「ハッチ開放!」
“さがみ”の艦尾格納庫に、乗組員の男性の声が響き渡る。直後、ハッチ開放を告げる警報ランプが光り、けたたましい警告音が鳴り始めた。
ハッチが開いて海面と艦内をスロープのように繋ぐと、その上にカタパルトが展開される。艦娘の出撃用に使われている物だ。
しかし今回、使用する者はいない。ハッチは、海上から帰還する艦娘を回収するために開かれていた。
榛名は満身創痍となった響を脇に抱え、“さがみ”に帰還する。
“さがみ”のハッチは当に開かれ、響以外の6水戦のメンバーは既に乗艦している筈だ。
「響ちゃん、しっかり!」
「…………」
必死に声を掛けるが、返事は無い。発見からここに来るまでずっと、響に声を掛け続けていたが、彼女の意識は朦朧としていて返事を聞くことは出来ていなかった。
兎に角響を抱えたままハッチを上りながら顔を上げると、そこにいた乗組員のうち、こちらを見ていた何人かが血相を変えていた。
「お、おい! 嬢ちゃん、こいつは……」
ハッチを上がり切ったところで、艤装の整備を担当している男が声を掛けて来る。彼も他の面々と同様、力なく榛名に抱えられている響を見て顔色を青くしていた。
「響ちゃんです。ドッグに連れて行ってもいいですか?」
「……ああ。一人分は空けてある。すぐにでも行こう。艤装は取り敢えず、付けたままで良い。向こうで外す」
事態を重く見た男は、榛名の先を歩いて数十メートル先にあるドックを目指す。
榛名は響の身体を抱えたまま、男の後に続いた。
乗組員たちが顔色を変えたのは、言うまでも無く響の状態にあった。
艤装は、背中の主機を搭載しているランドセル型の物は大穴が開けられ、上部に取り付けられた12.7cm連装砲は影も形も残っていなかった。他にも細かい傷や爆発による小さい穴が夥しく開けられている。
響本人は、頭から流れ出た血の跡が額から左目、頬にかけて残り服が破けて焼け焦げ、あられもない姿になっていた。腰回りにあった筈の魚雷発射管も根元を残して吹き飛んでおり、代わりに彼女の脇腹に痣と大火傷を残していた。
他にも、身体中に敵の攻撃による火傷や痣、切り傷が数え切れないほど付いており、少女をこれ以上ない程に痛めつけていた。
その有様は筆舌に尽くしがたく、こうして生きているのが奇跡とすら言えるほどの状態だった。
格納庫内の入渠ドックは目隠しも兼ね、四方を高い壁で囲まれていた。
榛名は途中で女性乗組員の力も借り、響を急いでドックに運ぶ。
大破した艤装は外の男に預け、既にお湯が張られた長方形の風呂に響を浸からせる。このお湯が、艦娘を治癒する効力を備えているからだ。
一刻でも早く入渠させなければならなかったため、服は脱がせている余裕は無かった。
すぐ隣にもう一つ同じ形の風呂があり、そちらには暁が入っている。その向こうで、残りの艦娘たちが他の女性スタッフの応急手当を受けながら順番待ちをしていた。
惜しみなく
修理を終えた神通や暁たちは、ドックに横たえられて修復中の響の傍に寄り、心配げにその様子を見守る。
普段は自由奔放な島風でさえ、連装砲ちゃんの一基を胸に抱きながら無言で響を見つめていた。
「榛名さん。響ちゃんは……」
神通が青を上げ、響を挟んで向かい側にいる榛名に話し掛ける。
「危険な状態は脱しました。ですが、高速修復材を使ってもあと1時間掛かるそうです。内臓や骨にまでダメージを受けていて、入渠が終わっても絶対安静だそうです」
幾分か顔色が良くなった響を見ながら、榛名は彼女の状況を説明する。少なくとも彼女が無事であることが分かり、神通は痛ましげな表情を残しつつも安堵の溜息を吐いていた。
