笑顔のシャルロットに監視されながら俺が仕事をしていると
「やっはろ~、順調?」
と、師匠がやって来た。
「あぁ師匠。御覧の集客率で――」
言いながら振り返ると、そこには――
「うんうん。しっかり働いてるねぇ~。関心関心」
満足そうにうなずく師匠。
「し、師匠……その服……」
「ん?チャイナドレスだけど?」
言いながら左足を膝で曲げながら上げ、口元にいつもの扇子を閉じたまま口元にあててウィンクをしながら笑みを浮かべる。
その顔は、どう?似合う?とでも言いたげであるが、そっちより俺は腰のあたりまで入ったスリットから除く白くいい感じの肉付きの太ももの覗く下半身に釘付けだった。しかも足を曲げているせいで押し上げられたスカートの前側がいい感じで中身が見えるか見えないかの瀬戸際を演出していてどうにももどかしい。
「あぁ~?颯太君エッチな顔してる~」
「じゃあ真面目な顔してガン見しますね」
「え?」
「じ~~~~~~」
「え?ちょっと颯太君?」
「じ~~~~~~」
「そ、颯太君?」
「じ~~~~~~」
「も、もう!見すぎよ颯太君!」
「颯太?」
「はっ!」
恥ずかしがるように前側のスカート部分を押さえる師匠と背後から聞こえたシャルロットの冷たい声に俺は姿勢を正す。
「んんっ!で?どうしたんですかその恰好は?」
「風の噂で颯太君がチャイナ服にご執心って聞いてね」
「どこでそんな話聞いたんですか?」
俺は苦笑いを浮かべながら言う。
「メイド服で来ることも考えたけどこっちにして正解だったみたいね」
その場でゆっくりクルリと回る師匠。そのおかげで深いスリットのチャイナ服のスカート部分がふわりと浮かび上がる。
「……………」
「颯太?」
「はっ!いや、これは不可抗力だ!無実だ!これは罠だ!」
思わず体を傾けてしまった俺にシャルロットの冷たい視線が飛ぶ。
「で、どうしたんですか?見回りとかですか?」
「うん。それもあるんだけどね、たまたまここに来る途中道に迷ってた人に会ったからここまで案内して来たのよ?」
「道に迷ってた人?」
「そうよ。――ほら、おいで」
師匠が入り口の方に呼びかけると、入口から見覚えのある長い黒髪のオドオドした少女が顔を出す。
「おう、潮!久しぶりだな!元気にしてたか!?」
「お、お久しぶりです先輩。ご招待ありがとうございます」
潮は律儀に深々と頭を下げる。
「いいんだよ。俺も悪いな。ちょうど学祭と重なってこの辺の案内できなくて」
「い、いいんです。代わりに先輩の学校の学園祭に招待してもらいましたし……でも、私でよかったんですか?……山本先輩たちも来たかったんじゃ……」
「いいんだよ。どうせ一人しか呼べなかったからさ。あいつらにこの話したら血で血を洗う争いが起きる」
「た、確かに……」
潮は苦笑いを浮かべながら頷く。
「潮さん久しぶり」
「お久しぶりですシャルロットさん」
シャルロットも嬉しそうに笑っている。
「しかし迷ってたなんて……来た時に連絡くれれば迎えに行ったのに!」
「その……先輩教室の喫茶店で接客やるって聞いてたんで忙しいかなって……」
「そんなに気を回さなくてもうちの看板は――こいつなんだから」
「ん?」
と、たまたま近くを通りかかった一夏を捕まえる。
「一夏、この子は俺の地元の後輩の潮陽菜」
「う、潮です。よ、よろしくお願いします」
「へ~、よろしく。織斑一夏だ。颯太から話聞いてるぜ?こっちの学校受けるんだってな。頑張ってね」
「は、はい。ありがとうございます……」
「可愛いからって手ぇ出すなよ?」
「かわっ!?」
「出さねぇよ!お前俺を何だと思ってんだよ!」
「気を付けろ、潮。こいつ天然ジゴロだから」
「は、はい……でも……私は先輩の方が……」
「ん?」
「い、いえ!な、なんでもないです!」
「お、おう」
普段あまり大きな声を出さない潮が大声で言うものだから気おされて頷いてしまった。なんだか師匠とシャルロットの視線が鋭くなった気がするがなんで?
