艦隊これくしょん―黒き亡霊の咆哮―   作:ハチハル

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 章の開始早々、戦闘回です。

 それでは、どうぞ。


Task 01 八重山列島の戦い・始動

 

 

 6月27日。八重山諸島・西表島北西数kmの海域に、拓海たちの部隊が乗るASD-144、海域強襲支援駆逐艦“あさぎり”が25ノットで東に向け、進んでいた。「石垣島攻略作戦」の発動に伴い、艦娘の挟撃・強襲部隊を平久保半島の西に展開する敵後方部隊へ向け出撃させるためだ。

 

 「マルス作戦」の終了後、石垣島に展開していた泊地棲姫の艦隊は推定90隻規模にまで拡大。敵の中心である泊地棲姫は石垣島から北に大きく突き出した、平久保半島の東側の海岸に鎮座。ホワイトビーチ基地の仮復旧に伴い、当初予定していた戦力を増強して作戦を実施することが艦娘隊により決定された。

 駆逐艦“あさぎり”から出撃する第101防衛艦隊と第1独立遊撃艦隊は、平久保半島の西で敵の後方部隊と交戦。主力艦隊が東で交戦している隙にこれを倒し、敵旗艦まで一気に肉薄することとなっていた。その後は残存艦隊を友軍と共に殲滅するという予定である。

 この作戦に参加する艦娘の数は100を超える。艦娘隊に所属する艦娘の大半が参加しており、文字通りの大規模作戦となっていた。

 

“あさぎり”は海域強襲巡洋艦“するが”型の補助的運用を想定して作られたものだったが、あまりに開きすぎた性能の差から単独で艦娘の部隊を運用出来るように改装されていた。

 そのため“するが”と比べて些か手狭で、載せられる艦娘も15隻程度と大きく後れを取っている。しかし小回りの利き易さや単独でも十分に運用可能と判断されたことから、このような作戦に駆り出されることとなった。他にも、5隻いる姉妹艦のうち3隻がこの作戦に参加している。

 

 

 

 駆逐艦“あさぎり”艦内。

 第1独立遊撃艦隊の司令官となった拓海は、第101防衛艦隊を指揮する兼続と共にオペレーティングルーム内で作戦開始の時を待っていた。

 以前乗っていた“さがみ”よりも部屋は大分手狭だが、それでも必要な機器は確保されており、不便という感覚は無い。席も拓海と兼続の二人で埋まってしまい、背を向けあうように配置されていてもお互いの身体がぶつかるか否かという程度だ。

 CROCSを起動させてインカムを装着すると、拓海は待機している榛名たちに通信を入れる。

 

「こちら、白瀬。調子はどう?」

《準備は万端です。皆、張り切っています》

 

 拓海の声掛けに、無線の向こうで榛名が答える。

 

「緊張してる?」

《いえ――――はい。少し、緊張してます……。白瀬さんは、如何ですか?》

 

 榛名の声に、僅かに緊張が混じっている。今回の作戦では、敵の防衛線を裏から突破して注意を分散させ、主力艦隊の負担をなるべく少なく抑える必要がある。最も泊地棲姫に肉薄し易い位置からの攻撃開始となるが、危険も多い。

 

「俺は大丈夫だよ。ただでさえ俺たちの部隊は数が少ないんだ。無事で帰って来てくれ」

 

 本当のことを言えば拓海も緊張していたのだが、それはおくびにも出さずに応答する。

ここで、余計な不安は与えたくないと思ったからだ。

 

《はい。榛名、頑張って参りますね!》

 

 榛名は極めて明るい声で答えてくれたことから、取り敢えず大丈夫そうだと安心する。

 そこに、ヴェールヌイが割って入るように話しかけて来た。

 

《私たちの心配はしていないのかい?》

「…………ヴェル」

《司令官のことだ。本当は私たちが無事で帰って来てくれるか不安なんだろう?》

「それは…………」

 

 無い、とは言えない。

 この間の南鳥島沖での戦いで、6水戦は壊滅の危機に陥った。自分が彼女たちの指揮をする中で、また同じことが起こってしまったら。そう考えてしまう部分も確かにあった。

 

《私たちは絶対に帰って来る。また轟沈寸前にならないように頑張るさ。だから司令官も、私たちがそうならないように導いてほしい。そのための司令官だろう?》

「…………そうだな。その通りだ」

 