「私、は……艦娘として、まだ……戦えるのか……?」
「響ちゃん!」
意識を取り戻した響が薄目を開いて呟く。
それに気付いた神通たちは、響の顔を覗き込むように身を乗り出していた。5人の顔には、喜色が混じっている。
榛名もその様子にほっとしつつも、響に伝えなければならない事実を思うと胸が痛んだ。
「榛名さん、か……。久しぶりだ……」
「はい……響ちゃん。こんな形で再会するとは思っていませんでした……」
「……私の身体が無事でも、艤装が駄目なら艦娘として、この先戦っていけるか分からない。この身体も艤装も、そう簡単には替えが利かないからな……」
「それは……」
響は自分の状況をしっかりと把握しているらしく、状況が芳しくないことを榛名の表情で察してしまったようだ。
艦娘たちはそれぞれ、固有の「艦の記憶」を持っている。
響なら、実際に軍艦として存在した特Ⅲ型駆逐艦「響」、榛名なら金剛型戦艦「榛名」の記憶だ。
艦娘たちは軍艦だったころに体験した出来事を、自分自身の記憶として持って生まれる。
現状で確認されている限り、軍艦「響」の記憶は今ドックで横たわっている「響」という艦娘しか保持していない。それはここにいる神通も暁たちも、そして榛名も例外では無い。
同じ艦を由来とする名前と記憶を持つ艦娘は、彼女たちが世界に登場してから一度も例は無いのだ。
記憶を宿した身体と、彼女たちの艤装も記憶と同様に一人と一個ずつしか存在しない。
第一世代の艦娘たちが轟沈した後、別の個体として建造された例も無い。となると、一人の艦娘が轟沈してしまえば、その艦娘は二度と存在しなくなる。
同じ「艦の記憶」や姿を持った艦娘をもう一度生み出せない以上、彼女たち一人ひとりが貴重な存在であり、戦力と言えた。
「事実を、教えて欲しい。私はとっくに、受け入れる覚悟は出来ている」
響の言葉に偽りは無いことが、彼女の穏やかでありながら強かな瞳から感じられる。
それを見て榛名も自身の中にあった迷いを振り払い、覚悟を決めて話すことにした。
「……このままでは、響ちゃんの言う様に艦娘として活動出来ないだろうということでした」
「やはり、そうか……」
榛名の言葉を飲み込みながら、響は先を促す。
「先ほどの整備担当の方が仰っていましたが、艤装は大破。辛うじて原型は保っていますが、動力部分が完全に破壊され、内装も全て駄目になっているそうです。横須賀にいる明石さんでも直せるかどうか……と。ですが……」
「……何だい?」
思わせぶりに間を置いた榛名に、響は首を傾げる。
「響ちゃんが艦娘として戦えなくなる、ということは無いそうですよ」
同時刻、“さがみ”オペレーティングルーム。
戦況は新たな局面を迎えようとしていた。
「来たか」
兼続が自分のモニターを見つめて、呟いていた。
拓海のモニターには、“さがみ”後方から飛来する多数の艦載機の表示がされている。
敵機かと疑ったが、よく見るとそれらは味方を示す緑色で塗られていた。
明らかに、5航戦の艦娘のものでは無い艦載機たちは“さがみ”上空を通り過ぎ、金剛たちと交戦している敵艦載機とタ級、リ級に襲い掛かる。
特に敵機と交戦を行っている一部艦載機の速さは、翔鶴たちの紫電改二よりも明らかに上で、機動性も高い。他の艦載機と共にみるみるうちに敵機を撃ち落とし、制空権が一気にこちら側に傾こうとしていた。
「1航戦ですか」
「ああ。何とか間に合ったようだ」
兼続は、諒の言葉に安堵の息を漏らしながら答える。
拓海も事前に、彼女たちの援護があることは兼続から聞いていた。南鳥島や横須賀で顔も合わせたことはあるが、ここまで戦力を覆せる力を持っているとは思ってもみなかった。
