奇襲をしようとしたら、青い巨星がやって来た
《連合艦隊用の陣形を取ることになった。第4警戒航行序列だ》
新手の敵艦隊の出現を受けて、榛名たちは陣形の変更を行う。
第4警戒航行序列は、連合艦隊編成時に使用される陣形の一つだ。戦闘隊形とも言われる。
予め何らかの事態にあった時のために既に配置は決められており、前方の6隻は神通以下の水雷戦隊、後方の6隻は榛名と伊勢を先頭としてその後ろに翔鶴たちが付いて行く形だ。
特に迷うこともなく陣形を構築すると間も無く、平久保崎の沖合に差し掛かる。
「敵艦隊を発見しました!」
陣形の先頭を行く神通が指した先に、黄色いオーラを纏った空母ヲ級の艦隊が姿を現した。
翔鶴たちは即座に艦載機を飛ばし、応じるように敵のヲ級2隻とヌ級も艦載機を頭の帽子のような物体から吐き出す。
敵味方の戦闘機同士がぶつかり合い、間を縫うようにして艦攻や艦爆が相手へと迫るべく飛んで行く。敵の艦攻や艦爆の一部は追って来る紫電改二や零戦52型の追撃を器用にかわし、榛名たちの元へ到達。しかし彼女たちの必死の対空攻撃のお陰で、被弾することは何とか免れていた。
「翔鶴姉。ちょっとこれ、厳しい」
瑞鶴がそう呻くのも無理は無い。
敵の一部の艦載機――恐らくヲ級のどちらか片方から出て来た敵機に、翻弄されてしまうのだ。
味方の戦闘機を後ろに付けたと思えば敵機は急に減速してやり過ごし、戦闘機であればそのまま機銃を撃って逆に背後から撃ち落とす。こちらの戦闘機による機銃の掃射には、流れるように旋回して避けてしまう。
艦載機の姿形は、ヌ級のflagshipなどが持つ従来のものだ。今のところ母艦が確認出来ていない、白い球体型の新型艦載機と呼ばれるものでは無い。単純な性能では、恐らく新型に軍配が上がるだろう。しかし翔鶴たちが相手にしている敵の艦載機は、性能差を補って余りある賢さのようなものを見せ付けていた。
「あかん! ウチの艦載機じゃ無理や」
弱い艦載機に紛れて、敵の戦闘機は翔鶴たちの艦載機にしつこく纏わり付く。龍驤は艦爆や艦攻を何とか逃れさせようと自分の戦闘機を当てていたが、捉えることが出来ない。
「まだです! 諦めません!」
龍鳳は形成が不利でありながらも、必死に足掻く。しかし、ジリ貧であることに変わりは無かった。
段々と、深海棲艦の艦隊との距離が縮まっていく。神通や榛名たちは対空攻撃を何とか切り抜けながら、砲撃戦の準備を整えて敵と相対しようとしていた。
大分近づいたお陰か味方の艦攻や艦爆は敵戦闘機の追撃を逃れ、敵艦へと攻撃を開始していた。しかし機体の損傷や中にいる妖精の疲弊からか攻撃は甘く、爆弾は用意にかわされ魚雷は敵の機銃によって水際で阻止される。それでも敵の砲撃を妨害するということでは、意味はあった。
「ちょ、ちょっと! 何よあれ!!」
前方を警戒していた暁が、突然声を上げる。暁が指差す先では、予想外のことが起こっていた。
事前に確認されていた青い重巡リ級が、仲間の艦を引き離して突撃して来たのである。艦爆や艦攻によって迎撃が行われるが、青いリ級はまるで見越していたかのようにそれらを撃墜、あるいは全速力で進んでいながら器用に攻撃を避けてみせる。
青く光る左目と赤い右目は真っ直ぐ神通たちを捉え、片腕の主砲を突き出すと猛然と砲撃を開始する。
「はわっ!」
「おうっ!?」
最初の弾は電と島風の傍に着弾し、大きく上がった水柱が飛沫となって二人に降りかかる。
神通や榛名たちは砲弾による反撃を開始するが、青いリ級は尚もスピードを緩めることなく、予め弾の軌道を読み取りながら急速に接近して来ていた。
「はっ、速いわね! アイツ!?」
「流石にこれは厳しいな……」
なおも迎撃を試みるが、青いリ級の勢いは留まるところを知らない。
のらりくらりと攻撃をかわし、しかし一度も足を止めずに彼女は突き進む。瞬く間に神通の目の前まで接近すると突然上体を前に倒して、視線を低くする。
