二人の『ゼロ』   作:銀剣士

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母が来たりて

昼食の後、ブルドンネ街に戻る最中に『その店』はあった。

 

『mayoido』

 

「このお店?最近出来たみたいよ、変わった小物類が多くて、学院でも話題に上る事もあるわね、寄ってみる?」

 

キュルケの言葉に紗久弥は首肯してから真っ先に件の店に入っていった。

 

「どうしたのかしら、あの子?」

 

「行けば解るわよーー」

 

 

 

 

「ーーいらっしゃい、おやアンタかい、久し振りじゃないか」

 

「おばさん、久し振り」

 

辺りを見渡すと見慣れた姿と、聞き慣れた声。

 

「いつ以来か、アンタは変わんないねぇ羨ましい……とは言えないか」

 

「あはは……武器、お願いしたいんだけど、良い?」

 

言って紗久弥は無の薙刀を渡す。

 

「聞かないのかい?どうしてここにいるのか」

 

「聞いても?」

 

「ま、私にも解らないんでね、聞かれても困るってのが本音さ、武器合体で良いんだね?」

 

「うん、カルティケーヤとお願い」

 

言って何処からか一枚のカードを出して、店主に渡す。

 

「……よし、ちょっと待ってな」

 

無の薙刀とカルティケーヤのカードを持って店主が奥に入っていくと、すぐにルイズ達が店内へと入ってきた。

 

「サクヤ、どうしたのよって言うかあの武器は?」

 

「うん、今店主に預けたところだよ」

 

ルイズ達は、頭上に再びクエスチョンマークが現れている気がした。

 

「雑貨屋の店主に?」

 

「何故?」

 

タバサまでも興味深そうに訊いてくる。

 

「すぐに解るよ」

 

 

 

 

店内を暫く物色して回っていると、店の奥から一振りの綺麗な薙刀を持って現れた。

 

「待たせたね、アンタの武器『孔雀御前』だよ……おや、友達かい?」

 

「あ、うん、ルイズとキュルケ、タバサって言うの」

 

いきなりの紹介にもかかわらずでルイズ、キュルケの二人は優雅に返し、タバサは頭を下げるに留まった。

 

「『貴族様』のガキんちょ共とはちょっと違うようだね」

 

「何かあったの?」

 

「ここで店を始めた直後かね、いけすかない成金趣味の輩が来てね。汚ならしい店だって文句言いながら店ん中歩き回った挙げ句に『店が汚いせいで服が汚れてしまったなぁ?どうしてくれるのか、是非店主に伺いたい』って言い出したのさ」

 

キュルケは近くの棚を指で擦り、指を見る。

 

「綺麗なものね、塵一つ付かないわ」

 

「当然だろう?客商売ってのは信用と清潔が大事なんだ、暇がありゃ掃除してんだよ。なのにあいつらときたら……」

 

 

 

 

『この服は君のような平民には布切れさえ買えない高価な生地を使い、王家御用達のブティックに設えて貰った物なのだがね?ああ、どうしてくれるのかな、こんなにも汚れてしまったじゃあないか、弁償……して貰えるよね?』

 

一人がのたまう後ろでやいのやいのと囃すバカどもに辟易してねぇ……ついこう言っちまったのさ。

 

『そんなに高価なものなら、それに見合う人間になりな、安い事してんじゃないよ』

 

ってね?