 ヴェールヌイの言葉に、拓海は頷く。ここで不安がっていても、意味は無い。ならば今は、彼女たちをしっかりとサポートするのが自分の役目だった筈だ。

 

《だから、その…………帰って来たら………》

「うん?」

 

 何故か口籠り始めたヴェールヌイの声に、拓海は反射的に聞き返す。

 

《だ…………だ…………》

「だ?」

《――――――っだーもう! 響ってばしっかりして頂戴!!》

 

 言い淀んでいたヴェールヌイに我慢できなくなったのか、暁が不意に声を上げる。因みに思いの他大声だったので、無線越しの拓海は思わず身体をビクリと跳ねさせてしまった。

 

《暁ちゃんはっやーい》

《こんな時に島風に言われたくないわよっ! 響、レディーならはっきり言いなさい!》

《ね、姉さん……?》

《そうね! どうしてもと言うなら、妹に頼ってもいいのよ!》

《ちょっと、羨ましいのです……》

《あの、皆さん……?》

 

 先ほどまでの空気が霧散して、一気に緩んでいく。神通が困ったように止めようとしているようだが、時既に遅し。

 

《ふふ。あんまり一緒にいる機会は無かったけど、良い子たちね!》

《榛名はもう……慣れました……》

 

 微笑ましく言い合う暁たちを見る伊勢と、ただ苦笑いを浮かべるしかない榛名の様子が目に浮かぶ。ふと、初めて南鳥島で榛名や6水戦の面々と会った時のことを思い出した。あの時も、暁と島風がこんなやり取りをしていた。

 それは兎も角、彼女たちのいる場所は艦尾格納庫の筈だ。他の乗組員の目もある。画面を見れば“あさぎり”は展開予定の場所に到達しようとしていた。

 

「…………その、もうすぐ作戦海域だ。それと暁、レディーと言うなら少しは周りを気にしてくれ…………」

《大体しれいかんは――――! うっ!?》

 

 やや脱力気味に通信を入れると暁は何か言いかけてから、周りの様子に気付いたらしい。きっと今頃、格納庫の乗組員が生暖かい目で彼女たちを見ていることだろう。無線の向こうから、恥ずかしさのあまり声にならない悲鳴を上げている様子がありありと伝わって来た。

 

「白瀬」

 

 不意に後ろから背中越しに、兼続に話し掛けられる。

 

「はい」

「頑張るんだな。…………色々な意味で」

「…………?」

 

 何だか意味有り気なニュアンスで言われるが拓海には分からず、首を傾げるしかなかった。ただ、呆れられているのは確かなようだった。

 

 その後は“あさぎり”は予定ポイントに到達し、特に支障も無く艦娘の出撃も完了した。第101防衛艦隊と第1独立遊撃艦隊はそれぞれ単縦陣を形成し、最短距離で平久保半島の西に展開する敵へと向かった。西側に少数が展開している敵部隊を叩き、その後泊地棲姫へと奇襲を仕掛けるためだ。

 

 

 

 駆逐艦“あさぎり”から出撃した第1独立遊撃艦隊は、交戦予定の海域に向けて旗艦の榛名を先頭に単縦陣で進んでいく。隣では第101防衛艦隊旗艦の翔鶴が並び、その後ろに単縦陣随伴艦が付いて来ている。

 榛名は作戦海域へと向かいながら、隣を航行する翔鶴をじっと見つめていた。

 

「どうかされましたか? 榛名さん」

「い、いえっ。どうした……というわけではないんですが……」

 

 榛名は何と言っていいか上手く表現できず、曖昧な物言いになってしまう。今の榛名は、気になることがあるが聞いても良いのか迷っていた。

 

「ヴェールヌイさんのことですか?」

「えっ」

 

 翔鶴に言い当てられ、榛名は思わず声を溢す。

 

「私も、ヴェールヌイさんの様子は気になっていましたから。白瀬さんのことですね?」

「…………はい」

 

 ばれているのなら隠すことも無いと思い、榛名は素直に頷く。

 榛名は、出撃前に拓海と通信していたときの彼に対するヴェールヌイの態度が、何となく気になっていた。

 

「思い当たる節は、ありますか?」

 

 言われて、榛名は自分の記憶を探ってみる。

 

