光樹との話を終えた後、拓海は用を足しに行く。
南鳥島に流されて、数時間。
親友は、歳を取った姿で目の前に現れた。
正直、今でも信じられない気持ちだ。
話も聞いているし、頭ではきちんと理解しているが、心情的にはあり得ないと思ってしまうのだ。
ついさっきまで一緒だった同い年の友人が、玉手箱を開けたかのように姿を変えて、現れる。こんなことが、あるのだろうかと。
50歳になっていた光樹は、確かに話し方からして本人に違いなかった。
楽観的――とは言い難い状況ではあったが、ポジティブ思考なのも、拓海をあちこちに引き摺り回していた頃と変わらない。
その明るさに、拓海はいつも救われていた。
危うく、試合に支障が出かけたことがあったのには目を瞑るとして、国内外問わずに連れて行ってこれたことは、本当に感謝している。
そんな光樹だが、一方で彼との間には時間の壁が感じられた。
こっちはまだ半日も経っていないのに対し、向こうは33年。
この間に彼が何を思って特生自衛隊に入り、大戦を戦い、艦娘を生み出したのかは知らない。
そこに、白瀬拓海という人間はいなかった。
自分とでは無く、他の誰かとの歴史なのだ。
そのことが、余計に寂しく感じてしまう。
光樹は光樹で、何かを抱えているようだった。
お偉方に止められているのもあるかもしれないが、話しぶりからして仮にそれが無くても、話すことを拒否したように思う。
それだけ、何か後ろめたいことがあるのかもしれない。
「あいつも、俺と同じか……」
自分の内に抱えるものを思って、拓海は自虐的な笑みを浮かべた。
用を済ませて男子便所を出ると、出入り口で榛名が立っているのが見えた。
辺りを伺っている様子を見るに、誰かを待っているのだろうか。
「あ、白瀬さん。ちょっと、いいですか?」
便所の出口に立つ拓海を見つけて、榛名が声を掛けて来る。
どうやら、探していた相手は自分だったようだ。
「どうしたの? 榛名」
洗った手を、トランクから持ってきたハンカチで拭きつつ、近づく。
すると榛名は右手で、出口を指差した。
外で、話したいらしい。
榛名の後を付いて行くと、彼女は島の東側の海岸、その砂浜の手前で海を望みながら立ち止まる。
辺りに静かに響く波音を聞きながら、拓海も榛名の隣に立ち止まった。
周辺は、要塞の建物の北出入り口前に置かれた仮設照明のおかげで、白波が見える程度には明るかった。
「私、あのゴジラが何なんだろうって、ずっと考えていました」
榛名が、ぽつりぽつりと、話し始めた。視線はやや俯きがちに、白波の方に向いている。
拓海は、無言で話の先を促した。
「白瀬さんにも、ゴジラのことはお話しました。でも、話として知っている程度でした。写真や映像も、見たことはありません。1月に目覚めて、4月の作戦のために色々なことを覚えて、訓練していたので、精々それが精一杯でした」
「それであそこまで話せるなら、大したもんだと思うけど」
それがどれほど忙しかったかは知るところではないが、しかし短期間で覚えて訓練も重ねたとなると、並大抵の努力じゃないと思う。
「
「随分、大きなものを背負ってるんだな」
それを背負うには、少女の背中はあまりに小さい。
「そんな矢先で、失敗してしまいました。自分が、情けなくて恥ずかしいです」
「情けないわけ、ないだろう」
榛名が、驚いたように顔を上げる。
「それに、恥ずかしがることもない。確かに、榛名は失敗したかもしれない。でも、神通さんと一緒に駆逐艦の子とこの島を守り抜いた。おかげで、俺はこうして生き延びて光樹と再会出来たんだ。誇れとは言わないけど、もう少し自信持って胸張っても、いいんじゃないか」
これは、紛れも無い事実だ。
榛名は、この島を守り抜き、務めを立派に果たしてみせたのだ。誰にも文句を言われる筋合いなど、ありはしない。
榛名は拓海を暫し見つめると、くすりと微笑んだ。
「――――ありがとうございます。そう言っていただけて、榛名、嬉しいです」
それから榛名は、視線を海に戻す。
「あのゴジラが現れて、私は忘れていた記憶を呼び覚まされました」
「それって」
