艦隊これくしょん―黒き亡霊の咆哮―   作:ハチハル

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 先日、なんとお気に入りが100件を超えていました。
 皆さま、ありがとうございます。これからもこの作品を宜しくお願いします。

 それでは、本編をどうぞ。


第25話 初陣、救出

 

 2048年6月15日、巡洋艦“さがみ”の艦内は交戦海域到達を目前と控え、乗組員たちが慌ただしく動き回っている。

 狭苦しい連絡通路を、拓海は金剛たちと共に乗組員の一人に案内されながら急ぎ足で進んでいた。先頭を乗組員が行き、その後ろに伊勢、日向、霧島、榛名、比叡、金剛、拓海と続く。

 向かうのは、“さがみ”の艦尾に設けられた格納庫区画。そこに、艦娘たちが出撃を行うのに必要な施設が一通りある。

 司令官が指揮を行うオペレーティングルームは、艦前方のCIC付近にある。本当ならばそちらの方に向かうべきであったが、見送りという名目で兼続に許可を貰い、金剛らと行動を共にしていた。もっとも、格納庫に送った後はすぐに引き返さなければならない。

 

「タックー、ちょっといいですカ」

 

 格納庫区画も目前に迫り、通路の少し開けた所で金剛は立ち止まると、振り返って拓海に話し掛けた。

 

「あれ、行かないのか?」

 

 先に行ってしまう比叡たちを見て、拓海は尋ねる。

 

「後から直ぐに追い付くデス。ここまで来たら、もう道に迷わないデス。比叡に言っておきましたカラ。それより、タックーに話がありマース」

「俺に?」

 

 言葉はいつものような明るく陽気な調子だったが、それに反して真面目な表情に、何か大事な話があるのだろうかと気構える。

 

「タックーはどうして、榛名のことが好きになったんデスカー?」

「……え?」

 

 彼女の口から出た問いに、思わず声を漏らしてしまった。

 予想外の質問に、拓海は上手く反応することが出来なかった。状況が状況だけに、今回の戦いに関係するようなことを聞かれると思っていたのだ。

 

「タックー、聞いてマスカ?」

「……ん。ああ、うん。聞いてるよ。まさか、こんな時に聞かれるとは思ってなくてさ」

「こんな時だからデス。それで、答えは教えてくれマスカー?」

 

 金剛はそれを聞いて、どうしようというのか拓海には分からない。何か大事な理由があるのだろうか……。

 いつも以上に真剣な雰囲気を出している金剛を見て、答えないわけにはいかないと思う。元々、榛名が好きだということは知られてしまっている以上、理由を聞かれて恥ずかしいことは何も無い。

 あまり考え込んで、要らない推測をされるよりも言ってしまった方が良いかと判断する。

 拓海は自分の右側に立つ金剛に目を向けながら、口を開いた。

 

「……一目惚れだな」

「ワオ。それは意外デース。もっと何か理由があるのかと思ってマシタ。榛名で何か、酷いことを企んでいたりしようとしたりしていると思ってマシタ」

「それは心外だな。……まあ、前例があるし金剛がそう思うのも無理ないか」

 

 あまり思い出したくない顔を頭の中に浮かべて、拓海は嘆息する。

 

「スミマセン。私、前の提督の後押しをしてしまいましたカラ……。タックーもそんなつもりじゃないかと疑ってたデス」

「後押し?」

 

 聞けば、前の提督――磯貝が着任した当時、彼から榛名のことについて打ち明けられたそうだ。金剛も最初はそういうことならと二人の仲を取り持とうとしたが、直後から彼の行き過ぎた言動が見え隠れしていたという。金剛の話もよく聞かず、一人で勝手に暴走することも増えていったようだ。勿論静止もしたが、効果は無いに等しかった。

 そしてその結果は――――。語るべくもないだろう。

 

「それは、辛かったな……」

 

 拓海は、明らかに落ち込んでいる金剛を慰める。

 

