『昨夜の出来事』
曰く、世界が緑のような色に染まる。
曰く、血のような染みが浮かんだ。
曰く、蠢く何かが居た。
曰く、君の為なら僕は死ねる。
曰く、私が悪魔でも友達で居てくれますか。
(最後の何?悪魔なの?)
最後のはともかく、僕は死ねると謳っているのはフリルのシャツの首もとのボタンを開けた薔薇を自称する少年、青銅と呼ばれるメイジ。
ギーシュ・ド・グラモンその人である。
きっと恋人っぽいモンモランシー(金髪ドリルの似合う少女である)辺りに言っているのだろうと思ってふとモンモランシーの方に視線をやると、彼女は怒りの形相でこちらを睨んでいるではないか。
(は?私?)
が、よくよく見ると視線が合っていないことに気付き、視線を追って紗久弥を見ると。
「ああ、君は本当に美しいね、ミス・コシハタ。ミス・ヴァリエールには虐められてなかい?もしも君の宝石にも優る瞳から美しい天使の雫が零れる事があれば僕の心は壊れてしまうよ」
……薔薇に例える以外のボキャブラリーがあったのね、こいつ……って誰が虐めてんのよ?
「ミスタ・グラモン?人の使い魔を口説く前にご自分のこの後を憂う事を薦めますわ」
「ああ、ミス・ヴァリエール、僕とミス・コシハタの今後を祝ってくれるのかい?」
「いや、今後のアンタ……と言うかお願い、モンモランシーをどうにかして、凄く怖いです」
すぐ背後に迫る殺気に、ルイズは母親の事を思い出さずにいられない。
ギーシュはルイズの背後に立つ『恋人』モンモランシーの顔を見てしまう。オーク鬼より怖い。
腰が引け、恐怖に顔が青くなり、一歩下がる。
モンモランシーはそれを追うように一歩前へ。
「モ、モモモ、モンモ、モンモン、モンモランシー!?は、はは、話せせば、ばばわ、わわ解る!!」
「おほほほほほほ、何を解れと仰るのかしらね、この色ボケは」
ギーシュ は にげだした!
しかし まわりこまれて しまった!
「ギーシュ・ド・グラモン、良いことを教えてさしあげますわ」
それは『イーヴァルディ~竜の勇者~』シリーズに登場する敵キャラクターの名言として知られる台詞。
『大魔王からは逃げられない』
ギーシュは、己の迂闊さに、殺されるのだ。合掌。
(にしても……モテるわね、紗久弥ってば)
基本的にトリステインの貴族は平民を見下す傾向が強い。
トリステイン貴族の男の多くは平民の女を『口説く』事は少い。金と権力にあかす場合が殆どだと言うのは、ルイズも耳にしたことはある。
だが、紗久弥には、真っ向から口説き落とそうとする男子生徒が殆どだ。
ついでとばかりにルイズも口説く者も居るが、丁重にお断りしていく。
先ほど迄のギーシュの攻勢は鬱陶しくはあったが、立て続けに来られるよりははっきり言ってましだった。
ふぅ……と溜め息がこぼれたところで、恰幅のいい女性、ミセス・シュヴルーズが教室に入ってきた。一先ず静かになる、安堵の溜め息は隣の紗久弥が溢したもの。
(ああ、疲れてたのね)
無理もない、ギーシュの前から数えて15人は口説きに来たのだから。何故かコルベールの授業が自習だったとは言え、流石にどうかと思うルイズ。
「さて皆さんの中には、私を知る方も居ますでしょうが、改めて自己紹介をさせていただきます」
言って杖を振って『赤土』を錬金するシュヴルーズ。
「これは私が錬金で最も自然に作れる赤土でありまして、故に『赤土』を二つ名としております……おや、ミスタ・グラモンの姿が見えませんが?」
ギーシュ・ド・グラモンは、実技において優秀と言って良い成績を持つ土のメイジである。同じ土のメイジであるシュヴルーズは個人的に教えを講じた事もあり、覚えは見た目も相まって非常に良い。
「ミスタ・グラモンはミス・モンモランシに追われて逝きました」
応えたのは小肥りの少年、マリコルヌ・ド・グランドプレ。逝きましたのイントネーションがどこか恨みがましく聞こえたのは気のせいでは無いだろう。
「……両名には後で職員室に来るよう伝えておいてください」
こめかみに浮かぶ青筋、シュヴルーズは小さく呼吸を整え、改めて教室を見渡し。
「このシュヴルーズ、使い魔召喚の儀の最初の授業であるこの日が楽しみの一つでしてね、皆さんの呼び出した様々な使い魔を見るのが好きなのですよ」
言いながらルイズと目が合い、シュヴルーズは微笑む。
「ミス・ヴァリエールは随分可愛らしく美しい使い魔さんを召喚なさったのですね」
「あ、ありがとうございます」
「ミス・コシハタ!僕と付き合ってください!」
「え、ごめんなさい」
「即答!!」
マリコルヌ、赤土(の授業中)に散る。
「何がしたいんだか……」
ルイズは頭を抱える。明日からもこんな事になるのかと。
