目の前で、すさまじい爆発が起こった。
その衝撃に思わず顔をしかめる。
「ひょー、すっげーなおい!」
「おい、ジハード、興奮するなよ。お前はもう戦場にいるんだからな、訓練じゃないんだぞ。分かってるな」
目の前の出来事に目を輝かせているジハード・ロイに彼の担当教官であったウルズがたしなめるように言った。もっとも、それがジハード本人に届いているかどうかは不明だが。
『全班へ、こちらローグ班。『例のリーフェクト』を発見した。しかし、第3ハッチ前にて敵と遭遇。そのまま戦闘に入った。至急応援を求む』
耳にしている無線から戦友の声が響く。戦況が余程悪いのだろうが、その声は切羽詰まっているかのように聞こえた。
『こちらウルズ班。了解した、至急ローグ班と合流する」
(とは言ってもだ………)
無線を切った後、思わずウルズは舌打ちをした。ウルズ班は現在、隊長であるウルズと、新兵であるジハード、それと戦場に出てからかなりの年月が経ってはいるが、今回の作戦では負傷してしまい、思うように動けない兵士が2人。
今でさえ、先程の爆発で敵軍の兵士が全滅しているのが幸いなのに。どう考えても今の状態で応援に行っても足手まといになるのがオチだ。だが、戦場で野たれ死にするよりは、敵軍に向かって死んだ方がマシ、だとウルズは自分自身に言い聞かせた。
「ジハード、いつまで見てやがる。無線が聞こえたろ、合流する」
「了解、ウルズのおっさん!負傷した奴らはどうする!?」
やっと目を離したジハードが元気たっぷりに言った。その様子に俺はおっさんじゃない、まだ29だ、と言いたくなる。この事は訓練でも何度も強く言ったはずだが、どうやらこいつは覚える気がないらしい。
「もちろん連れて行く。ジハード、お前は小さいから俺の分の荷物を運べ。俺が2人に肩を貸す」
「了解!」
「…た………隊長………」
ウルズが荷物を置くと、声が聞こえた。見ると負傷した兵士の片割れーーーー確かルークだとか言ったかーーが弱々しい声で話していた。
「じ……ぶんは………おいてい………ってくだ………さい……」
ルークの顔はとても青白く、まるで亡霊のようだった。しかし、それとは反面、先の戦いで敵の銃弾を受けた腹部からは真っ赤な鮮血が出ていた。
「血………が……止まら………ない……んで……す。………もう……ダメ……です…………よ」
「ダメだ、連れて行く」
そう言うが如く、すぐさまウルズはルークに右肩を貸した。反対の方にもう片方の負傷した兵士を乗せ、バランスをとり、安全を確かめる。ジハードが荷物をしっかりと運べている様子を見た後、彼は独り呟く。
もう部下を見捨てたりしないと。
ウルズ達がローグ班との合流地点、第3ハッチ前に着くと、そこは凄惨な場所と化していた。
既に戦闘は終わったらしく、どちらの銃弾を受けて死んだのかは分からないが、死体がそこら中に転がっていた。心臓の部分から血が吹き出ている死体や、ルークと同じように腹部から血が出ている死体。中には体の首から上がない死体もあった。その様子には長年戦場に立っていても吐き気を覚える。
「おろろろろろ………」
「おいこら吐くなアホ、俺の靴が汚れる」
「だってよー………」
俺にもこんな時期があったのか、と1人愚痴るウルズ。当時の教官によく叱られたな。
「ウルズのおっさんは平気なのか……?」
「あぁ?こんなのは慣れだよ慣れ。戦場に出るなら否が応でもこんなのに遭遇するからな。あーーー『こちらウルズ班、第3ハッチ前に到達した。ローグ班、聞こえるか?聞こえたら誰でもいい、返事をしてくれ』」
『こちらローグ班所属ルーカス・ベンです。ウルズ班は今から端末に送る地図を参考に第3ハッチで合流してください。そちらの班が着き次第突入をかける手筈になってます』
「『こちらウルズ班、地図を確認。至急そちらへ向かう』…って事だ。おい、ジハード、そろそろ吐くのをやめろ。俺の靴が本当に汚れる。ルーク、もうちょいの辛抱だ。行けるか?」
自らの問いにルークがゆっくり静かに頷いたのを見て安心した。これなら大丈夫そうだな。でもゆっくり歩かないと。負担をかけるのはまずい。