 

 

 

「それから暫く、店の前に猫やら犬やらの死体が置かれたり、どっかから肥やし持ってきてぶち撒けられたりしたっけねぇ」

 

あれじゃ貴族じゃなくただのチンピラだねと言葉を続けて、溜め息を溢す。

 

「あんまり酷いもんだから、酒場で愚痴ってたら一人のモノクル掛けた紳士の耳に入ったみたいでね、その紳士は『なに、じきに終わるさ』何て言って去っていったのさ」

 

ルイズは憤慨していたが、何とか続きを促して呼吸を調える。

 

「そしたら翌日、ガキどもが裸で正座させられて膝に重りを載せられててさ、思わず大笑いしちまった」

 

キュルケも大笑いしている様だ、そっとしておこう……

 

「その後同じ酒場でその紳士に会ってねぇ、名前を訊いたら『サンドリオン』って名乗ってたよ、しがない没落貴族だとも言ってたが……まあいいや、ともかく彼のお陰で貴族嫌いにはならずに済んだよ」

 

サンドリオンの名を聞いて、ルイズは妙な汗をかくことを止められなかった。

 

「ま、今はもうそんなちょっかいもないし平和なもんさ。さあアンタらそろそろ帰路に着かなくて良いのかい?学生だろう、明日に響くよーー」

 

 

 

 

ーーそれからルイズ達はブティックに寄り、明日の夜行われるフリッグの舞踏会の為の、紗久弥用のドレスとアクセサリーを見に行き、購入しようとすると。

 

「明日は仕事しなきゃなんないらしいから私は出られないよ?」

 

等とのたまう紗久弥にルイズは指を突き付けて言い放つ。

 

「アンタは私の使い魔、使い魔には主に従う義務があるの。つまり、アンタは私の命令で、フリッグの舞踏会に参加しなければならないの、解った?」

 

強権発動。

 

そうまでしてもルイズは紗久弥と一緒に居たかった。傍に居て欲しかった。

 

そう、素直に言えない自分に苛立ちながら、おくびにも出さない。

 

「解ったよ……マルトーさんには報告させてね?」

 

「ええ、勿論構わないわ、と言うか土壇場で仕事出来ませんは義に反する行いよ?他人の迷惑省みないのは、人としてどうかと思うわ」

 

ルイズの言葉に、何故かブティックの店長が感銘を受けて、紗久弥のドレス一式が値引きされると言うラッキーを受けて、初めての『虚無の曜日』は、帰路に着くだけとなったーー

 

 

 

ーー学院の本塔が遠目に見えた時、ルイズは急に悪寒を覚える。

 

だが、その悪寒をルイズは知っていた。幼い頃からずっと感じ続けてたのだ、その悪寒を。

 

「ま、まま……まさか……」

 

夕日に照らされている筈のルイズの顔は青い。

 

「どうしたのよルイズ」

 

ルイズのただならぬ様子に、気だるそうに景色を眺めていたキュルケが声をかけるも、反応はない。

 

「きゅい!きゅいぃ!」

 

突如騒ぎだしたシルフィードに、タバサは念話で話しかける。するとどうだ、何かとてつもない『モノ』に捕捉されたと言うのだ。

 

タバサはキュルケにルイズと紗久弥の守備を任せ、何処からか捕捉してきた『モノ』に神経を向ける。

 

警戒体勢のままシルフィードが学院まで六百メイル程まで近づいた時、それは襲い掛かってきた。

 

風韻竜であるシルフィードでさえ舌を巻く暴風と風の鎚。

 

『おねえさま!八時の方角!』

 

「エア・ハンマー!」

 

ごばっ!!

 

耳をつんざく音に一瞬意識を放しそうになるが、ルイズを抱き寄せるキュルケを見て、どうにか気を取り直すーー

 

 

 

 

ーー魔法学院見張り台に、数名の影がある。

 

その内の一名が呆れたように呟いている。

 

「遠見の鏡越しとは言えなんちゅう精度じゃ……」

 

呟いているのはオールド・オスマン。

 

「成る程、かなり良い連携が取れているようですね、流石はオールド・オスマンが自慢げに語るだけはある」

 

タバサにそう評価を下すのは、誰であろう、ルイズの母親。

 

カリーヌ・デジレ・ド・マイヤールその人であるが、騎士のような格好に顔の半分を覆うマスクを着けている。

 

「では、これなら如何です?」

 

唱えたのはエア・ハンマーであるが、一気に三つ打ち出される改良版。

 

