魅了入門   作:rairaibou

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魅了入門

 祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり、沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす、おごれる人も久しからず、ただ春の世の夢のごとし。
 一人の人間がその人生において、永遠に頂点に君臨することは難しい、一人の頂点のために多くの没落者が存在する。その中にはかつて頂点に立った者もいる、だが彼らは誰にも思い出されることも無く、時代とともに消える。人々の目は頂点とその付近にしか向いていないものだ。
 それを考慮すれば、このゴウキという男はましな部類なのかもしれない。現役時代はホウエンリーグが非公認であったが今でも当時の最強トレーナー候補に挙がる内の一人で戦闘のエキスパートとして少なくない弟子を持ち、内一人をを娘と結婚させ、ホウエンではもっとも発展している都市のひとつであるミナモシティに狭くない住居を構えている。
 その家の一部屋で座椅子に座り腕を組んだまま眠っているかのように目を閉じている初老の男がゴウキだ。髪はほとんど白髪になっており、しわも少ないわけではない。目を閉じているが別に眠っているわけではない、むしろ高齢ゆえに朝は早い。昔の癖なのか何もしていないときは集中しようと勤めてしまうのだ。
 同じ部屋にはゴウキの妻でカヨと言う名のゴウキに比べれば少し若い女性がえらく機械的なベッドから身を起こし、時折ゴウキに天気がいいだの、今日は海のにおいが強いだのと話しかける。ゴウキはそれに対しこれといった返答をするわけでもなく「あぁ」だの「おお」だのと適当に相槌を打った。
 部屋の一角には賞状やトロフィーが多く並べられている。時折ゴウキがそれを眺めることがあるが、没頭するわけではない。
 ゴウキはこの家に妻と娘夫婦の二世帯で暮らしている、元々は弟子であった義理の息子はポケモン協会関係の仕事についているらしいが、古い人間のゴウキにはいまいちぴんとこない。
 ゴウキはかつて所持していたポケモンの殆どを手放していた。あるポケモンは筋の良い弟子に譲ったし、あるポケモンはレンジャー部隊に入隊させた。あるポケモンは保育園に譲り、子供の遊び相手になっている。
 適材適所という言葉がある。年老いた自らに、ポケモンを操る資格は無い。十分すぎる力を持った彼らはその力を発揮できる場所に行くべきなのだと言うゴウキの持論からだった。
 だが、ゴウキにも、どうしても手放すことができない一匹がいた。
「ん」
 引き戸が開く音にゴウキが反応し目を開く。
 金色の体毛に九つの尾を持つポケモン――キュウコン――が新聞を咥え、部屋の中に入ってきた。体毛は程よく膨らみ、足取りも軽い、体のバランスも均等が取れており、九つの尾も妖艶に揺れている。絵画の世界から抜き取ってきたのかとつい思ってしまうような非現実的な美しさだった。何かを身につけているわけではないが首には首輪を付けられたような跡がある。
 キュウコンはゴウキの前の机に新聞を置き、自身はゴウキの膝に体を預ける。
「よし、よし」
 ゴウキは片手で新聞を開きながらもう片手でキュウコンの頭を撫でる。体毛が指に絡まることは無く、体はほんのりと温かい。
 このキュウコンこそが、ゴウキがどうしても手放すことができない一匹だ。単純に強いからとか、美しいからという理由からではない。
 キュウコンはまだ若いポケモンだが、ゴウキがトレーナーとして最後に育成したポケモンだ。己の理論やトレーニング、精神や経験すべてをつぎ込んだいわばゴウキと言うトレーナーの集大成のようなポケモン。
「ロッちゃん、こっちにおいで」
 カヨがキュウコンの名を呼ぶ、カヨはそう呼ぶのだ。
 それと同時にゴウキは撫でるのを止め、キュウコンを促した。



 昼過ぎ、ゴウキとキュウコンは家を出る。時折こうやって一人と一匹で散歩をすることがある。
 老人にしては珍しく背筋のピンと張ったゴウキの横を九つの尾を揺らしながらキュウコンがついて歩く。最近のミナモでは良く見かける光景。トレーナーを引退して以来ゴウキはポケモンをボールに入れることを嫌った。
 時折、キュウコンを撫でたくてゴウキに声をかける人がいる。別に断りはしないが、かといって急に饒舌になるわけでもなく。ゴウキはただじっとそれを見る。
 彼らはミナモのコンテスト会場に向かった。だが別にコンテストに出るわけではない、ゴウキはコンテストのことなんて全くわからないのだ。
 会場に入った瞬間、皆の目がゴウキのキュウコンに向かった、ポケモンの美しさや賢さに敏感な者達が集まっているのだから当然キュウコンは注目される、だがゴウキに気がつくと皆一様に安堵する。良かった、出場者じゃないんだなと言いたげに。だがゴウキのほうもそれらの反応に怒ったり不満に思ったりすることは無い、コンテストのことなど良くわからないし逆にライバルだと思われても困る。
「あ、師匠」
