駆逐艦“あさぎり”は、榛名たちを収容して西表島沖へと退避していた。この辺りは隣の石垣島と比べて深海棲艦の目撃例が少なく、襲撃の危険性も低いと判断されたためだ。
現在、“あさぎり”は警戒態勢を維持したまま停船している。波も穏やかで揺れの少ない艦内を、榛名は会議室へ向かって一人で歩いていた。
他の面々は、艦後部の格納庫で入渠や艤装のメンテナンスを行っている。中破していた暁も大事は無く、入渠ドッグで休んでいる最中だ。
こうして榛名が一人で歩いているのは、自身の艤装のメンテナンスをしていた際に、拓海から呼び出しを受けたからだった。
榛名は会議室の前へと到着すると、灰色の武骨な扉をノックする。
「旗艦榛名、ただいま参りました」
「入室を許可する」
扉の向こうから声を聞いて、榛名は中に入る。そこで待っていたのは、声の主である芝浦兼続大佐と、自らの司令官となった白瀬拓海だった。
十七畳程度の部屋の中央には、薄型のタッチパネル式のディスプレイが埋め込まれた長机がある。その長机を挟んで向かい合うように、兼続と拓海は立っていた。
「榛名、失礼します」
二人と敬礼を交わし、榛名は拓海の隣に立つ。そこでディスプレイを見てみれば、石垣島周辺の地図が映されていた。
地図上には“あさぎり”の現在位置と、石垣島の東側に展開する敵味方の配置がリアルタイムで表示されている。
顔を上げたところで、タイミングよく兼続から声が掛けられた。
「榛名、来てもらって早々ですまないが、早速始めさせてもらう。“するが”との調整がまだ残っているからな」
「それはいいのですが……。調整、ですか?」
発せられた言葉に疑問を呈すと、兼続は首を縦に振った。
「急遽決まった作戦の調整だ。そちらは後々、この艦に乗っている艦娘全員に集合を掛けた時に説明する。……まずは、これを見てほしい」
榛名の質問に手短に答えてから、兼続はディスプレイに触れる。
ディスプレイはタッチパネル式になっており、兼続が右手の親指でピンチインの操作をすると、地図が収縮されてより広域が映し出される。
「知っての通り、主力艦隊は
「それを阻んだのが、あのヲ級たちですね」
「白瀬の言う通り、ヲ級flagshipの艦隊は仮称『リ級改・flagship』などの強力な個体を有し、奴らの攻撃によって一時撤退を余儀なくされた。白瀬個人へ聞きたいことはあるが……、今は止すとしよう」
兼続の言葉に、拓海は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。当てつけのような言い方からするに、拓海が青いリ級を見た時に溢した『リ級改・flagship』という言葉が尾を引いているようだ。
あの時は暁が庇ってくれたから良かったものの、根本的に兼続の疑念を取り払うところにまでは至っていない。
「そ、それで、そのヲ級たちがどうかされたんですか?」
嫌な雰囲気が漂いかけたところで、榛名は話題を戻す。事情を知っているだけに、榛名としてもあまりこの話題で拓海に困ったような顔をして欲しくないと思ったからだ。
「……と、すまない。件のヲ級たちだが、1時間前――主力艦隊の現作戦開始直前までに、石垣島から北西約40km以上の海域での“消滅”が確認された」
「“消滅”……?」
兼続から告げられた言葉に、榛名は思わず聞き返す。拓海は特に表情を変化させていないところから察するに、彼は事前に兼続から知らされていたようだ。
「ああ、“消滅”だ。30分ほど前の、“するが”からの連絡だ。生憎、データ収集が可能なユニットが現場周辺に展開されていなかったために、CROCSのデータには奴らの事は記録されていない。彼らが生き残っていた場合、二度目の襲撃もあり得たわけだが、その心配は無くなった。
我々は
「はい。皆、格納庫にいる筈ですから……。榛名が呼ばれたのは、そのためなのですか?」
