今年も宜しくお願いいたします。
今回は、少し短いです。
「――――了解した。“あさぎり”は現海域から退避。周辺の警戒は怠るな。後はこちらで引き受ける」
巡洋艦“するが”のオペレーティングルーム。その中央に設置された艦隊司令長官用の席で、光樹は“あさぎり”との交信を終えた。
タイミングを計ったかのように、三笠が光樹の傍に進み出て来て、彼の顔を覗き込む。
「提督、“あさぎり”は何と」
「ああ。向こうからの連絡が入った。皆もそのままでいいから、聞いてくれ」
光樹は第1艦隊及び第3艦隊の司令長官であると同時に、今回の攻略作戦の総指揮を任されている。
光樹の周囲には、オペレート用端末と向かい合っている第1艦隊所属の各戦隊司令官4名がいた。その場にいる全員に声を掛けたのは、これが今回の作戦に大きく関わるものであったためだだった。
「“あさぎり”より出撃した第1独立遊撃艦隊と第101独立防衛艦隊が、平久保半島沖にて新手と接敵。撤退させることに成功したものの、無視出来ない損害を被り、“あさぎり”へ帰還。泊地棲姫への奇襲は失敗だ」
作戦失敗の知らせに、各々の司令官に動揺する素振りが見られた。
「新手の敵の内容は?」
司令官の一人、第1戦隊の鳴海武少将が、詳細な情報を求めて尋ねる。
「ヲ級改flagshipが2隻、ヌ級flagship、タ級flagship、リ級eliteが1隻ずつ。更に、リ級の上位種であると思われる『青いリ級』が新たに確認された。このリ級は、単独でこちらの艦隊を翻弄。艦隊を率いていたヲ級も、他の個体以上の強さを発揮。敵艦隊の半分を鎮めたものの、青いリ級と旗艦のヲ級、そしてタ級は仕留められなかったとのことだ」
「戦艦や空母がいたにも関わらず、ですか」
武の言葉に、光樹は首を縦に振って説明を続ける。
「青いリ級は駆け引きと状況認識能力、旗艦のヲ級は文字通りの指揮能力と空間戦闘能力に長けているというデータがある。この2隻を中心として艦隊は動いていたようだ。見事に奇襲を食い止められてしまった形だ」
ある程度、奇襲を察知した敵艦隊が現れる可能性は考慮していたとはいえ、ここまでの能力を持った個体が現れるとは、流石の光樹にも思いもよらなかった。
しかし起きてしまったことを悔やんでも、今更遅い。新手の出現と奇襲失敗による戦況の把握を逸早くしなければ、という時だった。
鳴海武の弟であり、光樹とも同い年でもある1航戦の司令官、鳴海剛がディスプレイを見ながら声を上げた。
「赤城の彩雲が、敵の動きを補足した。敵後方のヌ級以下中小型艦の部隊が、半島の北へ向かっている。奴ら、“あさぎり”の連中のところに行くつもりだ」
「流石に気付かれたか」
光樹は自分の席に設置されたディスプレイを見つつ、自軍艦隊と敵艦隊の動きを観察する。
戦線は後進も前進もしていないが、艦隊戦力の大半を動員したことによる物量と火力により、安定している。敵の数も徐々にだが、確実に減少している。こちらは数隻の損傷が見られるが、継戦能力に問題は無い。元々は奇襲部隊から目を逸らすための大規模な囮のようなもののため、長期戦にも耐えられるように配置をしているので、想定の内だ。
“あさぎり”が遭遇した敵艦隊は、石垣島近海を離脱して北東の方角へ逃亡中。
これらの情報を鑑みながら、光樹は作戦の変更を下すこととした。
「全部隊に通達。これより、石垣島攻略主力艦隊は現時刻
光樹の命令はマイクを通して、“するが”の姉妹艦“さがみ”、“すおう”にいる各司令官にも伝えられた。
奇襲部隊が敵の中核を叩き、指示系統が混乱した深海棲艦を主力艦隊が一気に沈めていく予定が前後した形だ。
しかし、そんな戦況と作戦の急な変化にも関わらず、各部隊は陣形を整えている。
「全艦、攻撃開始!!」
光樹の声と同時に、艦娘の大艦隊による攻勢が火蓋を切った。
総攻撃開始から半刻が経ち、戦況は優位に推移していた。
1航戦を中心とした航空部隊が空を制し、大和や長門を始めた戦艦の主砲が敵を薙ぎ払う。更に水雷戦隊の砲雷撃戦による奮闘で、戦線は前へと押し初めていた。
敵の後方から離脱した艦隊は、潜水艦部隊に追わせ、“あさぎり”への進路を妨害するように仕向ける。