「オールド・オスマン……私、ここで教師やっててよかったですよ、彼女と戦わずに済むのですから……」

 

「全くじゃーー」

 

 

 

ーーシルフィードが一つ避け、タバサが一つ相殺に持ち込み、キュルケのフレイム・ボールで辛うじて迎撃出来たところで、シルフィードは学院の見張り台に人影を見つけ、タバサに報告する。

 

「見張り台に人影三つ」

 

シルフィードの報告に補足を入れて報告すると、ルイズの顔ははっきりと青くなり、動揺が激しくなる。

 

「大丈夫?」

 

紗久弥の問いかけに、辛うじて首肯するその様は、到底大丈夫ではない。

 

「ま、間違いないわ……今、あそこには……『生ける伝説』がいるーー」

 

 

 

 

ーーマチルダことミス・ロングビルは学院長室で缶詰め状態にあった。

 

「あのジジイ……何だってたった数日でこんな書類溜めれるんだい!?コッパゲも役に立ちゃしないし!」

 

ボーナス弾ませてやる、その強い決意を新たに机に山と積まれた書類に向かうのであったーー

 

 

 

「ーーお、お母様……何故此方に……」

 

学院外壁の外側の平原にて、ルイズ達はカリーヌ達と向き合っていた。

 

「そうですね……先ずは……そこの貴女、名はサクヤ・コシハタで良いのですね?」

 

ルイズ達より三歩下がって立つ紗久弥に名を問い、紗久弥の首肯を見てそうですかと呟く。

 

「ルイズが貴女を使い魔にし、かつメイドとして当ヴァリエール家の雇用としたいと言っています、間違いありませんか?」

 

「はい、相違御座いません」

 

紗久弥はまっすぐカリーヌの目を見つめ返す。

 

「……そうですか、意思は固いようですね。では……条件付きで貴女の採用を致します」

 

言うやいなや、杖剣と呼ばれる杖を抜き、紗久弥に突き付ける。

 

「お母様!?」

 

「夫人何を!?」

 

ルイズとコルベールの声を視線で受け、紗久弥に続ける。

 

「娘専属となるのであれば、護衛も兼ねて頂くことになります、後は……解りますね?」

 

つまり、実力を示せと言っているのだ。

 

「解りました」

 

紗久弥は孔雀御前を手に取るとルイズの前に歩み出た。

 

「ちょっと本気でやるつもりなの!?」

 

「うん、真剣だから。私も真剣に応じるよ」

 

いつも見せてくれる微笑み。それは一瞬で凛々しさが強くなり、引き締まる。

 

その顔は、何処か母に似ていた。

 

「行ってくるね」

 

ルイズの頬を一撫でして、カリーヌの正面に立つ紗久弥。

 

(ほう……成る程、このプレッシャー……楽しめそうだ)

 

カリーヌは、自身の精神がかつての頃に引き戻される気がした。

 

「決着方法は、私が杖を落とすか貴女がその『グレイブ』を落とすかのどちらかにしましょうか」

 

カリーヌは杖剣を構え、紗久弥も構える。

 

「まるで決闘みたいですね」

 

「まさに決闘なのですよ」

 

訪れる沈黙、ルイズはキュルケに促されて二人の中心に立ち、杖を掲げ。

 

「始め!」

 

振り下ろして一気に離れる。

 

紗久弥はカリーヌに肉薄、制圧にかかるもカリーヌは一瞬でエア・ハンマーを唱えきり解き放つ。

 

「早っ!?」

 

エア・ハンマーと共に突っ込んできたカリーヌからの刺突を辛うじて避ける紗久弥、だがカリーヌは既に詠唱を終え、ウインデを放つ。

 

「ぐっこのぉっ!」

 

暴風と共に迫るカリーヌの前進を武器を薙ぎ払い止め、刹那五月雨撃の応用で突きを放つ。

 

篠突く雨の如くの連続の突き、まともに受けるは愚と判断したカリーヌはエア・ハンマーを自分に向けて放ち後方に一気に下がるーー

 

 

 

ーータバサは眼前に繰り広げられる戦いの始終を記憶しようと必死だった。

 

『烈風カリン』

 

その伝説的武勇伝の数々。そのいずれも眉唾だろう、そう思ったこともある。

 

だが、実際はどうだ?