一瞬相手の姿を見失ってしまった神通を見ると、青いリ級は右手の艤装を腕ごと振り上げ、胸部を殴りつける。不意打ちをくらった神通はバランスを崩し、左側を行く暁の傍まで飛ばされてしまった。
「くっ……」
神通が殴られた場所を抑えて起き上がっている間にも、青いリ級の攻撃は続く。
ほぼ至近距離で駆逐艦の面々が撃つ弾を、艤装で弾いたりかわしたりして一旦離脱して距離を取る。そこで砲撃に移らず、シャトルランのような見事な切り返しをして、今度はヴェールヌイに迫ろうとしていた。
「近すぎて撃てません……!」
艦娘はヒトの形をしているが故に、陣形を組んでいる際には必然的に艦同士の距離が実物の艦艇よりも遥かに近くなってしまう。そのために、榛名と伊勢は主砲を撃って援護することが出来ない。友軍がいる場所に向けた戦艦の砲撃は、誤射の危険がある。
「なら、私の瑞雲はどう!?」
伊勢は待機させていた自前の瑞雲を数機飛ばして爆撃を行わせ、ギリギリのところでヴェールヌイから青いリ級を引き剥がすことに成功する。
尚もしつこく追って来る瑞雲に対し、青いリ級はそのまま接近することを断念。今度は主砲を何もない場所に何発も打ち込んで強引に水柱を上げて、視界を遮る手段に出た。
「何よそれ――――!」
雷が不平を言うのも束の間、水柱の一つを割って青いリ級が目の前に姿を現す。
「今度は騙され……」
先の神通への攻撃を見ていた雷は足元にも気を配るが、逆にそれが仇となる。青いリ級は前傾姿勢になると見せかけてフェイントを掛け、雷から見て左前方へと躍り出る。その勢いで右足を振り上げると、そのまま左肩を目掛けて横薙ぎの蹴りを繰り出した。
「きゃっ!?」
「雷!」
小さい悲鳴を上げて蹴り飛ばされる雷をヴェールヌイが受け止める。雷を抱えたままヴェールヌイは背中の艤装の主砲を青いリ級に撃ち込むが、当然のようにかわされてしまった。
「させません!!」
次の攻撃をしようとした青いリ級に対して、神通が主砲を撃ちながら接近。それを見た青いリ級は、何を思ったのか魚雷発射管から魚雷を取り出して短刀のように右手で持って切りかかる。咄嗟に神通も魚雷を1本取り出し、相手の魚雷を鍔迫り合いの要領で受け止めた。
「いたた……。何よ、あのリ級! 上手すぎるにも程があるわ!」
まさか近距離戦闘で挑まれた挙句に圧倒されていることに、雷が声を上げる。その目線の先で、青いリ級は早々に神通の魚雷を弾いて鍔迫り合いを解くと、左腕にある口のような形の艤装展開し、奥にある主砲が火を噴いた。
敵弾は神通の手にある魚雷に命中。誘爆する瞬間に神通は手を放して腕で顔を覆い隠し、爆風で飛んでくる破片から身を守る。
負けじと神通は主砲を撃ち返すが、青いリ級はバックステップで回避。後退ついでに自分が手に持っていた魚雷を神通の頭上に放り投げると、左腕の主砲で撃ち抜く。魚雷は爆発を起こして煙を撒き散らし、神通たちの追撃を許さなかった。
その爆発で神通たちが足を止めると、後方のタ級flagshipとリ級eliteが支援砲撃を開始する。タイミングを合わせるように、上空でも艦載機たちの攻撃が強まっていた。
翔鶴たち空母が、制空権を奪われないように敵機に翻弄されながらも奮闘し、榛名や伊勢は砲撃を続ける。
翔鶴らの支援をするために、神通や駆逐艦の面々は対空射撃に集中し、伊勢も瑞雲を飛ばして撃ち漏らした敵機への攻撃を砲戦と同時にこなしていた。
空で激戦が繰り広げられる中、榛名は僚艦たちと共に敵艦隊へ砲弾を撃ち込む。
赤いオーラを纏うリ級eliteはどうにか中破まで追い込み、動きを封じるが残るタ級には徹甲弾の角度をずらされ、装甲に弾かれてしまう。
先ほど艦隊を引っ掻き回した青いリ級は、やや距離を取った場所で前進する連合艦隊の動きを阻害する砲撃を撃って来る。
