艦隊これくしょん―黒き亡霊の咆哮―   作:ハチハル

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 ちっちゃくて可愛い、“あの子”の再登場です


第16話 小さき来訪者

 呉市でアンギラスとキングギドラが激突した戦いは、「呉市街戦」と呼ばれることとなった。

 呉市街地と防衛海軍基地、特防海軍呉鎮守府の本庁舎などが、主だった被害を受けた。また、特生防衛軍の巡洋艦“むさし”がレーダーなどの精密機器の損傷やハイパーメーサー喪失。死者、行方不明者は1000人を超えた。また、特防海軍関係者では唯一、第2戦隊司令官・磯貝風介少将が死亡するという結果になった。

 

 

 拓海はその日の内に横須賀へと戻り、翌日からカリキュラムを再開することにした。

 

 キングギドラに食われ、右脚を残して死んだ磯貝。拓海も、榛名や金剛たちと共にその光景を目に焼き付けることになった。

 人はあんなにも、呆気なく死んでしまうのか。初めて人の死を、目の前で見た拓海はそう思った。

 ついさっきまで自分と相対していた者が、今はもういない。その事実と衝撃が胸に残る。

 艦娘たちは今の姿のなる以前、軍艦だった頃にもっと多くの死を見せつけられてきたのだろう。あの瞬間の彼女たちの苦しげな表情が、それを何よりも物語っていた。

 もう何も失いたくないと、半年前に再び海へと駆け出した少女たち。彼女たちは、あんな人間でもこの手で守ると誓っていた。それが、ある意味で深海棲艦以上の脅威によって、無慈悲に奪い去られた。自分たちは恐怖で、一歩も動くことが出来なかった。そのことによる罪悪感が、彼女たちを苛んでいた。

 そんな彼女たちに、拓海は声を掛けることが出来なかった。悲しげに呟く彼女たちに、相槌を打つことしか出来なかった。そして、自分と彼女たちの間に、大きな隔たりがあることを知った。

 危険に晒された外で傷つきながら、人を、国を守るために戦う少女たち。安全な場所で、何年も穏やかな日向で過ごして来た自分――――。

 だがもう、自分はその守られた場所から一歩外に出ているのだと実感する。司令官として戦うと決めた以上、何時何処でどんな風に死んでもおかしくはないのだ。そしてそれは、艦娘たちも同じ。だから指揮という形で艦娘たちを守り、支援し、共に戦っていける司令官になろうと思った。

 

 

 

 榛名を呉に残し、拓海は横須賀に帰ってからの4日間、今まで以上にカリキュラムに励んでいる。

 榛名とは未だ、和解には至っていない。だが、4日後にまた会おうということになった。その時にまた、腰を据えて話そうということだろう。何を考えているのかは分からなかったが、怒っているというわけでは無かった。軟化したかというと、微妙なところではある。彼女にも少し考える時間が必要なのだろうと思い、その場で突っ込んだ話はしなかった。

 

 決意を改めて固め、カリキュラムに集中した時間はあっという間に過ぎた。

 今日も朝からカリキュラムを始め、夕方ごろまでの日程だ。この数日と同じように朝早く出かけ、気が付けば昼休憩の時間になっていた。

 昼休みの時間が終わるまでまだ余裕があったが、午後からの講義を受けるべく本庁舎に赴く。

 正面玄関を潜ろうとした際、よく見知った人物と偶然に会った。

 

「おう、拓海。もう戻るのか?」

 

 その馴染み深い声の主は、他でも無い光樹のものだった。光樹は、もう次の準備に移ろうとしている拓海を見て、驚きとも呆れとも取れる表情をしている。

 

「そうだけど。光樹と比べたら、俺なんてまだまだだし」

 

 一昨日、カリキュラムの一貫で組まれた演習で拓海は光樹の指揮する部隊と戦った。互いに水雷戦隊という条件ではあったが、拓海は一方的な展開の末、相手に掠り傷一つ与えられず負けてしまった。他の司令官相手ではどうにか戦えるようになっていたが、光樹の場合は違った。