CROCSを介して最速で情報共有を行うことで、艦隊は一糸乱れぬ戦線の展開を実現することが可能となっていた。
光樹は手元のディスプレイを見つめながら、奇襲部隊が遭遇した敵の動きを注視する。カメラユニットによる遠距離観測であるため座標は正確では無いだろうが、間違っているわけでも無い。
最早戦闘継続に支障があるからか、敵は合流する素振りを見せず、変わらず北東への進路を取り続けている。
「提督、この艦隊はどうされるおつもりですか?」
改まった声で三笠は新手部隊を指し、光樹に尋ねる。
タ級flagshipはどちらかといえば脅威度は低い方だ。懸念すべきなのは、旗艦のヲ級flagshipと青いリ級。
“あさぎり”から送られてきた情報によるならば、このまま放置というわけにはいかない。この先の作戦に、支障をきたす恐れがあるだろう。
「そうだな……」
光樹はディスプレイの左をタップすると、三笠の方を見上げた。
「すまない、三笠。俺が良いと言うまで、目を逸らしてくれないか」
「提督、何を……」
「時間は掛からんさ」
三笠は納得のいかないという表情をしつつも、光樹の言葉に従って、画面が視界に入らいように目を逸らす。
それを確認すると光樹は画面に展開されたメールソフトのモードを暗号用に切り替え、手早く入力していく。
画面には米印が打ち込まれていくだけで、そこから内容を判別することは不可能だった。
メッセージを打ち終えた光樹は送信ボタンを押し、たった今入力したデータを削除する。
ほんの短い作業をした光樹は顔を上げ、三笠をじっと見つめた。
「三笠……」
「はい」
律儀に目を逸らしたまま、三笠は光樹の呼び掛けに答える。
優し気な瞳の奥に宿る、かの人物から受け継いだ熱い意志。艤装を背負わずとも、堂々たる流麗な立ち姿は、まさにその名に相応しいものだった。
「昨晩、どこに泊まったか覚えているか?」
「ホワイトビーチ基地の宿泊エリアです」
三笠は、正面の壁に埋め込まれたディスプレイに移される戦況に目を向けたまま、端整な顔を崩さない。
「面白いものを見たんだが、聞くか?」
「…………何でしょうか」
場が場であるためか他人行儀のような態度を崩さないままだったが、その目には興味が宿っていた。
光樹は三笠の表情を見逃すまいと視線を一点に定め、昨晩見たありのままのことを呟いた。
「羊羹を摘まみ食い」
「してません!!」
途端に三笠は顔を赤くして、抗議の声を上げる。先程まで微動だにしていなかった姿勢は何処へ行ったのか、前のめりになって光樹に顔を近づけていた。
「……そうか」
思いの外血気迫る勢いに、光樹は気圧されてそう返すことしか出来なかった。まさかここまで反応を見せてくれるとは、思ってもみなかったのだ。
「あっ……」
思わず大きな声を出したことに気付いたのか、三笠は顔面を羞恥に染めたまま身を引いて縮こまる。そんな彼女を見て、光樹は笑みを溢さずにはいられなかった。
「そうムキになるってことは、あれはやっぱり三笠だったんだな」
「なっ――!」
光樹の言葉に、三笠は硬直する。
そう、光樹は見てしまった。消灯時間も近くなったホワイトビーチ基地の一角、宿泊エリアの食堂で彼女が幸せそうな表情で羊羹を頬張っているところを。
息抜きがてら、夜の散歩を追えて自室に戻ろうかという時だった。
誰もいない筈の食堂の明かりが点いているのを見つけ、こっそりと覗き見てみると彼女が一人、幸せそうな笑みを浮かべて羊羹を食べていたのだ。
危うく笑いそうになったが、作戦前夜だというのにニヤニヤしながらその光景を光樹は眺めていた。
「いやぁ、中々可愛いものを見せて貰ったよ」
はっはと笑いつつ司令官たちに目を向けると、複雑そうな顔だったり必死に笑いを堪えようとして失敗していたりと、各人各様の表情を見せていた。
それから視線を戻すと、三笠は顔をいっそう赤くして光樹から視線を逸らしていた。
「そ、それよりもう良いんですか。提督」
「ん? ああ、もう大丈夫だよ。三笠。そのために話し掛けたようなものだから」
「……帰ったら卵焼きのロシアン・ルーレット確定です」
