最近友達の一色いろはがあざとくない件について   作:ぶーちゃん☆

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ようやく完成しました!
今だから言いますけど、このスピンオフ、もともとは1話完結2万文字程度のモノだと思って書き始めました。
で、終わってみたら今回の後編だけで2万2千文字っていうね。


というわけでスピンオフもようやく終わりです!





【あざとくないスピンオフ】こうして友達の一色いろは後日談はあたしが語る 後編

 

 

 

 校内に、終業を知らせる鐘の()が高らかに響き渡る。毎日のように聴き慣れたその音を合図に、教室から一人、また一人と、思い思いの場所へと散ってゆくクラスメイト達。

 受験前、最後の青春を謳歌しようと、あるいは連れ立ってカラオケに、あるいは部活動に勤しみに、あるいは我先に受験準備の為の勉学の場へと、その表情は千差万別、それぞれの心と立場の赴くままに。

 

 昨日のこと、そして今朝のこと。

 それらのことに頭を囚われすぎて、受験生だというのに窓の外をぼーっと眺めているうちに、どうやら今日という一日の学校生活が終わっていたらしい。我ながら呆れてしまうほどの、反省すべき点である。

 

 ちなみに、本日も気の置けない友人達との約束の予定はない。それどころか、放課後のだらだら駄弁りを交わしてさえもいない。

 というのも、今日は珍しく一番騒がしい奴がこの教室に来ない、というのが、その一因を担っているのだろう。

 あの襟沢が、珍しくクラスメイト達から遊びに誘われているらしい。一限目の休み時間というかなり早い段階で、ドヤ感満載で自慢してきて非常にウザかった。

 あの容姿なのにクラスで浮いているというのは、一重にあいつの自業自得──すでに学年ではヘタレとして有名なくせして、相変わらずの痛々しい言動で新しいクラスメイト達から引かれた──ではあるのたが、まぁあんなんだけど、一応アレでもあたし達いろはグループの一員なわけだし、その他大勢の生徒達からしたら一目置かれる存在ではあるわけで、これを機に、あのバカの僅かばかりのいいところが、クラスメイトの皆さんにも少しでも伝わってくれたらいいのにね、なんて、ほんの少しだけ応援していたりする。

 これはあれかな、あたしも襟沢に対するツンデレ期に突入しちゃったかな。

 

 とにかくそんな襟沢の自慢話が休み時間に行われたことにより、その場で他のみんなも本日の予定を発表することに。

 

 いろはは昨日の勉強会という名のお遊戯会が祟って、本日は生徒会室に監禁らしい。どうやら昨日、実は仕事をほっぽらかして、こっそり抜け出してきちゃったんだとか。

 帰りのHRが終わった直後に教室に突入してきた、今や副会長の書記ちゃんと、奉仕部部長兼生徒会書記の小町に連行されていった。

 

 智子は予告通り友樹とスイパラへ。

 あたしの為に今日の予定を早めに切り上げる必要があるから、少しでも早く友樹と遊ぼうと、さっきダッシュで帰っていった。

 あいつにはホントに感謝している。けど、あいつらホント毎日毎日よく飽きないな。

 

 あたしは昨日の親への不義理があるため、今日はそもそも早く帰るつもりでいる。一人で帰るのは恐いから、最寄り駅のマックとかで智子を待ってから一緒に帰ろうかな……とかも画策しているのだけれど、さて、どうしたものか。

 

 そして香織は──

 

「紗弥加〜、一緒に帰ろうぜー!」

 

 なんか一緒に野球にでも誘うかのような声掛けをしてきた。

 

「あれ? 今日予備校じゃなかったっけ」

 

 そう。香織は休み時間に行われた本日の予定発表会にて、今日は予備校なんだよね〜、と、死にそうな顔をしてた。

 たからてっきり今日も教室で全員解散になるものかとばかり思っていたのだけれど。

 

「そうなんだけど、まだ時間押してるわけでもないし、どうせ千葉までは一緒じゃん?」

 

 香織が通っている予備校は千葉駅周辺の雑居ビル内にあり、あたしは一旦千葉駅まで出てから線を乗り換えて帰宅する。つまり香織の言うように、途中までの道程は一緒。

 特に香織が急いでいるわけでもないのならぱ、むしろ一緒に帰るのが自然の流れなのである。

 

「ん。じゃ、一緒に帰りますか」

 

「かしこまッッ☆」

 

「……」

 

 なんだこいつ。いつものオタ臭い掛け声とポーズ、やけに気合い入ってんな。まるであまりの久しぶりな決め台詞に張り切りすぎちゃったモブのようだ。

 

 中学以来の親友、家堀香織とあたし。こうして、千葉駅までの短い旅路の道連れとなった。

 

 

× × ×

 

 

「しっかし、あんたもよくやるよね〜」

 

「ん? なにが〜?」

 

「クソしょーもない理由で無謀な進路変更して、毎日毎日勉強に明け暮れてる上に、さらにこの予備校通い。よくやる以外の言葉が見つからなすぎてウケんだけど」

 

「クソしょーもない言うなし! これは私の存在証明だもん!」

 

 駅までのまったり散歩。二人の会話は、状況的にも必然的にこの話題に。

 つい先日梅雨入りが発表された通り、曇天に守られ逃げ場を失った湿気が、嫌なジメジメで街を容赦なく攻め立ててくる。うだるような蒸し暑さにじわり滲む汗。下着が透けちゃうからやめてほしい。少しでも気分をあげようと途中で寄ったコンビニで買ったパルムをパクつきながら、香織の未来を憂う話題に花を咲かせる二人。

 いろはと先輩を覗き見ることが存在証明とか頭沸いてることを平気で宣言できちゃうこの親友を、わりとガチめに尊敬しています。

 

「てかさ、今更なんだけど、香織の成績であそこ間に合うわけ?」

 

「いやー、ぶっちゃけなかなか厳しいですなー。いろはは二年トキからちょっとずつ進めてたからなんとか合格圏内みたいだけど、私は時間的に厳しすぎてギリギリかな〜」

 

「だよね。てかいくら時間があっても、そもそもが香織の頭じゃ無理だと思ってんだけど」

 

「ひどくね? ……んー、こないだの模試でC判定だったから、夏休み中くらいにはBまでは持っていきたいとこなんですよね〜」

 

「は? C? え、マジ?」

 

「そそ。これだけ頑張っててまだCなんすよぉ……。無茶な進路変更宣言してママンにもめっちゃ怒られてさぁ。しかも私立じゃん? 浪人とかマジ無理。『覚悟があるなら滑り止め禁止。それでも良けりゃ好きに変更しな!』とか言われててさぁ。死ぬ気で頑張んないと、私来年の春にはバイトしながら職探し☆」

 

 てへっと笑いながら、参ったねこりゃと舌をちろり出す香織。

 でも違う。あたしが言いたかったのはそれじゃない。いや、今のセリフの中にも突っ込みたいことは山ほどあったけど。

 

「違くてさ、あんたの学力じゃ、今までCどころか圏外だったじゃん! いつの間に!?」

 

 そう。たったの三ヶ月弱で、E判定と言うにも烏滸がましかったレベルから、進路先として十分視野に入れられるレベルにまで持ってきているところにかなり驚いているのだ。

 

「え? そりゃまぁ決意固めてから三ヶ月近く経ってるし、普通それなりの形にはなるっしょ」

 

「いやいやいや、それは普通ではないから。……あんたって、思いのほか天才肌よね」

 

「ん? 香織ちゃんの天賦の才に今ごろ気付いたのん? フヒヒ」

 

「だね。やー、オタ知識への情熱とかノゾキに対する渇望とか、ひとたび興味持ったもんを手に入れる為のあんたの変態性侮ってたわ」

 

 いやほんとに。もしも香織の興味対象が比企谷先輩じゃなくて葉山先輩だったら、下手したら東大だって行ってたかもしれないよこのアホ。

 

「変態言うなし。あとオタクじゃねーし。私アニメとかラノベとかゲームとか声優とか全然詳しくないですから。推しとか居ませんし推しに後先省みない課金とか投げ銭とかしませんから」

 

「お、おう」

 

 まぁ香織の推しはいろはと先輩のじゃれ合いだから、ある意味この先の人生を課金・投げ銭してんだけどね。掛け金が人生とか重っ!

