艦隊これくしょん―黒き亡霊の咆哮―   作:ハチハル

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第8話 到着、横須賀鎮守府

 南鳥島から、約3時間。

 拓海たちの乗った輸送機は、厚木の防衛軍基地に着陸した。

 この基地は空軍と海軍、それに特防軍の所有する航空機を捌くため、かなり広大になっていた。国内では、おそらく最大の基地なのだそうだ。

 

 その基地から迎えの車に乗り、一路横須賀市へと向かう。車は、7人乗りのワゴンタイプだった。

 右の窓際に拓海、その隣に光樹が座り、後ろには榛名と三笠が座っていた。

 

 

 

 先に島を出発した艦娘たちは、後から来た別の輸送機に乗り、既に父島経由でそれぞれの鎮守府に戻っていた。

 

 途中に深海棲艦と出くわしたが、敵の砲撃が届かない高度を飛んでいており、輸送機の装甲が艦載機の攻撃も弾いたため、特に問題は無かった。

 敵部隊の規模は直ちに影響は無い程度だったため、そのまま無視する。

 光樹が念のため、南鳥島に配置された第6水雷戦隊へ、警戒して置くように暗号化電文を送っていた。

 一応光樹の部下が一人残されているが、あまり役には立たないだろうと言うのは、彼の談だ。そんな状態で、本格的な戦闘が起こらないことを切に祈る。

 

 第6水雷戦隊には司令官がおらず、光樹が直接指揮する形になっているのは、やはり人員を確保出来なかったところによるらしい。

 第1世代の半数以上が喪失した時、特生防衛軍本隊に移動となった者もおり、この5ヵ月の慌ただしさもあって、中々見つからなかったようだ。他にも、単純に相性の問題もあった。

 そこに水雷戦隊の安否不明が重なり、選出が遅々として進まなかったという。

 不運に不運が重なった結果、こうなってしまったということだ。

 第3艦隊の司令長官が兼任になっているのも、同じような理由による。もっともこちらは、6水戦以外には司令官がいるため比較的楽と、光樹本人は言っていた。

 しかし、その負担は相応のものがあるのではないかと思う。あまり、無理はしてほしくないものだ。

 

 

 

 横須賀へと向かう車内では、これから行う国籍と住所登録についての説明が行われた。

 

 国籍については、第3次大戦下から続く「戦時国籍法」によって、特に日本人を優先して柔軟な対応が出来るため、所定の手続きを行えば問題ないとのことだった。

 しかし、緊急事態下で作られたために穴もあり、外国人からの抗議など様々な問題を生み出してしまっているらしい。

 

 住所は、旧戸籍法が深海棲艦とゴジラの出現による被害や混乱に伴って破綻(はたん)してしまい、それに代替するものとして利用されているようだ。

 現状は民間人であるものの、国内に居住場所を持たないことと認定カリキュラムのため、横須賀鎮守府に住所を持つこととなった。

 

 

 

 車に揺られること約1時間、拓海たちは横須賀市内に入り、そのまま新市庁舎へと向かった。

 旧庁舎は2年前にゴジラによって破壊されてしまい、移転していた。

 

 手続きは光樹が軍関係者としての口添えや助けもあり、あまり時間は取られなかった。

 住所登録の際に、横須賀鎮守府内でのより詳細な光樹に教えられ、とっくに受け入れ準備は整っていることには驚いた。

 

 

 市役所を出て鎮守府に向かう途中、横須賀市内を車で見て回ることになった。

 光樹が見せておきたいから、と言ったことによる。そう語っていた彼の顔は辛そうだったが、聞くことは憚られる。

 自分に、そんな資格などないと思ったからだ。

 

 自分の記憶にある横須賀市とは、随分と街の様子が違って見える。建物の無い、空き地となっている場所も散見されていた。見たことの無い商業ビルやマンションなども、立ち並んでいる。

 5年前にゴジラの襲撃を受けた影響らしい。しかし、鎮守府やその近くにあった海軍の施設だけは、無事だったようだ。

 光樹が言うに、当時の街は東京ほどでは無いが、酷い有様だったという。

 5年でこれだけ復興できたのは、奇跡のようだとも言っていた。

 

