艦隊これくしょん―黒き亡霊の咆哮―   作:ハチハル

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 思いの外、早く投稿出来ました。

2015/09/11 文の一部修正を行いました。


第24話 送り出す者

 拓海が南鳥島の襲撃を知る2時間以上前のこと。

 

 光樹は秘書艦である三笠と共に、横須賀鎮守府本庁舎の地下1階にある「第1作戦司令室」にいた。

 部屋の前方にオペレーター席が並べられ、正面の壁には多くの情報が表示された巨大なディスプレイが3枚埋め込まれている。後方には司令官用の席が設けられ、同時に5人ほどが座れるくらいのスペースが確保してあった。

 光樹はその司令官席の、ディスプレイに向かって右から2番目の座席に腰を下ろしていた。その斜め右後ろに、彼に付き添うように三笠が立ち、ディスプレイを注視している。

 光樹もまた、ディスプレイの情報と手元の書類を交互に見ながら、“事”の推移を見守っていた。

 

「おはよう、鳴川君。寝なくて平気かね?」

 

 真ん中の席に座る人の気配がして顔を上げると、上司である大輔の姿があった。

 挨拶をすべく立ち上がろうとすると手で制され、光樹は大人しくそれに従う。

 

「おはようございます、笠川大将。まだ一晩経っただけなので、大丈夫ですよ」

 

 光樹がそう言うと、大輔は皮肉げに笑って肩を竦めた。

 

「この老いぼれめは無理が効かんからな。だが、だからと言って徹夜は体に悪いぞ。少し寝て来たらどうだ」

「自分は第1艦隊の指揮がありますから。この作戦が終わるまで、眠れませんよ」

「それもそうか。……それで、状況はどうなっている?」

「はい。至って順調です。今日未明までに、得撫(ウルップ)島と幌筵島の間の海域にいる深海棲艦を掃討済みです。現在は新如(シムシル)島ベースからの補給を受け、幌筵島攻略開始は0700(マルナナマルマル)。あと10分ほどです」

 

 大輔から報告を求められ、手元の紙に印刷された地図を指さしながら、光樹は説明をする。

 

「損害状況は?」

「至って軽微です。10水戦の那珂、荒潮両名が小破。支援艦艇や航空機に損害はありません。ですが、ここから先は一気に増えることになるでしょう」

「泊地棲鬼以下、推定30隻程度の敵艦隊か」

「はい。艦娘の偵察機と望遠観測による情報から推測するに、制空権確保はそう難しいことではないでしょう。ですが戦艦や重巡が多くいるため、苦戦は免れません」

「ここが正念場というわけだな」

 

 そこで報告は終わりとなり、二人は作戦について言葉を交わしながら、状況開始の時を迎えた。

 

 

 

 

 時間を更に遡ること、二日前の6月12日。

 ゴジラによる日本襲撃があった日の未明に、その時点での日本の勢力圏で最も北にある択捉島で、深海棲艦の襲撃が起こっていた。

 島の北端部に置かれていた小さな拠点を狙い、空爆や艦砲射撃が突如として始まったのだ。

 単冠湾の第5艦隊司令部は、すぐに敵の出所が得撫島であると判断。択捉島に襲来した敵を返り討ちにすると同時に、即日「得撫島攻略作戦」が発動された。

 日没までに、軽空母ヌ級と戦艦ル級が中心となった多数の敵艦を掃討・殲滅し、得撫島を確保する。

 

 事態はそれで収束すると思われたが、日没直後に急展開を見せる。

 カムチャツカ・チュクチ連邦――通称カムチャツカ連邦の首都カムチャツキーから、突如としてアリューシャン方面並びに、幌筵・占守島方面から苛烈な攻撃を受けていると連絡が入った。敵はやはり深海棲艦で、小型艦から大型艦にかけて100隻以上が出現したと言うのだ。

 沿岸部は居住禁止区域だったため、幸い一般住民の被害は無かったが、代わりに軍の関連施設や港湾施設が多数、破壊されていた。

 連絡を受けた日本政府は、翌13日にかけて「日カ深海棲艦連携条約」に基づき、特生防衛海軍に出動を要請。それを受けて、敵の片方がいると推測される幌筵島、占守島への部隊派遣を決定する。