《こちら、“するが”。1航戦司令官の鳴海剛だ》
ふと、拓海たちのインカムに通信が入る。
「こちら“さがみ”。5航戦司令官・芝浦兼続です」
代表して兼続がマイクを取り、敬語で応答する。向こうの方が、大佐である兼続よりも上の少将にある人物だからだ。
《本土からの要請で、千島から援護に来た。遅れて申し訳ない》
「いいえ、寧ろ助かります。――――6水戦は無事に保護しました。敵残存戦力はタ級とリ級のflagship。それから未だ姿を見せない敵航空母艦です」
《こちらでも確認している。――――と。迂回させていた蒼龍の二式艦上偵察機が敵母艦を補足した。データをそちらに回す》
その声の直後、海図情報が更新される。海図はより広域を示すと、“さがみ”から南東へ約22kmの辺りに敵のアイコンが表示される。
その詳細を確かめた瞬間、拓海たちは絶句した。
やや間があった後、立ち直るのが一番早かったのは兼続だった。
「鳴海少将。……この情報に、間違いということは」
《有り得ないな。蒼龍を介して送られてきた情報だ。こちらでも、偵察機のアイコンが敵に接近したのを確認している。3機向かわせたが発見直後、即座に撃墜された。敵さんもかなり良い目を持っているらしい》
困惑したように尋ねる兼続に、剛は至って冷静な声で答える。
海図には、空母ヲ級flagship2隻。そして――――。
「装甲空母姫……ですか」
しん、と静まり返ったオペレーティングルームに、兼続の声が響く。
《あくまで、艦載機の妖精とイメージを受け取った蒼龍からの報告だ。現在までに確認されている深海棲艦の特徴と識別名称から、彼らがそう判断したに過ぎない》
「他の敵艦という可能性は?」
《上空に“雲”があることや移動能力、艦載機運用能力から考えて少なく見積もっても“鬼”だろうな。ヲ級では、この現象はまずありえんしな。……まぁ、そもそも蒼龍が嘘を吐いているとは思ない。兎に角、今は目の前の敵を何とかする方が先だ》
「――――そうですね。では、引き続き援護を頼みます」
《おうよ。任された。……ああ、そうだ。白瀬拓海はいるか?》
兼続との受け答えをした後、剛は思い出したように拓海の名前を呼んだ。
「はい。ここにいます」
《光樹から、お前のことを任されている。ここが正念場だ。気張れよ》
「ありがとう、ございます」
やや雑な言い方ではあるが、それが剛なりの気の使い方なのだろう。
拓海はやや戸惑いつつも礼を述べる。
「――――では、これで一旦通信を切りますがよろしいでしょうか?」
《ああ、時間を取らせてすまない。これで通信を終える。『マルス作戦』、何としてもやり遂げよう》
その言葉を最後に、“さがみ”と“するが”のオペレーティングルーム間の通信は完了する。
拓海は、先ほどの剛からの言葉を反芻する。
――――光樹から、任されている。
鳴海剛は、光樹と同い年でもう長い付き合いになるのだという。あの口調からして、光樹とは友人でもあるのだろう。
横須賀でも何度か会っているが、親近感の持てる話しやすいおじさんといった印象だった。
そんな彼からの言葉は、それだけで十分励みになる。
敵の情報でショックを受けていた自分の頬を叩いて、気合を入れなおす。
拓海は画面に向かい、金剛たちに指示を出しつつ戦況を見守るという地道な作業に意識を戻していった。
1航戦の戦闘機たちが敵機を駆逐していく。
先ほどまで自由に空を舞っていた艦攻も艦爆も、1航戦の戦闘機の前には成す術も無かった。
5航戦も残存している艦載機を回し、必死に敵へ喰らいついて行く。
