艦隊これくしょん―黒き亡霊の咆哮―   作:ハチハル

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※2015/03/18 一部の表現を、修正しました。


第1章 並行世界着任編
第1話 着任、孤島にて


 2015年5月5日。白瀬(しらせ)拓海(たくみ)は、強く照り付ける日差しに目を細めながら、飛行機のタラップを降りた。視界に入るのは、長い滑走路とコの字に曲がった島に囲まれた青い海、そして点在するいくつかの建物だ。

 

「どうだ。驚いたか?」

 

 声が聞こえて、拓海はタラップの方を振り返って見上げる。

 視線の先には、薄く笑みを浮かべて飛行機から降りて来る日焼けで肌が黒くなっている男がいた。

 

「どうだ……って、お前。どんな裏技使ったんだよ……」

 

 拓海は呆れ半分、驚き半分でタラップを降り切った男に言う。

 彼は、鳴川光樹。拓海と同い年で、今年同じ大学に入った友人だ。彼は、色んな場所を旅行することを趣味の一つとしている。

 

「裏技も何も、チャーターしたんだよ。アメリカの友達に、お願いしてさ」

「お前、一体何人友達いるんだよ……」

「数えたことないな。それより、もっと近くで見てみないか? 海」

 

 目を白黒させている拓海を余所に、光樹は荷物片手に海岸へ向かう。

 

 

 ここは、アメリカ合衆国の離島、ウェーク島だ。

 かつて第二次世界大戦では日本軍が一時占領し、「大鳥島」とも呼ばれたこともある。

 人口は200人ほど。その内訳は、米軍の軍人と現地の島民となっている。

 

 

 諸事情から観光は出来ないと拓海は聞いていたが、ゴールデンウィーク前にウェーク島の話になった時に、光樹が突然、行こうと提案してきたのだ。

 日程が決まってからは、とんとん拍子。何が何だかわからないまま、飛行機を乗り継いでいるうちに、この島に着いてしまったのだ。

 光樹は以前から行動力があり、世界のあちこちに行っていたようだが、まさかこんなことになるとは想像していなかった。

 持つべきものは友達――とでも言うべきなのだろうか。

 

 

 鳴川光樹とは、高校時代にブラウザオンラインゲーム「艦これ」を通して知り合った。

 元々お互い別の高校に通っていたが、自身が出ていた高校サッカーの選手権大会の時に、ストリートライブで「艦これ」の曲をキーボードで弾いていた光樹と出会った。

 それから「艦これ」のことや色んなことを話しているうちに、親友と呼べる仲にまでなり、偶然にも大学が同じになって、こうして一緒に行動している。

 

 

 軽く溜め息を吐きながら後を追うと、光樹は荷物を放り出し、浜辺で海と戯れていた。

 

「拓海もこっち来なよ。気持ちいいぞー」

 

 海水をばしゃばしゃと踏みながら、光樹は大きく手を振ってくる。

 

「ま、折角来たんだし……。少し遊んでいくか」

 

 拓海は一人呟いて笑うと、光樹のいる方へトランクを引きながら走って行った。

 

 

 

 10分ほど浜辺で遊んだ頃、そろそろ島内を回ろうかと光樹が提案してきた。拓海はそれに乗り、放置していた荷物の所に戻っていく。

 足に付いた砂を払い、靴下と靴を履き直し、荷物を整理する。

 手早く準備を終え、光樹と共に海を見たとき、拓海は妙な違和感を覚えた。

 

「なあ、光樹」

「どうした? 行くぞ、拓海。あんまり時間はないんだからさ」

「それは分かってるけど。海の向こう、なんか変じゃないか?」

 

 拓海は目を細めながら、コの字の湾を指差す。

 光樹も湾を見るが、首を傾げる。

 

「気のせいじゃないか? 至って穏やかじゃんか」

「そう……かな」

 

 釈然としないまま視線を下ろし、荷物に手を伸ばす。

 

 荷物を担ぎ上げて浜辺から上がろうとしたとき、滑走路の方から焦った声で叫ぶアメリカ人が目に入った。

 

「光樹、あの人何て言ってるんだ?」

 

 あまりの慌てように、拓海は同じく荷物を担ぐ光樹に翻訳を頼む。

 