 

「まぁ香織のヤバさは今更だからこの際置いとくとして」

 

「ヤバさってなに」

 

 長い付き合いの親友の狂気に戦慄と畏怖の念を抱きすぎて、すっかり流すところだった。

 あたしは先ほど香織が語った、もう一つの衝撃を口に出す。

 

「いろはって、もう合格圏内なんだぁ。めっちゃ頑張ってるのは知ってたけど、ほんとにもう手の届くとこまで来てんだ〜……」

 

 そう。この事実も、感心を通り越して衝撃を受けるレベルのお話なのである。

 

 ぶっちゃけ、リアルに勉強が得意ではなかった──というか、興味対象ではないため全く力を入れていなかったあの子。そのため成績としては中の下。一年の頃は、確か香織とそう変わらないくらいの成績だったはずのあのいろは。

 世の中というのは不条理なもので、正直、いくら頑張っていたからといっても、そこは地頭の問題もあれば適正の問題もある。だから、せいぜい受験本番時点でもギリギリ圏内まで持っていけるかどうか、ってレベルだったはずのいろは。それが今や、それなりの有名大学の合格ラインに入っているという。

 いろはといい香織といい、呆れてしまう程に頭が下がる。愛に対しての熱が眩しすぎるのよ、あんたらはさ。

 

「ま、合格圏内っていっても、このまま油断しなきゃって話てはあるんだけどね。でもやっぱいろはってばマジすげぇー。私なんて決意してから即部活辞めちゃったのに、いろはは結局生徒会も最後までやっちゃうしさ〜、勉強だって全速前進ヨーソロー。比企谷先輩への愛が為せる業だねぇ、これは」

 

「ん」

 

 本当にそう思う。香織の愛は狂気じみてるけど。

 

「あ、そういえばいろはと言えばさ、朝の告白事件の顛末って知ってる?」

 

「ん? 知んないけど。朝襟沢が虐殺された時点で本人に聞く気も起きんし。香織は知ってんだ?」

 

「や、それがさ、後輩の子に聞いちゃったんだよね〜。なんか一年のあいだではかなりのトレンドらしくて」

 

「へー」

 

 ちなみに後輩というのは、今や引退してしまった部活の後輩のことだろう。

 受験勉強に専念するため、プロム明けに即退部した香織。行動力半端ない。

 しかしながらこの見た目と性格のため、未だに当時の部活繋がりの生徒──とりわけ後輩達からえらく慕われているらしい。香織の自己申告ではなく、廊下とか通学路とかを香織と一緒に歩いてた時の実感である。

 

 これは、ある日廊下で後輩数人から「あ、香織先輩だ……!」と、憧れの眼差しで声を掛けられた時の余談。

 

 会話を交わすなかで香織がお得意の「かしこま☆」を決めた際、その後輩達がめっちゃキャッキャ言いながら口とポーズ揃えてかしこま☆レスポンスしてきた時は、軽く(おのの)いたからね。なんならヒェッて変な声出た。

 

 そんなわけで、今やトレンドらしいその話題、尚且つ香織の友達の話題ともなれば、おのずと香織の耳に入ってくるのも必然だろう。

 

「で、さぁ? 噂のイケメンくん、元々いろは狙いで通ってたじゃん? よくよく聞いてみたら、なんか『俺、いろは先輩オトすから』とか前々からイキってたらしいんだよね。で、いざ告白本番になってもあまりに自信満々だったから、軽くギャラリーとか出来てたんだって」

 

「マジか」

 

「マジマジ。やー、正に、認めたくないものだな、これが若さ故の過ちというものか、ってやつだわコレ」

 

「うんうん。……うん?」

 

 ごめんそれはちょっと分からんわ。

 

 で、さらに香織の話によると、そのあとはあたし達の予想に違わぬ通り、即断られたみたい。どれくらい即かというと、なんなら告白の文言言い切る前に断ってたらしい。

 

「いや〜、もうびっくりですよ。だってお断り芸すらないくらいバッサリだったらしいんだもん。いろはもその時点でちょっとイラッ☆っとしてたんだろうね。そんな断わりづらい状況作られた上での告白に。で、イベントはそれで終わると思うじゃん? チッチッチ、でもそうは問屋が卸さないのが若さ故のなんとやらですよ。なんとイケメンくん、そっから食い下がったんだってさ! しかも最悪な選択肢選んじゃって!」

 

 そう。断られるまではあくまでも前座に過ぎない。ここからが、この顛末のメインイベントなのだ。

 

「たぶんさぁ、引っ込みつかなくて焦っちゃったんだろうね。自分の雄姿(笑)を見守ってるギャラリーも自分で招いちゃったようなもんだし」

 

「だろうね。なんか聞いてる限りじゃアンチも多そうなタイプっぽいし。確かにそれで終わったら、しばらくはクラスでネタ供給マシーン確定だわ」

 

「ふひっ、ネタ供給マシーンて! 紗弥加さんてば辛辣ですなぁ」

 

 乙女の欠片も見せず、腹抱えてけらけら笑う親友。ま、あたしもワケありなんすよ、エセ爽やかイケメンに対して手厳しくなっちゃうのは。

 で、ひとしきり笑ってから息を整えた香織が語った、彼が焦って手を伸ばしてしまったらしいその手段。それは……うん、やべぇ。思いつく限り、悪手の極地だわ。

 

「え、なんなのそのイケメン。死ぬ気?」

 

「ですなー。思わずこいつ自殺志願者かよ? って勘違いしちゃうレベル」

 

 香織が語った最悪の選択。それはよりにもよって……比企谷先輩の悪口だったのだ。

 

『いやいやいや、俺、サッカー部の先輩からヒキタニとかいう人の話聞かせてもらったり写真見せてもらったんすけど、いろは先輩とは釣り合わないっつーかなんつーか、ぶっちゃけただの冴えない陰キャですよね!? なんか二年とき文化祭でやらかして校内ですげぇ嫌われてたらしいし! なんでいろは先輩があんなのに執着してんのかマジで意味分かんないんすけど! まぁたぶん優しいいろは先輩の可哀想な陰キャに対する思い遣りとかだとは思うんすけど、そんなの絶対やめたほうがいいですって! マジ俺のほうがいろは先輩幸せに出来ますから! ホラ、俺めっちゃモテるしめっちゃ人望あるし、いろは先輩と釣り合うなら絶対俺のほうっすよ!』

 

 とかなんとか。

 

 皆の前で振られたくなくて必死だったのか知らんけど、そんな感じの痛々しい口説き文句をつらつらと並べてたらしい。

 なんだろう。なんかデジャヴ。

 

「でっさ〜、いろは、その(かん)ずっとニコニコ笑顔浮かべてたらしいんだけど、やっと無駄に長いセリフ終わって『どうよ?』ってドヤ顔浮かべてたイケメンくんに、満面のいろはスマイルで答えてあげたんだって〜」

 

『ありがと。わたしのこと心配してくれるなんて優しいんだねー。で、答えなんだけど、わたし超カッコ良い人好きになったこともあるし冴えないクソ陰キャも好きになるしで恋愛の守備範囲かなり広い方だと思うんだけどー、んー…………幼稚なガキと自意識過剰なナルシストはキモくて守備範囲外ですごめんなさい』

 

「って、終始笑顔で。トドメんとこはおっそろしく冷え冷えした声で」

 

「おおう……」

 