 砲、魚雷、速力その他諸々を巧みに利用し、自軍水雷戦隊がかき乱されていく。そんな光景を前に何も出来なかったことを思い出して、拓海は苦笑を浮かべた。

 

「そりゃそうだろ。こちとら30年は軍人やってんだ。俺を負かしたかったら、ここにいる司令官全員、倒せるようになるんだな。筋は悪くないんだ。そのまま追い付いて来いよ」

「それって結構骨が折れるよな……」

 

 艦娘隊の司令官たちは、ほとんどが第1世代の頃から務めている経験者ばかりだ。年齢層としては比較的若いが、それでも彼らの実力に拓海はまだまだ追い付いていない。

 

「そう言いつつ、お前は本当にやってのけそうだからな。期待してるさ」

 

 確かに光樹の言う通り、やって出来ないということは無い。今すぐには無理でも、長い目で見れば出来るんじゃないかという気がしてくる。

 

 光樹が薄く笑みを浮かべたところで、何か思い出したように表情を変える。

 

「そうだ。ちょうど、お前を呼びに行こうと思ってたんだった」

「俺を?」

 

 一体、何に用事があるというのだろうか。ここは鎮守府だから、カリキュラムか艦娘か、或いは深海棲艦か――――。

 そう考えを巡らせていたところで、光樹が広い玄関ホールを振り返り、きょろきょろと辺りを見回している。

「お前にお客さんだ。そろそろ降りてくるはずだが――――お、来たか」

 光樹は誰かを見つけると右手を挙げ、手招きをする。釣られて拓海も視線を移したその先には、背丈の低い一人の少女がいた。

 少女は光樹の手招きに気付き、それから隣にいる拓海に視線を移すとパッと表情を綻ばせ、とてとてと階段を降り、駆けて来た。

 

「白瀬さん。お久しぶり、なのです!」

 

 その少女――駆逐艦・電は拓海の元に駆け寄ると柔らかい笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 光樹と別れ、拓海は電と共に横須賀鎮守府内を適当に歩き回ることにした。

 久しぶりに再会したとは言っても、一緒にいた時間は短かった上、そこまで親しくなれたわけでも無い。再会の挨拶は交わすことは出来たものの、それ以上の言葉が出てこない。というか、どんな話をすればいいか分からなかった。

 左隣を歩く電に目をやると、彼女は周りを見つつも、ちらちらとこちらに視線を向けてきていた。表情から察するに、彼女も話題に困っているのだろう。お互いに妙な遠慮もあるせいか、二人の間には沈黙が漂っていた。

 

 先に沈黙を破ったのは電だった。自分よりも遥かに背が高い拓海を見上げ、尋ねる。

 

「白瀬さんは、司令官さんになれそうですか?」

 

 拓海は、電に視線を下ろしてみる。その質問にどんな意図があるのだろうか。だが彼女の純粋な瞳を見て、そんなものは無いと感じた。

 

「なるさ。必ず」

 

 短く、しかし力を籠めて拓海は宣言した。

 ここは既に、拓海が過ごしていた世界では無い。それに1ヶ月の中で、この世界に関する知識もある程度は得ている。この国は1世紀近くも、多くの怪獣と戦い、人と戦い、深海棲艦と戦ってきている。

 そんな世界に、拓海はあの時南鳥島に流された瞬間から、足を踏み出していた。そして、どうしようもない脅威にただ震える艦娘たちを見た。

 艦娘に怪獣を倒す力などないが、この世界に来て色んな事を見聞きしていく中で、拓海はその覚悟を決めていた。

 

「それは、第6水雷戦隊(私たち)の司令官なのです? それとも榛名さんのためなのです?」

「それもあるけど――――。電たち艦娘を守る司令官になりたいから、かな」

 