「榛名は気にしないでと言ってくれマシタ。でも、私の所為で榛名は……」

「考えすぎじゃないかな」

「そう、デスカ……?」

「寧ろ、金剛はよく頑張ったって褒められるべきだろ。榛名は、金剛がどうした、何て一言も言ってなかった。金剛たちのことを心配してたくらいだ」

 

 そう言うと、金剛の顔が驚きの色に染まる。

 金剛は、自分が磯貝の想いが叶ってほしいと、純粋な良心から行動を起こしただけだ。聞いた話と拓海が知っている末路から考えて、榛名に嫌な思いをさせたのは磯貝単独による暴走と考えていいだろう。

 それに、榛名は言葉通りそのことについて何も口にしてはいない。南鳥島で再会したときも普段通り接していたし、呉では気遣われる側である筈の榛名が、逆に磯貝の死でショックを受けていた金剛を励ましていた。

 

「本当デスカ……?」

「ここで嘘吐いてどうするんだ。金剛は人の恋路を良かれと思って応援しただけで、何にも悪いことはしちゃいないよ。金剛は頑張ったって分かるし、それは皆も知ってるんじゃないか」

「タックー……」

「不安なら、後で話をしてみたらどうだ? 意外と気にしてないと思うよ」

 

 若干楽観的ではあるが、そんな提案をしてみる。

 金剛は暫し迷ったように考えていたが、やがて飲み下すように頷くと、いつものような天真爛漫な笑顔が戻ってきた。

 

「そうネ。タックーの言う通りかもしれないデス。当たって砕けろ、デスネ!」

「砕けちゃだめだろ、砕けちゃ」

「なら、タックーも私と一緒に榛名と話、してくれマスカ……?」

 

 金剛は、甘えるように上目遣いで拓海を見つめる。

 不意にしおらしい態度を取られて、拓海は一瞬心を奪われそうになる。そんな内心をおくびにも出さないように注意しながら、首を縦に振った。

 

「分かったよ。俺も一緒に、話を聞くから。……早く格納庫に行こう」

「アリガトウゴザイマース! 約束だからネ!」

 

 そう笑って金剛は振り返り、速足で格納庫の方に歩き出す。

 拓海は彼女の背中を微笑ましく見つめながら、後に続くのだった。

 

 

 

 

 格納庫まで金剛を送り榛名たちと言葉を交わした後、拓海は急いでオペレーティングルームに戻った。

 艦娘の出撃予定海域に着くよりも前に、何とか到着する。

 壁沿いに設けられた席にはCROCSの機材を小型化したものが配置され、それが6人分あった。

 兼続と3水戦の渋谷諒大佐は、既に拓海から見て右側の三つ並べられた席のうち二つに座っている。

 

「来たか。早く席に着け」

「はい……!」

 

 真ん中に座っていた兼続に促され、拓海は空いている彼の右側の席に着く。

 システムを起動、ログインIDとパスワードを入力。ログインが完了し、次に第2戦隊とのリンクを開始する。作戦域の海図、地図に問題なし。座標モニタリング、良し。各艦娘のコンディション、異常無し。確認し、インカムを装着。

  正式な出撃としては、これが()()となるが拓海に精神的な動揺は無い。緊張こそすれど、支障無くやっていける。

 拓海は自分の両頬を叩いて気付けをし、金剛との通信を開始した。

 

「こちら、白瀬拓海。旗艦金剛、聞こえるか?」

《バッチリ聞こえるネ》

「艤装は完了しているか?」

《もう終わってマース。妖精さんは平気だって言ってるデス》

「了解。こっちからも確認する」

 

 6人分の艤装状態をインストール、チェック。35.6cm連装砲、電探、偵察機に問題無し。伊勢型の瑞雲全機、発艦可能。艤装リンクの状態、良し。

 カメラユニット起動。問題無し。通信状態、良好。

 この1ヶ月のカリキュラムのお陰で、小型化していてもシステムを問題無く動かすことが出来た。

 CROCSは本土にある鎮守府や大きな泊地の場合、オペレーターが付いていて艦隊単位での纏まった処理を行う。しかし一部泊地や基地、南鳥島のような離島の場合はその必要は無く、司令官自らが操作するのは珍しいことでは無い。それはこの“さがみ”も例外では無かった。