 拓海が初めて南鳥島に現れた時は、まだ「響」だった頃の彼女に別段変わった様子は無い。割とすぐに打ち解けていた印象はあった。…………そういえばこの時、彼女が泣いていた事を思い出す。拓海や光樹との会話を聞かれた時だ。この時、彼女は自分の流す涙に戸惑っていたような印象がある。

 その後の事となると先日まで遡らなければならないが、作戦終了後に響の元に駆け付けた時の嬉しそうな表情と、彼が“さがみ”から降りた後の悲しそうな表情。拓海の着任祝いパーティーでヴェールヌイとして彼の前に足を踏み出した時の様子。大きな木の幹に寄り掛かっていた拓海にヴェールヌイが小走りで探しに行ったことも、榛名は偶然目撃していた。

 

 ヴェールヌイは伊勢、神通、暁を挟んでそれなりに後方にいたが、彼女には聞かれないように気を遣いながら、榛名は心当たりを翔鶴につらつらと述べてみる。

 

「…………翔鶴さん、これって」

「そうですね……。多分、そういうことなんだと思います」

 

 翔鶴は、榛名の言葉に同意する。

 

「やっぱり、ヴェルちゃんは…………」

 

 榛名はヴェールヌイのことを、そう呼んでいる。本人からの希望もあり、言い易さも含めて「ヴェル」という愛称を使っている。

 

「先程の様子を見ていれば、分かりますから。白瀬さんは何か言っていましたか?」

「いいえ、特には何も……。白瀬さんが気付いていたかどうかは分かりませんでした」

「そう……。――――偵察機の子たちが、敵を見つけたわ」

 

 偵察部隊として出していた彩雲の妖精からの報告を受けて、翔鶴が全員に声を掛ける。無線の奥の司令官にも報告をしつつ、翔鶴は榛名の方に顔を向け直した。

 

「そうね……。無事に戻ったら、まずはヴェールヌイさんに聞いては如何でしょうか。その方が、分かるものもあると思います。それに……」

「……それに?」

「榛名さんが、白瀬さんをどう思っているのか。それを考える、良い機会になると思いますよ」

「…………」

 

 翔鶴の言葉の意味が理解できず、榛名は無言になってしまう。少しだけ、普段は温厚で優しい面持ちの翔鶴の目に少しだけ鋭い眼差しが宿っていたのを、榛名は見逃さなかった。

 気が付いた時には、翔鶴はいつものような柔らかい表情に戻っていた。

 

「もうすぐ、敵海域です。お話の続きは、また今度にしましょう」

 

 そう言ってから、翔鶴は背中の矢筒に手をかけつつ、弓を構える動作に移っていく。矢を放つことで、艦載機を発艦させようとしているのだ。その矢が放たれると、瞬く間に5機の紫電改二へと姿を変え、編隊を作って飛んで行く。随伴艦の瑞鶴たちも、翔鶴に続いて艦載機を放って行く。

 時を同じくして、拓海から榛名たちの部隊にも通信が入って来た。

 

《こちら拓海。敵の第1次防衛線は水雷戦隊だ。翔鶴たちの部隊と一緒に複縦陣を形成。同抗戦に持ち込んで一気に叩く》

「了解です!」

 

 拓海からの呼び掛けに応じて、榛名は後続の艦娘たちと共に行動に移す。拓海からの通信は、榛名の部隊全員には聞こえる。だが、実行に移すとなると旗艦の動きは重要だ。後続の艦の基準にもなるため、こういう時に下手な動きは出来ない。慣れない旗艦ではあるが頑張ろうと気合を入れ、榛名は次の航路を決めるのだった。

 

 

 

「敵、水雷戦隊を発見! 数は6隻。皆さんからももうすぐ見える筈です!」

 

 索敵をしていた翔鶴が、真っ先に全員へ情報を伝える。爆音が聞こえるあたり、味方の艦載機が既に交戦を始めているのだろう。

 

《榛名たちは現状を維持したまま進んでくれ。砲撃戦でカタを付ける》

 

 新人だというのに淀み無い拓海の指示が聞こえる。元々の素養もあったのかもしれないが、この短い期間で色々と吸収したのだろう。その声だけで、榛名は不思議と安心することが出来た。

