IS~平凡な俺の非日常~   作:大同爽

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第155話 お宅訪問

 日曜日14時ごろ、箒たちが揃って買い物をしているであろう頃、僕と簪は都内の某所、とある住宅街を歩いていた。

 周りを見渡せば高級感漂う大きな家々が立ち並ぶ。

 僕も簪もこれまで機会がなかったのでこの辺りには来たことが無い。今日の目的地も初めて訪ねる。

 

「たぶんこの辺のはずなんだけど……」

 

 僕は手に持ったメモに書かれた住所を照らし合わせて周りを見渡す。と――

 

「ねぇ…あの家じゃない……?」

 

 簪が言いながら指さす方向に視線を向けると、大きな家々の立ち並ぶ中でより一層大きなお屋敷が見えた

 門扉のところに掲げられた表札に視線を向けると、そこにははっきりと『時縞』の文字が。

 

「あ、ここだね……」

 

 言いながら改めてそのお屋敷ともいえる大きさの家に視線を向ける。

 

「想像してたより、大きいね……」

 

「うん……」

 

 二人で数秒間その家を見上げ顔を見合わせ、代表して僕がインターホンに手を伸ばす。

 ピンポーンと言う間延びした音の後に少しの間の後に

 

『はい、時縞です』

 

「あ、春人さん、こんにちは。デュノアと――」

 

「更識、です……」

 

 聞こえてきた春人さんの声にインターホンに顔を近づけて言う。

 

『あぁ、いらっしゃい。開いてるからそのままどうぞ』

 

「はい、お邪魔します」

 

「お邪魔します……」

 

 春人さんの言葉に頷き、門扉を開けて中に入る。

 数メートル先にある玄関まで歩を進めると、目の前で扉が開く。

 

「やあ、いらっしゃい」

 

 開いたドアの向こうにはニッコリと笑顔を浮かべた春人さんが立っていた。

 

「お邪魔します」

 

 春人さんに招き入れられ会釈をしながら中に入る。

 中に入ると外から見た通り中も広く、掃除の行き届いた様子の玄関には高そうな調度品が飾られていた。

 

「あの、これ、つまらないものですが……」

 

「あ、そんなのいいのに。ありがとう」

 

 簪が手に持っていた紙袋を差し出すと春人さんが恐縮しながらそれを受け取る。

 

「この紙袋、有名な洋菓子店のだよね?わざわざごめんね」

 

「い、いえ……そんな……」

 

「とにかく、玄関で立ち話もなんだし、上がってよ」

 

「はい、失礼します」

 

「失礼します……」

 

 春人さんが出してくれたスリッパに足を通しながら前を歩く春人さんの後をついて行く。

 

「それで、翔子さんの様子は……?」

 

「あぁ…うん。もうだいぶいいみたい。明日からは仕事に復帰するんだって言ってるよ。お昼前もずっと寝ててヒマだって愚痴ってたよ。大事をとって今日はゆっくりしててほしいんだけどね」

 

 僕の問いに春人さんは苦笑いを浮かべながら言う。

 

 

 

 今日こうして春人さん達の家にお邪魔した理由、それは、翔子さんのお見舞いのためだ。

 春人さんの奥さん、僕が所属IS操縦者として勤める会社「指南コーポレーション」の社長である時縞翔子さんは約一週間前に急な体調不良で自宅療養することとなった。

 以前からよく働く人であったが、最近は輪をかけてオーバーワーク気味だったらしくその疲れが出たとのことだった。

 幸い入院するほどではなかったが、ずっと働きづめだったということで社員一同の申し出で半ば強制的に自宅療養となった。

 本人は元気だと言い張ったらしいので、隙を見て仕事をするかもしれないと言うことで春人さんかマリエさんが監視役としてついているらしい。今日は日曜日と言うことで春人さんが見張っていたようだ。

 知らせを聞いたのは月曜日だったので、僕は所属の操縦者だし、簪も打鉄弐式でお世話になっていると言うことで二人で揃ってお見舞いに来たのだ。

 

 

 

 春人さんの後に着いて階段をのぼり、僕らは一つの部屋の前に来た。

 

「翔子?シャルロットちゃんと簪ちゃんがお見舞いに来てくれたよ」

 

 ドアをノックしてドアの向こうに声を掛ける、が、返事はない。

 

「……翔子?」

 