「で、場を凍りつかせて微笑みながら去ってったんだけど、最終的には女マネ時代の人脈使って比企谷先輩の話と写真使って一緒に笑ってた二年生部員を午前中には特定して、サッカー部部長含めた三人揃って生徒会室呼び出し。『学校としては、こういう陰湿なことして悦んでるような部活にスポーツとかやってて欲しくないんですよねー。だって健全な精神が宿らない肉体なんて、ただの臭くて汚い筋肉じゃないですかー? 世の中の目って厳しいんです。いくら勝ったからって、へろへろ球当たった程度でいつまでもメソメソしてるボールガールをダシにして、失格勝ち取ってニヤニヤしてるスポーツ選手(笑)は世界中から大バッシングされる時代なんですよ。そんな健全じゃないなんちゃってスポーツにお金出すとか、学校的に無駄でしかなくないですかー?』って、部費全カットちらつかせて土下座謝罪。しかもその間ずっと笑顔。イケメンくん、そのあと部長……ってか三年部員達から『奴を刺激すんじゃねぇよ社会的に抹殺されんのはお前だけじゃねぇんだぞ殺すぞ!』ってこってり絞り上げられたんだってさ〜、あはは!」

 

「待って? 今のサッカー部部長ってうちらが一年ときのクラスメイトじゃなかった? やば、監督不行き届きとはいえ、とばっちりなのに元クラスメイト土下座させてんだ、やば」

 

 つい語彙力がヤバくなるくらいヤバい。

 なんかあれよね。妙にデジャヴかと思ったら、一年半前のこと思い出しちゃってたわ。よかったね襟沢。朝いろはからこの話聞けなくて。聞いてたらアレがフラッシュバックしてパニックに陥ってたかもだよ。

 

「ね! マジでヤバいよねぇ。……っかぁ〜、失敗したぁ! 結果分かってる告白イベントなんて興味ないやって侮ってたけど、そんなに面白エピソードになるなら見学に行きゃ良かったぜ〜! ちぇ〜っ」

 

 ただまぁ、これだけ無惨な結果が知れ渡れば、中学時代に数々の浮き名を流してきたのであろう思い上がったお子様達からの告白フェスも、これにて幕を下ろすことになるだろうね、なんて一人で含み笑いしていたら、なんか香織がノゾキに行かなかったことを後悔してた。

 まぁね。普通の告白ショーじゃ香織のお眼鏡には適わないけど、先輩絡んだいろはのマジギレショーともなると、完全に香織の領域だもんね。わかるわかる。

 親友の危ない趣味に適応し始めちゃってる自分の危なさにも若干引くけど。

 

あ、そういえば、香織の危ない趣味といえば……

 

「そういえばさ、いろは覗きソムリエ御用達エピソードといえば……」

 

 今や話題は香織の受験トークからいろはトークへと様変わりしている。

 それもちょうどノゾキ関連の話題になっているのであれば、この新たな話題は千葉駅までの旅路のいいお供となるに違いない。

 正直、あたしからこの話題を振るのは結構なリスクを伴う。なぜならそれを語るあたし自身が、胸に靄が掛かってしまうから。

 でもこの話は香織絶対聞きたいだろうし、別に口止めされてるわけでもないので、あたしは酒の肴ならぬアイスの肴がわりに、この話題を提供してやろうと思う。

 

「なになに?」

 

「昨日あたし一人で買い物行ったじゃん? そんとき千葉駅でいろはに会ったよ。ひっさしぶりに比企谷パイセンとのじゃれ合いも見れちゃった」

 

「は? え? ちょっと待って? ちょいちょいちょい、それ私喚ばれてないんですけど!? ねぇねぇねぇ、私のお仕事盗んないでくんないかなァァ!? ……ふ、ふぇぇ、紗弥加がっ、紗弥加が私の人生を奪いにくるよぉっ……!」

 

 泣くなよ。必死すぎて引くわ。あと呼ぶを喚ぶって変換してそうで恐い。

 

「で? で? どんな攻防が繰り広げられたワケ!? ほらほら、youご披露しちゃいなよー! youやっちゃいなよー! あ、やっちゃいなよーって言っても、今話題のッアーーー! な情報はいらないYO!」

 

 グイグイくるなぁ……。そりゃいろはも先輩との勉強会のこと香織にバレないようにするわ。

 ほらほら、ヨダレを拭いて、そのペンとノートを仕舞いなさい?

 

「ホントあんたってつくづく残念だよね〜。ったく、しょーがないなぁ」

 

 トークの切り出しを、期待に満ち満ちた表情で今か今かと待ち構える親友。そんな親友の様子に呆れながらも、噴き出しかけた笑いを抑えてやれやれと応じるあたし。靄が掛かりかけた胸の内はどこにいったのやら。

 そうしてあたしは、自分の目で現場を目撃出来なかった口惜しさに歯噛みをしながらも、まだ知らぬ夫婦漫才ネタに胸を膨らます香織のハイエナのように迫ってくる顔をぐいぐい押しやりながら、昨日体験した出来事を掻い摘んで報告してやることになるのだった。このアホにとっての、極上のエンターテイメントショーを。

 

 

× × ×

 

 

 

「昨日さ、千葉でサンダルとか小物とか見て回ってたらさ

──」

 

「ほうほう!」

 

 あたしは語る。買い物終わりに先輩を発見し、ウザ絡みしにいって玩具にしたと。

 

「でさぁ、パイセンってば、いろはの可愛がりが過ぎててさぁ、噂に聞いてた通りの過保護っぷりに超笑えんの。でね──」

 

「だよねだよね!」

 

 嫌〜な顔しながらも、本当は嬉しいであろういろはのワガママに、面倒くさそうなフリして付き合う先輩の姿。

 

「マジありえないってゆーか、言うに事欠いて『そんなクソみたいな一般論知らん。俺から距離取るのが優しさとか傲慢過ぎて反吐が出るほど気持ち悪い』だよ? なんなんあの人ヤバくない? だからあたし──」

 

「あははは! それはヤバい」

 

 嫌〜な顔しながらも、あたしのウザ絡みに渋々付き合ってくれる、面倒見のいい先輩の間抜けな姿。

 

「したら、そこでいろは登場ってね。てかいろは、なんかポニーになってたんだけど! なにごと? って思ったらどうやらさ──」

 

「うひょ! マジすか」

 

 そこに御本人登場による化学変化も加わり、盛り上がりが最高潮に達したり、

 

「いろはのやつ、パイセンほっぽってなにすんのかと思ったら、なんかあたしにオハナシがあったみたいで──」

 

「なんなのなんなの!?」

 

 突然可愛らしさを発揮し始めたいろはの恋する乙女っぷりを、食べ終わったパルムの棒をタクト代わりに、身振り手振りで披露する。

 気が付けば学校からの最寄り駅には到着してたけど、それからも改札抜ける間も、電車の到着待ってるホームでも、乗客まばらな車内の数分間も、何処であろうとそこはトークショーのステージと化す。

 いつの間にやら短い旅路も終焉を迎え、目的地の千葉駅にはとっくにご到着。しかしそれでも語り()によるエピソードトークは終わらない。

 お客さんが求める以上、語り部に休息の時間は訪れないのだから。

 

「信じらんなくない? だっていろはがだよ? あのいろはが、急に好き好き言い始めてさー──」

 

「うんうん」

 

 今やステージは、千葉駅改札外にあるベンチの一角に。予備校までの腹ごなしだと、途中でテイクアウトしたハンバーガーとポテトを肴に、極上のトークを美味しく召し上がるあたし達。

 相変わらず迫ってくる圧が半端ないが、聞き手が上手に盛り上がってくれると、語り手も饒舌になるというもの。

 

「……正直、ちょっと油断してたとこあるよね。……まさかあのいろはがさ──」

 

「……うん」

 

 気を良くしたあたしも、今度はアイスの棒からカリカリのポテトをタクトに持ち替えて、大仰な仕草でお(はなし)に彩りを添える。

 

「照れちゃってキモさに磨きがかかっちゃってるパイセン見るいろはの笑顔がさ──」

 

