艦隊これくしょん―黒き亡霊の咆哮―   作:ハチハル

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第14話 悪しき黄金

 山梨県、青木ヶ原樹海。この辺りでは、6月4日ごろに小規模な地震が観測されていた。

 地面が陥没したという報告があり、一部エリアでは立入が規制されている。

 この地震の際、役所に駆け込んで来た老人が「黄金色の怪獣を見た」と証言しているが、そんな話が信じられるはずも無く、窓口の担当者に一蹴されていた。

 

 

 

 早朝の立ち入り規制エリアの中に、一人の長髪の少女が灰色の石を片手に佇んでいた。

 まだ肌寒く感じるのか、衣替えの時期にも関わらず冬服に袖を通し、ある一点を見つめてている。その視線の先には陥没した地面があり、奥へと続く洞窟の入り口となっていた。

 少女はくすりと不気味に笑うと、その洞窟へと歩を進める。急な勾配に足を取られないように気を付けながら、坂を下った。

 短い坂を降りると、そこには白っぽい岩壁で覆われた空間が広がっている。その中に、少女は目的のものを見つけた。

 

「やっと会えたね。千年竜王……」

 

 少女の視線の先には、黄金の鱗に身を包まれた、三つ首の怪獣が静かに眠っていた。その眠りは深いようで、突いたり叩いたりしても、起きる気配は無い。

 

「さあ、目覚めなさい。千年竜王。貴方は今から、私の奴隷(モノ)として、働くのよ」

 

 少女はほくそ笑み、手にしていた灰色の石を高々と掲げた。すると石の周りから黒い煙のようなものが湧き出し、黄金の竜へと集まっていく。

 竜はその黒い煙を受けて苦しみだし、身動ぎして逃れようとする。その度に、洞窟を小さな揺れが襲う。しかし少女は動じることなく、竜へと石を掲げ続けた。

 

「大丈夫。苦しむことはないわ。貴方は私の元で、存分に暴れるのよ」

 

 美貌に似合わぬ気味の悪い笑みを浮かべたまま、少女は竜に向かって優しく語り掛ける。

 しかし竜はそれでも抵抗を続け、ついには三つ首全ての眼をカッと見開き、悲鳴にも似た雄叫びを挙げた。その声に連動するように大地が鳴り、空気が震える。瞬く間に、樹海中へとその悲鳴は響き渡っていった。

 

「悪い子だね。いい加減、大人しくなってよ」

 

 少女の言葉と共に、石から出る黒い煙が一気に濃さを増す。煙は瞬く間に竜を蝕んでいき、やがて抵抗空しく、全身へと行き渡った。

 竜は黒い煙をその身に取り込むと、見開かれた6つの眼の光が、不気味な赤へと変貌する。そして眼を少女へと向け、じっと彼女を見続けた。まるで、少女の指示を待っているかのように。

 少女は石を掲げた手を下ろすと、笑みを貼りつけたまま、竜へと告げた。

 

「私は、鳴川彩水。千年竜王キングギドラ――。今からお兄ちゃんのいる呉に向かって、邪魔な物、全部壊して。お兄ちゃんを害するような奴がいたら、殺して構わないわ」

 

 少女――鳴川彩水の言葉に答えるように一鳴きすると、千年竜王キングギドラは大地を引き裂き、呉へと向かうべく、以前よりも倍に増した巨躯を以って大空へと舞い上がった。

 

 

 

 

 鹿児島県、桜島の北西に位置する近海では、巨大な何かが眠りから目を覚まそうとしていた。

 

 海底には土が溜まり、その合間から無数のびっしりと生えた棘が垣間見える。海底である筈のその場所では、何かが身動ぎし、その度に土が動いている。

 やがて「何か」が4本足で立ち上がると、それに伴って土が身体を這うように滑り落ちた。光が十分でないために全貌ははっきりとしないが、背中に反り返った棘をびっしりと生え揃えているそれは、怪獣としか形容出来なかった。

 怪獣は海の中で体に付いた土を振り落しつつ、東の方へと頭を向ける。そしてその遥か東から、何かが目覚めたことを察知すると、海底に向かって穴を掘り始めた。大きな地揺れと共に穴を掘ると、怪獣は瞬く間に地中へと潜って行ってしまう。大量の土を巻き上げながら、その怪獣は地中奥深くへと潜って行くのだった。

 

 

 

