IS~平凡な俺の非日常~   作:大同爽

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第143話 恵まれた者とそうでない者

「おい、颯太!どういうことだよ!?」

 

「………はぁ……」

 

 全校集会のあった日の放課後、生徒会室の扉を開けて早々に一夏が叫ぶ。そんな一夏にため息をつきながら睨む颯太。

 一夏の後ろからは箒、セシリア、鈴、ラウラ、シャルロットも一緒に生徒会室に入って来る。

 

「なんだ?見てわからないか、俺は忙しいんだよ。要件は手短に話せ」

 

 一夏たちに視線を向けたのは数秒ですぐに視線を手元の書類に戻した颯太は判子を押しつつ書類に何かを書き込む。

 颯太の座って作業するその席は普段会長である楯無が座って作業している席であった。

 

「なんだもなにもねぇよ!今朝のあれはどういうことだよ!」

 

 颯太の座る席の前に歩み寄り、机を叩く。

 

「どうもこうもあのままだが?」

 

 颯太は一瞬ちらりと視線を向け、書類に視線を戻しながら言う。

 

「説明になってねぇよ!なんであんな一方的な!あれじゃあ一部の人間しかISを使えなくなる!あんなカリキュラムじゃ学校としても機能しなくなる!これじゃあまるで軍隊じゃねぇか!お前は戦争でもする気かよ!?」

 

「……戦争、か。学園長にも言われたな」

 

 颯太は一瞬自嘲するように笑みを浮かべ、すぐに真剣な眼差しに変えて一夏を見る。

 

「そうだって言ったら、どうする気だ?」

 

「っ!?」

 

「颯太……」

 

 颯太の言葉に一夏が拳を握りしめるが、それを制するようにシャルロットが歩み出る。

 

「ねぇ、颯太。どういうことなの?ちゃんと説明してよ」

 

「……………」

 

 シャルロットの言葉に少し考えるように黙った颯太は手に持っていたペンを置く。

 

「全校集会でも言っただろ。俺を狙ってるのは『亡国機業』とそれに加担する組織たちだ。やつらに狙われてる今、IS学園はいつやつらから戦争を吹っ掛けられるかわからないんだ。そうなったら戦うしかないんだよ、俺たちは。でも……」

 

 颯太はそこで言葉を区切る。

 

「でも、この学園の生徒は良くも悪くも平和ボケしてるんだよ。意識が甘くて危機感に疎い。ISに乗るってことを一種のステータスやファッションか何かと勘違いしてる」

 

「っ!」

 

 俺の言葉にラウラが一瞬息を呑んだが、俺は気にせず続ける。

 

「俺だって偉そうなこと言えた義理じゃない。なんの因果か男なのにISを動かせてる。自分のことを選ばれた人間だと思うつもりはないけど、少なくとも〝コイツ〟がどういうものなのかはわかってるつもりだ」

 

 言いながら颯太は右腕の『火焔』を、袖を軽くまくりながら見せる。

 

「断言する。意識も甘くて危機感のないただの女子高生の集団じゃ、この学園が『亡国機業』のターゲットになったら――本気で『亡国機業』と事を構えることになったら、三日ともたないぞ」

 

 俺の言葉に全員が息を呑む。

 

「変えなきゃいけないんだよ、いつまでも他人事決め込んでるやつらの意識も、学園のあり方そのものも。でなきゃ何も守れないし、誰も救われないんだよ……」

 

 颯太は吐き捨てるように言う。

 

『………………』

 

 颯太の言葉に誰もが口を閉ざす。

 

「……ほら、答えたぞ。わかったらとっとと出てけ。こっちは急な生徒会長代理就任で仕事が山積みなんだよ」

 

 言いながらまるで羽虫を払う様に手を振る颯太の姿に皆少し考えるそぶりを見せて、部屋を後にしようと踵を返す。――たった一人を除いて

 

「……お前の言いたいことはわかるよ、颯太」

 

 一夏は書類に視線を戻した颯太を見つめながら一夏が呟くように言う。

 

「でも……でもよ!もっと他にやり方があったんじゃないのか!?このやり方じゃ不満が出るのは目に見えてるじゃないか!下手すればこの学園から出て行くやつだって!」

 

「出て行きたきゃ出て行けばいい。去る者追わず、だ。そいつに費やす時間やら金やら設備が浮いて他に回せる」

 

「そんな……そんなんじゃこの学園からどんどん人が出て行くぞ!」

 

「それがどうした?」

 

 一夏の言葉に颯太は再開していた書類仕事をまた手を止めて言う。

 

「全校集会でも言っただろ。俺はこの学園を守るためならなんだってするぞ。たとえどんな犠牲を払っても」

 

「っ!」

 

 一夏は颯太の鋭い視線に息を呑む。

 

「でもよ……やっぱりこのやり方は間違ってると俺は思う。だって……だって、世界は平等なんだからさ。こんな一方的に一部のやつだけが得するようなやり方……」

 

「ククッ…おいおい、聞いたかみんな?一夏のやつ、よりにもよって、世界は平等なんだとさハハハッ!」

 

 心底おかしそうに一夏の言葉を笑う颯太。

 

「っ!なんで笑われないといけないんだ!?だってそうだろ?誰にだって平等に機会はあるべきだろ!?」

 