 第5艦隊の単冠湾泊地部隊と、横須賀の第1艦隊、舞鶴の第4艦隊からも部隊を出し、臨時に連合艦隊を編成。

 敵影の認められなかった新如島に簡易ベースを設置し、13日夜に「幌筵・占守島攻略作戦」が発動された。

 

 

 

 

 第1作戦司令室の中央のディスプレイには幌筵島周辺の海図が映し出され、艦娘や敵の位置がリアルタイムに更新されている。両脇では艦娘の損傷状況や、実際の戦場の様子が映し出されていた。映像は小型自立飛行カメラによるものだ。

 映像は艦娘が収集した情報と共に、CROCSを用いて新如島ベースを経由して単冠湾、横須賀、舞鶴に送られる。

 カメラはより安全な、艦娘の部隊の後ろを飛んでいるためかやや遠くて見辛いが、ディスプレイの海図の情報のおかげで、戦況を把握することは出来る。

 

 緑色の矢印のようなアイコンが味方艦娘、赤が深海棲艦だ。味方の方には「KAGA」などと表示して位置を分かりやすくしているが、対する敵はその都度、どれがどの個体かが更新されていく。実際に艦娘が確かめた情報に合わせて、表示をしているのだろう。

 

 赤城旗艦の第1航空戦隊、葛城旗艦の第3航空戦隊、祥鳳旗艦の第4航空戦隊の各4隻、計12隻から緑色の点が飛び出していく様子が見える。これが、彼女たちの艦載機を示している。対する深海棲艦の艦載機は、やはり赤で表示されていた。

 

 機数の上では、こちらの方がやや有利。しかし元々搭載機数の少ない、3航戦や4航戦は劣勢を強いられていた。

 持っている艦載機が、零式艦戦52型などの旧式装備ばかりなためだ。艦載機の開発が追い付いておらず、配備遅延の影響がこのような場面でよく表れている。敵に、明らかに性能が上な戦闘機がいる所為でもあるだろう。

 

 一方で1航戦の面々は、より良い装備が施され、本人たちや妖精の練度が高いこともあって正に破竹の勢いといったところだ。

 次々と敵艦載機のアイコンが消え、味方のフォローに回り、敵に爆撃や雷撃を仕掛けてダメージを与えていく。

 彼女たちによって、制空権は確保したのも同然な状態になっていた。

 

 

 その後も作戦は順調に進み、あと1時間で幌筵島を確保出来そうだ――――。そんなタイミングの時だった。

 大輔と光樹に、南鳥島が襲撃を受けたという報が届いた。

 

 慌てた様子で50歳弱の男性が部屋に入るなり、挨拶もそこそこに大輔に何か耳打ちをする。

 男性が去った後の大輔は、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

 

「鳴川君。本日0600(マルロクマルマル)に、南鳥島泊地が深海棲艦に襲撃された。呉の芝浦大佐からの報告だ」

 

 事のあらましの説明と共に、大輔は先ほどの男性が置いて行った衛星写真を光樹に見せる。

 

「ウェークからの“雲”ですか」

 

 ウェーク島から南鳥島の方へ伸びる、不気味な赤を纏った雲を見て光樹は顔を顰める。

 推測が間違っていなければ、敵はウェーク島から来た可能性が高い。同時にこの雲の直下には大抵、石垣島の泊地棲姫よりも上の強さを誇る個体が存在している。

 南鳥島は今後の展開において重要な島だ。ここを奪い返されることだけは、阻止しなければならない。

 諸々の問題はあるが、今は如何にして島を守るか考えなければなるまい。

 

 そう考えて、光樹は前方のモニターで幌筵島海域の戦況を再確認する。

 制空権は既に確保。敵艦も現時点で半数ほどが撃沈されている。残っている敵も、6割ほどが中型艦、小型艦だ。あと少しで、掃討戦に移ろうかというタイミングだ。

 

「敵は大型空母クラスを中心とした編成……。呉は1部隊を残して、全部隊で島へ急行……。となると、それを相手に出来る艦娘は……」

 

 ぶつぶつと呟きながら状況を整理し、横須賀側の出来る対応を検討する。

 思ったよりも声は響いていたらしく、それを聞いていた大輔は光樹がしようとしていることを察していた。

 

