来たみたいだね…」
ムラサキがポケットから取り出した携帯を見ながら言う。そして――
「ただいま~……って、なんでいんの?」
現れたハヤテが海斗たちの姿にあからさまに顔を顰める。
「どうも」
「いや、どうもじゃなくて……」
「えっと…実は海斗先輩がどうしてもこの間の件でお礼を――」
「ちゃんとお願いを聞いてくれてるか確かめに来たんだよ」
「「「「はい!?」」」」
説明しようとした切歌の言葉を遮って言った海斗の言葉に四人が驚きの声を上げる。
「なるほど……それは何と言うか絶妙にタイミングがいいというか悪いというか……」
海斗の言葉にハヤテはため息をつきながら面倒くさそうに額に手を当てる。
「タイミングがいい?それってどういう――」
言いかけた海斗の言葉は
「えぇ!?海斗君!?」
「それにお前らまで!?なんでここにいんだよ!?」
ハヤテに続いて現れたシャルロットとクリス、そして――
「君たちは……」
「ほう?思わぬ顔が並んでいるワケダ」
「やぁ~ん!海斗く~ん!!え~、なんでいるの!?もしかしてあーしたちのお出迎え!?嬉しぃ~!!」
「わっぷっ!?」
二人の後に続いて現れた三人の人物、その最後の一人が海斗に抱き着く。
急な出来事に海斗はなすすべなくその豊満な胸に抱かれる。
「な!?あなたたちは!」
「な、なんでここに!?」
驚きの声を上げる響と未来。それに対して
「それはこっちの台詞なワケダ」
ゴスロリ調の服に緑のカエルのぬいぐるみを抱えた黒髪三つ編みに眼鏡をかけた女性――プレラーティが言い
「これはどういうことだ?彼らがいるなんて聞いていないが?」
「いや…僕も驚いてる」
怪訝そうな表情でハヤテに訊く男装の麗人と言った雰囲気の白金髪の女性――サンジェルマン。そして
「あーしとしてはまた彼とあえて超嬉しいわぁ♡」
満面の笑みでさらに海斗を強く抱きしめるカリオストロ。
「まあお互いいろいろ知りたいと思うし、立ち話もなんだから応接室にでも――」
ため息をつきながら言うハヤテだったが、その言葉は
「というか……」
「まずは先輩を離すデェス!」
調と切歌の声によって遮られる。
「やぁん、怖い怖い。女の嫉妬は醜いわよ」
「なっ!?」
「アナタが先輩を離せば済む話……!」
「え~?でも、彼も嫌がってないし~」
調の言葉にニヤリと笑いながら海斗の頭を優しく撫でるカリオストロ。
「っ!!せ、先輩も少しは抵抗してください…!」
「いつまでそうしてるつもりデスか!!?」
そんなカリオストロの挑発に乗せられた二人は、二人がかりでカリオストロから海斗を引きはがそうとする。
「あぁん。乱暴にするのはよくないわよ」
それにカリオストロも全力で応戦。海斗の体をより強く抱く。結果――
「先輩を……!!」
「離すデェェス!!」
「そっちが離しなさいよぉ!!」
「いだだだだだだだだだ!?」
海斗の左足を引っ張る調、右足を引っ張る切歌、上半身を抱きしめたままのカリオストロ、痛みに叫ぶ海斗という図が出来上がった。
そんな光景に周りでは
「ふ、二人とも落ち着いて!」
「ど、どうしよう未来!?これは私も手伝った方がいいかな!?」
「響!?」
二人を宥めようとした未来は参戦しようとする響を止めなくてはいけなくなり
「なるほど、これがJapanese O-OKASABAKIと言うワケダ」
「いや、たぶん違うと思うわよ」
プレラーティは興味深そうに言い、それに対してサンジェルマンは冷静に言い
「てか誰か止めろよ」
「そう言うあなたが止めに入ればいいではありませんか」
「…私はパス。見てる方が面白そうだし…」
マキの言葉にメグミとムラサキが応え
「ん~、なんかさすが颯太の弟っていうか……」
「ノーコメント」
ため息をつくシャルロットの言葉にハヤテは視線を反らし
「てか、結局なんで海斗たちがここにいんだよ……?」
クリスは面倒くさそうに呟くのだった。