IS~平凡な俺の非日常~   作:大同爽

136 / 309
第117話 麻婆豆腐

「――ねぇアキラちゃん、もうその辺にしてあげたら?もう夜も遅いし……」

 

「ダメ!颯太にはもっとよく言って聞かせないと!」

 

「でも……」

 

 俺の前で仁王立ちするアキラさんに指南社長が言うがアキラさんは俺を睨んだまま言う。

 

「ホントすみませんでした」

 

 俺はアキラさんに見下ろされながら本日何度目になるかわからない謝罪とともに頭を下げる。

 

「謝ってすむと思う?」

 

「許していただけると幸いです」

 

 俺はゆっくりと頭を上げてアキラさんを見上げる。

 そろそろ冷たい床の上に正座されて足の感覚がなくなってきた。

 

「ほら~。もう許してあげたらどう?」

 

「彼も十分反省してるみたいだし」

 

 指南社長と時縞副社長が言うが

 

「でも……でも!」

 

 アキラさんは納得できない様子で口をとがらせている。

 

「だけど、今回の件はしょうがなかったんじゃないかな?」

 

「今回に関しては怪我人も多く出た。こいつの師匠のあの更識楯無ですら重傷を負うほどだしな」

 

「そ、それは……」

 

 貴生川さんとミハエルさんの言葉にアキラさんが口籠る。

 ちなみに今回の件の様子は『火焔』に記録されていた映像を会社に送っていたのでだいたい伝わっているらしい。

 

「そう言えば彼もそれなりの怪我してなかったか?確か左肩脱臼してただろ?」

 

「……………」

 

 犬塚さんの言葉についにアキラさんが黙る。

 

「大丈夫ですよ。バトル中に相手の攻撃で無理矢理はめたんで」

 

「すげぇじゃねぇか!見直したぜ颯太!」

 

「いったぁっ!!」

 

 バンッと俺の背中を叩いてニカッと笑うサンダーさん。

 

「ちょっと山田君!やりすぎだよ!」

 

「サンダーだっ!」

 

「ゴホッ!ゴホッ!」

 

 サンダーさんに時縞副社長が言うが、それよりもとサンダーさんが叫ぶ。

 咳き込む俺。――と、俺の背中に手を添え、誰かが優しく撫でてくれる。

 

「ゴホッ!ゴホッ!ど、どうもすみません――ってアキラさん!?」

 

「何よ?」

 

 俺の視線にジト目になりながらもアキラさんが優しく背中を擦ってくれる。

 

「その……大丈夫なの?」

 

「ま、まぁ……お陰様で。無理矢理はめた肩も一応上手くはまってたみたいで。保健医の話では違和感とかあれば医者に診て貰た方がいいみたいですが、今のところは別に大丈夫みたいです」

 

「そう……」

 

 アキラさんはフゥと一つ息を吐く。

 

「アキラは素直じゃないなぁ」

 

「っ!?野火さん!?」

 

 気配無く隣に屈みこんでいた野火さんに突然のことにビクリと身体を震わせる。

 

「ど、どういうことっすか?」

 

「アキラ、颯太君の戦ってる映像見て、颯太君が肩負傷したときなんか、顔を真っ青にして慌ててたのに」

 

「ちょ、ちょっと!?」

 

 野火さんの言葉にアキラさんが慌てだす。

 

「アキラが颯太君のところに急いだのだって《火神鳴》のことだけじゃなくて、颯太君の怪我が心配だったってのもあるんだろうし」

 

「え!?アキラちゃんそうだったの!?」

 

 野火さんの言葉に今度は社長が驚いた声をあげる。

 

「あ、やっぱりそうだったんだ」

 

 と、今度は副社長が言う。

 

「アキラちゃんの様子が変だったし、もしかしたらって思ったけど」

 

「颯太が肩を怪我した瞬間など特に慌てふためいていたしな」

 

「《火神鳴》の件で怒っていたって言うのは本当だろうけど、颯太君のことを気にしてたって言うのも結構な割合であったよね」

 

 副社長に加え、ミハエルさんと貴生川さんの言葉にアキラさんは驚愕の表情で口をパクパクと動かすがその口から言葉が出てくることはない。

 

「そうだったの……アキラちゃんも素直じゃないな~。颯太君のことが心配だったならそう言えばいいのに~!!」

 

 このこの~、とアキラさんの背中を肘でつつく社長。それに対してアキラさんは何も言わず、俯いてしまう。

 

「その……アキラさん?そうだったんですか?その…なんか心配かけてしまって……」

 

「……う……」

 

「う?」

 

「うがあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 突如俺の言葉に答えずアキラさんが叫びながら立ち上がり

 

「うがあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 そのまま辺りに置いてあった書類やら何かの専門書やら何やらを手当たり次第に投げ始める。

 

「ぎゃぁぁぁぁ!アキラさんがキレたぁぁぁぁ!?」

 

「あ、アキラちゃん落ち着いて!」

 

「あ、アキラ君!」

 

 周りで落ち着かせようと動くが、アキラさんは顔を真っ赤に染めて興奮した様子で手当たり次第に周りの物を投げつけ

 

「あ、アキラさん落ち着いて――」

 

「うがあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

「キャインッ!!?」

 

 飛んできた分厚い専門書を顔面に受け、俺の意識は急速にブラックアウトしていった。

 

 

 〇

 

 

 

 真っ暗な空間、自分の手元すら見えにくらい真っ暗な空間に俺は立っていた。

 ここはどこだろうと周りを見渡すと、突如ボウッと周りに火がともったろうそくが浮かび上がる。

 それが一本二本と増えていき、気付けば数えきれないほどの蝋燭に囲まれる。

 そして――

 

「おお、井口颯太よ。死んでしまうとは何事だ」

 

 と、蝋燭に囲まれて一人の男性が現れる。

 服装からして神父。黒い服の上からでもわかるガタイのよさ。少し長めの髪。彫りの深い顔。低いよく通る声をした人物だった。

 

「井口颯太よ。お前に残された道は二つに一つだ」

 

厳かにその神父が言う。

 

「このまま己の死を受け入れ、新たな生を始めるか。はたまた元の世界に戻るか。選べ少年よ」

 

「……いや、普通に帰りたいです」

 

「よかろう。喜べ少年、君の願いは漸く叶う」

 

 そう笑みを浮かべて言った神父は自分の服を掴み

 

「フンッ!」

 

 引き千切るように脱ぎ捨てる。と、一瞬で神父の服装が変わる。

 筋肉質な体を上半身は黒いTシャツに包み、下は黒っぽいジーパンに麻と書かれた紺のエプロン。長い髪はゴムで止められ紺色の三角巾がつけられていた。

 その姿はラーメン屋の店員のようだった。

 

「は?え?」

 

 神父の服装が変わると同時に周りの景色も一瞬、それこそまばたきをした瞬間にはもう別の景色になっていた。

 それは厨房とそれを遮るカウンター席と言う明らかにラーメン屋のような風景だった。

 

「さて、少年。元の世界に帰りたいのだろう?」

 

「え?あ、はい」

 

「そうか。ではじきにできる。大人しく座して待て」

 

 先ほどまで神父だったはずの男はラーメンの麺を茹で、それを湯切りしながら言う。

 言われた通りカウンターの椅子の一つに座って待つと

 

「できたぞ。存分に味わうがいい」

 

「あ、ありがとうございます?」

 

 コトリと目の前の台に置かれたどんぶりを受け取りカウンターに下ろすと

 

「……赤い」

 

 赤かった。想像していたものと全く違った。びっくりするほど、殺人的なまでに紅かった。

 

「あの……これはいったい……」

 

「ん?麻婆豆腐だが?」

 

「ラーメンはどこに!?」

 

「麺なぞ飾りだ。麻婆の海の底に申し訳程度に沈んでいる」

 

「うわぁっ!ラーメンのスープすらない!全部麻婆のあんかけだ!てかこの明らかに激辛な麻婆豆腐と俺が元の世界に戻るのに一体どういう関係が!?」

 

「食え。さすれば元の世界に戻れるだろう」

 

「この殺人的なまでに紅い麻婆豆腐を食えと!?匂いだけで鼻がずんがずんがするんですけど!?」

 

「ふむ、言うまでもないが、食べ残しは許さん。どうしても無理と言うなら、首から下を土に埋めて口から麻婆を流し込んでやる」

 

「ち、珍味にはなりたくない!」

 

 ~~実食~~

 

「ごちそう…さまゲフた……」

 

「ふむ」

 

 俺の完食した皿を満足げに眺めて頷く神父(仮)。

 

「す、すげぇ……口の中とお腹が焼け爛れた様にずんがずんがして、汗と震えが止まらない……」

 

「喜べ少年。これで君は一日分のカロリーを摂取できた」

 

「どこまで残酷な料理だよ!」

 

 言いながら俺は水を胃に流し込む。

 

「フゥ……これで本当に戻れるのか……」

 

「戻れるさ。――ところで、麻婆ラーメン一杯1600円だ」

 

「………有料?」

 

「当たり前だ」

 