 

「艤装は全て問題無しだ。全員のバイタルも安定。いつでも行ける」

《Thank you ネー! 出撃順は?》

「二番目だ。3水戦が出た後に、出撃する」

《了解デース!》

 

 金剛の返答とほぼ同時に、“さがみ”が一気に減速していくのを体に感じた。艦娘の出撃に際して、安全を確保するための措置だ。

 

「“さがみ”が攻撃を開始した。俺たちも始めるぞ」

 

 CICと艦橋から情報を受け取った兼続が、拓海と諒に伝える。

 拓海にも、ミサイルか何かを発射したような爆音と振動が伝わってきた。

 深海棲艦には、通常攻撃は通用しない。しかし全く意味が無いというわけではない。“さがみ”は、支援部隊到着までのカバーと牽制を同時に行おうとしている。

 

「了解。第3水雷戦隊、準備はいいか?」

《旗艦長良、いつでも行けます!》

 

 1番手に出撃する3水戦に諒が確認を取り、長良がそれに答える。やり取りはそれぞれの部隊で別々のため、拓海には聞こえなかったが、その様子からこちらの出番も近いと感じ取った。

 

「艦長から、出撃許可が出た。部隊を出せ」

 

 兼続の言葉を受けて、諒はマイクに声を吹き込む。

 

「第3水雷戦隊、出撃!」

 

 諒の合図で、第3水雷戦隊が大海原へ向けて発進する。

 “さがみ”の現在位置を示す地図では、南鳥島から南の沖合で止まるこの艦の艦尾部分から6つの緑色の点が吐き出されていた。同時に味方識別が行われ、艦娘の名前が次々に記されていく。

 出撃したのは、長良、五十鈴、三日月、望月、吹雪、白雪。“さがみ”艦尾から飛び出した彼女たちは、既に敵1隻の識別が見えている海域へと直行する。

 

「次、第2戦隊。金剛、比叡、榛名、霧島、伊勢、日向、カタパルトへ」

 

 それを確認次第、今度は拓海が自分のマイクに声を入れる。

 

 この艦には、鎮守府などで見られるような出撃用カタパルトの艦載版がある。これは“するが”型3隻全てに搭載されている。それを使って、彼女たちは出撃が可能となる。

 格納庫自体、艦尾の内側のスペースをほとんど占有して作られており、その中には艤装のメンテナンス装置や2隻分の簡易入渠ドッグまで用意されている。さながらミニ鎮守府のような機能を、この艦は備えていた。

 

《第2戦隊、準備完了デース!》

「よし。第2戦隊、出撃!」

《私たちの出番ネ! Follow me! 皆さん、ついて来て下さいネー!》

 

 金剛の陽気な声と共に、第2戦隊が出撃する。“さがみ”を出た後は、3水戦を追随する航路を取った。

 続いて、兼続指揮下の第5航空戦隊も続く。

 翔鶴は出撃をするなり、敵がいると思しき方向へ高速索敵機・彩雲を飛ばす。味方である6水戦の捜索も含んでいるのだろう。反応がまだ見えないところからするに、ここから離れたところにいるのかもしれない。

 

「――――艦長から確認を取った。南鳥島泊地にいる司令官1名と士官2名は無事だ。6水戦は機器の損傷と軽度のジャミングで通信状態が悪く、行方の確認が()()()では取れないそうだ」

「ということは、こちらでは確認が取れたんですね?」

 

 兼続の言葉に、彼よりもやや年若い諒が敬語尋ねる。

 

「既に本艦がジャミング中和装置を使用し、彼女たちの無事を確認した。だが、響が大破、他全員も大破寸前の中破状態で、現場海域から動けなくなっている」

 

 誰一人として沈んでいないことに安堵しつつも、予断を許さない状況に拓海は同時に焦りも覚えた。

 誰かから通信が入り、兼続がインカムを耳に押し当てる。

 

「翔鶴か。――――そうか、了解した。至急、艦載機を全機発艦だ。出し惜しみはするな」

「見つかりましたか」

 