 簡単に言えば、そんなところだった。あれこれと言葉が浮かんで来るが、一言で表すなら「守りたい」という気持ちだ。拓海の答えに、電が驚いたように目を見開く。

 

「そ、そんな。どうやって私たちを守るのです?」

「別に、矢面に立って戦おうってわけじゃないよ。後から見ている形になると思う。“司令官”って言うくらいだし。そんな立場でも、皆を守るための戦い方はあるんじゃないかって思ってさ」

 

 拓海は「皆」という言葉でぼかして、何を守るかまでは口にしなかった。脳裏に「笑顔」という言葉が浮かぶ。最初は、榛名だけが対象にあった。

 今でも「榛名の笑顔を守る」と言うのは変わらないし、変えるつもりも無い。その範囲が、榛名だけに止まらなくなったというだけだ。しかし、電にそれを容易に言うのは憚られた。反論されるかもしれないし、何より気恥ずかしかったからだった。

 

「白瀬さんは、途方もないことを言っている気がするのです」

 

 電の指摘は、当然と言えば当然だった。司令官の身でありながら、艦娘をどうやって守ろうというのか。拓海の内心を知らない電からすれば、とても想像が付かない。

 そんな電との間の認識の齟齬を、拓海は僅かながら感じ取った。これは、変に隠し立てしない方が良いかもしれない。やはり、きちんと言葉にすべきだと、考えを改めた。

 

「そんなこともないさ。皆には、笑ってて欲しいんだよ。もちろん、電も。だから、俺は戦う」

 

 そう言って頭を撫でてやると、電はぽかんと口を開けて拓海を見上げた。それからやや間を置いて、くすりと小さく笑う。

 

「可笑しなことを言ってるのです。電たちは、戦うためにいるのですよ?」

「軍のお偉方からしたら、そうだろうけどさ……。別に、笑ったって良いじゃんか。電の笑った顔、すっごく可愛いぞ?」

「――――はわっ!?」

 

 拓海の言葉を受けた途端、電が顔を沸騰したように真っ赤にさせる。直視出来なくなってしまったのか拓海から視線を逸らし、手を交差させてもじもじとし始めた。そのまま何も言わなくなってしまい、またも沈黙が訪れる。

 

「その、黙られるとこっちも恥ずかしくなってくるんだけど……」

 

 電の反応のおかげで、拓海も言い様のない恥ずかしさを覚えていた。他意は無かったのだが電には思いの外、破壊力があったらしい。

 

「し、白瀬さんが変なことを言うからなのです!」

「そんなに変だったかな……」

 

 拓海としては、嘘偽りなく言っただけだが、電は隣で照れている。そんなところがまた、可愛らしいと思う。

 

「変なのです! 白瀬さんには、榛名さんがいるのです!」

「それは、そうだけど……?」

 

 必死に主張する電に、拓海は首を傾げつつも同意する。妙に噛み合わない気がしたが、拓海は特にそれを気に留めない。

 電は顔を赤くしたまま、半ば無理矢理に話題を変えた。

 

「し、白瀬さんと榛名さんは、どうなのです? 仲良く慣れたのです?」

「そういえば『榛名がいる』って言ってたけど、よく知ってるな」

「当然なのです。見ていれば分かるのです」

 

 そう言って、電は微笑む。

 果たして電にそんなことが分かる機会があっただろうかと、拓海は首を捻る。だが、これ以上尋ねると、火傷しそうな雰囲気を瞳の奥に感じる。これ以上は、止めておいた方が良いかもしれない。

 拓海は諦めた様に溜め息を吐き、苦笑いを浮かべた。

 

「そうだな。榛名とは――――ちょっと仲良く慣れたかなって……思いたい」

「自信が無いのです?」

「色々あったもんだから……」

 

 この1ヶ月程を振り返って、拓海は肩を落とす。それなりに榛名とは話したが、当たり障りのないことばかりだったし、先月末の失敗もある。正直、親しくなれたという実感が無い。

