艦隊これくしょん―黒き亡霊の咆哮―   作:ハチハル

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 今回、ついにあの子の登場となります。


第4話 原初の艦娘

 南鳥島より北西の太平洋上空を、特生防衛軍の44式対特殊生物大型輸送機が、黒い巨体から左右に伸ばした翼で飛行していた。

 その輸送機に先行して、特生防衛海軍の第1・第3艦隊が先行している様子が見える。

 

 特生防衛軍拠点用・強行支援輸送機――。

 特生防衛海軍(艦娘隊)を含めた、各地の拠点に向けて飛ぶ、人員もしくは物資の積載能力と飛行能力を兼ね備えた輸送機だ。

 外装には軽量かつ防御性能の高い素材が使われており、深海棲艦の艦載機による攻撃ならば耐えられる造りになっている。機体塗装が黒いのは、このためだ。

 

「南鳥島、見えました」

 

 操縦桿を握るパイロットが、前方の窓から目視して、確認の声を出す。

 現在時刻は、ヒトロクマルマルを過ぎている。島の周辺は、若干雲が残るものの雨は既に上がっているようだ。

 

「やれやれ。やっと到着か」

 

 操縦席の後ろから、一人の男性が顔を覗かせた。

 如何にも中老といった容貌の男は、オールバックに纏めた髪には若干の白髪が混じっている。

 特生防衛海軍の、真っ白く所々に装飾が施された制服に身を包み、その男は溜め息を吐く。

 

「第6水雷戦隊、それに榛名が無事で良かったよ。どちらも、俺の不手際で孤立させてしまったからな……」

 

 榛名からの通信で、全員無事だということは、南鳥島の再奪還作戦が開始されたのと時を同じくして、知っていた。

 ジャミングの起点となっている敵艦を排除し、通信の回復に成功したそうだ。

 その指揮を執った者がいるらしく、二十歳にも満たない漂流者だというから、驚きだ。

 

「戦隊から榛名ちゃんが孤立したと聞いて、磯貝少将、怒ってましたもんね」

 

 男性の反対側から、くすりと大人しめに笑う少女が顔を出す。

 

「三笠……。今、それをここで言うか?」

「でも、事実でしたよね? 提督?」

 

 三笠と呼ばれた少女は、男にからかうような視線を向けた。男は何も言い返せず、困ったように頭を掻く。

 

「あの少将、榛名への執着の仕方が、ちょっと変だからな……。()()()の方が、可愛いと思えるくらいにはな」

 

 渋い顔をしながら、向かい側の三笠を見やる。

 

 

 特生防衛海軍、横須賀鎮守府所属第1艦隊オプション艦、敷島型戦艦4番艦「三笠」――。

 それが、三笠という少女の立場だ。

 第1世代にして、人類初の艦娘。後の艦娘たちの、モデルケースとなった少女だ。「原初の艦娘」とも呼ばれている。

 

 金剛型姉妹とよく似た、巫女のような服。その上に袖を通した、黒を基調とする軍服には肩に金色の装飾が施され、袖には3本の黄色いラインが入っている。

 金のベルトを巻いた茶色っぽいスカートから伸びる、ダークブラウンのタイツを履いた脚は、スラリとしていて健康的な印象を与える。膝には、単装砲2基が配された膝当てが巻かれ、船底のように銀と赤の配色がされたハイヒールを履いていた。

 ふんわりと柔らかい、ミディアム調の髪が肩から胸元に伸びている。後ろ髪は腰にかけて長く伸びており、襟足の辺りをスクリュー型の髪留めで纏めていた。

 

 そして唾付きの白い軍帽を被り、焦げ茶色の澄んだ瞳を男性に向ける三笠は、年相応の可愛らしさと、眉目秀麗さを兼ね備えていた。

 

 

 そんな彼女だが、艦娘として生を受けてから8年、現在の対深海棲艦戦においては完全に旧式化してしまっていた。故に、オプション艦という立場に甘んずることになっている。

 低速な上に主砲口径も小さく、敵の砲雷撃戦に耐え得るだけの能力は既に無い。

 背中の艤装を持ってきていないのは、その所為だった。代わりに、鞘に納めた華美な軍刀をいつも持ち歩いている。

 