「おっと、立話もなんだし席用意するよ」
「ありがとうございます」
近くにいたクラスメイトにあいた席を聞きながら俺は師匠に視線を向ける。
「そう言えば師匠は潮を案内しにわざわざここに?」
「ううん。一年一組が盛況だから特に一夏君が引っ張りだこかぁって思ってお姉さんが一肌脱ぎに来た」
言いながら足元に置いていた紙袋からメイド服を取りだす師匠。
「私も手を貸すから他の子の休憩時間作ってあげて」
「なるほど。でもいいんですか?」
「いいのよ。お姉さんのサービス」
「ありがとうございます」
言いながら一夏を見る。
「一夏。お前休憩入れ」
「え?でも……」
「ただで休ませるわけじゃない。お前にはこの後も頑張ってもらわないといけないしな」
「そっか……わかった。ありがたく休憩に入らせてもらうよ」
言いながら上着を脱いで教室を後にする一夏。
「さて、一夏が抜けた分俺も頑張らないと……あ、そうだ。シャルロット、潮にサービスで飲み物聞いて淹れてやって。俺がお金払っとくから」
「あ、うん。わかった。――優しい先輩だね」
「よせよ」
ニヤニヤと笑みを浮かべるシャルロットの視線から逃れるように照れながら仕事に戻ろうとする俺だったが――
「あ、颯太……ちょうどいいところに」
入口の方から簪が顔をのぞかせていた。
「おう、簪。そっちはいいのか?」
「うん……今私、休憩時間になったから……」
簪のクラスはお化け屋敷をやっているらしい。白い着物に頭によく見る三角のアレを付けた簪がやって来る。
「休憩がてら様子見に来たよ。賑わってるね……」
「おう。あ、そうだ。潮来てるから顔見せに行ってやれよ」
「う、うん。それもなんだけど……」
「ん?」
「颯太に…お客さん……」
「客?」
俺は首を傾げながら簪の示す入口の方に視線を向ける。
「「「よっ!」」」
「…………!?」
そこには父さんと母さんと海斗がいた。
「な、な、な、なんでいんの!?」
「ちょっとウェイターさんちゃんと席に案内してよ~」
「はぁ?」
「俺たち客だぞ~」
「いや、だから……?」
「客を立たせたままにするのかぁ?」
「…………」
なんか悪乗りしてる三人にげんなりしながら周りを見渡し
「……申し訳ございませんがただいま席がいっぱいでして――」
「潮さんに相席お願いして四人に座ってもらったら?」
「…………」
シャルロットォォォォォ!?
「潮ちゃん来てるの?」
「あ、知り合いですか?」
「そりゃぁね」
「颯太の試合見に行った時に紹介してもらったんだよ」
「こんなゴミいちゃんを先輩と慕う奇特な人だよね」
「おい海斗、今さらっと俺をゴミいちゃんつった?」
「それはいいから早く席に案内してよ」
「こちらになります」
「ちょっと師匠!?てか着替えるのはやっ!」
いつの間にかメイド服に着替えた師匠がさっさと三人を潮の方に案内していく。
「その……颯太?」
「……何?」
「ドンマイ……」
簪に言われながら俺はガックシと肩を落としたのだった。
〇
「で?なんで三人はいるの?」
うちのクラスは基本四人席なので四人分の椅子にもう一つ予備を持ってきて簪と井口家の面々、潮の五人が座っている。
「あ、ウェイターさん注文いい?」
「聞けよ!」
マイペースに注文しようとする母さんに突っ込みつつため息をつく。
「俺潮にしか招待券送ってないはずなんだけど?」
「うん。もらってない」
「じゃあ――」
「だから――」
「「「私たちが送りました」」」
「アンタらか!!!」
俺の横に立っていた師匠、シャルロットそして椅子に座っていた簪が手を上げる。
「だって~、他にあげる人いなかったし~」
「この間の夏休みにはお世話になったからね~」
「あと、海斗君に頼んでたものもあるし……」
「頼んでたもの?」
俺が首を傾げていると海斗が何かを思い出したように背負っていたカバンから何かを出す。