 会場の奥のほう、木の実クラッシャー付近に居た男がゴウキに声をかける。ウェーブがかかった茶色く長い髪、白いスラックスにジャケットとマフラーと言う出で立ちはゴウキとは真反対に存在している人間のように見えるが、意外にもゴウキは彼を見つけて幾許か安堵の表情を見せ、彼の元へ歩み寄った。
 アマナイはかつて晩年のゴウキの弟子だった、ゴウキは筋がいいとかっていたがアマナイは同時にコンテストにも力を入れており、現在ではコンテストを主戦場としている。
「アマナイ、居てくれて助かった。ワシはどうにもここは苦手だ」
「そうですか? このキュウコンをつれていればあながち場違いってわけでもないですよ」
 アマナイは腰を落とし、キュウコンの首元を慣れた手つきでガシガシと撫でてやる、キュウコンも心地よさ気にハッハと息を漏らした。
 ゴウキは先ほどの言葉に首を振りながら
「ワシとは違う次元の場所だ、否定するわけではないが意味がない。お前だって」
 もっと強くなれたのに、と言いかけた所で「ストップストップ」とアマナイが遮った、この愚痴は長くなる。
「愚痴を言いに来たんじゃないでしょ」
 そう言われ、ゴウキは思い出したようにポケットからポロックケースと袋に入った数多くの木の実をアマナイに差し出した。
「これに、頼む」
 アマナイはそれらを受け取るとケースに深緑色のポロックを詰め、ゴウキに手渡した。
「いつもすまんな」
「良いんですよ、気になさらず」
 その後少し黙って、再びキュウコンをガシガシと撫でながら。再び少し考えながら。
「こいつをコンテストに出してみませんか?」
 その提案に、ゴウキは苦虫をつぶしたような顔になる。
 アマナイめ、何を考えているんだ。
 こいつは、こいつは、そのような、ちゃらちゃら、しゃなりしゃなりとした見世物に出すために育てたものではないのだ。
「いいかアマナイ、こいつはワシが育て上げた最後のポケモンだ。ワシのトレーナとしてのすべてがこいつに宿っている」
「だからこそ、言っているんです」
 アマナイは立ち上がってゴウキを見据える。
 こいつ、こんなに大きかったか? 否、ワシが縮んだのかもな。
「師匠や、師匠の周りの」
 それまで言ってアマナイは会場をぐるっと見渡す。自分やゴウキの知り合いが居ないことを確かめた。
「戦い脳みそ筋肉馬鹿共は気づいていなかったかもしれない。そしてちゃらちゃらとした外見だけ見れればいいと思っている」
 ボリュームを絞って、片手をゴウキの耳に沿え、
「コーディネーター気取りは初めから師匠を見ようとしなかった。だけどね」
 再び先程の体勢に戻って、
「師匠とポケモン達は、他のどんなトレーナーやポケモンたちよりも、美しかった。断言できる」
「馬鹿言え」
「本当です、だから僕は師匠の弟子になったんだ。ここホウエンで師匠ほど戦いと美しさを両立させたトレーナーはミクリぐらいだ。いや、僕はミクリよりも師匠を評価していますがね」
 興奮のあまり近づいてくるアマナイの顔を手のひらで押しのける。
 美しさなど、考えたことも無い。
 現役の頃に『美』と言う漢字を思い浮かべたのは『戦いの美学』を考えたときだけだ。
「ワシが現役なら、お前を引っ叩いている所だ」
 握っていたポロックケースをポケットに戻し、踵を返す。キュウコンもそれに続いた。
「行くぞ」
 アマナイが駆け寄り、ゴウキの肩をつかむ。
「それなら、なぜ師匠のキュウコンはこれほどまでに美しいんですか。師匠の集大成である、このキュウコンが」
「知らん」
「師匠は先程言われました『トレーナーしてのすべてがこいつに宿っている』と」
 ゴウキは黙ってアマナイの腕を振り払おうとする。だがアマナイの力は思ったよりも強かった。
「師匠も、キュウコンも。強く美しいのです」
 アマナイが失礼しましたと言い手を離す。
 ゴウキはアマナイのほうに振り返る、そして片手でキュウコンの頭を撫でる。
「こいつは強い、それは間違いない。美しいかどうかはしらんが。だがワシはそのどちらにも当てはまらん、アマナイよ、ワシはもう終わった人間なのだ」



 彼らはコンテスト会場を出ると、ミナモシティから最も近い草むら、百二十一番道路に向かう。
 草むらに入る直前で、ゴウキはポケットから皮製の首輪を取り出し、キュウコンの首に回した。
 首輪には透明のプラスチックプレートに挟まれたリボンがぶら下がっている。いつかの大会で手に入れたもので、ゴウキが最後に獲得したリボンとなっている。
「行くぞ、終わったら菓子をやる」
 一人と一匹で草むらに踏み込む。わざと草を踏みつけ大きく音を出す。
 柵で囲まれ、迷路のようになっている百二十一番道路を往復する。それはゴウキにとって息抜きのようなものだ。戦っていないより、戦っているほうが落ち着く。職業病に近いものがあるかもしれない。
 しばらく歩けど、なかなかポケモンとは遭遇しない。単純な話で、雑魚は寄り付かないのだ。
 動きがあったのは、百二十一番道路を往復し終わる直前。
 背後からあくタイプのポケモン、グラエナが襲い掛かる。グラエナ側も戦いにはなれている。物音を立てるようなへまはやらかさない。
「でんこうせっか」