 三笠自身、その辺りのことは痛感していたようだった。

 艦娘としての類稀なる実戦経験を元に、演習では実力を発揮していた。大型戦艦相手に一歩も譲らない姿勢は、第2世代艦娘たちから畏敬の念を持って見られている。

 

 しかし三笠とて、艦娘だ。

 海の上を行き、敵を屠る。それが本来の役目だった筈だが、時代がそれを許さない。

 

 男も、三笠のそんな思いをひしひしと感じていた。

 何せ生まれた時からの付き合いで、自らの専属秘書艦として苦楽を共にして来た。分からない筈が無い。共有した時間は、恐らく妻や娘よりも遥かにに長いだろう。それだけ、三笠のことを大切にしてきた、という自負もある。

 

 だからこそ、三笠をもう一度海の上で走らせたい。そう願って、研究も重ねている最中だ。

 

 

 

「提督……? 私の顔に、何か付いてますか?」

 

 じっと見つめすぎたからだろうか。三笠に、怪訝な顔を浮かべられてしまう。

 

「あ、ああ。何でも無い。すまなかった」

「それは、別にいいですけど……。“アイツ”って確か、提督のご親友でしたよね?」

 

 三笠が話題を戻し、男はそれに頷く。

 

「その通りだ。今は全く、行方が分からないんだけどな」

 

 男はその人物の顔を思い出して、溜め息を吐く。

 未だに、生きているのか死んでいるのかも分からない、彼にとって共通の話題を持っていた親友だった。

 

「確かにその人の方が、榛名ちゃんを大事にしてくれそうですね」

 

 男の事情を既に知っている三笠は、同意を示す。彼女もまた、磯貝少将のことを思い出しているのか、その顔は苦いものだ。

 

「いざとなったら、無理矢理にでも引き離さないとな……」

 

 磯貝少将――フルネームは磯貝風介。20代にして少将となった、新進気鋭の人物だ。

 指揮能力自体は極めて優秀とされるが、一方でストーカー気質なところがあり、隊内でも問題になっていた。特に、榛名への執着心が強すぎることで有名だ。

 艦隊が再編されて早々に噴出した問題であり、上層部の知るところとなっている。

 しかし積極的に処分を下すということは無く、磯貝少将の上司である彼に、その全てが委ねられている。

 

 磯貝少将の抵抗も強いため、男にとっては頭の痛い問題となっていた。おまけに、自ら男に積極的に協力しようという動きも無い。

 八方塞がりになってしまい、思わず愚痴を溢したくなってしまうような状況となっていた。

 

「島に着いたら、榛名ちゃんの様子も見てみましょう。神通ちゃんから、トラブルがあったという連絡も受けていますし」

「近海に出現した、ゴジラに関するという問題か……。恐れていたことが、ついに現実になってしまったな」

 

 とにかく、今は目の前の問題を一つひとつ片付けていく他に無いだろう。正直、あまり考えたくない問題ばかりだが――。

 

 男の内心を知ってか知らずか、パイロットのはきはきとした声が聞こえてくる。

 

「もうすぐ、南鳥島に着陸します。席に座って、シートベルトを着用してください。艦隊の方は、どうされますか?」

「全艦を島の南東、4kmから5kmの海域に向かわせてくれ。先日の衛星画像で、敵の大艦隊が観測されているからな」

「了解しました。――こちら、10号機。第1艦隊旗艦・大和、第3艦隊旗艦・金剛、聞こえますか? ――――」

 

 我に返ってパイロットに要件を伝えた後、パイロットは無線を飛ばす。

 艦隊からの報告により、周囲の深海棲艦は一掃されているようだから、着陸には特に影響しないだろう。

 

 男と三笠は座席に戻り、自身の身体をシートベルトで固定した。

 

 

 南鳥島は、目の前だ。

 

 

 

 

 

 

 

 同時刻、南鳥島要塞内。

 拓海は、眠り続ける榛名をかれこれ1時間くらい見守っていた。

 榛名には、身体を冷やさないように、旅行用のトランクから取り出したタオルケットがかけられていた。

 眠りに就いてからは落ち着いたようで、特にうなされることも無かった。

 

