「準備はいいかい?」
束博士特性の特殊スーツに身を包み、最後に手袋をつけていた俺の背後で扉の開く音とともに声がかかる。
見ると変わらないエプロンドレスにメカメカしいウサミミの人物、篠ノ之束博士がにこやかに立っていた。
「ええ、ちょうど今――っていうか入る前にノックくらいしたらどうなんですか?」
「え~?めんどい」
「このスーツ着るとき全裸にならないとなんで、入った瞬間に全裸の俺に遭遇する危険性だってあったんですよ?あ、それともそれが目的でした?すみません着替え終わってて。今から脱ぎましょうか?」
「君の裸……ハンッ(笑)!寝言は寝て言えよ。それとももしかしてまだ寝てる?目覚めの一発いっとく?」
「想定していたとはいえその腹立つ顔で鼻で笑われると無性に殴りたくなりますね」
俺の言葉に心底ありえないと言った顔で鼻で笑いながら握り拳を見せる束博士に俺も笑顔で構える。
「おい、あんたら、準備できたんなら遊んでないでさっさと行こうぜ」
と、ドアの脇からオータムが呆れ顔で顔を出す。
「へいへい」
「遊んでいるとは心外な。私はただこの凡人の寝言に付き合ってやっていただけだ」
テキトーに頷く俺とやれやれと肩をすくめる束博士の様子にため息をつきながらさっさと歩き出したオータムの後を俺たちも歩く。
そのままいつも会議をする部屋にやって来た俺たちは、先に集まっていたスコール、エム、クロエに視線を向ける。
オータム、エム、スコールは俺と同じく真っ黒な顔以外をすべて覆う俺とお揃いの束博士特性スーツに身を包んでいた。
「……?どうかした?」
と、ついついジッと見てしまっていたらしく、スコールが俺に訊く。
「あ、すみません。このスーツ体に張り付くみたいにピタッとしてるせいでボディーライン出るじゃないですか。まーちゃんもスコールさんもスタイルいいから、エロいなぁ~って思って。いやはや、目に毒ですわ~。エムも……」
言いながらエムの方に視線を向け
「………数年後に織斑先生みたいになると思えば、うん、将来有望だ」
「よくわからんが貶されていることだけはわかった」
俺の言葉にエムはいつもの無表情のまま睨む。
「ほらほら、童貞拗らせたバカは放っておいて」
「誰がじゃ!!拗らせとらんわ!!俺だって成人するまでにはそういう経験くらい十発二十発と!!」
「はいはい、妄想乙」
「妄想ちゃうわ!!!」
「そこのバカの妄想は置いておいて」
「まーちゃんまで妄想と!?」
「まーちゃんって呼ぶなっていつも言ってんだろ!話進まないんだからちょっと黙ってろよ!!」
「………シュン」
オータムの言葉に俺は部屋の隅で三角座りで膝を抱え込む。
「バカが静かになったところで、根本的なこと訊いてもいいか?」
「ん~?」
俺に一瞬一瞥をくべたオータムは束博士に問う。
「前からお前らから計画の話は聞いてて知ってはいたが、一個だけ明言されてないところがある。どうやって私たちはあいつらの施設に攻め込むんだ?」
「あれ?言ってなかった?」
オータムの問いに束博士が首を傾げる。
「スコールやマドカちゃんにはちゃんと伝えたんだけどな~」
「あぁ、それ、当日までオータムにだけナイショでって言われたのよ」
「はっ!?誰に!?」
「俺だ」
「お前かよ!!!」
スコールの言葉に自分の顔を指しながら答えた俺にオータムが叫ぶ。
「なんで私にだけ」
「だってその方が面白いかなぁ~って。ほら、女の子は好きでしょ、サプライズ?」
「面白くねぇよ!なんだよその無駄な演出!?いらねぇよ!全部の女がサプライズ好きだと思うなよ!」
「さーせん」
俺の言葉に叫ぶオータムに答えながら俺は立ちあがる。