「……そだね」

 

 ときにコミカルに、ときにシニカルに。昨日の記憶に残るいろはと先輩との(かぐわ)しいエピソードを──

 

「……ほんと、見てるこっちが恥ずかしくなるっつの。もうさ、アホかっつーくらい眩しくてさ──」

 

「……そっか〜」

 

 

 

 

 

 

 

 …………面白可笑しく、語り部やれてると思ってたんだけどなぁ。

 

 

 ──どうやらあたしは、香織と違っていろはと比企谷先輩の物語を綴る語り部には、少々向いていなかったらしい。

 だって、語りを聞いてくれるお客さんを、心から楽しませることが出来なかったのだから。

 

「ね、紗弥加」

 

「……んー?」

 

「なんか、話したいことあんじゃないの?」

 

「……んー」

 

「なんか悩みとかあんなら、香織お姉さんが聞いたげるよ?」

 

「……んーーー……」

 

 そう。確かに楽しく語ってた。あたしだって盛り上がってたし、香織だって興奮してた。

 けど、途中から気づいてた。口調だってテンションだってそのままだったはずなのに、顔にだけは本心が出ちゃってたんだろうな、って。

 いつのまにか香織の表情が、夫婦漫才への興味から、あたしへの慈しみに変化していたから。

 

「いいからいいから。話したくないならいーけど、話すだけでも気が楽になるかも知んないよ? ま、智子みたいに頼りにはならないのかもだけどさ〜」

 

「……う」

 

 しかも、どうやら盛大に気づかれてたっぽい。智子にだけは打ち明けていた、あたしのしょーもない悩みを。

 

「……ちなみに聞くけど」

 

 であるならば、これは聞いておかなきゃならない気がする。

 

「なにを?」

 

「あたしが変だなって、いつくらいから思ってた……?」

 

「ん? そーだなぁ。確かー……、一年の三学期くらい?」

 

 思いのほか早々(はやばや)バレてた。

 

「めっちゃ初期じゃん! なんか最近紗弥加変じゃない? とか聞きゃいーじゃん!」

 

「えー、だってさ、紗弥加の性格上、自分から言ってこないってことは、今は言うときじゃないのかなー、って。いちお様子見てたら智子には言ってるっぽかったから、言いたくなったら今に言ってくるっしょ、って。で、さっきまでの紗弥加、朝、智子と話してたときみたいな顔してたから、あ、なんか言いたいのかなー、って」

 

「……んだよ、やっぱ朝も顔に出てたんか〜……」

 

「ま、微々たるもんよ微々たるもん。付き合い短いいろはとか襟沢じゃ見逃しちゃうレベルのやつ。フッ、俺じゃなきゃ見逃しちゃうね」

 

 うわぁ、この言ってやったぜ感。こういう顔してる時って、なにかしらのネタに走ってるときなんだよねぇ。知らない人にドヤ感出されても……

 

「……うぜー。なんか悔しいんだけど。香織ごときの掌の上って感じ」

 

「へへー、華麗に躍らされてますなー」

 

「……あのさ、一応これだけは言っとくけど、智子に相談したのは、成り行きっていうかやむにやまれぬ事情が起きちゃったからっていうか、とにかくそんな感じで事情を話さざるを得ない状況になっちゃったからであって、それが無かったら未だに智子にも話してなかっただろうし、別に香織だけ除け者にしてたわけじゃないかんね」

 

「はいはい、分かってるっつの。どんだけ付き合い長いと思ってんだか〜」

 

 そう言って、人好きのする笑顔でニカッと微笑む香織は、普段よりずっと頼りがいのある、めっちゃイイ女に見えた。

 …………こんなイイ笑顔されたら、実はこの件を打ち明けるのは、香織が 女 になってからにしようかな、なんて思ってたことは口が裂けても言えない……

 だって耐性のない香織にそんな穢れた大人な世界の話を打ち明けても、『ぜぜぜ全然大丈夫だし!? そ、その程度のエロトーク、この恋愛マスター香織ちゃんにおまかせっ☆(震え声)』とか言って、赤面涙目で絶対強がるし。したら逆にこっちが気を遣う羽目になって、本末転倒になっちゃうし。

 だから今まで香織には打ち明けてこなかったのだけれど、こういう機会を持ってしまったからには、せっかくだし言ってしまってもいいのかもしれない。

 持ってしまった(・・・・・・・)もなにも、トークの最中からあたしに対する香織の様子が変化しているのを気付いていながらも、気付かないフリしてそのままトークを強行していた時点で、本当はあたし自身が、この胸の燻りを吐き出せる場所を香織に求めていたのかも知れないけれど。

 

「……じゃあ、聞いてくれる?」

 

 そうして、あたしは語り始める。まだ香織に打ち明けてなかった胸の内を。

 もちろん、香織にはセフレ(結果)を打ち明けるのはまだまだ早いだろう。だから結果は伏せた上で、そこに至るようになってしまった要因までを、だけどね。

 

 

× × ×

 

 

「あたし、今までまともに人を好きになったこと無いんだよね」

 

 そんな告白から始まった、あたしの独白。

 人を、とか言ったりしてはみたものの、実際は人どころか、物でも趣味でもなににでも、好きになった……強い感情を向けた経験がない。

 唯一なにかに対して強い感情を向けているとしたら、それは昔馴染みの香織や智子、そこにいろはも含めたこの友人関係くらいだろう。この関係だけは、本当に大事に想ってる。

 あ、いじけると面倒臭くて仕方がないから、ついでに襟沢もその仲間に入れといてやろう。

 そういうわけもあって、恋愛に本気で夢中になれる人種というのは、あたしにとってとても眩しい存在なのである。

 

 そして今まで築いてきた関係性のなかで、あたしの回りにいる人達は、みんな眩しいくらいの熱を持っていた。

 智子。そして友樹。この二人は言うまでもない。中学時代から付き合い始めて、未だ変わらずお互いを想い続けていられるこの二人は、あたしにとって最も身近な眩しい存在。

 で、香織の元カレだった直哉も、かなり一方通行だったとはいえ、めっちゃ香織が好きだった。

 

 それに比べて、あたしにはなんの熱もない。

 彼氏が居たことはあったけど、なんとなく付き合っていただけ。やはり熱とか夢中とかの強い感情とは無縁のままで、体だけの関係でしかなかった。そういった意味では、彼氏と和也(セフレ)は、本質的な部分では大して変わらない存在なのかもしれない。

 

「いやいや、それ言ったら私だって大して変わらなくない? 私だって男好きになったことないし。私と直哉の関係性知ってるじゃん」

 

 これは、そんな独白(和也抜き)をしていたとき、香織が挟んできた台詞。

 

 確かにね。一方的に熱を向けてきてたのは直哉の方だけだった。香織は情のカタチを友情から愛情に変化させることが出来ないままで、それでも直哉は友情以上を求めて破綻した。

 だから香織はまだ恋愛に強い感情を持ったことはない。そう、まだ。

 

「でもさ、香織見てると超分かんの。こいつは一度男に夢中になったら、とことんのめり込むヤツだろうな、って」

 

 今は恋愛には向けていない強い感情。でも、恋愛以外の興味対象への熱量は尋常じゃない。香織の場合、興味を向ける対象に出会っているかどうかの問題であり、一度(ひとたび)出会いを自覚してしまえば、あとはもう真っ直ぐ一直線に突っ走ることが出来る女の子なのである。

 

「……えー? そ、そう?」

 

「うん、それはもう確実に。なんならのめり込みすぎて、もし相手に好きな女とか彼女が居た場合でも略奪上等になっちゃうレベル」

 

「略奪なんかするわけないじゃん!? 私、こう見えて超常識人なんですけども!」

 

 ……もうね、どう見ても略奪しにいく未来しか見えない。

 

「……一応忠告しとくけど、今はいろはとの漫才見るのに夢中だからいいけど、なんかの間違いでパイセン好きになるとかあったら、マジでヤバいからね……?」

 

