艦隊これくしょん―黒き亡霊の咆哮―   作:ハチハル

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 第1章エピローグです



第27話 変わっていくもの

 

「――――よって、白瀬拓海を本日1200(ヒトフタマルマル)を以って新米少佐の階級を与える」

 

 作戦終了から二日が経ったこの日、拓海は横須賀鎮守府本庁舎の会議室で、演説台の前に立つ笠川大輔の言葉を聞いていた。大輔は台を挟んだ正面にいる拓海を見据え、厳粛な面持ちを保っていた。

 拓海は真っ白な新品の軍服を身に着け、肩や袖には星の角を丸くしたような図形と錨が描かれた階級章が身に着けられている。

 今まで自分が来た制服には無かった重みを感じて、内心落ち着かないものの顔には出さず、努めて真剣な表情で大輔と対面し任官の儀式に挑んでいた。

 

「白瀬拓海、謹んでお受け致します」

「貴官の検討を祈る」

 

 大輔の言葉が、会議室に反響する。

 この場には拓海と大輔、そして推移を見守る光樹の3人しかいない。儀式とは言っても簡易なものではあったが、その言葉が一層拓海の気を引き締めさせた。

 二人は敬礼を交わし、儀式は完了する。

 白瀬拓海はこの瞬間から、正式に特性防衛海軍の一員となった。

 

「お疲れ様。これで式は終了だ、白瀬君」

 

 式を終え、大輔が目の前で固まっている拓海に声を掛ける。

 先ほどまで感じられていた緊張感や威圧感のようなものは感じられず、皺の刻まれた顔に柔らかい笑みを浮かべている。

 

「あ、ありがとうございました」

 

 張っていた気が抜けた所為か、声が裏返ってしまう。

 

「はは、緊張していたようだね」

「そのようです……」

 

 そんな様子を見ていた大輔の言葉に、恥ずかしさを覚えつつも肯定する。

 拓海には、今回の式で感じた緊張を得た経験が無い。

 サッカーをやっていた時には多くの観衆の目に晒された大舞台に立つこともあったが、その時の緊張感とは全くの別物だ。

 いつ死ぬかも分からない戦場に赴き、自分だけでなく仲間や艦娘、果ては多くの民間人の命を背負う責任。自分たちの生存を懸け、深海棲艦を排除しなければならないという使命。

 そんな義務や必然が生じたことによるものなのだろう。

 以前、兼続が言っていた言葉を思い出す。

 

『日本という国や己の肉親を守るため。その日を生き抜くため。或いは敵を倒すため。理由は様々だ。単純な憧れや、親が軍人だったからというのもあるだろう……。死にたくないのは、誰だって同じだ。それでも、戦わなければいけない時というのは必ずある。だが君はどうだ? 君が志願した理由は聞いている。だが……それは本当に君がしなければいけないことか?』

 

 あの時、自分はまだ民間人だった。そこに義務や必然は無く、責任を負う必要も無かった。だが自分はそれでも足を踏み出し、ここまでやって来た。思えば、決断したあの瞬間から自分は何かしらを背負っていたのかもしれない。

 

「――――ったく。本当に司令官になっちまうとはな。拓海」

 

 端にいた光樹が進み出て来て、口角を釣り上げて溜め息を吐きながら話し掛けて来た。

 

「俺は光樹の言葉でここまで来たんだけど」

「そういえば、そうだったか。半分冗談みたいなものだったんだけどな。……お前が、やり遂げようと思ったことは必ず通す奴だってことを忘れてたよ」

 

 どこか懐かしそうな表情で目を瞑り、光樹は呟く。その瞼の裏には、何十年と前の景色が浮かんでいるのだろうか。――拓海にとっては、時間間隔で言えば昨年度までのことだが。

 

「お前だって、散々あっちこっちに引き摺り回してくれたじゃないか。おかげで浦島太郎にでもなりそうだよ」

「そいつは悪かった。俺がウェーク島なんかに連れて行っていなけりゃ――――」

「でも、感謝してるんだ」

 

 拓海が遮って口にした言葉に、光樹は意外そうな表情をして顔を上げる。今はすっかり年をとって中年のものになってしまったが、その狐につままれたような顔は確かに自分と同い年だった頃の光樹のものだった。

 

