颯太の宣戦布告から六日が経った。
今日までに吉良香澄を標的としたテロは何度も行われたが、それらは四日前同様それで吉良香澄が殺されることもなく、しかし、警備の穴をつく攻撃が続き、そして、颯太の宣戦布告から五日たった昨日、大きな出来事が起きた。
吉良香澄の出向いた先の会社の警備員の一人が吉良香澄に隠し持っていたナイフで斬りかかったのである。
犯人は女性権利団体の下部組織に吸収合併された会社に勤めていた男性で、吸収合併されたときに会社を解雇されたらしい。
そのことでずっと女性権利団体に恨みを持っていて、今回の颯太の宣戦布告に触発されて犯行に及んだと証言していた。
犯人の男性はすぐさま取り押さえられ、吉良香澄本人にも大きな被害はなかった。
が、日本政府、並びに国連はこの一件を深く問題視した。今後颯太の宣戦布告に触発され、同じような行動に出る人たちが現れるのではないか、と。
その結果、国連の下した決定は――
「シャルロット……」
「っ!あ、ごめん!ちょっと考え事しちゃってた……なんだっけ?」
机に向かいながらぼんやりとしていた僕は簪の声に慌てて顔を上げる。
時刻は夕方五時半、現在僕らは風紀部にあてがわれている部屋で書類仕事をしている途中だった。
室内には僕と簪しかいない。他のメンバーは見回りなど、他の仕事に取り組んでいる。
「……考え事って、今朝のことについて?」
「……うん、まあね」
簪の問いに頷く。
今朝、僕と簪、一夏たち生徒会メンバーに加え、楯無さんを集めた織斑先生から伝えられた国連からの公式な依頼、それは僕らへの「吉良香澄護衛任務」だった。
織斑先生曰く、吉良香澄はこれから入っている予定のほとんどをキャンセル。どうしてもキャンセルすることのできない予定を消化し、二日後に北海道の女性権利団体保有の施設に避難することに決定したらしい。
僕たちに告げられた依頼内容は、その北海道への移動の護衛と以降の施設内での護衛任務だった。
結論を出せずにいる僕たちに織斑先生は今日の夜八時まで考える猶予をくれた。
つまり今からあと二時間半で僕らは決断を下さなければならないのである。
「織斑君たちは参加するんだってね」
「お昼休みに聞いた話だとね。箒たちは悩んでたけど、一夏が参加するって決めたから、最終的には参加を決めたみたいだよ」
一夏は颯太がIS学園を出て行ったことを自分のせいだとずっと気にしていたようで、必ず颯太を止めるんだと息巻いていた。
「一夏はもう少し悩むかと思ったけど、結構スパッと決めたね」
「そうだね……まあでも、お姉ちゃんに比べたら熟考した方でしょ……」
「アハハ……それは言えてるね」
簪の言葉に僕は思い出して笑う。
朝、織斑先生から発表された直後、いつもの会議室の椅子に座っている僕らの中で、織斑先生の言葉も終わらないうちに立ち上がり、楯無さんは一言
「私気乗りしないんで辞退します!」
と、言い残し、織斑先生の返事も聞かず呆気に取られている僕らを尻目に一礼してさっさと会議室を後にしたのだった。
「まあお姉ちゃんらしいと言えばらしいけど……」
「きっと楯無さん、いろいろ思うところがあったんだろうね」
「………だろう、ね」
僕らには女性権利団体にはいろいろと浅からぬ因縁がある。楯無さんには特に。
僕だって今回の件は辞退したいとも思う。しかし――
「でも、これに参加すれば、颯太に会えるかもしれない……颯太を止められるかもしれない……」
「……………」
簪の言葉に僕は黙る。
簪の言う通りだ。そのことが僕の決断を悩ませている。
僕も楯無さんのように辞退してしまいたい気持ちはある。しかし、それ以上に颯太を止めたい、颯太に会って話したいという気持ちがある。