「えーっと……。逃げろって感じのことを……」

 

 光樹は訳しながら、もう一度湾の方を振り返る。それから目を見開くと、焦ったように拓海の肩を叩いた。

 

「拓海、逃げるぞ」

「は? 何を――」

 

 聞き返しながら海を見たときには、既に遅かった。

 

 大きな波が、拓海と光樹の目の前に覆いかぶさってきていたのだ。

 

 二人はなす術も無く呑み込まれ、流されていく。

 

「ぶはっ!」

 

 拓海は海面から必死に顔を出しながら、光樹の姿を見つける。

 彼も同様に流されているが、拓海と違って溺れかけているのか、懸命に手をバタつかせている様子が見える。

 光樹の方へ泳いでいこうとするが、波の戻る力が強いのか、全く進むことが出来ない。

 

「こう、き……」

 

 何度も抵抗を試みるがついに叶わず、拓海も海に沈んでいく。

 ふと、拓海は島に立つ不思議な風貌をした、男性の老人を見かける。しかしその男が誰なのか、考える間もないまま力尽き、海に呑み込まれていった。

 

 

 

 

 

 

 

 波打つ音が聞こえてきて、拓海は目を覚ます。

 

「ごほっ、ごほっ!」

 激しく咳き込んで海水を吐き出しながら、拓海は照り付ける太陽と白い砂浜に目を細めた。

 身体に怠さを覚えつつ、ゆっくりと上半身を起こし、頭を振る。

 

「確か、ウェーク島で波にさらわれて……」

 

 海水に濡れて肌に吸い付く衣服に不快感を覚えながら、拓海は辺りを見回した。

 

 照り付ける太陽が眩しい、真っ青な空。一直線に伸びる海岸線と、それに沿う真っ白い砂浜。透き通った青い海。見たことの無い、3階建てで黒っぽい灰色の無骨な建物。その向こうに海が見えるところからすると、どうやらここは別の島らしい。

 

 一体、ここは何処なのだろうか。まるで見当が付かない。ただ、何となく見たことはあるような気がする。

 

「光樹は……」

 

 彼もまた、波にさらわれていた。この島に流れ付いているのなら、探さなければならないが、身体が重くて上手く動かない。

 

「だはっ!」

 

 声を漏らしながら、大の字で仰向けに寝転がる。

 口から息を吐き出し、背中に砂の心地良い感触を覚えながら、拓海は空を見上げた。

 

「全く、なんでこうなるんだよ」

 

 思わず、行き場の無い愚痴が突いて出る。

 ウェーク島は、あんな波が起こるような場所だっただろうか。それとも、どこか遠くで地震が起きて、その津波に呑み込まれてしまったのか。

 漂流してここに打ち上げられたのだろうが、そもそもこの場所が何処なのかもまるで見当が付かない。人気が無いところからするに、無人島だろうか。

 荷物は無事だ。中身も欠ける物は無い。パスポートもある。しかし――。

 

「助けが来るまで、どうやって過ごせば……」

 

 幸い食べ物と飲み物もあるが、500mlのペットボトルと携行食品しか入っていない。仮に助けを呼べたとして、これではとてもじゃないがやっていけないだろう。

 

 

 

 それからどのくらい、時間が経過しただろうか。

 いつの間にか眠りに落ちていた拓海は、誰かが身体を揺すり自分を呼ぶ声に意識を取り戻す。

 

「大丈夫ですか! 聞こえますか!?」

 

 若い、自分と近い年頃の女性の声が聞こえる。しかし、どこかで聞いたことのあるような声だ。と言うか、聞き慣れた声だ。

 

 一体、誰だろう――。

 

 そう思いながら目を開けると、こちらを覗き込む少女と目が合った。

 流れるような長く艶っぽい黒髪に、茶色がかった瞳。肩を剥き出しにして赤い筋の通った巫女服のようなものに袖を通した少女の顔は、よく整っていて一目で見て美少女だと分かる。

 頭には、髪を留める2本のピンと黄色いカチューシャがあり――――。

 

「はあっ!?」

 

 びくりと身体を震わせて驚く少女をよそに、拓海は飛び起きる。

 真正面から向かい合い、拓海はしゃがんでいるその少女の頭の先から足元まで目を凝らす。

 