「第1航空戦隊に任せるしかあるまい」

「はい。制空に関しては、3航戦と4航戦に任せて問題ないでしょう。旧式とは言え、“ゼロ”ですから」

 

 1世紀前の大戦では、一時空の覇者として名を馳せたオリジナルの名前を持ち、それに見合う性能を持った艦載機だ。その艦載機隊を指揮する艦娘たちも、決して練度は低いわけでは無い。

 一方で南鳥島は、数えきれないほどの艦載機が襲って来たようだ。その艦載機たちも恐らくは、“色付き”と考えていいだろう。

 

「呼び戻したとしても、横須賀を出発出来るのは1500(ヒトゴーマルマル)になってしまうでしょう。“するが”の出撃許可を頂ければ、距離としてはこちらの方が近いので、呉の第3艦隊が向こうに到着する前後までには行けます」

「“さがみ”は既に許可を出している。“するが”も同様、出撃させて構わん。“特別権限”を使え。上からの文句はこちらで対処しよう。鳴川光樹少将、現時刻を以て南鳥島の防衛及び、救出作戦の指揮を命じる。以後、作戦名は――――」

「『マルス作戦』……というのはどうでしょう」

「軍神の名か。南鳥島(マーカス)とも縁のある言葉だな。それで行くとしよう。念の為、戦時には第4作戦司令室を使ってくれ」

「了解しました」

 

 大輔の許可を得るなり光樹は手元の電話子機を取り、単冠湾泊地にいる毛利暉博(てるひろ)中将・第5艦隊司令長官に繋ぐ。部屋を移る前に、連絡は通しておかなければならないからだ。

 数回のコールの後、電話のスピーカーの向こうから年季の入った硬い声が聞こえた。

 

《……鳴川だな? 話は既に聞いている。詳細な情報はこれからだが……。必要な艦娘は?》

 

 話が早くて助かると思うと同時に、彼の理解力には舌を巻かされる。

 様子からすると、敵の敵襲を受けたという第1報だけのようだ。それだけ、呉の方で混乱が起きているのかもしれない。横須賀に回すだけで手一杯なのだろう。

 しかしそんな状況でも、少ない情報から推測し先回りをする。その能力の高さが、毛利暉博の特徴だ。

 

「第1航空戦隊の4人です。呉から5航戦が出るでしょうが、敵は大型の空母――――“鬼”か“姫”辺りがいる可能性は否定出来ません。そうなった場合、いくら彼女たちでも劣勢は確実でしょう」

《笠川大将は何と?》

「“するが”出撃の許可が出ています。1航戦は横須賀港から向かって貰います」

《彼女たちの指揮権は元々、横須賀(そちら)のものだ。すぐに手配しよう。通常の輸送機になるが、1300(ヒトサンマルマル)前までには厚木に到着させる》

「分かりました。鳴海少将にも宜しくお伝えください」

《彼が司令官だったな。こちらも了解した。それでは、貴官の検討を祈る》

 

 ものの5分程度で通信は終了し、電話の子機を置くと光樹は席から立ち上がった。

 上官である大輔の方が見上げる形になってしまうが、今はそんなことも言っていられない状況だ。当の本人も、別に気にしていない表情だった。寧ろ、光樹を労わるように見つめている。

 

「それでは、お先に失礼します」

「ああ。仕事は山積だろうが、少しでもいいから寝ておくんだ。明日、身が持たないぞ。三笠もな」

 

 大輔は、光樹の後ろに控えていた三笠にも目を向け、言葉を掛ける。

 彼女もまた、光樹に付き添って徹夜の身だ。光樹に比べればまだ平気かもしれないが、それでも光樹と共によく知っている三笠を心配してのものだろう。その感情は、孫や娘に向けるものに近かった。

 

「はい、ありがとうございます。総司令官殿。機会があれば、提督と3人でお茶は如何ですか?」

 

 三笠はその気遣いに感謝を示しつつ、臆することなく笑みを浮かべながら尋ねる。

 

「ありがとう、楽しみにしているよ。それでは二人とも、体に気をつけてな」

 

 大輔も頬の皴をより深くして笑いつつ、二人を送り出す。

 光樹と三笠も揃って「ありがとうございます」と礼を述べながら、第1作戦司令室を退出したのだった。

 

 

 

 