「ひでーな……」
ウルズ班が第3ハッチへと着くと、ローグ班の面々が迎えてくれた。しかし、暖かいホームパーティーのようなものではなく、誰もが皆ルークと同じように顔が蒼白で疲れ切っていた。負傷していて片目を包帯で巻いている者や、片足を失った者もいた。
「ウルズ班ですね、お待ちしていました」
ささっと、ウルズ達の前に青年が恭しく立った。その青年は誠実そうな顔つきで、笑みを浮かべていたが、黒の瞳の奥には疲れが見えた。
「お、その声……」
「はい、先程無線をかけたローグ班所属、ルーカス・ベンと言います。またまだ未熟者ですが、よろしくお願いします」
「おう、よろしくな。ったく、その礼儀正しさはこの馬鹿にも教えてやりたくなるな」
「いてててて!!!待っておっさん!!目が笑ってないぞ!!!」
がしっとジハードの頭を掴む。その痛がり様から、余程思ってるんだなとルーカス・ベンは思った。
「はは……それより、負傷者の方を預かりますよ。医療器具は少ないですが、出来る限りの事はさせていただきますので」
「おう、こっちの医療器具も少ないが使ってくれ。……それと」
「ローグ隊長ですか?隊長なら通路を左に行ったハッチにいますよ。ウルズの奴なんでこねーんだってぼやいてます」
ありがとう、とジハードから医療器具を受け取る際にも礼を忘れないルーカスの姿に本当に礼儀正しいなと感心する。ジハードと交換したいくらいだ。
「あのボケ爺さんめ。分かった、ありがとう、ルーカス。
行くぞジハード」
「おっけー!」
「僕はここで治療に入るので戦線には参加できません。無事を祈っています。ウルズ隊長」
「おお、任せとけ。『例のリーフェクト』は必ず奪って見せるさ」
ウルズ達が去って行く後ろ姿を見て笑顔で手を振るルーカス。しかし、その笑みはどことなく不気味であった。
「おう、邪魔するぜ」
ハッチを開けると、小柄で白髪の男が武器の手入れをしていた。
「遅いぞ。ウルズ。何をしていた」
男の声は厳しく、威圧を含んでいた。
「いやー負傷兵を助けてたもので、すいませんローグ隊長」
まだ衰えちゃいねーなこのジジイ、とウルズは思う。70にもなって戦場に出てくるのは同じ仲間として尊敬はするが、いかんせん血の気が多い。また、眉唾ものだが、このローグ隊長は子供の時かから既に戦場に出てたらしい。その長年の経験と腕前からローグに教えを請う者が大勢いるとの事。だが、それ以外では偏屈じじいで、あまりウルズにとっては関わりたくない相手だった。
「全く。だからお前は甘いというのだ。ワシがお前ぐらいの時からは負傷兵など捨ててその分敵を撃ち殺してやったわい」
「はは、すごいですね……」
本当かよじじい、とは口が裂けても言えない。適当に相槌を打つ。
「おー!ローグのじっちゃん!!」
「おおう、ジハードか!」
ウルズの体を押しのけながら、ジハードがローグの体へ抱きつく。ウルズとは違い、ジハードはローグの仲はとても良好だった。それは、ローグに限らず、他の奴にも言える事だった。なぜだか分からんが、ジハードは人を惹きつける何かがあるらしい。
「お前さん死んどらんかったか!!まあ死ぬとは思ってはいなかったがの!!がはははは!!」
「おうよ、ローグのじっちゃん!俺が死ぬわけねーじゃん!!無敵のジハード様だぜ!!」
偏屈のローグ爺さんもあの通りだ。はっはっはと2人が笑い飛ばす中で、ウルズはさらに奥のハッチへ進む。開くとそこには、机の上にある見取り図を取り囲む男達がいた。
「さてと……ここからか」
「作戦内容はシンプルだ。第一に、『例のリーフェクト』ーーー新型を奪う。奪えない場合、最悪破壊する。そして第二にこの施設を破壊する。こちらも、何か必要な物があれば、持ち出しても構わん」
リーダー格の男が淡々と作戦を説明する。
「本来は既に突入しているのだが、ここに長くいすぎた。もっと早くなるべきだったーーー」
ちらりと見られた感覚があったウルズ。が、気にしない事にしよう。
「ーーーーが仕方ない。何があろうとも、敵に悟られていたとしても、我々は作戦を遂行する」