 諒の言葉に、兼続は首肯する。

 

「ああ。ここより南東へ5kmの海域だ。先に俺の部隊の艦載機を急がせる。二人は指定場所に急行し、敵を発見次第攻撃。味方の救出も行ってくれ」

「了解!」

「了解しました!」

 

 それを聞いた拓海たちは、早速指示を飛ばして彼女たちを南東へ向かわせる。

 ほぼ全速力で駆けて行く金剛たちの頭上を艦載機が通り過ぎ、やがて地図と海図の上に敵と味方の反応が見え始めた。追従している小型カメラユニットの映像からも、遠めだが誰かが蹲っている様子が見える。

 

「伊勢、日向、瑞雲を真っ直ぐ飛ばしてくれ。5航戦の後に続いて航空攻撃だ。牽制でも構わない。金剛、比叡、榛名、霧島は偵察機を飛ばして弾着観測射撃の準備だ」

《伊勢、了解しました!》

《日向、了解》

《金剛、了解デース!》

 

 次々と返答が帰って来て、すぐに金剛たちは瑞雲や偵察機を正面に向けて飛ばす。

 空母の艦載機編隊の後を、瑞雲と零式水上偵察機が飛んで行く。

 

 パイロットの妖精と視界イメージを共有した金剛たちによって、前方の海域の情報が送られてくる。

 海図上に、次々と敵の正確な情報が更新されていく。カメラユニットからも、その影が遠目に見え出していた。

 

「なっ……!」

 

 兼続が声を漏らし、拓海も唾を飲み込んで画面を見る。

 カメラには、幾つもの不気味に揺らぐ黄色い光がある。手前には、6水戦の面々と思しき影が蹲っていた。その上では、どこからか橙色の敵艦載機が自由に飛び回り、彼女たちを弄ぶように空中を踊っていた。

 

「よりにもよって、こいつらか!」

 

 兼続の怒声が、部屋に響く。

 海図に示された敵の情報は――――。

 戦艦タ級flagship、重巡リ級flagship、軽巡ヘ級flagship……。

 各艦種でも特に脅威とされる個体たちが、無表情に6水戦へと攻撃を加えていた。

 倒そうとするわけでも無く、逃がそうとするわけでも無い。ただ、彼女たちを上空の敵機と同様に弄んでいる光景が目に飛び込む。

 拓海の全身が、沸騰するように一気に熱くなった。

 

「敵の親玉は随分な趣味をしていやがる……! 全部隊、攻撃態勢に移れ! 空はこちらで抑える!」

 

 兼続も怒りを覚えたのだろう。声を張り上げ、翔鶴たちに指示を飛ばし始める。

 

「第2戦隊、砲撃開始だ! 2隻ずつで、敵3隻を攻撃。3水戦の突入を援護だ!」

 

 拓海も通信を入れ、攻撃の合図を送る。

 

《了解デース! 全砲門、Fire!!》

 

 金剛たちの主砲が次々に火を噴き、敵3隻に襲い掛かる。しかし敵も機敏に反応し、着弾地点から素早く離れ、初撃は空振りに終わる。

 

「タ級が撃ってくるぞ! 散会して衝撃に備えろ!」

 

 映像越しにタ級の動きを捉え、拓海は指示を飛ばす。金剛と比叡、榛名と霧島、伊勢と日向の組み合わせで、初弾命中をかわす。続け様に2発目、3発目の至近弾が三手に分かれた金剛たち水しぶきをかける。

 

《アイツ、1隻で私たちを相手にするつもりか!?》

 

 タ級は自身が持つ砲を器用に3方向へ向け、こちらの装填が終わるよりも早く打ち込む。

 榛名と霧島が、3水戦に向かうリ級とヘ級の方にも砲を向けるが、タ級によって阻止された。

 

《ヒエーッ!》

 

 インカムから比叡の悲鳴が聞こえてきて、拓海は急いでバイタルチェックをかける。直撃は避けたが、眼前で敵砲弾が爆発した所為で艤装にダメージが出ている。しかし、まだ無視出来る程度だ。

 