 しかし拓海にとっては、これだけの復興を果たしているのを見ると、あまり現実味が湧かない。

 

 

 拓海にとっては、榛名や艦娘たちと何か関係がある、という程度の認識しかない。どこか、画面の向こうの存在のようにしか、未だに思えないのだ。良くて、「何でいるんだろう」くらいの認識だ。

 そういったことよりも自分の目の前にあるもの、内に抱えるものの方が、彼にとって重要なことだった。

 

 

 

 

 市街地を巡ってから、車は横須賀鎮守府へと向かう。

 車が正面ゲートに差し掛かったところで、拓海は既視感を覚えた。

 

「あれ……。このゲート、見たことあるような……」

「かつて、米軍が使っていたものだ」

 

 拓海の言葉に、左隣に座っていた光樹が答える。

 

「かつて……?」

「深海棲艦の混乱で、米軍が破棄したんだよ。もっとも、脱出しようとした横須賀艦隊は壊滅してしまったが……。その後に、特生防衛軍が接収。後に艦娘の運用施設になった。当時の面影は、このゲートくらいしか無いな」

 

 入場手続きを終えた車が、ゲートを潜り抜けていく。

 拓海は、米軍施設の中を見たことは無い。交流施設を除いては、そもそも一般人は入れない場所で、前にここを訪れた時は記念艦「三笠」目当てだったからだ。だから精々、ゲートの前を通り過ぎたという記憶しか無い。

 

 鎮守府の敷地は、比較的新しい建物ばかりだった。

 米軍の施設ではないことを示すかのように、日本語の看板もちらほらと見える。

 

「今いるのが、楠ヶ浦町だ。南側は、艦娘の息抜き用の施設がほとんどだな。まあ、そう言いつつここにいる職員や司令官も普通に使えるんだが」

 

 窓の外に目を凝らしていると、横から光樹の説明が加わる。

 確かに、2車線道路の脇には映画館やゲームセンターなどの娯楽施設が散見される。途中には、「甘味処 間宮」の看板もあった。

 艦娘のためといいつつ、司令官なども使っているという点が、何とも適当に感じられる。

 

 艦娘隊としての施設は、主に北側と隣の泊町に集中しているようだ。

 

 北側に差し掛かると、訓練用の施設や図書館、宿泊棟が目に付くようになる。これらの施設は全て、司令官などの隊員用に置かれているとのことだ。

 

 楠ヶ浦町を抜けて泊町に入って直ぐ、一際目立つ威容の建物の前に到着する。

 その建物は、ここに来るまで見たどの建物よりも、横に伸びて広々と土地を占有している。

 地上4階建て、外壁を茶色く塗った三角屋根の連なるそれは、一際大きな存在感を持っていた。

 

 榛名や光樹と共に車を降り、その建物を見上げる。

 目的地に送り届けた車は、役目を終えてどこかへと走り去って行った。

 光樹が拓海の隣で建物を見上げつつ、言う。

 

「ここが、横須賀鎮守府の本庁舎だ。司令官執務室や幹部級が使う施設が、主に入っているな。――――行くぞ。中の受付で、残りの手続きを済ませる。それが終わったら、お前が泊まる部屋に案内する。荷物は、あの車の運転手が先に届けておいてくれているはずだ。必要書類は、持っているな?」

「う、うん」

 

 左脇に抱えた、推薦書が1枚入った封筒を確認する。

 書いてあるのは、「この者を新米少佐認定カリキュラムに推薦する」といった旨のものだ。拓海と光樹の直筆サイン、それに光樹の印鑑が押されている。

 

 拓海たちは、鎮守府の本庁舎の中へと入る。

 自動ドアを潜ると、外見と変わらない威容の内装と、張り詰めた空気が3人を出迎える。

 

「拓海、そんなに肩を張らなくていい。内装を初めて見た連中は、決まってお前みたいな反応をするからな。気持ちは分からんでもないが」

 

 光樹はそう言って、慣れた様に正面の受付に進んで行く。

 拓海も後を追って、受付のカウンターに向かう。

 

