二人の『ゼロ』   作:銀剣士

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if#2a 『閃光のワルド』

「やはり、貴様を真っ先に始末しておくべきだった」

 

レイピア状の杖を突き付けて、男は忌々しげに顔を歪めていた。

 

 

 

 

アンリエッタからの依頼を受けた翌朝、ルイズと紗久弥はカリーヌが手配してくれた竜籠を待っていた。

 

「どうしてもアンタ達も行くの?」

 

「当然じゃないか、あの時姫殿下は僕にも宜しくと仰って下さったのだよ?」

 

「ま、居合わせたしね」

 

「ん」

 

若干嫌そうに言うルイズを他所に、ギーシュは自身の使い魔であるジャイアントモールにもふもふしながら、キュルケとタバサも使い魔を伴って共に竜籠を待つ。

 

程無くして竜籠が地面に降りたのだが、その竜籠の手綱を持つ人物に、ギーシュが驚きの声をあげる。

 

「ワルド子爵!?」

 

手綱を離して、地面に降り立つ羽根帽子を被った男は、ギーシュの頭を一撫でし、ルイズの前に歩み寄ると、唐突にルイズを抱え上げた。

 

「久しぶりだね、小さなルイズ!」

 

当のりルイズはあまりにも突然な行為に、ただ戸惑うばかりである。

 

それを再会の恥ずかしさ故の戸惑いと勘違いしたのか、ゆっくりと地面に彼女を降ろし、頭を軽く撫でて。

 

「さ、出発しよう。ルイズ、君から」

 

エスコートされるままに、ルイズは籠に乗り込む。続いてキュルケ、タバサと乗り込んだところで、ワルドは行者台に乗り込んでしまう。

 

「ふむ、では君のエスコートは僕がしよう」

 

無視された形の紗久弥の手を取り、ギーシュは笑みを浮かべる。

 

「何をしているのかなミスタ・グラモン、早く君も乗りたまえ」

 

だが、そんなギーシュの行動に水を指すワルド。

 

「彼女がまだ乗っておりませんので、エスコートをと」

 

「平民をかね?君も君だメイド君。貴族の手を煩わせるなど、あってはならんよ」

 

叱るにしては優しい口調ではあるが、その言葉の端に叱る以上の棘を感じるのは、果たしてギーシュだけであろうか。

 

「まだ出立していないのですか?」

 

呆れた口調で声をかけてきたのは、誰あろうカリーヌだった。

 

中々飛び立たない竜籠を見かねて様子を伺いに来たのだと言う。

 

その原因をワルドがカリーヌに説明すると、彼の思わぬ答えが返って来る、つまり紗久弥もエスコートしろと言うのだ。

 

「しかし……」

 

「何か?」

 

ワルドの異論を認めないと口で言わずに眼で語る。

 

ワルドがこのカリーヌの紗久弥に対する扱いに疑問を浮かべている間に、ギーシュのエスコートで紗久弥は籠に乗り込んでいた。

 

 

 

 

出立前の一悶着も、過ぎてしまえば少し退屈な空の旅。

 

キュルケはタバサの隣に座って景色を眺め、タバサはいつものように本を読む。

 

ギーシュは使い魔と時折感覚を繋げて、今の位置を確認しているようだ。

 

そしてルイズは紗久弥の膝を枕に熟睡中。

 

「優雅なものねぇ……使い魔の膝枕で空の旅、長いハルケギニアの歴史の中でも出来たメイジ何てそうは居ないわよ、きっと」

 

「さすがルイズと言ったところかな、型破りな彼女らしいよ」

 

ルイズが眠っているからこその発言だろう、当人が聞いていれば間違いなく怒るか不貞腐れるかのどちらかな台詞も、空の解放感に釣られたかポンと出てきた。

 

 

 

やがて日も傾き始めた頃、ルイズも目を覚まして紗久弥に髪を梳かさせながら、一つ呼吸を整える。

 

唐突に起こった貴族達による始祖に連なる王家への反逆、この件の新しい情報として、ワルドが教えてくれたのは、王家滅亡へのカウントダウンであった。

 

「ニューカッスル……恐らく今の王家の最後の領地だろう」

 