「夢?」

 

 目を擦りながらもう一度見てみるが、少女が目の前から消えるようなことは無かった。

 今度は、自分の頬を自分で何度もつねったり叩いたりしてみる。しかし間違いなく、頬には痛みが伝わっていた。

 

「夢じゃない…………」

 

 もう一度、少女の全身を眺めてみる。

 少女が、拓海が突然始めた行動に混乱している中、拓海は自分の目が間違っていないことを確かめた。

 

 ――どう考えても、()()()以外にあり得ない。

 

「き、君……。戦艦、榛名……だよね?」

 

 拓海の問いに少女がピクリと動きを止めると、整った目鼻立ちの顔を驚きに染めていく。

 

「は、はい。私は金剛型戦艦3番艦、榛名です。私を、ご存じだったのですか……?」

 

 間違いない。

 パッチリとした茶色混じりの瞳、頭の電探のような形のカチューシャ、流れるようによく整った黒い長髪、巫女服をアレンジしたような衣装、それに赤いスカート――。

 

 戦艦榛名。

 ブラウザゲーム「艦これ」で拓海が溺愛していた、紛れも無い彼女の本物だ。

 

 拓海は自分の目を疑った。いや、既に何度も確かめているから、これが現実であることはとうに受け入れていた。恰好も間違いない。声も間違いなく、あの()()()()さんと全く一緒だ。

 しかし、コスプレでも何でも無く、どう考えても本人としか思えない女の子が、自分の目の前にいることが、拓海は信じられずにいた。

 

 目の前にいるのは、榛名。一度話し出すと止まらなくなってしまうほど、愛してやまなかった艦娘だ。

 改二実装日にはレベル99で即改造。ケッコンカッコカリが導入されてから、初めてユビワも渡し、あっという間にレベル150にした。制限があるとき以外は、ほとんどの海域出撃でも欠かしたことがないほどだ。

 旅行でも、榛名フィギュアやストラップを必ず1個か2個は持ち歩く。

 親友である光樹にすら「ちょっとキモいぞ」と言われてしまうほど、溺愛していた子だった。

 

 そんな子が、すぐ目の前にいる。

それだけで拓海は、たちまちテンションが最高潮に達した。

 

 時間を掛けてこれが現実だと認識すると、拓海は考えるよりもまず先に、身体が動いていた。

 

「榛名ああああ!!」

「きゃああぁッ!」

 

 押し倒さんばかりの勢いで拓海は榛名に飛びつき、がっちりと抱きしめる。

 驚きのあまり硬直している榛名の髪からは、汗とシャンプーが混じったような香りが漂ってくる。その匂いで、拓海は確かにこれが現実なんだと、我を忘れた頭の中で認識していた。

 

「榛名……榛名が、本当に目の前に出て来るなんて!」

 

 命からがら助かったこともあってか、拓海は急に感極まって涙声になる。

 そこで我に返ったのか、榛名が腕の中でモゾモゾと身動きを始めた。

 

「榛名……?」

 

 不審な動きを始めた榛名に、拓海は声を掛けるが彼女は答えない。

 

 やがて、腕を振りほどき――。

 

「勝手は!」

 

 腕を解かれてバランスを崩した拓海の胸を突き飛ばす。

 

「榛名が!」

 

 右手を目一杯挙げると、拓海の左頬に思いきり叩きつける。

 

「許しません!!」

 

「ふがっ!?」

 

 抵抗する術も無く、拓海は榛名の張り手を受けると、右肩から砂の上に倒れ込んだ。

 それから自分が張り飛ばされたのだと分かるまで、拓海は波の音を3度聞きながら茫然としているのだった。

 

 

 

「ほんっとうに! ごめん!!」

 

 その後何とか起き上がった拓海は、顔を真っ赤にして落ち着かない表情をしている榛名に向かって、誠心誠意を込めた土下座をしていた。

 

「初対面の人に抱き付かれるなんて、榛名、思ってもみませんでした」

 