「――はい。広島の原爆です……。大破着底して、間もなくの頃でした。あの場所から、雲が見えて……。沢山の人の悲鳴が聞こえて来たんです。大気を伝ってと言うよりも、頭の中に直接響いて来て……。私は、何でこんなところにいるんだろうって。守りたかった人たちが、あんな近くで――」
榛名は腕を伸ばし、握る拳を震わせている。
「あの声で、やっと思い出したんです。どうして、こんな大事なことっ……!」
「忘れるな、ってか……」
「『お前は、自分たちを忘れたのか』――そんな風に、まるで私を恨むみたいに問いかけてくるんです」
榛名の肩が、震えだす。瞳からは、雫が一筋、流れ落ちた。
――恨み。
あのゴジラはやはり、あの戦争の怨念なのだろうか。
こうして榛名を脅かすところを見るに、そう思えてならない。
しかし何故今になって、出て来たのだろうか。
榛名の言葉通りなら、あれはいったい、何を恨んでいるのだろう。ますます分からなくなる。
そんなことを考えていると、榛名が拓海のシャツの袖を掴んだ。
視線はこちらに向けていないが、支えを必要としている、今にも折れてしまいそうな目をしていた。
そっと肩に手を置いて引いてみると、抵抗は無く、榛名の頭が拓海の頭に収まった。
「あの怪獣が何なのか、榛名は多分、知るべきなんだと思います。でも、でもっ……! あの声を思い出すと、怖くなるんです! 頭の中が、おかしくなりそうになるんです……!」
そう言って、榛名は涙腺を決壊させた。
色んなものが入り混じった感情を、吐き出すかのように。
近くを通りかかった艦娘たちの何人かが、驚いたようにこちらを凝視していた。
暫く胸を貸していると、段々榛名の震えが収まっていく。
「落ち着いたか?」
声を掛けると、榛名が頭を拓海の胸から離し、後ろに下がって目元を拭う。
「すみません、お見苦しいところを……。……見られちゃいましたか?」
「駆逐艦の子たちがね。暁たちでは無かったよ」
「そこは、嘘でも見られてないって言ってください」
榛名は顔を覆って、恥ずかしがる。耳も、赤くなっている。
顔の火照りを何とか抑えた榛名は、ふと、拓海に尋ねる。
「落ち着いて聞くことが出来ませんでしたけど、白瀬さんはどうして、私のことを知ってらしたんですか? こちらの方では無いんですよね?」
「あー……」
恐らくは、島に流れ着いた時のことを言っているのだろう。
我を忘れて榛名の名前を呼び、思わず飛びついてしまったことを思い出す。
「その節は、ごめん……」
後から冷静になってみると、恥ずかしくなってくる。我ながら、随分と軽率だったなと思う。
「それはもう、気にしていませんけれど……。確か、私たちはいない世界なんですよね」
こちらが何故、一方的に知っていたのかは、誰にも言っていない。
知っているとすれば、先にこちらの世界にいた光樹くらいなものだろう。
「そうだな……。榛名は、向こうじゃ自分が架空の登場キャラクターだったって言ったら、驚くか?」
「きゃらくたー、ですか?」
「登場人物のことだよ。小説みたいな、物語のやつの」
そう言われて納得する榛名を見て、最初からこっちの言い方においた方が良かったか、と思う。
勉強の範囲からは、漏れてしまったのかもしれない。
ここは、向こうが知っていそうな言葉を、なるべく使うように気を付けるべきだ。
「向こうの世界の日本じゃ、擬人化ものが流行っててさ。その中に、第二次大戦当時の軍艦を擬人化して登場させる、デジタルゲーム……。オンラインに繋げて、コンピュータ上でやる遊びがあったんだ。ここまで、分からないことは?」
「大丈夫です。デジタルゲームのことも、戦術リンクの関係で、知っています」
一応、こちらの世界にもデジタルゲームはあるらしい。
戦術リンクを作っているくらいだから、無い方がおかしいのかもしれない。
「オーケー。そのゲームは、全員女の子で、集めた子たちで深海棲艦と戦って行くっていうゲームなんだよ。それに出て来る子たちが、ちょうど榛名たちと全く同じ姿形、性格なんだよね。声も、かなり似てるかな」
榛名が、目を瞬かせてきょとんとしている。流石に、言っていることが突飛過ぎたか。
「ごめん。分からなかった?」
「いえ……。ということは、金剛お姉さまや神通さんも……ですか?」