 

「何があったか、聞いても良いですか?」

 

 小首を傾げる電を横目に、拓海は自嘲気味に微笑む。

 

「そうだな……。榛名に、悪いことをしちゃったんだよ」

 

 拓海はそう言って、光樹の家に行ったことは伏せつつも、榛名に悩み事を聞いて貰ったときのことを掻い摘んで話した。

 電は一通り話を聞き終えると、(おもむろ)に口を開いた。

 

「なるほどなのです。そういう事だったのですか」

「やっぱり、きちんと話さないと許してくれないのかな……。自分で解決出来てから、話すとは言ってあるけど」

 

 納得したように頷く電に、拓海は不安を口にする。みっともないかもしれないが、ここは電の意見も聞いておきたい。

 

「榛名さんが怒ったのはきっと、白瀬さんのことを知らないからなのです」

 

 電の言わんとすることが分からず、拓海は怪訝な表情を浮かべる。

 

「俺のことを、知らないから?」

 

「白瀬さんが昔住んでた場所とか、どんな暮らしをしてきたのかとか、どんなものが好きなのかとか。そんな話を聞いて、白瀬さんの人となりをもっと知りたかったと思うのです。こちらに来てから、白瀬さんは自分の事を誰かに話しましたか?」

 

 「こちら」と言うのは、多分この世界に来てからということなのだろう。電の言葉を聞いて、拓海は今まで自分のことを話したことがあったかを振り返ってみる。

 東京で育ったこと、学校生活のこと、家族のこと――――。

 よくよく考えてみれば、榛名に対して向こうの世界での妹のことを話した程度だった。それ以上となると、精々一言か二言で済ませていたかもしれない。そこに思い至ると、拓海は首を横に振った。

 

「そういや、榛名に家族のことを話したくらいだったな。まあ、それも肝心なところで話を拒否しちゃったんだけど……」

「それがきっと、良くなかったのです。榛名さんはきっと、白瀬さんのことを知りたがっているのです。自分のことは相手に知られてるのに、相手のことは全然知らないのは、結構怖いのです」

 

 確かに拓海は、榛名の最後や、艦娘としての榛名のことを出会う以前から知っていた。一方で榛名から見れば、拓海という人物はどう映るか。性格やクセのようなものは分かるかもしれないが、今の拓海を作っているものが何なのか、今一よく分からないだろう。

 目の前にいる電にしたって、同じだ。一方的に相手から自分のことを知られているというのは、何とも不気味な感覚を抱くかもしれない。自分が当事者だったら、やはり同じ印象を抱くだろう。

 

「電は、俺のことが怖いのか?」

 

 電の言葉を受けて、拓海は尋ねてみる。

 

「今は、怖くないのです。あの窮地から、救ってくれましたから。でも、最初に会ったときはちょっと怖かったのです」

 

 そう言って、電は申し訳なさそうに笑う。

 

「それは……そうだよな。あの時の提案も、今にしてみれば中々無茶なこと言ってるし」

 

 出自も知れない人間が突然やって来て、部隊を指揮させてくれと言い出す。まず軍隊として、正気の沙汰ではないだろう。おまけに、指揮経験も無い。こんな人間に、果たして任せていいのだろうか。しかも、下手を打てば挟み撃ちに遭いかねない状況。そんな中で、よく首を縦に振ってくれたものだと思う。

 

「でも、私たちにとっては救いの手に見えたのです。一か八か、白瀬さんに賭けてみて良かったのです」

 

 それは、喜んでもいいのか悪いのか。暗に信用しきっていなかったと言っているようにも聞こえて、拓海は苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

「はは――――。俺は今度、また呉に行く予定になってるんだ。その時に自分の事、榛名に話してみるよ。流石に、悩み事に関してはまだ話せないけど……」

「今は、それでも良いと思うのです。榛名さんと、仲直りしてくださいね」

「ああ。ありがとう、電」

 