 

 受付で書類を受け取ってもらうと、居住場所と名前の記入を、差し出された紙に書くように求められる。連絡先として使うためのようだ。

 拓海は、先ほど市役所で登録したばかりの住所を記入して、名前も書き入れる。

 それで受付が終了すると、受付嬢がまた明日の午後1時以降、ここに来るように言う。受付をした後で、2階の会議室でカリキュラムの責任者と会うことになるそうだ。

 

 

 30分ほどで手続きを終えると、本庁舎を出てそのまま来客用の宿泊棟に案内される。

 司令官などが泊まる宿泊棟に近い場所にあるそれは、10階建てのビルだった。拓海はその3階の、305号室に泊まることとなる。同時にそこが、彼の仮の居住地でもある。

 

 部屋の中は、20平米程度。

 中を覗き見ると、冷蔵庫やレンジなどの生活に必要な家電が取り揃えられている。トイレとユニットバスも完備されていた。ベッドやクローゼットなども置かれ、至れり尽くせりといったところだ。

 

「何で、こんなに揃ってんだよ……」

 

 あまりの歓迎ぶりに、何かあるのかと若干警戒しながら、光樹に尋ねてみる。

 

「3階は、長期で泊まる連中のためにあるフロアだからな。台所は無いから料理は出来んが、それ以外での不便はまず無い筈だ」

「俺みたいな奴を、想定してってことか……」

「そうだ。因みに、宿泊代は気にしなくていい。カリキュラムを終えられれば、軍の方で払ってくれる」

「嫌に現実的だな……」

「ここは夢の国じゃないぞ。どっちにしろ、金は取られるが」

 

 それじゃ、夢の国も何も無いじゃないか、という野暮な突っ込みは控える。

 というか、きちんとカリキュラムを終えて新米少佐になれなければ、その分だけのツケが回ってきてしまうということだ。

 それは何としても避けたい。

 

「こりゃあ、いよいよ腹を括らなきゃいけないか……」

 

 落ちれば即、借金の人生が待っている。そんな無様な終わり方は、したくない。

 

「今更言うかよ。南鳥島で俺に言った時点で、決まってたようなもんだ。諦めろ」

「親友に言うことか? それ……」

「お前には、期待してんだ。当然だろ。ほら」

 

 光樹が、カードを投げ渡してくる。

 拓海はそれを落とさないように、受け取った。カードには、黒い横線と印字が施されている。

 

「この部屋の鍵だ。絶対無くすなよ。再発行が手間だからな」

 

 そう言って、光樹は拓海と榛名をその場に残して踵を返した。

 

「お、おい。どこ行くんだよ」

「仕事だ。お前のことで、これから打ち合わせがあるからな。荷物は、ベッドの傍に置いてある筈だ。それじゃあ、また明日。行くぞ、三笠」

 

 拓海の問いにぞんざいに答えると、光樹はそのままエレベーターホールへと歩いて行く。

 

「それでは、白瀬さん、榛名ちゃん。また今度ね」

「ああ、うん。お疲れ様」

「はい。またお会いしましょう」

 

 二人にニコリと微笑んだ三笠は小さく手を振ると、光樹の後を追って小走りで去って行った。

 

 

 

 用を終えると、さっさと行ってしまった光樹に唖然としつつ、部屋の中を見てみることにする。

 その時の光樹の様子が一瞬変だったように思うが、それが何なのかは分からない。微々たるものだから、気のせいかもしれない。

 

 

 部屋に上がる前に、拓海は榛名の方を振り向く。

 

「榛名は、この後予定とかってある? もう、夕方だけど」

 

 部屋の奥に見える窓の向こうを見ると、外は夕陽に照らされている。

 

「少し、鎮守府を回って見たいと思います。ここは、艦娘として目覚めて以来ですから」

「……ん?」

 

 榛名の言葉が、少し引っ掛かる。そんな話、聞いていただろうか。それとも、記憶違いだろうか。

 

「ちょっと、質問いいかな……?」

「はい。大丈夫です」

 

 拓海の反応に、榛名が戸惑った表情をしつつ頷く。

 

