「逃げるんだよぉぉん!!!」
「えぇぇぇぇ!!?」
叫びながら走り去る颯太とそれを追う一夏。
そのあまりの逃げ足にオータムの反応が一瞬遅れる。
「っ!!てめぇら!ふざけやがって!!」
ギリリと噛んだオータムは走り出すと同時に自身のISを展開する。
「いいぜ?楽しい楽しい鬼ごっこだ!!」
〇
俺は走りながら後ろを一瞬確認する。
背後には黄色と黒という禍々しい配色のまるで蜘蛛を思わせる八本の脚のISにのったオータムが追いかけてくる。
「おい逃げるったってどうすんだ、颯太!?向こうIS展開してるし、こっちもISで迎え撃った方が……」
「お前バカだろ。あのオータムとかいうやつ、明らかにお前に『白式』を使わせようとしていた。あいつがお前を狙う理由はおそらく『白式』に関係してる」
「なんでわかるんだよ?」
「勘!」
「勘かよ!!!」
俺の言葉に一夏は頭を抱える。
「じゃあせめて通信で誰か助けを――」
「んなもんいの一番にやった。あの女かその仲間かわからないが、この辺ジャミングかなんかされてるらしくて通信が繋がらない」
「くそっ!」
悔しそうに顔を歪める一夏。
「せめて颯太だけでもISを展開すれば……」
「ここは更衣室だからロッカーが並んでる。IS展開して移動するより生身の方が小回りきく」
「でもこのままじゃじり貧だろ!」
「ああ!だからここからは――作戦第二段階だ」
〇
「ちぃ!ちょこまかと逃げ回りやがって!どこ行きやがった!?」
蜘蛛型のISで颯太たちを追い回すオータム。
ISを展開せずにロッカーの影を縫うように逃げ回る颯太たちにイライラしながら追う。
地の利があるせいか一瞬二人の行方を見失うオータム。
「どこに――」
「隙アリ!!」
「っ!?」
突如上からISを展開した颯太がブレードを振り上げて飛び降りてくる。
しかし、その強襲にもオータムは反応して見せ、八本ある脚のうちの二本で颯太のブレードを逸らせる。
そのまま他の二本の脚の先端が割れ、その中から除く銃口が颯太に向く。
「っ!」
放たれた攻撃を《火打羽》で防ぎながら距離をとる。
「このまま延々と鬼ごっこで終わるかと思ったぜ?それに攻めてくるならもう一人の方だと思ったんだけどなぁ」
「このまま逃げ回っていてもあんたを倒せないからな。気を付けな?一夏もその辺に隠れてる。俺にばかり集中してると、寝首をかかれるぜ?」
「へぇ~?面白い冗談だ。私の聞き間違えか?今私を倒すって言ったか?」
「言ったぜ?あんただって、俺たちを襲う以上逆にやられるくらいの覚悟はあるだろ?〝撃っていいのは撃たれる覚悟があるやつだけ〟ってやつだよ」
ニヤリと笑みを浮かべてブレードを構え直す颯太。
「随分と自信ありげだな」
「まさか。最初に言っておくけど、俺はアンタよりも圧倒的に弱いぜ」
「なんだ?最初から負けた時のいいわけか?」
「違うよ。アンタは自分よりも弱いものに勝てない。そう言いたいんだよ」
「ああん!?」
颯太の言葉に怒りをあらわにするオータム。
「さあいつでもどうぞ。とか言って――俺の方から攻めたりして!」
「このっ!」
言いながら一気に瞬時加速でオータムとの距離を詰める颯太にオータムは装甲脚を突き出す。が――
「あらよっと!」
それを下に体を逸らして避けると同時に《火人》で斬り上げる颯太。
「何っ!?」
下から脚を斬り上げられたことでバランスを崩すオータム。
攻撃に備えて斬り上げられた足以外の脚で身構えるが颯太はそれ以上攻撃してこない。それどころかオータムから距離を空ける。
