艦隊これくしょん―黒き亡霊の咆哮―   作:ハチハル

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 第2章の幕開けです。
 今回は2章のプロローグに当たります。ですので、字数はいつもより大分少ないです。






第2章 護国騒乱編
Task 00 始まりの地


 

 

 

 日本は古くから、多くの火山が集中している。富士山や岩手山、桜島に代表されるような成層火山から、箱根や十和田湖などのカルデラまでその形態は多様だ。

 神話の時代にも、火山とは何かしら縁があったものと考えられる。

 古代には文明一つを滅ぼす噴火があり、その後の大和朝廷の時代ではそれに引けを取らないほどの出来事があったとされるが、幾ら探せどもそれを証明する記録は見つかっていない。その話も近畿のとある小さな村にある古い石碑に刻まれているだけで、他の史跡や歴史書に痕跡を求めるが裏付けられるようなものは無かった。

 とある教授は、「そんな歴史的事実など存在しなかった」と昭和28年の論文で述べている。しかし私はその説を肯定せず、ありとあらゆる資料を調べた。時には研究者たちが決してやろうとしなかった危険な場所への実地調査も厭わず、その過程で小さな遺跡も幾つか見つけた。

 数ある遺跡の中から、私は朽ちかけた一冊の古文書を発見した。中身を調べるとそれは、かつて「護国聖獣伝記」を執筆する際に見つけた資料に連なる物だった。そこに記されていたのは、「火の神」にまつわる事。第四の護国聖獣とも言うべき、荒々しい神についての記述だった。

 記録を調べると、その聖獣は「護国聖獣伝記」で挙げた魏怒羅、最珠羅、婆羅護吽のように神話に出て来る者たちのモデルとはならず、遂には語られることもなくなった存在であることが分かった。その聖獣の名は古文書の中で「阿吽魏羅珠」と記されている。背には無数の棘を持ち、その形相は悪鬼の如き恐ろしいものだったそうだ。近年の生物学に関する研究では恐竜の時代に「アンギラス」という名前の生物がいるとされるが、それに連なる存在であると思われる。

 阿吽魏羅珠は超高温の火をその身に纏い、或いは吐き出してあらゆる物を焼き尽くす。古文書によればこの聖獣は暴れに暴れ、大和朝廷の寸前にまで攻め入ったという記録がある。この時朝廷は滅亡の危機に瀕したが、突如として降臨した天照大神により鎮められ、以来クニを守る聖獣の一体となった。彼の聖獣は現在、桜島近辺で永い眠りに就いていると考えられる。

 この聖獣は活動のサイクルが長いため、二十世紀中に目を覚ますことはないことは確実だ。しかしクニが未曾有の危機に瀕したときこの暴竜は目覚め、自らの本能に従って敵を屠ろうとするだろう。

 

     伊佐山 吉利(よしとし)・著  『続・護国聖獣伝記』(昭和29(1954)年)より

――――――――――

 

 

 

 6月20日、新潟県妙高市某所。

 1台の黒いワゴンタイプの車が幹線道路から外れて、何も無い空き地のようなスペースに入る。適当な場所に車が止められると、運転席から一人の年老いた女性が現れた。

 片手には薄茶色で厚い表紙の本を持ち、年齢に似合わず伸縮タイプのズボンとオレンジ色のワイシャツを着ている。眼鏡の類はかけておらず、白髪は茶色く染め上げられていて、すれ違った者が一目で60代も後半になろうとしているとは気付かないくらいの見た目をしていた。40代終わりから50代くらいには見られていても可笑しく無いほどだ。

 老女は暫し何かを探すように辺りを見回して、それから隣接する森林の凡そ道とは呼べないような場所に視線を定めた。運動靴を履いた足を踏み出し、鬱蒼とした森林の中へと躊躇いも無く分け入って行く。

 

 彼女の名前は、立花由里。元々は報道関係者だったが今は引退し、個人ブログの運営と後進の育成を行っている。新人の頃にオカルト関係を扱うテレビ局に入社し、ゴジラと護国聖獣の激闘に巻き込まれながら自前の足で追いかけ、その一部始終を全国に報道したという過去を持つ。そのことがきっかけで彼女の地位は急速に向上し、一時は別のゴジラに関する事件を追いかけて世界中を飛び回ったこともあった。

 現在では子供や孫も出来、そのような活動も行っていない。精々日本中を駆け回ることぐらいだが、親族からは「元気すぎる」だとか「体に気を遣ってくれ」とかと言われ、当人にとっては要らぬ心配をされている。

 尤もそんなことを言われるのは、由里にとって半ば趣味か習慣のように染みついた行動の所為であるだろう。40年以上前の戦いを未だに強く記憶に刻み付けている彼女は、こうして護国聖獣や怨霊ゴジラにまつわる場所へ繰り返し訪れている。孫の手島のような場所は深海棲艦のために渡航できなくなったが、基本的に行ける場所には足しげく通っていた。それは自分の原点を忘れないためでもあり、英霊と怨霊たちのことを忘れないためでもあった。

 