 あの時目にした、榛名の異常なまでの怯え様。

 他の艦娘たちの反応も含めて、拓海はあのゴジラと何の関係があるのだろう、と考えていた。

 ゴジラの中に宿る怨霊と艦の繋がりというだけなら、神通の言う「根本的な何か」にまで訴えかけられないだろう、と思う。

 

「――――考えても、仕方が無いか」

 

 今いくら思い悩んだところで、その答えが何なのかを知っているわけでは無い。そんなことに時間を費やすくらいなら、榛名を見守っていた方がいいだろう。

 

 ――榛名には、笑っていてほしい。

 

 しかし彼女は艦娘だ。兵器として戦うことを望まれているし、それが彼女の存在理由だ。

 戦うことで傷つくし、さっきのように心乱されることもある。

 

 それなら、せめて陸の上にいる間だけでも、明るい顔でいてもらいたい。

 だが、顔は笑っていても心では泣いている、なんてこともあるかもしれない。

 

「どうしたもんかなぁ……」

 

 頭を抱えつつ、やっぱり自分は榛名のことが好きなのだと、自覚する。

 ブラウザ上で初ドロップした、あの日。初めて改二に改造した日。運が蔓延る海域で、たくましく戦う彼女を見守った日。

 そしてこの島で、直に彼女と触れ合った時――――。

 

 拓海は、決意する。

 榛名の笑顔を守る、「提督」になりたいと。

 

 

 

 部屋のドアが開く音がして振り返ると、神通が中を覗き込んでいた。

 

「あれ、どうしたの? 神通さん」

「あの、輸送機がもうすぐこちらに到着するそうです。白瀬さんの紹介がありますので、お出迎えの準備を」

 

 榛名に心配げな視線を送りながら、神通が告げる。

 もうそんな時間かと立ち上がろうとする。

 

「私も、連れて行ってください……」

 

 振り返ると、榛名が拓海の半そでシャツの袖を掴んで、彼を見つめていた。

 目が覚めていたらしい。しかし、その顔色はあまり良くなさそうだ。

 

「でも、もう少し寝てた方が――」

 

 拓海の言葉に、榛名は首を横に振る。

 

「榛名は、大丈夫です。少し寝て、気分が良くなりましたから」

「だったら――」

「でも、少しだけ……。少しだけ、白瀬さんや神通さんたちの傍にいさせてください。今、一人になるのは――怖いです」

 

 状態を起こしてタオルケットを胸元に寄せると、榛名は少しだけ俯く。

 震えてはいないが、怯えている雰囲気は感じられた。

 

「いいかな? 神通さん」

 

 拓海は神通の方を見て、尋ねる。

 

「そうですね――。気分が悪くなったら、すぐに部屋に戻ってください。誰か一人、付けますから」

「ありがとうございます」

 

 榛名は頭を下げると、タオルケットを畳んで拓海に手渡す。

 

「これ、白瀬さんがかけてくださったんですよね? 白瀬さんも、ありがとうございます」

「あ、ああ、うん。どういたしまして」

 

 適当な言葉が見つからないまま、拓海はそれを受け取る。別に、自分がかけたとは一言も言っていないのだが――――。

 傍のトランクに視線を移して、これで気付いたのか、と納得する。

 

 タオルケットを片付け、拓海は榛名を支えつつ立ち上がる。

 握った手の平が僅かに震えたのを感じて、やっぱりまだ、怖いのだと実感する。

 

「大丈夫。俺が、ちゃんと付いてるから。具合が悪くなったら、遠慮なく言ってくれ」

「――はい。ありがとうございます……!」

 

 目を真っ直ぐ見て励ますと、榛名が寸瞬置いて、笑顔を取り戻す。

 

「輸送機の音が聞こえて来ましたね。白瀬さん、榛名さん。行きましょう」

 

 要塞の外から、航空機のエンジンのものと思しき轟音が響いてくる。

 拓海と榛名は頷くと、神通の後を追って部屋を出て行った。

 

 拓海の少し後ろを歩く榛名を見て、思う。

 

 ――やっぱり、榛名は笑顔がよく似合う。

 

 

 

 

 