「うん。そのまんまだね。こっちで言う世代的には、第2世代に当たるのかな」
「それは、何というか……。不思議な感じですね」
実感が伴わないのも、仕方が無い。
拓海も、自分がどこかの世界では「架空の人物だ」などと言われたら同じような反応になるだろう。
「そのゲームで、初めての戦艦として、榛名を手に入れたんだ。出て来た瞬間、一目惚れして、それからはあっという間にうちの主力艦。頻繁に艦隊の旗艦にして、出撃してたな。もう、可愛くって可愛くって。改造もして、真っ先にケッコンしたっけな」
「へっ……!?」
榛名が再び、顔を真っ赤にする。
そんな顔をされると、こっちまで恥ずかしくなる。
説明が足りていなかったのは、こちらの落ち度ではあるが。
「ああ、いや、その。これ以上の成長は出来ないってくらいに熟練しきったときに、条件を満たして絆を深めることで、更に強くなれるってシステムなんだ。練度を数字で表示していて、その上限を一度だけ解放出来るってこと」
「あ、そ、そうなんですね。びっくりしました。つい、てっきり……」
すぐさま訂正すると、榛名がホッとしたように胸を撫で下ろす。
それはそれで、何だか悔しい。
「ま、ベタ惚れだったのは確かだけど。要するに、こっちの世界に来た時には、とっくに榛名のことが好きになってたってことだな」
回りくどく言うのが面倒臭くなって、つい口を滑らせる。
しまった、と思って見ると、榛名が表情を無くしていた。
「そそ、それはどういう……」
引かれていると思ったが、どちらかというと動揺していると言った方が近いようだ。
どっちにしても、当然の反応ではある。
「ゲームの榛名とは、違いますよね……?」
これもまた、当然の反応だ。
「それは、そうなんだけどさ。元々、ゲームで榛名に惚れてたせいかな。こっちの世界で本物の榛名を見て知って話して、榛名のことが大好きになっちまったんだよ。これ以上、無いくらいに。艦娘としての能力もそうだけど、榛名っていう女の子のことがね」
「あの……えっと……」
榛名はどう言えばいいか分からないのか、視線を左右に振って言葉を探している。
そんな彼女を見て微笑みつつ、拓海は榛名に宣言する。
「だから、まずは“新米少佐”になって、司令官職を目指すことにするよ。そんで、いつか榛名を指揮出来るように頑張るよ」
「えっと、それは……ですね」
「嫌、か?」
「嫌じゃないですけれど……」
榛名は、何か言いたそうに口篭もる。
「どうした?」
「い、いえ! 何でも無いです。頑張ってくださいね!」
「ん……? ああ、うん。ありがとう」
ガッツポーズをしてエールを送る榛名に、拓海は戸惑いつつも礼を言う。
あまり、聞かない方が良いことなのかもしれない。
「時間があれば、だけど……。調べたいことも、あるんだよね」
「本土の方で、ですか?」
「艦娘と、ゴジラのことをね。榛名の怯え様から、何かあるんじゃないかって」
「あ……」
拓海の言葉に、榛名は口を閉じる。
あまり触れて欲しくないだろうが、気になるものは気になる。
夕食の時に見ていて思ったが、神通たちがあからさまにゴジラのことに触れようとしないのも、それに拍車を掛けていた。
神通たちの場合は榛名への気遣いもあるだろうが、榛名ほどでは無いにせよ不安げな顔をしていたのだ。こっそりと聞いてみたが、当の本人の彼女たちでさえその原因が何なのか、分からないと言っていた。
余計、気になってしまう。
「何か分かったら、真っ先に伝えるよ」
「はい、ありがとうございます……!」
榛名はそう言って、嬉しさと気恥ずかしさが混じったような顔で、微笑んだ。
明くる2048年5月6日。
拓海は朝食を済ませると、仮設の休憩所でくつろいでいた光樹に声を掛けた。
「おう、お早う。拓海。ゆっくり眠れたか?」
「あんまり、だな。部屋は艦娘たちとは別だったけど、やけに壁の向こうがうるさくて」
「駆逐艦か。あと、川内だな……。加賀に怒られて反省してたんだから、大目に見てやってくれ」
挨拶代わりの言葉に、光樹は紙コップのコーヒーを口に含みつつ苦笑する。