「いやいやいや、それはない! だって考えただけで胃が持たないし! ちょっとやめて? 変に意識させないでくれます? そういうのは違う世界線の私に任せといてますんで……!」

 

 ホントに大丈夫かなこいつ。

 

 

 ま、それはそれとして。

 つまりはそういうこと。智子や友樹、直哉だけじゃない。香織だってそうなのだ。あたしの周りに居る人達は、いつだって眩しすぎるのだ。昔から、ずっと。

 眩しくて眩しくて、一人になると、一人だけ取り残されていく気分に襲われる。そんなのが、ずっと続く毎日だった。

 

 そんなとき出会ったのが、一色いろはという女の子。

 見るからに恋愛脳。見るからにあたしとは真逆の世界の住人。

 でも、あたしは一目見ただけで解ってしまった。あ、こいつはあたしと同じタイプの人種だ、って。こいつは、本気で恋愛に強い感情を持つことが出来ない人種だ、って。

 

 元々いろはをグループに引き入れたのは、当時はまだクラスで幅を利かせていたウザい襟沢を黙らせるため、という打算からだった。

 もちろん計算高いいろはも、そこんところはあたし達と一緒だったのだろう。クラスで同性の友達が居るか居ないかでは、男子ウケがまるで違うから。だから疾しい気持ちで近付いてきたあたし達を、逆に都合良く利用するつもりだったのだと思う。

 

 でも、実はあたしは一人だけ違ってた。香織とも智子ともいろはとも違う、別の打算のカタチだったのだ。

 

 

 ──こいつと一緒に居れば、あたしだけ取り残されることは無くなるのかもしれない。

 

 

 そしてグループは、いろはを引き入れた。

 

 

 最初は打算まみれで始まったあたし達のグループ。とりあえず表向きだけは仲良さげにして襟沢黙らせて、ついでにあたしのモヤモヤの逃げ場にもなってもらおう。

 表向きの付き合いが続くなか、いろはが葉山先輩をオトす為に女マネになったり、教室で愉しげに葉山先輩の話題を出すたびに、その笑顔を見てあたしはどこか安心してた。よし、その表情。それでこそ一色いろはだ、と。

 

 でもそんな打算も、いろはと長く接してゆくうちに……いろはの人となりを感じてゆくうちに……、そんなものはいつの間にかどこかに霧散していた。たぶん香織も智子も。そして、いつの頃からかあたし達の前では 素 丸出しな表情をするようになったいろはも。

 そして気付いた頃には、あたし達は本当の友人関係を築けていた。

 

 

 季節は流れ、春色だったあたし達の桃色吐息が、刺すような冷気に白く色付き始めたころ。

 相変わらず香織は興味あるものに全力で、智子は友樹と全力で、そしていろはは全力とは真逆のクレバーさで。

 そんな毎日に、今までに無い心地良さを覚え、逆に、いろはに対しての打算を忘れていた頃だった。

 

『せんぱぁい、どーしたんですかー?』

 

 そんな甘ったるい響きが、あたしの耳朶と心を揺さぶった。

 

 いろはが。あのいろはが。

 恋愛を見つけてしまった。眩しくて目を向けていられない程の強い感情を知ってしまった。

 あの甘い響きは、あたしに否応なしにその事実を告げてきた。

 

 その頃には、香織や智子と変わらない、とても大事な友達になっていたいろは。

 だからあのいろはがそんなにも好きになれる人と出会えたんだってことを、心から祝福した。もっとも、奉仕部の人間関係が面倒くさすぎて、全力で祝福出来る状況にはなかったけれど。

 でも心から祝福したのは本当だ。そのことだけは、自信を持って言える。

 だからこそなのだろう。彼女の幸せを心から祝福出来るくらい本当に大切な友人になったからこそ、逆に行く宛のない気持のやり場が無くなってしまったのだ。

 

 どうしようもない程の置いてきぼり感。

 中学時代、香織達に対して抱いていた感情が、再び胸を締め付けてきた。あたしと同じ──いや、あたしよりずっと恋愛にクレバーだったあのいろはの恋する乙女っぷりを目の当たりにすれば、中学時代以上の置いてきぼり感を抱いてしまうのは、致し方なかったことなのかもしれない。

 

 そして取り残されたあたしは、無性に人肌を求めてしまった。心で熱を感じることが出来ないのであれば、せめて体の熱だけでも感じていたい、なんて思ってしまったのは、さすがに短絡的すぎただろうか?

 そんな頭の悪い短絡さに突き動かされ、我ながら馬鹿な行動力を発揮してしまったのが、今から一年半ほど前の、ある冬の日のことだった。

 

「あはは、なっさけないよね〜。あたしさ、結局のとこ、いろはに嫉妬してるんだよ」

 

 そう呟いて、あたしの長い長い独白は終わった。

 

 

× × ×

 

 

 仲のいい友達に対して嫉妬心を抱いている。しかも、しょーもなくて一方的で、とても手前勝手な理由で。

 こういう醜い部分って、出来れば大切な友達には見せなくないものだ。誰だって、友達にはダサくて格好悪い自分を見られたくない。

 だからあたしは香織にずっと言わなかった。本当は智子にだって言うつもりはなかった。

 智子はあたしにそう告白されても引くことはなかったけれど、まだまだピュアっピュアな香織のことだ。こんなことを友達から告白されて、何て返せばいいのか迷っているだろう。

 だからあたしは顔を上げた。知らず知らず下を向いてしまっていた顔を、頑張って踏ん張って上へ上へと。

 

 そして、歯を食いしばって向けた顔。その先にいた香織は──

 

「……うわぁ」

 

 めっちゃ引いてた。めっちゃ苦虫の大群噛んでそうな顔で、うわぁとか言われた。

 

「……ねぇ、紗弥加さぁ……」

 

「……う、うん」

 

「…………え、なに? 私にはやめとけとか言いながら、実は紗弥加が比企谷先輩LOVE!?」

 

「いやなんでよ。ちゃんと人の話聞いてた? なんでそっちなのよ」

 

「へ? そっちじゃないって事は…………も、もしかして……ゆ、百合?」

 

「おいお前マジふざけんな」

 

 マジやめて。悩ましげに瞳潤ませて、小指をぷるつやな唇にそっと添えるのマジやめて。

 

「……あのさぁ、あたし今、結構シリアスな話してたと思うんだけど……」

 

 ホント香織はこれだから……と、やれやれ顔で溜め息を吐くあたしを見て、あろうことかこの女は、

 

「あはははは! ごめんごめん☆」

 

 けらけらと笑ってました。うん。これだから香織は……

 恨みがましく睨めつけてやる。あたし怒ってますよ、って、こいつに知らしめてやるために。

 ただ、どうしたって唇はとんがってしまう。心底怒っているわけではないと丸分かりになってしまうであろう、まるで駄々を捏ねる子供みたいに、つんってとんがってしまう。

 なんとな〜く解ってしまうから。このおバカな空気で場を包み込んでしまうのが、この子の温かさなんだって。

 

「だってさ、紗弥加がおっきなまちがいに気付いてないんだもん」

 

 やっぱり、香織なりの気の遣い方だったのだろう、おバカな世界へのお誘い合わせ。この、歯を見せてニッと笑んだ表情がそれを物語っていた。

 でも、その口から放たれた言葉は、思いのほか意外なものだった。

 

 ──あたしのまちがい。

 それって、なんのこと?

 

 もちろんあたしの状況がまちがいだらけなのは十二分に理解している。

 

 しょーもない嫉妬心を友達に抱いてしまうのも。

 それを一人でウジウジ悩んでいるのも。

 熱を求めて、どこぞの男に縋ってしまったのも。

 

 でも和也との関係は伏せてあるし、嫉妬心を持っていることやウジウジ悩んでいることも、家堀香織という女の子がけらけら笑い飛ばすのとは、なんだか違う気がする。

 そこんとこ説明よろ、とばかりに訝しげに見つめていると、香織はまたも予想外の発言をかましてくるのだった。

 

「いいじゃん嫉妬! 私、嫉妬って嫌いじゃないよ」

 

「……はい?」

 

 ここでまさかの嫉妬大好き発言であった。略奪愛の素質があることのカミングアウトかな?