 襟元を直しつつ、榛名は拓海から視線を外したまま呟く。

 これは、完全にやってしまったパターンだ。こちら側が一方的に知っていたのはいいとして、初対面の相手に抱き付くなど、言語道断だ。興奮し過ぎて、完全に我を失っていた。

 後味の悪い想いをしながら、拓海はもう一度頭を下げる。

 

「本当に、ごめん! まさか、本物がいるなんて思わなくて……」

 

 つい、言い訳がましい言葉が口を突く。

 ただ謝るだけでなく、どうしてこんな行動に走ってしまったのかを分かってもらいたい一心だったが、流石に往生際が悪かっただろうか。

 そんな風に思っていると、頭の上から榛名の声が降って来る。

 

「本物って――。そう言えば、ここの砂浜に倒れていらっしゃいましたよね。一体、どうされたんですか? 見たところ、旅行をされていたようですけれど」

 

 頭を上げると、榛名が旅行用トランクを脇に見つつ、拓海を真っ直ぐ見つめていた。

 榛名の口調から察するに、彼女は元々ここに居たようだ。どういう事情で、この無人島としか思えない場所にいるのかは、分からない。

 視線に気まずさを覚えて拓海は目を逸らしつつ、ここに至るまでの経緯を、順を追って説明した。

 

 

 

 

 

「このパスポート、本当に本物ですか?」

 

 あらかたの説明が終わった頃、榛名が手渡したパスポートを片手に尋ねて来る。

開いているページは、最後の出国スタンプが押されたところだ。スタンプには、「3.MAY.2015」の日付が記載されている。防水性の高いトランクのおかげで、滲んでいるところは全く無い。

 

「そうだけど……。って言うか今日って、2015年の5月5日だよね? ほら、子どもの日の――」

 

 榛名の反応に戸惑いつつ、拓海は今日の日付を確認してみる。一日や二日のずれはあるかもしれないが、一応合っているはずだ。スマートフォンの内臓時計も、間違いなくそれを示していた。

 

「あの、大変言いにくいことなんですが」

「ん? どうしたの?」

「今日は2048年の、5月5日ですよ? 子どもの日も確か、18年前に廃止されている筈ですが……」

 

 ――――何だって?

 

 まるで意味が分からなかった。

 今から、33年後ということだろうか? まさか、自分はタイムスリップをしてしまったのだろうか。いや、そもそも何故、自分がタイムスリップを――。

 

 途端に混乱して、拓海はパスポートと自分のスマートフォンを何度も見比べる。どこにも、間違っているところなんて無いはずなのだが。

 

「それに今は戦時下ですから、国民の海外旅行はまず認められないと思います。何より、海の上を飛ばないといけない日本の場合は、危険ですので」

 

 戦時? 海外旅行が出来ない? 海の上が危険?

 

「ちょっと待って。戦時下って、今、日本ってどっかと戦争してんの? ロシア? 韓国? アメリカ? 中国? いや、まさか。あり得ない」

 

 話に全然ついていけていない。そもそも自分が知っている日本は、すぐにでも戦争になるような状態になっていただろうか。ましてや、ロシアやアメリカなどと戦争などもっとあり得ないし、例えしたところで力の差は歴然だ。

 榛名も拓海との間に大きな隔たりがあることに気付いたらしく、困った顔をしている。

 

「ええっと。日本が戦争をしているのは確かですが、日本ではありません」

「そ、それじゃあ、戦争する相手って」

「深海棲艦です」

 

 榛名から発せられた言葉は、普通ならば到底信じられない様なものだった。

 しかし、拓海は心のどこかで納得していた。いや、目の前に榛名という“艦娘”がいる時点で、何となく予感はしていたのだ。その予感が、無情にも当たってしまう。

 

「それ……マジ?」

「本当です」

 

 大真面目な顔で頷く榛名に、拓海は半分放心状態になる。

 

 深海棲艦。

 ゲーム「艦これ」のプレイヤーならば、誰もが聞き慣れている敵の総称だ。

 どこからやって来たのかは分からない、艦娘に近い形態を取った謎の生物群。そんなものが、現実の世界で海を闊歩しているというのだ。

 それ自体は、信ずるに値するだろう。彼ら――いや、“彼女ら”と戦う力を持った艦娘の一人が、こうして目の前にいる。それだけで、証拠になろうというものだ。

 それなら何故、深海棲艦は現れたのだろうか。自分がタイムスリップしている間に、現実のものとなってしまったのか。彼女らに対抗するために誰かが、艦娘を作ったのだろうか。