 

 日本本土では、国営テレビが桜島近海で中規模の地震が複数回起こったことを報道していた。桜島噴火を警戒するように、付近の住民へと呼びかけている。

 アナウンサーがスタッフから新たなニュース原稿を受け取ると、血相を変えて、富士の樹海から謎の巨大生物が飛び立ったことを伝えていた――。

 

 

 

 2048年6月6日、午前7時。

 横須賀鎮守府の本庁舎にて、笠川大輔が部下である鳴川光樹と共に、石垣島攻略作戦に向けた書類の作成を、会議室にて行っていた。

 そんな大輔の元に、書類を片手にした少尉が血相を変えて、ノックもせずに会議室に飛び込んで来る。

 

「か、か、笠川大将! 緊急事態です!」

「どうした。そんな慌てた顔をして。ゴジラか、深海棲艦でも現れたのか?」

 

 部下がこういう態度を取る時は大抵、ゴジラか深海棲艦による事件だった。大輔は今回も大よそ、その辺りの事態だろうと辺りを付け、光樹に目配せをして作業の中断と書類の片付けに入っていた。

 だが部下からもたらされたのは、そのどちらでも無かった。

 

「い、いえ! あ、青木ヶ原樹海より、黄金の巨大怪獣が飛翔! 一時間前に、静岡と名古屋を襲撃したとの報告が、静岡、名古屋に展開する特防軍の部隊より上がってきました! 特徴から、怪獣は過去に四度確認された、キングギドラの可能性が高いとのことです!」

 

 寝耳に水の情報に、大輔は椅子からずり落ちかけ、光樹は目を見開いて少尉を二度見していた。

 

「キ、キングギドラ!?」

 

 光樹が素っ頓狂な声を上げてから、少尉と大輔を見て、コホンと咳払いをして居住まいを正す。

 

「それは確かか?」

 

 光樹の慌てぶりに苦笑しつつ、表情を切り替えて少尉を見上げ、情報の成否を確かめる。

 

「はい。山梨県を始め、複数の目撃情報が上がっています。個体の特徴から今世紀初頭に現れた魏怒羅と推測していたのですが――」

 

 少尉はそこまで言って、言葉を濁す。

 大輔には、少尉の言わんとしていることがよく分かった。隣にいる光樹もまた、同様のようだ。

 護国聖獣・魏怒羅。民間伝承に伝わる「護国聖獣伝記」に記載されていた3体のうちの1体だ。奮戦空しくゴジラに敗北したが、その怪獣が眠っていた場所が富士の青木ヶ原樹海だった。

 少尉の持ってきた空撮写真の姿も、倍に巨大化しているものの大輔の若い頃の記憶と合致する。樹海から飛び立ったという情報も、より説得力を増していた。

 静岡や名古屋は、ゴジラや深海棲艦の脅威があるこのご時世でも、経済の一角を担う都市として機能し続けている。当然人も多く集まるわけだが、そんな場所を何故、護国聖獣である筈の魏怒羅が襲うのか、大輔には全く見当が付かなかった。

 

「少尉。その魏怒羅と思しき怪獣は、空を飛んでいたんだな?」

 

 光樹の質問に、少尉が首肯する。

 

「はい。羽を大きく広げて、飛んでいるようです。次の写真にも、写っている筈です」

 

 大輔がもう一枚の写真を見ると、そこには空を飛ぶ黄金の三つ首竜の姿が映されていた。光樹も脇から見る形で、それを確かめる。

 

「確かに……。となると、千年竜王として覚醒している可能性が高いですね」

 

 光樹の言葉に、大輔も異論無く頷く。大輔は書類を光樹に預けると立ち上がり、少尉と相対する。

 

「少尉、召集は?」

「特生防衛軍元帥より、緊急司令部が立ち上げられます。司令官に、笠川大将をご使命です」

「分かった。鳴川君、そういうわけだ。君は平常通りでいいが、万が一のために職員と艦娘たちが避難できるように、注意喚起をしておいてくれ」

 

 大輔の指示に光樹は素早く立ち上がり、敬礼する。

 

「はっ。大将、お気をつけて」

「ああ、君もな」

 

 大輔が答礼すると、光樹は会議室を退出していく。これから早速、仕事に取り掛かるのだろう。

 大輔も少尉を促し、鎮守府内にある特生防衛軍の緊急司令部用の建物へと急ぐことにした。

 