だが、この情報は最新とは言えないと伝えて、風となる。

 

『偏在』

 

そう呼ばれるスクエアクラスの魔法、先日の『事件』で紗久弥はそれと関わり、いいイメージを持っていない。カリーヌも使えるとは言っていたが、やはり暗殺などに用いられることの多さから、戦いに於いて使うことは少ないと言う。

 

尤もカリーヌの場合、偏在を必要とする相手が居ないというのもあるか。

 

そして対紗久弥に関して曰く。

 

『サクヤと闘うのに、偏在など無粋なものは不要です』

 

これには傍で聞いていたルイズも思わず苦笑いを浮かべた。

 

 

 

 

 

「ルイズ、あのおっきな樹は?」

 

ふと見た景色に、やたらと大きな樹が聳えている。

 

夕陽に朱に染められた大樹イグドラシル。世界樹の名を冠するに相応しい偉容の大樹であり、一旦の目的地であるラ・ロシェールのシンボルでもあるとルイズは語ったが、もう一つ秘密があると言う。

 

「それはその時のお楽しみよ、アンタには色々驚かされてるからね。たまにはアンタが驚きなさい」

 

紗久弥からすれば、このハルケギニアそのものが十二分に驚きの塊であるのだが、寛容さの項目があれば間違いなくおかん級の、そして『漢』である彼女にとって『まあいいか』で済ませれる範囲である。そのせいか、余り驚きを態度に示したことはなかったりで、それがルイズには驚きを感じていないように見えたのだろう。

 

「じゃあ楽しみにしてるね」

 

そう笑みを浮かべて、紗久弥はルイズの髪を優しく撫でて、セットの終わりを告げる。

 

心地の良い時間の終わりと共に、竜籠は少しずつ高度を下げていった。

 

 

 

 

ラ・ロシェールにある貴族向けの中で誉れ高い『女神の杵』に宿を取ろうと提案したのはワルドであった。

 

そこには当然ながら紗久弥とルイズを離したいと言う思惑があったのだが、ルイズが紗久弥との相部屋を当然希望、ワルドはやはり反対しようと思いはしたが、余り狭量な所をルイズに見せるのは得策ではないと判断し、ギーシュとの相部屋に落ち着いた。

 

(何、いくらでも機はある)

 

とは思いはしても、その実残された機会は多くはないだろうと言うのは分かっている。レコン・キスタの勢いは王党派をロイサスに追い込むまでは良かった。

 

だが、ある日、あの『緑色の闇の時間』が訪れるようになってから、その勢いが夢であったかのように無くなってしまう。それでも、元アルビオン王立空軍大半のレコン・キスタへの寝返りは大きく、王党派をじわりじわりとニューカッスルへと追い込むことが出来た。

 

(だが……それまでだ、追い込めはしたが確実に兵の数も質も落ちている……正直、それでも反撃の機を与える事がないのは、傭兵共の働きか……皮肉なものだ)

 

中でも、伝説の傭兵とまで謳われる盲目のメイジ『白炎』と呼ばれる者の存在。

 

この傭兵がレコン・キスタ側に付いていると言う事実は、他の傭兵団の引き込みに大きく影響している。

 

『白炎とだけは敵対するな』

 

これは傭兵団に共通する認識であろう。故に、彼をレコン・キスタが傭い入れたと言う話は、あっという間に他の傭兵団に伝わっていた。

 

だが、それでも思った程の人数にはなっていない。

 

(やはり、首を斬らねばいかんか……その為に、ルイズ、君を……)

 

 

 

 

「スヴェルの月夜?」

 

ルイズの話によると、月が重なり一つになる時があり、重なった月をスヴェルの月と呼ぶのだと言う。そのスヴェルの月の翌日、目的地であるアルビオンが最も接近するのだそうだ。

 

「そ、ほら見て、二つの月が一つに見えるでしょ?あれが明日の夜には完全に一つに見えるの、幻想的よ……って言っても、アンタの居たところだと元々一つって言ってたっけ」

 

尤も、ルイズの使い魔となって暫く。紗久弥も二つの月が当たり前に思えるようになっていた。

 

「明日の夜はお月見かな」

 