「はい、簪姉さん。約束の物」
「ありがとう」
「……何それ?」
「颯太の自作小説第二弾と第三弾」
「おいぃぃぃぃぃぃ!!なんてものをお前持って来させてんだよ!!」
海斗からノート数冊を受け取ろうとする簪をガクガクと肩を掴んで揺さぶりながら叫ぶ。
「えっと?『霧深い街並みに女性の叫び声が響く。
「きゃー!助けて!」
「ふはははは!叫んでも無駄だ!」
「待て!」
「何者だ!?」
男の背後からの声に男は振り返る。』……」
「こいつ朗読し始めやがった!これは……これはテロだ!俺に対する超個人対象のテロ行為だ!!」
海斗の朗読に耳をふさぐ。
「颯太うるさい」
「他のお客さんの迷惑でしょ」
「急に真面目なこと言い始めたぞこの親たちは」
呆れ顔の二人に驚愕しながら耳から手を外す。
俺がダメージを受けてる間に取引は完了したようで簪はホクホク顔だ。
「そんなの読んでも面白くないだろ?中学生が中二病拗らせて書いた文章力の欠片もない痛々しい小説だぞ?」
「いいの」
俺は肩をすくめるばかりだが簪はそんな小説の何がいいのやら……。
「簪ちゃん後で第一弾も含めて貸してね」
「あ、僕も僕も」
「おいコラ、何を人の黒歴史勝手に貸し借りしてんですか」
師匠とシャルロットが簪に借りようとしているのを呆れ顔で見ながら俺はため息をつく。
「潮も悪いな。やかましい人が相席で」
「い、いえ。先輩のご家族はいい人たちばかりで……」
潮は笑顔で答える。まったくいい後輩だ。
「それで、店員さん、注文いいかい?」
「はいはい。何にいたしましょうか?」
「う~ん……ここの芋焼酎は銘柄何?一刻者?白波?」
「申し訳ありませんが当店では扱っておりません」
「え!?ないの!?麦は?カクテルは?ビールは?」
「申し訳ありませんが!ここ!学園祭!学生の出し物!」
「なんだよ~……俺息子と酒飲むのが夢だったのに~……」
「俺も海斗も未成年なんだけどっ?」
「黙ってたらばれないって」
「おい!それでいいのか公務員!?」
「ジョ~ダンだって!!」
くっそ、うちの親父アルコール入ってないはずなのにテンションたけぇなおい!絡みずらい!
「じゃあ…ケーキセットを人数分。飲み物はコーヒー二つと紅茶二つとココアで」
「はいはい。ケーキセット五つ、飲み物はコーヒー二つに紅茶二つにココアで」
俺は注文を繰り返す。
オーダーを繰り返すとブローチ型のマイクで厨房に注文が伝わるので無駄に高性能だ。
「それでは少々お待ちください」
「あ、颯太!」
「……ん?」
今度は何だよ、と思いながら振り返ると
「その服似合ってるな。クラスの人とも仲良くやってるみたいだし、父さん安心した」
「……おう」
急に父親らしいことを言われ面食らいつつ頬を掻きながら俺はそそくさとキッチンの方に向かう。
「よかったね、颯太君」
「いいお父さんだよね」
「…………」
師匠とシャルロットの言葉に俺はむず痒く思いながら一緒に出されたケーキセットを持って五人の元に向かう。
「お待たせしました、こちらご注文の――」
「おーい、颯太!」
と、五人にケーキセットを出していると入口の方から一夏が手を振っているのが見えた。
「あれ?一夏、休憩に行ったんじゃ……」
「そうなんだけど。途中でお前に用があるって人に会ってさ」
「俺に用?」
訝しく思いながら師匠たちを見るが三人とも身に覚えがないらしく首を振っている。
「どんな人?」
五人分のケーキセットをそれぞれの前に起き、入口の方に改めて向く。
「えっと…この人なんだけど……」
「颯太く~ん!久しぶり~!き・ちゃ・った! ♡」
一夏の横から顔を出したのはもう一生見たくないと思っていた顔、ケツ顎の面長な顔にぶ厚いやけに赤くテカった唇。
獲物を見つけたハンターの目をしたそのオカマを見た瞬間、俺の中で何かが砕け散った気がした。