しかし、怖い。颯太に会うことが怖い。半年前の僕らの知る颯太はもういないのかもしれない。今の颯太は僕らの知らない全くの別人になってしまっているのではないか?そう思うと最後の決断を下せずに尻込みしてしまう。
「……簪はどうするの?」
「私は……」
簪は僕の問いに少し口籠り、しかし、スッと覚悟を決めた表情で顔を上げる。
「私は……参加しようと思う」
「そっか……」
「……シャルロットは?」
「…………」
簪の問いに僕は視線を下げ、ゆっくりと考える。
「僕は………」
僕はどうしたいのか、心のうちに何を望んでいるのか。目を閉じてじっと考え、そして心に浮かんだ答えをそっと口にする。
「僕は――」
〇
「どうも、準備の進行具合はいかがですか?」
「おいおい、誰に訊いてるんだい?問題なんてあるわけないだろう?」
俺の問いにくるりと椅子を回転させてディスプレイに向けていた視線を俺に向けた束博士が答える。
「それで?そんな愚問を私に訊くためにわざわざ来たの?何?暇なの?悪いけど私も忙しいからあんたなんかに構ってられないんだけど?」
「様子を訊きに来たのはモノのついでだ。こうしてきたのはちょっとした報告だよ」
相変わらずの辛辣な束博士の言葉に俺はため息をつきながら言う。
「とうとう俺らの予想通りに吉良香澄のやつが北海道の施設に来たそうだ。護衛をつけてな」
「へ~、やっとか。自分の命がかかってるってのに、結構悠長なもんだったね。それで?その護衛って言うのは?」
「そこは予想通りだったよ。護衛は全部で七人。織斑一夏、篠ノ之箒、セシリア・オルコット、凰鈴音、ラウラ・ボーデヴィッヒ、更識簪、そして、シャルロット・デュノア、この七人だ」
「そっか。……しかしあれだね。ことごとくお前の元学友ばっかりになったね。君としては例の師匠がいないだけ救いかな?」
「はん!いまさらそんなこと気にすると思うか?」
「うん、思う」
「っ!」
鼻で笑いながら訊く俺の言葉を意地悪くニヤニヤと笑いながら食い気味に即答する束博士。
「凡人のくせに強がんなよ。友人と剣を交えたくないんだろ?志を共にした仲間を敵にしたくはないんだろ?凡人は凡人らしく素直に弱音吐けよ」
「……………」
束博士の言葉に黙って少し間を空けて考え
「強がんなくてどうするんだよ」
ゆっくりと答える。
「半年前、この道を選んだ時点でこうなることはわかってたんだ。いまさら弱音なんて言ってられるかよ」
「………あっそ」
束博士は俺の言葉に少し間を空け、くるりと椅子を回転させてディスプレイに視線を戻しながら呟く。
表情も見えず、意図的に平坦に紡がれたであろう言葉に束博士の感情が読み取れない。
「それで?向こうは着々と準備を進めてるみたいですけどこっちはどうなんですか?」
「ふっ、だから愚問だって言ってるだろ?」
言いながら束博士はキーボードを操作し、最後に大きな動作でエンターキーをターンッと叩く。
同時にディスプレイの隣の大きな扉がゆっくりと開く。
「おぉ……」
俺は扉の向こうから現れた〝それ〟に感嘆の声を漏らす。
「最終調整はあと五分で済むよ」
「さっすが天災篠ノ之束博士。期待以上の出来ですね」
「はっはっは~!もっと褒めろ!もっと崇めろ!」
俺の言葉にハイテンションに束博士が椅子の上に立ってひじ掛けに片足を乗せて高笑いを上げる。
「これでこっちも準備万端ってわけですね」
俺の言葉に束博士は俺と同じく開いた扉の向こうに視線を向けながら頷く。
俺たちの視線の先にはピットのような場所が広がり、六基の黒い影が並んでいた。
そこに並ぶ六基の影は皆特徴的に長い両腕を力なくだらりと下げ、俯き加減で鎮座していた。
「この改良に改良を重ねた『ゴーレムmkⅧ』の実力、しっかりと見せてあげるから楽しみにしてなよ」
「ええ、期待してますよ」