ヴェストリの広場。
生徒は普段この場所を利用することが殆ど無い、にも関わらず今と言うこの時は普段の静けさとはうってかわって熱を帯びている。
『風のラインと土のドット』
ヴィリエ圧倒的有利の下馬評のもと、賭けも行われているようで。
「穴狙いでギーシュに1エキュー」
「同じく」
キュルケにタバサも札を買う。
オッズは2:10であると聞いた、モンモランシーはギーシュの札を3エキュー買っていた。
「ちょっとサクヤ、どうなってんのよこれ?」
ルイズは札を買わずに紗久弥に状況の説明を求めたが、応えたのはギーシュ。
「簡単な話さ、僕が不甲斐ないせいでミス・コシハタが危機に瀕してしまったのさ。だから、これは僕の償い……とでも思ってくれたまえ」
何時ものようにキザに決めるギーシュではあるが、僅かながらに手が震えている。
「ミスタ・グラモン……」
「ミス・コシハタ、ギーシュで構わないよ、何処か窮屈そうだし、僕も君をサクヤと呼びたい」
紗久弥にそう言った時、ギーシュは震えが治まっていることに気付く。
(父上が何時だったか話してくださったな……『男は守るものを背負って強くなるんだ』と……)
力が、心の内から沸き上がる気がする。
(これが、そうなのかな?)
口の端に笑みすら浮かぶ高揚感が心地よく、ギーシュは足取り軽くヴィリエと対峙する。
両者の距離、凡そ20メイル。
互いに杖を抜き、睨み合う。
「精神力が尽きるか、杖を手放したら敗け良いね、二人とも」
立ち会いはマリコルヌ、ルールの確認をしてマリコルヌは杖を掲げて。
「公正なジャッジを行う事を杖に誓う!……始め!」
学院長室では、コルベールが熱心に紗久弥に刻まれたルーンについて説明していた。
フェニアのライブラリーに所蔵されていた始祖の使い魔に関する本でのみ確認が取れた、伝説の使い魔『ガンダールヴ』それに酷似、或いは同じ型のルーン。
「確かに、本人に刻まれていたもので間違いは無さそうじゃが……本物だと思うかね?」
刻まれたルーンは本物である事に間違いはない、だが、伝説の使い魔に刻まれていたとされるルーンに酷似しているとなると『本物』であれ『別物』であれ、厄介事になるかもしれない。
自然とオスマンから深い溜め息が吐き出され……た、ところで、扉が激しくノックされた。
「何事かね」
『申し訳ありません、シュヴルーズでございます、ヴェストリの広場に於いて決闘騒ぎが起きております!』
コルベールはそれを聞き、扉のロックを外す。
「開けましたぞ」
とたんに開け放たれる扉。息急き切らすシュヴルーズは呼吸を調え、教師では既に抑えられない熱気に包まれていると伝え『眠りの鐘』の使用許可を求めた。
「ふむ……して、ミセス、決闘は誰々がしとるのかね?」
「はい、ギーシュ・ド・グラモンとヴィリエ・ド・ロレーヌです」
オスマンは顎髭を触りながら一考し。
「ミスタ・コルベールは宝物庫から眠りの鐘を持って来ておくれ、ミセス・シュヴルーズは現場で何があっても良い様に待機を」
『はっ!』
二人の退出を見てから杖を振り、眼前の鏡に映る『ヴェストリの広場』を眺めることにしたーー
ーー空気の塊がワルキューレを圧し潰す。
既に四体が潰された。
(くっ……やはり強い……!)
五体目六体目のワルキューレを同時に錬金、一体はヴィリエの眼前に、もう一体は自身の側に。
「はっ!こんな人形遊びに付き合うのも飽きたぜギーシュ!『エア・ハンマー』!」
歪に潰され、五体目のワルキューレを失う。
「ワルキューレ!」
(どうすれば良い!?こうなった原因はなんだ!?簡単だ、ワルキューレを一斉に出さなかったせいだ!)
自身の不甲斐なさは戦いまで侵していたのか、そう思うと情けなくなる。
最後のワルキューレも潰された。
もう、ワルキューレは造れない。
諦める?嫌だ、今から、ここから、言い訳を見付けて逃げるのは、もう嫌だ。
ギーシュの視界にルイズと紗久弥が入る。
そして、その近くに愛しのモンモランシーも。
だから。
「ギーシュ、もう杖を置くんだな。ワルキューレの造れないお前など平民と変わらないんだ」
だから!