「それで?結局どうやって行くんだよ?わかってると思うけど相手もバカじゃないんだから相当警備は厳重だろ?」
「その辺は抜かりない」
俺は頷きながら答える。
「ちゃんと侵入すると同時に攻撃にもなる、そんな方法を考えている」
「は?そんな都合のいい方法があんのかよ?」
「モチのロンよ」
「それはいったい……?」
「口で言うより実際に見た方がいいけど、まあそうね、わかりやすく言うと――」
俺は少し考えてから訊く。
「まーちゃんはさ、『幼女戦記』ってアニメ見たことある?」
「…………は?」
〇
「あら、シャルロット、ここにいたのね」
「あ……ロゼンダ社長……」
ぼんやりと廊下に備え付けられていたベンチに座っていた僕にやって来たロゼンダ社長が声を掛ける。
今日は颯太が女性権利団体への宣戦布告をしてから十日目。
ここは北海道の某所になる女性権利団体所有の施設の中。建物自体は二階建てだが、その地下には五階まで施設が広がっている。そんな施設の中、僕はその最下層、地下五階にいる。
一夏たちはおそらく宿泊できる設備のある地下三階あたりにいることだろう。
「隣、いいかしら?」
「あ、はい……」
「ありがとう」
言いながら僕の隣に腰を下ろす。
「……決断してくれてありがとう」
「え?」
少し間を空けて呟くように言ったロゼンダ社長の言葉に僕は顔を上げる。
「正直、私の申し出をあなたは受け入れてくれないと思ってたわ」
「それは……」
「いいのよ。私のこと、簡単に許してくれるとは思ってないわ。私はそれだけのことをあなたにしたんだもの」
言い淀む僕に自嘲気味に笑いながらロゼンダ社長は言う。
「それでもそんな私の申し出を受けてくれて、本当にうれしいわ」
「いえ……」
ロゼンダ社長の言葉に僕は首を振る。
「正直、迷いました。でも、颯太と戦うためには今のままでは、きっと駄目だと思ったんです。だから、使える手は使いたかったんです。それに……」
「それに?」
言いながらロゼンダ社長に視線を向ける。
「それに、確かにあなたとはいろいろありましたが、結果的にそのおかげで僕はたくさんの友達にも、大事な人にも会えましたから」
「そう……」
僕の言葉にロゼンダ社長は頷く。
「……そう言ってくれて、少し気持ちが楽になったわ」
そう言ってロゼンダ社長は微笑む。
「あなたの力になれるように、私たちも全力を尽くすわ。最終調整もそろそろ――」
ビー‼ビー‼ビー!
と、ロゼンダさんの言葉を遮って大きなサイレンが鳴る。
「な、何っ!?」
「っ!まさか!」
慌てた様に周りを見渡すロゼンダ社長。僕はそんな中ある可能性に思い至り視線を上に向ける。
「とにかく中央管制室へ!」
「ええ!」
僕の言葉にロゼンダ社長が頷き、僕らは急いでこのフロアの最奥にある中央管制室へ。
〇
シャルロットたちが来てすぐに一夏たちも揃う。
「いったい何事なんですか!?」
「まさか吉良さんの身に何か!?」
一夏、箒が訊く。
「いえ、吉良香澄代表は現在この部屋の隣にある私室にいらっしゃいます」
「そうですか……」
管制室内にいた吉良香澄の秘書が答える。
「それじゃあ一体何が?」
「それが先ほどこの施設に向けて高速で接近する未確認の飛行物体の反応が!」
『なっ!?』
秘書の方の説明にシャルロットたちは驚きの声を上げる。
「恐らくそろそろ屋外のカメラに――」
「映像、来ます!」
と、モニターに向かっていた女性が叫ぶ。同時に壁に備え付けられた大型モニターに映像が映る。
そこには何も映っていない青空が。と、その中央に何か光るもの六つ映る。それがどんどん大きくなり――
……ウウウウウウドォォォォォォンッ!