「いや、俺の所為で拓海はこんな世界に流れ着いた挙句、巻き込まれて……」

「俺は『巻き込まれた』なんて思っちゃいないよ。自分から首を突っ込んだだけだ」

 

 我ながら、可笑しなことを言っている自覚はある。だがそんなことは、この際拓海にとって関係無かった。

 

「光樹だってこの世界に首を突っ込んで、ここまで生き抜いて来たじゃないか。なら、俺は大丈夫だ。それに、光樹が居てくれたから俺は榛名たちとも会えた。俺に新しい居場所をくれた。だから、光樹。俺は何度だって言うよ。――――ありがとう」

 

 それは真実、拓海の本心から出た言葉だった。

 それは一方的なものなのかもしれない。だが、光樹という存在があったからこそ、艦娘たちと共に戦うという選択肢を選べたのだ。

 光樹には、どのように聞こえただろうか。

 

「……俺は、礼を言われるような立場じゃない」

「けど、俺は榛名や神通さんたちと会えた。それに、皆も必死に戦って、そのお陰で助かった人もいる。お礼を言われても罰は当たらないと思うんだけど」

「だとしてもだ。拓海の言葉は、素直に嬉しい。だがな、告白してしまえば俺は後悔すらしているんだよ」

 

 光樹は顔を背けて、自分を呪う様に吐き捨てる。

 今まで見たことのない表情を見せた光樹に、拓海は驚きと不安を覚えた。

 

「一体……何を、後悔しているんだよ」

 

 問われて、光樹は視線を拓海と大輔の二人に向ける。

 それから悲しげに笑って、口を開く。

 

「……さあな。けどな、拓海。俺はもう、後戻りは出来ないんだ。――――拓海。何かを得るということは、何かを失うということだ。……大切なものだけは、絶対に守り通せよ」

 

 そう言って、光樹はこの話はここまでと手を叩く。

 先ほどまでの暗い雰囲気がまるで嘘だったかのように表情を楽しげなものに一変させると、大輔の方に目配せをした。それで、大輔も思い出したように頷いている。

 大輔は今の話には別段、反応を見せていたわけではなかった。難しい顔はしていた気がするが、光樹の方に集中していたために拓海はよく見ていなかった。だが、光樹が大輔に向けた視線はどういう意味だったのだろうかと考える。

 

「……私の顔に何か付いているかい?」

「い、いえ、何でもありません。失礼しました」

 

 気が付けば大輔のことを凝視していたようで、不審がられてしまう。拓海が慌てて謝るが、特に気にした素振りは見せなかった。

 

「そうか。ならいいが。――――それはそうと、白瀬君」

「どうされました?」

「鎮守府に大食堂が出来たことは知っているだろう? もう昼だ。先に退出して、そこに行くように」

「……? 了解しました」

 

 大食堂は、鎮守府本庁舎から徒歩10分ほどのところに出来た新しい建物のことだ。

 用事があるとすれば食事の時ぐらいだが、そんな場所で一体何があるのだろうか。

 疑問に思いつつも大輔や光樹は教えてくれそうな気配は無い。取り敢えず行ってみようと決め、拓海は会議室を退出した。

 

 

 

 拓海は大食堂までの道を歩きながら、第3艦隊の面々はどうしているだろうかと考える。

 作戦が成功し、南鳥島に被害確認の調査が行われた後、兼続の指示で拓海は“するが”に乗って横須賀に向かうことになった。

 横須賀に帰って来てから、晴れて司令官になれることが決まったが、それを金剛や榛名たちに報告することは出来ていない。今日の準備を含め、色々と忙しかったためだ。

 ふと、自分がどこの部隊の所属になるか聞かされていないことを思い出す。空きがあることは知っているので、そこに入れてくれれば良いとは思うが何か事情でもあるのだろうか。

 

 そんな答えが出る筈も無いことを延々と考えていると、いつの間にか大食堂に辿り付いていた。

 大食堂は1階建だが屋根の高さは本庁舎の3階くらいまである、鉄筋コンクリートの建物だ。奥行きも、拓海の知る一般的な市民体育館の4分の3くらいはあるだろう。

 ちょうど二日前にオープンしたばかりのこの食堂には、拓海も昨日来たことがある。

 中は、スペースの大部分を占めている一般スペースと調理室や倉庫、それに先ほどいた会議室よりも少し広い、貸し切り専用部屋があったと記憶している。

 