 

「えっと……。深海棲艦、って言葉を聞いて何となく腑に落ちたよ」

「あの、無理に信じなくても……」

「こっちにも色々事情があって、それで知ってたんだよ。だから、さ。この33年で日本に何があったのか、教えて貰えないかな?」

 

 

 

 榛名は、拓海の質問に快く答えてくれた。どこの馬の骨とも知らない、こんな相手に、だ。

 そのことに感謝しつつ話を聞くが、それはどれも信じられないことばかりだった。

 

 まずは、深海棲艦のことについてだ。

 深海棲艦は2027年、つまり21年前に初めて確認されたのだそうだ。発見国である日本がそれを無視した結果かは分からないが、10年後までに太平洋の制海権が完全に喪失。その3年後の2040年には、人類は完全に制海権を失ったという。

 

 一通りのざっくりとした説明だが、拓海はこれだけで十分に驚いていた。発見国である日本もそうだが、様々な兵器を持っていながら、世界はなす術が無かったのだ。

 世界を牛耳っていたアメリカですら、ウェーク島やハワイなど、数々の本土から離れた領土を手放すしか無い事態に追いつめられていた。

 

 

 他にも驚かされたことが幾つかあったが、その一つがあの「ゴジラ」に関することだ。映画の中だけだと思っていたゴジラが本当に現れ、世界を恐怖に陥れたというのだ。

 初確認は1954年で、2体目は1984年、3体目は1996年。そして4体目が2002年、5体目が2003年に現れ、2014年には6体目が現れた。

 

 現在では再びゴジラが確認されており、2043年に出現。東京が集中的に被害を受け、東京湾沿いの千葉と神奈川も大なり小なりの被害を受けた。これにより首都としての東京は完全に消滅、全機能が大阪に移転。大阪が都になった代わりに、東京は府になった。

 これは、かつて現れた4体目のゴジラではないかと言われている。

 

 これだけでも眩暈がしそうだったが、さらには「特生自衛隊」が作られ、実際に超兵器の数々が作られた。「特生防衛軍」となった今でも、対怪獣用に特化した巡洋艦が就役している。

 

 

 もう一つが、国際関係。

 ゴジラによる不安や情勢の変化により、2030年に世界を三つに分けた「第三次世界大戦」が起こる。日本はアメリカと共に「環太平洋連合軍」として戦い、数々の戦果を挙げるが、その間に深海棲艦が勢力を拡大。「環太平洋連合軍」は7年後に大戦を離脱した。

 世界でも深海棲艦による情勢変化によって、2041年に戦闘の自然消滅によって終戦を迎えた。それでも合計で11年、世界は戦い続けていたそうだ。

 

 

 最後の一つが、艦娘。

 こちらは2040年に第1世代で艦娘第1号の「三笠」が完成。それに合わせて、「特生防衛軍」の下部組織として通称「艦娘隊」、正式名「特生防衛海軍」が設置。対深海棲艦専門組織となった。

 しかし、2046年に深海棲艦による「宿毛湾泊地襲撃事件」が発生。現地にいた第1世代艦娘は、「敷島」と「三笠」を残して全て轟沈。全体的な戦力としても大ダメージを受け、直ちに第2世代艦娘の開発が始まった。

 

 そして今年――2048年1月を境に第2世代艦娘が次々と完成し、各拠点に配置されて艦隊を急造。初の本格的な攻略作戦として、この島の奪還に取り組んでいたようである。

 

 

 

 これらの話を、榛名や他の艦娘たちは座学として教え込まれたのだという。個人差はあるが、第2世代の艦娘たちはかなり短期間で、覚えることになったらしい。

 そのことを考えると、これだけのことを幾つかの項目に分け、ざっくりとしながらも話せるというだけで十分すぎるほどだ。

 

 

 拓海は榛名の話を聞きながら、革製のカバーをかけたメモ帳に記録していった。

 話の密度はとても濃く、この33年のことを掻い摘んでメモするだけでも相当に大変だ。

 もう少し話を聞きたかったが、西の空の向こうに雨雲の塊が見える。話はここまでだろう。

 