 程なくして、敵艦を肉眼で確認する。軽巡ホ級flagshipと、通常の駆逐イ級が1隻。他にイ級がもう4隻いたようだが、既に艦載機隊によって撃沈されていた。

 

「白瀬さん、他の艦影は?」

《翔鶴さんの彩雲が、奥に第2次防衛線を張る敵艦隊を見つけてる。気付かれてはいるけど、近づいて来ない。待ち伏せしてるんだろう。その2隻を落として、次に備える》

「榛名、了解しました」

 

 拓海との通信を一度切り、目の前の敵艦に意識を集中させている。翔鶴たちの艦載機は一部の哨戒用を残して、補給のために着艦している。敵艦は既に満身創痍。ここで外すわけにはいかない。

 

「全艦、砲撃用意!」

 

 榛名が声を上げると、続く伊勢たちは砲をホ級とイ級に向ける。2隻は混乱状態にあるようで、一か所に固まって右往左往しているようだ。

 

「砲撃準備、完了! 榛名、右舷砲戦行けるわよ!」

 

 後続艦を確認した伊勢に頷き、榛名はX字形に展開した艤装の35.6cm連装砲4基を敵に照準し、榴弾を装填する。駆逐艦の12.7cm連装砲でも、十分に届く距離まで来ている。

 

「全砲門、砲撃開始!!」

 

 榛名の合図と共に、伊勢たちから砲弾が同時に吐き出された。

 ホ級とイ級に次々と着弾し、2隻はあっという間に火達磨と化していく。火はまず表面を焼き、やがてその内側にも到達。イ級は口内部にあった砲に誘爆したのか、風船が膨らむように内側から爆発を起こし、ホ級と共に海へと消えていった。

 

「翔鶴姉! 第2次防衛線の敵艦がこっちに向かって来る!」

「こちらでも確認したわ。全攻撃部隊、発艦します!」

 

 第2次防衛線の部隊の方を偵察していた艦載機からの情報を受け取った瑞鶴からの知らせに、翔鶴はあくまで冷静に応じる。

 第101防衛艦隊の面々は直ぐに休ませていた艦載機を発艦させ、敵との航空戦に移行した。

 

《第1独立遊撃艦隊は、翔鶴たちの護衛に移る。敵はヌ級flagship2隻とル級、それから水雷戦隊が3つ。うち1つが翔鶴たちに向かって突出してる。まずはそっちから片付ける》

 

 榛名は肉眼で、拓海の言葉通りこちらに向かって来る一団を発見した。他の敵艦も遠目に見えたが、そちらは遅れがちのようだ。それならば、突出している方を先に叩いてしまった方がいいだろう。

 

「伊勢さん、瑞雲で先制攻撃をお願いします!」

「待ってました! 皆、足止めお願いね!」

 

 伊勢が喜々として左腕にある航空甲板の艤装を前に突き出し、瑞雲を次々と発艦させる。

 瑞雲は次々と甲板から飛び出すと、敵水雷戦隊――ノーマルのヘ級1隻、ロ級5隻に群がり、攻撃を開始する。

 ヌ級からの艦載機は翔鶴たちによって抑えられており、既に制空権は榛名たちのもの。上空の支援は望めず、ヘ級の水雷戦隊は止むを得ず足を止めて、対空防御へと切り替えていた。旗艦のヘ級を中心として輪形陣を形成して対応するが、伊勢の瑞雲は器用に対空機銃の弾を掻い潜って爆撃を行う。

 牽制と砲撃を確実に当てるための囮のつもりだったが、意外に効果を発揮しているらしく、現にロ級を1隻撃沈することに成功していた。

 

「榛名、撃つなら今よ!」

「ええ! 砲撃開始です!」

 

 榛名は頷いて、攻撃の合図を出す。

 榛名たちの主砲に捉えられてからヘ級たちは気付き、回避行動をするが既に遅い。

 

「逃がさないよッ!」

 

 伊勢の瑞雲に進路を阻まれ、敵水雷戦隊は逃げ場を失ってしまう。

 そこに、榛名たちの放った主砲弾が容赦無く叩き込まれた。成す術も無くヘ級たちは砲撃と爆撃の雨に晒されて、沈んでいった。

 敵艦の撃沈を確認すると、榛名は次の目標を確認する。

 空を見上げると、敵の戦闘機部隊は既に壊滅したようで、残っていた爆撃機や雷撃機が逃げまどったり苦し紛れの当たる筈も無い攻撃を繰り返したりしている。それらも翔鶴たちの戦闘機に食い尽くされ、制空権は完全にこちらのものとなった。