 

眉唾どころかすべて真実なのではないか、そう思える程の動き。

 

常識を逸脱する詠唱の早さに、魔法の使い方、その威力。

 

相対する紗久弥の動きもまた、何処か人を外れている。あのカリーヌに、武器だけで対抗出来ているのだ。

 

幾つの死闘を越えてきたのだろう、幾つの死線を越えてきたのだろう。

 

タバサは強さを欲している、復讐の為、生き残る為、救う為の、強さを。

 

そして、今、其処に、その『強さ』が二つ、ぶつかっているーー

 

 

 

ーー紗久弥は楽しんでいた。

 

エリザベスとの戦いを思い出さずにはいられない、そんな戦い。

 

カリーヌの顔も綻んでいる、きっと彼女も楽しいのだろう。

 

何合目だろうか、もうすっかり日も落ちた。

 

「暗くなりましたね」

 

「ええ、昨日の内に来ておけば良かったと後悔しています」

 

鍔競り合う中で、カリーヌとの絆を感じる……

 

笑顔で語り合う代わりに、激しく打ち合う。

 

幼い頃からの友人のように、互いの動きが解る。

 

そして……互いの喉に切っ先を突き付け合い、決闘は終わる。

 

「ルイズ付きのメイド兼護衛だなんて勿体ない、私の傍に来ませんか?」

 

「ルイズの使い魔じゃないなら少し考えちゃいますね」

 

「あら、少しだけ?」

 

「ええ、少しだけ」

 

残念ですね、と微笑んでカリーヌはルイズへと歩み寄る。

 

「ルイズ」

 

呆然と事の成り行きを見ていたルイズは、ハッとして声に向く。

 

「あ……お母様……」

 

カリーヌは、ルイズを暫く見つめ、優しく抱き締め。

 

「良い使い魔に出逢えましたね、よく頑張りました。おめでとう、ルイズ」

 

その言葉を反芻し、理解が追い付いたとき、ルイズは大粒の涙を溢しながら、母にしがみつく様に泣いたーー

 

 

 

 

「ーーしかしとんでもないのう……」

 

学院長室に戻ったオスマンはロングビルに制裁を受け、給与ベースアップの誓約書にサインをさせられてから、カリーヌと紗久弥の戦いを観戦していた。

 

「とんでもないのはオールド・オスマンですわ、どうやったら数日であんなに書類を溜められるのですか」

 

「……それは何度も蹴られながら謝ったじゃろ……」

 

「あ?蹴られながら嬉しそうにしといて何言ってんだい、エロジジイ」

 

次からはピンヒールでも履いて踏んでやろうかと思うロングビルであったーー

 

 

 

 

ーー一頻り泣いたルイズはカリーヌと共に部屋に戻って、母娘揃って紗久弥について聞くことにしたのだ。

 

「で、何でアンタらもいんのよ?」

 

「興味あるじゃない?」

 

キュルケに同意するようにタバサは頷く。

 

「ったく……まあ良いわ。じゃあサクヤ、色々教えてくれる?」

 

「ん、でも……信じられないような気がするわ」

 

「それは聞いてから判断します……では先ずは貴女の強さについて訊かせて頂けますか?」

 

紗久弥はじゃあ……と言って、かつての日々を語り始める。

 

仲間たちと共に過ごし、戦いにくれた日々を。

 

そして……時間は今日も、深夜に突入しようと針を進める。

 

カチ……カチ……カ

 

「!?」

 

世界は、影に落ちる。


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