「てめぇ…!」
「おっと危ない」
脚の先端が開き、先ほどの銃口が現れる。
実弾を雨霰の様にぶちまけ、ときに脚を動かしながらあらゆる方向から颯太を狙うが颯太は悠然と《火打羽》で防ぐ。
その後も颯太を狙い装甲脚で突き、実弾を放つが、それらをすべて時にかわし、時に《火打羽》や《火人》で防ぐ颯太。
互いに相手にダメージを与えることなく戦いは進んでいく。
「このっ!」
攻撃が当たらないことにいら立ちを募らせ大振りの攻撃を放つオータム。
「おっと!」
が、その攻撃も颯太は華麗にかわしてみせ、そのまま後方にバックステップとスラスターによってオータムから距離をとる。
「てめぇさっきからちょこまかちょこまかと…!!ふざけんじゃねぞ!!」
「ハハハハハッ!」
「っ!?てめぇまさか――戦おうとしてねぇな!!?」
〇
オータムの言葉に俺はニヤリと笑みを浮かべる。
「てめぇ、どういうつもりだ!?私を倒すんじゃなかったのか!?ああぁん!!?」
相当いらだっているようで、オータムの言葉に怒気が孕んでいる。
「ああ、倒すぜ」
「だったら攻撃してこなきゃ勝てねぇだろうが――よっ!」
オータムの放った突き攻撃をひらりと回転するようにかわしながら俺は口を開く。
「アンタの戦闘能力を10だとするなら俺のはせいぜい7がいいところだ。まともにやり合ったら戦いにすらならないかもしれない」
「だったら今頃てめぇは俺の手で殺されてるはずだろうが!!」
「でもさ、アンタはその10の力を攻撃と防御に半分に分けてるんだ。つまり攻撃においてアンタの力は五割しか発揮されない。俺の戦闘能力をすべて防御に回せばアンタには俺の防御力をうち破ることができないってわけだよ」
言いながらオータムの銃撃を《火打羽》で防ぎながら再び距離をとる。
「なるほどな……確かにそうかもしれないな。だがな、私の攻撃が通らないのと同じように守ってばかりじゃてめぇに勝ちはねぇな」
ニヤリと笑みを浮かべるオータム。
「それに、てめぇのその守りもいつまでもつかなぁ?」
冷たく意地悪い笑みを浮かべるオータムの顔をじっと見つめながら俺はフッと笑う。
「そうかもな。だが、アンタ、少し思い違いをしてるな」
「何?」
俺の言葉にオータムは訝し気に俺を睨む。
「アンタの勝利条件と俺の勝利条件は違うんだよ。アンタは俺を殺して逃げることが勝利条件。そして俺は――時間を稼ぐことが勝利条件」
「時間だぁ!?」
「そして――その条件は今満たされた」
「てめぇ何言って――」
「なあ……この部屋、なんだか暑いと思わないか?」
「あぁ?」
「ねぇ?そうは思いませんか――師匠?」
「っ!?」
俺の言葉に俺の目線を追って振り返ったオータム。
俺の視線の先、そこには――
「そうね。温度ってわけじゃなく、人間の体感温度が…かしらね?」
まるで水のドレスのようなIS、『ミステリアス・レイディ』を纏った師匠が立っていた。
師匠は優美な笑みを浮かべたままもたれかかっていたロッカーから体を起こす。
「不快指数って言うのは、湿度に依存するのよ。――ねぇ、この部屋って湿度高くない?」
「っ!?これは!!」
ぎくりとしたように周りを見渡すオータム。
オータムが見たもの、それは部屋一面に広がる、しかも自分の体に纏わり憑く異様に濃い霧。
「しまっ――!」
「残念、遅かったわね――時間切れよ」
パチン、と師匠が指を鳴らすと同時にオータムの体は爆発に飲み込まれた。