 もう一度、電の頭を撫でてみる。電は嫌がる素振りは見せず、甘んじてそれを受け入れ、気持ち良さそうな顔をしていた。

 

 

 

 その後も拓海と電は、雑談を交えつつお互いの近況を話し合った。

 拓海は、カリキュラムの様子や先日の呉市街戦のこと。電は、南鳥島でのことが専らの話題だった。

 拓海が横須賀に発った後に入った工事のおかげで、あの無骨な見た目の要塞は大分使いやすくなったようだ。近海では今のことろ、小規模な敵艦隊が散発するだけで、これといった大事は無いらしい。6水戦の面々が無事だと聞いて、拓海は安堵していた。

 

 昼休憩の時間も半分が過ぎたところで、拓海が寝泊りしている部屋に行こうということになる。電たっての希望により、急遽決まったことだった。

 

 来客用宿舎までやって来て中に入り、エレベーターを使って3階まで上がり、自身が泊まる305号室前までやって来る。

 カードキーを差し込み、ランプが緑に点灯するのを見計らい、ドアを手前に引いて開ける。

 

「入って良いぞ」

「お邪魔します、なのです」

 

 先に入るように促すと、電が興味津々といった様子できょろきょろ見まわしながら部屋に入る。拓海もドアを閉め、棚からスリッパを取り出すと二人分を並べる。

 

「サイズは大きいけど、これで我慢してくれ」

「ありがとう、なのです」

 

 電は靴を脱ぎ、スリッパに履き替える。脱いだ靴は綺麗に揃えることも忘れない。

 拓海もスリッパを履き、電の先を行く形で部屋の奥へと進む。後から電も付いて来て、リビングの手前で立ち止まった拓海と並んだ。

 

「これが、白瀬さんのお部屋なのですか」

「ご覧の通り、何も無いけどな」

 

 呆けたように部屋を見回す電に苦笑しつつ、拓海も改めて自分の部屋を見る。

 ベッドや机、棚などといった生活に必要最低限の物は取り揃えてある。室内用の物干しが増えただけだが、1ヶ月ほど暮らしてきた割には随分とすっきりしていた。

 余計な物は全てクローゼットにしまってあるが、それも元々持っていた物だけだ。

 我ながら少々寂しい部屋だと思いつつ、隣の電を見やった。

 

「どうする? お茶でも飲んでいくか?」

 

 立たせたままでは可哀想なので声を掛けると、電はハッと我に返ったような表情をして首を振った。

 

「いえ。この後、南鳥島にとんぼ返りするので、大丈夫なのです」

「とんぼ返りって……。確か、午前中に来たばっかりだよな。あそこは本土から遠いし、泊まっていけばいいのに」

 

 雑談中に聞いた話を思い返して、拓海は尋ねる。幾らなんでも、こちらに来て数時間でもう帰るとは、急過ぎないだろうか。

 

「元々、呉市街戦に巻き込まれた白瀬さんの様子を見に来ただけなのです。思ったより元気そうで、安心しました。無理を言った甲斐があったのです」

 

 電は頬を綻ばせて、拓海を見上げる。

 

「無理って、何をしたんだ」

「鳴川少将の部下の方に、無理を言ってお願いしたんです。取り次いでもらう関係で、少し時間は掛りましたが、こうして会えて良かったのです。神通さんたちも、白瀬さんのことを心配してました」

「それは……心配かけたな。神通さんたちにも、宜しく伝えておいてくれ。俺は元気だってさ」

「はい、なのです!」

 

 電は飛び切りの笑顔で、気持ちの良い返事をした。

 南鳥島の状況が、多少の無茶は利く程度の余裕はあるのかもしれない。だが、艦隊司令長官としての立場がある光樹のことを考えると、ありがたい気持ちと申し訳ない気持ちになる。

 