 第1作戦司令室を出た光樹は、待機中のオペレーター要員を呼び出した後、一旦執務室に戻る。

 部屋に入るなり自分の机に直行し、受話器を取ってダイヤルを回す。箱崎町の港に連絡をするためだ。“するが”も他の特性防衛軍の艦艇と同様、そこに係留されている。

 相手が電話に出たことを確認すると、光樹は名前と所属を明らかにした上で直ぐに伝達事項を口にした。

 

「特別権限A-6及びA-7により、“するが”の緊急出撃を行う。出撃予定時刻は1500(ヒトゴーマルマル)。急いでくれ」

 

 単刀直入にそれだけ伝えると、相手の応答を待たずに電話を切る。

 

 光樹が口にした「特別権限」は、「Aナンバー特別権限」と呼ばれるものだ。

 A-6が艦娘の緊急出撃を行うこと、A-7がそれに付随して輸送機や艦船などが必要になった場合に直ちに準備しなければならないことを意味する。

 一口に“特別権限”とは言っても、その権限を発動出来る者は一定しない。特生防衛海軍に認められた権限ではあるが、中には総理大臣でなければ発動出来ないものもある。

 

 兎も角これで、“するが”に関しては大丈夫だと確認すると、光樹は再び受話器を取って次のダイヤルを回し、次の連絡先へと繋いだ。

 

 

 

 赤城たちの厚木から横須賀までの輸送手段の確保、呉鎮守府を含めた各方面への連絡などで忙しく動き回っていると、あっという間に時間が過ぎていた。左腕に身に着けた腕時計は、既に午後の1時を示していた。眠っている時間など、無かったと言っていい。

 長年の軍人生活で慣れているとはいえ、やはり辛いものは辛い。だが、そうも言っていられないのも事実だった。

 

「そういえば提督、そろそろ白瀬さんが出撃しているころですよね?」

 

 三笠の言葉で、1時間ほど前に大輔から聞かされていたことを頭の中から引っ張り出す。

 

「ああ。今頃は、“するが”の同型艦“さがみ”に乗っている筈だな。まあ、南鳥島が襲われた時点で想像は出来たが」

「6水戦の皆さんと、打ち解けていましたし」

「まさか本当に、1ヶ月で認定試験に入るとは思わなかったけどな。飲み込みは早い奴だから、それほど心配していないが」

 

 認定試験を兼ねたこの出撃で、拓海が“新米少佐”になるかどうかが決まる。チャンスは1度きりでは無いが、ここで決めてしまってほしいと思う。

 そこで三笠が、思い出したように呟く。

 

「心配と言ったら……。白瀬さん、“さがみ”に乗っても大丈夫でしょうか」

「ああ……。()()か……」

 

 三笠が心配しているのは、“するが”が最大戦速になった時のことだ。

 “するが”型は、日本で初めてスーパーキャビテーション航行を実現した軍艦だ。最速でも60ノット以上。“改やまと型”でもあり、他の日本艦艇同様に特生防衛軍の蓄積された技術が反映された型でもある。

 拓海が乗ったことのある船は、速くても25ノットぐらいまでしか出ていないだろう。かつて青森と函館間を航行していた、高速フェリー程度の速さだ。

 その2倍以上の速さを誇る艦へ乗った時に彼がどうなるのか、確かに心配である。

 

「……俺もまだ、乗ったことは無いからな。なるようにしかならないさ……」

「私も出来れば、“するが”型には乗りたくないですね」

「それはまた、どうしてだ?」

「嫉妬してしまいますから……」

「…………」

 

 顔を赤くして俯く三笠と、何とも言えない表情で固まる光樹。

 自分よりも圧倒的に早い艦に乗りたくないというのは、未だ(フネ)としてのプライドを持っている彼女からしてみれば、無理もない話だった。

 

 

 

 

 

 2時間ほどが経過し、光樹と三笠は“するが”が停泊する埠頭に立っていた。眼前には、第1航空戦隊司令官・鳴海剛少将と赤城、加賀、蒼龍、飛龍の計5人が整列し、光樹を見ている。

 

「これで揃ったな」

「第1航空戦隊、これより『マルス作戦』を拝命する」

 

 敬礼する剛に続き、赤城たち4人も彼に続く。光樹と三笠も、敬礼を返す。

 剛が敬語で無いのは、光樹とは階級も年齢も違わないからだ。見た目は普通のおじさんといったところだが、これでも格闘術の使い手らしい。

 敬礼が解かれたところで、加賀が口を開く。

 