轟音とともに画面の中の映像が、と言うかこの建物そのものが大きく揺れる。
「い、今のは!?」
揺れが引いたところで一夏が叫ぶ。
「未確認飛行物体、着弾!」
「それって……」
「まさか……」
モニターに向かっていた女性の言葉に鈴とセシリアが声を漏らす。
「正面玄関の映像、出ます!」
女性の言葉にモニターが切り替わる。そこにはもうもうと立ち込める煙が映る。煙のせいで何も見えないが、その煙が風向きのおかげか徐々に腫れて行き
『っ!!』
そこには六人の人影が映っていた。
六人の人物は被っていた真っ黒なヘルメットを外して地面に放る。
そこから現れたのは、一人は以前学園祭にて一夏と颯太を襲撃した女性、オータム。
一人は『キャノンボール・ファスト』の時に楯無が対峙した金髪の女性、スコール。
一人は織斑先生にそっくりな、しかし少し幼い見た目の、シャルロットたちは名前を知らない少女、エム。
一人は小柄な、ラウラに似た銀髪の少女、クロエ。
一人はエプロンドレスに身を包み、頭にメカメカしいウサミミを付けた、臨海学校でもあった篠ノ之束。
そして、もう一人はその身をオータムたち三人と同じ漆黒の体にぴったりと張り付くようなスーツに身を包み、その上からカーキのモッズコートを羽織った少年。その顔は見間違えようもなく――
「颯太……!」
モニターに映った颯太の姿に一夏が声を漏らす。
「ついに来た……!」
モニターを見ながら簪が鋭い視線で睨むように言う。
「みんな!持ち場に!」
『おー!』
一夏の言葉に全員で頷き動き出す。
「待ってシャルロット!」
と、管制室を出ようとしたシャルロットをロゼンダが呼び止める。
「今連絡が来たわ!最終調整終わったわよ!」
「っ!それじゃあ!」
「今すぐ第六研究室へ向かって!」
「はい!」
ロゼンダ社長の言葉にシャルロットは大きく頷き走り出す。
その時のシャルロットは気付いていなかった。
走り去るシャルロットをロゼンダがニヤリと笑いながら見送っていたことに……。
〇
「ね?上手くいったでしょ?」
「上手くいった……上手くいった、けど……」
瓦礫の山と化した正面玄関を通りながら隣を歩くオータムに言うと、オータムは頷きながら顔を歪め
「もっと他に方法あっただろ!!」
「あいた~!!?」
オータムは叫びながら俺の後頭部を殴る。
「なんだよあれは!?死ぬかと思ったぞ!」
「死んでないんだからいいじゃん」
「てめぇ!」
「大丈夫だよ。アニメでも上手くいってたし」
「アニメを基準にしてんじゃねぇよ!」
俺の言葉にオータムが叫ぶ。
今回俺たちが取った作戦、それは簡単に言えば小型ロケット――モデルにしたアニメの『幼女戦記』から「V-1」と呼んでいる――に乗って強襲。「V1」がミサイルの如く着弾する直前に脱出し、「V1」で空けたところから侵入するというものだ。
「上手くいったからよかったものの、これ速度と方角の調整できなかったんだぞ!?」
「「調整なんて必要ない!!ただまっすぐ飛べばいい!!ただまっすぐ進み続ければいいのだ!!!」」
「息ぴったりだなぁこのバカップルどもが!」
声を揃えて叫んだ俺と束博士にオータムがツッコむ。
「おいちょっと待て、こんな奴とカップルだぁ?」
「ざけんな、取り消せ。こんな駄兎願いさげじゃ」
「それはこっちのセリフだ、魔法使い予備軍」
「んだとコミュ障の喪女が!」
「ああん!?」
「ああん!?」
「ああん!?」
「ああん!?」
「そういうとこだよ!!!!」
メンチを斬り合う俺たちに叫ぶオータム。
と、
チュドーン!!
そんな俺たちの真横を荷電粒子砲が数本走り、俺たちの背後で爆発を起こす。
「お三人さん、漫才はそのあたりで」
「おいでなさったぞ」
「私をこいつらと一括りにすんなよ!」
スコールの言葉にオータムがツッコむ中俺は荷電粒子砲の放たれた方向に視線を向ける。と、そこには六基の見覚えのある機体が並んでいた。
「おうおうゾロゾロと出来損ないの無人機が出てきたね~」
「やっぱ女性権利団体が所有してたんだな――『キルシュバオム』は」
俺は前方から機械的にやって来る六基の機体、『キルシュバオム』を睨む。
「んじゃ、冗談はここまでで――」
言いながら俺は口元に笑みを浮かべ
「さあ、俺たちの戦争を始めようか」
次の更新がいつになるかわかりませんがお楽しみに~