 要塞の北側から外に出ると、丁度西の滑走路に、黒々とした塗装が施された航空機が着陸しようとしていた。

 あれが、神通の言っていた輸送機のことなのだろう。

 拓海たちは、周囲に気を配りつつ輸送機の方へと歩いていく。

 神通が呼んで来たのか、駆逐艦も全員揃っている。彼女たちは後ろの方で、榛名のことを心配してあれこれ話しかけていた。

 

 

 輸送機が駐機状態になると、機体の横からタラップが下ろされ、内側からドアが開く。

 そこから、凛とした佇まいの少女が姿を現した。

 軍帽を被り、腰には軍刀が携えてある。黒い軍服のようなものを着込み、如何にも武人然とした恰好をしているが、足元には艤装のようなものが見え、彼女が艦娘だということが窺える。

 

 拓海は、あのような格好をした艦娘がいただろかと頭の中を探るが、心当たりが全く無い。

 この世界には、話に聞くように自分の知らない艦娘がいるのだろうか。

 

 そんなことを考えていると、少女がタラップから降りてくる。

 

「長旅、お疲れ様です。第6水雷戦隊旗艦神通、お迎えに上がりました」

 

 拓海たちの正面に立った少女に向かって、神通が敬礼をする。それを見てハッとしたように、榛名や暁たちも続いて敬礼した。

 拓海も慌てて、神通たちに続く。

 少女はニコリと微笑むと、敬礼を返す。その所作だけで貫録のようなものが感じられる、流麗で自然な敬礼だ。

 

「ありがとう。皆、初めまして、だよね?」

「はい。お初にお目にかかります」

 

 敬礼を解いて答える神通を脇に見ると、彼女の表情はどこか緊張の色を浮かべていた。榛名たちも同様だ。

 それほど、偉い立場にいるのだろうか。少女の服に散りばめられている装飾に、何か意味があるのかもしれない。

 

「いいよ。そんなに緊張しなくても。初めまして。私は敷島型4番艦の三笠です。よろしくね」

 

 三笠と名乗った少女は、くすりと上品に笑う。

 初対面相手に、砕けている――とまでは行かないが、それでも三笠はリラックスしていた。

 それに対して、どう接するべきか手探り状態の神通たちはどこか困った表情を見せている。

 

「無理に、とは言わないわ。でも、私だって同じ艦娘だから、仲良くしてね?」

「は、はい」

 

 しかし、神通は恐縮しきったままだ。

 榛名や、元気な駆逐艦の子たちは、既に緊張を解いているようだったが。

 三笠は、そんな神通を見ると傍に歩み寄り、彼女の鼻を突いた。

 

「むー。可愛い子が、そんな顔しないの。折角の美貌が台無しだよ?」

 

 至近距離で言われて、神通の顔が一気に紅潮する。

 

 拓海の後ろでは、

 

「こ、これがレディーよ……!」

「ほう。これはいいな」

「私の、私の魅力が霞んじゃう……」

「神通さん、大丈夫なのです?」

「おっそーい!」

 

 と相変わらずな声が聞こえる。

 

「あら、可愛い。よろしくね。神通ちゃん」

「は、はい。よ、よろしく、お願いします……」

 

 三笠の笑顔に当てられて、神通は顔を真っ赤にしながら答える。

 神通の顔を見て二度頷くと、三笠は拓海の方に視線を移す。

 

「それで、この人は?」

「わ、私たちの指揮を臨時で執ってくださった、白瀬拓海さんです」

 

 頬を赤らめつつ紹介する神通に預かる形で、拓海は三笠に一礼する。

 

「初めまして、白瀬拓海です」

「初めまして。提督から、話は伺っています。そうですか、あなたがこの子たちを――」

 

 そう言って、拓海より少し背の低い三笠は、彼を見上げて微笑む。

 美貌から発せられるその笑みに、少しドキリとさせられる。

 

「あの、白瀬さん……?」

 

 後ろから声を掛けられて、びくりと肩を震わせて振り向くと、榛名が拓海の顔を覗き込んでいた。

 責められているのかと思ったが、榛名の表情を見てみると、どうやら心配しているだけのようだ。いつの間にか、三笠に見惚れてしまっていたらしい。

 危ないところだった。

 