拓海や兼続からの指示で、敵艦隊に接近して制空権を奪われる前に叩くという算段だったが、そうは問屋が卸さない。
「リ級改・flagship……ですか」
榛名は、拓海が無線越しで呟いた言葉を思い出す。
彼は、榛名たちのいる世界とは違う場所から来た人物だ。艦娘も深海棲艦も、画面の中に架空の存在となっている世界。
本来なら黄色いオーラを纏っている筈だと言うが、目の前にいる敵は青いオーラを発している。しかしこうして直接戦ってみると、そう呼ばれるだけの力があのリ級にはあると榛名には感じられた。
「まったく! しれいかんは下手に口走るんじゃないわよ!」
対空攻撃と青いリ級の両方の対応に追われている暁が、汗を浮かべながら口を開く。
拓海がその名前を呟いた時、彼の事情を知らない兼続に疑念を持たれ、問い詰められてしまっていた。
非常回線や全艦隊の指揮官による通信以外は、CROCSで他の司令官の話す内容は独立した部隊運用を行うために直接音声として伝わって来ない。しかし無線を切っていなかった拓海の様子から、何があったかを知ることが出来た。
《……すまない、暁。気を遣わせて》
拓海が、苦虫を噛み潰したような声音で暁に言う。
「ふんっ! レディーに恥を掻かせたお礼よっ!」
拓海の事情――異世界からの漂流者であることは、光樹や三笠、榛名と6水戦の面々以外には笠川大輔大将しかいない。
このようなことを言ったところで信じる者が必ずいるとは限らず、余計な混乱も生みかねない。その懸念から、関係者は拓海の情報についての秘匿義務が与えられていた。
青いリ級について確証を得られていなかった拓海は、兼続から何故知っているのかと問われてしまう。その返答に窮してしまったことで、兼続が訝しんでしまった。
ますます答えられなくなって、困っていた様子の拓海に助け船を出したのが、暁だ。
拓海を通して兼続に取り次ぐよう頼み、無線が繋がるなり口を開いた。
『私たちのしれいかんを疑うなんて許さないわよ!』
これには、流石の兼続も閉口していた。ややあって気を取り直した彼は暁に何か尋ねようとしたが、一方的に無線を切り、今に至る。
「私は白瀬司令官のことはまだよく知らないけど、ホントに信頼してるのね」
「とーぜんよっ! 皆もそうよね!?」
爆撃や雷撃、砲撃を潜り抜けながら、暁は他の面々にも声を掛ける。
「愚問だよ、姉さん」
部隊全員の言葉を代弁するように、ヴェールヌイが答える。榛名も敵から目を逸らさないまま、彼女に賛同して首を縦に動かした。
「そこまで言うなら、私も頑張らなきゃね! ――――と! 私の瑞雲がヌ級を大破させたわ!」
伊勢の言葉通り、前方で作戦行動が出来ないほどに大破したヌ級が、海面に崩れ落ちる。
それを見ていたのか、敵艦隊の先頭を行くヲ級がリ級eliteに何かを指示する。リ級eliteは頷くと、動けなくなったヌ級flagshipの傍に寄り、腕を掴んで担ぎ上げた。
「逃がしません!! 伊勢さん!!」
「ええ! やるわよ!!」
榛名は2体が撤退するつもりだと判断すると、即座に伊勢へ合図を出し、伊勢もそれに答える。
「全主砲! 砲撃開始!!」
榛名と伊勢の35.6cm連装砲が一斉に爆音を発し、放たれた弾がヌ級flagshipとリ級eliteに叩き込まれた。
2体は防御姿勢を取る間も無く引き裂かれ、海の藻屑と化していった。
途端に、上空を飛んでいた一部の艦載機が統制を失い、あちらこちらへと右往左往し始める。先ほどのヌ級が飛ばしていた艦載機だ。
それらを母艦である伊勢に帰投途中の瑞雲が、機銃で撃墜していく。
「榛名さん、青いリ級が敵艦隊に合流します!」
「どうされますか? 白瀬さん」
神通の報告を受けて、榛名が無線の向こうにいる拓海に呼び掛ける。
《敵の判断が早いな……。敵は撤退戦に移行してる。榛名からも確認できるか?》