「榛名、霧島、暫く目標はタ級だ。対空に気を付けてくれ。比叡はまだ小破にもなっていない、十分戦える。――――すみません、こっちはタ級から離れられそうにないです」

 

 指示を飛ばした後、拓海は兼続と諒に自部隊の現状を伝える。

 

「渋谷大佐、そちらはどうだ」

「大丈夫です。その2隻は3水戦が引き受けましょう。――――五十鈴から潜水艦が1隻、近くに潜んでいると報告がありました。爆雷とソナーはあるにはありますが――――敵を捉え切れていません」

「渋谷大佐、こちらから瑞雲を数機回します。上空からの援護になりますが」

「十分だ。助かる」

 

 水上や上空からだけでなく、水中にも脅威が潜んでいる。3水戦は3隻が対潜攻撃手段を持って来ているが、確実を期すならば瑞雲も回した方がいいだろう。

 諒は申し出を即座に受け入れ、拓海は伊勢と日向に指示を伝える。

 

「3水戦が潜水艦を見つけた。余っている瑞雲はあるか?」

《はい。先ほど戻ってきた数機なら……》

《私の方も同じだ》

「急いで3水戦の援護に回してくれ。負担は増えるけど、頼む」

《大丈夫です。伊勢、了解しました》

《日向、了解だ》

 

 伊勢、日向の両名から瑞雲数機が飛び立ち、3水戦の上空で対潜行動を開始する。タ級の相手をしながら瑞雲を複数の方向に分けるという無茶振りに、伊勢と日向は難なく答えている。パイロットの妖精の力も含めて、これが航空戦艦せあるということを拓海は実感していた。

 

 そして、戦況は5分――――ややこちらが不利なまま推移していた。

 5航戦が制空権を中々取ることが出来ないのが、主な要因だろう。

 彼女たちの戦闘機は紫電改二と、零式艦戦52型だ。どちらも決して悪い機体では無いが、敵艦載機の方が質と量共に上回っている。

 戦闘機はじわじわと落とされ、対空能力が無いに等しい艦攻や艦爆が海へと散っていく。

 敵の艦攻と艦爆はその合間から金剛たち支援部隊を攻撃し、妨害する。3水戦や第2戦隊はそれを避けながら水上の敵を相手しなければならず、状況は徐々に悪い方へと傾き始めていた。

 

「やはり、母艦は奥から出て来ないか……。このままでは拙いな……」

 

 兼続は自分の所の画面を見て、歯噛みする。

 追えば、追撃が来る恐れがあり6水戦も助けられなくなる。しかし前に進もうとしても、敵の猛烈な攻撃の前に阻まれてしまう。

 

「せめて敵の攻撃を妨害して、神通たちを救出する隙くらいは作りたいですね」

 

 同意するように、諒も呟く。

 どっちにしてもこのまま戦っていれば、助けを待っている彼女たちが力尽きてしまう恐れもある。その憂いだけは絶っておきたいところだった。

 

「場所の検討はついているんですか?」

「ああ。だが、敵艦載機の動きから推測してこの艦から大体20km程度は離れているだろう。距離が遠くて、仮に抜けられたとしても追撃は免れないな。尤も、それすら許してはくれんだろうが」

 

 拓海の質問に、兼続は翔鶴たちから貰ったデータを元に分析する。

 全速力で行こうにも限界はあるし、艦隊がバラバラになって集中攻撃をされてしまう。特に航空機などは足が速いので、振り切ることも不可能だ。

 そこまで考えて頭の中で何か引っ掛かっていた時、伊勢の声が拓海の耳に入った。

 

《見つけた……! 望月さんにソナーを使うよう伝えてください。潜水ソ級です》

「分かった! 渋谷大佐、伊勢の瑞雲が潜水ソ級を発見。ソナーをお願いします」

「流石は航空戦艦だ。早いな。望月、ソナーを使え。瑞雲が指示している辺りにソ級が要る筈だ。――――大丈夫だ。あんたの三式ソナーを信じろ」

 