「――――ありがとう。よく分かったよ。もっと詳しい話は、また後で聞くことになると思う」

「すみません。少し、おしゃべりが過ぎましたか?」

 拓海が礼を言ってメモ帳をトランクにしまうと、榛名が胸に手を当てて申し訳なさそうに尋ねる。

「いや、全然。寧ろ、自分が今置かれている状況をあとちょっとで整理出来そうだよ」

「まだ他に、何かあるのですか?」

「うん。この島がどこか、聞いてもいい? それと、あの黒っぽい灰色の建物のことも」

 

 拓海は、未だに日が差す海岸から榛名の背後にある建物を指差す。

 もっとも、3階の屋上が監視塔のようになっているのを見るに、大よその予想はつくが。

 榛名が、後ろの建物に振り返りながら拓海の問いに戸惑いつつ、答える。

 

「この島は南鳥島です。あの建物は、この島の要塞になりますね。第三次世界大戦のころに建設されました。結局、大戦中は使用することは無かったと聞いています。1ヶ月前に奪還作戦が開始されて、この島を奪還した後、ここには“南鳥島泊地”という名称が与えられる予定だったのですが――」

「見事に孤立、ここに置いて行かれた、と」

「はい。うう……」

 

 拓海の的を射た指摘に、榛名は顔を赤く染める。

 

 ――可愛い。

 

 ……などと考えている場合ではない。拓海は首をぶんぶんと振ると、両手で頬を二回叩き、自分に鞭を打つ。

 

「その、いくつか質問してもいい?」

「はい、榛名に答えられることでしたら、何でも」

 

 ――ん? 今、何でも……じゃなくて。

 

「こほん。ええっと。その話しぶりだと、榛名は第2世代の艦娘ってことでいいのかな?」

「はい。現在実戦配備されている艦娘はほぼ全て、第2世代と考えてもらって構いません。他には特型駆逐艦の子たちや川内型軽巡の皆さん、高雄型重巡の皆さん、一航戦の方々がいらっしゃいます」

 

 拓海は「ふむふむ」と、二度相槌を打つ。

 その話から考えると、第2世代の艦娘たちはゲーム「艦これ」の図鑑に登録されている子と一致しているのかもしれない。

 もっとも、実際に確かめてみないと、分からないことではある。

 

「なるほど。となると、第1世代の子たちは前線から退いたんだと思うけど、その残った子たちは今、どうなってるの?」

「現役ですよ。もっとも、ここ2年ほどは出撃が無いそうですが。“原初の艦娘”と言われる三笠さんも、今は横須賀にいらっしゃると聞いています」

「へえ。会ったことは、あるの?」

「いえ。私はまだです。金剛お姉さまはお会いしたそうですが……。通じるところがあったのか、話が弾んだそうで、興奮していて――――。どういう方かは分かりませんでした。ただ、とても綺麗な方でいらっしゃるということは聞いています」

 

 その話に、拓海は僅かに苦笑いを浮かべる。

 軍艦時代としての金剛と三笠は、どちらもイギリスのヴィッカース社であるそうだから、何か通じるところがあるのだろう。

 金剛は一体、どんな話をしたのだろう。

 ゲームの金剛と言われて思いつく台詞は、

 

「HEY! てーとくー!」

「紅茶が飲みたいネー」

 

 なんて台詞ばかりだ。

 三笠は三笠で、一体どんな子なのか気になる。ゲームにはいなかったが、どれくらい美人なのだろうかと思うと、いつか会ってみたくなる。

 

 

「そっか、ありがとう。まあ、何というか。自分の状況は大体整理出来た」

「お役に立てましたでしょうか?」

「うん。おかげさまで。――――俺、並行世界から飛ばされてきたみたいだ。しかも、2015年の昔から」

 

 拓海は榛名から聞いた話を繋ぎ合わせて、そう結論付ける。そう考えないと、話の辻褄が合わなくなってしまうのだ。

 もっとも、あの波のことや何故この島に流されてきたのか、という疑問は残ってしまうが、この際問題ではないだろう。

 