榛名が尋ねると、兼続は首を横に振る。
「いや。白瀬が、『気になることがある』と言ってな。そうだな? 白瀬」
「はい。榛名にも一応、聞いておいて貰おうと思って……」
拓海は頷いて、榛名の方を見た。『聞いてくれ』と顔に書いてあったような気がして不意に零れかけた笑みを堪えつつ、榛名は尋ねる。
「それで、白瀬さんが気になさっていることは何でしょうか?」
「ヲ級が“消滅”したことだよ。……芝浦大佐、改めて確認しますが、“するが”からの情報はヲ級艦隊の“消滅”だけですか?」
「ああ。“消滅”だけだ。その点は、俺も気になっているところだ。具体的な情報は何も無かった。『消滅』以外はな」
「ありがとうございます。榛名、俺が気になっているのはその事なんだよ」
拓海が何を言わんとしているのか分からず、榛名は首を傾げる。それから少し考えて、榛名は言葉の意味に気付く。
「ヲ級艦隊が
榛名の予想は当たっていたらしく、拓海は頷きつつ、状況の整理を始めた。
「うん。――俺たちが撤退した時、残っていたのは旗艦のヲ級と、タ級、そしてリ級改。これらは全てflagshipで、どれも並大抵の奴らじゃない。特にヲ級とリ級は頭が良くて、連携もかなり上手い。状況認識能力は、かなり高いと見ていいと思う。……そんな連中が、『消えた』というのは、何処か引っ掛からないか?」
「何かの手段で、行方を眩ましたということは無いのでしょうか」
深海棲艦が、正体不明の方法で脱出した、或いは既知の手段だが戦闘中の今は知らせるわけにはいかないやり方で逃げ果せたか。順当に考えるならば、その辺りだろう。
兼続は拓海の発言をどう受け止めているのかと思い、視線を横にずらす。彼は、ディスプレイの地図に目を落とし、腕を組んだまま話が終わるのを待っている様子だった。既に聞いているのか、或いは同様の考えに至っているのか、どちらかは分からない。
しかし話に参加する様子では無いようなので、榛名はそのまま拓海に視線を戻した。
「その可能性も考えて、芝浦大佐と一緒にそれぞれの深海棲艦について確認されていることを検討してみたんだ。レーダージャミング、閃光弾、ブースターなどの外部装置、個体単位で確認されている戦闘技術……。まさか、こんな時に鎮守府で習ったことが役立つとは思わなかったよ」
「それで、どうだったのですか?」
「結論から言うと、今回に限っては
レーダージャミングに関しては、一定数以上の数の深海棲艦がいないと発生しない。そして今回の作戦ではレーダージャミング中和装置の搭載艦が全部で6隻。“するが”型3隻と、“あさぎり”型の3隻だ。その内、俺たちが乗ってる“あさぎり”以外の5隻は東側で敵を囲うように展開して、フルで装置を稼働し続けているおかげで、ジャミングは無効化されている。
他にも閃光弾やブースターのような物は、今回も含めて連中が所持していたことは無い。残る戦闘技術だけど、ヲ級たちが姿を消したと言えるほどのものを持ってるとは言い難かった」
「……そういえば、白瀬さん。何故、ヲ級の艦隊が『消えた』と分かったのでしょうか……」
拓海の話を聞くうちに、「どうやって」消えたかの話に終始していたことに気が付く。拓海も頷いて、榛名の言葉に答えるべく話を続けた。
「まず前提の話をすると、“あさぎり”も含めて、この作戦に参加している6隻は従来の高性能レーダーは搭載されていて、補足範囲も広い。だけど、深海棲艦は探知することが出来ない。そこで、CROCSの探知システムの出番になる。CROCSは、一度探知した敵は撃沈するか索敵範囲外に出るまで表示出来る。ここでネックになるのが、カメラユニットの索敵範囲だ」
CROCSシステムでは、カメラユニットが最も大事な役割を持っている。味方の索敵データ収集や戦闘映像もその内の一つだが、それらの情報を艦娘やCROCSシステム搭載艦へ発信する能力が持たされている。扱う情報も膨大なだけに、艦載機とのデータ共有も含めると送受信の可能範囲が、カメラユニット一つにつき10km程度になってしまう。
