颯太が時間になっても来ないと聞き、学園内をあちこち走り回って探していたいたシャルロットと簪は、颯太が現れて試合の準備を始めたと聞き、慌ててBピットに戻って来ていた。
「まったく、颯太は……」
「ハラハラさせる……」
バラバラに探していたふたりは途中で合流し、ため息をつきながら言う。
「聞いた話だと、ご飯食べてから眠くなってウトウトしてたら遅刻したらしいよ」
「颯太……」
シャルロットの言葉に簪が呆れた表情を浮かべる。
二人は話しながら歩いているといつの間にかBピットに着く。
「ちょっと、颯太!」
「大事な試合に遅れるなんて……!」
言いながらふたりはドアをくぐってピットに入る。と――
「……ん?……あぁ…シャルロットに簪……んぁあ~!どったの?」
ベンチに座り、壁に背中を預けていた颯太が壁にあてていた頭頂部を離し、視線をふたりに向ける。
「颯太……今寝かけてたでしょ?」
「おうっ!?ま、まっさか~!そんなわけないじゃないか~!」
「嘘……いま、私たちが入って来た時明らかにボーっとしてた……」
「ドキシッ!……しょうがないんだよ、ご飯の後って眠くなるじゃん!」
颯太の返答にふたりはため息をつく。
「まったく……ちゃんと考えてるの!?今日の試合によっては今後のIS学園が決まるんだよ!?」
「颯太が原因なのに……わかってる?ちゃんと考えてるの?」
「いや、俺だっていろいろ考えてるよ…その……なんだ……ヤらしいこととか」
「そういうこと言ってるんじゃないよ!」
「何言ってるの!?」
颯太の言葉にシャルロットと簪が別の意味で呆れ顔になる。
「そういうことじゃなくて――」
「わかってるよ」
シャルロットが続けようとした言葉を遮って颯太が立ち上がる。
「今日がこの学園の転換期だ。俺が勝っても一夏が勝っても、学園は変わる――いや、一夏は変えないことを目的に戦うんだったか。変化を望んでるのは俺だけか」
言いながら颯太は自嘲気味に笑う。
「誰がなんて思っていようと、俺はもう止まれないんだ。師匠に託されたこの学園を守るために……」
「「颯太……」」
視線を鋭くしながら言う。その様子に二人は口籠る。
ピットの中を沈黙が支配する中、ドアの開く音に三人が視線を向けると
「颯太君、そろそろ時間だって織斑先生が」
扉の向こうから現れたのは颯太とシャルロットの所属する指南所属の男性技術者、貴生川巧だった。
「貴生川さん……」
「来てたんですね……」
「やあシャルロットさんに簪さん。颯太君があの一夏君と試合をすると聞いてね。様子見としてきたんだよ」
貴生川は笑顔で言いながら颯太に視線を向ける。
「それで、織斑先生からそろそろ試合を始めるから準備するようにってさ」
「……了解です」
颯太は鋭い視線のまま頷き、アリーナへと続くピット・ゲート向かってに歩いて行く。
「――颯太君!」
そんな颯太に貴生川は浮かべていた笑みを消し、真剣な顔で呼び止める。
貴生川の声に颯太は顔だけを向けて振り返る。
「……わかってると思うけど、あまり時間は――」
「ええ、わかってますよ。この後のことは、よろしくお願いします」
「……ああ、もちろんだ」
「ありがとうございます」
体ごと向き直った颯太は貴生川に頭を下げ、再びアリーナへと向かって行く。
「あの……」
颯太の背中を見送りながらシャルロットが貴生川さんに声を掛ける。
「ん?どうしたんだい?」
貴生川はベンチの横に置いていたジュラルミンケースを手に取りながら顔を上げる。
「さっき颯太の言っていた〝この後のこと〟って言うのは……?」
「ああ……この後颯太君からお願いされていることがあってね。試合が終わり次第急ぎ会社に行くことになってるんだよ」
「そうですか……」
答えた貴生川の言葉にシャルロットは頷く。
「さて…と!それじゃあ行こうか」
「え……?」
「行くって、どこへ……?」
貴生川の言葉に二人が首を傾げる。
「どこって、ピットだよ。ここじゃなくて――あ、もちろん一夏君側でもないよ。織斑先生たちのいるピットだよ。そこならモニターもあるし、おそらく一夏君側にいる子も来るだろうし」
ジュラルミンケースを持ってドアに向かって歩きながら貴生川が言う。
「で?どうする?一緒に行く?」
「………お願いします」
「うん。じゃあ行こうか」
頷いた貴生川はドアを開け、シャルロットもその後を追って行こうとして
「……簪?」
簪が着いて来ていないことに気付いて振り返る。
見ると簪は颯太の出て行ったピット・ゲートの方を見て立っていた。
「……簪!」
「っ!ご、ごめん……何…?
「貴生川さんが織斑先生たちのいるピットに移動しようって」
「う、うん……今行く……」
シャルロットの言葉に頷いた簪はもう一度ピット・ゲートの方に視線を向け、シャルロットとともにピットを後にした。
〇
ピット・ゲートを歩いて出た颯太はアリーナの中ごろに立つ一夏の元までゆっくりと歩いて行き、十メートルほど離れたところで歩を止める。
「悪いな、待たせて」
「いいや、別にいいさ。でも、決闘に片方が遅れてやって来るなんて、まるで巌流島の決闘みたいだよな。もしかして宮本武蔵の真似か?」
「ハハッ、まさか」
言いながら二人は笑う。
その様子は休み時間の友人同士のたわいもない世間話のようだった。
「――さて、そろそろ」
「ああ。そろそろ」
言いながらふたりの身体を光が包む。
一瞬にして片や白い鎧が、片や黒を基調に赤・青・黄・紫の装備に包まれた鎧が二人を包む。
二人は頷き合い、一夏は《雪片弐型》を出し、颯太は腰の鞘から《火人》を抜いてそれぞれ構える。
「さぁ……」
「ああ……」
二人がそれぞれ構えたブレード越しに相手を睨む中、試合開始のカウントダウンが始まる。
5,4,3,2、1――
「はぁぁぁぁ!!!」
「やぁぁぁぁ!!!」
ブザーと同時にふたりはブレードを構え、加速した。