 

 いや、まぁ言いたいことはなんとなく分かる。たぶん香織は、嫉妬なんて恥ずかしいことじゃないんだよ? って、あたしに言ってくれようとしているのだろう。

 それは分かるんだけど、いきなりいいじゃんとか言われましても……

 

「知ってる? 嫉妬って、(ねた)ましいと(ねた)ましいを重ね掛けして出来てんだよ? 凄くない? 暗黒闘気発してそうな言葉をさらに重ね掛けしちゃうとか、なんか禍々しくてめちゃ強そうじゃない? なんか中二心擽られるよね! 邪王炎殺黒龍波も道譲るレベル」

 

 ……どうやらあたしの考え過ぎだったらしい。香織の思考回路は遥か斜め下を行っていた。いいじゃん! って、言葉萌えの事だったみたい。

 

「なにいってんだこいつ。なに強そうって」

 

「だってさ、メラとヒャドでさえ重ね掛けすればメドローアになれんだよ? それもう最強っしょ」

 

「お、おう」

 

 ドヤ感強すぎ! なんでちょっと胸張ってんの。

 なんかもう頭痛くなってきたので、両手でこめかみをぐりぐりしながら、その真意を探るべく、ヤツを注意深く観察するあたし。あまり深く真意に迫りすぎると、向こうからヤバい真意が覗き返してきそうで恐いけど。こいつニーチェか。

 

 すると、ここでようやく種明かしの時間がやってきた。

 

「つまりね」

 

 香織はドヤ感満載のまま人差し指をぴぴっと立てると、まぁまぁ育っている胸を一杯に張ってぱちりとウインク。

 

「それほどに、嫉妬って感情には強い気持ちが宿ってるってことですよ。紗弥加は自分はあんま強い感情を人に向けられないって言ってたけどさ、ひひ、向けてんじゃん! 超強いヤツ!」

 

「……ああ、そういう」

 

 なんだか、してやられた気分だ。言われてみて初めて気が付いた。あたし、強い感情向けてんじゃん。その善し悪しはこの際置いておくとしても。

 

「そそ。私さ、嫉妬しちゃうくらい強い感情持ってる紗弥加は嫌いじゃないよ? そりゃ確かに嫉妬って良くない感情かも知んないし、嫉妬に駆られて誰かに酷いことしちゃうとかだったら、マジで最低って思う。でも紗弥加のは違うじゃん。だから嫉妬ってそんなに悪いことじゃないかなって」

 

「……そっか。うん、そうだね」

 

「ね? これが紗弥加のまちがいの一つ目。で、さ。人って、なんで他人を妬ましくなっちゃうと思う? ムカつくから? 嫌いだから?」

 

 どうやら一つ目が終わらったらしい、あたしのまちがい発表会。

 すると香織は、早速第二回まちがい発表会を執り行いはじめた。

 

「……んー、そういうのもあるのかも知んないけど、あたしはいろはにムカついてるわけじゃないし、まして嫌いでもないし」

 

 なんなら好きだし。恥ずかしいから言わんけど。

 ……あれ? じゃああたし、そういえばなんでいろはに嫉妬してたんだっけ?

 

「おやおや、お悩みのようですな〜。ではここで分かりやすい例題をひとつ。みんな大好き葉山隼人。誰もが仲良くなりたがる人気者の葉山先輩だけど、もちろんみんながみんな好きなわけじゃないじゃない? それどころか一部には葉虫とか呼んで、裏でこそこそ馬鹿にしたり、あることないことでっち上げて悪口言ってる人達だって居ます」

 

 いろはに対する嫉妬について考えてたら、なんか始まってた。

 葉虫て。誰だよそんな頭悪そうな呼び名付けて悦んでんの。

 

「じゃあなんで葉山先輩をそこまで妬む人達が居るのでしょう? 直接会話したこともなけりゃ関わったことがあるわけでもないのに、なんでそんなダッサいことしてまで妬んでいるのでしょうかっ?」

 

「……んー、羨ましいから?」

 

 正直、香織の意図はよく分からない。けど、それの答えはなんとなく分かった。

 だって、葉山先輩が嫌い、って感情だけならまだ理解できるけど、それはあくまでちゃんと会話したり関わったりした上で、きちんと人となりを理解してからの話でしょ。

 でもそれが、会話も関わりも皆無なのに妬ましいって感情が生まれるのだとしたら、もうそれは羨ましいから、しかなくない?

 

「大正解! 答えは羨ましいからでしたぁ!」

 

 正解だったみたい。

 

「自分に無いもの持ってて、自分が成りたい者になれてて、でも自分はそうなれなくて、悔しくて口惜しくてしょうがないから、羨ましくて仕方ないんだよ」

 

 そう言って、意味ありげにあたしを覗き込む香織。その表情は、とてもしてやったりなニヤリ顔。

 

「そ。羨ましいの。嫉妬ってさ、超羨ましがるから起きんじゃん。で、羨ましいってことは、自分もそうなりたいからそう思うんじゃん? これが紗弥加のまちがいのもう一つ。紗弥加は男に強い感情向けること出来ないって言うけどさ、それっておかしくない? ホントにそうなら、羨ましいなんて思わないと思うんだよね。いろはが比企谷先輩に夢中になろうが智子が友樹とよろしくやろうが、あ、そう、よかったね、って鼻で笑うんじゃない?」

 

「……あー」

 

「でしょ? 私が思うに、恋愛に夢中になれる子を見て羨ましがれるって、その時点で恋愛に夢中になれる素質あると思うんだよね〜」

 

 ……その発想はなかった。

 

「しかもさ、そもそもそのいろはこそが、紗弥加否定説の生き証人だったりするわけよ」

 

「……はい?」

 

「ほら、さっき紗弥加言ってたじゃん。いろはは自分と同じ人種だって。じゃ、そのいろはが今じゃ男に夢中になってんだもん。紗弥加がそうなれない理由、無くない?」

 

「……あ、そっか」

 

「恋愛マスターの私から言わせてもらうと、結局は出会いの問題だと思うのよ。紗弥加はまだ紗弥加にとっての比企谷先輩に出会ってないだけじゃない? ほら、こう言っちゃなんだけど、紗弥加の元彼って二人いたけどさぁ、どっちともさっき話してた噂のイケメンくんみたいな感じじゃなかった? 年上だったり学校違ったりで私らとはほとんど絡み無かったから知らんけど、イケメンだしモテるけど、中身カラッポみたいな」

 

「いきなり人の元彼ディスんないでくんない? そもそもお前、マスターどころか男も知らない処女だし」

 

 そう言いながらも、ついククッと失笑が口から漏れ出てしまった。和也も含めてだけど、あまりにいい得て妙すぎたから。

 

「ひどい!? セクハラ反対モラハラ反対! MeTooすんぞコンニャロォ!」

 

 ムッキィィー! と涙目で憤慨する香織をどうどうと宥めてやると、んんっ、と一つ咳払いをしたこいつは、赤い頬っぺを残したまま、ぴこっと人差し指を立てた。

 

「とにかくさ、ぶっちゃけ紗弥加って、実は男選びが下手なんじゃん? てかなんか自分に合ってない男をわざわざ見繕ってるみたい」

 

 ……それは確かにあるのかも。どうせ相手に強い感情抱けないんなら、せめて見た目くらいは、って選んでたら、自然とあんなのばっかになっちゃうのかも。

 