 正面玄関の自動ドアを潜って中に入ると、そこに見知った顔の軍刀を携えた少女が一人立っていた。

 

「お待ちしていました、白瀬さん」

「三笠さん」

「司令官ご着任、おめでとうございます」

 

 本庁舎の会議室には居なかったのでどうしたのかと気になっていたが、三笠はここにいたのかと納得する。

 

「あ、ありがとうございます」

 

 肘を斜め下に下げて背筋をすらりと伸ばし、見本のような敬礼をする彼女に拓海は戸惑いつつも答礼する。

 拓海が司令官となったために、艦娘である三笠は階級としては下になる。ほんの少しのやり取りだったが、拓海はいよいよ自分の立場というものへの自覚が増すのだった。

 

「そう硬くならなくても大丈夫ですよ。私は、提督からのご命令によりここで待っていただけですから」

「提督――――光樹からですか?」

 

 三笠の「提督」という言葉から、拓海は即座に誰のことを言っているのか理解する。彼女がそう呼ぶのは、光樹しかいないからだ。他の人に対してそういう呼び方をしているのを、拓海は見たことも聞いたことも無い。それに彼を呼ぶ時の三笠は、ほんの僅かに頬が緩む。

 短い付き合いではあるが、拓海も早い段階で気付いていた。それだけ、彼女は光樹のことを強く信頼しているのだろう。

 

「はい。これから、白瀬さんを案内するように言われています」

 

 三笠は自分の癖に気付かれているとは露知らず、拓海の質問に答える。

 

「案内……?」

「来てもらった方が早いですね。すぐそこですが、お願いできますか?」

「えっと……。よく分かりませんけど、分かりました」

 

 何が何だか拓海自身でもよく分からない返答に、三笠は小さく笑みを溢す。

 

「それでは参りましょうか。と言っても、すぐそこですが」

 

 その視線の先には、普段は貸し切り専用として使われている部屋の扉があった。

 

 

 

「白瀬拓海さん、司令官着任おめでとうございまーす!」

 

 三笠に連れられて部屋に入るや否や、そんな声と同時に多数のクラッカーが鳴り、拓海を迎える。

 

「うわっ!?」

 

 不意打ちのような歓迎を受けて、拓海は思わず声を上げた。

 クラッカーの中身から吐き出された紙屑を取り払うのも忘れて、驚いて後ろに一歩下がった姿勢のまま目の前の面々を見る。

 

「あれ? 白瀬さーん? 聞こえてるー? 那珂ちゃんだよ?」

 

 出迎えの音頭を取った人物――那珂が、固まる拓海の顔を覗き込んで手を振っている。

 

「ああ、うん。聞こえてるよ……」

 

 そう言いながら、拓海は自分の置かれている状況に頭が追い付いていなかった。

 何せ目の前には那珂を含めて、横須賀に籍を置く第1艦隊の大半の艦娘がいたのだから。

 

 

 こうして、拓海の司令官着任を祝うパーティーが第1艦隊の主催で始まった。

 由良率いる第5水雷戦隊は近海を哨戒中ということでいなかったが、その他の部隊は全員いる。

 合わせて約20人に上る少女たちに祝われることになり、拓海は事態が未だによく呑み込めていなかった。こちらに来いと言われた段階で何かしらあるのだろうと予想は付いていたが、まさか彼女たちが出て来るとは思っていなかったからだ。

 食事の配膳係や、監督役としてここにいる第1戦隊司令官・鳴海武少将がいるくらいで、他の人間はいない。

 拓海は状況に流されるがままに、ビュッフェとして用意された料理に手を付ける。

 今のところは、仰々しい挨拶などはせずに取り敢えず食事を楽しもうということらしい。

 皿に料理を文字通り盛っている赤城や加賀、それを躍起になって咎めている朝雲、何故か二人きりの世界に入り込んでいる大井と北上など、艦娘たちは思い思いの時を過ごしていた。

 

「如何ですか? 白瀬さん」

 

 何故自分が艦娘たちによって祝われているのか分からないまま食べていると、皿を片手に持った三笠が近づいて話し掛けてきた。

 

「えっと……。これって、どういう状況なんですか……」

 

 部屋に入った途端主賓として扱われたと思えば、今はほぼ蚊帳の外に置かれているようなこの状況。怒るだの不満だのといった感情は全くないが、かと言って困惑していないわけでは無い。

