二人の『ゼロ』   作:銀剣士

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夏の日の

「暑い……」

 

夏期休講となったトリステイン魔法学院、実家に帰ったりトリスタニアで過ごしたり、避暑地で過ごしたりと、学院で過ごす者はほぼ居ない。

 

茹だるような暑さにだれているルイズも、本来であれば帰省しているはずだった、母の一声が無ければ。

 

 

 

 

「お仕事……ですか?」

 

夏期休講に入る数日前、実家に戻る算段をつけようと、調度学院に居たカリーヌの元を訪れたときの事である。

 

カリーヌの話によると、夫婦揃って登城を求められているという。

 

「アルビオンの情勢、復興も大分進んだということで、ウェールズ陛下とアンリエッタ姫殿下の婚姻の儀の日取りやら何やらを決めなければと……ああ、ですが一つは決まっていますね」

 

その言葉で思い出したのか、カリーヌは丁重に包まれた荷物を取り出し、ルイズに渡す。

 

「これは?」

 

重さと大きさ、厚みから察するに本の類いだろうかと思うが……カリーヌに促され、その包み、そして古いながらも豪奢な箱を開ける。

 

「始祖の祈祷書……ってもしかして……!?」

 

「そう、貴方が祝詞を詠むのですよ」

 

このルイズ、頭はいいがどうにも作文等の分野はとことん苦手である。しかも……

 

「参考にしようにも……始祖の祈祷書には何にも書いてないし……」

 

その言葉にカリーヌは本を覗き込む。

 

「おや、話の通りなのですね」

 

捲られるページ全てに何も書かれていない、古ぼけた本。

 

だが、確かにこれは代々トリステインに伝わる秘宝、歴々の王は納める箱に確かに花押を遺している、それは当然前国王も例に洩れない。

 

今、ルイズはトリステインの歴史に触れている。

 

(……始祖のオルゴールは紗久弥が持ったままよね……戻ってきたら並べてみよっと)

 

歴史的瞬間とも言える行為を、何となくやってみようと思い付く、普通の貴族には出来ないことを平然とやってのけようとする、果たしてそこに痺れたり憧れたりする者は居るのだろうか?

 

 

 

 

「……うう、何一つ浮かんでこない……」

 

祝詞は、遅くとも夏期休講迄には仕上げなければいけないと言う。

 

こんな調子で大丈夫?と紗久弥に問われ、大丈夫、問題ないわ!と虚勢を張ったのは失敗だった。机に突っ伏して、過ぎたことを悔いる暇があるのかと言われれば、無いと言い切る他はない。

 

暑さに蕩けるのは後にして、今一度始祖の祈祷書とにらめっこ。何が浮かぶわけでもないが、そうしていると心が落ち着くのだ。

 

「そう言えば……」

 

引き出しに入れてある宝石箱から、水のルビーを取り出して指を通す。一人の貴族の娘のもとに、国宝が三つも存在すると言う奇跡。

 

かつてのルイズであれば、有頂天となり、増長していたかもしれない。最も、こうして眺め、ニヤつく位はするのだが。

 

「ルイズ!居るわね!?」

 

口角が僅かにつり上がると同時に、キュルケが勢いよく部屋に飛び込んできた。

 

「いや、そりゃ居るけど何よいきなり」

 

呆れながら振り向いたルイズの目に飛び込んできたのは、幾つかの紙を持ったキュルケの姿。

 

「宝探しに行くわよ!」

 

意気揚々と、高らかに、キュルケはそう言い放つ。

 

事情の説明を求めると、キュルケは一つ深呼吸をしてから話始める。

 

「あれは……そう、今から一億……いえ、三十二億年……いや、ルイズにとって明日の」

 

「祝詞作んなきゃいけないから帰れ」

 

「ああん、冗談よ、と言うかこれミスタ・コルベールからの緊急課題なのよね」

 

キュルケの言葉に、ルイズはクエスチョンマークを禁じ得ず、思わず眉をしかめてしまう。

 

「婦女子であろうと、フィールドワークが出来るに越したことはない、何て言われて渡されたのがこれよ」

 