 

 横須賀鎮守府本庁舎を出て少尉と共に歩きながら、大輔は幾つかの質問を投げかけた。

 

「キングギドラの現在地は?」

「岐阜市にて、現地部隊と交戦中とのことですが、状況は厳しいようです。既に、名古屋・静岡の部隊も壊滅しています」

「何故、情報が遅くなった?」

「現地部隊の混乱による情報の錯綜、キングギドラの移動速度の速さなどが挙げられます」

「予想進路は?」

「このままですと、大阪か呉に向かう恐れがあります。進行方向が西を向いているとのことです」

「分かった。ありがとう」

 

 少尉に礼を言いつつ、大輔は苦虫を噛み潰す。今した質問は、どちらかと言えば確認の意味に近かった。そして、おおよそ予想通りの状況に、頭を抱えたくなる。

 それに、呉には部下の親友もいる筈だ。

 

()()は定期メンテナンスで、まだ使えないな――。少尉、厚木航空隊から戦闘機を発進させろ。それから“やまと”及び“むさし”に出撃命令だ。“やまと”は深海棲艦に注意しつつ、後方からギドラを追尾。無理はさせるな。“むさし”はいつでも迎撃態勢に入れるようにしておけ」

「了解!」

 

 少尉は命令を受けて敬礼をすると、一刻も早く命令を伝えるべく、駆け足で飛んで行く後ろ姿を見送りつつ、大輔も自分の持ち場へと向かった。

 

 笠川大輔。彼は特生防衛海軍――艦娘隊において艦隊総司令官を務めると共に、特生防衛軍本隊に所属する、“司令官”でもあった。

 

 

 

 

 

 一方、広島県・呉鎮守府。同日午前8時。

 その港では拓海と磯貝、そして翔鶴が、第2戦隊の帰りを待っていた。

 

 先ほどから、鎮守府内ではキングギドラが富士の樹海から出現し、西を目指して進行中との情報が流れ、慌ただしい雰囲気に包まれていた。既に大阪は襲撃を受け、出動した戦闘機4機が撃墜されたという報も入っている。このままだと、呉に着くのも時間の問題というところだった。

 そんな中、広島県の北に位置する三瓶山が記録上初めて噴火活動を起こし、そこからマグマと共に地を割って4本足の巨大怪獣が姿を現し、呉に向かっているというのだ。

 

 

 各職員が避難準備をする危機的状況の中、拓海たちは第2戦隊を迎えるため、港に突っ立って彼女たちの帰りを待ちわびていた。

 磯貝は戦隊の司令官という大義名分、拓海は磯貝への意地と榛名との再会目的、翔鶴はその付き添いと喧嘩が起こった際の仲裁役として、その場に留まっていた。

 

「何でお前までが、こんな所にいるんだ? とっとと尻尾を巻いて逃げたらどうだ?」

「貴方こそ、死んでは元も子も無いでしょう」

 

 苛立ったように話し掛けてくる磯貝を、拓海は何でも無いといった風に受け流す。正直この状況にあっては、彼にまともに取り合うのも面倒だった。それに、拓海の中では既に、この磯貝という男を敵として認識していた。故に、馴れ馴れしくするつもりも無い。

 

「大体、お前と言う奴は――」

「あ、帰って来ましたね」

 

 海の向こうから、第2戦隊と思しき6人の艦娘の姿が見える。どうやら今朝の情報を聞いたためか、全速力でこちらに向かっているようだ。

 

 複縦陣を組み、全速力で呉鎮守府に到着した第2戦隊は、出撃ドッグへと入って艤装を取り外し、メンテナンススペースへと回す。損傷も無く入渠の必要も無かったため、補給を済ませ次第、6人は相次いで建物の外へと出た。

 メンバーは、出て来た順に旗艦金剛、比叡、榛名、霧島、伊勢、日向――――。

 磯貝が彼女たちを出迎えると、6人はそれぞれ事務的な表情で、敬礼をした。そこで榛名が後ろで翔鶴と共に待機している拓海に気付き、目を逸らす。

 そんな様子にも気付かず、磯貝が身振り手振りを大きくして、彼女たちの帰還を喜んでいた。

 

「第2戦隊、只今期間したデース」

「おお、おお! お帰り、皆! 君たちが怪獣に襲われるんじゃないかと思って、心配したよ!」

 