 深海棲艦については、長い人生の中で報道経験を積んで来た由里にもよく分かっていない。突如としてあらわれ、3つ巴の泥沼と化していたあの第3次世界大戦を終わらせ、制海権を人類から奪い去った存在。彼らはどこで生まれ、どこからやって来て、何の目的で人類を攻撃するのか。何一つ分からない。ある意味で、人類を憎んでいる節のある、東京で復活を遂げた怨霊ゴジラ以上の謎と言えるかもしれないと由里は思う。こればかりは特生防衛軍を調べても情報は無く、真相は闇の中だ。

 そして深海棲艦に対抗すべく現れた、「艦娘」という兵器群。こちらも謎が多く、一般にはどんな艦娘がいるかは積極的に公開されていない。ただ、目撃談や接触談はネットや噂話などで語られており、軍がそれを統制するといった気配は無い。必要なら、新聞記事に名前を載せる程度のものだった。

 由里自身は、どんな艦娘がいるかについてはある程度把握をしている。第1世代は言うに及ばず、今年になって現れたばかりの第2世代もだ。それもこれも、今は無き父の伝手のお陰だろう。父は艦娘が現れる前に亡くなったが、きっと良い顔はしないかもしれない。その点については、申し訳ないと思っている。

 人間大のサイズの艤装を装備し、海の上を航行して人類が太刀打ち出来なかった深海棲艦を、クラスに関係なく撃破していく少女たち。彼女らがどうやって形を成し、この世に生を受けているのかは一切合切秘匿されており、由里ほどの報道者と言えどその情報を追うことは出来なかった。不審な点は幾つもあるのだが、それ以上迫る事はやめていた。

 

 

 木々の間を抜けて暫く歩くと、開けた場所に出る。

 そこには小さな川と砂利の川岸があり、辺りには背丈ほどの高さまで伸びた雑草も生い茂っているのが確認できた。

 

 ここは、一連の戦いに巻き込まれることとなった運命的な土地。若い頃、同僚や上司と連れ立って荒唐無稽なオカルト伝説の取材にやって来た場所だ。木々の向こうには、高くそびえ立つ妙高山の姿が確認出来る。「護国聖獣伝記」に記されている、かつて地を司る神・婆羅護吽(バラゴン)が眠っていた地だ。

 しかしあの聖獣は箱根にて、奮戦空しくも怨霊ゴジラに圧倒的な力の差を見せつけられ、倒されてしまった。その後に続いて現れた最珠羅(モスラ)、魏怒羅は2体掛かりで挑むがやはり敵わず。先に倒された最珠羅の力を受けて、大ダメージから復活し《千年竜王・キングギドラ》として覚醒した魏怒羅も、最後の最後で倒されてしまった。最後は父の決死の行動によりゴジラの自滅を招いて横浜の海で爆散、漸く倒せた――――筈だった。

 5年前になって突然、ゴジラは何故か東京でより巨大となった姿で出現し、品川を中心として破壊の限りを尽くしたのだ。世間では色々と説があるようだが、あの異様な姿も込みで、怨霊ゴジラとしか考えられなかった。品川で大爆発が起き、直後にゴジラが現れたという目撃情報があるが、一体何が起こったのか。40年以上前に死んだと思った怪獣の登場に、由里も少なくない衝撃を覚えたものだ。

 

 そしてここ最近も、不可解な出来事が起こっている。

 突如として富士の樹海から千年竜王が現れ、大都市に向けての攻撃行動を開始したのだ。

 護国聖獣は、クニを守る存在。人間であろうと自然や土地に害を成すものは容赦無く殺されることは、40年以上前の池田湖で保護された犬と糸のようなものに包まれ、溺死させられた複数人の若者の事例からも明らかだ。

 しかし今回の場合はどうも、あまりに行き過ぎていた。人間が都市を作ったことや環境汚染などの問題により襲われるなら、とっくの昔に同じような事態が起こっていても可笑しくは無いのだ。だが、そんな事態は後にも先にも記録されていない。そんなクニを守る筈の聖獣が復活していたのもだが、それ以上に破壊の限りを尽くしたことに驚いた。

 横浜の海で溺れかけた自分と彼を助けてくれた聖獣が、同じ人間に必要以上に牙を向き、殺戮を行う。ショックを受けないわけが無かった。

 

 

 

 どうにも、自分にも分からないことがこの日本で起きようとしている。そんな折、呉市街戦の後に見付けた書物があった。

 その名を「続・護国聖獣伝記」と言い、世界に2冊しか存在していない古びた本。1冊はとある小さな村の図書館に、もう1冊は京都に移された国立国会図書館本館にあったのだ。由里はその2冊のうち、前者を片手に持っている。村長が「うちの村にあっても何も役に立たないから」と譲ってくれたのだ。

 著者は、伊佐山吉利。「護国聖獣伝記」の著者でもあり、その村に滞在したことがあったという。本が作られたのは昭和29年。最初のゴジラが襲来した年だ。この時のゴジラの東京襲撃の際に、彼は行方不明となっている。その時既に、かなりの高齢だったそうだ。

