艦隊これくしょん―黒き亡霊の咆哮―   作:ハチハル

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お久しぶりです。
イベント海域(E5丙まで)やらお盆やら、「Fate/grand order」やらに夢中になってました……。清姫(バーサーカー)が可愛い。
それはそれとして、ある部分において難産な回でした。

それでは、いざ抜錨!


第23話 戦う理由

 ――――深海棲艦、来襲せり。

 

 

 その一報が放送によって、呉鎮守府内を瞬く間に駆け巡った。

 続けざまに情報が、はきはきとした女性の声で届けられた。

 

『本日明朝、南鳥島泊地に深海棲艦が襲来。多数の敵艦載機により、空襲を受けた模様。敵戦力は不明。鎮守府内にいる第3艦隊所属艦娘及び、各司令官は直ちに本庁舎作戦会議室までお集まりください』

 

 そんな放送が淀みなく伝えられた後、10分と経たず本庁舎の中が蜂の巣を突いたように騒がしくなる。職員たちの足音や声は、待合室で経ったままだった拓海と榛名にもしっかりと聞こえていた。

 

「南鳥島に敵襲って……」

 

 南鳥島には、神通たち第6水雷戦隊がいる筈だ。明朝だと言うから、既に数時間は経っている。

 傍らの榛名に視線を向けると、彼女も動揺を隠し切れない様子だった。

 

「……兎に角、召集が掛かっているので私は行きます。白瀬さんは、どうされますか」

「俺も、会議室に行っていいか」

「その、白瀬さんはまだ司令官ではありません。追い出されるかもしれませんよ?」

「それでもだ。この世界に来て、榛名の次に会ったんだ。せめて、状況だけでも知っておきたい」

 

 榛名の指摘は、確かにその通りだろう。こうして鎮守府内の往来を許されているとは言え、身分上では未だに民間人だ。そんな人間が、重要な場所に入って行けるとは思えない。

 しかし、だからこそ拓海は6水戦の現状を知っておくべきだと思った。

 榛名は、そんな拓海の真意を確かめるように彼の目をじっと見つめた。

 拓海も榛名の視線を正面から受け止める。彼女の問いに答えるためでもあるし、既にある考えが浮かんでいたからだ。

 

「……分かりました。一緒に行きましょう。白瀬さん」

 

 暫く見つめ続けられるという、微妙に気まずい時間を過ごした後、榛名はゆっくりと頷いた。

 取り敢えず榛名には認めて貰えたようで、拓海はほっと一息を吐く。

 

「ああ……!」

 

 そう言うなり、拓海と榛名は同時にベンチ前から動き出した。

 向かうは作戦会議室だ。

 

 

 

 

 

 

「榛名、失礼します」

 

 榛名が作戦会議室のドアをノックし、先に中へ入る。

 後に続いて拓海も入室すると、既に来ていた金剛以下第2戦隊や翔鶴ら第5航空戦隊の面々が左手奥のスクリーンに向かって立っていた。

 60平米と少しあろうかという部屋は薄暗く、1つを残して机は全て壁際へと追いやられていた。残った机にはプロジェクターが置かれ、ホワイトボードの前に垂れ下がったスクリーンに日本列島の画像が映し出されていた。

 スクリーンの脇には髭を蓄えた大柄な男、芝浦兼続が立っていた。プロジェクターの光で浮かぶ顔は、眉間に皺を寄せていて険しい。

 

「ん……。お前も来たのか……」

 

 兼続の視線に射抜かれ、拓海は思わず身を固くした。それでも目を逸らさず、彼の瞳を見つめ返す。

 暫く見つめ合っているうちに「自分は場違いなのではないか」と思ったが、兼続は小さく溜め息を吐いただけで、特に咎めるようなことは言ってこなかった。

 

「白瀬拓海。在室を許可する」

「は、はい」

 

 反射的に返事をすると兼続は視線を外し、他の面子を見回した。

 隣で榛名がこっそりと安堵しているのを余所に、部屋にいる全員へ号令が掛けられる。

 