傍のテーブルには、ポットと安物のコーヒーパックが置かれている。これを飲んでいるようだ。
光樹に勧められ、拓海も向かい側の椅子に座って頂くことにする。
「ほんと、不思議なくらい、みんなキャラが一緒だな。光樹、なんかやったのか? って、これもだめか」
「そんくらいなら、大丈夫だ。生まれた時から、皆こうだったよ。俺は、その辺について特に何もしてない。ああいう性格決定も、よく分からないんだよな」
「オイ、開発者」
開発者がそんな適当で、いいのだろうか。
「仕方が無いだろ。本当に分かんないんだからさ。第1世代の時点で、不明だったんだ。生まれて半年も経って無い子たちの研究なんて、したところで捗らないよ。お上からは、そっちの予算は下りなくなったし。時間と金の無駄と思われたんだろうね。まあ、大方同意ではあるけど」
「へえ……」
本当に、開発者でも分からない様なことがあるとは。
そんな艦娘を生み出したのが、「艦これ」もやっていた光樹だから驚きだ。
「で、要件は何だ? 俺に、言いに来たことでもあるんだろ?」
流石に、察しが良い。
拓海は苦笑しつつ、本題を切り出した。
「俺、“新米少佐”になることに決めたよ」
「おお。お前も、提督になるのか」
「まだ、なれるところまで来てないよ。――大和から聞いたけど、“新米少佐”って民間人からも、なれるんだってな?」
「まあな。このご時世だからな。人員が不足したり、司令官が戦死することも有り得る。そういうのを想定して、制度が設けられた。命名は、俺がさせてもらったけどね」
そう言うと、光樹はくつくつと白い歯を見せて、歳に似合わぬ子供っぽい笑みを浮かべる。
「お前……」
「まあまあ。そんくらい、俺が口利きしてもいいだろ? 話を戻すが、“新米少佐”になるためには、民間人の場合、緊急事態下などで戦果を挙げていることが求められる。この辺は、お前はクリアしてるな。その次に、戦果が認められた者は、横須賀鎮守府にて艦娘隊司令官になるための訓練や知識習得、演習が行われる。これは最短で1ヶ月、最長で1年の期間が設けられる。優秀な奴は、早めに確保したいって意志の表れだな。これをクリアすれば、晴れて“新米少佐”となるわけだ」
「そんなんで、いいのか?」
「驚くことに、な。艦隊運用もそうだが、特生防衛軍は艦娘の運用上、彼女たちと一定以上の信頼関係を築ける者を望んでいる。特防軍内部じゃ、中々いないことも多い。どちらかと言えば、ゴジラを始めとした怪獣の方を目的に入る奴が多いからな。そしてその期間は、その民間人が、司令官職に就けるだけの能力を持った人間かどうかを試す部分もある。ただ、前例は無いからな。制度自体ここ2年で出来たものだし、評価基準も定まっていない。お前が行けば、向こうからしたら都合の良いサンプルとして歓迎されるだろうな」
サンプル、の部分に皮肉めいたように語感を強めながら、光樹が説明の説明が終わる。
「狙うは、第6水雷戦隊か?」
光樹に問われて、神通たちのところは指揮官がまだいなかったことを思い出す。
「今は、光樹の指揮下なんだっけ」
「ああ。ただ、神通たちはここに設置される南鳥島泊地の所属になるから、そうなると中々俺の指示も回り辛いんだよ。司令官がいないと」
「中間管理職が欲しいと」
「ありていに言えばな。お前なら、あの子たちを任せても良いって思えるしな」
裏を返せば、適当な司令官が見つかっていないということか。
確かに、扱いは難しそうではある。だが、だからこそあの子たちと戦ってみるのも良いだろう。純粋に、神通たちのことをもっと知りたいというのもある。
ならば、行動あるのみだ。
「じゃあ、早速、その研修に行きたいんだけど」
拓海の言葉に、光樹が空になった紙コップを置いてにやりと笑う。
「言うだろうと思ってたよ。本日ヒトマルマルマルに、第1・第3艦隊がこの島からそれぞれの鎮守府に向かった後、ヒトヒトマルマルに、ここを輸送機が出発する。あと、3時間くらいだ。席も、ちゃんと確保したし、向こうにも連絡を取っておいた。国籍と住所周りのことと一緒に、手続きはしやすいようにしておいた」
流石というべきか、手が早い。まだ言ってもいないうちから、用意していたのか。