確かにシュヴルーズが表した通り、紗久弥は可愛らしく美しいと言っても過言ではない。
それに、自分と違いマイナスの評価をつけるところが今は見当たらない事も要因だろう。
(もし、サクヤが私のことを知ったら……)
怖くなった、彼女に自分の汚点が知られる事が。
怖くなった、知られた時に彼女に呆れられる事が。
怖くなった、彼女に、見捨てられるのではと、思ってしまったから。
(っ……やだ……知られたく……)
肩を叩かれ、ハッと紗久弥を見ると。
「呼ばれてるよ?」
「え、あ」
「ミス・ヴァリエール、授業に集中出来てないようですね」
言いながら土の固まりを錬金で作って教壇にのせて、シュヴルーズは告げる。
「ミス・ヴァリエール、こちらに来てこの土を錬金してください」
知られたくないと、思っていても。
「わ、私が……ですか?」
ええ、と頷いて、教壇の脇に移動するシュヴルーズ。
「ルイズ!止めて!」
キュルケは慌てて止めにかかる。
「ミス・ツェルプストー、何故止めるのです?たかが錬金でしょう?」
「危険だからです!」
だから何故危険なのかと思い、話にならないとばかりにルイズを急かすシュヴルーズ。
「やります!」
その声を聞き、キュルケはもうっと机の下に潜り込み、紗久弥にも入るように言う。
「え、何で?」
ルイズはもう教壇に着いている、紗久弥はどうせならルイズが魔法を使うのを見たかった。
「さ、換えたい金属を思い浮かべて……」
そして。
「……いきます!」
ルイズは。
「『錬金』!!」
杖を振る。
『危険な力だよ、紗久弥、あれは』
ファルロスの声が聞こえた刹那、紗久弥はルイズに駆け寄るも。
土塊は、強い光を放ちながら、爆発した。
「ルイーー」
ーールイズは無事だった。と言うよりぴんぴんしてた。
一つ咳をして、顔の煤をハンカチで拭き取りながら『少し失敗したみたいね』と言い放つ。
「何処が少しだ『ゼロ』のルイズ!」
「だから止めたのに!」
「ラッキー!僕のラッキーが!」
教室はルイズを咎める者、貶すもの、使い魔を宥める者と、様々な様相を見せる。
衝撃に飛ばされ気を失っていたシュヴルーズは喧騒に目覚め、混乱しながらも自習を告げると、ルイズに罰として片付けと掃除を命じ、教室を後にした。
それに続くように、ルイズに罵声を浴びせながら次々と教室を後にしていく生徒達。
やがて教室には、ルイズと紗久弥、何故かキュルケとタバサの四人が残る。
「何よ……ツェルプストー」
「アンタの事、笑ってやりたかったのに、他の奴らの罵声聞いて興が削がれたのよ」
「……笑えば?いっつも、笑ってるんだから」
紗久弥は二人のやり取りを聞きながら、箒の持ち手を接ぎ木で伸ばして天井の煤を払う。
「言ったでしょ、興が削がれたって」
言うと雑巾をルイズに投げ渡す。
「何よ……」
「手伝うわ、アンタが遅くなったらサクヤがかわいそうだもの」
「はっ、アンタの手伝いなんか無くても昼前には終わらせられるわよ!」
ビシッとキュルケに指を突き付けるルイズをよそに、紗久弥は窓の煤を雑巾で拭っていく。
「床の掃き取りは終わった」
「じゃあ拭き掃除は……」
見るとルイズとキュルケが床の拭く速度を競っている。
「任せて机の整理しようか」
「んーー」
ーー掃除が終わった際ロングビルが姿を見せ、ルイズに修繕費の請求をヴァリエール家に上げる旨を伝えて、颯爽と去って行く。
「久し振りに雑巾掛け何てやったなぁ」
太ももが張っている様だ。
「何、アンタ前いたとこじゃ良い生活してたの?」
「んーまあ悪くはなかったね、仲間と楽しく暮らしてたし」
アルヴィーズの食堂に向かう最中、ルイズは紗久弥と話をしていた。
訊きたい。あの爆発についてどう思うのか。
訊きたくない。あの爆発についてどう思うのか。
そんな思いを誤魔化すように、無くしたいと思うままに。
キュルケも、そんなルイズの気持ちを察しているのかいないのか、爆発については口にせずに居る。
だが、アルヴィーズの食堂前に着いたとき、ルイズがポツリと、紗久弥にだけ聴こえるように。
「ちゃんと、話すから」
と、呟いたーー
ーー使用人に混じって、紗久弥は給仕の手伝いをすることになったと、食後のデザートを運ぶついでにルイズに話した。
「ふぅん、まあ頑張んなさい、あ、クックベリーパイ、一つね」
「さっき一個渡さなかった?」
「もう一個食べたいの」
「しょうがないなぁ」
クックベリーパイをトングで鋏んでルイズの前の皿に載せる。
「にしても紗久弥、何か妙にメイド服着なれてない?」
そう訊くと、戦闘服だったの、SP最大値が80も増えるのよ、これ。と妙な答が返ってきた。
SPって何!?