「これより、第6水雷戦隊並びに南鳥島泊地への支援作戦の概要説明を開始する」

 

 

 

「では、こちらを見てくれ」

 

 兼続のアイコンタクトで、端に前方右端に立っていた若い男がPCを操作する。それに合わせて画像が拡大されていき、南鳥島が画面中央よりやや左の方に表示された。島の形は辛うじて分かるという程度で、補足用に「南鳥島」の文字と該当地点がマークされている。

 

「既に知っているだろうが、本日明朝に突如敵が襲来し、南鳥島は被害を受けた。この画像は先日、軍の偵察衛星が撮影したものだ。そして――――」

 

 兼続が言葉を切ると同時に画面が切り替わると、部屋中に動揺が広がった。

 

「カネツグ提督。これって」

 

 声を上げた金剛に、兼続が頷く。

 

「そうだ。今から2時間前の、同じ地点の画像だ」

 

 そう言って一同に見せられた写真には、南鳥島から東の沖合を覆う気味の悪く赤みがかった灰色の雲が辺りを埋め尽くさんばかりに覆われていた。

 

「この赤味を帯びた雲は、主に強力な深海棲艦の個体がいると思しき場所に発生している。北太平洋地域では主に、アリューシャン、ミッドウェー、ウェーク島で観測されている。これらの地域には相当数の深海棲艦が潜伏していると思われるが、この雲によって観測は出来ず、ジャミングも厳しい。――――そして今回の件だが」

 

 再び画面が切り替わり、更にフェードアウトした同じ画像が2枚並べられる。表示されている日付から、左側が先日のもので右が今日のものだと分かった。

 画像が表示されるや否や、真っ先に気付いた翔鶴が手を挙げる。

 

「ウェーク島の雲が……北西に()()()痕跡がありますね」

「正解だ。翔鶴」

 

 翔鶴が指摘した通り、痕跡は写真にもしっかりと残っていた。

 先日はウェーク島で纏まっていた厚い雲が、今日になって何かに千切られたように北西へ50kmほど伸びていたのだ。そしてその延長線上に、規模は小さいものの同様の雲が南鳥島沖に広がっていた。

 

「恐らく、夜の時間帯を隠れ蓑にして接近し、何らかの強力な敵性個体が南鳥島を襲ったと考えられる。現場からの報告によれば、多数の艦載機による攻撃を受けたようだ。艦載機を射出した敵の姿は不明。確認できたのは、潜水ソ級と、戦艦ル級、重巡リ級、軽巡へ級がそれぞれ1隻ずつ。ル級以降は全てflagshipと推定される。この遥か後方に空母型の敵がいると思われるが、航空機からの攻撃や砲撃、雷撃に阻まれ確認できていない」

「それって、何時ぐらいの報告?」

 

 翔鶴と仲良く並んで立つ瑞鶴が尋ねる。

 

「日本標準時で0600(マルロクマルマル)。今から4時間ほど前のことだ」

 

 淀みなく兼続が告げると、部屋の中が少しざわつく。

 放送を聞いた時点で予想は出来たことだが、彼は暗に現在泊地にいる面々の安否が分からないと言っていた。

 

「向こうとの通信は?」

「報告の直後、泊地との通信が途絶。恐らくは敵の砲撃、あるいは空爆によって通信機器が損傷したと思われる。最後に、滑走路が爆撃で穴が開いて使えなくなったという報告で向こうとの通信は途切れた」

 

 伊勢の質問に、兼続は説明を付け加える。

 

「特生防衛海軍はこの事態を受けて、南鳥島の緊急支援作戦を実施することを決定した。南鳥島は、後々のウェーク島確保や南太平洋への展開のための重要な拠点だ。この際、泊地における生存者の有無は問わない。何としてもここを維持しろというのが、上からの指示だ」

 