 振り返ることなくキュウコンに指示を出す。
 ゴウキの横にいたはずのキュウコンはグラエナの視界から消え、次の瞬間グラエナは柵に叩きつけられていた。
 迎撃されることなど想定していなかっただけにダメージは大きい。一匹ではかなわぬと判断したグラエナは一つ遠吠えした。
 草むらが音を立て、ポチエナが三匹飛び出す。それぞれは示し合わせたように三匹でゴウキとキュウコンを囲う。
「子供か」
 連携のよさと、ふらふらと立ち上がったグラエナも囲いに参加するのを見て、ゴウキがつぶやく。一匹でかなわぬなら集団で、それは野生の常識。ゴウキとキュウコンは背中合わせに位置取り、それぞれが二匹づつ分担して監視する。
 バラバラになられるとまずい。向こうが四つの武器を持っているのに対してこちらは一つなのだ。
「あやしいひかり」
 グラエナ達が行動を起こす前にゴウキが指示を出す、高く掲げられたキュウコンの九つの尻尾の先それぞれが紫色の炎を燈し、ふらふらと揺れた。
 グラエナ達が僅かではあるがそれに気をとられる。と、ゴウキは素早く身を屈め、
「はじけるほのお」
 キュウコンの紫の炎が四方に散る、グラエナたちはそれぞれかわしたが、地面にぶつかったそれらの炎が弾けてまた違う場所に降りかかる事は想定しておらず。あたふたと陣形を崩した。
 身を屈めたままゴウキは草むらの一角を指差し指示する。
「ほのおのうず」
 キュウコンが技を繰り出す前に、四匹すべてがそこに飛び込んだ。そう、端から見れば飛び込んできたように見える。だが実際はキュウコンの弾ける炎からそれぞれが逃げた場所がそこだったまでだ。
 キュウコンが繰り出す九つの炎の渦は、絡み合いながらあっという間に四匹を包み込んだ。こうなってしまえば野性のポケモンに破ることは出来ない。
 炎の中から、四匹の助けを求める悲しげな声が聞こえたとき、ゴウキはキュウコンに技を解くように言った。
 別に殺したいほど憎い訳でもなし、親子連れを殺すほど非情になる必要も無い。
 グラエナたちは寄り固まっていたが、技が解かれるとすぐにキュウコンの位置を確認し、それと反対方向に逃走した。
 ゴウキはそれが見えなくなるまで眺めていたが、キュウコンが素早く身を反転させたのであわてて背後に振り返る。
 背後にはこちらに襲い掛かってくる特徴的なギザギザ模様。だが、それはキュウコンが繰り出した半透明の緑色の球体がぶつかると正体を現す。自らの体色を自在に変色できるポケモン、カクレオン。
「ひのこ」
 少し声を荒げて指示を飛ばす。キュウコンが尻尾から小さな炎を飛ばすと、カクレオンは甲高い声を上げながら逃走する。自らの特性により炎タイプの攻撃に弱くなっていることを自覚しているのだ。
 その後も草むらを抜けるには少し距離があったがその間に野生のポケモンと出会うことは無かった、あれだけ派手な炎の渦を見せ付ければ近寄るポケモンがいない。
 草むらを抜けたところで、キュウコンがゴウキの右手に頭を擦り付けてくる。そうすればなし崩し的にゴウキが頭を撫でてくれることを知っている。
 右手でキュウコンの頭を撫でながら、ゴウキは自らの不甲斐無さを悔やんだ。
 なぜあの時カクレオンに気づけなかったのか。気の緩みか、それともあのカクレオンが上手だったのか。
 いや、後者はありえないのだ、
「キュウコン、菓子をやろう」
 撫でるのをいったん中止し、ポケットからポロックケースを取り出す。振っただけでポロックが飛び出すとアマナイは言うがそのやり方がいまだにわからず、指でつまんで無理やり取り出す。
 手のひらにのせたそれをキュウコンの口元に持っていくと、キュウコンは手の平を口でくすぐるようにしてそれを味わう。
 ゴウキは指先に残っている緑色の欠片を舐めとったが、相変わらずの渋さと苦さに顔をしかめた。
「お前の偏食はわからん」
 首輪をはずしてやると、キュウコンはまた右手に頭を摺り寄せる。なし崩し的に撫でてやりながら、ゴウキはキュウコンに問うた。
「アマナイの所へ、行くか?」
 単純にコンテスト会場に戻るという提案ではない。
 アマナイはああいう掴みどころの無くて、ワシとは考えが合わない男だが、その方面で成功しているのだから見る目は確かだ。そのアマナイが美しいといっているのだ、きっとかなり美しいのだろう。
 ワシはもう、気を抜けば背後から迫ってくるポケモンにも気づけないロートル。これからポケモンとしての最盛期を迎えようとしているこいつにとって、ワシは足枷以外の何者にもならない。
 撫でてもらうばかりで、反応を示さないキュウコンに、ゴウキは再び問う。
「アマナイの所へ行くか?」
 キュウコンはまだ反応を示さない。
 ただ、気のせいかもしれないが手のひらに押し付けられる力が強くなった気もする。
 ゴウキはそれ以上問うのをやめた。
 だが、一言だけ、キュウコンに言い聞かせるように言う。
「お前はまだまだこれからだぞ」



 何日かして再びコンテスト開場に赴いたゴウキにアマナイは提案した。
「二日後のコンテストに僕の代理として出ていただけませんか」
 アマナイの願いに、ゴウキはあまり良い顔をしない。こいつは人の話を聞いていたのか?