「いろは見てみ? あんだけイケメン大好きステータス大好きだった女が、今じゃ比企谷先輩に夢中になってんだぜ? 男の趣味悪いっていう自分の好みに忠実になった途端にあの素な笑顔見せられるんだよ? 私、今でも超覚えてるよ、比企谷先輩がうちらの教室来たときの、キラッ☆ ぐるん! にまぁ♪ってヤツ! あれが忘れらんなくて未だに付け回してるフシさえあるよね〜! だから紗弥加も恋愛からじゃなくて、まずはああいう素の笑顔見せられる相手見つけることから始めてみたらいいのかもよ?」

 

「……」

 

 ──正直、そういう考え方もあるんだなぁ、って、ちょっとだけ感心してしまった。ポロッと溢しちゃった付け回してるって発言はどうかと思うけど。

 

 これは、楽天的な香織だからこその考え方かもしれない。そんなポジティブ過ぎる考え方じゃ、現実ではそう上手く事が運ぶことはないかもしれない。

 でもそんなお花畑な思考回路に、悔しいことに気持ちがスッと軽くなってしまったのだ。ああ、もっと気楽に考えたらいいのかも。そんなに焦んなくてもいいんじゃん? って。

 

「ハァ〜〜。やっぱ香織は香織だよね〜。こんなことなら、もっと早く香織に相談すれば良かったわー」

 

「え? なんだって? そんなに頼りになっちゃうのかね私ってば! さすが私っ! 友のモヤモヤを瞬時に打ち消しちゃう、この清浄の女神感☆」

 

「いやそういうんじゃなくて、しょーもなすぎて毒気抜かれてスッキリしちゃった的な」

 

「おい、誰がデトックス美少女だって?」

 

「あはははは! 言ってね〜!」

 

 軽くなりすぎた気持ちに香織のあまりのアホさ加減も手伝って、人目も気にせず腹を抱えて大爆笑してしまうあたし。

 香織の提案に乗せられてあげるのならば、こういうバカ笑いを平気で晒せられる男を見つければいいってことかな。

 しかしそれはなかなかに難易度が高い気がする。なにせあたしは基本的に冷めた性格の上、男相手だとつい斜に構えてしまいがちな女子だからである。

 ……んー、でも、なんか最近、男相手にバカ笑いした記憶があるような……?

 

 そんなことを考えながらも相変わらずゲラゲラ笑っていると、思いもよらない反撃を受けることとなる。

 いつまでも笑われていることにヘソを曲げちゃったのか、まるでやり返してくるかのように、ニヤァっと厭らしい笑みを浮かべた香織さん。

 

「てかてかぁ、それよりも私としましてはぁ〜、今までの人間関係の中で大事に思えたことがあんのが、私達の友人関係だけ、って部分のほうが、よっぽど気になっちゃったんですけどぉ〜。気になるし照れちゃうしで夜も寝れなくなりそうなんで、んふ、そこらへん詳しく!」

 

「なぁ!?」

 

 途端に、顔と言わず体と言わず、全身がぶわぁっと熱くなる。

 完全に忘れてた。てか、なんであたしそんな告白しちゃった?

 情けない独白の最中、なんか頭も胸もいっぱいいっぱいになっちゃって、思わず口走っちゃったのであろう完全なる失言である。

 

「……は、はぁ? あたしそんなこと言ってないし。捏造すんなクソ香織」

 

 めっちゃムカつく面でによによしてるバカにそう言ってやったものの、たぶんコレ、顔赤すぎてバレバレなんだろうな。

 

「言いましたぁ〜。あたし、あんた達との友達関係くらいしか、今まで大事って思えた関係がないのぉぉ! って言いましたぁ〜。私だって紗弥加は大事な大事な友達ダヨ!? ってイケボで言い返してあげましょっかぁ〜? おやおやー? 顔真っ赤にしちゃってどうしましたぁ?」

 

 ぐあぁぁ! は、腹立つ〜! なにそのムカつく面!

 

「こいつマジぶっ殺す! この痛々しい拗らせオタバージンがぁ!」

 

「なっ!? ううううっせーわ! 人をメタバースみたいに言うな、こ、このイケメン大好きビッチぃー!」

 

「はぁぁぁ!?」

 

「あぁぁぁ!?」

 

 もうね、駅前で取っ組み合いの喧嘩である。

 香織と違って自分で言うのは憚られるけど、なかなかに華のある女子高生二人が駅前で醜く争う(サマ)は、あまり人様にお見せできるようなものじゃないよね。通行人の方々の視線が痛いこと痛いこと。

 でもなにが一番イタいって、醜く罵り合って取っ組み合ってる当の二人が、軽くニヤついちゃってるところだろうか。あー、恥っず。

 

 

× × ×

 

 

「あ、ところでバ香織ー」

 

「バ、バカっ……!? な、なによク紗弥加」

 

「ク、クサっ……!? い、言い忘れてたんだけどさー」

 

「なに」

 

「あんたの講義の時間まで、あと三分しかないんだけどー」

 

「あ? ……へ? ……ほぁぁあ!?」

 

 お互いに、額に血管浮き上がらせながらの激しい戦い。そんな子供の喧嘩じみたボロボロの最終局面、あたしからの最後の攻撃は、どうやら効果抜群だったようだ。

 慌ててスマホで時間を確認した香織は、現在時刻を見て愕然とする。

 

「さ、紗弥加ァ! キ、キサマ気付いてて黙ってたなぁ!?」

 

「へっへーん、ざっまぁ」

 

「ちっきしょー! 覚えてやがれー!? 明日教室で散々イジリ倒してやっかんなぁ!?」

 

「へっ、返り討ちにしてやんよ」

 

 あの講師、遅刻したら「やる気のない生徒はいつ辞めるの? 今でしょ!」とか言って、嫌味がねちっこいんだからねェ!? とかなんとか喚きながら、ぴゅーっと走り去ってゆく友の背中。そんな背中に笑顔で中指を立てながら「いってら〜」と煽りエールかましてやると、震え声で耳に届いた「かしこまぁ……!」のレスポンス。やはり最終的に勝利するのは正義なのか……と、心の中で美酒に酔い痴れた。

 ま、酔い痴れて乾杯してるのは、一時(いっとき)の勝利に対してではなく、これからも長い付き合いになるであろう友達に、だけど。

 とても大切でとても大好きで、そしてとても有り難い親友に乾杯、つってね。

 

「……は〜〜〜、なんか超スッキリしたぁ!」

 

 激しいバトルで立ち上がっていた我が身を、も一度ベンチに荒々しくダイブさせる。どっしーんと勢い良く伸し掛かってきた美尻にキィと悲鳴を上げるベンチにごめんねしつつ、さらにのびっと身を預けて背もたれを酷使しちゃうのだ。

 

「あ〜、久しぶりだな〜、こんな軽いの」

 

 あれかな。普通のランドセル背負(しょ)ってた小学生が天使の羽に換えたりしたら、こんな身軽な気持ちになれんのかな。

 我ながら頭のおかしい喩えに、いよいよ脳が香織に侵食されてきてんな、なんて苦笑してしまう。

 

 

 ──朝の智子に続いて、またも友に助けられてしまった。

 

 もっとも、ここ何年もずっと抱き続けてきたこのモヤモヤは伊達じゃない。ちょっとスッキリしたからといって、それがいつまで継続してくれるのかなんて分からないし、いろはのあの笑顔見せつけられたら、またモヤっとしてしまうことだってあるだろう。

 

「でも、ま」

 

 そしたら、また友に頼ればいい。何度もモヤモヤして、そして何度もスッキリすればいいだけなのだ。

 なぜそんな簡単なことに今まで気付けなかったのか。香織にスッキリさせられた今となっては、もはや謎だらけてある。でも──

 

「んっ!」

 

 もう一度のびっとしながら、ま、そんなことどうでもいいかと考え直す。

 今のあたしに必要なのは、ジメっとした過去を振り返ることじゃなくて、カラッとした未来に目を向けることなのだから。もう、いろは達の(まぶ)しさに(くら)まなくても済むような、そんなカラッととした眩しい未来に。

 

「ん?」

 

 そんなとき、不意にスクールバッグから、ぽこっと間抜けな音がした。

 昨日に引き続き、またも一人になったタイミングでのこの通知音になんだか既視感を覚えつつ、ごそごそ漁って取り出したスマホ。

 そこに表示されていたのは──

 

『【和也】ひま? 今日も会わね?』

 

 嫌な予感的中。こいつ実は近くで見張ってんじゃないの? と思ってしまうくらいのタイミングで放たれた、ジメっとした過去からの連絡だった。

 

「……ハァ」

 

 この、せっかくの良い気分がブチ壊された感。思わずむーっと唸ってしまうほど。

 普段なら無視一択。昨日なら応じてたこの通知。

 でも…………むしろ今は僥倖なのかも。デトックス美少女(笑)にスッキリさせてもらったばかりのあたしなら、……もう大丈夫!