拓海に言われて、榛名も微妙な敵の変化に気付く。
一つは、敵の艦載機が攻撃態勢からこちら側の進攻を妨害するような動きに変わったこと。もう一つは、前進しているにも関わらず敵との距離が詰められていないことだ。
当然攻撃の手を緩める様子は無いが、些細な変化に榛名は驚く。
ふと、敵艦隊の先頭にいるヲ級と榛名の目が合う。
「白瀬さん。先頭にいるヲ級が、敵艦隊の旗艦ですか?」
《だろうね。このヲ級を中心に敵は進路をこまめに変えていたし、妙な動きをしてた艦載機も恐らくコレのものだな》
「どうされますか?」
榛名の質問に、拓海は即座に答える。
《このまま追撃だ。翔鶴さんたちが敵艦載機を叩き落すから、神通さんたち水雷戦隊は先行して突撃。榛名と伊勢は支援砲撃だ》
「それって、結局いつもの戦い方よね?」
《……まぁ、そうだな》
横から入れられた暁の突っ込みに、無線の奥で拓海が苦笑する気配があった。
「いーじゃん。そっちの方が分かりやすくて」
呆れる暁に島風が連装砲ちゃんとじゃれ合いながら、呑気な声を出す。
「島風はいっつも先行し過ぎなのよ……」
「あはは……。でも、それが私たちの戦い方なのです」
「電の言う通りだな。
雷が頭を抱え、ヴェールヌイは電の言葉に同意する。
電は小さく微笑みながら榛名を見ると、それに続くように、他の第1独立遊撃艦隊の面々の視線が榛名に集まった。
「皆さん……」
榛名はそれぞれの視線を一つひとつ受け止めていくと、目を閉じる。
ややあって目を見開くと、榛名は声を張って、皆に旗艦としての指示を出した。
「それでは、皆さん! 白瀬さんの言葉通り、追撃作戦を実行します! 連合艦隊陣形は解除、神通さんたち水雷戦隊は単縦陣で畳みかけてください。私と伊勢さんで援護します!」
「了解!!」
部隊の全員が、声を揃えて返事をする。
翔鶴たち空母の艦載機によって制空権がこちらに傾き始めると同時に、榛名たちの反撃が開始された。
榛名たち第1独立遊撃艦隊と、翔鶴たち第101独立防衛艦隊による反撃が開始されると、膠着しかかっていた戦況は動き出した。
上空では敵旗艦のヲ級flagshipの艦載機が相変わらず、粘り強い動きを見せていた。しかし翔鶴たちの戦闘機の奮闘で、僚艦の機体が次々と脱落していったために数で押され始め、水上の艦娘たちへの脅威は確実に減らされていく。
その期に乗じて、榛名たちが敵艦隊へと急接近。敵機の脅威から逃れた、味方爆撃機や雷撃機の支援を受けながら、タ級flagshipと青いリ級との砲撃戦に入る。
「貰ったわ!」
伊勢の徹甲弾が、旗艦の傍にいたもう片方のヲ級flagshipに突き刺さった。
母艦を失い統制の取れなくなった艦載機を、紫電改二や零戦52型が即座に叩き落し、更に数の優位を築いていった。
戦況が不利になるにつれ、残ったヲ級flagshipは歯を食いしばり、空を睨む。爆撃機も艦攻もほぼ落とされてしまった状況下でも尚、戦闘機だけで戦線が完全に瓦解するのを堪えていた。
翔鶴たちの艦載機も、負けてはいない。
優勢となった空から繰り返し爆撃と雷撃を続け、敵の進路妨害をしつつダメージを徐々に蓄積させていく。
爆弾を落として身軽になった瑞鶴の零戦62型も空戦に加わって、敵戦闘機を撃破する。
制空権も優勢となり、このまま片が付くかと思われた矢先だった。
榛名と伊勢に先行して敵艦隊に近づく神通たち水雷戦隊に、それは起こった。
「きゃあっ!」
「姉さん!?」
突然、暁の悲鳴が上がった。後ろにいたヴェールヌイが、倒れかけた暁に近づき、肩を支える。
「いたた……。何よ、もう!」
一気に中破に追い込まれ、涙目になりながら攻撃の主を探す。このまま只では済まさないと砲を構えようとした時、自分を支えていた筈のヴェールヌイに肩を引っ張られた。
「ちょっと――――きゃっ!?」