「ああ、いや。ごめん。大丈夫だよ、榛名」

 

 拓海は内心を悟られないように、努めて笑顔を作って答える。

 

「あなたが、榛名ちゃん?」

 

 三笠は拓海の前を通って、榛名に向かって歩きながら、声を掛ける。

 

「はい。金剛型戦艦の、榛名です。金剛お姉さまがいつも、お世話になっています」

 

 榛名がはきはきと答えると、三笠が微笑みながら頭を振る。

 

「ううん。私の方こそ、いつもお世話になっているわ。()()の子は、あまりいないもの。そうそう、あなたの姉妹もこの辺りに来てるから、後で一緒にお茶しましょう?」

「はい、喜んで――!」

 

 三笠の誘いに、榛名は満面の笑みを浮かべて答える。

 そこでふと、拓海は思い至った。

 

「あれ? そういえば、“三笠”っていう名前……」

 

 元いた世界の方で、聞いた覚えがあるような気がするが――。

 拓海の呟きに、三笠が榛名の隣に立ったまま答える。

 

「気付きましたか? 私は、横須賀にある“記念艦三笠”の記憶を受け継いでいます」

「ああ、どうりで――」

 

 以前、光樹と共に記念艦巡りをしていたときに見たことがある。

 旧日本海軍で名を馳せ、戦後まで残ることとなったあの戦艦の名前だ。

 

「覚えて頂いていて、光栄です」

「そりゃあ、知っていますよ。見に行ったこともありますし」

「そうなんですか? それは何というか……恥ずかしいですね。がっかりしませんでした?」

 

 三笠は、少し照れたように笑う。

 がっかり――と言うと、船底が埋められて艦としての機能を失っていることだろうか。それとも、後に復元された構造物のことだろうか。

 そんなことを聞くわけはないが、しかし拓海は首を横に振る。

 

「いいえ。立派でしたよ。今まで見た記念艦の中で一番、俺は好きです」

「ありがとうございます。そう言って頂けるだけで、嬉しいです」

 

 そう言って、三笠は頬を緩ませる。

 

「ちょ、ちょっと! 私たちにもちゃんと、挨拶してよね!」

 

 拓海と三笠が話していると、ついに我慢できなくなったのか、暁が割り込んで来る。

 頬っぺたを膨らませて、羨ましそうに二人を見つめていた。

 三笠は困ったように笑うと、膝を屈めて暁と同じ目線に立つ。

 

「ごめんなさいね。三笠です。よろしくね」

「あ、暁よ! 一人前のレディーとして扱ってよね!」

「うん。よろしくね、暁ちゃん」

 

 三笠が右手を伸ばして、暁の頭を撫でる。すると、暁は両手をバタバタと動かした。

 

「ちょっと! 暁は子どもじゃないわよ!」

 

 三笠は驚いて手を放しつつ、暁の可愛らしい仕草に苦笑する。

 

「姉さん。そんな顔して、嬉しそうじゃないか……。妹の響だ。よろしく」

「雷よ。困った時は、私に頼ってもいいのよ!」

「電です。よろしく、なのです」

「島風型1番艦、島風でーす。駆けっこなら、誰にも負けませんよ!」

 

 暁に突っ込みを入れる響に続いて、駆逐隊の面々が自己紹介をしていく。

 

「はい、よろしくね。響ちゃん、雷ちゃん、電ちゃん、島風ちゃん」

 

 三笠が一人一人と握手をしたり頭を撫でたりしているうちに、拓海は榛名に声を掛ける。

 

「榛名、気分はどう?」

「大丈夫です。皆のおかげで、良くなりました」

「そっか……。俺で良ければ、悩みだけでも聞いてあげられるから」

 

 拓海の言葉に、榛名が暫しの間彼をじっと見つめる。

 

「――どうした?」

「あ、いえ、その……。また、あの怪獣が出て来たらどうしようって……。また、あんな思いをするかもしれないと思うと、怖くて……」

 

 そう言って、榛名は俯く。

 

 拓海にとって、榛名が暗い表情をするのは、どうにも心苦しい。

 しかしあの神出鬼没さを考えると、またいつか何処かで、もう一度向き合わなければいけない時が来るのかもしれない。

 その時、榛名は耐えられるのだろうか。

 