 説明を求めると、三笠はくすりと笑ってから、見た目以上に大人びたような視線で彼女たちを見やった。

 

「言ってしまえば、白瀬さんは口実みたいなものですね。仲良くなれているのは、まだ一部の子だけでしょう?」

「はっきり言われると何か悲しくなりますね……」

「ほら、あの子たちは私とは違って生まれてこの方、ずっと戦ってばかりでしょう。息抜き用の施設はあると言えばありますが、大きな楽しみというものはあまりありません。ですから、ここで思い切って息抜きをしてみましょうと、私が提督にお願いしたんです」

「三笠さんが?」

 

 意外なことを聞き、拓海は驚いたように三笠を見る。まじまじとした視線に彼女は苦笑すると、拓海に視線を戻して話を続ける。

 

「はい。白瀬さんも着任することですし、いい機会かと思って。ダシにするようで申し訳ないとは思ったんですけど」

「いえ…………」

 

 祝うことも出来て同時に息抜きも出来る。正に一石二鳥というやつだろう。しかしこうもはっきり言われると、自分は所詮そんなものだったのかと落ち込んだ気分になる。

 先ほどまでの着任で引き締まった気分が、一気に台無しだ。嬉しいことは嬉しいが、それ以上に悲しいのやら空しいのやら…………複雑な気分だ。

 

「そう落ち込まないで下さい。白瀬さんを祝うことだって、皆忘れていませんから」

「はあ……」

 

 そうは言っても、盛り下がってしまった気分は中々上がらない。

 三笠は他にも何か言おうと考える素振りをしていたが、拓海の様子を見て諦めたようだ。

 

「言葉にするよりも、実行してしまった方が良さそうですね。白瀬さん、落ち込んでいるところ申し訳ありませんが、自分が主賓だということを忘れないでくださいね? そんな顔をされると、頑張ってセッティングしてくれたあの子たちに失礼ですよ?」

「え……?」

「さて、大和さん」

 

 思ってもみない発言に戸惑っている拓海を余所に、三笠は近くを通りがかった大和を呼び止める。

 大和が立ち止まって並ぶと、三笠は彼女を見上げるような格好になる。ヒールの所為もあるだろうが、大和は三笠よりも身長が高い。しかし大和の凛然とした姿勢に負けず劣らずの少女らしからぬ貫録を持った三笠の雰囲気のためか、両者は拓海から見て対等かそれ以上に見えた。

 

「そろそろ始めますか?」

「ええ、お願いします。提督を呼んできてください」

「分かりました」

 

 大和は一礼すると、この部屋にパーティー用として設置されている木と頑丈な鉄パイプうで作られたステージの方に歩いて行く。ステージ袖のような、四角に間仕切られた場所に入っていくと、その奥に向けて何か話していた。

 

「何をして……っていうか、光樹もいるんですか?」

「それはお楽しみですよ、白瀬さん」

 

 三笠の意味有り気な微笑みに首を傾げつつ、ステージの方に視線を移す。

 大和はいつの間にかテーブルの方に戻って、武蔵や長門たちと共に食事を再開していた。

 ステージではマイクスタンドが立てられ、光樹が登壇してそこに向かっていく。マイクの前に立つと一礼し、応じようとした艦娘たちを手で制していた。

 

「まだ食べている子は、慌てなくても良い。――――それでは、俺から一つ連絡事項を通達する。拓海、よく聞いておくように」

 

 会場に漂う妙な緊張感の中で向けられた光樹の視線に、拓海は食器を置いて背筋を伸ばしステージの方を向く。

 …………直感的にこうしなければと思ったのだが、隣で何故か三笠が笑いを堪えようとして失敗し、声を漏らしていた。

 

「…………白瀬拓海“新米少佐”。貴官の配属を発表する」

 

 そう勿体を付けて懐から白く折りたたまれた紙を一枚取り出すと、それを体の前に持っていき、両手で広げて内容を読み上げる。

 

「現時刻を以って、呉の芝浦兼続大佐と共に私が直接指揮する部隊へ配属。よって、両名は横須賀鎮守府へと転属とし、新設部隊の指揮を行ってもらう。この場には居ないが芝浦大佐には、第5航空戦隊の艦娘が属する『第101独立防衛艦隊』に。そして――――」

 