 兼続の口から出た言葉に、艦娘たちは動揺を隠せない。拓海も、彼女らと同じような気持ちだった。

 救出作戦はあくまでも建前で、本当の目的は南鳥島の防衛。6水戦や職員たちはどうなってもいい、というような言い草に内心怒りが湧き起こっていた。

 

「今回、特生防衛軍の指揮下にある44式大型輸送機は使えない。千島列島の攻略に使われていたり、修理が行われていたりとこちらに回せる分が無いからだ。敵の制空圏内を飛ぶには必須で足も速いが――――。君たちには空中降下の経験が無いことも鑑みて、水上艦艇による作戦展開となった。皆の言いたいことは、分かる。貴重な戦力でもあるし、それ以上に大切な仲間だ。今は彼女たちが無事なことを祈りつつ、1分でも早く現場へ向かう。今出来ることと言えば、それだけだ」

 

 重苦しい空気が流れる中、兼続は事情を説明すると共に、フォローも欠かさなかった。沈痛な表情をしている辺り、彼の言葉は本当なのだろう。

 

 兼続によって作戦についての説明が一通り行われた後、その場は解散となった。

 艦娘や職員は次々と、準備を始めるべく行動を起こし、部屋を出て行く。

 

 

 

 そんな慌ただしい状況の中、拓海は榛名と共にその場に立ったままだった。その前方には、同じくその場から動かないまま兼続が拓海たちを見つめていた。

 

「さて……。白瀬拓海、君は何故ここに来た?」

 

 容赦の無い視線を向けられて怯みそうになるが、拓海はどうにか堪える。

 

「彼女たち……神通さんたちが心配だからです」

「なら、ここにいる必要は無いだろう? 金剛たちに任せればいい」

 

 兼続の言う通り、単に神通たちが心配なのならここに来る必要は無いかもしれない。彼女たちのことを他の誰かに任せることも出来るだろう。だが、拓海はそんなことを言われるためにここにいるのでは無い。

 

「自分は、彼女たちを助けたい。あの子たちがいたから、俺はここにいられる。俺を“司令官”と呼んでくれた子もいた。その期待に応えたいんです」

「君はまだ、民間人だ。この戦いで、死ぬかもしれないんだぞ? それにどうやって助けるのか、考えているのか?」

 

 兼続は険しい目つきで拓海を見つめ、問いかける。

何も、自分から危険な場所に飛び込む必要は無い。彼ら彼女らが戻ってくるのを待つことも出来る。それでも行くというのなら、覚悟はあるのか? 

 彼の視線が、拓海にそう訴えかけていた。しかし、拓海の答えは最初から決まっている。

 

「覚悟は、とっくに出来ています。だからって、死にたいわけじゃ無いです。自分も、自分の関わる艦娘たちも生きて帰って来られるように、この1か月鍛えてきました。――――それに、助け方も既に考えてあります」

 

 兼続の目を真っ直ぐ見て言い、それから隣にいる榛名に視線を向けた。

 それの意味するところを既に知っていた榛名は、一つ頷いて拓海の背中を押す。

 

「……言ってみろ」

 

 表情を変えないまま、兼次は先を促す。

 拓海は小さく息を吸ってから、言葉を発した。

 

「自分も、この作戦に参加させてください」

 

 兼続はすぐには答えを返さず、無言のまま拓海を見つめる。

 拓海も視線を逸らすまいと、兼次を見る。

 先ほどから、彼の感情を読み取ることは出来ない。表情も無く、何を考えているのか分からないことが、沈黙の中で拓海を不安にさせた。

 

「――――いいだろう。作戦参加を許可する」

「……えっ?」

 

 不意の言葉に、拓海は間の抜けた声を出した。聞き間違えか何かかと思い、何度か瞬きを繰り返す。

 

「白瀬拓海。本日より“新米少佐”認定試験を行う。笠川大将からの許可も頂いている。作戦は先ほど伝えたとおりだ。今回は、第2戦隊を任せる。以上だ」

 

 簡潔に伝えると、兼続は踵を返し部屋を出るべく歩き出した。

 