「その、本気で仰られてるんですか?」

「本気も本気だよ。――ってそうだ。自己紹介、まだだったよね」

「そう言えば、まだ伺っていませんでしたね」

「俺は白瀬拓海。18歳でこの春――と言うより、2015年の4月に大学生になったばかりだ。よろしく」

 

 拓海の自己紹介を聞いて頷くと、榛名も居住まいを正して一つ咳払いをする。

 

「改めまして。私は『特生防衛海軍』呉鎮守府の第3艦隊・第2戦隊所属の金剛型戦艦3番艦、榛名です。直属の司令官は第2戦隊の磯貝風介(ふうすけ)少将になります。よろしくお願いします」

「――磯貝……」

 

 どこかで聞き覚えがあるような名前だ。気のせいだろうか。主に某作品で、だが。

 

「あの、本人は凄く自分の名前のこと、気にされているので……ご容赦ください、ね?」

 

 拓海の呟きを別の意味に受け取ったらしく、榛名が苦笑気味にこちらを覗き込んでいる。

 確かに、変な名前かもしれないが――。いや、今はよそう。

 

「ああ、ごめん。――それより、君のことはなんて呼べば良い?」

「先ほどのように、榛名、でお願いします。私の方は、どのようにお呼びしますか?」

「うーん……。とりあえず、好きなように呼んでくれれば良いよ」

「そうですか? ええっと……。それでは、白瀬さん」

 

 やはり、ゲームでは溺愛していたせいだろうか。

 好きな子に、たとえ苗字だったとしても呼ばれると、嬉しさや照れ臭さが込み上がってくる。

 

「ああ、うん。その……よ、よろしく、です、ます、榛名」

 

 そのことを意識した途端、緊張してきて日本語がおかしくなる。

 

「ふふっ。はい! よろしくお願いします。白瀬さん」

 

 榛名はそんな拓海を前に、朗らかに笑いかけるのだった。

 

 

 

 

 自己紹介が終わったところで、榛名が南鳥島要塞に案内してくれると言うので、拓海は荷物の整理をする。

 その途中でふと気になったことがあって、榛名に聞いてみることにした。

 

「そういえば、さ。ここの島って、他に誰かいるの?」

「神通さん旗艦の、第6水雷戦隊ですね。その指揮下に、第6駆逐隊所属艦が5隻います」

 

 第6駆逐隊と言えば、暁型の4人が浮かぶ。この世界では、違うということなのだろうか。

 

「それだけ?」

「……はい。司令官の皆さんは、横須賀や呉にいらっしゃるので。今回の作戦では、私たちの艦隊は横須賀に集められたので、恐らくはそちらにいらっしゃるのかと」

 

 つまり、榛名たちは孤立してからどのくらい経ったのかは分からないが、ずっとこの場所で孤軍奮闘してきたというわけだ。司令官も居ない中、よくやっていると思う。

 

「通信とか、物資とかは?」

「通信は、この島と私たち以外には届きません……。全部試しましたが、全く繋がらない状況です。深海棲艦に、ジャミングされているようで……。物資は、本隊の撤退前にこの島に落とされた物だけです」

 

 詳しい話はこれから聞かなければ分からないが、相当に困窮した状況なのは間違いないだろう。何とか状況を打開して、外と接触を図る必要がある。

 

「その、榛名。一つ提案があるんだけど、いいか?」

 

 荷物を纏め、担ぎ上げた拓海は榛名と向き合う。

 

「いいですけれど……」

 

 司令官とは音信不通。榛名と水雷戦隊の指揮を執ってくれる者は誰もいない。このままだと全員共倒れするかもしれない。

 そしてゲームをやって来た身として、これは願っても無いチャンスでもあるし、似た様なものの経験もある。

 

 拓海は、一人の憧れの少女を前に、今後の彼の命運を定める言葉を放った。

 

「俺に、部隊の指揮を執らせてくれ」

 




 第1話、投稿させていただきました。

 今回のお話では、榛名の話の中ではありますが、かの有名な戦艦「三笠」の名前が登場しております。
 三笠は、この作品においてはpixivなどで活動されている紀奈様の「艦これ」二次創作オリジナル艦娘をイメージしています。
 本作品の登場をご承諾してくださった紀奈様、この場をお借りしてお礼申し上げます。本当に、ありがとうございます!

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