IS~平凡な俺の非日常~   作:大同爽

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第230話 King of…

「ちょっ!?海斗君、何をっ!?」

 

「マリアさんは黙っててください」

 

 拳を振りぬいた姿勢から戻りながら倒れる颯太を見下ろす海斗に驚いたようにマリアが呼びかけるが、海斗は素っ気なく返す。

 

「何やってんだよ……何やってんだよ、兄さん!」

 

 海斗の言葉に答えず颯太は黙って座り込んでいる。

 

「なんで死んだんだよ!?なんで別人になってんだよ!?」

 

 座り込む颯太の胸ぐらを掴み、海斗は叫ぶ。

 

「なんで……なんでそんなやり方を選んじゃったんだよ!?」

 

「……………」

 

「思い付いたって……そのやり方は、選んじゃダメだろ……!」

 

 叫ぶ海斗は涙を流しながらそれでもなお強く颯太の胸ぐらを掴む。

 

「悪い……お前には何を言われても俺に言い返す資格はないし、いくら殴られても――」

 

「フンッ!!」

 

 神妙な表情で言う颯太の言葉を海斗の二発目の拳が遮る。

 殴られた頬を抑えながら颯太は驚いた表情で海斗を見る。

 

「せめて最後まで言わせてくれないかな!?」

 

「知るか。さっきのは父さんの分、今のは母さんの分だ」

 

 言いながら海斗は立ち上がり颯太へと左手を差し出す。

 

「だからって喋ってる最中に殴らなくても……舌噛んだらシャレにならな――」

 

「フンッ!!」

 

「フグッ!?」

 

 海斗の手を取り立ち上がった颯太は三発目の拳を顔面に受ける。

 

「鼻が折れたかと思ったぞ!?」

 

「まさしくそれを狙ってた」

 

「今度は誰の分だ!?」

 

「敏郎じいちゃん」

 

「あと何人分残ってるんだよ!?」

 

「え~っと、花代ばあちゃんに母さんの方のじいちゃんばあちゃん、ゆりさん、雄介さん、和人、潮さん、卓也さんに智和さんに信久さんに敦さんに織斑先輩、篠ノ之先輩、オルコット先輩、鳳先輩、ボーデヴィッヒ先輩、織斑先生、山田先生――」

 

「どんだけいるんだよ!?」

 

「まあ兄さんの葬式に来た人たちの分は殴っとかないと」

 

「てことは……あと30発も殴る気か!?」

 

「自分の葬式の参列者の人数を知ってるんだね。でも安心して、あと27発だ。お望みなら30発でもいいよ?」

 

 ニコニコと笑いながら海斗が言う。

 

「楯無姉さん、簪姉さん、シャルロット姉さんの分は入れてない。あの三人は知ってたんでしょ?ならきっと自分たちで兄さんへの鬱憤は晴らしてるでしょ」

 

「なんで三人が知ってるって思うんだ?」

 

「シャルロット姉さんは兄さんの会社の副社長、楯無姉さんは日本政府と『S.O.N.G』の橋渡し役をやってるし、簪姉さんは『S.O.N.G』の技術部所属。この三人が知らない道理があると思う?むしろ兄さんの生存に関わってるんでしょ?」

 

「……その頭の回転の良さは誰に似たんだよ?」

 

「さぁ?でも姉さんたちには兄さんに似てきたって言われてるよ」

 

 苦笑いを浮かべながら言う颯太に海斗は肩をすくめながら答える。

 

「それはさておき、とりあえず話の続きは――」

 

言いながら海斗は拳を構え

 

「残りの27発殴ってからで」

 

 

 

 〇

 

 

 

「お前の拳の重さは尋常じゃないな」

 

「稲妻を喰らい、雷を握りこむように撃つべし!だよ、兄さん」

 

 地面に大の字に倒れる颯太の言葉に答えながら海斗はその場でシャドーボクシングをするように拳を振るう。

 

「人のことを言えた義理じゃないけど、お前、映画の見過ぎ」

 

「師匠曰く『飯食って映画見て寝るっ!男の鍛錬は、そいつで十分よっ!』らしいよ」

 

「……その方法で強くなった奴を俺は二人しか知らないけど、まさか我が弟が三人目になるとは思わなかったよ」

 

 ため息をつきながら体を起こした颯太は海斗に視線を向け

 

「……少しは気は晴れたか?」

 

「答えのわかってることをわざわざ訊くなんて時間の無駄だと思わない?」

 

「……だよね」

 

 頷きながら颯太は立ち上がる。

 

「悪かった……本当にすまないと思ってるんだ。俺のエゴと復讐のためにお前や家族には余計な迷惑をかけた……」

 

「言わなくていいよ。兄さんだっていろいろ考えに考えた末のことなんだろ?理解はしてるさ」

 

「海斗……」

 

「おっと、間違えてくれないでよ?理解はしても納得はしてないし、もちろん許す気もない」

 

 クギを刺すように海斗が言いながら颯太に詰め寄る。

 

「でも」

 

 至近距離で颯太を睨みながら海斗は

 