1航戦の主力戦闘機は、空母艦娘の次世代艦載機として登場した烈風系列の機体。そして、その烈風たちを超える能力を持ち、事実上の加賀専用となっている震電改。
それら最新鋭の艦載機隊が激闘を繰り広げ、空を蹂躙する。
その後に続いて、自機の安全を確保した流星改や流星といった艦攻や、彗星一二型甲などがタ級とリ級に向けて魚雷を放ち、爆弾を見舞う。
タ級もリ級も全力でこれを回避し、十字雷撃の前にも一発の被弾も無くしぶとく生き残って見せる。続け様に対空攻撃を行い、背を見せた艦載機を撃墜。
しかし、制空権を奪われつつあることによってタ級とリ級は確実に疲弊していき、形成は艦娘たちの方へと傾いていた。
やがて、一発の爆弾がタ級を捉える。
爆弾はタ級の背中に直撃し、爆発によって体勢を崩す。
カメラユニットからの映像でそれを見ていた拓海は、即座に指示を出す。
「今だ! 徹甲弾を装填!」
《OK!! 全砲門、Fire!!》
拓海の声に金剛が即座に答え、直後に5人の艦娘が主砲をタ級に固定。合図と共に一斉射を行い、多数の徹甲弾がタ級目掛けて殺到した。
それでも尚タ級は回避運動を取ろうとするが、翔鶴の彗星による爆撃で妨害されてしまう。
最後の機会を失ったタ級の全身に、徹甲弾が突き刺さる。数発は外れたが、それでも半数以上の弾が彼女に命中していた。
徹甲弾が炸裂し、タ級の身体を内側から食い破っていく。一瞬のうちに身体は引き裂かれ、タ級は苦しむような表情を浮かべながら、成す術も無く爆発の炎に包まれた。
《――――タ級flagship、撃沈を確認しました》
敵を注視していた霧島から、報告が入る。
制空権がこちら側に傾いてから、敵を倒すまでの時間は今までとは段違いに早かった。
タ級は最後まで粘っていたが、それも上空からの援護に支えられているところが大きかったと実感する。敵艦攻や艦爆の攻撃は的確で、金剛たちは十分な照準をする余裕が無かった。
一方で、水上艦の数の上では艦娘側の方が多かったにも関わらず、金剛たちを相手にリ級と合わせてたった2隻でしぶとく立ち回っていたタ級の戦闘能力には舌を巻かされた。
《やっと倒せましたね、お姉さま》
ほっと一息吐いたような比叡の声が、無線の奥から聞こえてくる。
《まだデース。まだリ級が残ってマス》
「ああ。3水戦がリ級と戦ってる。リ級の背後から包囲網を敷きつつ、追い詰めるぞ」
《了解デス。皆さん、行きますヨー!》
金剛の張り切った声に続いて、第2戦隊が移動を開始する。
東の海域で戦っている3水戦との間にリ級を挟むようにして、金剛たちは迅速に展開していく。
伊勢たち瑞雲による牽制攻撃の後、金剛たちによる砲撃が開始された。
「渋谷大佐、隙はこちらで作ります」
「助かる。3水戦、聞こえるか? 第2戦隊の支援砲撃が加わる。隙を見て、魚雷を叩き込め! 砲撃はいい、魚雷を撃つことに専念しろ」
拓海の言葉を受けて、諒は次の指示を出す。
ここからは、金剛たちの砲撃がより重要になってくる。
艦載機たちによる爆撃を行いつつ、金剛たちは榴弾に切り替えて敵の意識を自分たちに向けるための砲撃を開始した。
程なくして、絶え間なく浴びせ続けられる砲撃に、リ級が鬱陶しそうに注意を金剛たちに向ける。
両腕の主砲を突き出して砲撃を返しつつ、金剛たちに向かってリ級は動き出した。自然と背中を3水戦に向ける格好となるが、敵は速度を上げているために雷撃を行っても捉えられない可能性がある。
そこに、瑞雲や彗星たちの爆撃が加わり、進路を塞ぐように流星たちの魚雷が投射される。
たまらずリ級は減速してかわそうとし、そこに金剛による砲撃が1発命中する。衝撃でリ級は一瞬停止して崩れたバランスを取ろうとした。