レーザーや衛星などの遠距離通信の手段はあるが、それはあくまでもシステム搭載艦や設置されている鎮守府での話だ。小型である自立飛行ユニットには、そこまでの能力は発揮出来ない。
このために、大本となるシステムと繋ぐために中継用の通信機能を備えたカメラユニットが飛ばされる。このカメラユニットは、艦娘のバイタル情報を収集、戦闘映像の撮影などの事情から艦隊から半径100mまでが行動可能範囲となる。
これらの要因から、CROCSによる索敵可能範囲外となると、艦娘による自力での索敵が必須となってしまう。
CROCSは、多くの利点を有していると同時に致命的な欠陥も抱えたシステムと言えた。特に、カメラユニットに左右されてしまうという点はより致命的だ。
それでもカメラユニットが運用されているのは、逆に言えば距離を限定した場合の情報処理能力が優秀だからだ。
榛名も、CROCSを用いるにあたってこの辺りの事情は把握している。だからこそ、気付くことがあった。
「主力艦隊が展開していたのは、石垣島から10kmから20km程度の範囲ですから、ヲ級たちの消滅を確認できませんね。望遠鏡での観測は――」
「先程、各所に問い合わせたが、どこも『確認していない』という回答だった。当時の配置状況も考えて、ヲ級たちを見た者は誰もいないということになる」
榛名の言葉に重ねるように、兼続が説明をする。
ヲ級たちの進路が的確だったのか、或いは時の運によるものなのか。どちらにしろ、攻略艦隊はヲ級たちを見失った。
「そうなると、一体誰が『消滅』を確認したのでしょうか……」
そうして榛名は、一つの疑問を捻り出した。
「俺が気になってるのは、それだよ」
「近くに、味方がいたのでしょうか……。ですが、この辺りに味方は……」
推定される場所から一番近いのは、宮古島周辺だ。榛名はディスプレイの地図を指さし、作戦の配置を振り返る。
「芝浦大佐、宮古島周辺または、近海に味方はいましたか?」
「防衛海軍の所属艦が島の南に一隻だけだ。主に、新手の深海棲艦が島に潜んでいないか監視するためのものだ」
兼続はディスプレイを操作して、海軍艦の配置を表示させる。位置としては、ヲ級の推定消滅場所とは島を挟んで反対側だ。
「誰も確認出来ないはずなのに、『消滅』ですか……。おかしいですね……」
このやり取りで、榛名は先程自分が浮かべた疑問の答えが、ぼんやりとではあるが見えてきた。
ハッとしながら顔を上げて拓海を見ると、彼は同意するように頷く。
「この場所……海域に、俺たちの知らない誰かがいた」
拓海は、確信を持った表情で答えを口にした。
「私たちの知らない、誰か……」
「日本以外の国か、あるいは日本にいる誰か。地図やCROCSの情報だけだと、その『誰か』までは近づけないと思う。そこで、次のヒントになるのが情報はどう伝わって来たか、だ」
「確か、“するが”からの連絡と仰っていましたね」
榛名は記憶違いが無いように、兼続に確認を取る。
「ああ。鳴川少将から直々の連絡だった」
兼続から告げられた人物の名前を聞いて、榛名は咄嗟に拓海の方を見た。
「白瀬さん……」
拓海は困惑したような表情で、ディスプレイの地図を見下ろしていた。榛名が心配して顔を窺うと、拓海は何でもなかったかのように笑みを浮かべる。しかし困惑を引き摺ったままなのか、その笑みには陰りが見えた。
「……大丈夫。ありがとう、榛名」
「でも、白瀬さん――――」
榛名は先の言葉を続けようとして、拓海に遮られる。
「そう。俺は、光樹のことを疑っている」
そう言った拓海の顔からは、友人へ疑いの目を向けることへの苦しみが垣間見えていた。
榛名と拓海は会議室を辞して、艦内通路に出る。