「……生きててよかった」

 

 そう言って海斗は颯太に抱き着く。

 

「っ!?」

 

「本当に……本当によかった……」

 

 突然のことに驚愕に固まる颯太に対して海斗は涙を流して強く抱き着く。

 

「……………」

 

 そんな海斗に視線を向け、颯太は恐る恐ると言った様子で抱き返す。

 それから数分、もしかすると十数分経った頃

 

「あぁ~……そろそろいいか?あんまり長く抱き着いてると、後ろで生暖か~い目で見てる五人にからかわれて死にたくなるぞ?」

 

「っ!」

 

 海斗の背中をポンポンと叩きながら言う颯太の言葉に海斗がバッと身を離し振り返る。

 そこには

 

「一方的にリンチし始めた時はどうなるかと思ったけど、そんなしおらしい顔もできるんだな」

 

 と、奏がニヤニヤ笑い

 

「君の泣いているところなんて初めて見たな」

 

 と、翼が少し驚いたように微笑み

 

「久しぶりの兄弟の再会だから、仕方ないわよ」

 

 少し瞳を潤ませながらマリアがうんうんと頷き

 

「もう、なんで姉さんまで泣いてるの?でも、よかったね、海斗君」

 

 嬉しそうに微笑むセレナ

 

「……………」

 

 無言で、しかし、嬉しそうに笑うクリス

 

「と、とにかく!」

 

 目元をグイッと服の袖で拭った海斗は颯太へ視線を向け

 

「兄さんが生きてたことは嬉しい。でも、絶対兄さんのことは許さないから」

 

「……ああ、だろうな」

 

 海斗の言葉に颯太は苦笑いで頷く。

 

「だいたい罪滅ぼしのつもりかもしれないけど弟に厳選エロゲー&エロ動画セレクションをHDDに入るだけ詰めて送り付けてくるとかホント兄さんってセンスのかけらもないよね」

 

「…オマエさ、それ、今する話か?」

 

 海斗の言葉に颯太が頭を抱えてため息をつく。

 

「ちょっと待ってくれ、当時海斗君は小学生だろう!?それは聞き捨てならないぞ!」

 

「ほれ見ろ!面倒クセェのが食いついて来たじゃねぇか!」

 

「なんだよ、そんな面白そうなもの持ってるならあたしにも貸せよ!」

 

「ほれ見ろっ!!もっと面倒クセェのが絡んで来たじゃねぇか!!」

 

「…海斗君、確かにそう言うのが気になる年頃なのはしょうがないけど、触れられない女性より実際に自分の回りにいる女性にもっと目を向けてほしいな……とりあえずそのHDDは私が預かるから後でどれが好みだったか詳細に教えてね」

 

「ほれ見ろ!理解のある女のフリしてその実ただただ興味津々な厄介者まで出てきたじゃねぇか!!」

 

「ダメよセレナ。あなたにもまだ早いわ。ここは一番の年長者の私が預かって一つずつちゃんとチェックするわ」

 

「ほれ見ろ!自分の男性経験の無さを棚に上げて年長者ぶった面倒クセェ姉が出て来たじゃねぇか!!」

 

「…………………」

 

「…ほれ見ろ…そんな俺らを出荷されていく豚を見るような苦み走った視線で見つめてくるやつまで出てきやがった…どうしてくれんだよ…」

 

「うん、なんか…ごめん…」

 

 ため息をつきながら心底面倒くさそうに言う颯太に海斗も力なく頷く。

 

「いや、あたしの場合主にお前とその弟に対してなんだけどな」

 

 そんな二人を颯太曰く『出荷されていく豚を見るような苦み走った視線』で見ながらクリスが言う。

 

「兄も兄なら弟も弟だな。普通小学生の弟にそんなもん送るか?お前もお前でそんなもんやんなよ……」

 

「いや、僕は別にHDDを開きはしたけど実際にやったり見たわけじゃ――」

 

「………………」

 

「はい、プレイしました。動画も全部見ました」

 

「いつから手を出した?」

 

「中学の二年生のころに……IS学園の入試対策の勉強の息抜きで初めて……最近全部やり終わりました」

 

「よし、正直でよろしい」

 

 クリスにギロリと睨まれた海斗は正直に話す。

 

「個人的な好みではPu〇ple sof〇wareとゆ〇ソフトが好みの作品が多かったです」

 

「そこまで訊いてねぇよ!!」

 

「お、意見が合うな我が弟よ」

 

「てめぇも乗っかって来るんじゃねぇよクズ兄が!ホントどうしようもねぇなこの兄弟は!!」

 

「「すみません……」」

 

 ため息をつくクリスに兄弟二人がシュンと肩を落とす。

 

「ほらぁ!兄さんのせいで怒られた!」

 

「いや、今回のはお前の失言のせいじゃね?」

 

「いいや!全部兄さんのセンスが悪いせいだ!そんなんだから兄さんは一生童貞なんだ!!」

 

「……………」

 

「おいちょっと待ってなんでそこで黙る?なんでいま目を反らした?まさか兄さん……?」

 