「おおおおお!!!!」
リーダー格の男が言うと、周りの怒号ともとれない声が上がった。ここまで多数の戦友、友の犠牲を出してきたのだ、既に引き下がれない。
「そこでだ、作戦は二手に分かれる。ここに残って施設を破壊する組と、「例のリーフェクト』を奪う組に分ける。組分けはーーー」
リーダー格の男の説明はそこで途切れた。爆音が響いたからである。
「今のはなんだ!?」
「外から聞こえたぞ!」
「よし、見てく………うわぁぁ!!!」
爆音に負けないくらいのリーダー格の男の怒声。
音の発生源を確かめようと茶髪の男が駆け出す。しかし、その姿はハッチの外へへ出ようとした瞬間、炎へと包まれていた。たちまち嫌な臭いが広がる。人が焼ける臭いだ。
「なっ!?」
「まずい、燃えるぞ!逃げ……」
今度は壁の方から爆音がした。爆音がした先には大きな白い手が出ていた。その白い手の正体をウルズは知っていたーーーーAWーRFG115《アルゴ》。ウルズが敵対している大国『スローネ』の量産型リーフェクトである。塗装はパイロットによって違う事もあるが、白は一般兵のカラーリング、とウルズは認識している。おそらく、さっきの火炎を出していたのもこいつだろう。
「がががっっっ」
白い手に掴まれた男が鈍い悲鳴を上げる。リーフェクトの力はとてつもなく強く、人の力では敵う訳がない。男はあっけなく潰され、その人生に幕を閉じた。断末魔を出す間も、思い人に今生の別れを告げる間もなく。白い手は役目を終えたのが分かると手を外へ引っ込め、代わりにピンクの一つ目が覗き込んだ。
「し、襲撃だ!!」
ここでついに事態が飲み込めたのか、リーダー格の男が叫んだ。咄嗟の事で散り散りになっていくメンバー達。
「各員、各々で新型を奪え!新型を奪ったらすぐに本部へ戻る事!」
この最中に指示を送れるリーダーには舌を巻くが、それを聞いている奴が何人いる事か。既に何人もの奴がハッチの外に出ている。その中で何人が奪いに行ったのか。数える程しかいないんじゃないか、とウルズは不安げに思う。
「なぜお前さんが!!」
ハッチの外へ出ると、さっきの《アルゴ》の攻撃で所々崩落が始まっていた。崩落を避けながらも進んでいくと、負傷兵の所へ向かう通路でローグが叫んでいた。通路をまっすぐへと向かう男達とは違い、ウルズはそこへ向かう。
「なぜも何もありませんよ、ローグ隊長。僕は元々、あちら側の人間だった、そういう事です」
「くそったれ!!!」
ローグは所々撃たれたのか、出血が酷い。それでも気迫が衰えないのはさすが戦場のベテランという所だろう。
「ローグ隊長!援護しますよ!」
「ウルズか!!?くそったれ、こっちにスローネのスパイがいやがった!」
ローグが作り上げたであろう即席のバリケードに隠れながら、弾切れだ、と指示を出すローグに予備の弾を渡すと、自分のライフルにも弾丸をこめる。
「スパイって、誰がですか!?」
「ルーカスじゃルーカス!あの小僧!ワシを今まで騙し取ったんじゃ!!」
弾を放ちながら、崩落していく壁の音に負けず劣らずの声をローグが叫ぶ。その様子に思わずウルズも声を荒げた。
「ルーカスってあの!?」
「あぁ、そうじゃよ!!バカにしおって〜〜〜!!!」
再びバリケードに身を隠すローグの鬼気迫る表情にたじろきつつも、今の言葉に驚きを隠せなかった。スパイ?あの礼儀正しい青年が?いつから、しかもどうやって?
「またなぜこんな事に…!」
「ワシが知るか!!そんな事よりジハードが奥の方へ向かった!!はよ行って助けてこい!!ここはわしがやっておく!!」
「しかし………!」
「じゃかぁしぃ!!あいつはワシの班にいたんじゃ!あいつの事はワシが誰より知っとる!ほら、さっさと行かんとお前さんも撃ち殺すぞ!!!」
「り、了解!」
本気で撃ちかねないローグの剣幕にライフルを片手に走り出す。昔の話もこりゃあながち嘘じゃねーかもと肝を冷やした。銃声とローグの罵倒の声を背中に受けつつ、その場を後にした。
(しっかし、ジハードはどこ行きやがったんだ……?)