 一拍置いて、光樹は会場を一通り見回す。沈黙と緊張感に包まれる拓海たち。

 光樹は再び書面に目を戻すと、続きを読み上げた。

 

「白瀬拓海“新米少佐”。貴官は『第1独立遊撃艦隊』を指揮してもらう。当面の所属場所は南鳥島泊地とする。こちらの所属艦娘は――――各員、登壇してくれ」

 

 光樹の声を合図に、拓海から見て右手にある舞台袖から新しい部隊の艦娘たちが上ってくる。

 その面子に、拓海は驚きを通り越して言葉を失うことになった。

 

「呉第2戦隊から来ました、戦艦榛名です。貴方が提督なのね。宜しくお願いします!」

「航空戦艦、伊勢です。宜しくね!」

「6水戦から来ました、神通です。どうか宜しくお願いします」

「暁よ。私がレディだってこと、忘れないでよね!」

「雷よ。キチンと頼ってよね!」

「電です。あのっ、宜しくなのです!」

「島風でーす。速さなら誰にも負けませんよ!」

 

 そこに並んでいたのは榛名、伊勢、神通、暁、雷、電、島風…………。彼女たちが、拓海がこれから指揮することになる艦隊の構成艦。

 まさか、本当に自分たちと特に縁のある子たちと戦うことになろうとは思ってもみなかった。しかも、いきなりこの配置である。

 

「白瀬拓海、前に」

 

 光樹に促され、拓海は彼女たちの元へと向かう。登壇した先で光樹と敬礼を交わしてから、拓海は質問をぶつけた。

 

「光樹、この編成はいったい……」

 

 駆逐隊や水雷戦隊の指揮というのなら、まだ分かるが今回は戦艦クラスが2隻も加わり、独立遊撃艦隊を編成する。とても新人にやらせるような編成では無いが、どういう意図があるのか。

 拓海の言わんとすることを察した光樹は、マイクを片手に拓海を含めた会場全員に今回の配置の説明をする。

 

「6水戦に関しては、個人的な交流があり尚且つ、民間人とはいえ一定の戦果を挙げている。榛名は単純に彼との相性の良さ、伊勢とは航空戦においての連携の良さが目立つ。そして司令官不在による配置換えのし易さ…………といったところが、主な理由だ。部隊名に関しては、私の直接指揮下かつ第1艦隊には属していないためだ。他に質問は?」

 

 矢継ぎ早に告げられた説明を何とか飲み込みつつ、拓海は新しい部隊で共になる艦娘たちを視界に収める。

 

「っていうか、何で皆ここに……」

「配置換えに伴って、昨日までに呼んでおいた。最初は普通に合わせようかと思ったが、今日のパーティーの話になった時に、サプライズにしようって話になってな」

「そ、そうなんだ……」

 

 光樹の話を聞きつつそこに並ぶ8人の艦娘一人ひとりの顔を確かめ――――、そこであるべき姿が無いことに気が付いた。

 

「あれ、響は…………?」

 

 拓海が発した一言で、場の空気が一変する。

 榛名と伊勢は顔を見合わせ、6水戦の面々の反応もどこかおかしい。第1艦隊の艦娘たちも俯いたり顔を背けたり、小声で何やら話し合っている。

 まさか、響に何かあったのか。

 轟沈は…………有り得ない。榛名が響を救出した時点で、それは起こる筈がない。ならば、解体されてしまったのか。それとも、彼女は既に…………。

 

「嘘……だろ?」

 

 そんな可能性に思い当たり、拓海は言葉を失う。

 つまり、響は――――――――――。

 

「何が嘘だと言うんだい?」

 

 どこか落ち着きのある幼さを残した聞き覚えのある声が聞こえて、拓海は後ろを振り返った。

 まず目に入ったのは、二重のラインと星と鉈の図が描かれた白い帽子。そして水色と銀色の中間のような白っぽい髪。暁型よりもやや高い背と、それを包む白いセーラー服。

 

 何故。有り得ない。

 

「響……?」

 

 だって、彼女はもう――――。

「私が死んだと思ったのかい? 少しは目の前の現実を信じてみたらどうだい? 司令官」

 

 ()()はそう言って、呆れた様に首を振っている。

 

「響の……お姉さん?」

 

 知らず言葉が口を吐いて出ると、只でさえじとりとした彼女の目が座った。

 