「ありがとうございます!」

 

 彼の背中に向かい、拓海は頭を下げて礼を述べる。作戦に出ることを許された喜びから、知らず頬が熱くなる。隣をちらりと見ると、榛名も礼をしている以外は凡そ拓海と似たような表情を浮かべていた。

 

「……そうだ」

 

 そんな拓海の様子を見て足を止めた兼続の声が、耳朶を打つ。

 頭を上げると、先とは変わって眉を顰めて拓海を見つめる兼続の姿があった。

 

「白瀬拓海。戦いは常に『死』と隣り合わせだ。艦娘は勿論、俺たち軍人も例外では無い。それでも何故戦場に赴くか、分かるか?」

「いえ……」

「日本という国や己の肉親を守るため。その日を生き抜くため。或いは敵を倒すため。理由は様々だ。単純な憧れや、親が軍人だったからというのもあるだろう……。死にたくないのは、誰だって同じだ。それでも、戦わなければいけない時というのは必ずある。だが君はどうだ? 君が志願した理由は聞いている。だが……それは本当に君がしなければいけないことか?」

 

 自分が戦う理由。改めて、拓海は目を閉じて心の内に問いかける。

 

 好きな子と一緒にいたい。6水戦の皆を助けたい。ゲームで憧れていた「司令官」になりたい。この世界に来てからの思いが、幾つも頭を過る。

 世界の事情というのも、確かに知っている。ゴジラなどの巨大生物や、深海棲艦という驚異がある。しかしその前に、もっと単純な動機がある筈だ。

 

「自分は榛名が好きだから、彼女の傍にいたいから、戦うんです。それに、6水戦の皆も他の艦娘の皆のことも好きだから、誰にも沈んでほしくない。誰かに任せるんじゃなくて、自分の手でやりたい。放っておくことなんて出来ません!」

 

 拓海は自分よりも何十も年を重ねた男に、正面から訴えかける。

 やろうと思えば、それは誰にだって出来ることだろう。“自分にしか出来ないこと”とは言えないかもしれない。

 だが、それがどうしたというのだろう? 自分が“そうしたい”と思ったから、そうする。世界や国がどう、というのは後から結果として付いてくるものだ。ならば、自分がやりたいことを「やるべきだ」と思ったときにやっておかなければ、後悔する。

 

 そんな拓海の真っ直ぐな眼差しを見て、兼続はふと笑みを溢した。

 

「――――なるほど……。俺も随分年を取ったな」

 

 苦笑気味に溜め息を吐くと、今度こそ彼は踵を返す。

 

「あの、芝浦大佐……?」

 

 何も言わずに出て行こうとするので拓海が声を掛けると、部屋を去る間際に兼続は立ち止まる。

 

「まぁ、何だ……。これから色んな意味で大変になるな。白瀬拓海。1100(ヒトヒトマルマル)までに江田島3番埠頭に集合だ。くれぐれも遅れないようにな」

 

 心なしか笑い交じりの声で背中越しに言い残すと、兼続はそそくさと何かから逃げるように部屋を出て行ってしまった。

 必死の思いで訴えかけたのだが、あっさりとした返事を貰い肩透かしをくらった気分になる。恐らく言葉は届いたのだろうが、唐突な態度の変化に首を傾げざるを得ない。

 

「なぁ、榛名。芝浦大佐、いったいどうした――――」

 

 よくよく考えても分からず、後ろにいる榛名に聞いてみようと振り返ったところで、拓海は漸く変化に気づいた。

 

「白瀬さん。さっきの言葉、どういう意味ですか……?」

「ほぁ……?」

 

 思いがけない事態に付いて行けず、変に上擦った声を漏らしてしまった。

 

 笑っていた。榛名の顔には、能面のような恐ろしい笑みが貼り付いていたのだ。

 

「白瀬さん、他にも()()好きな子がいたんですね。榛名知りませんでした」

「ちょ、ちょっと待て! 何か誤解してないか!?」

 