「――逃げても、いいんだよ?」

 

 口から、そんな言葉が零れ落ちる。

 言ってしまってから、拓海は密かに眉をしかめた。「あのこと」が、つい脳裏を過ぎってしまう。自分の軽率さが、恥ずかしい。

 だが榛名は強く首を振り、気丈に拓海を見つめる。

 

「いいえ。多分、逃げたくても、逃げられません。その時は、その時ですから……。多分私は、あの怪獣――ゴジラのことを知らなくちゃいけないんです」

 

 そう語る榛名の瞳は、強かった。

 目の前にある、途轍もない「恐怖」という壁に、自ら立ち向かうという榛名。

 それが彼女にとって、どれほどのものかは、榛名のみぞ知るところだろう。

 そんな榛名に対して、自分が内に抱えるものが、とてもちっぽけなものに見えてしまう。

 

 榛名に対して、劣等感を抱いているわけでは無い。ましてや、疎んだり嫉妬したりする気など全く無い。寧ろ、その逆だ。

 

 

「俺も、あれが何なのか、知りたい。そこに、俺が探しているものは無いかもしれないけど――。そこに、榛名がいるのなら、俺も一緒に行きたい」

「私と、一緒でいいんですか……?」

 

 榛名の問いかけに、拓海は頷く。

 拓海が探していたものは、この世界には無い。だったら、自分の好きな人――榛名の探しているものを、一緒に掴んでみたい。

 拓海は逡巡しつつ、榛名と正面から向かい合う。

 

「俺は、榛名がいいんだ」

 

 榛名は、とても困った顔をしていた。拓海の顔が、酷いものだったからなのかもしれない。拓海自身も、その自覚はある。

 

「白瀬さん、あなたは一体――」

 

 榛名がその問いを口にしようとしたとき、間に割って入るように三笠が顔を覗き込ませた。

 

「二人とも深刻そうな顔をして、どうしたんですか?」

 

 まるで計っていたかのようなタイミングに、拓海は思わず三笠を見る。

 しかしその表情を見るに他意は無いようだ。

 

「ああ、いや。こっちの話というか――えっと」

 

 拓海は焦って誤魔化そうとするが、それが拙かったようだ。

 三笠が何かを察して、悪戯っ子のような笑みを浮かべて迫って来る。

 

「何か悩み事があるなら、聞きますよ?」

「そ、そうじゃなくて……。三笠さんって可愛いよねっていう話を――そう、だよな? 榛名」

 

 助けを求めるように榛名に視線を送ると、榛名は口を真一文字に結んで律儀に首肯する。

 

「ありがとう。お世辞でも、嬉しいです。でも、『榛名がいい』とか何とかって言っていませんでした?」

 

 楽しそうな顔をして詰め寄って来る三笠を見て、どうやら勘違いされているらしいと思い至る。

 別に告白でも何でも無く、割と大真面目な話だったのだが――――。

 

 どう対応したものか困っていると、誰かがタラップから降りてくる靴音が聞こえる。

 

「そこまでにしておけよ、三笠。からかうのは、俺だけでいい」

 

 靴音の主、中老の白い軍服に身を包んだ男が、三笠を咎めながら歩いて来る。

 その顔は―――――――。

 

 ――――あれ?

 

「提督、今日はやけに素直ですね?」

「誰かさんが、散々俺のことをからかってくれるからな。で――――――」

 

 中老の男は呆れ顔で三笠の肩に手を置くが、拓海の方を見た途端、その表情を驚愕のものに変えるのだった。

 

 突然変わった空気に、周りの榛名や三笠、暁も、戸惑ったように二人を見つめている。

 

 

 ――――まさか、そんなことが有り得るのだろうか。

 

 

 拓海と男は、顔を強張らせたまま口を開いた。

 

 

「――――光樹…………?」

 

「お前、まさか拓海か――――――!?」

 




 今回にて、紀奈様オリジナルキャラクターの三笠を登場させることが出来ました!
 思っていたよりも早く出せて、良かったです。




 衝撃の再会を果たした二人――――。
拓海「何を言っているか分からないと思うが(ry」

 また次回、お会いしましょう。
 それでは。

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