 だが、由里は実際に「伊佐山吉利」と名乗る人物に直に会ったことがある。白髪で皺は深く刻まれ、やや背が曲がっている。そんな彼の言葉はどこか抽象的でありながら、確信を持った内容であったのを覚えている。不審人物として拘束されていた時に出会ったのだが、その時彼はこう口にしていた。

『あれは、太平洋戦争で散った亡き者たちの無念の集合体。怨霊だ』

 ミステリアスな雰囲気も含めて、由里はその言葉にとても興味を覚えていた。当時は若気の至りというか、「特ダネだ」という気持ちは無かったわけでは無かったが…………。

 報道者として世界をあちこちとこの目で見て来た現在は、その言葉の意味も分かるような気がしている。

 

 

 

「天の神は、悪意ある者によって堕ちた」

 

 突然真横から老人の声が聞こえ、由里は驚きと共に振り向き、声の主を見て思わず後ずさる。誰もいなかった筈の川岸に、音も無く老人が水面を見つめて立っていたのだ。驚きもするだろう。しかし由里は、同時に身の毛も弥立つほどの恐怖を感じていた。

 何故なら、いる筈の無い人物が確かに存在していたからだ。それも、40年以上前と全く変わらない姿で。

 

「どうして貴方が――――! 伊佐山……吉利さん……」

 

 湧き出て来る恐怖を理性で抑えて、由里は辛うじて質問する。老人はその声ににこりと微笑むと、身体の向きを変えて由里と正面から向かい合った。

 

「火の神は目覚めた。遠からず、地の神と海の神も目を覚ますだろう。悪しき天を討ち、安らぎの眠りを与えるために」

「婆羅護吽と……最珠羅……」

 

 由里が2体の聖獣の名を呟くと、老人はゆっくりと頷く。それから右腕をおもむろに上げると、由里が片手に持つ「続・護国聖獣伝記」を指さした。

 

「紅き聖獣は、破壊と誕生をもたらす荒神。それを持って、艦娘隊の“新米少佐”に持って行き、見せてやって欲しい」

「何故かと……聞いても?」

「事を起こした者は、()にも深く関わる者。そして()()を止められるのは、恐らく彼だけだ」

 

 由里でさえ知らない情報を平然と口にする、この亡霊のような男――実際、亡霊なのかもしれない――は何者なのか。

 艦娘隊に“新米少佐”なる者がいるということは、初耳だ。いつそんな階級が設けられ、誰がなったのか。そして暴れる千年竜王には「彼」という“新米少佐”に関わる女がいるということ。知らないことばかりで、由里は聞いた通りのこと以上は推測することが出来ない。

 

「私に……これを見せてどうしろと?」

「時は既に動き出している。全てが失われる前に、救うのだ」

「それって、どういう意味で――――!」

 

 微妙に会話が成立しないまま言葉を残し、老人は由里が瞬きをしたのと同時に突如として目の前から消える。目の前には、まるで今まで何もなかったかのように来た時と変わらない風景があるのみだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――

 阿吽魏羅珠は、火山噴火にも匹敵する圧倒的な破壊力により全てを焼き尽くし、その跡には新たな生命が時間をかけて芽吹いていったという。その火は地を溶かし、水を蒸発させ、全てを制覇する空を覆い尽くしたと古文書には書かれている。実際、池田湖周辺の古い地層には、激しい戦いの痕跡が僅かに見られるのが何よりの証拠だろう。

 その暴力的なまでの力を認めた天照大神は、暴走で自身さえ狂わせ兼ねない力を鎮める代わりに、このクニの大地全ての守護を課した。この時、他の聖獣全てを統べる存在へとこの怪物は変わったのだ。

 しかし火の神でありながら千年竜王すら超えかねない、頂点にある力を恐れた朝廷の者たちによって阿吽魏羅珠の存在は硬く秘匿され、タブー視された。記録も尽く焼却処分し、限られた資料だけを人目に見つからない洞窟などに隠す。その結果現代ではそれらの記録は継承されず、この神が忘れられる結果となったのだろう。

 確かにこの護国聖獣は、他の聖獣たち以上に危険な存在なのだろう。クニを汚す者ならば相手が何であろうとその力を行使し、結果として人々の生活までも奪いかねない。

 願わくは、この聖獣が目を覚ますときが永遠に来ないことを。

 

 

     伊佐山 吉利(よしとし)・著  『続・護国聖獣伝記』(昭和29(1954)年)より

――――――――――

 

 

 

 

 

 




 今回登場した二人のキャラクター、そして「続・護国聖獣伝記」。
 前者の方は、原典の「GMK」で主人公を務めた女性と作中に登場する「護国聖獣伝記」を執筆した謎のおじいちゃんです。
 後者の方についてですが、そちらは完全に作者のでっち上げでございます。原典の映画にはそのような書物は出て来ていませんので、ご容赦を。

 次回の投稿も、少々遅くなるかもしれません。リアルの方もあるのと、浮き沈みの激しいモチベが原因です。ハイ。
 毎度毎度、辛抱強く付き合っていただきありがとうございます。

 それではまた次回、お会いしましょう

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