扉が閉まったことを確認した榛名は、立ったまま何かを考えている拓海に声を掛けた。
「あの、白瀬さん。鳴川少将のことは……」
その先の言葉が出ず、榛名は声を途切らせてしまう。眉根を寄せている彼を見て、どう声を掛けていいのか分からなかったからだ。
「いや、別にショックを受けているとか、そういうことじゃないんだ。ただ……」
「ただ?」
「あいつ、趣味以外の事は昔から話そうとしないんだよな。それが、再会したらこの世界のことを色々と教えてくれたり、かと言って肝心なことは隠していたり。何を抱え込んでいるんだろうって思ってさ。今回の件だって、何か隠してるんじゃないかって」
「それで、『疑っている』と?」
「まあね。……ああ、そっか」
不意に拓海は自虐気味に笑って、肩を揺らした。
「どうされました?」
「……榛名も、こんな気持ちだったのかな」
「私の……気持ちですか?」
何を言おうとしているか分かりかねて、榛名は尋ねる。心なしか耳が熱くなっている気がしたが、それが何故かを考える余裕までは、榛名には無かった。
「隠し事って、されてる相手からしたらあんまり良いもんじゃないな。大事な人なら、尚更」
「あっ……」
可笑しそうに笑う拓海の顔を見て、榛名はつい先日のことを思い出す。拓海と喧嘩をしてしてしまった時のことだ。
「榛名」
「は、はいっ」
一旦笑いを収めた拓海に声を掛けられ、榛名は畏まって彼の前で気を付けの姿勢を取った。
「あの時は心配してくれて、踏み込んで来てくれて、ありがとうな。その、すごく嬉しかった」
「――――!」
一切の曇りも感じられない屈託の無い笑みを向けられて、榛名の顔は知らず知らずのうちに赤くなる。そこで初めて榛名は顔の熱りを自覚して、思わず顔を背けた。
「あ、あれ? 変なこと言った?」
流石に予想していなかった反応だったからか、拓海は慌てて榛名の様子を窺う。
「いっ、いえっ。その、白瀬さん」
「な、何?」
「榛名、白瀬さんのこと……信じていますからね」
彼を心配させないように、熱の残る顔に精一杯の笑みを榛名は浮かべた。
「え、あ、うん……。ありがとう……」
拓海は榛名を見たまま硬直して、擦れた声を出す。向けられた言葉に、呆然としている様子だった。
「で、ではっ。榛名は格納庫に戻りますので」
「わ、分かった。じゃあ、次の集合の時にまた……」
「はいっ。失礼します」
途端に顔を合わせるのが恥ずかしくなり、榛名は適当に理由を述べると一礼をし、回れ右をして速足で拓海の前から去って行く。
心臓の鼓動が早い。顔が熱く、手からは汗が滲み出る。
何故、自分が真っ赤になっているのか結論を出せないまま、榛名は格納庫に続く通路を歩いた。
ただ、その原因ははっきりとしていた。
「榛名、白瀬さんのあんな笑顔を見るの、初めてです……」
そこから大した時間を掛けることも無く、榛名は格納庫へと辿り着いた。1階と2階の扉のうち、1階の方から出た榛名はドッグをざっと見回す。
この“あさぎり”も“するが”型と同様に、艦娘やその艤装の管理をするための簡易的な施設が、一通り揃っている。
入渠ドッグの方では、入り口の傍で雑談をしている龍驤と龍鳳の姿が見える。入り口脇に「使用中」の掛札があることから、同じ部隊の翔鶴と瑞鶴を待っているのだろう。
視線を移すと、出撃カタパルト前のスペースでは、島風と暁がじゃれ合うように遊んでいた。相変わらず島風が連装砲ちゃんと一緒に逃げ、それに煽り立てられた暁が何か喚きながら追いかけているように見える。不思議なのは二人の顔には自然と笑みがあり、前よりも仲良くなっているように思えることだ。
待機中にしては明るい雰囲気の格納庫を微笑ましく見つめながら、榛名は艤装保管スペースへ歩いて行く。
この艦に乗り込んでいる艦娘たちの艤装が、雛壇のような台の狭いスペースを上手く割り当てられ、各々が取り出しやすいように配置されていた。