「平民と変わらない……か、ならば平民らしく戦うことにしよう!」
なけなしの精神力で、ギーシュは一振りの棒を造る。
「そんなものでどうするんだ?この俺をこれ以上怒らせるなよ、ギーシュ!」
放たれたエア・ハンマーが、ついにギーシュを吹き飛ばす。
「ギーシュ!!」
(ああ、痛いなぁ……モンモランシーの折檻が優しく思うや……はは、モンモランシー……泣いてくれるんだね……サクヤも……)
ギーシュは歯を食い縛り、立ち上がる。
(そうだ……負けられない……僕は、彼女の為に……決闘を、買ったんだ)
眩む視界に、ヴィリエの笑顔が歪んで映る。
「もう一発だ、ぶっ倒れちまえ!『エア・ハンマー』!」
「オールド・オスマン、もうこれ以上は……」
「むう……じゃがのう……グラモンの四男坊の顔を見てみい、諦める気はないようじゃぞ」
鏡に映るギーシュはもう三度は吹き飛ばされて、地面に叩きつけられ、それでも立ち上がる。
「……次、彼が意識を失う様であれば……」
「うむ、解っておるよ」
(何故立ち上がる!?何故立てる!?)
幽鬼の様にゆっくりと、ギーシュはヴィリエに歩み寄る。
「僕は……薔薇を自称している……でも……上部だけだった……けれど……僕は……」
「よ、寄るな!『ウインデ』!」
突風がギーシュを襲い、よろけて、倒れる。
「アイツ……何であんなに……」
ルイズの呟きがやけに大きく聞こえるのは、キュルケでさえも驚嘆に声を無くしているからか、モンモランシーが紗久弥に抱かれ、声を殺して泣いているからか。
「何でそんなになってまで戦おうとするんだよ!!バカじゃねぇのか!?」
「バカ……か、そう……だね……僕は……バカなのさ……でも……それで良い……」
ゆっくり、一歩ずつ、ギーシュは距離を詰めていく。
「でもね……僕は……薔薇……になりた……いから……女性を……楽しませて……守れる……薔薇に……」
一歩ずつ進むギーシュ、一歩ずつ退がるヴィリエ。
「薔薇に……なる為なら……僕は……
進んで……バカになるのさ……!」
壁に追い込んで、ギーシュは棍を振り上げて……
マリコルヌがギーシュに駆け寄り、手をクロスさせる。
ギーシュは、棍を振り上げたまま、気を失っていた。全て出し切り、格上の相手を追い詰めて、気絶したのだ。
歓声の中駆け寄ったモンモランシーがいの一番にギーシュの治療を開始する。
この治療だけは、自分がするのだと言わんばかりに、ありったけの秘薬も使っている。
教師にレビテーションをかけられ運ばれていくギーシュが見えなくなった後も、ヴェストリの広場の熱気は覚めることを忘れていた。
やがて話題は、どちらが勝ったかの議論の場となる。
ルール通りならば、ヴィリエの勝ちで良いが、最後、ヴィリエは完全に戦意を無くしていた。
ギーシュによって後退させられ続け、結果壁に追い込まれていると言う状況。
女生徒達から『グラモン様の勝ち』と唱和が起こる。
そして、マリコルヌは、女生徒達に詰め寄られ、ギーシュの勝ちを、宣言した。
「ふざけるなぁぁぁ!!」
ヴィリエの怒声が辺りに響く。
「ギーシュの勝ちだと!?アイツは!気絶したんだ!勝者宣言がなされる前に!医務室に運ばれたんだ!誰が!どう見ても!決闘は俺の勝ちだろうが!!」
「でも、あんたその前に戦意を無くしていたでしょうが」
ルイズだった。
だが、それをルイズが言い放ったせいで、ヴィリエの怒りが爆発。
「『ゼロ』が!平民にも劣る『ゼロ』が!貴族の決闘に口を挟むんじゃねぇ!!第一、今回こうなったのはテメェの躾が出来てないからなんだよ!魔法の使えない『ゼロ』の癖に!使い魔なんぞ呼び出しやがって!」
負けたうさを晴らすかのように、ヴィリエの口は止まらない。
「ああ、そうだ、その使い魔さえいなけりゃ……俺は!こんな思いせずにすんだんだ!!主従纏めて殺してやるァァァ!!
『エア・カッター』!!」
抜き撃たれた風の刃が紗久弥に襲いかかる。
だが。
「何か、した?」
紗久弥を切り裂く筈の刃は微風宜しく、紗久弥の前髪を揺らすだけ。
「なん゛っ!?」
一瞬でヴィリエの懐に滑り込んだ紗久弥の拳は、鳩尾を打ち抜いていた。
主人公:ギーシュ・ド・グラモン(違います)