 磯貝はズカズカと榛名の元に歩み寄り、肩をガシリと掴んでから、他の5人に視線を向ける。

 肩を乱暴に掴まれ、身を縮こまらせている榛名の様子を、後ろにいた拓海は見逃さなかった。金剛たち僚艦も、磯貝の尊大な振る舞いに閉口し、微妙に顔を歪ませている。伊勢や日向に至っては、顔を背けて小さく舌打ちしている。その様子だけで、磯貝と第2戦隊の艦娘の関係が、拓海にも簡単に分かってしまった。

 

「何か、凄く嫌な空気ですね……」

 

 思っていた以上に酷かったことに驚きつつ、隣で苦笑いしている翔鶴に声を掛ける。

 

「私も、前々から気にはしていたのですが、金剛さんたちに止められて何も出来ませんでした……」

 

 ぎこちない笑みを浮かべて、好意的な風に見せかけて演戯している金剛を見ると、気の毒に思ってしまう。彼女のおかげで、この第2戦隊という部隊はギリギリのところで踏み止まっていたのだろう。

 

「これ、早く何とかしないとな……」

「はい……」

 

 拓海の言葉に、翔鶴も同意する。

 最悪、殴ってでも磯貝の目を覚まそうかとも思ったが、あんな状態では無理そうな上に、上官を殴ったということで厳罰になってしまうだろう。

 どうしようかと悩んでいると、磯貝がこちらに踵を返し、悠々とした足取りで向かって来た。

 

「どうだい? お前も見ただろう? 俺と榛名たちの信頼関係!」

「ええ、そうですね」

 

 言外に「悪い意味で」と付け加えながら、拓海は無表情で彼を見上げる。それから後ろにいる金剛たちを盗み見る。

 金剛は両手を合わせて謝るような素振りを見せ、比叡や霧島は心配げにこちらを見つめている。伊勢型姉妹は、不機嫌な表情をしたまま磯貝の後頭部を睨んでいた。

 榛名はというと、拓海が目を合わせようとした途端に、あらぬ方向に目を逸らしてしまう。これは、かなり怒らせてしまったなと内心で嘆息していると。

 

「おい、何だ。お前のその態度は」

 

 磯貝が眉根を吊り上げて、拓海の胸倉を掴む。サッカーをしていた頃、たまに胸倉を掴まれた経験のある拓海は動じず、真っ向から磯貝を睨み返す。

 

「さて、何でしょうね」

 

 向こうにいる金剛たちは、悪化していく空気に慌てた表情を見せ、翔鶴も止めるべきか否か迷って右往左往している様子が見える。

 仮にも少将に取る態度では無いということは拓海も分かっていたが、この男に対してだけは、どうしてもそんな気分にはなれなかった。

 

「――――ッ! 俺と榛名たちが、信頼し合っているのは分かっただろう!? それでも何故、お前はそんな態度が取っていられる? さては、嫉妬したか?」

 

 頭に血が上って捲し立てる磯貝が、嘲笑を浮かべる。一方の拓海は、そんな表情をする磯貝を見て、逆に頭が冷えていった。

 

「思い上がりも良いところですね。それよりも、良いんですか? 避難準備をしなくて」

「はんっ! その隙を突いて、榛名に近づくつもりだろう。それは、この俺が許さねぇからな」

「――アンタ、いったい何のために、司令官になったんですか?」

 

 呆れ半分で見上げながら拓海が問うと、磯貝が当然と言わんばかりに胸を張る。

 

「榛名を、俺のモノにするためだろう」

 

 出て来た答えに、拓海は怒りでは無く、侮蔑の念を持った。この男は恐らく、後ろで金剛たちがどんな表情をしているのかにも気付いていないだろう。普段から、似た様な表情も向けられている筈だ。それなのに、この男は気付いていない。それが何とも、滑稽に映った。

 

「はぁ……。昨日も言っただろう。榛名は、アンタのものじゃないと。こんな簡単なことにも、気付けないなんてな。司令官志望として、恥ずかしい限りですよ」

「きっさまぁッ……!」

 

 襟を強く握り締め、磯貝が怒りの形相で拓海を睨み付ける。磯貝の右手の拳が振り上げられたところで、不意に静止が入った。

 

「や、止めてください! 磯貝少将!」

 

 声の主は、翔鶴だった。必死な顔で腕を掴み、睨んでくる磯貝にも怯まず、懇願する視線を送る。

 