「後はまっすぐか……!」
端末の新型を示すポイントを見つつ、ウルズは走っていた。ローグと別れてから奥へと通じる通路に入り、未だありがたい事に敵とは遭遇しなかった。しかし、味方にも会っていない。所々通路に穴が空いていたのはリーフェクトにやられたというのが妥当だろう。そしてまだ、ジハードとも合流していない。リーフェクトにやられてなければいいのだが。
「うおーーーー!!!」
奥で誰かの声とパン、パンと銃声がした。端末が示すポイントだ。誰かが戦っている。その思いがさらに足を駆けさせていた。間に合ってくれよ。
「ここがポイント……!!」
端末が示したポイント。そこはリーフェクトが5機ほど入る大きな格納庫のようだった。今現在では、目標としている新型と、さっきまで戦友を殺していった《アルゴ》が2機、直立不動で放置されていた。その中で、機体を影にしつつ、小さい影が敵兵と銃撃戦を行っていた。
「ジハードか……!」
そう呟くと、ライフルを片手に、目の前の《アルゴ》へと搭乗しようとしていた敵兵へとライフルを向け、放つ。弾は正確に飛び、敵兵の頭を貫いた。すぐさま奥のジハードに注意を向けていた敵兵にライフルを向けて放つ。
「!?!?!?!?」
ジハードは敵兵が倒れる姿に驚いたらしい。涙目になりながら言葉にならない悲鳴をあげていた。その姿に安堵の息をつく。よかった。こいつはやられなかったな。
「ウルズうぅぅ!!」
「抱きつくなおい、鼻水がつくだろが」
鼻水を垂れ流し、泣きじゃくるジハードの頭を撫でながら、周囲に注意を払う。今は敵兵の影が見えない。チャンスだ。今のうちに新型を奪う。
「よし、新型に乗り込むぞ。ジハード、ついてこい」
顔の涙を拭いているジハードに向けて指示を出す。ジハードが涙声ながらも了解、と言い、新型機へと走り出す。
新型機は、白を基調としている《アルゴ》と同じで、主に白を基調としたカラーリングをしていた。しかし、肩の部分などに青色の塗装がされていた。そして、人間の目にあたる部分には《アルゴ》のような一つ目ではなく、青色の一対の目があった。
「確か胸の所にコクピットがあるはずだ。これに乗るぞ」
「う、うん…!」
胸の所にまで上昇するハッチに乗る。後はレバーを上へと上げて上昇するだけーーーであった。
「見つけたぞ!!」
敵兵が銃を放ちながら叫んだ。すんでの所で身を隠したお陰で弾丸は当たらなかったが、敵兵が耳に当てて話しているのを見ると、無線で仲間を呼んだなーーーとウルズの勘が伝える。
「なら!!」
彼は上昇しているハッチから飛び降りた。上を見ると、ジハードが驚いた顔をしている。はっ、と顔に笑みを浮かべる。
「おっさん!」
「ジハード!!奪うのはお前に任せた!」
ジハードの瞳がでも俺じゃ、と伝えていた。大丈夫。半人前でもお前なら出来ると信じてる。訓練通りにやれ。そんな思いが伝わったのか、ジハードの瞳が段々と強い意思を帯びてきた。
「わかった!死ぬなよおっさん!」
「はっ、誰に向かって口きいてやがる、こんなとこで死ぬかよ!」
背中にジハードの叫び声を受ける。負けじとウルズも叫んだ。あぁ、そうだ。まだ死なねぇよ。お前っていう問題児に付き合わなきゃなんねーからな。
地面に着地した途端、敵兵に向かってライフルを放つ。敵兵が倒れたのを確認する間もない。懸命にライフルを撃ちつづけるが、流れは止まらない。倒れても倒れても敵兵がゾンビのように湧いてくる。
「頼むぜ、ジハード………!」
「よし……!」
無事にコクピットに乗り込んだジハード。目の前に並ぶ計器類に困惑しながらも、訓練の通りに起動の準備を始める。
「各モジュール起動、100%…!続いてニュートラルゲージネット起動、100%…、駆動系に接続、システム起動!」
辺りに光が満ちる。システムが起動したのだ。まずは起動した、とジハードが息をつく。次は稼働だ。起動したディスプレイを見ると、ウルズが息も絶え絶えに敵兵と射撃戦をしていた。時折手榴弾を投げては、息を整えようと努めているが、いかんせん敵兵が多すぎる。これでは時間の問題だ。
『生体認証ヲ登録シテクダサイ』
目の前のディスプレイに文字が浮かびあがる。生体認証!?、こんな時に!?焦るジハードの目の前に箱が出てくる。掌の絵が描いてある、という事は、ここに手を置け、という事か。
「認証完了』
即座に手を置くと、文字が消えた。すると、左右からレバーが出てきた。ジハードはそれをしっかりと握り締める。
『オリオン起動』
凄まじい轟音がした。それは目の前に手榴弾による爆発が起きた訳でも、敵兵が起こしたものでもなかった。その音の発生源はウルズの後ろからしていた。
「やったのか……!」
出血で朦朧としながらも、目の前の新型が起動している様子を見て、歓喜の声を上げる。作戦は成功した。
新型の機体がゆっくりと歩いてきた。敵兵達が驚いた顔で銃を乱射する。しかし、そんなのが効くわけがない。新型は気にせず歩き続けた。
「はっ…」
新型が手を差し伸べる所で、ウルズは意識を失った。
あれこれ本当にプロローグ?長くね?
初めまして、ここまで読んでくださり感謝です。りーるといいます。何分小説が始めてなもので、右も左も分からない初心者であり、小心者ですがよろしくお願いします。