「私の姉は暁だよ。それに司令官は、私のこの姿も知っていると思ったんだけど、違ったかい?」

 

 溜息交じりに告げられる言葉に、拓海の中の疑念が確信に変わっていく。

 

 そう。向こうで一プレイヤーだった拓海もその姿をよく知っている。

 史実の暁型の中で唯一生き残った「不死鳥」と呼ばれた駆逐艦。かつてソ連でその余生を終えた、駆逐艦“響”の新たな名前。

 

「――――Верный(ヴェールヌイ)

 

 拓海は噛み締めるように、その名前で目の前の少女を呼んだ。

 

Да(ダー)。全く、姉さんたちも趣味が悪いな」

「は……?」

 

 まさかと思って振り返ると、暁たち駆逐艦は我慢しきれずに吹き出し、伊勢は口元を抑えて声を押し殺しながら笑っていた。榛名は申し訳なさそうに苦笑し、会場の艦娘たちも笑ったり首を振ったりして様々な反応をしていた。

 

「おい、響、まさか…………」

「そのまさかだよ。司令官」

 

 その答えを聞き、拓海は全身から力が抜けた様に床に膝を着くのだった。

 

 

 

 

 

 昼食の時間を使ったパーティーもお開きとなり、拓海は大食堂の建物近くにある広葉樹の太い幹に背を預け、青々とした葉の隙間から見える青空をぼんやりと眺めていた。

 白い雲はこちらの世界でも変わらず西から東に流れ、木漏れ日は本格的な夏が近づこうとしていることを教えてくれる。深海棲艦の影響下にあった、あの不気味な空とはまるで違う。

 

「こんな所で暇を持て余していていいのかい? 司令官」

「響か」

 

 声の主は大食堂の方からやって来たようだ。ヴェールヌイは拓海の右隣にやって来て、ピタリと体を横にくっ付ける。

 背が伸びた所為か、以前よりもかなり大人びたような印象を受ける。暁たちよりも明らかに背は高くなり、前よりも女性らしい体格になったようだ。

 そんな彼女を拒否するわけでも無く、かと言って動くわけにもいかず、拓海は少女に視線が固定されてしまう。

 

「流石に傍でじろじろと見られるのは、恥ずかしいな……」

「あ、いや、ごめん、響」

 

 肩をくっ付けていればそれだけ、彼女の視線は自然と見上げるようになってしまう。そのいじらしい動作が可愛らしくて、拓海は諸に動揺する。

 

「それは……別にいいさ。嫌いじゃ……無い……」

「そ、そっか……」

 

 次の言葉が見つからず、拓海は沈黙してしまう。

 

「――――ところで司令官」

「うん?」

「その、『響』じゃなくて今の名前で呼んでくれないか。昔の名前も確かに私のものだが。出来たらそっちを使ってほしい。呼びにくいかもしれないけど」

 

 ポツリと言って、彼女は恥ずかしそうに視線を逸らす。

 何となく呼ぶのが憚られる気がして「響」と呼んでいたが、姿も名前も変わった今、そのままというのは確かに変だ。しかし「響」と呼び慣れていたのも事実なので、どうしたものかと考える。

 

「ヴェールヌイ……か。……そうだな。“ヴェル”って呼んでもいいか?」

 

 ふと思い付いて、隣で幹に寄り掛かる少女に尋ねてみる。

 

「“ヴェル”…………良い響きだ。嫌いじゃない。司令官が呼びやすいように呼んでくれ」

「分かった。これからも宜しくな。ヴェル」

「ああ。姉妹共々、こちらこそ宜しく」

 

 変わりゆく空を見上げながら、拓海とヴェールヌイは静かに言葉を交わした。

 

 遂に手にすることとなった司令官という仕事。この先何が起こるのかは、神のみぞ知るといったところだろう。

 それでも拓海は、これからのことに思いを馳せずにはいられなかった。

 希望と覚悟。艦娘と共に歩むであろう、日常と非日常。

 もう、後戻りをすることは出来ない。これは、自らが望んだことだ。そのことに、何の後悔もある筈が無かった。

 

 

 

 

 

 たとえ、そこに残酷な運命が待っていようとも。

 

 

 

 




 これにて、第1章は終了です。

 響ちゃんがヴェールヌイになりました。イメチェンして復活です。
 それではまた次回、お会いしましょう。

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