 口元が吊り上がり、全身に寒気が迸る。

 人間はあまりの恐怖を体験すると笑い出してしまうという話があるが、今の拓海がまさにその状態だった。

 何故だろう。命の危険すら感じる。

 

「散々榛名のことを好きと言っておいて、本当は他の子のことも好きだったなんて。榛名は嘘を吐かれていたんでしょうか」

「い、いや。それは誤解だって――――?」

 

 抗議しようとするが途中で思い当たる節があり、拓海は思わず口を噤んでしまう。

 ついさっきの、兼続からの問いに対する自分の「艦娘の皆のことも好き」という言葉ではないか?

 拓海の思い出したような表情に、ゆらりゆらりと体を揺らして近いてくる榛名から答えがもたらされる。

 

「思い出しました? 薄情じゃないですか、白瀬さん」

 

 やはり、と拓海は確信する。

 拓海はただ、他の艦娘たちにも好意的であるというだけだ。友達や後輩に向けるような類のものだ。決して他意は無い。恋愛的な感情を向けているのは榛名だけだ。

 そこに断じて嘘は無い。そう、無いのだ。二度言うのは大事なことだからだ。

 

「違うんだ、榛名。俺の言い方が悪かった。そういう意味じゃなくて――――。榛名……?」

 

 どう説明したものかと考えながら話していると、榛名の様子が一変する。急に立ち止まり、俯いたまま微動だにしていない。

 

「おかしいです……」

「榛名?」

 

 またしても拙いことを言ったかと思い、戦々恐々としながら榛名を見つめる。

 ふと、彼女の目元の辺りから滴がぽたぽたと零れ落ち始めた。

 

「分かっているのに……。白瀬さんは、そんな人じゃないって分かっているんです。なのに、白瀬さんの言葉を聞いたら胸の辺りが痛くなって……」

 

 右手で服の胸元を握りしめ、榛名は独り言のように呟く。

 

「ごめん。俺の所為で……」

「白瀬さんは悪くありません。悪いのは、勝手な解釈をした榛名ですから……。でも、胸の痛みが何なのか分からなくて、気が付けば白瀬さんに失礼なことを……」

 

 榛名は戸惑うように、胸元の右手を強く握り締める。

 よく考えてみれば、艦娘で知識もある程度身についているとは言え、まだ生まれて半年程度の身だ。多分、自分の中に初めて芽生えた感情なのだろう。分からなくても無理はない。見た目は拓海と同年代なので、つい忘れてしまいそうになる。

 そこまで理解した時には、拓海の抱いていた恐怖感はどこかに吹き飛んでしまっていた。

 

「大丈夫。大丈夫だ、榛名。俺も、榛名の気持ちはよく分かるから……」

 

 そう言って、拓海はズボンのポケットに仕舞っていたハンカチを差し出す。榛名は目線を拓海の手元に上げると、顔を見せないようにハンカチを受け取って目元を拭う。

 

「白瀬さんも、ですか……?」

 

 涙を拭い終えて鼻をすんと鳴らすと、榛名は泣きはらした目で拓海の顔を見上げる。目元はまだ赤いが、もう見られても良いようだ。

 拓海は苦笑しながら、頷いてみせる。

 

「まあね。ちっちゃい時の話だけど」

 

 

 

 小学校の低学年くらいの頃、拓海は同じクラスの女子に初恋をしたことがあった。

 その子はクラスの他の子どもたちにも人気があって、彼女の傍には男女問わずいつも誰かしら立っていた。教室の喧噪の中でもはっきりと分かる、透き通るような声の持ち主で、屈託のない可愛らしい笑顔を浮かべる子だった。

 そんな彼女を、拓海はよく遊んでいた男子連中と一緒に遠巻きに見ていた記憶がある。

 