ベッドに持っていた紙を拡げ、ルイズに見る様促し、それを素直に受けて紙を見る。

 

「……地図……宝探し……ああ、そう言う」

 

コルベール曰く、何事も楽しく行う事で、身に付くのだという。

 

キュルケが渡された地図は三枚、トリステインの地図と印の付いた地図が二枚。期間は五日、コルベールがタルブに滞在すると言うので、それまでに印にある『宝』を持ってくるように、と言うのが課題なのだそうで。

 

「で、何で私?」

 

「そんなの決まってるじゃない、何となくよ。ああ、もうタバサは行くの決まってるから」

 

本音を言えば、このところ部屋に籠りっきりのルイズを気に掛けての提案なのだが、そんな事はまず口にしないと、本人は固く誓っている。

 

「はぁ……まあ、そうね……うん、行くわ」

 

この申し出はルイズにとっても、正直有り難いものであった。

 

ただでさえまともな祝詞的な言葉が出てこない、出てきても幼児の作文のような言葉ばかり。いい加減、紗久弥と何処かに出掛けてリフレッシュをと、企て始めていたところである。

 

ただ、このルイズも如何せん素直になりきれない性分、もろ手を挙げて同意など、したくても出来ない。

 

水と油等と揶揄される二人ではあるが、何だかんだで似た者同士なのだろう。

 

 

 

 

「で、キュルケの『宝探し』の面子は大体いつものメンバーな訳ね」

 

キュルケをメインに、ルイズと紗久弥、タバサにギーシュとモンモランシー、シエスタは帰省すると言うので学院には居なかった。

 

「でだ、先ずはどれから行くのかな?」

 

男手が自分だけだからと、ギーシュは手綱を取っている。

 

紗久弥は自分に任せてくれればいいと言いはしたが、ギーシュに『これは僕の矜持だ』と言われては任せる他なく、ルイズの隣に座ることにした。

 

さておき、ギーシュの問いに応えたのは意外やタバサだった。

 

「先ずはトリスタニアから近い『破邪の標』がいい」

 

因みに、キュルケがコルベールから渡された宝の地図に記された宝は『破邪の標』『傾国の鎧』『竜の羽衣』の三つ。

 

それぞれ、トリスタニアから程近い山、ラ・ロシェール近郊の森の奥、タルブ近郊の森となっている。

 

「何と言うか随分親切な宝の地図よねぇこれ」

 

地図に描かれた範囲から調べなければいけないと、キュルケ以外のメンバー全員思っていたのだが、キュルケから既に範囲は絞られていると訊かされて、若干力が抜けたのは出発前の事。

 

コルベールが下調べを済ませていたか、仕掛けたかは定かではないが、手間が減ったのは良いことだとはルイズの談。

 

「じゃあトリスタニアで食糧を用意してから、本格的に宝探しといきますか」

 

幾ら範囲が限定されていようと、それでも辿り着くのは時間がかかる。と言うのも、この『宝探し』において、シルフィードの飛行能力を使うことは禁止されているからだ。

 

フィールドワークの経験を積ませるための『宝探し』で、空から目的地に向かうのは、如何なものかというコルベールの判断で、範囲を絞ってあるのもこのためである。

 

 

 

 

トリスタニアでの補給を済ませて、馬車に揺られることおおよそ二時間、道が荒れ始めてから暫くして止まる。

 

「この辺りからは歩く方がいいようだね」

 

木の根が張り出してきて道を荒らしている、無理に進めば馬車は壊れてしまうだろうと、ギーシュは判断した。

 

「じゃあ私はここで待ってるね」

 

コルベールからの命はもう一つ、それは紗久弥に宝の探索を手伝わせないことがあった。

 

尤も、紗久弥自身探索を手伝う気は無かったので、渡りに舟である。では何のために着いてきたかと言われれば、ベースキャンプの確保、食事の仕度、馬の管理等を任されている。

 

「じゃあサクヤ、行ってくるわ」

 

「ん、いってらっしゃい」


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