 吐き出す艦載機が無くなったのか、撤退を開始する2隻のヌ級と、それらを護衛する敵艦の姿が遠くに見える。そしてその前には、榛名たちの進路を阻むように二つの水雷戦隊がいる。

 翔鶴と瑞鶴はヌ級たちに狙いを絞り、龍驤と龍鳳は水雷戦隊に対して艦攻や艦爆で攻撃を始める。伊勢は数と性能で若干劣っている龍驤たちの艦載機に、瑞雲を支援機として回し、その攻撃に加わっていた。

 

《榛名と伊勢は砲撃を続行。神通たちは敵に接近して砲雷撃戦だ》

「了解です! 皆さん、行きましょう」

 

 神通が答えて、暁たち駆逐艦を引き連れて航空攻撃に晒されている敵水雷戦隊へと向かって行く。

 榛名と伊勢もより撃ち易い場所へ位置取りをし、主砲を敵に向ける。

 敵の数は12隻ほど。航空攻撃があるとはいえ、一斉射では間に合わないだろう。

 

「伊勢さん、1基ずつで順次砲撃にしましょう」

「やっぱり、そうなるよね」

 

 伊勢も賛成の意思を示し、榛名と共に攻撃を行う。二人の連装主砲から砲弾が放たれ、敵水雷戦隊に次々と命中した。

 一方の神通たちは牽制砲撃を行いつつ敵の真横に陣取ると、魚雷発射管を回転させて発射体勢に移る。

 

「雷撃、開始です!」

 

 神通の合図と共に、魚雷が一斉に発射される。魚雷のほとんどは手前にいた敵水雷戦隊に当たり、水柱と共に敵を次々と屠っていった。残りの数本は後方の敵に交わされたが、そこに龍驤たちの爆撃と雷撃、それに榛名たちからの砲撃が突き刺さる。

 

 10分と掛からず敵水雷戦隊を3つ全滅させた榛名たちは、次のターゲットをヌ級たちに切り替える。その時既にヌ級は撃沈されて姿を消しており、1隻ずつ残った通常のル級とリ級が攻撃に晒されていた。

 2隻は必死に対抗しているが、翔鶴と瑞鶴の艦載機たちによる息の合ったコンビネーション攻撃によって翻弄されていた。既にル級は中破、リ級も大破していて撃沈までそう時間は掛からないだろう。

 

「榛名さん! 止めの方、お願いできますか? あの子たちを一旦戻さないと」

 

 撃沈も一歩手前というところまで来て、翔鶴から榛名に声が掛かる。あの2隻を倒しても、泊地棲姫を倒すまでは連戦が続くだろう。

 榛名は了承の意味で首を縦に振ると、自分の零式水上偵察機をル級たちの上空に向かわせる。

 

《――なるほど。伊勢、瑞雲を1機だけ残して着艦。残りの1機で弾着観測射撃。榛名に続いてくれ》

 

 意図を察した拓海が、伊勢に呼び掛ける。

 

「了解です」

 

 伊勢は空で待機させていた瑞雲を呼び戻し、1機だけ榛名の偵察機を追わせる。

 間も無く、瀕死のリ級とル級の上空に陣取ると榛名と伊勢は互いに顔を見合わせて頷き、敵に砲を向ける

 偵察機の妖精が見ている景色が、榛名にイメージとして送られてくる。

 敵はこちらに気付いているが、損傷のために動くことが出来ない。弾道のズレを修正し、照準を固定する。

 

「今です!!」

 

 榛名の合図で、二人の主砲から徹甲弾が撃たれる。弧を描きながら弾は吸い込まれるようにル級とリ級に全弾が直撃。

 榛名は撃沈したことを妖精からのイメージと肉眼で確認し、息を吐く。偵察機を呼び戻しながら、無線の向こうにいる拓海に報告した。

 

《お疲れ様。このまま平久保半島を北から回って、泊地棲姫を目指す。皆、大丈夫か?》

 

 榛名は自分の部隊の艦娘たちに目を配らせて、各々の状態を確認する。全員元気そうな顔をしていることから、特に問題は無いようだった。

 