――――その一瞬が、致命的な仇となる。
3水戦は即座に魚雷発射管に魚雷を装填、旗艦長良の合図で一斉に酸素魚雷が海中に叩き込まれる。
合わせて32本にも上る魚雷が、薄っすらとした航跡を残して突き進んで行く。
漸く持ち直したところで魚雷が命中し、そこで初めて背後の敵を思い出したリ級は、今まで無表情だった顔に驚愕の色を初めて浮かべた。
直後に炸裂した魚雷により、リ級の身体は圧倒的な威力の前に引き千切られる。藍色とも黒とも判別出来る不気味な色の血を撒き散らしながら、塵芥と化していった。
「リ級flagship、撃沈!!」
「5航戦、3水戦、第2戦隊、南東22kmの海域に向かえ。目標は敵空母3隻。うち一隻は敵の親玉だ。何としても叩く!」
諒を介した3水戦からの報告を受けて、兼続が指示を出す。
最後の戦いが、始まろうとしていた。
南東へ艦娘たちが航行すること、約20分。
上空では1航戦を中心とした戦闘機隊が、最後の抵抗を試みる敵艦載機たちを悉く叩き落していく。
おかげで先行する3水戦と榛名を欠いた第2戦隊に致命的な損傷は無く、敵が未だ留まっている海域に着こうとしていた。
間も無く、“さがみ”オペレーティングルームのモニターも更新され、海図には新たな敵の情報が表示されていた。
“するが”からの連絡があった時には不明瞭だった情報も、流石に近づけばはっきりとする。カメラユニットからの映像もあり、その姿を確認するのは今や容易となっていた。
「装甲空母姫……」
映像越しに姿を確認した拓海は、その不気味なあり様に呻く。
ポニーテールに結わえられた白髪にほぼ裸身も同然な真っ白い本体、それを覆うように装備された艤装。さっきまでは届かなかったであろう主砲は艦娘たちをしっかりと捉えている。全身からは赤いオーラのようなものが湧き立ち、赤い光を瞳に宿した彼女は口元を歪めて笑う彼女は、さながら蛮族を迎え入れた悪の女王のようだ。
両脇に黄色いオーラを纏わせたヲ級を2隻侍らせ、最後の戦いに挑もうとしている。
止めだと言わんばかりに兼続が声を上げようとしたところで、無線の向こうからそれは聞こえた。
《――――サァ、オマエタチモ聞カセルガ良イ。泣キ叫ブ声ヲ。見セルガ良イ。無様ニ喚ク姿ヲ!!》
それは、声だった。
愉悦を含んだ笑みで、一度聞けば忘れられない纏わり付くような声で、
「言葉を発した……!?」
沈黙した拓海たちや艦娘たちの心の声を代表するように、諒がポツリと溢す。
確かに口を動かし、言葉が発せられたのだ。
他でも無い、敵艦隊を率いてやって来た女王。装甲空母姫によって。
「――――考えるのは後だ! 5航戦、攻撃開始! ヲ級から確実に沈めろ」
兼続の一言で、現場も我に返ったように再び動き出す。
画面上では、しばらく空を回っていた艦載機たちがヲ級2隻に向かって攻撃を開始した。
「だ、第2戦隊、砲撃開始! 敵艦載機の発射口を重点的に狙え! 敵からの砲撃に注意だ」
拓海も、先ほどの事態は一度頭の隅に置き、金剛たちに攻撃を指示する。
暫し固まっていた金剛たちも、この声で弾かれたように指示を実行に移した。
残った艦載機や弾を惜しみなく使い、艦娘たちは敵空母に攻撃を加えていく。
ヲ級は最後の抵抗を試みるが、既に艦載機のほとんどを使い果たしたらしい。回避行動を取りつつ対空機銃で迎撃するも砲撃によって機銃は潰され、残された艦載機も帽子状の発射口を潰されたことで何も出来なくなってしまう。
そこに叩き込まれた魚雷によって、2隻のヲ級は抵抗らしい抵抗をすることも出来ず、海の藻屑となって消えていった。
残る敵は、装甲空母姫。
金剛たち第2戦隊と長良たち3水戦が取り囲んだところで、彼女はさも愉しそうに笑い始めた。