 逸るキュウコンにポロックを与えながら答える。
「代理ならほかの奴を立てろ」
「二日後となるとそうも行かないんですよ、余りにも急すぎる。師匠が最後の頼りなんです」
「予定の方をキャンセルすればいいだろう」
「そうも行きません、妹の出産記念日なんです」
「お前に妹などいないだろう、弟が三人いることは知っているが」
 アマナイは言葉を詰まらせ。やがて少し考えた後に
「えーっと。腹違いの妹で、父が違うんです」
 その言い訳はさすがに無理があるだろうとアマナイを睨む、アマナイは目を逸らす。
「とにかく! 二日後のコンテストに出れなくなってしまったんです。一応僕としてもコーディネーターとしての立場ってもんがありますから下手な代理は立てられないんですよ」
「ワシには出場する権利がないだろう」
 コンテストのことは良く知らないが、アマナイがかなり高いランクにいることくらいは知っている。
「大丈夫です、師匠に出ていただきたいのはうつくしさノーマルランクコンテストですから。出場既定はありませんし、パスは当日発行すれば問題ありません、僕は本来ならもっと高いランクに出場するんですけど、まぁ、その、大人の付き合いって奴でエントリーしてるんです」
 ゴウキは鼻で笑い、「都合が良すぎるな」と言う。
「それに、合法的に技をぶっ放す良い機会ですよ。キュウコンだってたまには運動した方が良い。バトルもコンテストも似たようなものですよ」
 なぜアマナイはこれほどまでにコンテスト出場を進めるのか、そんなものゴウキは考えなくとも分かる。
 キュウコンに対し「勿体無い」と言う思いがあるのだ。それだけの容姿と技術を持ちながらワシのような爺と共にいるには惜しい活かさなくては勿体無いじゃないか。
「アマナイ」
 目線を下げていたアマナイがゴウキと目を合わせる。
 ゴウキは視線を落とし、傍らのキュウコンを撫でながら
「近い将来、こいつはお前に譲る。コンテストやら何やらはそれからにしてくれ」
 能力のあるポケモンは、それ相当のトレーナーのもとへ行くべき。
 それ以外のポケモンを所持していないゴウキにとってそれは、事実上の完全引退宣言。
 キュウコンは何も言わず、何の行動も起こさず。ただ、ただ撫でられている。何を思っているのか? そんなことはキュウコンにしか分からない。
 アマナイも、ゴウキも黙った。
 コンテスト会場、さまざまな会話や音がうろついている筈なのに、二人の耳に届くのはキュウコンの息遣いだけ。
 ゴウキは待っていた、自信を持って待っていた。愛弟子の口から飛び出すであろう感謝と感嘆の言葉を。
 だが、アマナイが唇を噛んだ後に搾り出した言葉は、ゴウキの予想とは全く違う。
「違う、師匠、それは違いますよ」
 アマナイの口から己への否定の言葉が出ただけでゴウキはたじろぐ、何時以来だ? 否、そもそもあったか? 何をやってもポチエナのようについてきたこの男が。
「僕はあいつ等みたいな。違う」
 言葉を選び選び、吐き捨てるように
「僕はあいつ等みたいな、綺麗事を吐きながら師匠のポケモンを頂戴していったようなやつらとは違う。僕はあいつ等みたいな、強さにしかアイデンティティを見出せない筋肉馬鹿のゴミとは違う。師匠、僕は、僕は」
 恐らくゴウキはこのアマナイという男を弟子にして以来始めてこの男に圧倒されている、あくまで声を荒げることなく、あくまで感情を押し殺そうとしているその男はそれでも隠しきれないほどの強大なエネルギーを纏っていた。
「僕は、見ていられないんだ。師匠もキュウコンも強く、美しいのに、何もしない、何もせずに毎日を過ごしている。見る目のない奴らは師匠のことを『過去の人間』と言って嘲笑っている。許せない、僕は許せないんですよ」
 浮き出た涙を拭う。
「お願いです、お願いですよ。二日後、僕の代理として出場してください、師匠なら朝飯前でしょう?」
 アマナイの言葉にゴウキは心が動く。
 だが同時にゴウキの脳裏に襲い掛かるカクレオンがフラッシュバックした。
 気持ちはうれしいが、違うのはお前だよ。アマナイ。
 ワシは終わっている、過去の男だ。
 自らの身では自らの身すら護れん、情けのない男だ。
 ワシのバトルを見るだけでお前はワシは軽蔑するだろう、落胆するだろう。若いお前には分からないだろうが、これは仕方のないことなのだよ。
「お前がそこまで言うなら出てやらんことも無い」
 アマナイの顔がぱっと明るくなる。
 それだけで、ゴウキは可愛い弟子を裏切っている自分を嫌う。
「だが、期待はするな。ワシはもうお前の思っているような男じゃないんだ」



『はい! これより、ノーマルランクのポケモン美しさコンテストが始まります』
 司会の女性が遠くまで良く通る声でコンテストの始まりを宣言する。
 観客兼一次の審査員達はゴウキたちを囲むように輪になって彼らを見ている。会場に天井は無く、基本的には吹き曝し。
 ゴウキは自分が思っていた以上に観客が居た為に若干、背筋が伸びる。
 出場者は四人、ゴウキのエントリーナンバーは四番。
『出場されるトレーナーとポケモンの皆さんはこちら』
 司会の女性が出場者とそのポケモンをそれぞれのお立ち台まで誘導する。ただの紹介ではなく一次のビジュアル審査として重要だ。
 ゴウキは何年かぶりに白髪を染め、久しぶりにスーツをクリーニングに出した。やるからにはキッチリやらなければ気が済まない性分なのだ。弟子の代理と言う手前、己の恥は弟子の恥に直結する。
 この会場に来るまではアマナイのことを気にかけていたゴウキだったが、ステージに立つと、そのような気持ちがすべて吹き飛んだ。
 すべてはエントリーナンバー三番の男に原因がある。
『エントリーナンバー三番、ビューティフルロズレーさんのミロカロス、ニックネームはディーヴァです』