鎮守府のような陸上施設ならばカタパルトに立つだけで、自動的に装備出来るが、生憎そういった設備の無いこの艦では、艦娘が一連の作業を行っている。艤装は見た目以上に重さがあるので、艦娘からはこの対処は非常に有難がられていた。そんな艤装だが、艦娘が背負うと当人にとっては、まるで重さが無いように扱えるのが不思議なところだ。
「異常は……無いですね」
自分と仲間たちの艤装のチェックを一通り済ませると、榛名は満足げに息を吐いた。
そこに、榛名の傍へ近づいてくる一人の気配があった。
「艤装の点検か。
「ヴェルちゃんですか」
振り返ると、氷のような透き通る目で榛名を見上げているヴェールヌイがいた。
ヴェールヌイは艤装を一瞥してから、榛名に視線を戻す。
「榛名さん、時間は大丈夫かい?」
「はい。私が好きでしていたことでしたから……。何かお話でしょうか」
榛名が尋ねると、ヴェールヌイは一見無表情とも取れる、何か含みを感じさせるような目を下に向けた。
「その、ここでは話辛いから、食堂でいいかい? 今の時間なら空いている筈だから……」
再び顔を上げたヴェールヌイの眼差しには、真に迫るものがあった。
「それは……構いませんが」
「榛名さんも、私に聞きたいことがあるんだろう?」
図星を指され、榛名は顔を硬くしながら目の前の少女を見る。まさか、出撃した際の翔鶴との会話を、聞かれていたのか。
どのみち尋ねようとしていたことであり、後ろめたいものは何も無い筈だが、榛名は一瞬返答に窮してしまった。
「――――はい。ヴェルちゃんは、聞いていたのですか?」
「何をだい? 翔鶴さんと深刻そうに話していたのは見たけど、私は内容までは知らないよ」
「そ、そうですか」
ヴェールヌイの答えに、榛名は安堵する。
「じゃ、行こうか」
ヴェールヌイは気にしていないような態度を取りながら背を向けて、一足先に艦内食堂へ向けて歩き出す。
その後を追いながら、榛名は微かに胸の内に残る罪悪感に戸惑いを覚えていたのだった。
榛名とヴェールヌイは、艦内食堂に入ると適当な席を見繕い、机を挟んで向かい合いながら座る。
部屋は士官用と下士官用のうち、後者ももののようで、内装は実に簡素なものだったが手入れがよく行き届いていた。天井の蛍光灯の光が磨き上げられた床に反射し、より清潔な印象を見る者に持たせる。
ヴェールヌイが言っていたように食堂には誰もおらず、正真正銘彼女と榛名の二人だけだった。
「さて、人が来てしまってもいけないし、早速話を始めてもいいかい?」
「構いません」
ヴェールヌイの第一声に頷き、榛名は話を始めることに同意した。
了承を得ると、ヴェールヌイは逡巡無しに、単刀直入に切り出した。
「榛名さんは、白瀬司令官のことが好きなのか?」
「え……」
彼女の口から飛び出た質問に、榛名は答えるのも忘れて暫し硬直してしまう。
何を聞いているのかは、分かる。しかし何故、このタイミングでその質問をされたのかが分からなかった。おまけにそれは、榛名の方がしようとしていた質問だっただけに、衝撃は大きい。
答えを返しあぐねていると、ヴェールヌイは榛名の言葉を待たずに先を続ける。
「私たちは建造されてからずっと、同じ呉鎮守府指揮下の艦隊にいただろう? だから、南鳥島に配属される前にも、榛名さんのことはよく見かけてた。あの時は……そう、磯貝少将の指揮下で、司令官が
「それが……どうかされたのですか」
磯貝という名前に、痛む胸を押さえながら榛名はヴェールヌイの次の言葉を待つ。
「昔は榛名さん、『元気は良くて表情豊かだけど、
「…………」
榛名はヴェールヌイの証言に、言葉を返すことが出来なかった。
自分としてはちゃんと笑えていた筈だと記憶を手繰って――――実のところそうでは無かったと気が付いてしまったからだった。姉の金剛や比叡、妹の霧島がいつも心配そうな表情を向けてきていたことを、榛名は思い出す。