「特に問題は無いです。皆さん、元気ですよ」

《榛名は……どうかな、大丈夫?》

「はい、榛名は大丈夫です」

《そっか。無理はしないでくれよ。いざ危ないって時は、榛名の判断を優先するから》

「ありがとう、ございます……」

 

 声音から拓海が自分を気遣ってくれているのが分かって、胸の内が熱くなる。彼は本当に、榛名のことを想っている。それだけに、榛名には言い様の無い不安があった。

 ヴェールヌイの気持ちを察したからか。それとも、翔鶴に言われたことが気に掛かっているからか。分からないことだらけだ。

 

「あのっ、白瀬さん……」

《ん?》

「い、いえ……何でもありません……」

《そう……?》

 

 榛名は不安に駆られて口を開いたが、拓海の声を聞いた途端に閉ざしてしまう。よくよく考えてみれば、言える筈が無かった。拓海の持つ答えなど、一つに決まっている。これを聞いてしまえば、ヴェールヌイを傷つけてしまうことがすぐに分かった。

 ヴェールヌイは優しい子だ。姉妹をとても大切にしているし、南鳥島で神通と二人で戦っていた自分を言葉少なながらも心配してくれた。

 気付いているからこそ、榛名は口を閉ざすしかなかった。

 

 

『私以外に貴方を好きだという人がいたら、白瀬さんはどうしますか?』

 

 

 そんなことを聞けば、拓海はどのような答え方だろうと「その気持ちには答えられない」という意味のことを言うだろう。

 聞かなくても、そんなことはヴェールヌイとて理解していない筈がない。自分にそういった気持ちが向くことは無いと。拓海は確かに彼女を「好き」なのだろうが、それはあくまでも艦娘としてであって、一人の異性としてでは無い。

 そのことを口にする残酷さを、ほぼ1ヶ月の間彼と共にいた榛名は理解出来てしまった。

 ヴェールヌイとはこの先も仲良くありたい。そして自分は、拓海のことをどう思っているのか未だに分かっていない。そんな状況で言葉にする勇気を、榛名は持つことが出来なかった。

 

《半島の西側はクリア。次は半島の先端を迂回して、東側にいる泊地棲姫へ向かってくれ。敵の主力部隊が味方に引き付けられている間に奇襲するのが、俺たちの役目だ。行こう》

「……はい。皆さん、行きましょう」

 

 榛名の葛藤を知る由もない拓海の言葉に返事をし、榛名は無理やりにでも気を入れ替える。

 そして艦載機の回収を終えた翔鶴たちと共に転進し、平久保半島の先端を目指すのだった。

 

 

 

 

 平久保半島の先端部分に差し掛かろうという頃だった。再び偵察機を出して警戒に当たっていた翔鶴が顔色を変えて全員に警告を発する。

 

「っ! 皆さん、敵空母艦隊です! あと5分ほどで接敵します!!」

「うそ!? 気付かれた!?」

 

 目を見開く瑞鶴を始めとして、その場にいる艦娘たちにどよめきが広がっていく。

 そんな中で榛名は落ち着きながら、翔鶴の隣に寄って尋ねる。

 

「敵の内訳と数は?」

「flagshipのヲ級が2隻、同じくヌ級が1隻、それからタ級flagshipとリ級eliteが1隻ずつ…………。それと…………」

「翔鶴さん?」

「青いオーラを纏ったリ級が1隻…………。明らかに今までのリ級よりも強そうね……」

 

 翔鶴から告げられた事実に、その場にいた全員が凍り付く。

 青いリ級。そんな存在は、榛名たちは今まで一度も見たことも聞いたことも無い。他の艦種でも、潜水ソ級は兎も角として、「青いオーラ」を纏った敵艦は存在しなかった……筈だった。

 不意に拓海が、それを最初から知っていたかのように呟いた。

 

《リ級改・flagship…………》

 

 

 

 新種の敵艦を発見しても尚、艦隊は前へと進み作戦を続行する。数が多ければ撤退も考えられたが、主力艦隊が未だに戦っている中、新種がいようと引くわけにはいかなかった。ここは数で押し切るしか方法は無いだろう。

 各々が不安を抱える中、新たな敵との戦いが刻一刻と迫ろうとしていた。

 

 

 




 それではまた次回、お会いしましょう。

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