明日の予定は買い物にしよう、そう決めてルイズと二人でベッドに潜った……のは良いがルイズが一言。

 

「もうちょっと良いベッドは無かったのかしら」

 

このベッドも質は決して悪くはない。

 

 

 

 

翌朝、ルイズの支度をしていると、ワルドが訪ねてきた。

 

「手合わせですか?」

 

何でもギーシュの父親には多少なり世話になっているという事で、せめてもの恩返しとしてギーシュの訓練を行うそうな。

 

そして、その立ち会いにルイズをと思い、誘いに来たと言う。

 

「ええ、構いませんわ子爵」

 

漸く覚めた意識が、ルイズにそう答えさせていた。

 

 

 

 

ギーシュとワルドの訓練と言う手合わせは、当然のようにワルドの勝利で幕を閉じ、紗久弥はルイズとキュルケにタバサと共に、ラ・ロシェールの散策を開始。

 

『港町』と呼ばれるだけあって、トリスタニアよりも活気に満ちた街……なのだと言う、本来は。

 

「アルビオンの内乱のせい、って言えるわね」

 

この街は主にアルビオンとの交易によって栄えている。だが、アルビオンの内乱によって通常の旅客便は無期限の運休を余儀なくされ、貨物便もその便数は制限、物資の流通にのみ航行が許可されている状況であった。

 

その許可されている便でさえ、風石の高騰によって自粛せざるを得ない便もある始末。

 

「何にもないのね」

 

「食料があるだけ良いのかもしんないね」

 

実際、ラ・ロシェールとの間に運行便があるアルビオン側の港は、随分疲弊し住民も既に離れてしまっている所もあると、アルビオン帰りとおぼしき傭兵達が話しているのを耳にした。

 

「でも話を聞く限りアルビオンに行くのは無理っぽいけど、どうするんだろ?」

 

「シルフィードが成体なら行けた」

 

そんな事を言い出したらキリがない、と言うことで話題を切り替えることにしたのだが、その話題はワルドとルイズの関係について。

 

「有り体な話よ、親が決めた婚約者……と言っても子供の頃に会ったっきりだったんだけど……」

 

何処か胡散臭い気がするのだとルイズは続ける。

 

「胡散臭いって……魔法衛士隊の隊長何でしょ、あの子爵様は」

 

「じゃあアンタに聞くけど、子供の頃に会ったことがある程度の思い出しかないのに、突然に再会した相手に『あんなこと』されて何の違和感も覚えないわけ?」

 

キュルケはルイズの記憶力を知っている。

 

全ての属性全てのクラス、その魔法の知り得る全てを覚えているのは、学院狭しと言えどルイズ以外にタバサ以外は知らない。

 

後ヴァリエールとツェルプストーの因縁。

 

ともかく、そんなルイズが子供の頃に会ったっきりと言うのは、恐らく本当に会ったことがあるのはそれっきりなのだろう。

 

しかし実際には、当時魔法の修行が厳しく、一旦逃げ出した時に励まされたりしたこともあったのだが、励まされた直後の修行がさらに厳しくなって、そのような出来事はすっかり抜け落ちてしまっているだけである。

 

だが、もっと根本的な違和感を、ルイズは覚えている。

 

それはワルドが自分に向ける笑顔。

 

朧気な記憶ではあるが、ワルドの笑顔はあんなに感情が無かっただろうかと、紗久弥達が見せる笑顔と過去のワルドと異なり、感情が感じられないのだ。

 

(……警戒はしておくべきかしら……)

 

一度覚えた違和感は最早拭えない。それはルイズの中で、ワルドへの不信感へと変わるのに、時間は掛からないだろう。

 

 

 

 

一通り街を探索し終えたルイズ達は、そろそろ宿に戻ることにした……のだが。

 

「へへへ……悪く思わねぇでくれよ、これも仕事なんでなぁ」

 

ヒャッハー言いそうな手合いが、ルイズ達の退路を塞ぎつつ、路地へと追い込んでいく。

 

タバサ、キュルケの二人は杖を抜く隙をうかがいつつ、ルイズは紗久弥に守られるままに、遂には袋小路に追いやられてしまう。

 

「サクヤ……」

 

袖が、きゅっと握られる。

 

 


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