 程なくして、五十鈴が潜水ソ級を沈めたという報告がオペレーティングルームにも届く。これで、水中の心配事は水上艦と艦攻からの魚雷だけに減った筈だ。潜水艦がいなくなったからといって安心は出来ないが、負担はやや減ったことだけは確かだった。

 

「待てよ……。魚雷……?」

 

 確か、この艦には最新の魚雷が搭載されていなかったか。

 

「どうした、白瀬拓海」

「その……。“さがみ”は最速で目標に到達する魚雷を積んでいると、呉を出るときに聞いたんですが……」

 

 呉を出港する直前、艦長から艦の装備について簡単にだが、拓海は聞いていた。細かいことは教えてもらっていないのでそれ以上は分からず、何か知っているかもしれない兼続に聞いてみる。

 反応は案の定のようで、「そうか」と漏らしながら艦橋に内線を繋いでいた。

 

「――――艦長、例の魚雷をこれから指定する海域に何本か打ち込んで貰えませんか? ――――ええ、損傷は与えられませんが、あの速さと威力ならば妨害は十分に可能でしょう。その隙に、6水戦を本艦に回収します。――――はい。宜しくお願いします」

 

 通話を終えると兼続は、拓海と諒に告げる。

 

「“クラミツハ”を使用する。CICからの予定コースを二人に渡す。そこから各艦娘を退避させろ。その後はなるべくコースに近づかせないように。発射数は4本。敵の航空攻撃が途切れ次第、3部隊でタ級たちを押し戻す。隙を見て6水戦は退避。大破している響は、第2戦隊から一人を牽引に回せ」

 

 画像データが転送され、拓海と諒はそれを見つつ素早く兼続の言葉を実行する。

 画像には“クラミツハ”のデータも一部書かれており、速力は最大300ノット程度、2分ほどで目標に辿り着き次第、海面近くで自爆させるという内容が書いてあった。

 金剛たちを退避させながら、拓海はその出鱈目さに息を呑むしか無かった。

 

 艦娘たちの退避を確認すると、魚雷“クラミツハ”が20km先の海に向けて発射される。それは拓海たちの画面からも確認出来、魚雷は猛スピードで海中を突き進む。

 ものの2分で1本目が届き、反応が消失したことで炸裂を確認する。インカムにもカメラユニットを経由した轟音が響き、映像では遠目にも分かるほどの波しぶきが上がる。その瞬間、敵航空機の統率が僅かに乱れたのが、海図上のアイコンから確認出来た。

 続けて、2本目から4本目までも順次撃たれ、その度に敵機は混乱していく。

 自分たちのリーダーに何かあったことを察知したタ級たちは、攻撃の手を止めて魚雷が炸裂した方角を見つめている。

 

「今だ――! 5航戦、反撃だ!」

「3水戦、水雷戦用意!」

 

 兼続の声を狼煙として、状況が一気に傾く。彼に続いて、諒も自分の部隊に指示を送っていた。

 

「第2戦隊、通常弾を装填。前に出てくれ。6水戦の安全確保を最優先だ! それと、榛名は響を見つけ次第、“さがみ”まで牽引してきてくれ。伊勢と日向は、二人に護衛の瑞雲を回してくれ」

《榛名、了解しました! 響ちゃんは一緒に戦った子です。絶対に助けます!》

《伊勢、全力でサポートするわ!》

《日向、右に同じく》

 

 拓海の言葉で、第2戦隊も次の動きを見せる。

 榛名を選んだのは個人的な信頼もあるが、響ともそれなりに仲が良く、彼女自身が長い期間南鳥島を守り続けていたという実績があるからだった。

 艦娘として、戦隊の誰よりも修羅場を潜り抜けて来た彼女にこそ、任せるべきだと思ったのだ。

 

 3水戦を先頭に、前線が少しずつ押し上げられていく。

 タ級たちは航空支援が切れ、その隙に叩き込まれる攻撃によって後退を強いられる。

 退路を阻まれていた6水戦の前に道が開かれ、敵との間に割り込むように3水戦が追撃を仕掛ける。

 空からは天山や彗星などがタ級たちに襲い掛かり、水上では金剛たちが支援砲撃を行う。

 タ級やリ級が器用に避けて下がる中、霧島の攻撃はヘ級に直撃。動きが止まったところに3水戦の雷撃が撃ち込まれ、ヘ級は成す術も無く海へと消えた。

 仲間を倒されたタ級が3水戦に照準を変え、猛反撃を行う。敵を撃沈して油断していた吹雪と白雪が、直撃弾を受けて中破してしまった。

 