職権乱用をしていないか、少々心配になる。
「大丈夫か? それ……」
「安心しろ。信頼出来る上司にも、話は通しておいたから。それと、もう一つ――。榛名、出ておいで」
光樹が物陰に声を掛けると、そこから榛名が顔を覗かせる。
それから彼の手招きに応じて、おずおずと拓海の隣の椅子に座った。
「榛名が、どうしたんだよ」
「彼女には、暫らくお前の傍に付いていて貰うことになった」
「――――――――――え?」
大事なことを、さらっと言ってのける光樹の言葉に、拓海は耳を疑う。
「本人の希望で、お前に付いて行くこと。それと、お前との関係性の良好さが望めることや、呉鎮守府でちょっとした事情があって、暫らく行動を共にして貰うことになる。その間、書類上は第2戦隊から、第6水雷戦隊への出向扱いということにしておく。――不満は、あるか?」
「いやいや! 全く無い。是非、そうさせてくれ。是非!」
拓海は、二つ返事でこれを了承した。
もっとも、榛名と一緒にいられるということで、半ば勢いの部分はある。
「それで、呉鎮守府でのことは、聞いても?」
「人間関係のいざこざって奴だな。現状、艦隊にも影響が出かねないということで、榛名にはすまないが、こういう対応をさせて貰うことになった。お前なら、不安は無いしな。金剛たちも、了承済みだ。あいつらも、相当心配していたからな」
「そんなに、マズいのか……」
「まあな。横須賀に行ったら、書類にしたものを渡す。それほど分厚くは無いから、半日もあれば読めるだろ」
それって、結構な量だよな。と、心の中で突っ込む。
普段、どんな仕事量をこなしているのだろうか。
「榛名、本当にいいんだな?」
光樹の確認に、榛名は表情をきりっとさせて頷く。
「はい。白瀬さんの調べ物も、お手伝いしたいですし、私自身も知りたいことがありますから」
「――そうか。あまり、無茶はしないように」
やや間を置いて光樹は一瞬瞳を伏せるが、すぐに榛名と視線を合わせて言う。
「はいっ!」
榛名の元気の良い返事が、休憩所にこだまする。
「その、よろしくな。榛名」
小躍りしたい気分を抑えつつ、拓海は隣の榛名に声を掛ける。
榛名も微笑んで、拓海に応じる。
「はい、よろしくお願いしますね! 白瀬さん」
場がお開きになろうとしたところで、光樹が拓海と榛名を引き留める。
「そういや、言い忘れていたことがあった。榛名をお前に付ける件」
「何だよ?」
拓海が問うと、光樹がにやりと口元を歪めた。
嫌な予感がする。
「お前が生粋の、榛名大好き野郎だからだ」
「ちょっ――!?」
よりにもよって、誰が聞いているか分からないところで話すか。
咄嗟に廊下を確かめると、運の悪いことに暁と響、それに金剛が近くを通りかかったところだった。
「こっ、このレディーを差し置いて……!」
「そうか、そうだな。分かっていたよ。うん」
光樹の爆弾に、二人が明らかに大ダメージを受けていた。
時間と場所を、弁えて欲しいものだ。
「ワオ! タックー、目の付け所が良いデスネー! 私の自慢の妹デスヨー! 榛名、良かったデスネ!」
タックーとは何だ、タックーとは……。
金剛の独特なネーミングに困惑する。
「そこんとこ、どうなんだい? 榛名。こいつ、お前のこと好きみたいなんだぜ?」
追撃を加えるように、光樹が榛名に言葉を投げる。
「その、榛名は……。昨晩白瀬さんから、伺っています……」
言いながら思い出したのか、榛名が段々顔を熟れたリンゴのように真っ赤にしていく。
その一言が同時に3人を沈める、止めの一撃となった。
これを聞いた暁がポロポロと涙を溢し始めて、響が泣きつく姉の頭を撫でる。その響も、拓海には見えないように顔を背けて、何故か零れる涙を必死に堪えようとして失敗する。そんな状態で他の駆逐艦たちが偶然通りがかってしまい、拓海が理不尽ないじめっ子認定されたところを、金剛や榛名と共に必死に説明するのだった。
そんな様子をニヤニヤと見つめていた光樹は、騒ぎを聞きつけた三笠に見つかり、正座をさせられて説教を受けていた。
あの二人、本当に上司と部下の関係が逆転しているのではないだろうか。
次回、南鳥島を発ちます(多分)
それでは、また。