 事前に用意された大き目の水槽に、水タイプのポケモン、ミロカロスが繰り出される。
 ノーマルランクに似つかわしくないほど美しく洗練されたその姿に観客たちは満足したようにホゥと声を重ねる。
 その男は顔をロズレイドに似せて作ってあるマスクで覆い、体の線を隠すようにローブを纏っていた。だが、マスクの隙間から見えるウェーブのかかった茶髪と見覚えのあるミロカロスはその男が誰であるのかを明確に記している。
「妹は如何したんだ?」
 おそらくアマナイであろう三番の男にしか聞こえぬようにゴウキは言った。
「えぇっ!」
 ロズレーはなぜばれたのかと言わんばかりの素っ頓狂な声を上げた、そしてその声はゴウキが彼をアマナイだと確信するのに十分。頭隠して尻隠さずとはよく言うがこの場合頭すら隠れていない、失格である。
『エントリーナンバー四番、ゴウキさんのキュウコンです』
 この時点でゴウキにコンテストに集中する義理など無くなったが、ここで自分勝手な行動をとって多くの人間を混乱させるのは良くない。若い頃ならアマナイに罵声の一つでも浴びせて飛び出すだろうが、歳をとってゴウキは丸くなっていた。
 ゴウキは横で鎮座しているキュウコンにお立ち台に乗るように言う。
 キュウコンは足取り軽くお立ち台に飛び乗る。
 観客はそれに驚きと感嘆の声を重ねた。気品あふれる佇まい、妖艶にゆれる九つの尾、無意識のうちに跪きそうになる透き通った目。見れただけでも満足といわんばかりに顔を高揚させている者もいる。
 妻と娘には何かひらひらした物を着させた方が良いのではないかといわれたがゴウキは耳を貸さなかった。だがキュウコンの首にはプラスチックのプレートが下げられた黒い首輪が付けられている。
「もったいないですよ」
 観客が一次審査の投票をしている間にアマナイがゴウキに言った。もう、隠す気は無いようだ。
「キュウコンも師匠もこれだけの人を魅了できるのに、もったいない」
 マスクの下で微笑んでいるのがゴウキにもわかる。腹立たしい。ふざけている。同時に自分が馬鹿らしい。
「ワシは帰るぞ」
「どうぞ、できるものならね」
 アマナイは退場口を指差して挑発するように言う。
「この空気の中、帰れるものならば帰ってみてください。でもそれは戦い途中に背を向けるのと同じですよ。この熱気を作ったのは誰ですか? まぁ殆どは僕ですが師匠も少しはね。僕は知ってますよ、師匠は戦いから逃げるなんてことはしない。たとえそれが嵌められたものだとしても必ず立ち向かう」
「それは現役の頃の話だ、今のワシにその活力は無い」
「それなら、キュウコンは?」
 アマナイがキュウコンを目にやる。ゴウキも同じく。
 キュウコンはお立ち台の上で微動だにせず胸を張っている。視線は一点を見据え、その風貌はゴウキが散々教え込んだ戦いの姿勢。今ここで棄権することなど許されるわけ無い、それは主人であるゴウキの意思でもあり、自らの意思でもあるのだ。
「師匠、僕は信じている、師匠は自分自身を裏切らない」
 優先させるべきは、恥をかきたくないという終わった人間のエゴか、それとも分身の意志か。キュウコンとアマナイを交互に見比べながらゴウキは考える。
 やがて司会の女性が集計が終わったと告げる。棄権をするならこのタイミングが最良だろう。
 ゴウキはスーツの内ポケットからポロックケースを取り出し、不器用に緑色のポロックを取り出した。そしてそれをキュウコンの口元へと持ってゆく。
 だがキュウコンはそれを一瞥しただけで後は見向きもしない。いつもなら飛びつく苦くて渋い緑色に。
「そうか」
 ゴウキは深いため息をつき、手持ち無沙汰になっていた緑色を口の中に放り込んだ。それまでのものより特別苦く、特別渋かったが、それが逆に自らへの気付けになるような気がする。
「どうなっても、知らんぞ」
 観客が静まり返り、自然に二次審査への空気が出来上がる。司会の女性がマイクを握りなおして
『二次審査はアピールタイム、では張り切ってどうぞ! レッツアピール!』
「水の波動」
 司会の女性が言い終わるや否やアマナイが声を張り上げ指示を飛ばす。
 ミロカロスが水槽に潜りぐるりと一周する。一呼吸置いた後に一気に体を水面から投げ出し、空に向かって水流を繰り出した。
 水流はある程度空を舞うと、重力に負けて花のように広がる。それらの花びらは雨となってミロカロスの水槽に降り注ぎ、静かな雨音とともに幾多もの波紋を作った。
 ノーマルランクを見に来た観客にとってそれは想像していた以上に雄大で美しい。彼らはミロカロスに惜しみなく拍手と歓声を送る。
 そんなもので良いのかと、ゴウキは心の中で笑う。あまりにも目の肥えていない連中だ。技としてはギリギリ合格点といったところ。
 ゴウキが動かないので他の出場者が先に技を出す。エントリーナンバー二番はアマナイに負けまいと美しさをアピールしたがとても敵わない。レベルが違う。
 エントリーナンバー一番は嫌な音でミロカロスを妨害しようとしたがこれも無駄。ミロカロスは澄ました表情のままで効果が無い。だがエントリーナンバー二番のポケモンがそれに気を取られ下を向いてしまう。協力すべき者達がことごとく自滅に向かっていった。
 彼らの様子をゴウキ鼻で笑う。しょうもない、しょうもない。ゴウキから見れば彼らの技は技ではない。
 一週目で技を出していないのはゴウキだけとなった。観客、出場者、すべての目がゴウキとキュウコンに集中する。ゴウキもキュウコンも視線には慣れている、緊張などしない。
「見せてやれ」
 ゴウキに指示に合わせてキュウコンが首と尾を空へと向ける。
「だいもんじ」
 キュウコンがそれぞれの尾に燈した炎を揺らめかせるとやがてそれらはその勢いを増す、一定の大きさに成長すると今度はそれらを一気に空へと向けて放出。空中に『大』の文字を出現させた。