「『マルス作戦』……5航戦の子たちもいるのかしら」

「不満か?」

「いいえ。ただ、ちょっと気になっただけよ」

「出会い頭に仲間内で喧嘩はやめてくれよ? 特に瑞鶴とな」

「それは大丈夫。向こうが突っ掛かってこなければ、ですが」

「作戦行動中にだけは、やめてくれよ……」

 

 加賀の目に宿った殺気に、光樹は背中に冷や汗を掻く。どちらかと言えば恐怖というよりも、色んな意味での心労の方ではあるが。

 

 翔鶴とはお互いにあまり干渉せず、龍驤や龍鳳とは程良い先輩後輩の関係だ。しかし瑞鶴とはどういうわけか仲が良くない。

 主に瑞鶴の方から突っ掛かって加賀を怒らせているので、彼女の言は間違ってはいない。だが時折加賀の方からも小言や文句を言い、それが喧嘩に発展することもあった。

 2対2の演習中にそれをやらかし、おかげで二人は翔鶴と赤城の艦載機からペイント弾を雨あられとくらい、それを見た剛が烈火のごとく怒った事件があった。三笠と共に、体面など気にしていられないほど必死に仲裁したり宥めたりした記憶がある。

 

「加賀さん、私からもお願いします」

「赤城さん……」

「6水戦の子たちの命が掛かってるんです。この状況ですから瑞鶴さんから何か言われることも、無いと思いますよ」

「そうね……。分かったわ、赤城さん。何事も無く帰ってきたら、間宮さんのところに行きましょう」

「はい! 大盛りカレーですね!」

「貴女のそれは、特盛と言うのだけれど……。まあ、いいわ」

 

 赤城のおかげで、加賀の殺気が引っ込む。その代わりに、赤城の食い気が出てきてしまうのは、それはそれで頭が痛い問題だった。軍持ちとは言え、領収書の金額と上からのお小言が増えることは必至だからだ。

 

「そんなに食べちゃったら、お腹がはみ出ちゃいそう……」

「私は多聞丸に怒られちゃうかなぁ」

 

 おかげで空気は一気に弛緩し、蒼龍と飛龍などはそれぞれ溜め息を吐いている。それが一層、場の空気を緩めることに繋がった。

 

「さっきの緊張感はどこへやら……」

 

 光樹がその様子を見て脱力感を味わっていると、剛が小声で話し掛けてきた。

 

「この調子なら、当面は大丈夫だろう。きちっと、お前さんのダチを見てきてやるからよ」

「……そうだったな。拓海がしっかりやれるか、見てきてくれ。あんたの意見も、かなり重要だからな」

 

 気を取り直して、光樹も返事をする。少将である彼の意見は、大佐である兼続よりもさらに重みを増すだろう。

 何もなければ、明日の朝9時ごろに拓海は南鳥島付近にいる筈だ。作戦の成功と6水戦の無事もそうだが、拓海の試験通過も願わずにはいられない。

 

「ああ、任せておけ。――――ほら、お前ら。早く乗艦するんだ。艦長が首を長くして待ってるぞ」

 

 剛は自信たっぷりに請け負ってから、赤城たちを“さがみ”の乗艦用タラップに急かす。

 4人は慌てて、光樹に挨拶をしつつ“さがみ”に乗り込んで行った。

 

 

 

 

 

「全員、生きて帰って来いよ……」

「提督……」

 

 思い出すのは、こちらの世界に来て軍に入ってからの記憶。

 敵に乗艦を撃沈され、帰ってこなかった同期。ゴジラによって破壊された、横須賀の市街地。死屍累々と化した、宿毛湾泊地――――。

 

 これ以上、何も失いたくない。だからこそ、後方で自分に出来る限りのことをする。

 

 

 

 しかしこの時既に、彼がそんなことを願うのは許されなくなっていたのかもしれない。

 

 

 

 光樹はただ、横須賀の海を去っていく“するが”の後ろ姿をただ見つめているのだった。

 

 

 




 その場で作った設定を突っ込んでいく暴挙。後々辻褄合わせで苦労するかもしれないけど、後悔はしていない。


 
 それでは、またお会いしましょう。

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