《ククク……。良イダロウ。死力ヲ尽クシテ、掛カッテ来ルガ良イ!!》
そんな声を発すると、装甲空母姫は発射口から最後の艦載機を大量に発射し、16inch連装砲で怒涛の反撃を開始した。
たちまち爆撃と砲撃が艦娘の周囲に着弾し、幾つもの水柱が出来上がる。
《くっ、まだこんなに力を残していたとは……!》
攻撃を何とか凌ぎつつ、伊勢が呟く声が拓海の耳にも残る。
「第2戦隊は敵の装備を潰して、味方の援護だ。砲身はなるべくこちらに引き付けて、3水戦を撃たれにくくする」
即座に自分たちの役割を頭の中で弾き出し、金剛たちに通信を飛ばす。
装備を潰して止めを刺すのがベストではあるが、それが出来なくとも砲身はこちらに向けさせておくことで、3水戦に雷撃による奇襲の機会を与える。
空は1航戦と5航戦が飛び回り、抑えてくれている。そうなれば、何度も砲撃を加えて来るこちらに目が向き、背後は空く筈だ。
《皆さん、敵の頭を抑えるネ!》
即座に指示を理解した金剛を先頭に、装甲空母姫に攻撃が加えられる。
目論見通り、航空戦で艦載機を水上艦に回せない彼女は、第2戦隊に向けて砲身を向けて、反撃を開始した。
その隙に3水戦が背後に飛び込み、雷撃戦に移るべく体勢を整える。
しかし装甲空母姫はそれを予想していたように、艦載機と砲身を反転させようとする。直後に榴弾が彼女の本体を叩き、砲の照準は狂わされる。敵機もまた、味方艦載機によって抑えられ、海へと落ちて行った。
「そう簡単にやらせてたまるか!」
「渋谷大佐、今だ!!」
「ここが最後のチャンスだ! 全艦、雷撃開始!!」
拓海の声に続いて、兼続が諒に合図を送る。それを受け取った諒は、3水戦に最後の攻撃を指示した。
長良たちが、魚雷の残弾全てを発射管に装填し、装甲空母姫へと向けて発射する。
拡散して放たれた雷撃は確実に敵の回避進路を塞ぎ、内4本が命中する。
しかしそれでも尚倒しきることは出来ず、装甲空母姫は海の上で忌々しそうに艦娘たちを睨んでいた。
装甲空母姫は砲身を長良たちに向けて弾を込めるが、直前でそれは阻まれた。
1航戦と5航戦の艦爆が直上から急降下し、止めの爆撃を見舞ったのだ。
爆弾が次々と直撃し、主砲に直撃した一発がさらに大爆発を引き起こす。
無数の爆発に覆われた装甲空母姫は黒い血反吐を散らしながら、波の上に頽れた。
《ククク……楽シカッタゾ……。貴様タチノ、勝チ、ダ……》
如何にも愉快そうな表情で言葉を残し、装甲空母姫はついに全身の力を失い、俯せに倒れる。
そのまま身体は暗い海に吸い込まれ、二度と海面に姿を現すことは無かった。
ややあって、上空にあった赤いオーラを纏った灰色の雲が急速に消えて行き、代わりに南国の日の光が艦娘たちを照らし出す。
「――――敵旗艦、装甲空母姫の撃沈を確認した。鳴海少将より、『マルス作戦』終了の通達があった。作戦は成功。二人とも、お疲れさまだ」
“するが”の剛からの通信を受け取り、兼続が諒と拓海に向けて作戦終了を告げた。
2048年6月15日、
南鳥島沖にて、島の防衛と6水戦の救出を目的とした「マルス作戦」は、敵襲撃艦隊の撃滅という戦果を得て、ここに完遂された。
今回もお読みいただき、ありがとうございます。
司令官視点の描写って、難しいですね……。ましてや自分の作品のような場合だと……。もう少し何らかの深みでもあればいいんですが、自分にはこの辺が限界のようです。
次回で1章のエピローグを挟み、それから2章に入ることとなります。
第2章の1話目までは、少々お時間をいただくかもしれません。
それではまた次回、お会いしましょう。