「え!?こういうのってタダじゃないの!?」

 

「貴様ゲームをしたことが無いのか?ド〇クエでも生き返るのにレベルに見合った金が必要だぞ」

 

「やったことあるけどさ!てか高くね!?」

 

「まさか、文無しじゃあるまいな?」

 

「うぇえ~!?」

 

 いかつい顔をさらに強張らせて神父が頭の三角巾をとる。

 

「食い逃げとは嘗められたものだな。だがちょうど、豚骨がきれていたところだ!!」

 

「ラーメン屋と言うか神父と言うか!どっちにしろ放っていい殺気じゃない!!!」

 

「最後の晩餐が私の麻婆だったことを幸運に思い、逝くがいい!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぎゃぁぁぁ!!!」

 

「うわっ!?」

 

 叫びながら体を起こすとどことなく見覚えのある部屋だった。

 どうやら会社の仮眠室のベッドに寝かされていたようだ。

 横を見ると

 

「あ、アキラさん」

 

 驚いた表情で固まるアキラさんの姿があった。その手には氷嚢があった。

 

「何してんですかそんなもの持って?」

 

「そ、颯太が起きないから……が、顔面に私の投げた本が当たって、ゆ、床に頭ぶつけて気絶したから……」

 

「看病してくれてたんですか?」

 

「ま、まあ……私のせいだし……」

 

 しおらしくしゅんとしたアキラさん。

 

「その……ご、ごめん……」

 

「全然大丈夫ですよ。今日はもっと痛い目見たんで。――ついでに怖い夢も……――でもありがとうございます。わざわざ看病してもらって。それに俺が怪我したって聞いて心配させてしまってすみません」

 

 俺が笑いながら言うと、それでもアキラさんは俯いたままモジモジと何か言いずらそうにしている。

 

「アキラさん?」

 

「そ、その……違うから……」

 

「はい?」

 

 アキラさんの呟きが聞こえたがそれだけではよくわからず俺は首を傾げる。

 

「だ、だから!ち、違うから!た、確かに心配はしたけど!そ、それはアレだから!わ、私たちの作った『火焔』で、ま、万が一にでも大怪我されたくなかっただけだから!い、いや、た、確かにそ、颯太のことも心配したけど…そ、そんな顔真っ青にして大慌てだったわけじゃないから!!」

 

「…………は、はぁ」

 

 アキラさんがまくし立てるように言う言葉に呆然としながらも頷く。

 

「ち、違うから!?」

 

「わ、わかりましたから!」

 

 なおも叫ぶアキラさんを手で制しながら頷く俺。

 

「なんにしてもアキラさん達の作ってくれた『火焔』とその装備のおかげで無事に襲撃者を鎮圧できました。本当にありがとうございます」

 

「う、うん……」

 

 顔を赤く染めて照れたように俯くアキラさん。

 そんなアキラさんが新鮮でとりあえず俺がどのくらい眠っていたのかを聞こうと口を開こうとした時――

 

「(ちょっと、押さないでよ!)」

 

「(もっと詰めねぇと見えねぇだろうが!)」

 

「(やっぱりそっとしておく方がいいんじゃない?)」

 

「(バカなことをしてないでさっさと入れ)」

 

『うわぁぁぁぁ!!?』

 

 ドアの方からこそこそと聞こえてくる声に首を傾げているとドアが開き、指南社長たちが流れ込んでくる。

 

「何してんですか皆さん?」

 

「い、いや、これはその……」

 

「なんか二人の邪魔しちゃ悪いかな……と思って」

 

「っ!?い、いつから……そこに……?」

 

「颯太君が飛び起きたくらい?」

 

「初っ端ですね」

 

 社長たちの言葉に苦笑いを浮かべる俺の横でアキラさんが耳まで赤く染め、プルプルと震えながら俯く。

 

「……う……」

 

『う?』

 

「うがあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

「うわっ!アキラさんがまたキレたぁぁぁぁぁ!!」

 

『ご、ごめんなさいぃぃぃぃぃ!!!』

 

 聞き耳を立てていた面々が大急ぎで逃げだし、それを追いかけるアキラさん。後に残されたのは呆然とする俺と

 

「やれやれ、これだからこの会社の人間は……学生気分が抜けてないな」

 

 めんどくさそうにため息をつくミハエルさんが取り残されていた。

 




プリズマ☆イリヤの劇場版が公開されましたね
是非見たい……でも近場でやっていない( ノД`)シクシク…
暇を見つけて見に行こうかな……とか考えている私です
イリヤとクロとミユは俺の嫁、異論は認める

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。