 勿論、クラスが同じなので話すこともあった。あまりにも愛らしい笑顔で話しかけてくれるので、向こうも自分を好きなのではと錯覚してしまったほどだ。

 ある時、その子に好きな男子がいるという噂が流れたことがあった。彼女に憧れている男子連中は、その人物を探す。最有力候補を見つけるまで、時間は掛からなかった。

 実際、女の子と男子はとても仲が良かった。クラスの誰よりも一緒にいる時間が長く、手を繋いでいるのを見たこともあった。だが、普段から周りの友達にも「好き」と言っているような子だったので、誰もが信じることが出来なかった。

 そんな状況をチャンスと捉える者がいるのもまた、必然だったのかもしれない。

 一番手を切ったのは、他ならぬ拓海自身だった。今になってみるとよく分からないが、とにかく「振られるわけがない」という謎の自信があったからだ。

 

 結果は、見事に玉砕。クラスの皆の前で告白し、彼女の純粋な一撃の前に拓海の心は打ち砕かれた。

 

「うん、私も白瀬君のこと好きだよ。友達だもん」

 

 これには二番手・三番手を狙っていた男子たちも、興味津々に見ていた女子たちも流石に言葉を失った。

 偶然居合わせた担任(女性)は、凍り付いた空気を何とかしようとその女の子にこう尋ねた。

 

「因みに、誰が一番好きなの?」

 

 すると彼女は、教室のある一点を見つめたまま頬と耳を赤く染め、その男子の名前を口にした。

 流石の拓海にも、その「好き」が意味するところが分かった。そして、自分に対してはあくまで友達として「好き」であると理解し、胸を突き刺すような痛みに襲われた。

 

 こうして担任という刺客から投下された爆弾により、女子たちは黄色い声を上げ、他の男子たちは悉く沈黙してしまった。

 当の拓海はと言うと、フラフラと保健室に行き、3時間目の授業はベッドの中で涙をながしていたのだった。

 

 

 

 

 

「――――さん。白瀬さん?」

 

 榛名の声によって、拓海は回想の世界から一気に引き戻される。気が付けば、榛名が不安そうに拓海の顔を覗き込んでいる。

 思った以上に顔が近く、動揺しながらも拓海は苦笑を浮かべたまま誤魔化すことにした。

 

「ま、まあ、その。榛名には、俺みたいな想いは絶対させないから」

「はあ……」

 

 思った以上に、過去の記憶によるショックが大きかったらしい。榛名は呆けた顔で拓海を見上げている。

 嫌なことだけはよく覚えているもんだな、と内心嘆息しながら、榛名を元気付けようと振る舞うことにする。

 

「とにかく、榛名。その気持ちは、とても大事なことだと思う。だから困ったときは、誰かに相談したらいいんじゃないかな。ほら、金剛たちなんか榛名の話をよく聞いてくれると思うよ」

「白瀬さんに話すのは、駄目ですか?」

 

 榛名から拓海に向けられる寂しそうな目に、思わず「うっ」と声を漏らす。

 

「ダメってわけじゃないけど……。同性や姉妹の方が、何かと話しやすいだろうし……」

「それなら、その小さい頃のお話というのを聞かせていただけませんか?」

 

 思った以上に、榛名も粘り強いらしい。

 

 ある種の黒歴史なので、あまり話したくは無いが――――“あれ”に比べたら恥ずかしいだけで済むか。

 

 そう考えると、心なしか胸の内が軽くなったような気がした。

 

「……そうだな。神通さんたちを無事に助けることが出来たら、話そうか」

 

 拓海がそんなことを言うと、榛名が満足げで嬉しそうな顔で頷く。

 

「はい! 約束ですよ? その時には、6水戦の皆さんにも聞いてもらいましょう」

「あまり気は進まないけど……。分かった。約束だ」

 

 これでまた一つ、戦う理由が出来た。

 絶対に神通や暁たちを助けて、生きて帰ってこよう。

 

 拓海は新たに、決意を固めるのだった。

 




いつもありがとうございます。

次回も少々、お時間をいただくかもしれません。

それでは、またお会いしましょう。


追記
8月31日、活動報告を更新しました。合わせてご覧ください。

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