「俺から、光樹に礼を言っておくよ。電がこっちに来てくれたこと。だけど、そう何度もやるなよ? 呼び出しがあったなら兎も角、調整にはアイツも苦労しただろうからさ」

 

 横須賀にいて目にしていた光樹の仕事ぶりを思い出して、電に柔らかい声音を意識しつつ注意する。

 

「ごめんなさいなのです……」

 

 電の方も自覚はあるようで、肩を落とし頭を垂れる。

 

「ああ、いや、別に責めてるわけじゃないよ。ごめん。忙しいのに、こっちにわざわざ会いに来てくれてありがとうな」

 

 目線の高さを電に合わせて腰を屈め、拓海は彼女の頭を撫でてやる。すると、たちまち電は満面の屈託ない笑みを浮かべた。

 

「どういたしまして、なのです!」

 

 

 

 

 

 昼休憩の時間と電の出発時間のことがあるので、早めに宿舎を出て、横須賀鎮守府のゲートまでやって来る。

 ゲート前には既に、ワゴンタイプで銀のボディの車が待機していた。車の横には、電を待つ軍の関係者が立っている。

 適当な場所で拓海と電は向かい合い、お互いの顔を見つめた。

 

「じゃ、気を付けて島に戻れよ。電」

「白瀬さんもカリキュラム、頑張ってくださいね。6水戦の皆と一緒に、応援するのです」

「そいつは、心強いな。ありがとう」

「それでですね。その、白瀬さん……」

 

 これでお別れかと思っていたところに、電がもじもじと視線を左右に揺らしている。頬を染め、物欲しそうな目を時折こちらに向けていた。

 急な変化に戸惑いつつ、拓海は聞いてみる。

 

「どうしたんだ? 電」

「……ギュッ、ってして欲しいのです」

 

 それは、抱擁のことを言っているのだろうか。人目があるのが気になるが、電の表情は恥ずかしそうでありながら、真剣そのものだ。別に減るものでも無いし、素直に応じるべきだろう。

 

「分かった。こうかな」

 

 拓海は片膝を地面に付け、電の小さくて華奢な身体を抱き寄せる。腕の中にすっぽりと納まった電は一瞬戸惑うが、喜色を浮かべつつ抱き返す。

 潮の匂いがする電を抱擁しつつ、拓海はこんな小さな子が海を駆けて深海棲艦と戦っているのかと思う。体格は、小学校低学年くらいの子とあまり変わらないだろう。こんな子がかつての軍艦の記憶を持ち、艤装を携えているのかと思うと空恐ろしさを感じる。だが、電のような子にまで頼って戦わなければいけない。

 そのことに嘆息しつつ、拓海は電との抱擁を解いた。

 

「ありがとう、なのです」

 

 電が可愛らしい照れ笑いを浮かべて、拓海を見上げる。胸が締め上げられるような想いをしながら、拓海も笑みを返した。

 

「お互い、また無事に会おうな」

「白瀬さんもお元気で、なのです」

 

 電は踵を返すと、とてとてと車の方に駆けて行く。車の傍にいた関係者の男と何事かを話すと、こちらに手を振って来た。拓海も手を振り返しつつ、電がスライドドアから車の後部に乗り込む様子を見守る。

 男が助手席に乗り込むと、車のエンジンが始動する音が響く。そのまま発進すると、車はゲートの方へと真っ直ぐ走って行った。

 

「俺も、頑張らないとな」

 

 拓海は自分に気合を入れつつ、本庁舎へと向かうべく踵を返す。

 電が来てくれたおかげで、今まで切羽詰まっていた気分も幾らか和らいだようだ。この具合なら、まだまだ大丈夫そうだ。

 青々とした空を見上げつつ、拓海は歩みを進めて行くのだった。

 




 時代は駆逐艦なのだ。
 自分のお気に入りは、天津風ですね。しずまさんは本当に凄い。安定性も変態性も

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