 未熟なものは対象に叩きつける事でしか『大』の字を作ることはできないが、キュウコンほどになると対象がなくとも炎を形作ることができる。そしてそれはコンテスト、バトルのどちらにおいても習得しているものは少ない技術。
 それは時間にすれば短いものだったが、観客たちはそれに見とれた。そしてそれが完全に空から消滅してから思い出すように歓声と拍手を送る。
 表情には出さなかったがゴウキは得意げに笑った。これが本物、これが技ってもんなんだよ。
 ここでエントリーナンバー一番が手を上げ、棄権する旨を司会者に告げるとエントリーナンバー二番も同様に棄権を告げた。
 本来ならば棄権には激しいブーイングが飛ぶが、今回はそれは無い「君たちが悪いわけじゃないんだよ、君たちは運が悪かった。ノーマルランクだしまたおいで」という同情と不運を悲しむ視線。
 残ったのはゴウキとアマナイ二人だけ。
 ゴウキは気づかなかったが、騒ぎを聞きつけ観客がかなり増えてきた。


「師匠、やっぱり貴方は凄い」
 アマナイはそう呟く、観客のざわめきにかき消されゴウキに聞かれることは無い。
 アマナイはゴウキの弟子であった、だが元々はバトルに興味など無く、むしろポケモンバトルを軽蔑していた節もある。戦うということ、傷付け合うということは論理に反した行為だと思っていた。
 しかし初めてゴウキの戦いを目の当たりにした時、彼の中の何かが崩れるとともに新しく構築される事になる。当時、強く美しいと評判のトレーナーが居なかった訳ではない。が、アマナイは彼らよりもゴウキに強く惹かれた。
 敵を圧倒するゴウキの姿は戦っているにもかかわらず美しかった。なぜそう見えたのか、それは今でも分からない。分からないことが更に口惜しい。
 戦いに勝つという目的の為に洗練された技、技術、それらすべてが煌びやかに光っているように錯覚した。否、彼にとっては錯覚ではない、事実そう見えたのだ。
 晩年だという理由で弟子を拒むゴウキに半ば無理やり弟子入りしたのはゴウキの元で技を磨きたいのと同時に、ゴウキの戦いを最も近くで見たかったからでもある。
 だがアマナイは今、弟子という立場よりもより近いところでゴウキを見ている。
 それは、対戦者として。
 生唾を飲み込む、あの時、師匠と対峙していたトレーナー達はこんな気持ちだったのか。
 目の前の男は本当に昨日のゴウキと同一人物なのだろうか? まさかそんな、一度戦いに足を踏み入れればゴウキは若返るに違いない、精神も、肉体も。
 隙を見せたら、そこを突かれる、気づいた時にはもう遅い。


 コツをつかんだのか次に先手を取ったのはゴウキのほう。
「鬼火」
 高く掲げられたキュウコンの九つの尻尾の先それぞれが紫色の炎を燈し、ふらふらと揺れる。それらは意思を持ったかのように空中を浮遊し、意識があるものの視線を釘付けにする。相手を妨害しても良いのだと先程の嫌な音でゴウキは気づいていた。
 だがそれを読んでいたかのようにアマナイは素早く、的確な指示を出す。
「神秘の守り」
 観客は不規則に揺らめく紫に夢中でミロカロスの静かな変化に気づかない。
 ミロカロスは何の反応もせず、澄ました顔で炎には一目もくれない。
 初めは鬼火に目を奪われていた観客もやがてミロカロスの佇まいに気づく。ミロカロスの周りだけ時が流れていないようにすら思え、自分たちとは違う次元にいるようにも思える、抱くのは尊敬と羨望、感じるのは凛とした美しさ。
 ゴウキは悔しげに顔をゆがめる。また良い様に使われた。
 隙の無い技を相乗的に利用する。この局面はアマナイが優位に立ち、拍手と歓声が送られる。
「ディーヴァ、厳しいかもしれないけど、見せ付けてやろう」
 アマナイがミロカロスを鼓舞するように言う。ミロカロスが二、三度うなずく。
「吹雪」
 首をもたげたミロカロスの口から強烈な冷風と作り出された雪が放たれ、それらは会場全体を覆うように吹き渡る。太陽の光が雪を反射し、それぞれの時間で煌く。
 それら雪と日光の織り成す芸術は自然界ではあまり目にかかることができない神秘。自然界の吹雪は分厚い雲と共にある。
 薄着の観客は肌寒さを感じるはずだが、そんなことを気にするような者はいない。感覚が視覚に支配されているのかもしれない。とにかく、とにかく一つ一つの雪を目で追う。帽子をかぶっているものは飛ばされぬよう手で押さえた。
 風で暴れるスーツの裾を押さえながらゴウキは悪態をつく、こんなもの、技でもなんでもない。
 技を見せてやらねばならぬ。こいつ等に、技とはどんなものを言うのかをこのワシが、この俺がが教えてやらねばならぬ。
 その熱意、執念は、当の昔に捨て去ったと思っていたもの。
「炎の渦」
 キュウコンが尾からでは無く口から炎を繰り出し、キュウコンを中心に巨大な炎のつむじ風を作り出す。
 それはごうごうと音を立て、ミロカロスが作り出した風もろとも周りの空気と風を吸い込む。
 アマナイはその様子を見てやれやれと首を振る。怒らせてしまった、確かにこの技法はあの人から見ればあまりに大衆的だ。それにしても、すごい。
 見ているものが暴力的だと思うほどに増長した炎の渦はすべての雪を溶かし、すべての風を飲み込んだ。後に残ったものは渦巻く強大な火の魔物のみ。だがその魔物をあくまで優雅に、いとも簡単に操るキュウコンに観客の視線は集中する。
 ゴウキはアマナイに向けてニコニコと笑う。お前にこれほどのエネルギーが作り出せるか? という一種の挑発。
 炎の渦が消滅すると、今度こそゴウキが先手を取る。
「日本晴れ」
 キュウコンはすぐに九本の尾で炎の球体を作り出す。キュウコンのもとをふわりと離れたそれはある程度高く舞うと空中に留まり小さな太陽のように会場に光を注いだ。
 やぁ、やってみろと言わんばかりにゴウキがアマナイを見る。さっき俺がやったみたいにこれを打ち消してみろよ。できるか、お前に?