思わずヴェールヌイに抗議をしようとした瞬間、先程まで自分がいた場所に砲弾が叩きつけられ、水柱が上がる。
「危なかった……。姉さん、まだ戦えるかい?」
「……何とか」
背筋に寒いものを覚えながら、暁は素早く艤装と自分の身体をチェックする。当たり所がよかったのか、何とか中破で済んだようだ。目の前の敵を倒すまでなら、問題は無い。
ヴェールヌイに礼を言い、自分を心配して速度を緩めつつ砲撃を続けていた神通たちにも大丈夫と伝えて、暁は再び前身を始める。
「絶対、許さないんだからっ!」
暁の視線の先には、無表情で砲を撃ち続ける青いリ級の姿があった。恐らく、あの敵からの砲撃だったのだろう。
青いリ級も自軍が劣勢であることを悟っているのか、無理な突撃をしてくることは無い。しかし、それでも暁や神通たちの心理を確実に突きながら、単艦でこれ以上の進攻を防いでいた。
その分、空が留守になるということも無く、爆撃や雷撃も見事なまでにかわす。
「何よ、あのリ級! 無茶苦茶よ!」
「攻めきれないのです……」
延々と続く砲撃戦に苛立つ雷に、落ち着きながらも不安を隠しきれていない電。
今、突出すればやられてしまうことを分かっているのか、島風も電の後ろから離れず連装砲ちゃんと共に砲撃を続けるのだった。
一方、青いリ級1隻による奮闘のお陰で、タ級flagshipは水雷戦隊の後方への砲撃に集中出来るようになっていた。
タ級は、榛名や伊勢の徹甲弾に装甲を貫かれないように角度をずらしつつ、反撃を加えていく。接近してくる艦載機は、ヲ級と自身の対空機銃で弾幕を張り、正確な狙いを付けさせない。
尤もこの行動は、タ級以上の戦艦ではごく普通に行われることだ。
僚艦の半分を失いながらもタ級が戦い続けられるのは、空で奮闘しつつ自軍艦に的確な指示を出してくる旗艦のヲ級flagshipと、駆け引きに長けた青いリ級がいるおかげだった。
「伊勢さん、瑞雲はまだ残っていますか?」
「戻って来た子は皆行けるけど……。爆弾までは難しいわ。精々、機銃攻撃までね」
「十分です。ヲ級を避けつつ、タ級の注意を上空に引き付けてください。その隙に撃沈します」
「分かったわ。もうひと踏ん張りよ、皆!」
榛名の言葉に頷き、伊勢は半分程度にまで減った瑞雲を発艦させ、タ級に向かわせる。
「すみません、伊勢さん。ご無理を言って……」
僅かばかり疲労を滲ませている伊勢を見て、榛名は俯く。
今までは姉で旗艦である金剛に付いて行くだけで良かったが、今度は自分が指示をする立場となった。
拓海は言うに及ばず、自分の指示で部隊を動かせるようになったのだ。自ずと僚艦に負担を強いてしまう。そのことに、榛名は不安と責任を感じていた。
「良いってことよ。このくらい、何ともないわ。旗艦ならもっと、胸をどんと張りなさい。そんな顔してると、あの子たち逃げちゃうわよ?」
笑みを浮かべながら、伊勢は青いリ級と戦う神通たちの方を見やる。
「伊勢さん……」
「貴女は優しくて、それでいてしっかりと芯が通ってる。皆の心の支えになってくれているわ。南鳥島で貴女の背中を見てた神通たちなら、尚更ね。この部隊の旗艦は、榛名にしか出来ないわ」
そう言って、伊勢はタ級との砲撃戦に集中する。
姉である金剛は、底抜けの明るさで自分たちを引っ張ってくれていた。彼女もまた、こんな気持ちだったのだろうか。それでも金剛は、彼女に出来るやり方で艦隊を引っ張っている。
ならば自分も、己に出来ることをするしか無いだろう。
最後まで諦めずに戦う。それは“昔”からやって来たことだ。あの時、同じ空を見ていた伊勢にも負けるつもりはない。
「――――そうですね。行きましょう、伊勢さん」
榛名は気持ちを切り替えて、戦闘を続行する。
当初の作戦には無かったことだが、これは戦争だ。況してや相手は深海棲艦だ。想定外のことなど、幾らでも起こり得る。
ここは自分がしっかりしなければと、榛名は決意を新たにするのだった。