「艦娘としての榛名は、ここで生まれたの? この横須賀で」

「はい。私も金剛お姉さまも、他の皆も、ここの工廠施設で生まれました。その後直ぐ、各地に派遣されて、そこで訓練を積みました」

「それって、全員?」

 

 榛名は、こくりと頷く。

 こちらの世界では何人の艦娘がいるかは知らないが、その全員がこの横須賀で生まれたということか。

 各地に配備されたことはともかくとして、何故横須賀なのだろうか。

 

「他の鎮守府じゃ、艦娘は生まれてないの?」

「はい。私が聞く限りでは、なるべく多くの戦力を集中的に生み出すため……と。――――そう言えば、横須賀以外では艦娘の建造は出来ない、という通達がされているのを、呉で聞いたことがあります」

「じゃあ、工廠は無いっていうのか?」

 

 その問いに、榛名は首を横に振る。

 

「いえ。工廠自体はあって、装備開発や艦娘の改造は出来るのですが――。そもそも、建造用らしい施設は見当たりませんでした」

「榛名は、目覚めた時どこにいたの?」

「どこというのは……。あ、地下です。泊町の工廠の、地下です。カプセルのような容器の中で目覚めて、その後直ぐに艤装を渡されました。その階は、辺り一面に似た様な物が沢山、おいてありましたね。多分、私と同じように他の子たちも入ってたんだと思います。他にも階層があったそうですけど、目隠しされて地上に上がったので、どれくらいあるのかは……」

「……初耳だぞ、それ」

 

 榛名の話に、頭を悩ませながら拓海は呟く。

 

 まさか、艦娘の生まれに関して重要参考人がこんなところにいたとは。

 それどころか、話が本当なら拓海の周りには、同じ様な艦娘がごろごろといたことになる。

 肝心な部分を見落としてしまっていたことに、拓海は自分を恨む。

 

 これでも、人が気付かない様なところを見つけるのには自信があったのだが。

 

「あの、すみません。お気を悪くされましたか……?」

 

 榛名が自分を心配そうに見つめていることに気付いて、拓海は首を振って否定する。

 

「いや、榛名を責めてるんじゃないよ。ただ、自分の間抜けっぷりに、愕然としてただけだよ。その工廠には、行けるのか?」

「地上階だけでしたら。地下は、関係者以外は立ち入り禁止とのことで、艦娘と言えども入れません。専用の認証キーが無いと、降りられないみたいで……」

「階段とかは、無いの? 非常用の」

「あるにはあうそうですけれど、場所は関係者しか知らないみたいです。それ以外は、エレベーターで認証キーを使わないと、行けなくなっています」

 

 鎮守府か軍の誰かは分からないが、そこまで厳重にして隠しておきたいということらしい。

 

「誰かの伝手で行くことは、出来ないの?」

「磯貝少将のお友達が試してみたそうですけど、悉く駄目だったそうです。建造出来るように申請もされていましたが、それも門前払いだったそうで。それどころか、次の機会に申請した場合には、処罰されると脅されてしまったみたいです」

 

 人から聞いた話のためか、榛名の話には確実性が無い。

 しかし厳重なセキュリティから考えて、妙に納得出来てしまう。

 

「いきなりそれって、随分と重いんだな? 何を隠してるんだ……? 光樹も、横須賀も……」

 

 これも光樹から聞いたことだが、横須賀鎮守府は特生防衛軍の中央本部でもあるらしい。特生防衛軍本部とは別に、ここに独立して置かれているようだ。

 

「多分、皆さんも同じようなことは思ってると思います。ですが、ここまで秘密にされてしまっては、誰にも探りようがないみたいで……」

「他に探るような奴がいても、仮に上手く行きそうになったとして、そこでお縄……なんてこともありそうだな……」

 

 自分で言っていて、空想めいた話だと思うが、しかしそれを否定しきれない。

 

「そう言えば、カプセル以外には何か見てないか?」

 

 付け加えるように質問した拓海に、榛名は否と首を振る。

 