 観客は皆息を飲む、アマナイの、観客から見ればビューティフルロゼリーの一挙一動を見逃すまいとする。
 その間にも観客は増える、黒々としたその光景はさながらマスターランク。
「師匠」
 観客には聞こえ無いくらいの声でアマナイが言う。ゴウキはアマナイに目を向ける。
 マスクでよく分からなかったが、おそらくアマナイは満面の笑みだった。休日の昼下がりに父親に思いっきり遊んでもらった子供のように屈託の無い。
「貴方、最高ですよ」
 発言の意図が分からず、ゴウキは言葉を返さない。
「竜巻」
 ミロカロスが先程の吹雪と同じ按配で風を作る。周りのものを巻き上げ見えないそれは成長する。
 観客は首を傾げる、確かに力強く可憐な技だ。だがそれは『美しさ』コンテストにはそぐわない様に思える。
 そんな疑問なぞ小さなことと言わんばかりに竜巻は成長を続ける、やがてミロカロスが入っている水槽の水も巻き上げ始めた。
 不穏な空気を感じ取った観客の何人かは避難を始める、技のミスだ、ミロカロスの暴走に違いない。
「僕は師匠を超えます。僕なりのやり方でね」
 轟音の中、アマナイが言う。
「師匠は勘違いしている、僕達が戦っているのはお互いではない。僕達が戦っているのは、僕達を見ている観客達だ。そして彼らは、時として野生のカクレオンよりも冷酷で、残酷」
 ゴウキは険しい顔をして返す。見ていたのか、若造めが。
「だから軟弱だというんだ。屁理屈こねずに黙って越えて見ろ」
「そうしますよ、だけど師匠は怒るかもしれない」
 アマナイが力強く手を叩くとそれまであれほど猛威を振るっていた竜巻が穏やかなものになる。同時にアマナイがこれまでゴウキが聞いたことが無いほどの大声を張る。
「波乗り!」
 それは一瞬の出来事だった。
 巻き上げれられた水流にミロカロスが飛び乗ったかと思うとそのまま上へ上へと進む。
 落ちてくる水流に乗り、時にはかわしながら上へ上へと進む。
 その光景に、滝登りを連想する人間もいるかもしれない。だが、巻き上げられた水流は滝に比べると細く、希薄。
 七色に光るミロカロスの鱗はキュウコンが作り出した小さな太陽に近づくにつれその輝きを強める。太陽に近づくその姿は神々しく、神話の一ページを飾ってもおかしくない様に思える。
 会場から賞賛以外の声が無くなる、人間としてのすべての機能がその一瞬だけ視覚に全力を注ぐ。
 端的に、味気なく言えば、神業。まるで空を飛んでいるかのような優雅さな光景にゴウキですら、見とれた。
 アマナイはゴウキを見つめ、笑う。どうです? さすがの貴方も認めざるを得ないでしょう? 口元がそう語る。
 無常にもそれは時にして一瞬、やがて水流と共にミロカロスも水槽に落下。
 ポーズをとったミロカロスに会場は割れんばかりの歓声と拍手を送る。ノーマルランクではありえない、否、マスターランクでもここまでの歓声はめったに起こらない。
 奇跡の瞬間を写真に収めることができた者はカメラをカバンの奥底へと突っ込む。画家はその瞬間をどの筆、どの絵の具、どんな姿勢で書けばいいものかと考える。そのどちらでもない者は、写真と、絵の完成を心待ちにする。
 一見気丈に構えていても、ミロカロスは消耗しており、姿勢を保つだけで精一杯。水面に叩きつけられたダメージも、細い水流を昇った疲れもあるだろうが、ミロカロスにとって最も辛かったのは、キュウコンが作り出した火球に近づきすぎた事。強すぎる技術と気持ちは時にタイプの相性すら覆す。
 歓声と拍手はまだ止まない。ゴウキがまだ技を出していないことに気づいている者が何人いるのだろうか。司会者も、審査長も、立場を忘れてブリキのように手を叩く。
 ゴウキは許せない。確かに凄かった、凄い技だったよ、恥ずかしいが俺も見とれた。だが、だがよ。
 まだ俺の方が凄いに決まってる。俺を誰だと持ってる、俺の横に座っている奴を誰だと思ってる。俺達を誰だと思ってる? こんな若造の技なんて吹き飛ばしてやる。
 キュウコンを見る。胸を張り、目は強く一点を見据える。まだまだ雄大、こういうのを王者と言うに決まっている。美しいに決まってる。逞しいに決まってる。カッコいいに決まってる。
 目に物見せてやる。
 ゴウキは息を深く吸い込む。
「見ろ!」
 キュウコンに手を掲げ、できる限りの大声で叫んだ。だが気づいたのは司会者と審査長とアマナイと会場の前の方にいる者達だけ。
「オーバーヒート」
 キュウコンが目を瞑ると体全体から炎が巻き上がる、爆発に近いそれは火柱となって空へ空へと向かう。
 観客はそこでようやくゴウキの存在を思い出した。
 やがて火柱が日本晴れの火球を飲み込んだ時、空一面を炎が覆ったのではないかと勘違いしてしまうほど炎が広がる。煙を出すことも無く、音を立てる訳でも無い。だが、それは強大。本当に一匹のキュウコンが繰り出しているのかどうか疑ってしまうほどに。
 ゴウキは満足げに笑う。どうだ、これこそが技だ。これこそが俺の集大成だ。これこそがキュウコンの集大成だ。これこそが俺達の集大成なんだよ。
 観客席にいた子供が付き添いの母親に言う「お母さん、キュウコン死んじゃう」