 

 自然と動く。迷いのない返信内容をタップする、踊るように舞うあたしの指が。

 

『意外とちゃんと付き合ってみたら悪くないかもしんないし』

 

 文章を紡ぐ。朝の智子の言葉を思い出しながら。

 

『素の笑顔見せられる相手見つけることから始めてみたらいいのかもよ?』

 

 送信をぽちっとタップする。さっきの香織の言葉を思い出しながら。

 

 すると、返信から僅か数秒、すかさず返ってきたLINE──じゃなくて通話だった。必死すぎてちょっとだけウケる。

 

「もしもし」

 

『紗弥加か? ……なんだよ、もう会わないって』

 

「え? 言葉通りの意味しかなくない?」

 

 ──結構前から感じていた、この関係性の終焉。それは、和也の心変わりに気付いたから。

 

『……でも』

 

「あのさ、もともとあたしらの関係なんて、そんなもんだったはずじゃん。で、その片方がもう会うのやめるって言ってるワケ。それでよくない?」

 

 ──人づてに聞いて知ってたよ。あれだけヤリまくってた女遊び、最近ぱったりとやめたらしいってこと。

 態度とか空気とかで感じてたよ。あんたがあたしに本気になり始めてたってこと。

 だからこの関係のままじゃ、もう続かないって思ってた。

 

『……そりゃそうなんだけどさ……。あのさ、やっぱちゃんと言うわ。俺、本気でおま──』

 

「それにさ、あたしらって、ぶっちゃけ体の相性あんまりだったじゃん? 女って、演技すんのも大変なんだよね」

 

 ──智子が言ってたみたいに、付き合っちゃう未来を考えたこともあった。付き合ってみれば、もしかしたら、なんて事があるかもしれないから。

 でも無理でしょ。だって、香織が言ってたみたいな笑顔、一年半も居て、あんたの前では一度だって出来たことないから。

 

『……だ、だからって──』

 

「だから、もう……ね?」

 

 ──こんな歪な関係を無理して続けてたって、どうせ(ろく)な結果になりはしないのだ。

 それでもなぁなぁのままこの関係を引き伸ばしてきてしまったのは、一重(ひとえ)にあたしが臆病だったから。どんなに友達の眩しさから逃げ出してしまっても、手を伸ばす範囲に人肌という拠り所がある。そんな歪んだ安心感を手放してしまうことが、とても怖かったから。

 でも逆に怖かった。こんな都合のいいだけの存在に、なにかのまちがいで歪んだ情を抱いてしまい、離れられなくなってしまうことが。

 

「…………じゃね、今まであんがと」

 

『さやっ──』

 

 そこで途切れた和也の声。まさか最後に聞く和也の声が『さや』とは思わなかったよ。ちょっと笑える。

 

 ──和也の人肌に救けられた部分もあったけど、その救いは、残念ながらあたしを痛めつけてもきてた。

 昨日までのあたしなら、そんなこと承知の上で縋ってしまっていたけれど、今はもう、大丈夫だから。

 だからこれであたし達はお仕舞いにしよう。今まで散々女泣かせて遊んできたんでしょ? だからこれはあたしからの最後のプレゼント。

 後学の為にも、たまには弄ばれて捨てられて泣く側の気分も味わえよ♪

 

「さってと!」

 

 なんたる解放感だろうか。今ならどんより曇ったこの梅雨空でさえ、どこまでも澄み渡る広がるスカイに見えちゃうよね。

 

 これでもう、救いでもあり呪いでもあった人肌という拠り所は無くなったわけだ。でも、眩しさに目が眩みそうになる日々は、これからも続くわけで。

 じゃあ、今あたしがするべきことってなんだろう。香織と智子と変わらないくらいに大切な友達から、目を背けないでいられるようになるには?

 

 

 

 ──その答えは、もう出てる。香織達が教えてくれたから。

 

「よっし! そんじゃまぁ、まずはイイ男でも見つけますかねー!」

 

 すっくと立ち上がってスクールバッグを背負(しょ)いこんで、明日へと向かって歩き始めたあたし。ぽしょり独り言ちたあたしの笑顔は、自画自賛分を差し引いたとしても、きっと凄くイイ女のソレだろう。

 香織の言うように、いつかこんな素の笑顔を気兼ねなく晒せる男に出会えるといいんだけどねー。

 

「あ」

 

 そんなとき、ふと思い出した。昨日いろはが乱入してくる数分間、比企谷先輩と話してたときのあたしって、そういえばこんな笑顔してなかったっけ?

 

「……いやいやないない」

 

 そう。ないない。あたしが比企谷先輩に対して強い感情抱いちゃうとか、うん、ないない。……ない、よね?

 

 ない…………んだけども、でも、なんとなくあたしの恋愛感の傾向と対策が見えてきた気がする。どうやらあたし、いろはのこと言えないくらい、もしかしたら男の趣味が超悪いのかもしんない。

 そういえば香織にも言われてた。カラッポなイケメンは、あたしに合わないんじゃないかって。

 ……実は、そういう軽い気持ちで付き合える水溜まりみたいなのじゃなくて、深い深い泥沼の方が好みなのかも。よほどの物好きしか入りたがらない、泥どころか底無し沼適なやつが。

 

「ぷっ……!」

 

 思わず溢れる噴き出し笑い。

 だったら、さっきの前言を撤回しなきゃだね。だってあたしが見つけたいのは、どうやらイイ男とかではないらしいから。

 そう、あたしが見つけたいのはイイ男じゃなくて──

 

 

「そんじゃまぁ、まずは変な男でも見つけますかね〜!」

 

 

 

 軽い足取りというのは、普通に前へ進むだけで、自然とスキップでも踏んでいるかのよう。学校指定のローファーでスキップを踏むあたしの姿。なるほど、これが世に言う(香織が言ってただけ)スキップとローファーとかいう青春ってやつか。

 

 このスキップじみた軽い足取りは、一体あたしをどこへと運んでくれるのだろう。

 

 行き先はまだ分からない。分からないけれど、願わくば、そこは友達の一色いろはの眩しさに眩まなくてもいいくらいに輝いた、眩しい明日であってほしい。

 そう願わずにはいられない、梅雨曇りの晴れ渡った空の下、いろはと比企谷先輩の後日談を語るあたしの帰り道。

 

 

 

  了







というわけでありがとうございました!
もうホントにね。こんなんオリジナルでやってろよ、とお叱りを受けてしまいそうなくらい、原作キャラが一切出ないという最終話でした☆
まぁ、いろはすと八幡が存在すること前提の世界観なので、そこはご容赦下さいませ。

これで3年ぶりの怒涛の執筆フェスティバルもようやくお仕舞い、かな?
今回のスピンオフで執筆欲が満たされたなら、またしばらくなにも書かないかも。でも満たせてなかったら、案外すぐになんか書いちゃうかもしれません♪
そこはモチベ次第なので、読者の皆様、オラにモチベを分けてくれ!


ではでは、またいずれどこかでお会いできたら幸いです!

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