戦況はほぼ艦娘側の流れとなり、ヲ級たちを排除するべく、追撃が続けられていた。
しかしどうにも、攻め切ることが出来ない。
ヲ級flagshipの戦闘機は数を減らしながらも最後の抵抗を続け、タ級flagshipはどうにか小破まで持ち込んだ程度。青いリ級に至っては、一発も当てられずにいた。
「す、すみません。艦載機、発艦出来ません!」
九九艦爆や九七式艦攻は全滅し、零戦52型も疲弊した龍鳳が申し訳なさそうに、状況を報告する。
龍驤は全滅を免れていたが、やはりこれ以上の継戦は厳しい様子だった。その分の負担が翔鶴と瑞鶴に掛かり、疲労が蓄積されていく。
「絶対、絶対許さないのに!」
ややムキになって砲を撃ち続ける暁だが、目標の青いリ級は苦も無く味方の砲弾共々かわしてしまう。
この状況が暫く続くかと思われた時、暁や榛名たちに拓海からの無線通信が入る。
《皆、追撃は中止だ。“あさぎり”まで戻って来てくれ》
「何よ、あとちょっとなのに!」
暁が抗議するが、拓海は「駄目だ」と呟く。
《これ以上の深追いは出来ない。敵の主力艦隊の後方にいる個体群が、こっちに進路を変えた。勘付かれた可能性が高い。奇襲作戦は失敗だ》
翔鶴たちにも兼続からの通信が入ったのか、瑞鶴が暁と似たような反応を見せている。
それを見ながら榛名は、拓海に今後の動きを訪ねることにした。
「ヲ級の艦隊は、どうされますか?」
《今は見逃す。向こうも撤退しているんだ。背中を撃たれないように気を付けていれば、心配は無いよ。榛名たちは“あさぎり”に乗艦して、修理を受けてくれ》
「了解しました。皆さん、第1独立遊撃艦隊はこれより撤退します。ヴェルちゃん、暁ちゃんを支えてあげて」
拓海の指示を受け取りつつ、榛名は合図を出して撤退行動を開始した。
「ちょっと……と、とと」
暁はまだ戦えると言わんばかりに身を乗り出すが、不意に前のめりによろめく。ヴェールヌイが手を差し出したことで、転ぶことは避けられた。
「大丈夫かい、姉さん。疲れているみたいだ」
「そ、そうね……。ありがと、響」
ヴェールヌイに支えながら、暁はさっきの勢いが嘘のように大人しくなる。ここは撤退するしかないと、暁も悟るしか無かった。
「ヴェールヌイちゃんが一人じゃ、大変でしょ? 私も手伝うよ」
島風が、普段と変わらない飄々とした表情で近づいて来て、何でもないといった様子で暁に肩を貸す。
素直に体を預けながら、暁は島風を訝しげに見た。
「な、何のつもりかしら?」
「撤退するなら、早くしないといけないでしょ? おっそいのは嫌だもん」
「私がお荷物って言いたいわけ?」
「そんなこと言ってないよ。暁ちゃんは友達だもん」
「な――――――っ!」
島風の口から出た言葉に、暁は顔を真っ赤にして絶句する。
その言葉が余程嬉しかったのか、暁は「し、仕方ないわね」と呟きつつ島風に体重を預けた。
「それでは暁ちゃん、ヴェルちゃん、島風ちゃん、行きましょうか。皆さんに置いて行かれますよ」
それを微笑ましく見つめていた神通が、3人に声を掛ける。場が収まるまで榛名たちを先に行かせ、その場で待機していたのだ。
「
ヴェールヌイの言葉に同意するように神通達も頷き、敵が迫って来る前に撤退を始めるのだった。
今回もお読みいただきありがとうございます。
前回の投稿から、かなり間が空いてしまいました。
戦闘描写でこねくり回し過ぎて四苦八苦しているうちに、「一回休ませるか」となった結果がこの間だよ……。
そして鹿島や萩風を確保したり、悪いノッブを成敗したり、特異点をパドルパドルしたり、神風型駆逐艦(wows)のイベントで悲鳴を上げそうになったり。リアルでも、色々ありました。
そして今回、とある方の影響が見え隠れしています……。魚雷は近接格闘武器(違
こんな感じでぐだぐだしていますが、どうかよろしくお願いいたします。