「いや、ちゃうねん。あれはもはや俺の意思とは関係ない感じで起きたたちの悪い当たり屋というか、俺の方が被害者と言うか」

 

「おいおいマジか?姉さんたちの気持ちに答えずにいるくせに自分は他の女で童貞捨ててるとかマジもんのクズじゃん!」

 

「いや、別に他の女で、とかじゃ……」

 

「おいおいウソだろ!?誰と!?シャルロット姉さん!?楯無姉さん!?簪姉さん!?」

 

「いやぁ誰とっていうか……なんというか……」

 

「おいおいこりゃ余計に救いようがねぇ!?兄さんアンタほんまもんだよ!ほんまもんのクズだよ!クズ中のクズだよ!King of KUZUじゃん!!」

 

「いや、あのね?ホント何と言っていいか……俺はするつもりはなかったのに気付いたらっていうか……」

 

「いやもうホントそういうとこだよ兄さん!!クリス先輩がかわいそう!!」

 

「っ!?」

 

「なんで今クリスの名前が出た?」

 

「だってクリス先輩は兄さんのこと――」

 

「余計なこと言ってんじゃねぇよ!!!」

 

 と、余計なことを口走り始めた海斗に顔を真っ赤にしたクリスが飛び掛かる。

 

「いや、だって兄さんにはこのくらいしないと一生気付かないですよ!?」

 

「気付くも何もそんな事実はない!!」

 

「ダメだこりゃ。クリス先輩はもっと自分の気持ちに正直にならないと」

 

「あたしはいつでも正直だッ!!」

 

「「「「「「えっ!!?」」」」」」

 

「ちょっと待て!なんで全員声を揃えてそんな驚いてんだよ!?」

 

「え?だって……」

 

「なぁ?」

 

「クリス先輩だし……」

 

「「「うんうん」」」

 

 セレナ、奏、海斗の言葉に翼、マリア、颯太の三人が頷く。

 

「とにかくあたしのことはいいんだよ!いまはお前とそこのクズ兄貴の話だろ!?」

 

「いや先輩がいいならいいですけど、大事なことはちゃんと伝えないと後で後悔しますよ?」

 

「後輩がいっちょ前に先輩のこと心配してんじゃねぇよ!」

 

「人のこと心配するのに先輩も後輩もないでしょ?」

 

 クリスの言葉に海斗は肩をすくめる。

 

「まあそれだけ言うならいいですけど、その意地っ張りなところ治さないとほんといつか損しますよ」

 

「余計なお世話だ!」

 

 クリスに睨みつけられながら海斗は颯太に視線を戻す。

 

「……まあ意地っ張りなクリス先輩のことは置いておいて」

 

 気を取り直して咳ばらいを一つする海斗。

 

「とりあえず、今日は話せてよかったよゴミいちゃん」

 

「ゴミいちゃんとか言うな。俺泣くぞ?」

 

「なに?不満?歩く生殖器、喋るクズ、ウスバカゲロウ、エロゲー主人公と迷ったんだけど」

 

「ゴミいちゃんでいいです」

 

「うむ。そこまで言うならゴミいちゃんと呼んであげよう」

 

「………あれ?なんか俺が頼んだみたいになってない?」

 

「歩く生殖器がいい?」

 

「それが一番イヤ!!!」

 

 海斗の言葉に颯太は全力で首を振る。

 

「まあ正直ゴミいちゃんに対しては万の言葉で罵倒しても足りないけど、とりあえず今日はこの辺でいいにしとく」

 

「罵倒よりも肉体言語の方が多かった気がするけど?」

 

「その分言葉にできない気持ちをこれでもかって程込めたからね」

 

「あっそう……」

 

 海斗の言葉に颯太はため息をつきながら肩をすくめる。

 

「それじゃあ最後にもう一発いい?」

 

「まだ殴り足りないか!?」

 

「だってほら、さっきの30発には僕の分入ってなかったし」

 

 何でもないことのように海斗は言う。

 

「そいじゃ、全力で行くよ~」

 

「おい待て、なんで離れる?」

 

「だって、兄さんよく考えてみて?殴る拳と殺す拳、どちらが強い?」

 

「………え?待って、そのクイズ知ってるぞ」

 

 10m近く颯太から距離を取った海斗はニッコリと笑い

 

「正解は――」

 

 言いながらぐっと腰を落とし、手の平を背後に向けて開き腕を広げる。

 

「殺す蹴りでした!!」

 

 そのまま海斗は走り出し颯太の手前3mの位置で大きくジャンプ。

 膝を曲げて体を畳み、全宙したのち

 

「おりゃぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

 まっすぐに伸ばした右足に添えるように曲げた左足の体勢で颯太へと飛び蹴りを叩きこむ。

 

「トゥワッ!?」

 

 海斗の蹴りによって吹き飛び地面を転げていく颯太を尻目に片膝をついて地面に着地した海斗は

 

「ふぅ~……スッキリした!」

 

 満面の笑みでサムズアップするのだった。

 


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