 力を振り絞るキュウコンは命を削っている様に見えた。なぜそこまでするのか、自分が惜しくないのか。
 観客の一人は汗を拭くために挙げた手を下ろすことを忘れ、それに見入る。
 観客たちはそれに何を見るのか、狂気か、破滅か、それとも、美しさか。
 アマナイとミロカロスも火柱に釘付けになる。熱さを忘れる、自らの心がゴウキに支配されている気分だ。
 歓声も、拍手も無い。だが誰一人として目を背けない、異様な空間がそこにある。
 故に、誰も気づかなかった。
 最初に気づいたのはゴウキ、次いでキュウコン、後を追うようにアマナイとミロカロス。
「キュウコン!」
 ゴウキが声を張り上げる。
 キュウコンが技を止め、あれほど燃え滾っていた炎は、供給元と燃やす対象を失い、一瞬燃え上がって、消えた。 
「アマナイ!」
「はい!」
 アマナイがミロカロスにハイドロポンプの指示を出し、競技場に水を撒く。
 競技場の一部が燃えていた。あまりのエネルギーに競技場が耐えられなかったのだろう。
 幸いにも人が居ない場所だった、観客席だったら大事だっただろう。
 だが、濛々と沸き起こる白煙に観客たちが気づき、次の瞬間、会場は大混乱に陥った。
 観客を落ち着かせようと、司会者の女性が声を張る。だがそれは多くの喧騒に掻き消される。その混乱が収まるまでかなりの時間を要した。



「アマナイ、ワシは間違ったことを言っているか? 仮にもポケモンを扱おうという施設がポケモンの技に負けるとは何事だ」
 あの混乱が原因で、ゴウキが参加したコンテストは無効となった。怪我人が存在しなかったのは不幸中の幸いといえるだろう。
 おまけにゴウキは厳重注意を受ける羽目になる。もっとも、ゴウキは一切聞き入れず先のような主張を繰り返したのだが。
「あのね、手加減ってものがあるでしょう」
 武装を解除してただの人となったアマナイが呆れて言う、自らが撒いた種とは言え、もっと上手くやれば良かったと後悔した。
「技に手加減などできるか、だから軟弱なんだ」
 ゴウキは心底軽蔑したようにはき捨てる、だがその後すぐに得意げな表情になって。
「だが、見事だっただろう。パチパチパチパチうるさい奴らを黙らせてやったんだ」
 キュウコンがゴウキの右手に頭を押し付ける。そうすればなし崩し的にゴウキが頭を撫でてくれることを知っている。
 ゴウキはなし崩し的に頭を撫でながら、よしよし、良くがんばったぞと緑色の菓子を三つばかりキュウコンに与えた。
「ありゃ引いてたんですよ、何ですかあれ? 爆弾かなんかですか?」
「だがまぁ、お前もまだまだだな。新参のワシに負けるようじゃ」
 勝ち誇るように言うゴウキにアマナイはムッとして。
「いやいや師匠それは無い。見てくださいよこれを」
 会場の壁にかけてある出来立てほやほやの絵画を指差して言う。
 それは先程の試合を見ていた画家が作り出した、ミロカロスが空を飛んでいる絵画。
「どうですこれ、これがコンテストに求められているものなんですよ。どう考えても僕の勝ち、師匠も腕が落ちましたね。ま、自分で言ってましたけど」
 師弟関係になると性格が似るのだろうか。ゴウキも同じようにムッとすると。
「ほぉ、ならもう一度だ。要領も掴んだ事だし、次は圧勝だ」
 だがアマナイはニヤリとして。
「いやですね」
 虚をつかれ、ゴウキは一瞬反応できない。だがすぐに顔を赤くする。
 まくし立てようとするゴウキを手の平で遮り。
「ノーマルランクでは、いやですね。師匠、僕は一応マスターランクにエントリーできる立場にあります」
 少しだけ得意げなアマナイにゴウキは
「レベルが低いな」
 と返す。
「そうですね、だから師匠も僕のところまで来てください、マスターランクへ」
 ゴウキは、何を言っているんだ、という表情。
「最高の舞台で、最高の観客、いや、最強の敵を相手にやりましょう。ま、最も、隠居の身の師匠がそこまで登って来られたらの話ですがね」
 ゴウキはようやく理解した。あぁ、そう言うことか。
 もはや見え見え、こいつはよっぽどワシとキュウコンを引きずり出したいらしい。
「少なくとも僕は楽しみにしてますよ。こう見えて、僕は師匠の大ファンなんです」
 ゴウキは顔に手を当て考える。
 キュウコンが右手に頭を擦り付けてきた。そうすればなし崩し的にゴウキが頭を撫でてくれることを知っている。だが、今回の場合本当にそれだけの理由?
「良いだろう。だが、こいつをお前に譲ると言う話も無しだな」
 なし崩し的にキュウコンの頭を撫でながら答えた。
 アマナイよ、とことんまで乗ってやろうじゃないか。
「勘違いするなよ」
 アマナイを指差し、睨み付ける。
 見覚えのある眼光にアマナイは少し固まる。それは昔のゴウキ、強かった頃のゴウキだった。
 キュウコンの首輪に付いているプラスチックのプレートが二つ揺れる、一つは最後のリボン、そしてもう一つは、最初のリボン。
「もうワシは昨日までのワシではない、覚悟しろ。ワシも、キュウコンも、まだまだこれからだ」



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