 程なくして3水戦に守られていた6水戦の面々が、撤退を開始。しかし、響だけはその場から動けない状態が続いていた。

 

「榛名、砲撃を中断して響の保護に回ってくれ。霧島は、榛名の直援を頼む。このままだと3水戦が耐え切れない」

 

 諒から五十鈴たちの状況を伝えられ、拓海は即座に指示を出す。

 海図を見ると、態勢を立て直したのか敵航空機が徐々に増え始めている。このまま戦い続けるのは無理だと判断し、響の即時救出に切り替える。本当ならば安全を確保してからが良いのだが、逆に響どころか艦隊全体にも悪影響を出しかねないだろう。

 

「渋谷大佐、艤装リンクは使えないのか?」

「無理です。艤装の損傷状態が最悪です。こちらからの信号受信も出来なくなっています。自動航行への切り替えは無理かと。下手にやっても、響の身体にどんな負担が掛かるか分かりません」

 

 兼続の問いに、首を横に振る諒。

 CROCSとの接続により、艦娘の艤装を一時的にロックして自動航行モードに切り替える機能がある。主に艦娘の緊急回避用に使われるのだが、響の場合それが不可能になってしまっているのだ。十中八九、敵の猛攻撃によるものだろう。

 二人のやり取りを聞いていた直後、榛名が響の傍に到着したことを確認する。

 

《こちら、榛名です。響ちゃんを発見しました》

「容体は?」

《意識が朦朧としています。……あと少し遅れていたら、轟沈していたかも、しれません……》

「なっ……」

 

 榛名の苦しげな声に、拓海は息が詰まる思いをした。

 カメラユニットは金剛たちの方にいるため、響の正確な様子は分からない。だが遠目に見ると、榛名が響を抱き抱えている様子は何となくだが分かった。

 幸い意識は無くしていないようだが、それでも非常に危険な状態であることは、それらの情報だけで十分に判断することが出来た。

 

「……響を連れて、早くそこから戻って来てくれ。格納庫の方に直接行くんだ」

《……分かり、ました。響ちゃん、もうすぐだから、頑張って……》

 

 榛名が、響に声を掛けているのが拓海の耳にも届く。

 

「白瀬、響の様子を」

「……はい。榛名からの報告によれば、意識はかなり朦朧としていて、轟沈寸前の状態だった……と」

「……そうか。入渠ドッグの準備は出来ている。戻って来たら、すぐに入れるように」

「了解、です」

 

 拓海は何とか、兼続に響の現状を伝える。それを伝えるだけでも、胸の内に重いものを感じた。顔見知りなだけに、その辛さに耐えるのがやっとというところだった。

 兼続はそれ以上何も言わず、自分の部隊の指揮に戻る。

 拓海も気持ちは晴れないものの、何とか意識を切り替えて自分の仕事に取り掛かった。

 今の自分は、指揮官という立場だ。こんな時にしっかりしなくてはどうする、と自分に言い聞かせる。

 

 

 6水戦が交戦海域から抜けた後は、3部隊の艦娘と敵艦との戦闘が再び激化していた。

 タ級は相変わらず無類の強さを発揮し、リ級も相手を寄せ付けない戦いをしている。敵母艦も態勢の立て直しが終わったようで、敵機の数は先ほどと変わらない数にまで回復していた。

 一方で3水戦は2隻が損傷。第2戦隊も砲撃を続けるが決定打は与えられず、5航戦は艦載機の消耗で徐々に制空権を巡った争いで押され始めていた。

 

 このままでは敵に押し切られる。

 

 誰もが、そう思っていた時だった。

 新たな味方艦娘の援軍が、この海域に到着した。

 

 

 




 それではまた次回、お会いしましょう。

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