「そうデース! 止めてくだサイ! こんな所で騒ぎを起こさないでくだサイ!」

 

 金剛の必死の声を聞いて、磯貝は腕の力を抜き、拳を下ろす。それから襟を掴んだ左手で、拓海を突き飛ばした。

 コンクリートの上に尻餅をつき、拓海はその痛みで僅かに顔を歪める。

 

「だ、大丈夫ですか、白瀬さん!」

 

 翔鶴が慌てて、拓海の元に駆け寄る。

 尻は痛みだけで、怪我は特に無い。手の平も、特に傷は無いようだ。

 

「ああ、大丈夫。ありがとう」

 

 そう言って笑ってみせると、翔鶴は安堵したように溜め息を吐く。それから前の方を見上げると、磯貝が拳を握り締めつつ、睨んでいた。

 

「チッ。何で、お前みたいな生意気なガキが、後輩になるんだよ。榛名たちは俺のもんだ。死んでも渡さないからな」

「そうですか。どうぞ、お好きに。ですがね――――よっと」

 

 手を払いつつ、拓海は反動を利用して一気に立ち上がる。それを、翔鶴が驚いたように見上げていた。

 

「俺は、榛名に謝罪しに来た。まさか、それを邪魔するなんて言いませんよね?」

 

 磯貝の向こうで、誰かが息を呑む気配が感じられる。拓海はそれに気付きつつも、目の前の男を睨んだ。

 

「ほう。良い心がけだな。俺のモノを横取りしようとしたことを、謝るんだな? だったら、精々謝り倒すがいいさ」

 

 どうやら磯貝は、自分の都合の良いように拓海の言った言葉を解釈したらしい。どこまで行っても救えない男に溜め息を吐きつつ、拓海は磯貝の前を通って、第2戦隊の面々と共にこちらのやり取りを見守っていた榛名の傍に近づいた。

 

「久しぶり、榛名」

「……」

 

 精一杯の笑みを浮かべて言うが、榛名は眉根を寄せて、プイっとそっぽを向いてしまう。やはり、例の件について未だに怒っているらしい。無理も無いかと苦笑すると、拓海は一歩後ろに下がり、斜め45度に身体を傾け、頭を下げた。それを、驚いたように榛名を含めた戦隊の面々が見つめる。

 

「榛名、この間はゴメン! 話まで聞いて貰ったのに、肝心なことだけは話せないで!」

「――――許したら、話してくれますか?」

 

 予想通りの問いが、拓海の頭から降って来た。だがこんなにも早く話してもらえるとは思わず、拓海はチラリと目線を上げて、榛名の顔を窺った。

 榛名は顔を背けながらも、目線だけはこちらの方を向けている。

 だが、拓海の回答は。

 

「ゴメン、それは出来ない」

「そんな――――」

 

 榛名が、ショックを受けた様に、顔を悲しげに歪ませる。

 

「簡単に、誰かに話せることじゃ無いんだ。両親にすら、話したことが無い。俺が、俺自身の力で、解決しなきゃいけない。だから、解決するまでどれだけ時間が掛かるか分からないけど……。それまで、待っていて欲しい。解決して、話しても良いと思えるようになったら、真っ先に榛名に話すから!」

 

 決意と覚悟を込めて、頭を下げたまま拓海は告げる。これで駄目だったら、自分と榛名の関係はこれまでだろう。

 

「白瀬さん……」

 

 榛名は正面から拓海の言葉を受け取り、近寄ろうと前に一歩進み出る。それを見た磯貝が、慌てた様に拓海たちの所へ歩き出した。

 

「オイ、白瀬拓海! お前――――!」

 

 磯貝が拓海の背後に近づき、肩を掴もうとしたとき、事態が動き出す――――。

 

 

 

『避難命令が発令されました! 住民の皆さんは、速やかに避難してください!』

 

 

 屋外スピーカーから緊急警報のベルが鳴り、非難するように言う女性の声が聞こえる。

 

 その時、上空から黄金の竜が舞い降り、北部の山からは赤茶けた肌と背中にびっしりと棘を生え揃えた怪獣が、呉の街へと出現した。

 そして相対した二体の怪獣は、警報ベルの音を掻き消し互いを威嚇するように、大気を裂かんばかりの咆哮を、呉の街に響かせた。

 

 

 

 


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