「……いいや、違う」

 

 一夏の言葉に嘲るような笑いを収め、真剣な眼差しで一夏を見据えて颯太が口を開く。

 

「いいか、世界は平等じゃないんだよ。人の上に人はいるし人の下にも人はいる。そこにあるのは学力の差だとかそんなもんじゃない。環境に恵まれてるかどうかなんだよ。環境に恵まれてるやつは優遇されるしいい目を見る。恵まれないやつはどこまでも恵まれないんだよ」

 

「で、でも……」

 

「でもじゃねぇんだよ。俺から言わせればお前も恵まれた側だぞ。恵まれてないやつは世界が平等じゃないことを知っている。〝世界が平等〟なんて言葉はいつだって恵まれてるやつの口からしか出てこないんだよ」

 

「そんな……俺は恵まれてなんて……」

 

「ほう?言ってくれるねぇ?じゃあそのセリフ、そこの入り口のところに立ってる人を前にして言えるのか?」

 

「えっ?」

 

 颯太の言葉に一夏が、そして、その場の全員が入り口に視線を向ける。そこにいたのは――

 

「更識さん……?」

 

「簪……っ」

 

 一夏たちはそこに立つ簪の姿に意味が分からず首を傾げ、シャルロットだけはその意味を理解する。

 

「どういう意味だよ、簪さんが俺の恵まれてることとどういう関係が?」

 

「いいぜ。教えてやるよ。順番に謎を解いて行こうか――Question1!織斑一夏君の持っているIS『白式』の製作会社は?」

 

「えっ?えっと……『倉持技研』?」

 

「正解!」

 

 急なクイズ形式に慌てながら鈴が答え、颯太が笑いながら指パッチンをする。

 

「いろいろとごたごたしたらしいけど紆余曲折の末に『倉持技研』の作った『白式』を使っているわけだ」

 

 言いながら颯太はぴんと伸ばしていた右手の人差し指に加えて中指を立てる。

 

「Question2!そこにいる更識簪さんのIS『打鉄弐式』の製作会社は?」

 

「確か一夏さんと同じ『倉持技研』でしたわね」

 

「正解!――セシリアの言う通り、簪のISは一夏と同じ『倉持技研』作だ。でも……アレレ~?オカシイゾ~?簪のISって簪が自分で完成させたのに、日本でも大手の『倉持技研』作~?」

 

「「っ!?」」

 

 颯太がいつもより数個キーの高い声で子供の様にお道化て首を傾げながら言う言葉に勘のいい人物、ラウラとセシリアは答えに行きついたようで、簪の顔を驚いた表情で見る。

 

「さぁ~盛り上がってきました!Question3!日本でも屈指のIS関連企業『倉持技研』の物でありながら、なぜ簪のIS製作はストップしていた?なぜ簪は自分の手で完成せざるを得なかった?――正解は?」

 

「……更識簪のIS製作のための人員をどこか別のことに回していたから」

 

「「「っ!?」」」

 

 颯太の問いにラウラが答える。

 その答えに箒、鈴、そして一夏もようやく答えに行きついたようだった。

 

「ん~…ちょっと足りないけど、まあ正解としておこう。――さぁLast Question!本来なら簪のIS『打鉄弐式』を作るはずだった人員は、いったいどこに回されたのか……この問題は一夏、お前にくれてやる」

 

「………………」

 

 ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべる颯太に指さされた一夏は押し黙る。

 一夏の頭の中で様々な思考が駆け巡る。

 

「ようやく理解したみたいだな」

 

一夏の思い悩む表情に颯太は笑みを消して言う。

 

「そう。世界が平等だとか何とか言っていたお前も、結局は恵まれて優遇されていた側だったんだよ」

 

「っ!」

 

 颯太の言葉に一夏が息を呑む。

 

「いいか一夏。戦争を知らない子どもと、平和を知らない子どもでは価値観が違うんだ。恵まれてるやつは自分たちがいかに優遇されているかを知らない。わかったか、恵まれた織斑一夏君?」

 

 颯太は言ってからため息をついてイスに座り直す。

 

「で?他に訊きたいことは?無いなら出て行ってくれるか?こっちはお前と違って暇じゃないんだ」

 

 言いながらペンを持って書類に向き合う颯太に一夏は何も言えずゆっくりと踵を返して入口へと歩いて行く。

 

「「「「一夏(さん)……」」」」

 

 意気揚々とやって来た時とは対照的に沈んだ様子で歩く一夏の背中に箒たち四人は声を掛けられずにただ後を追う。

 

「あ、そうだ、一夏」

 

 そんな一夏を颯太が呼び止める。

 生徒会室からあと一歩で出ると言うところで声を掛けられた一夏は足を止める。

 

「……なんだよ?」

 

「今日をもってお前を生徒会庶務の任から解く。これからはやりたくもないクラブ活動への出張もかったるい書類業務からもおさらばだ。短い間だったけどお疲れさん。明日から来なくていいぞ」

 

「……そうか」

 

 颯太の言葉に一夏は短く返し、そのまま部屋を後にした。その後に続く様に箒たちも出て行った。

 その間中、颯太は顔を上げずに書類作業を続けるのだった。

 


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