「艤装を渡されてから、すぐに目隠しされてしまったので、分かりません。関係者の方が、私が出て来たのを見て喜んでいたのは覚えていますが……。あとは機械音ばかりでした」

「榛名がエレベーターに行くまで、誰かの声は? それと、エレベーターの場所も聞きたい」

「先ほどの声以外は、全く。敢えて黙っているような、そんな感じでした。エレベーターは、関係者用のものが1基あるそうですが、目隠しされていて場所までは……」

 

 

 不意に、二人の話を中断させるように、横須賀市街地から5時を告げる短い音楽放送が流れる。日没まで、あまり時間は無いようだ。

 

 他にも聞きたいことが沸々と湧いてきてしまうが、これではただの質問攻めになってしまう。それに、聞いたところであまり有益な回答は得られそうに無い。

 この件に関しては、また今度ということにした方が良さそうだ。

 

「ごめん。質問ばっかりで、引き留めちゃったみたいだ。お詫びとかいるなら、何でも言って」

「いえ、榛名は大丈夫です。でも、そうですね。榛名と少し、鎮守府を回っていきません? それに白瀬さん、今まではお弁当だったり支給品だったりしたから良かったですけれど、ここではどうされるつもりなんです?」

 

 今更、夕飯をどうやって確保するか考えていなかったことを思い出す。特にお金の面で。

 一応、ドル紙幣も日本円も持っているが、両替や使用は出来るのだろうか……。

 

「ここって、両替は出来る? あと、日本円は1万円くらいしか無いんだけど」

 

 ポケットから財布を出しつつ、榛名に中身を見せる。

 財布は、革製のコンパクトなタイプだ。

 

「両替は鎮守府でも出来ますけど……市街に出た方が早いですね。そのくらいなら、あまり心配は無いかと。日本円に関しては、問題ないと思いますが……どのくらい持つか……」

「まじかよ……。ドルと合わせても、多分3万円くらい。切り詰めても、2、3ヶ月くらいか……?」

 

 以前見た、某番組を思い出しつつ、溜め息を吐く。しかし、そこまで切り詰められるような生活が出来るような気はしない。

 

「新米少佐のカリキュラムを受けるのでしたら、その間収入はあると思いますので、あまり心配しなくてもいいかと……。新米少佐になれれば、収入はぐっと上がるそうですし」

 

 榛名の補足に、拓海は右肩をガクッと落とす。

 

「そ、そういうことは早く言ってくれ……」

 

 取り敢えずの収入源は、確保出来そうだ。

 次は、食事をどうするかだが――。

 

「もし宜しければ、間宮さんのところで、夕飯もご一緒しませんか? 他の所よりも、安くて美味しいお食事が出来ますよ」

「榛名は、お金とかどうしてるの?」

「艦娘ということで、特防海軍の経費から落とされますね。ですから、白瀬さんお一人分で済みますね」

 

 榛名の分は、心配しなくて良いということか。どうせなら、奢ってみたいと思っていはいたが、それはそれで財布が危なかったかもしれない。

 

「ってそれ、沢山食べるような子がいたら、お偉いさん、大変だよな……?」

「それはそうかもしれませんけど――――。あまり、そういうことは聞かないでほしいです」

 

 拓海としては、榛名のことを言っているつもりは無かったのだが、榛名はむくれてしまう。

 

「ご、ごめん。悪気があったわけじゃ……」

 

 アタフタしながら謝ると、榛名が視線をちらりと動かす。

 

「そう思っているなら、そうですね。間宮さんのところの、“ビッグパフェ”を白瀬さん持ちで、デザートに頼みましょう」

「ち、因みにおいくら……?」

「7,000円です」

 

 榛名がこれ以上ないくらい清々しい笑顔で、さらりと述べる。

 

「となると、晩御飯は高くても3,000円以内か……」

 

 血の気が引くのを覚えながら、拓海は財布の中を確かめる。今ある日本円のうち、その7割が飛ぶことが確定したわけだ。

 

 

 

 拓海は、朝起きたら真っ先に、両替所に飛び込もうと決意する。

 

 

 

 ここに、新米少佐になるための割と切実な理由がまた一つ、出来たのであった。

 


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