「そんな榛名さんが変わったのは、司令官が南鳥島に流れ着いてからだった。彼が来てから、榛名さんはよく笑うようになったんだ。苦しかった時に私たちを元気付けるための笑顔でも、愛想笑いでも無くて、本当に楽しそうで嬉しそうな顔だ。それで思ったんだ。榛名さんは、司令官のことが好きなんじゃないかって。そんな目をしてた」
ヴェールヌイは下げていた視線を上げて、榛名の目を覗き込むように見つめる。
真を問う彼女の目線に、榛名は戸惑いながらも自分に問いかける。
「……答える前に、一つ良いでしょうか」
本当は答えなど出ていないのだが、ほんの少し先送りにしようとして、榛名は口を開く。
「何だい」
「ヴェルちゃんは、白瀬さんのことが好きなのですか?」
「ああ、好きだよ」
先程聞かれたように単刀直入に尋ねてみると、実にシンプルな答えが返って来た。あまりの淀みの無さに、質問をした方が驚く程に。
「因みに、何時からでしょうか」
「多分、南鳥島にいた時からかな」
気を取り直して聞いてみると、これもまたあっさりと返事が来る。だがヴェールヌイの頬には、少しだけ赤みが帯びているように見えた。
「何故かは、聞いても?」
「司令官と色々話して……。彼の優しさに触れたから、かな。私に対しても、榛名さんや皆に対しても、司令官は優しくしてた。それに、司令官と話していると、すごく楽しいんだ。このままずっと、一緒に居られたらいいのにと思えるくらいに。きっと、私が
拓海のことを話すヴェールヌイは、初めて見るのでは無いかと思う程柔らかくて幸せそうな表情をしていた。
ヴェールヌイと拓海が直接会っている回数は、それほど多くは無い。傍にいた榛名とは違い、別行動なことが殆どだ。それでも彼女にこんな表情をさせていることに、榛名は小さな衝撃を受けていた。
「そう、だったんですね……」
「それで榛名さんは、どうなんだい? 私の質問に、答えていないだろう?」
このまま話を逸らそうかとも思ったが、そうは問屋が卸さなかった。
『榛名さんが、白瀬さんをどう思っているのか。それを考える、良い機会になると思いますよ』
“あさぎり”から出撃した後に聞いた、翔鶴の言葉が脳裏に蘇る。
「正直なところ、私にはまだ、よく分かりません……」
榛名は、今のところ己の中ではっきりしていることだけは言葉にして、ヴェールヌイに伝える。
榛名には未だ、自身が彼のことをどう思っているのかが分からなかった。
好きかと言われれば、確かに「好き」だろう。しかしそれは、ヴェールヌイの言う恋愛的な意味での「好き」と同じなのか。それとも、単に信頼しているだけなのか。或いは、友達のような親しみを覚えているのか。
それらを判断出来るだけの材料を、今の榛名は持ち合わせていなかった。
「そう、か……。そんな事だろうとは、思っていたよ」
ヴェールヌイは呆れるような笑みを浮かべながら、椅子から立ち上がる。
「ヴェルちゃん……?」
「今ので、覚悟は決まったよ。榛名さん、私は司令官を、振り向かせる」
そう啖呵を切っておきながら、ヴェールヌイは恥ずかしそうに頬を染めて、そそくさと食堂を出て行く。
彼女の宣戦布告を受けた榛名は、出口を見たまま、暫く固まっているのだった。
カメラユニットですが、補助用の小型飛行ユニットを使って通信距離や索敵範囲を広げることも出来ます。こちらはあくまで通信の中継用です。
ただ、一度設置した場所からは移動出来なかったり消耗が早かったりはします。
とまぁ、ここまで書いておいて暴露してしまいますが、割と初期の段階でパッと思い付いたものが、後から設定が増えています。気が付けば、最初はそんなに大事じゃないと思ってたカメラユニットがこんなことに。
まぁ、補強という意味では遅かれ早かれこの辺りには手を入れていたかも、と思っている次第でもあります。