 首を傾げながら再度ノックするがやはり返事はない。

 

「……翔子?入るよ?」

 

 春人さんはもう一度声を掛けてからゆっくりとドアを開ける。そこには――

 

「よっし!赤甲羅ゲット!くらえ!」

 

「喰らうか!」

 

「なっ!?バナナで防いだ!?」

 

「さらにもってけダブルだ!」

 

「あぁぁぁぁ!?」

 

 見慣れない白髪の少女と元気にレーシングゲームに興じるパジャマ姿の翔子さんの姿があった。

 

 

 〇

 

 

 

「いやぁ~、見苦しいところ見せてごめんね~」

 

 十数分に及ぶ春人さんの説教の後、ベッドに入って座る翔子さんは笑いながら頭を掻く。

 僕らが入ったのは翔子さんと春人さんの寝室で、部屋の中には脇に大きなテレビとそれに繋がれたゲーム機が置かれている。

 

「まったく、大人しくしてると思ってたのに……」

 

「ごめんって~、でもちょっとくらい――」

 

「とか言って翔子がちょっとで終わるわけないじゃないか!」

 

 呆れ顔で呟く春人さんに翔子さんが笑いながら手を合わせて言う。

 

「その……ごめんなさい……」

 

「あぁ……クリスちゃんが謝ることないよ。悪いのは全部翔子なんだから」

 

「ちょっと!そんな全部私が悪いなんてこと――はありましたごめんなさい」

 

 謝る白髪の少女の頭を撫でる春人さんに文句を言おうとして春人さんの睨みにすぐに頭を下げる翔子さん。

 

「あの……ところで……」

 

「あ、そっか、ごめんね。二人は初めてだったね」

 

 僕が恐る恐る訊こうとすると、それを察した春人さんが言いながら少女を連れて僕らのそばに来る。

 その少女は年のころは12,3歳ごろだろうか。おそらく颯太の弟、海斗君と同じくらいだろう。

 長い白髪をうなじのあたりでピンクのシュシュで二つに括っており、服装は紫のワンピースだ。

 

「彼女はクリスちゃん。わけあってうちで預かってるんだ。ほら、クリスちゃん」

 

「…………」

 

 春人さんに言われクリスちゃんと呼ばれた少女が無言で会釈する。

 その視線は鋭く、僕らのことを警戒しているようだ。

 

「クリスちゃん、彼女たちはシャルロットちゃんと簪ちゃん。IS学園の生徒でシャルロットちゃんはうちの会社の所属IS操縦者、簪ちゃんは日本の代表候補生なんだ」

 

「シャルロット……簪……」

 

 春人さんの言葉にクリスちゃんの視線がさらに鋭くなり僕と簪の顔を交互に見比べるように視線を向けてくる。

 

「えっと…シャルロット・デュノアです。よろしくね、クリスちゃん」

 

「更識簪、です……よろしくね……」

 

「………クリスだ……」

 

 僕らが握手のために手を差し出すといまだ警戒を解いた様子は見えないが、一応は握手を握り返してくれる。

 

「あ、そうだ。クリスちゃん、二人からお菓子もらったからおやつにしようか」

 

「………(コクリ)」

 

「先にこれ持ってリビングに行っててくれるかな?僕もすぐに行くから」

 

 頷いたクリスちゃんに紙袋を渡した春人さん。

 クリスちゃんは一足先に部屋を後にする。

 

「……あの、僕たち嫌われちゃったんですかね?」

 

「あぁ!違う違う!クリスちゃんはもともとあんな感じだったから。私たちも初対面のころはあんまり話してくれなかったし」

 

 クリスちゃんが部屋を出てから間を置いて僕が言うと翔子さんが笑いながら言う。

 

「でも……私たちの事睨んでた気が……」

 

「気にしすぎだよ」

 

 春人さんも頷く。

 

「彼女はちょっと込み入った事情があってね。ちょっと警戒心強いところがあるんだ」

 

「込み入った事情……ですか……」

 

「「…………」」

 

 首を傾げる僕らに翔子さんと春人さんは言うべきか迷った様子で顔を見合わせる。が、意を決したように頷き、春人さんが口を開く。

 

「実は、彼女の両親はNPOのボランティアで海外の紛争地に彼女を連れて行っていたんだ。でも今から約三年前にその両親が紛争に巻き込まれて亡くなったんだ。クリスちゃん自身もそれからその国で捕虜として生活してて、つい最近、一月の中ごろにやっと日本に帰って来たんだ」