「ぐ……。またやるつもりか?」
「当然です。少しは私の身にもなってください」
顔を赤らめたまま、三笠はぷい、とそっぽを向いてしまう。そんな見た目相応の少女らしさが、また可愛らしいと光樹は思う。
「美味かったか?」
「……とても」
そう言って三笠は、素直に首を縦に振るのだった。
気を取り直して、光樹は再び戦況の推移を見守る。
先から戦況は大きく動いてはいないが、しかし着実に主力艦隊は敵を確実に倒し、前へと進んでいく。夜戦に入る前には、泊地棲姫を叩くことが出来そうだ。そのくらい、状況は良いと言えた。それでも敵本陣に殴り込むのに2時間程度の遅れになる。
楽観視は出来ない状況が続いていた。
そして拓海たちが遭遇し、奇襲作戦を失敗させる要因となったヲ級flagshipの艦隊は、北東への進路を取り続けている。
火力だけでも、物量だけでもなく頭脳を使ったと見られる、未知の敵。
見た目だけで言えばヲ級は何の変哲もない一般的な個体であったし、青いリ級も纏うオーラは違うが、目の青い発光色の特徴から光樹の
しかし相手は、こちらの想像を超えた強さを発揮した。これからも恐らく、こうした事態は続くのだろう。未知の個体が出て来る可能性も十分にある。
実際、未だ人類が制海権を取り戻せていない南方海域では、日本近海で確認される個体以上の強さを持つ者が多数いるという話もある。
そういったことも鑑みると、艦隊の増強と練度向上は重要な課題と言えた。
「……遅かれ早かれ、こうなってはいたな」
光樹はディスプレイに目を向けながら、独り呟く。
深海棲艦――駆逐イ級を最初に見たのは、20年ほど前。当時は、制海権は未だ人類のものであり、深海棲艦はほとんど見られなかった。上司に報告するが信じてもらえず、何も出来ないまま、人々が一方的にやられていくのを黙って見ていた時の悔しさは、今でも忘れられない。
危機的状況とは言え、その頃よりは遥かにマシかもしれないと、光樹は苦笑する。
「それで、提督は例の艦隊をどうされるのですか? 何かメッセージを送っていたようですが……」
先程、光樹がはっきりと答えを返していなかったためか、三笠は今度こそと言わんばかりに尋ねる。
「そんなに気になるか?」
「それは、勿論。誤魔化したってダメですよ」
今まで苦楽を共にしてきた少女の真剣な眼差しには、これからも光樹と共にありたい、という意志が宿っていた。
光樹も、彼女がいることで何度も励まされ、ここまでやって来ることが出来た。
「手を、打っただけさ」
「手……ですか?」
だからこそ、伝えたくないこともある。
色んな感情を分かち合ったからこそ、光樹は伝えるべきでは無いと判断した。
物憂げに答えた光樹の表情を見て、三笠はそれ以上の追及をすることが出来なかった。
触れてしまえば、今すぐにでも壊れてしまいそうだったからだ。
最初は、流れ着いたこの世界に僅かな希望を抱いていた。
自分は、フィクションだと思っていた世界に足を踏み入れたのだと。
元いた世界は、冷戦が終わっても尚、血を血で洗う終わらない地獄だった。
世界を回って、日本は何とも恵まれた国だと痛感した。だが、あまりに平和すぎた。
戦争が無いということは確かに良いことだろう。それ故に、「平和」という名の真綿で自分たちの首を絞めていく。
苛烈な世界を見てから、日本という国をより愛すると共に、憎しみを持つようになった。そして、血の世界を恨むようになった。
どうにも矛盾した感情を持っているのは、自覚している。けれども。日本、そして世界が、憎くて、恨めしくて、悲しかった。そして、無力感に苛まれた。
何故、人間はこうも愚かなのかと。
自分は、この世界をどうにかするにはあまりに小さすぎると。
尤も、こんな想いを抱いたところでどうすることも出来ない。自分だって、音楽やゲームに夢中になる程度の、ただの人間でしか無いのだから。
別の世界に転移してしまってから、あの怪獣の存在するこの場所なら、人類も愚かではないだろうと期待を抱いていた。
しかし、この世界の人間たちも大して変わってはいなかった。
そんな時に、見付けたのだ。
この世界の、新たな可能性を。
それにしても、寝たい。