増えるって何!?
「デザート早くしろよメイドォ!」
「申し訳ありません!すぐお持ち致します!」
今紗久弥に命令した奴後で爆破してやろうか……
等と思う間にも、紗久弥は忙しく動き始めた。
その働きは学院勤めの長そうなメイドよりも素晴らしく、何時もは走る姿の目につくメイド達は、悠然と歩いて仕事をこなしながらも、苦情の声は先程の紗久弥に向けられた一回だけであった。
かくいう紗久弥が走り回っているかと言われれば否である。
本人も悠然と歩いて仕事をこなしているのだから。
コツッ
「ん?」
何かが爪先に当たる。
蹴飛ばしてしまったかとも思ったが、すぐそばに転がっていた。
(なんだろ?)
屈んでみたらビンだった。
拾い上げると『あっ』と声が聞こえ、振り向くと何故か男子生徒数人がそっぽを向く。
その中には、先程熱心に紗久弥を口説こうとした少年の姿も。
(ギーシュ・ド・グラモンだっけ?)
彼だけはどこか雰囲気が違う、何か気まずそうな事に変わりはないが……
「ミスタ・グラモン?」
「は、はは、済まないねミス・コシハタ、その、君の後ろ姿が余りに魅力的で、ついぞ食い入ってしまっていたよ」
その言葉に慌てる他数名の生徒、それを素直に白状するギーシュ。このズレこそ、ギーシュが何か別の事を隠そうとしている事に紗久弥は気付く。
ではその『何か』とは何か。拾ったこのビンが関係しているのだろうか?
と、その時、紗久弥の手にするビンが取り上げられる。
取り上げたのは……誰?
「お、ヴィリエ、それは?」
「ああ、このメイドが放そうとしていなかったのでね」
「持ち主にお返ししようと思っていたのですが……申し訳ありません」
一先ず頭を下げておく。
「何、気にすることはない、それよりも……ふん、学院付きのメイドにしておくのは勿体無いな。そうだ、このヴィリエ・ド・ロレーヌの専属にしてあげよう」
唐突にそんなことを言われた。
「あ、お断りします」
即答。そして爆笑。
だが、紗久弥が恥をかかせたその男、所謂権力に溺れた貴族である。そんな男が公衆の面前で恥の晒し者にされて冷静で居られる筈もない。
わなわなと震えるヴィリエが手を振り上げる。
叩く気か、と思う周囲をよそに、辺りに響いたのはパシっと乾いた音。
紗久弥の足元には、白い左手用の手袋が一つ。
それはつまり。
「決闘だ、平民!」
「その決闘僕が買おう!」
ざわめくギャラリーを切り裂くギーシュの名乗り。
「……どういうつもりだ、ギーシュ・ド・グラモン」
「簡単な話さ、彼女に怪我を負わせるわけにはいかないのでね」
何よりも、この一連の責は自分にあると、ギーシュは続ける。
(そうさ、僕が潔くなかったから、僕が、不義理を働いたから、今、彼女は危機に瀕しているんだ)
だからこそ、彼女は守る。
「良いだろう、ギーシュ・ド・グラモン、貴様に現実を見せてやろう。ドットがラインに挑む無謀と言う名の現実をなぁ!!」
……ギーシュと決闘のつもりがギーシュが決闘することに。
ミスターチュートリアルvsミスターカマセ果たして勝者は!(棒)