 

「彼女は身寄りもなかったし、私たちも彼女の両親とは面識あったから私たちが後見人として引き取ったの」

 

「そんなことが……」

 

 二人の話を聞いて簪が声を漏らす。

 

「まあそんなわけで、彼女慣れるまでは不愛想だし、ちょっと口悪いところあるけど基本的にはいい子だから、仲良くしてあげてほしいんだ」

 

「はい、もちろんです」

 

「できる限り……はい……」

 

 翔子さんの言葉に二人で頷く。

 

「でも、大変じゃないですか?急に女の子一人引き取ることになって……」

 

「まあね。でもうち子どもいなかったし、大きな娘ができたと思えばね。ねぇ~春人パパ?」

 

「はいはい」

 

「もう!のってくれてもいいじゃない!」

 

 おざなりに答える春人さんに頬を膨らませて不満を前面に出す翔子さん。

 

「……まあ、大変だろうけど、ほっとけないしね。あの子のご両親にはお世話になったから、恩返しみたいなものよ。アキラちゃんにも頼まれたし。………あっ」

 

 笑いながらポツポツと語っていた翔子さんはふと、しまった!と言った顔をする。横では春人さんもやっちゃった、と言いたげに頭を抱えている。と言うか――

 

「えっ……アキラさん……?」

 

「アキラさんに……「アキラさんに頼まれたぁぁぁぁ!?」」

 

 僕らはその衝撃的な一言に思わず大声が出る。

 

「えっ、ちょっと待ってください!アキラさんと連絡とってるんですか!?」

 

「アキラさん今どこに……!?」

 

「い、いや……頼まれたって言っても一方的に連絡来ただけで、今どこにいるかは結局わからないわけでして……はい」

 

 詰め寄る僕らに翔子さんは苦笑いで答える。

 

 

 

 なぜ僕らがこんなにも驚いているかと言うと、公表されていないが、実は現在アキラさんと貴生川さんも行方不明なのだ。

 と、言うのも、颯太がIS学園を後にしてから約二週間が過ぎたころ、十一月の終わりごろだった。突如「長期休暇をいただきます」と言い残してアキラさんと貴生川さんが姿を消したらしい。

 僕らが教えられていないだけでなんとなく翔子さんや春人さん、ミハエルさんは詳しい事情を知っているような気がしていた。もしかしたら楯無さんと同じく颯太を探す旅に出たのかもしれない。

 案外楯無さんの様にこまめに連絡してきているのかとも思っていたが……そんなことはなかったようだ。

 

 

 

 

「じゃ、じゃあ、一月の頭に急に連絡が来て、バルベルデ共和国で女の子保護したから面倒見てほしい、って言われて……」

 

「詳しく聞いてみたら、行方不明になってた知人の娘さんだった、と……」

 

「ええ、まあ。そういう次第でありまして、はい」

 

 僕らの詰問に詳しい経緯を話してくれた翔子さん。

 

「連絡があったのはその一回だけで、あとは音沙汰なし。いくらこっちから連絡しても全然つながらないしね」

 

 春人さんが苦笑いで付け加える。

 

「表向きは行方不明になってないし、アキラちゃんからはくれぐれも自分たちが保護したってことは言わないでほしいって口止めされてたもんだから……ごめんね?」

 

「それは、まあいいんですけど……」

 

 頭を下げる翔子さんの様子に僕と簪は、連絡がない事への少しの落胆を覚えつつ、無事に生きているであろうアキラさん達の安否に少しほっと胸をなでおろす。

 と、そんなの事を話していると、ゆっくりと扉が開く。

 

「……あのさ、すぐ来るって聞いてたのに、全然来ないじゃん。待ちくたびれたんだけど」

 

 開いた扉から顔を半分出してクリスちゃんが言った。

 

「あぁ!ごめんごめん!ちょっと話こんじゃったね。今行くよ。――それじゃあ、話の途中だけどみんなでおやつにしようか」

 

 クリスちゃんの元まで行った春人さんは言いながら振り返る。

 

「そうね。私たちも行きましょ」

 

 春人さんの言葉にベッドから出た翔子さんに連れられ、僕らはちょっとした午後のお茶会を始めるのだった。

 


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